武内 ヒロク二

このブログは、武内ヒロクニの絵の紹介や、家での出来事を妻が語ります。
日々、徒然。

パンチを繰り出せ!(作品紹介452)と ヒロクニさんに進められた岡田謙三展を思いだす。

2017-06-14 17:25:30 | Weblog


パンチを繰り出せ!
そして四角い人は、変な顔をしているのであった。
見ていると、上へ上へと上がっていっているような雰囲気がする。
この絵は、個展に出すそうで、黒く塗られたパネルに貼り付けられた。

毎日、毎日、ヒロクニさんは、パネル貼りをしています。
私は、パネルを作ることは出来ても、絵を貼る作業は手伝えないので、
「タバコ買ってきて」
「ジュースを買ってきて」
「トマトが食べたいから買ってきて」
と、買い物をひたすら補助しています。

あとは、梅雨に入る前に土の再生にあけくれている。
土を干して、乾いたら篩いにかけ、根やら石を取り除く。
その土に苦土石灰をティースプン1杯入れ、良く拡販し、
さらに腐葉土を適量入れ、すき込む。さらにそれに肥料を一掴み入れ、
そこに水を入れ土を湿らせて保存出来る常態にし、完成したら袋に入れ日陰の場所に置いておく。

その土作りに大忙しなのです。
春が終わって、夏のガーデニングに突入という感じ。


その空いた時間に、西行の「山家集」を読んでいます。
俳句の季節は夏に入っていっていますが、春の桜を愛する情熱が印象的で未だに心に残っています。
吉野山の桜の描写は、非常に視覚的で、桜を霞にたとえたり、雪にたとえたりと、
美しい美の世界が俳句にこめられています。

また、吉野山の桜は、近代の桜の名所とは違い「花見」のために植えられたものではなくて、
山岳宗教と密接に結びついた信仰の桜として現在まで大切に保護されてきたものと知りました。

起源は今から約1300年前にさかのぼるそうで、その当時は、山々には神が宿るとされ、
吉野は神仙の住む理想郷として認識されていました。
のちに修験道の開祖と呼ばれる役小角(役行者)は、山上ヶ岳に深く分け入り、
一千日の難行苦行の果てに憤怒の形相もおそろしい蔵王権現を感得し、
その尊像こそ濁世の民衆を救うものだとして桜の木に刻み、
これを山上ヶ岳と吉野山に祀ったとされています。
その後、役行者の神秘的な伝承と修験道が盛行するにつれて、
本尊を刻んだ「桜」こそ「御神木」としてふさわしいとされ、
またそれと同時に蔵王権現を本尊とする金峯山寺への参詣もさかんになり、
御神木の献木という行為によって植え続けられました。

それが、現在まで続いて吉野の桜が存在していることを知り、
とても奥ゆかしい気持ちになりました。
また、吉野の桜はほとんどが山桜だそうで、桜の種類も何種かあるそうです。

私が好きな句を紹介しますと、

■おしなべて 花の盛りに なりにけり 山の端ごとに かかる白雪
 訳:山の端ごとにかかる白雪を見ると、どの山の端もすべて桜の花盛りになったことだよ。

■雲にまがう 花の下にて ながむれば 朧に月は 見ゆるなりける
 訳:雲かと見まがわれる桜の花の下で眺めると、その花の雲のため、月はおぼろに霞んで見えたよ。

■散り初むる 花の初雪 降りむれば 踏み分けま憂き 志賀の山越え
 訳:散り始めた桜の花があたかも初雪の降ったごとく散っていたので、志賀の山越えをするのつけても、
   山路に散る桜を踏み分けて行くのはつらいよ。

こういうのって「幽玄の世界」なのでは?
確かに日本の美意識の一つとして「幽玄」というのは存在する!!と、
強く感じたわけです。

随分前に、神戸で「岡田謙三展」があった。
その時、子供美術教室で展覧会を見に行く企画を考えていて、
いろいろチラシをみていたのです。
それを見ていたヒロクニさんが「岡田謙三は見といたほうがいいよ。地味だけどね」。と言う。
今その絵の記憶が、よみがえってきたのです。
確か「ユーゲニリズムの作家」と書かれていた記憶も。

