Do be Ambitious! 日記館

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ポーランドの伝説の?野良ジャンプ台「Planica」

2017年01月03日 | シャンツェネタ
遂にこのジャンプ台のことを書くときが来ました。

遊びでそこらの斜面にジャンプ台を作って飛ぶというのはポーランドの連中が盛んにやってる印象があるのですが、
その中で燦然と輝く一本のジャンプ、マウォポルスカ県(Województwo małopolskie)にある小さな町
シェニャバ(Sieniawa)の斜面に作られた通称「プラニツァ(Planica)」と呼ばれるジャンプ台、K点20mだそうです。
あのスロベニアのプラニツァのフライング台「Letalnica bratov Gorišek」に引っかけたのは明白です。
ここでMariusz Polokという男が2011年に記録した26.5mが最高記録だそうで、それがこの動画。



ブレーキングトラックの両側に家があって、ブレーキングトラックの先には鉄道が通ってるので
えらいデンジャラスに見えてがその分凄さが感じられると言いますか、クレージーですよね。
ちなみに最初は雪の台だったようです。



これが2011年に木造のカンテが設置され、この時に先の記録が生まれたわけですね。



そして2012年



ちなみに先のPolok君はこの年にも26m飛んでるようです
この後13年、14年にここで飛んだ動画は見当たらなかったのですが、そのあとの2014/15年



老朽化のためか、それとも安全のためか、K=9m、HS10mに生まれ変わっていました。
ところで彼ら、今シーズンまだ飛んだ動画を上げてないんですがどうしたんでしょう。
facebookによれば10月の時点で飛ぶにはきつい大雪だ、みたいな記事はありましたが。

ちなみにこのジャンプ台、場所は一昨年だったかに既に特定してたりします。

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昔のジャンプ台写真をカラー化してみる

2016年11月05日 | シャンツェネタ
ひょんな事で白黒写真を疑似カラー化できるツールの存在を知り、ふとジャンプ関係の昔の写真を
カラー化してみようとやってみました。とりあえず上手くいったのでいくつか。


羽幌炭鉱のジャンプ台での一枚。


オスロ五輪ジャンプ、15万の大観衆。


ホルメンコーレンでの一枚、水着の女性の肌まで綺麗に再現されてびっくりw


これは上手くいったとは言いがたいのですが、銀の沢シャンツェで使えたのがこれだけだったので…
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美深にあった小さなジャンプ台の話

2016年09月14日 | シャンツェネタ
中学生の頃、北海道のスキー場ガイドの本を読んでいたとき、その本にはスキーのジャンプ台の所在を表す記号も
載っていたのですが、北海道は名寄よりも更に北の町、美深町にあるスキー場に「20m級ジャンプ台」の
記載があるのを見つけて、それ以来見に行きたいと思いながらも出来ないまま、そこに
フリースタイルスキー・エアリアルの競技場が建設されてしまい二度とその夢叶わず、となってから
随分と経ってしまったのですが、(国土地理院の1970年代の空中写真にはちゃんと存在していました)


※国土地理院:空中写真閲覧サービスのものを加工済

ある時旭川の図書館で美深町史を見つけて、関連資料なども調べた結果
それなりの情報が見つかりました。

建設されたのは昭和43(1968)年。天塩川木材工業株式会社の創業25周年を記念して青少年のスポーツ振興のため
菊丘の町営スキー場に建てられ11月に完成、12月22日に町に寄付された、とあります。



この写真からわかるように、木造ヤグラで、当時作られたスモールヒルにはよくある階段状の4段ないし5段ゲート。
なかなかに立派な台のように思えます。
アプローチ全長34m、斜度31度、スタート台の高さ13.5m、
カンテ高さ2m、着陸地30m(K=30mって事かな?)、飛距離20m以上ということです。
年が明けて昭和44(1969)年1月29日に第1回松浦杯ジャンプ大会が開催され、この大会は
昭和63(1988)年2月19日の第20回大会まで行われたそうです。
その後も町民スキー大会などで活用されたようですが、老朽化とジャンプ競技人口の減少で
使われなくなったそうな。



今はこのジャンプ台も撤去され、全く同じ場所にフリースタイルスキーのエアリアルの競技場が建設されたのが
2006年のこと、現在美深町でその選手強化が盛んに行われている事を御存知の方もおられるでしょう。

