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仮の包装(14)

2017年02月13日 | 仮の包装
仮の包装(14)

 売るということが決まると、意に反して急に予約が増えた。宣伝もしていないのに。必要なものを買い足し、中途半端なものは伸ばした手にブレーキをかけ、躊躇してしまう。いらなくてもなんとかなる類いのもの。これからは在庫を抱えることは許されないのだ。皿が割れても補充はせず、タオルも新品のものがなくなった。少し毛羽立ったタオルの肌触りにも、消極的ながら納得させようという気持ちが働いた。満点はいらなかった。

「線香花火みたい」と、女主人はいう。最近は、すがすがしい顔をしていることが多い。
「ラスト・スパートですね」そう返答したぼくだが、ゴールを切ったあとの身の振り方も決まっていない。歓喜も栄光も祝福もないゴールを迎える。

「最後ぐらいボーナスを出そうかしら」
「期待しますよ」
「どうぞ。もし、就職先があれば暇を見つけて面接でも受けなさい。後押しできるか分からないけど紹介文も書くし」突然、現実的なことを言う。しかし、日本でそういう書面が効果的だとも思えなかった。新卒で入り、多くは死ぬまで奉公する。所属するという立場が一般的なのだ。ぼくのその所属や帰属が危うくなっている。風前の灯火。

 また不動産の方が足を運んだ。話し合いが静かに終わると、女主人はカレンダーに丸をつけた。

「その日は?」
「ここのカギを明け渡す日。わたしが別の場所に移る日」
「ぼくは?」
「この一か月前には、ここも閉めましょう。準備や整理もあるし」
「じゃあ、あと一月ちょっとですね」
「お疲れさま」
「まだ終わってないですよ」

 ぼくは皿を洗いながらいままでのこととこれからのことを同じ分量程度に考えていた。少しだけ魚がさばけるようになり、少しだけ船の操縦を覚えた。無免許といえば無免許なのだろう。横でしっかりと見守ってもらっていたが。いくらか日にやけ、身体が黒くなった。精悍ともよべるし、不潔ともいえた。ぼくはここが好きになっている。休日には社会人一年目のももこと会い、映画をみたり海のそばで話し合ったりする他愛もない時間も。

 明日は地域の大人たちが集まる野球に誘われた。女主人は数時間、抜けることをとがめなかった。ぼくの部屋には誰かのお古のユニフォームがある。それに袖を通して体を動かす。きっと、楽しいだろう。

 一日の仕事も終わり、自分の部屋にもどった。自分のという仮の所有も、あと一月ほどで終わる。ここに住みつづけるならアパートを探さなければいけない。その前に家賃が払えるだけの仕事もいる。ぼくはまた履歴書のことを考える。新品ではなくなった自分という車。中古車でもなく、廃車になるにはまだまだ早い。傷もなく、塗装も悪くない。だが、誰かが買おうと思わなければ、駐車場で無情だけが取り柄の風雨にさらされるだけなのだ。ぼくは、自分をすっぽりと包めそうな大きな傘のようなものを想像してみる。

ジャンル:
小説
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