どんな作品かというと、




こういう作品群だったと思う。
この岡田謙三氏は、フランスへ渡航してから、日本へ一時帰国、そして次は渡米。
この世界を確立したのは、アメリカで。
海外へ出てから、「日本とは?」と問うた結果が作品に反映し、独自の美を創り上げたのですね。


西行の句から、もっともっといろいろな「幽玄の世界」を見つけたいものだと思いました。
ヒロクニさんのアドバイスは、とても良かったのだと思い、
「ダーリンもやるじゃん!」「いい男!」ね。と思ったのでした。

子供達には、難しかったらしく、「なんだこれ~!」と不評でしたね。
また、「僕もこんなんやったら描ける」と言ったツワモノもいた。
しかし、「なんか綺麗」と言っていた子もいて、
そのなんか綺麗という感覚を覚えていて欲しいと思ったのでした。

日本の文化というのは、若い時はそんなに興味がわかないものだと思う。
私自身、フランスやアメリカ等の欧米の文化の方が面白いと思っていたし、面白かった。
しかし、今面白さを感じるのは、一応、私がちょっと年をとり、
日本文化の面白さがわかる年齢に来たということかな?と思っています。











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6月の個展の案内 神戸 島田ギャラリーにて(6月24日~29日)

2017-06-04 17:37:23 | Weblog


今回6月の個展の案内状が出来ました。
元気でカラフルな絵と、6Bの鉛筆と色鉛筆で描かれた陰影のある作品が、
展示されることと思います。

裏にも絵が薄く紹介されています。↓


―文―
 ヒロクニさんにはドキドキする。
 島田誠さんに悪態をついたり、眼光鋭く見つめられたり、それだけで小心者の私はすくんでしまう。
 描くことが生きること、人生と丸々引き換えと言わんばかりの求道者のような創作には、
 心がザワザワする。
 真冬の青空のような、突き抜けた明るい色鉛筆の色彩、苦難と呻吟の最奥で見出した色と形の
 躍動からは、貧乏ロックバンドの中古レコードを物色して街をぶらついていた若い頃の自分を
 思いだしてワクワクする。恐ろしく、切なく、それでいて晴れやかなヒロクニさんは、
 とにかく気になる存在なのだ。  
 ―服部 正―


服部正氏には、ヒロクニさんがお願いして文章を書いて頂きました。
心より了承して下さったこと感謝しております。
また、間に入ってやりとりして下さったギャラリー島田の島田誠氏にも感謝しております。

個展をする度にたくさんの人に支えられていることを実感します。


所 ギャラリー島田
日時 2017年6月24日(土)~6月29日(木)
時間 12:00~19:00 火曜日は18:00まで 最終日は16:00まで

住所 神戸市中央区山本通2-4-24 リランズゲートB1F・1F 電話/ファックス 078-262-8058

HP http://www.gallery-shimada.com/index.html

興味のある方は、是非ご高覧下さい。
(売りつけられたりはしませんのでご安心を)




さて、ヒロクニさんは現在パネルに絵を貼り付ける作業を連日しています。
パネルにブラックジェッソを塗ってから、糊とメディウムを混ぜて貼るのですが、
これは非常に難しく、私は手伝えない。
失敗したら、絵がダメになってしまいます。
貼り終わると絵がパリンとなり、しなしなの状態の絵が変わってしまうのです。
いつも、魔法みたいだなぁ~と感心しています。
もう、すっかり夏姿のヒロクニさん。