かつてそこにあった20m級の小さなジャンプ台、その面影も遺構も、恐らくもう、見つけることはできない。
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伊ノ沢シャンツェリベンジ!したはずが…

2016年04月26日 | シャンツェネタ
野々村です。
その辺に行くチャンスがあったのでちょっと覗いてみたのですが…
それらしき地形を見つけはしたのだけど後で調べたらここも場所が違うっぽい。
行ったのは2枚目のこの辺。
1枚目は左の斜面全体。最初この上に上る道のすぐ上の奥かな、とも思ったのだけどこの奥にはそれらしい
斜面がないんですよね。そして今回行ったところの下もそんな感じだったんだけど、改めて
昭和33年の画像を見るともう少しの奥の方?こうなるともっぺん見に行きたくなるのだけどそこにも
そう言う斜面は見えなかったけどなぁ…それともやっぱりジャンプ台に見えるだけで見間違いだったのかな。



この左の部分がデコのあたりで、右がカンテ、それが数十年の時を経て土が崩れたのでは、
とも思ったのだけどね。そうじゃないっぽいのよね。



間違ってなければこれがカンテから上と下を見た画像なんだけど無理があったね。



収穫があったかに思えた今回の探訪、どうやら何も得た物はなかったのかも知れない。
木村様のコメントにあったシャンツェはヤグラはなかったらしいのでそういうのが
この伊ノ沢のどこかにあるのは確かなんですよね。うーん、気になる。
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伊ノ沢のあの場所に本当にシャンツェがあったのかどうか見てきた

2016年04月25日 | シャンツェネタ


以前、伊ノ沢スキー場の古い写真にシャンツェらしき姿を見たことを書きましたが
雪が融け、草も伸びきらない今の時期を狙って先日ちょっと行ってきました。

行く前にちょいと銀の沢シャンツェに下から挨拶。
この時期だと上のコンクリも少し見えてる気がします。



さて、伊ノ沢へ。
行ったところは斜度も緩く、ただ有り得るかな、と思った場所を見てみたのですが、
上の方に怪しげなカンテじみた段差とコンクリの物体がいくつかあったのが気になるだけで
確定的な物は得られず。
後で調べたら写真の場所はもっと下だったかも知れません。今度もう一度見に行ってみるか。




そのあと銀の沢シャンツェに久しぶりに立ち寄って帰宅。


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旭川市、雨紛にジャンプ台建設へ。

2016年04月01日 | シャンツェネタ
旭川市が神居町雨紛にジャンプ台を建設するそうです。
どこかというと、何とかつての銀の沢シャンツェのすぐ北、高圧線のすぐ南だそうです。
銀の沢シャンツェがあった場所に関しては真下に民家があることや、大がかりな工事は難しい場所
と言うことでこの場所になったのだそうな。
こんな感じでノーマルヒルとミディアムヒルを建設、スタンドもそれなりの物にして女子W杯や国体誘致を
目論んでいるのだそうです。道路はトンネルにして上にブレーキングトラックを設置するとは考えました。
ちなみに銀の沢シャンツェのあった位置は白で表示してあります。



ところでこういうジャンプ台を作るなら旭川ジャンプ少年団も復活したことだしジュニア用のジャンプ台も
あった方がいいのでは、と思えば何とその少し北、伊ノ沢スキー場に作るのだとか。
和寒や上川、朝日、下川まで行くのは大変でしょうし嵐山も古いですからね。これで練習環境も整うわけで。
こちらのイメージはこんな感じですね。



実際出来たらどんな感じになるのかね、景色も相当変わるし。
個人的には銀の沢のところじゃなくて良かったと思ってたりします。あのコンクリが撤去されたら寂しいしw

このジャンプ台に関して詳しいことは[こちら]に書いてありました。

=======================================================
と言うことで今年のエイプリルフールはこんなネタでした。
雨紛のノーマル、ミディアムは名寄ピヤシリシャンツェを改造しつつスタンドは宮の沢白い恋人サッカー場、
ジャッジタワーは妙高赤倉シャンツェのものを貼り付けました。
伊ノ沢のジュニア用シャンツェは朝日のK=40mと荒井山のK=25mを利用、建物だけ名寄の物を縮小しました。
本当はジュニア用シャンツェは雨紛の台に隣接させたかったのだけど、右側は高圧線、左の旧シャンツェとの間は
銀の沢?の谷になっているのでジャンプ台が作れないのです。
まぁ妙高市がジュニア用は別の場所にあるのでこのくらいならイイかな?と。

