CLANNAD 第9回感想 (その3) 

(その2)からの続きです。



風子編は、2つの願いを叶える物語でした。

1つは、結婚式を大勢で祝うこと。
もう1つは、友だちをたくさん作ること。

前者は、風子から公子さんへの願いで、
後者は、公子さんから風子への願いでした。

これらを同時に叶えること。それが風子編なのだと思います。

それを媒介するのが、ヒトデの彫刻。

ですので、「ヒトデを渡すこと」にも、2つの意味がありました。

「お姉ちゃんの結婚式をお祝いして下さい」と
「風子のお友だちになって下さい」です。

これは、てりぃさんの表現をお借りすると、それぞれ、
「人出」と
「人手」になります。

(てりぃさんの「Old Dancer's BLOG」、『CLANNAD 第5回「彫刻のある風景」』より引用)

>そうですよ、風子が欲しいのは「人出」であり「人手」なんですよ。
>姉の結婚式には多くの参加者、「人出」を。
>自分の周りには、豊かな人のつながり、連なる「人の手と手」を。
>彼女の願いは、表向きのものも内向きのものも、
>全てが彼女の愛する「ヒトデ」というアイテムに象徴される形になっているのです。


2つ。

ヒトデの彫刻それ自体も、「星」のようでもあり「ヒトデ」のようでもあるわけです(手裏剣は置いておく)。

風子編は、そのように、「2つの事柄」を描いているので、ちょっと複雑になっている気もします。


そして、これは、たまたまなのですが、ぼくが「(京アニ)風子編」に対して抱いている不満も、2つあります。

や。
もちろん、第9回も号泣でしたよ?
ビデオを観返しては泣いてますし、あと、ぼくはmp3プレーヤーに録音して音声だけ持ち歩いたりしているのですが、毎朝毎晩電車の中で涙をこらえたり、うっかりぽろぽろしてたりするわけです。泣きやすきこと渚の如しですよ?

まあ、それでもたまには不満のひとつやふたつは書いておこうかなとか思うわけです。


まず1つ目は、公子さんが「幸せになること」に対して、もっとグダグダしていても良かったかな、ということです。
ちょっと、あっさり感じちゃったんです。

朋也の「だから公子さん!あいつの想いの分まで、どうか幸せになって下さい!」とそれに対する「…はい」。
および、「(前略)…私たちが幸せに居つづければ、きっとあの子も幸せな気持ちでいられるって、今では、そう信じられます」
が、ちょっと、あっさりした感じに。

第9回より前に、もっと公子さんがグダグダ、ウダウダしててくれたら、ここ、よりグっときたと思うんです。

んー。でも。
それは公子さんのキャラ的に、やっぱりナシなんだろうなーとは思います。

というかですね。
ぼくは、朋也が公子さんに意見してると、ちょっと「カチン」とくるんですよね(笑)
第7回Aパート冒頭、
(公子さんの「たった今まで、そんな風に考えられなかったのに。風子を置いて、私一人だけが幸せになるなんて」を受けて)
「そんな思い込みをしてる方が、自分勝手ですよ」とか。
「なにをー!この若造が!」とか思っちゃったり(笑)

これは、あれだ、公子さんが淡々としてるからだ。
渚や朋也以上に、感情を露に(主にグダグダ、ウジウジ方面に)していたら良かったんだけど、公子さん大人だから。
元教師として、(教え子を含む)高校生たちに対して、そんなグダグダするわけにはいきませんよね。
うん。ここは仕方ない。
むしろ、公子さんの内なる葛藤や想いを、こちらがどれだけ読み取り、そして想像できるか、というところなのでしょう。


さて、もう一つの不満は、第9回、風子が出たり消えたり忙しかったことです。

これは、もちろん、「消えて再び現れる」その数だけ、「泣き」のポイントがあったわけですが。
そして、その度に、ぼくはもれなく(今でも)泣いているわけですが。
それでも、冷静に考えると、ちょっと忙しいかなーと。

これは、「2つの願い」からくる複雑さが原因なんだろうなと思うのです。

第9回における、風子の消失・出現は以下のようでした。

1.演劇部室での前祝い後の夜明けの消失と、幸村先生後の出現。
2.結婚式を見届けて「風子、楽しかったです」後の消失。
3.公子さんの前に現れ、空へ。
4.「風子のお友だちになって下さい」


これらの大半(前祝い後の消失以外)が、Bパートに集中しているわけです。
これは、やはり「忙しい」と言って差し支えないところでしょう。

これらをひとつずつ振り返ってみたいと思います。


1.演劇部室での前祝い後の消失と、幸村先生後の出現。

この夜明けの消失をもって、ついに朋也と渚までもが風子のことを忘れてしまうわけでした。
関係の薄かった者順の忘却、および病室で風子を見てしまった者の忘却の完了です。