どうして服(Tシャツ)を脱いでしまうのでしょうか?
「いつのまにか裸」のヒロクニさん。
すっかり見慣れた姿です。





手伝えないのをいいことに、作っていました。
「半幅帯」を。
ミシンが調子悪いから、手縫いでチクチクやってました。
4日くらい集中していた。
そして、出来上がり、今日は「やの字結び」という結び方を学習しましたの。
黄土色の生地に光るような感じで植物模様がある生地と小豆色と生成り色の市松模様の生地を
使いました。半幅帯は基本が分かったので、もう作るのは怖くない!
チクチクやっている時間、なんか幸せな感じでした。



さてと、西行の「山家集」も読み始め、心静かな時間が流れます。
日本の古典って、基本心が躍動している状態の時は、読みにくい。
心の静けさを要求されるのが面白い。
西行は桜好きらしく、春は、桜の句をたくさん詠んでいます。
時代は平安後期、西行の句は、吉野山の桜の句が、なんともいえない幽玄の世界を感じさせてくれます。



一度、ゆっくり吉野を訪ねたいものです。
しかし、ヒロクニさんはゆっくりする人ではないので、困ったものだ。
起きたら、常に動いてる。CDを掛けたり、変えたり、急に手を洗ったり、窓の開け閉め、
制作、常に話し掛けてくるし、なんか私とタイプが違うのです。
「早ければいい」というのも口癖であります。










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ダンス(作品紹介451) と 日々徒然

2017-05-22 18:00:41 | Weblog


仕事場の壁に貼ってあったものを失敬しました。
なんか激しい絵だなぁ~と思って見ていた。
ダンスと勝手にタイトルを付けたけれど、「アクロバット」とつけようか?と迷った。
ヒロクニさん風に言うと、「ドライブがキイテイル」絵だ。
何か絵を描きながら、画面をへし折ることができたという時に、こういう表現をする。
また、「ダーティな」。という形容詞も使う。

「ドライブがキイテイル」
「ダーティな」
と、説明されるがいまいち意味をつかんでいません。
ただ、こういう作品の時ダーティで、こんな作品の時に「ドライブがキイテイル」と、
言うという統計のもとに、判断しています。
あんまり聞くと、かつてロック音楽の詳しい店で、「プログレってなんですか?」って言って、
びっくりされ、かつ憐れみの目で見られたことがあるが、ヒロクニさんもそんな顔しそうだから、
適当にわかった振りをヒロクニさんの目の前では、している。

今日の朝も凄かった。
急に「澁澤龍彦」の話が出てきてから、急に錬金術の話になり、一足飛びにヨーロッパの魔女狩りの話になり、
「魔法が使えなくっちゃ。絵画にも魔法が必要だ。」と言い、そして松本俊介(洋画家)の話になり、
そして、「朝からこんな話をしていたら、師匠に『朝からそんな話すんな』って怒られてねぇ。」と締めくくった。

すかさず「私も、師匠と同じ意見ですょ~」。と着物姿で言った。

そう、今日は夏の着物にすっかりなり、アンティークの白い絽の着物に青っぽい半幅帯。
半襟は↓この色

このように玉ねぎを使って、やや茶色に染めたかったので、銅媒染にしました。
子供絵画教室の時の染色の残りがあったのです。

ログウッドの染料も持っているので、帯など染めて半幅帯を作ってみようかな?と、良からぬことも考えています。
夜寝る前は、その妄想が膨らみ頭の中で、どうやって柄を染めることが出来るのか?
あの溶液を使って・・・、とか、やっぱり型紙を作って、染色用の糊は使って・・・。
そうすると糊は買わないといけないかな?と金のかかることばかり考えてしまい、
ああやっぱりダメ・・・。と眠りにつく。
ヒロクニさんは、私がこんなに着物や帯にのめりこんでいるのは知らないのです。
ただ、むかつくのは「百姓と住んでるみたい」。と言うことだ。
着物でゴロッと寝ている姿をみてから、「今日も百姓仕事は、進んだかい?」とか、
「今日は仕事きつかった?」とか、ばかりいい、この上も無く面白そうにしているのだ。
「もうちょっと、違うこと言えないのか?」と言うと、
急に犬のまねして、「わんわん」なんて言い出す。
すかさず、「ヒロ太、お手をしなさい!」と言い返すが、
手のひらを差し出すではないか!
「おかわりは、向きが違うよ!こうだすの!」と見本を。
「ヒロクニ犬は、だめな犬だ!」と私はいい、
「おすわりは?」と言ったら、中腰で能の犬のようにアトリエへ消えた。
何をしだすか分からないヒロクニさんなんです。
相手をしている私も、何でこんな漫才をしなければならないのか?と思うけれど、
なんかノッテしまうのでした。