☆過去のエイプリルフールネタまとめ☆
[2015年:東川旭岳鉄道]
[2014年:お菓子屋と…]
[2013年:アイドルマスターXENOGLOSSIA実写化]
[2012年:一般紙で漫画家デビュー]
[2011年:雑誌連載開始]
[2010年:酷道復活]
[2009年:UFOがやってきた]
[2008年:B☆Bがスキージャンプ挑戦]
[2007年:我が町にフライングヒル完成]
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【悲報】小樽望洋シャンツェ、廃止

2016年02月24日 | シャンツェネタ
1999年の小樽国体のために建設されたジャンプ台、望洋シャンツェ
廃止が決まったというニュースが入ってきました(こちら)。

国体のあとは何度か北海道選手権で使われていたらしいですが、いかんせん場所が潮見台からも朝里川温泉からも
だいぶ離れた中途半端な場所の住宅地の奥で(望洋台の住宅街からは近いですが)、設備は凄く立派そうなのに
K=80mという中途半端なサイズ、練習の場としても大会の場としても使いにくさは否めないとは思っていましたが
その後は大会の誘致もないまま維持費だけがかさんでるという印象しかなく、もったいないなと思っていましたが
建設時の借金を完済したタイミングで廃止が決定したとのことです。
とにかくもったいないとか惜しい、と言う思いです。廃止に関したら致し方ないとしか。
とはいえ台は今のところ撤去はしないそうです。
そう言えばブレーキングトラックはオートキャンプ場になっちゃってるけどそれ自体は存続するんでしょうか。
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フルヤシャンツェと大学シャンツェにリベンジしてきた話

2016年02月02日 | シャンツェネタ
先の土日の札幌遠征に際して、土曜日の試合前と日曜の試合後に、ファイナル以来久々に
フルヤシャンツェと大学シャンツェのあとを見に行ってきました。
といいますか大学シャンツェは前回見つけられなかったので改めて見つけに、ですが。
ファイナルの試合前に見に行ったときのレポは[こちら]

まず土曜日。円山公園駅からバスで荒井山まで行き、そこから歩いてフルヤシャンツェへ。



3月に見たときとはまた違った、今度は雪を被った姿がまたいい。
こうやってみると改めてジャンプ台だったんだなーと分かります。
ちなみにフルヤシャンツェの往年の姿はこんな物でした

そして、いよいよ前回は場所を見誤っていた大学シャンツェへ。
とはいえ手前は住宅、左右も木が生い茂っていてなかなか見えそうにない。本当に見つけられるのかと思っていたら



これか?これなのか!!?
場所的にはここであっているはずなので、これで間違いないはずなのですが、上の道路も見えないので
半信半疑でした。でもそれに関したらすぐに解決することに。さすがに上からのアプローチは無理だろうな、
と思いつつ大倉山に向かう坂道を登っていくと、大学シャンツェのスタート台があったと聞く右カーブのところで



この足跡を見つけてもしやとそこを辿り、この高まりの上に立つと、下に大学シャンツェの姿がありました。



前回の遠征のあとメールを下さった「とある方」、といいますか、エルフェンバインさんという方。
彼が教えてくださったシャンツェからの景色と完全に一致したことと、何よりこれでもかってくらい
シャンツェという感じの地形が眼下に広がっていて感激しました。
うっかり涙ぐみつつ、試技開始が迫るのも忘れかけてしばらくそこに佇んでいました。

で、翌日。

日曜日の試合が終わったあと、どうせバスも混むしと、最低荒井山バス停まで歩くことを決意。
せっかくなので2つのシャンツェに挨拶してからと、まず大学シャンツェへ。
本当駐車場のすぐそばなんですよね、ここ。
天気もよくて、前日と比べて時間帯も早いのでカンテの位置も写真から分かりやすくなりました。
資料によれば最大飛距離17m程度、アプローチ斜度もそんなに無く、真下の住宅街さえなければ
自分でも飛べるんじゃないかと思えるくらいの可愛いジャンプ台でした。