しかし、この忘却は、(生霊)風子と関わった人、「ヒトデ」を貰った人が、風子および結婚式のことを忘れたわけですので、そこに関わっていない幸村先生、および芳野家伊吹家の親族や元同僚の教職員たちが結婚式のことを忘れていなくても、不自然ではありません。

朋也は、何となく日曜日に大事なことがあるような気がしていましたし、他のみんなも完全に忘却してしまったわけではなく、どこか引っかかるところがある様子でありました。

これは、(容体が変わってしまった風子の)「ヒトデ」の効力が、どんどんと「結婚式」限定のものになっていったと考えることが出来ると思います。

したがって、限定された効力の最後のひとかけらが、「結婚式当日」に辛うじて発揮された、そのように解釈できましょう。

結婚式「前日」に、朋也と渚が思い出すことが出来たのは、「ヒトデ」の効力を通してではなく、幸村先生の書「ご成婚おめでとうございます」を通してであったわけです。

また、朋也と渚は、結婚式を思い出してからその後で、風子のことを思い出すことができ、風子を「見える」ようになったわけですが、これも「ヒトデ」の介在はなしでした。
一方で、この2人以外は、結婚式当日も相変わらず風子のことは見えていないようです。

そのことからも、「ヒトデ」は「結婚式」限定の効力しか、もはや持っていなかったと考えられます。

それは、じつはおそらく当然で、そもそも風子は「ヒトデ」を渡すとき、「結婚式を祝って下さい」と言ってきたわけで、「風子の友だちになって下さい」とは言っていないわけです。

風子の容体に応じて、おそらく弱まってしまった「ヒトデ」の効力が、当日限定になってしまったこと、およびそれを辛うじて感じ取ったみんなが、風子のことを思い出せなくても、それは仕方がないことかもしれません。
もともと、「人出」の方の願しかかけられていなかったわけですから。


さてちょっと、ここで少し話が逸れまして。
忘却について、2つほど振り返ってみたいのですが。

まず、早苗さんと秋生さんについて。

早苗さんは病院で風子を見てしまったがために忘却が開始しますが、そうしなかった場合には、かなり長く、少なくとも朋也と渚と同じくらいまでは、風子のことを覚えていることが出来たのでしょう。
それは、やはり「母親」的な存在ですから。

一方で、秋生さんは「病院」なしで忘却していくわけで、この辺りが男親というべきなのでしょうか…
じつは、その辺り、「ヒトデ作り」にも既に少し表れている気がしまして。
秋生さんは、第8回の「居留守」のところで、「我ながら手際が良くなってきたぜ」と言うように、他の人に比べ、圧倒的に上手く、綺麗にヒトデを彫ることが出来ていました。
これは、おそらく、「風子ちゃんの手伝い」という意識が薄れ、「ヒトデ彫り」そのものに「職人的な」目的を見出している感じなのだと思います。
さすが、「パン屋さん」。その「職人気質」といったところでしょうか。
あるいは、まあ、「男の子」な感じでもありますよね。
これは、あくまで「風子ちゃんのため」に彫っている早苗さんや渚とは、決定的に違うところなのだと思います。
だから、秋生さんは風子に、「話かけんな!いま難しいところやってるんだ!」とか言っちゃうわけです。「ヒトデ」職人ですから(笑)。(と同時にその時の風子の「あっ!」という表情に、風子の「ヒトデ」職人としての「共感」が表れているわけですがw)


もうひとつ、渚の忘却について。
渚はヒトデの彫刻に対して、みんなとは少し違う感覚を持っていました。

「(どこで手に入れたか覚えていないんですけど)、見てると落ち着くんです」

渚は、演劇部再建について、風子の「頑張り」を見習おうとしていました。
その渚に対して風子は、創立者祭の体育館で「どうぞ」とヒトデを渡したわけです。
これは、「頑張ること」を渚に託したということ、渚への「励まし」ということであったと思います。
「ヒトデを渡すこと」の3つ目の意味ということになります。
だから渚は、ヒトデの彫刻に対して、みんなとは違い、「落ち着く」という感覚を持ちます。
風子の「励まし」を受け取ったのは、渚だけなわけです。
したがって、「岡崎さんは、そんな気持ちになりませんか?」に対して、朋也の返事はない、ということにもなるのでしょう。