正気を取り戻そうと、しばらく離れていた古典を取り出した。
古典は、松尾芭蕉から、西行の「山家集」へ。
芭蕉は西行の旅の跡をたどって、句を読んだのです。西行に非常に影響を受けているのですね。
時代は平安末期にもどり、芭蕉の愛した「西行の句」を読みかけています。
ちょっとまっとうな気持ちに・・・。
やれやれです。



こちらは、ムーランフリルパンジーの種を植えてみたら、いろいろなビオラが・・・。
上二つのビオラの種からいろんなバリエーションのビオラが咲きました。
ちょっと標本ふうに並べてあります。

今はトマトとヒロクニさんからのリクエストのひまわりの種を撒いています。
「ひまわりで一杯にしてくれ!」と言われています。





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四角い顔(色鉛筆作品紹介450) と ヒロクニさんに安保闘争の頃の話を聞く

2017-05-14 13:51:28 | Weblog


この絵は地下鉄が走っている。
度々、現れてくるモチーフの一つです。
地下鉄の上では、車や得体の知れない人物らしき人がニコニコしている。
そのニコニコしている人物の微笑みはなんと可愛らしいこと!
私は、ちょっと和むのであった。

唯一ついつも思うのは、表情のある人のような顔が四角いのは何故なのだろう?
ほんと四角く描かれた人よくみます。


何故なのだろう?と思うことはもう一つある。
これは絵に関することではないのだが、War is over!という言葉だ。
日本では、共産党がデモなどでよく上げている。
この言葉は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコが、
70年代アメリカのベトナム戦争の介入に対して、アメリカを批判した言葉だ。
日本語訳では、戦争は終わったという意味になる。
ジョンとヨーコは、ベトナム戦争に反対したのである。
(正直に言うとベトナム戦争が何故起こったのか私はよく知らない。)

ということで、日本でも起こった「日米安保闘争」というものも知らない私は、
時代を通過しているヒロクニさんに聞いて見ました。
ヒロクニさんが、ジャズ喫茶バンビによく通っている頃だったと言います。
時代としては、ジャズが全盛期、フォーク、ロックの全盛期だった。
ヒロクニさんの周りには、安保闘争に参加していた人達は多かったようです。
自由を尊重するヒロクニさんは、自分自身は興味はないが、
そういう意見の人の自由もあるということで、
「ちょっとまずい荷物があるから・・、ちょっとの間、ここに(アトリエ)置かせてもらえないか?」と、
言われれば置いてあげていたりしたそうです。
私が「何故、そういう運動に参加しなかったの?反体制ってぴったりあう感じなのに」。と言うと、
「そんなものに参加したら、絵を描く時間がなくなってしまうし、時間を取られる」。と返事が。
「時間が取られる」と物理的な判断になるほどと深く頷いた。
自分の本分は、絵を描くこと。
芸術家が政治に関わるのは、ご法度なのである。

あと、ジャズ喫茶バンビにいると、一度だけ「デモに参加すると金が貰えるから参加しないか?」と、
声を掛けられたことがあった。と言ってました。
ヒロクニさんは、大抵貧乏なので金の為に行きそうなのであるが、
「なんでデモに金が出るんだ!!」
「それはおかしいだろ!」
「政治の問題は、もってくるな!」と、すごく怒ったらしい。
話した後に、「けがわらしい。」と当時を思いだして憤慨していた。
「デモは純粋なものじゃないのか?」と私に問い正すのであった。