と、そこで声をかけてきた人が。呼び方がもう1つのHNだったのでもしやと思えばやはり、
エルフェバインさんでした。あのあとも色々メールでやりとりはしていたのですが、まさか
お会いできるとは思っていませんでした。昨日ここへのアプローチに付いていた足跡も、自分が来ることを見越して
付けてくださっていたと知り感謝しかありませぬ。
その後荒井山のバス停付近で別れるまで色々話しながら(途中フルヤシャンツェにも寄りつつ)歩きました。
本当に当日はどうもありがとうございました。
その道すがら教えてくださったのがこのフルヤシャンツェの後ろ姿の見える場所、ここから夏に
アプローチできるそうなのですが、果たして行けるやら。



ということで大満足の、札幌遠征でございました。
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久しぶりに銀の沢シャンツェ

2016年01月21日 | シャンツェネタ
久しぶりに神楽岡の、雨紛方面を見渡せる場所を通る機会があったので
久しぶりに銀の沢シャンツェをパシャリ。



ヤグラの基礎と着地斜面、ジャッジタワーの基礎が見えて本当に色んな意味で感慨深くなります。
浅木文雄や菊地定夫、笠谷兄弟といったレジェンドジャンパー達も飛んだジャンプ台…

伊ノ沢スキー場も撮ってみる。
この中腹に、かつてのジャンプ台が今も眠っているというのだろうか。
雪が融けたら行ってみようか、どうしようか。一瞬の時期を逃すとすぐ笹が生い茂っちゃうだろうからね。

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銀の沢シャンツェをBing航空写真で見てみると…?

2016年01月07日 | シャンツェネタ
あることでBing地図の航空写真モードをみていたとき、ふと
以前その存在を追った銀の沢シャシャンツェがどう映っているか気になってみてみたら、
ちょうど雪が残り、葉も落ちている時期に撮られた写真だったようで、それらしき地形と、
そこに通じる道がしっかり写っていました。



多分場所はこの辺かな、というのが下の画像です。
もうちょっと下かな、とも思ったけどアプローチの位置が合わないので。

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伊ノ沢スキー場の30m級シャンツェ

2015年07月04日 | シャンツェネタ
北方資料デジタル・ライブラリーという北海道の古い資料を集めたサイトで旭川の古い写真も多く公開されたとのことで
昨日から色々見ていたのですが、伊ノ沢スキー場の写ったこの写真を見てビックリ。
スキー場の左のコブの所です、赤で囲った部分。




これどう見てもジャンプ台のヤグラですよね?
国土地理院の空中写真を見てみると確かに昭和22年の物にそれらしき物が(赤い四角内を拡大したのが2枚目)。



※出典:国土地理院さんの空中写真を加工

ここでふと思いだしたのが、以前冬に銀の沢シャンツェを見に行った記事のコメントにあった、
「伊の沢スキー場の左側15分ぐらいいったところ」にあったという30m級ジャンプ台。
これ左側を15分ぐらい登ったところと考えればドンピシャで当たるじゃないですか、
そう言うことだったんですか木村様!?

さて、こうなってくるとまた「伊ノ澤シャンツェ」との関係性が気になってくるところですが、
もしかしたらこれが昭和5年に出来た奴なのか?とか思いつつ今日になって旭川市中央図書館に行って
旭川市史を調べたのですが、それによると昭和11年11月10日、伊之沢に旭川中・旭川商業が協同でシャンツェを
造ったことが書かれていました。
雨紛シャンツェ=銀の沢シャンツェのことを知ったときの記事で伊ノ沢シャンツェの完成時期が
昭和5年なのか11年なのか、と言うことに触れましたが、昭和11年に出来たというのがこの協同の「伊之沢シャンツェ」で、
昭和5年に造られた「伊ノ澤シャンツェ」とはまた別のシャンツェなのではないか、と言う疑惑も…
といいますか、この冒頭の伊ノ沢スキー場の写真の右側のS字カーブと比べると昭和5年の台のプロフィールと比べて
ちょっと小さいようにも思えるんですよね、もっとも位置関係的にS字カーブより遠いようなので
実際よりは見かけの大きさに差が出てる可能性はありますが…一つの謎が解けた一方で別の謎が深まった感じです。

ところで市史に寄れば昭和9年に第7師団の尽力で春光台にもジャンプ台が作られたとか。マジかああああ!!?
昭和22年の空中写真に何となくそれっぽいのが見えたんだけど見間違いの可能性もあるし…
どこにあったんだべ。
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銀の沢シャンツェと伊ノ澤シャンツェ