2.結婚式を見届けて「風子、楽しかったです」後の消失。

「ヒトデ」の効力なしで、結婚式と風子を思い出した朋也と渚は、風子と「手をつなぎ」ます。
「人の手と手」をつなぐ「ヒトデ」なしでも、直接「手をつなぐ」ことで、もはや風子を認識できなくなることはない、ということでしょう。

この点、前回ラスト夜の学校に向かう際に「手をつないで」いたのに、前祝い後、眠りにつくときには、手を離してしまっていることは、注目してもよいところだと思います。
(ですので、指輪交換の後、教室から中庭に駆けていくところは、ぼくは「手を離しちゃだめー!」と思っていましたw)

結婚式当日限定の「ヒトデ」効力、「人出」。

  届いた…
  お前の想い。
  ちゃんとみんなに残ってたんだ!

前述のように、ギリギリ残った効力といってもよいですし、そもそも「人出」の「願」として、当日のみに発動するものであったと考えてもよいと思います。

しかし、繰り返しになりますが、ここで、杏も椋もボタンも、春原も美佐枝さんもラグビー部員も、有紀寧も智代も、三井さんも親衛隊もことみも、秋生さんと早苗さんも、みんな「結婚式のお祝い」は思い出していますが、おそらく誰一人として、「風子は見えていない」のだと思います。

しかし、ともあれ、「人出」の「願」である、「結婚式を大勢で祝うこと」は、ここに成就しました。

風子は、朋也と渚と過ごした日々を。
ひとり教室でいたところを、朋也に見出されたことから始まった「ヒトデ祭り」の日々を。

「最悪です」
悪態をつきあった、その楽しい日々のお礼を述べます。

「ヒトデ祭り」は、「みんなで」ヒトデを彫り、「みんなに」ヒトデを配るお祭り。
つまりは、「人手」のお祭りだったわけでした。
これを通して、風子のみならず、渚とみんなも「つながる」ことができたわけです。

とりわけ、風子は今回明言したとおり、渚と朋也をつなげることにも一役買っているわけでした。

朋也は「最悪の天敵」で、「ふぅちゃん」と呼ばれるのは「最悪」で。

風子のその悪態は、「姉」のように慕う渚を、朋也は奪っていく存在であることから発していると思われますが、それは裏を返せば、公子さんを奪う祐介さんのようであって欲しい、渚と朋也にも結婚して欲しい、という思いがあったということです。


お礼を述べて、風子は消えてしまいます。
手をつないでいたにも関わらず。

これは、結婚式を見届けたこと、大勢の生徒に祝福される公子さんを見届けたこと、つまり「人出」の「願」が成就したからなのでしょう。

しかし、それ以外にも、ここで「風子を消す」必要があったのだと思われます。

それは、朋也にこの後の台詞を言わせるため。
また、人の手は「2本」しかないため。
です。



その4へ続きます
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コメント
 
 
 
うはーすごいス! (maharia)
2007-12-07 01:16:44
たこーすけさん、こんばんは~
こっちの記事が落ち着いたのでなんか書いてやろうと来てみたのですが・・・ダメだ!太刀打ち出来そうにないっス(笑)

更新中みたいですけど、内容的にここに書くのが良さそうなので、書いてしまいますね。

>1つ目は、公子さんが「幸せになること」に対して、もっとグダグダしていても良かったかな、ということです。

あ、なるほど。
ゲームだともうちょっと尺を取っているのと、自分のペースで出来るため、けっこうgdgdしてたと思うのですが、言われてみればアニメはあっさりしてるかも知れません。9話で終わらせる為にはあれが限界だとは思いますが、風子編は特に「積み重ねる物語」なので、今までの京アニからは考えられない程尺を取ったと思っていましたが、なかなか難しいものです。

風子の消失は、まあホントに消失というべきなのはラストのみなのですが(そこまでは知覚出来なくなるって感じですから)後半に集中したのはやはり慌ただしかったかも知れません。
尺の上で仕方なかったとはいえ、一つ一つの消失が原作より薄くなってしまってる感はあります。

知覚出来るか出来ないってのは結構面白い部分で、某小説でそれをネタにしたトリックを読んだ時、すごく感心した覚えがあります(余談)

それを分かっていたのか無意識にか、自分が消えても人々に想いが残るように選んだアイテムがヒトデ!てりぃさんのおっしゃってた「人手」や「人出」の意味も込められているでしょうし、ひょっとしたら切っても再生して増えてくって辺りも・・・考えて無いか、さすがに(笑)

やばい、余計にまとまらなくなった!(オィ
中途半端ですけど、コレで逃げます!!

あ、あとたこーすけさんの背中は任してください!
ザクッとイっときますんで(コラ

 
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