CLANNAD 第9回感想 (その4) 

(その3)からの続きです。



3.公子さんの前に現れ、空へ。


  岡崎さん、渚ちゃん。

  公子さん…

  どうかしましたか?なんだか、悲しそう。


ここから始まる朋也と渚と公子さんのシーンは、第7回Aパート冒頭、創立者祭におけるこの3人+風子のシーン(先ほど、ぼくが朋也に「カチン」ときていたシーンw)と相似形になっています。

ポイントは、「聞いて下さい、公子さん」です。


まず、第7回のシーンを振り返ってみましょう。


  こんな噂を知ってますか?

  噂?

  いま、この学校に風子がいるって。
  お友だちと一緒に、元気に駆け回っているって。

  伊吹先生!

  もちろん、そんなことがあるはずないってわかっています。
  だって、私は毎日あの子の寝ている姿を見ていますから。
  夢の中だけでも、あの子がそうして、たくさんの友だちに囲まれているなら、
  それだけで嬉しいです。
  夢しか見ることができないなら…
  せめて、その夢の中では、お友だちと駆け回っていて欲しいんです。
  もし、あの子がこの学校に通っていたら、
  岡崎さんと渚ちゃんは、あの子のお友だちになってくれますか?

  はい!絶対に!

  公子さんの妹なら、可愛いに決まってます!
  一生懸命で、ほっとけなくて、一緒にいると楽しくて。

  それだけでも救われた気がします。
  人付き合いが苦手で、友だちが少ない子でしたから。
  だから、一緒にいてあげて下さい。
  夢の最後まで…


このとき、公子さんは、病室で眠る風子を毎日見ているので、「そんなことあるはずない」と思っています。
ですから、(生霊)風子を認識することは出来ません。

また、「伊吹先生!」と、その存在を知らせようとした渚は、(生霊)風子自身の手によって言葉を遮られてしまいます。


それに対して、第9回のこのシーンは、


  聞いて下さい、公子さん。
  こんな風景を、待ち焦がれていた奴がいたんだ。
  こんな日を目指して、頑張ってた奴がいたんだ。
  たったひとりで、公子さんへの祝福を、たくさん集めた奴が。
  俺たちは、そいつのことが好きだったから…
  本当に、好きだったから…

  岡崎さんと渚ちゃんは、ずっと、あの子と一緒にいてくれたんですね。

  俺たちがあいつといたのは、楽しかったから…ただ、それだけです。
  ここに集まってる奴らも同じです。


ここで朋也が語る内容は、第7回の台詞群と相似形ですが、すべて「結果」として語られています。
したがって、公子さんも「岡崎さんと渚ちゃんは、ずっと、あの子と一緒にいてくれたんですね」と理解することができ、(生霊)風子の存在を信じることができるのだと思います。
この朋也の台詞は、「(生霊)風子の存在を知らしめる」台詞、つまり第7回で渚が遮られてしまったことなわけです。

「聞いて下さい、公子さん」

ここから始まるこの台詞を言えたのは、それを遮る風子がいなかったからです。
つまり、ここは「風子を消しておく必要」があったということです。

ここに至り、「岡崎さんと渚ちゃんは、ずっと、あの子と一緒にいてくれたんですね」と(生霊)風子の存在を信じることができたから、公子さんにも(生霊)風子が認識できた、目の前に「現れた」ということなんだと思います。


また、風子が朋也と渚の手を離れたことも大きいです。
これにより、公子さんだけでなく、あの場にいたみんなにも、風子が見えるようになったと考えられるからです。


人の手は、「2本」しかありません。

ですから、朋也と渚と手をつないでいたら、風子の2本の手は埋まってしまっています。
これでは、「直接」手をつないでいる2人にしか、風子は見えないわけです。
実際、ここまでは、他の人には風子が見えていないように思えます。

だから、一旦「風子を消す必要」があったのだと思います。
これは、風子の「朋也・渚からの解放」です。

二人の手を離れるから、みんなにも「見える」ようになる。

それは、「人手」の方の「ヒトデ」を介して行われます。
したがって、朋也と渚の手に、「風子の手」の代わりに「ヒトデ」が現れます。

ここ、椋と春原以外も「ヒトデ」を手にしていたら、ぼくの想像もイイ線いってると言えたんですが。まあ、ちょっとそこは目を瞑って下さい。

朋也・渚から解放された風子の「ヒトデ」は、既に前述のように「人出」については成就していますので、「人手」の意味合いが露わになります。

みんなの家にある「ヒトデ」も、ここにおいて、「人出」から「人手」に「願」が変わっているのでしょう。
ですから、公子さんの前に現れた風子には、朋也、渚、公子さんだけでなく、みんなが視線を向けています。
ここで、みんな、風子を見えるようになっているのだと思います。
ここで、みんな、風子を「見た」のだと思います。