2015年03月25日 | シャンツェネタ

上の画像は、札幌に出かけた21日朝の、うちで取ってる某新聞の地方面の記事なのですが、
この記事では1966年の嵐山での第21回国体と書かれてるんですけどこの写真、どう見てもその11年前、
1955年に銀の沢シャンツェで行われた第10回国体の写真なんですよね。
このジャッジタワーといい向こうの景色といい。
銀の沢シャンツェに思い入れが強くて色々調べた結果気付いたことだけど、でも記事にする側はそうでなくても
ちゃんとやって欲しいよなぁ…

その銀の沢シャンツェのことなんですが、それより昔にあった「伊ノ澤シャンツェ」がどこにあったのかが
ずっと気になっていて、ふと1947年の空中写真を見てみたんですよね、そうしたらふと気付いたのですが、
上2つはクリックで拡大してください、下は上右の四角で囲った部分の拡大です。



※いずれも国土地理院の空中写真閲覧サービスのものを加工済み

これ…ジャンプ台だよね?
ちなみにこの場所、この写真の5年後に完成とあるはずの銀の沢シャンツェと全く同じ場所です。
[参照1][参照2]

何となーくアプローチのカーブが伊ノ澤シャンツェっぽい感じも見受けられますし…



もしかして伊ノ澤シャンツェもずっとこの場所にあって、それを国体のために改修し、銀の沢シャンツェとなった
と言うことなのでしょうかね。何しろ昔はあの辺りまで全部「伊ノ沢」だったらしいですし…

そういや以前の冬の銀の沢シャンツェの記事のコメントでここ以外にももう1つ30m級があった、
と言う情報があったけどアレもどこなんだろ。1962年の空中写真じゃそれらしいのが見当たらないのよね。
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札幌、大倉山近辺の古のシャンツェを追いまくれ!

2015年03月23日 | シャンツェネタ
野々村です。札幌レポのメインディッシュです。

ええ、元々荒井山シャンツェの少し東にあった「フルヤシャンツェ」と、その少し北にある「大学シャンツェ」
この2つを見に行く予定だったのですが、その数日前にあのシルバーシャンツェを追いかけていたみどりさんが
シャンツェの痕跡を見つけた事を今更ながらに知ったことで、いっそそっちまで足を伸ばしてみよう、という
欲求が湧きまして、思い切ってまとめて実行してしまおうとなったわけです。

そんなこんなで、荒井山でバスを降りて、こういうルートで移動したのですが、後に一つ、
ちょっとした間違いが判明することに。



まず荒井山小学校の先レンガ造りの高級住宅の手前を左に入り、少し進むと右側に明らかにそこだけ異質な、
笹の葉まみれの盛り土を発見。この形状はどう見てもジャンプ台です。
恐らくこれがフルヤシャンツェでしょう。




かつては荒井山に森永シャンツェ、こちらにフルヤシャンツェと、そこにあった製菓会社の看板にちなんだ名前が
シャンツェに付けられていたという話を聞いたことがあります。

もといた道に戻り、更に数100m進むと小さな川を渡るのですが、そこから左の斜面のどこかに、
かつて北大のスキー部が利用していた「大学シャンツェ」があるのですが、実はこの野々村、
その場所を間違えておりました。



その川の少し上流、大倉山の駐車場下の斜面(上の写真奥の雪の少ないところ)を重点的に観察したんですが、
ある方からのメールに貼られていた写真が自分の思った場所とずれているのを見て、改めて当時の空中写真を
今の地図に照らし合わせてみると、その場所は自分が思っていた場所よりもう少し北側でした。
これはかなりの不覚。次札幌行くのは6月の北海道コミティアの時なので、恐らくその場所を見るのは困難でしょう。
行けるのは来年のW杯の時かなぁ…
幸いなことに、最後大倉山に向かう途中にその近辺を撮っていたので載せておきます。
どれも実際の場所はもうちょっと奥かも知れませんけども…
(その方の後のメールによればやっぱりもうちょっと向こうだったそうです)



そこから住宅街を抜け、期待地上山の手通りに出た後、そこからしばらく西に向かい、11丁目の所を左に入っていった
ところの斜面にシルバーシャンツェがあったようなのですが、確証を得たのは帰って写真を確認してからでした。
直下の公園で撮った写真(下の5枚のうち一番左)に関したら、画面の左側の斜面の場所かな?あの木の辺りかも。
北1条山の手通りの対岸から撮ったやつの方がそれっぽい地形が判ります。
ここに日本初の固定式シャンツェがあったんだなぁと思うと感慨深い話です。




どうよ!?

