瀧澤龍雄による栃木県の石碑調査と石仏調査

栃木県内で、石碑等を見て歩いた内容です。なお、コメントは、必ず実名を使用して下さい。内容により削除することもあります。

今回は12月3日に調査した田沼町の筆子塔御紹介です。

2016年12月13日 | Weblog

ここの所、本格的な冬の季節となり、風は吹くは寒すぎるはで、先週は石碑調査をサボりました。そこで今回は、その前の週に調査した、筆子塔の御紹介です。筆子先生の亀山翁は明治7年に51歳で亡くなったとあるので、江戸末期から明治始めに周辺の人々に教えたことは推察されます。しかし、その詳細が判りません。墓碑の右側面に「詳しい行事は碑文に」とあるので、調査を終えてから墓地内を探したのだが、それらしい石碑はどこにも見当たりませんでした。その碑文とやらは、どこへ行ってしまったのだろうか。或いは、墓誌までは用意出来たのだが、様々な理由があって建立されず仕舞いだったのだろうかと、その亀山翁の全容を知ることが出来ず悔しい思いを胸に帰宅しました。

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2 コメント

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カメラ三脚が壊れました (山口 秋葉子)
2016-12-13 15:33:46
 瀧澤様 こんにちは。

 亀山碑を早速アップしていただき、誠にありがとうございます。私の方は所在地確認の任務だけでしたので、台座の方は覗いてもいず、勉強になりました。

 私の方は、いろいろと野暮用も重なり、週末は調査に出かけられずでした。明日が祝日の振替休みなので、上河内の羽黒山神社の三対の狛犬を写真撮影してこようかとは思っていますが、天候がどうなることやらですね。
話が前後しますが、先週の馬頭町遠征の折に12年使っていたカメラ三脚が壊れました。歳を重ねると、あまり重い仕様のものは山道が辛いし、かといって軽いと、ちょっとした風が吹いただけで役に立ちませんからね。現在、財布と相談中です。会社の三脚を誰も使っていないので、使うという手もあるのですが、これが前世紀の遺物のようで、ひたすら重いです…弱りました…(笑)。

 文章、整いませんが失礼します。
 追伸。21日の朝、高橋さんと鋳物調査の予定です。



山口様へ (瀧澤龍雄)
2016-12-15 08:48:01
三脚の選択には悩みますよね。三脚は重く大きいほど、万分の1のブレにも対応出来ますので、私は未だに手のひらに乗るデジカメでも中判カメラ用の重くがっしりした三脚を使用しています。よそ目には、何でデジカメにそんな大げさな三脚を使うのかと不思議がられますが、それが意外と効果は大きく、暗闇だろうが撮影した写真には微塵もブレはなく撮れます。山での撮影では、撮影機材だけで20kgの荷を背負っていたので、未だに重いのは気にしない野蛮ぶりを発揮です(笑)。
さて、21日は高橋様との鋳物調査との事、仕事柄多忙の身で羨ましい限りです。高橋様にもよしなにお伝え下さい。
それにしても良いですね。今の私のように拓本採りが主ですと、この季節の極寒期には碑面に霧吹きをかけると凍ってしまいますので、何ともなりません。来年は、寒い時と暑い時は、念願である宝篋印塔の県内500基を目指してそちらの調査をしようかと考えているところです。あと50基も調べれば達成出来そうなので‥。お会いできますときを楽しみにしています。

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