それは、朋也の台詞も大きかったかもしれません。
朋也が公子さんへ語っているとき、あの場の全員が朋也の方を向き、耳を傾けています。
その上で、

  俺たちがあいつといたのは、楽しかったから…ただ、それだけです。
  ここに集まってる奴らも同じです。

と言うわけです。
「ここに集まってる奴らも同じです」
これを聞いて、みんなも「人手」を思い出し、風子を思い出し、「見える」ようになったのかもしれません。

  
また、この台詞は、公子さんの願いの成就にもつながります。

「人手」の願い。
「ふぅちゃんが、たくさんの友だちを作ること」です。

既にたくさんの生徒が、公子さんの目の前にいて、祝福してくれています。
そして、それは、風子が頑張って集めてくれたことも、朋也のここまでの台詞から伝わっています。

しかし、それは「人出」の方の意味合いです。

これが「人手」の願いに変容するのは、
「岡崎さんと渚ちゃんは、ずっと、あの子と一緒にいてくれたんですね」
を受けた朋也の台詞からです。

もう一度、第7回の台詞を引用します。

  もし、あの子がこの学校に通っていたら、
  岡崎さんと渚ちゃんは、あの子のお友だちになってくれますか?

  人付き合いが苦手で、友だちが少ない子でしたから。
  だから、一緒にいてあげて下さい。
  夢の最後まで…

第9回では、これを受けて、

  岡崎さんと渚ちゃんは、ずっと、あの子と一緒にいてくれたんですね。

そして、その公子さんの台詞に対し、朋也は、

  俺たちがあいつといたのは、楽しかったから…ただ、それだけです。

と返答しました。

そう。
公子さんに頼まれたから一緒にいたのではなく。
朋也と渚が風子と一緒にいたのは。

楽しかったから。
ただ、それだけ。

それが、「友だち」ということ。

  ここに集まってる奴らも同じです。

義理や打算で集まっているわけではなく。
みんなが集まっているのは、風子といたことが、「楽しかったから…ただ、それだけ」。
それが、「友だち」。

ここに、公子さんの願い「ふぅちゃんが、たくさんの友だちを作ること」が成就したということなのだと思います。


このように、「人出」と「人手」の願いは成就しました。


さて、第7回のシーンは、上記の公子さんの台詞の後、ぼくが「カチン」とくるところに続いていくわけです(笑)


  公子さん!こんなこと、俺が言う筋合いじゃないんだけど。

  え?

  彼氏と結婚して下さい。
  妹さんも、絶対にそう願ってますよ。

  そ、そう思います!私も!

  自分のせいで、お姉さんが結婚を迷ってるなんて、妹さんもきっと悲しみますよ。
  妹さんのためにも、彼氏と結婚して下さい!

  そうです!先生の幸せが自分の幸せだって、絶対に思ってるはずです!

  お二人の言葉には不思議な力がありますね。
  本当に、あの子がそう思ってくれている気がします。
  たった今まで、そんな風に考えられなかったのに。
  風子を置いて、私一人だけが幸せになるなんて。

  そんな思い込みをしてる方が、自分勝手ですよ。

  本当にそうかもしれませんね。
  私、幸せになります。

  公子さん。妹さんは、いつか目が覚めるんですよね?

  私は、そう信じます。


あのですね。
ぼくはですね。
「本当にそうかもしれませんね」と言う公子さんは、じつは内心「カチン」ときてるんじゃないかなと思うんですよ(笑)
というか、「そう信じます」よw

ですので、この「私、幸せになります」というのは、ちょっと素直に言えてないかもしれないなーと思うわけです。ちょっとだけですが。

また、第9回の方のつづき、


  だから公子さん!
  あいつの想いの分まで、どうか幸せになって下さい!

  …はい。


における「はい」は、朋也が小生意気でない分(笑)、ぼくも素直に受け取れますし、公子さんもそうかもなーと思います。
や。
でも。
ちょっと間があることから、まだ、公子さん的には、少しあれなのかもしれませんね。
「足りない」んですよね、きっと。

「ヒトデ」を介した祝福は受けましたが、
ふぅちゃんからの、直接の「声」は、まだこの段階では「届いてない」んですよね。

したがって、再び現れた風子の、その祝福の言葉。


  おめでとう。お姉ちゃん。
  いつまでも。いつまでも幸せに…
  ずっと!…ずっと、幸せに…

  ふぅ…ちゃん…


があって、初めて、


  ふぅちゃんが、おめでとうって、いつまでも幸せにって。
  そう言ってくれました。
  たぶん、夢の中で、祝福してくれたんだと思います。
  それが、届いたんです。

  私たちが、幸せな気持ちでいつづければ、
  きっとあの子も幸せな気持ちでいられるって。
  今では、そう信じられます。


と、満面の笑みを持って言えるようになるということなんだと思います。


しかし、ですね。

やっぱ、何か「抜けている」というか「足りない」ように感じるんですよねー。

それは、2つあります。



その5へ続きます
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