で、そのあと札幌シャンツェとアルファシャンツェの所はちょっと行くのが面倒になって(ぉぃ
少し離れたところから写真を撮るだけでした。だってもうどうせ何も痕跡なんて残ってないでしょうし。
まぁそのうち行けたら行こう(ぉぃ
2枚目はアルファシャンツェ、ちょうど奥の病院の下の斜面の辺りにあったらしいですね。
(続報:アルファシャンツェの札幌シャンツェももう少し左で、病院のあたりに札幌シャンツェがあったようです)



大倉山では木道を通ってコンクリボックスから雪印シャンツェのスタート台と思われる盛り土を見上げようと思ったら
遊歩道の位置が高くなっていて、スタート台の頂上近くに移っていました。

といいますか、本当にこれが雪印シャンツェのモノなのかどうかってのは実は確定してないんですけど、
当時の写真を見てもここは盛り土してあるし、札幌五輪用の大倉山シャンツェの写真にもこの盛り土はあるので、
まぁたぶんそうなんじゃないかって思ってます。だってそれ以外にこんな所に土を盛る理由なんて無いですし。



まぁさすがに雪が柔らかくてほんの2mもない高まりに登ることすら出来なかったんですが、こんな近くに
雪印シャンツェの痕跡を感じられるのは感慨深い。
何しろ旧大倉シャンツェ共々、札幌五輪のための大改修のために見事に葬り去られたので、
今はスタンドになっているランディングバーンといい、殆ど残ってない訳ですが、奇跡的にこの盛り土は消滅を免れた。
ちょうどアプローチがあったであろう場所から見下ろすと本当切り立っていてよくこんな所に選手たちは飛び込めるな、
と思うのですが、でも考えたら当時のランディングバーンのでこはさすがに削られてるか。
ところで旧大倉シャンツェの方ですが、位置的に今の台の左1/3ぐらいからリフトのある辺りにかけて、だよな?




とまぁ、あの辺の古いシャンツェの痕跡を片っ端から見て回ったんだけど大学シャンツェの場所が
間違ってたと後で知った今ではなんか消化不良気味ですな(´・ω・`)

追記:翌年1月にリベンジしてきました[こちら]
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シルバーシャンツェの遺構が発見されていた話

2015年03月20日 | シャンツェネタ
野々村です。
以前から気になっていたブログで、札幌の古のジャンプ台「シルバーシャンツェ」の痕跡を追いかけておられた
方がおられるのですが、久々にそのブログシャンツェ関連)を見たら何と去年の秋に発見されたとのことです(こちら)。
思わず感激してしまったのはともかくとして、
文面を読んだ限り、意外と斜面の形状なんかは残ってるような感じですね。
コメントを書き込んで返信を頂いたのですが、今時期はまる見えだそうなので、明日…
そう、伊藤杯ファイナルの日ですよ。もちろん札幌に行きます。
で、大倉山に行く前にフルヤシャンツェと大学シャンツェの場所を覗こうと思ってはいたのですが
もし時間と脚力に余裕があったらそちらまで足を伸ばしてみようかな、なんて。
競技開始19時だから何とかなる…よな?w
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三笠市の桂沢にジャンプ台の跡があるらしい。

2015年03月19日 | シャンツェネタ
野々村です。
もう1ヶ月近く前の話になりますが、こんなブログ記事を見つけたんですよね。
確か画像検索で古いジャンプ台の写真を探してたんだと思いますが、このブログ記事には
思いっきり、小さなジャンプ台の鉄骨が映っている。
調べたら桂沢シャンツェというのが実際にあったらしく、ちょっとどこで見たか判らないですが、
20m級だったという記述を見たような…確証はないですが。
実際この写真を見た感じ、旧式の階段型(要は両側に2つとか3つずつではなく、
片方からだんだんにゲートが高くなっていく)4段ゲートで、スモールヒルっぽい感じ。
場所は三笠の国設桂沢スキー場近くで、70年代の航空写真などを見て場所は特定できました。


※国土地理院:空中写真閲覧サービスのものを加工済

現在の場所はこのポイントですかね。
いっぺん現物をこの目で見てみたいものです。
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