日本で共産党があげる「War is over!」は、なんの戦争に反対しているか分からない。
ジョン・レノンは、明確な意見、メッセージをもって、ベトナム戦争に反対したのであるが、
共産党のは、意味不明で、ジョン・レノンの崇高な言葉を使うのに嫌悪感がある。

私も思うのであるが、どの国も戦争をしない方がいいに決まっている。
戦争はないのが一番だと思う。
たぶん、ジョン・レノンもそう言う気持ちから発した言葉だと、私は勝手に思う。

だけど、現実は今の中国(中華人民共和国)のように、イギリスから証人され独立国家だったチベット侵略し、
隣国のブータンの領土を取り、インドカシミール地方を侵略駐留し、フィリピンの領海を盗んでいる国がある。
そういう国を批判するのが筋だと思うのであるが、筋がまがっているのかとんでもない方に向かう。
(だから、賛同者が少ないのでしょう)

まあとにかく、私は、偽の「War is over!」に不愉快なのです。

ヒロクニさんが最後に小声で、「俺、実は日米安保には賛成だった」。と白状する。
そして、又、またまた小声で、「そんなん言おうものなら、袋叩きにされそうだから、黙っといた」
「俺、アメリカ好きだし」だって。



私が理詰め(ちょっと飛躍する時もあるようだけど・・・)で考えるのに対して、
ヒロクニさんは、直感型なのかも知れません。
私は、偉そうに思うことを書いてみたが、真の抜けた所もあるから、
何かあれば、ご指摘下さいね。


こちらが、本当のWar is over!


そして、こちらは靖国神社を参詣するジョンとヨーコ。
個人的なことですが、私の祖父もここに眠っているのです。



そんな事を書いたり思ったりして庭を眺めると、物言わぬ花の成長が時間を感じさせてくれます。
そして、静けさがここちよい。



庭では、ビオラが咲いています。
これは、ムーランフリルバンジーの種から咲いたビオラです。
ムーランフリルバンジーの種は、先祖返りして、さまざまなビオラの花が咲くのです。
その中でのお気に入りです。



初めてのそら豆の収穫を楽しみにしています。










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色鉛筆画作品紹介449 と 不機嫌なヒロクニさん

2017-05-06 13:13:00 | Weblog


地層のような、マグマのような?
又、コウモリが羽をひろげ、擬人化しているような?

びったりとした言葉が浮かびませんが、エネルギーを感じさせる絵であり、
擬人化されたコウモリのように見えるところがユーモラス。
ヒロクニさんて何を考えているのでしょうか?

横にいてもさっぱり分からないことがたくさんあるのです。


いまから話すことは、ある程度わかることを書きます。
ここのところ、ずっと苦虫を噛んだような表情で、顔が常に怒っている。
非常に機嫌が悪く、急に「ぶっ殺すぞ!」と叫けぶ。
なんか物騒な感じで、私は、やれやれ・・・・、と嵐の過ぎ去るのを待つ体勢。
喋りかけても、返事もしない。こんどは、「あれま?」と心の中で思い、庭仕事に励む。

ヒロクニさんは、現在、6月24日からギャラリー島田(神戸)の個展と、
9月11日からギャラリー枝香庵(銀座)の個展を控えている。
その中、サマーフェスタへの出品でテーマに沿った小品の作品がうまくいかず、
あせっているのです。
また、ボブ・ディランの顔の絵を描いて欲しいと言われて描いたものが、
装丁家の方で、ダメだしがあり、書き直しを迫られている。
個展が迫ってきている状況の中なので、イライラしているのが良くわかるのです。

まあ、私は「一つづつ集中して、するしかないのじゃない?」と、言うが、
ギロと睨まれ、外野がなにぬかしとるんじゃ!!との雰囲気で威圧する。

こんな時、猫ちゃんがいれば、猫ちゃんの顔を見て「可愛い~」。という気持ちが脳に広がれば、
一気に脳がリフレッシュするのになぁ~と思うのでした。



庭では、種から植えた「そらまめ」が大きくなり、収穫できそうです。
初めて植えてみたのですが、嬉しい収穫となりそう!


チューリップが終わり、ジャーマンアイリスが咲き始めました。
ジャーマンアイリスの花の中に、ブイブイが入り込み花をすぐだめにします。
アイリスの花の中を点検はかかせません。




今は、フルーツゼリー作りにはまっています。
これで、3回目。
このゼリーは、バレンシアオレンジとイチゴ、梨(缶詰)。
ゼリー部分は、缶詰のシロップと少量のオレンジの汁、砂糖をゼラチンで固めています。
いちごの風味が意外とします。ヒロクニさんも「美味しい」とのこと。
機嫌悪いヒロクニさんが、「美味しい」と言ってくれる瞬間は、楽しい時間であります。
自家製の気に入っているところは、多量に出来ることです。


杏仁豆腐も作ってみたいと思っています。









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2017年6月の武内ヒロクニの個展の予定 と 猫待ち妻

2017-04-26 17:38:52 | Weblog


ギャラリー島田での打ち合わせの様子
ハガキに印刷する絵を選んでいます。

今回は、ヒロクニさんはすべて新作で望むということです。
作風が変わったものも、すべて出品します。

家でも、作品の選別を2人でしますが、
どうなるのでしょう?

楽しみにして下さいませ。


所 ギャラリー島田
日時 2017年6月24日(土)~6月29日(木)
時間 12:00~19:00 火曜日は18:00まで 最終日は16:00まで

住所 神戸市中央区山本通2-4-24 リランズゲートB1F・1F 電話/ファックス 078-262-8058

HP http://www.gallery-shimada.com/index.html


ヒロクニさんの世話をしながら、
猫を待つわたし。

4月8日に、愛猫ジルくんがあの世に旅立って逝きました。
腎不全を発病して1年と4ヶ月、病院につれていっていましたが、亡くなってしまいました。


手前にいるのが、ジルくん。後ろにいるのがキタハマ。
キタハマは、18年生きましたが、ジルは7年間。
変な顔の猫でしたが、いなくなるととても寂しく、庭仕事などをしているとジルがいないことをひしひし感じます。
家の中が嫌いで、ほとんど外で過ごす猫だった。
私が外へ出ると、見つけて近寄って来て、ドンと横になり、それからコロコロする。
嬉しいようで、ゴロゴロと喉を鳴らす音が、離れていても聞こえてきたものだ。

見た目は、強い猫に見えるが、猫どうしの喧嘩でジルの失態を何度みたことか・・・。
仰向けにされ、腹を出しひっくり返って猫に押さえつけられるところを見てしまったり、
木に登らないジルが木に登っていると思って見ると、下から違う猫に追い詰められていたり。

以外と愛くるしく思っていた自分に気が付くのでした。
キタハマは、私は働いて家にいる時間が短かったせいか、ヒロクニさんと蜜月をすごしていたので、
ヒロクニさん大好き!といういう感じが、見ていると微笑ましかった。

ジルは、完全に私を頼りにしていたので、私はジルに寄り添っていたのです。
連想ゲームではないが、ジルはフクロウに顔が似ていたので、近所のペットショップで、フクロウを見に行った。
「うん、ジルはこんな感じの猫だったわ」。とジーとフクロウを見ていました。
もし飼うとしたら・・という考えを抱きつつ値段を見たら、22万円とかなっていて、タマゲタ。
餌とかもねずみとかをあげないといけないらしく、だんだんフクロウから遠のいて家に帰りました。

ヒロクニさんには、「ジルって、フクロウにちょっと似てたよね」。と言った。

代わりの猫をすぐ用意するのもなんかちょっと、出来なくて、猫待ち状態です。
はかなさを感じる今日この頃。
時間とは、移りゆくもので、一時にとどまることはなく、絶対というものもなく、その中に生きているのだなぁ~と、
思いました。
また、ジルが居た楽しい時間に執着しているのは私で、結局はジルのことではなく、
自分が寂しいという自我に支配されているのだと思っています。
その感情が整理されたら、新しい第一歩を!と思っています。



大きいチューリップの球根を2つ昨年植えました。
ヒロクニさんと、「きれいとか言うより、お化けみたいだ」。と2人して言って見ています。




庭全体でみるとこんな感じ。
やっぱり、お化けみたい・・・・。



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春爛漫と色鉛筆作品紹介メモ448 と エホバの証人に気に入られる私

2017-04-18 17:46:56 | Weblog


作業机の上に置かれていたメモ。
なんか「絵で遊んでいるようで、楽しげだなぁ~」。と思い、
絵画の自由を感じさせてくれる。

やはり、暖かくなってからの作品。
ヒロクニさんの身体の細胞がわくわくと春をに喜んでいるのね!と思う次第であります。

庭には、50本植えたチューリップや種から育てたビオラが咲き誇っています。


チューリップは、まず白色が咲き始め、次に黄色、次に紫色、次に赤、最後にピンクという順番に
咲くようです。
上の写真では、白色と黄色が爽やかに咲いています。



赤色が咲き始めてにぎやかな感じになってきたのが、昨日。

春の喜びと共に、去っていったジル(猫)のことを思い出します。
ガーデニングの共を失ってしまいました。
春の喜びと寂しさが混じった今年は、花の儚さにも思いをはせます。




話は変わるのですけれど、神戸市に住んでいたときもなのですが、宝塚市に住んでいても
何故か、「エホバの証人」の人に好かれるのです。
感じの悪い人達じゃないので、適当に話を聞いて終わりにするのですが、
「この人は、エホバの証人に入ってくれそう」と思うのか、すごく足繁く来られるように
なったのです。正直いうと「サタンが・・・」。と言われると私はドン引きよ。
小冊子を読み上げられて、「人の心が乱れているのは・・・・・・・・・・うんぬん」。と聞き、
すぐさま聖書をめくり、その部分を取り出す姿には驚くけれど、そして「聖書にはこうやってきちんと
述べられているんです」。と、胸張って言われる。
長く話しを聞いたので分かったことは、エホバの証人達は、死んでから楽園にいけると思い、
それで信仰しているようだ。
私は、自分が生きた間の行いによって、行き先というはあるのではないかな?と思っている。
まあ、私程度では行き先は普通ぐらいであろうと思う。

なんかよく分からないが、「私達はグローバルなんです」。と凄いんだぞとまた胸を張って言う。
私は????「グローバルがいいことか悪いことか分からん」という感じ。
なかなかひつこく来るようになって、「めんどくさいなぁ」と思うようになった頃、
「私達は、こうやって自分の時間を自己犠牲しているのです」。と言われたので、
「来て欲しいと思ったことありませんよ。勝手に来て自己犠牲と言うなら、来なくていいよ」と言った。
「自己犠牲というのは、もっと尊い行為を言うと思いますが・・・」。
続けて言った。
「例えば、世界で始めて麻酔を研究した華岡青洲(はなおか・せいしゅう)は、麻酔が効くかどうか
自分に身体に麻酔を打っていたが、研究しているあなたが身体がおかしくなってしまっては、研究が
出来なくなるから、妻が実験台になると申した所、姑さんが、あなたはまだ若いから、わたしの身体で、
実験しなさいと言って、麻酔の研究に死をもおしまなかった人のような行為を言うのではないかしら?
祖母がなくなった後は、嘆願したとおり妻が実験台になり、その妻も死んでしまったが、その研究を
元に、世界中で麻酔が開発されることになって、外科手術が痛みなく出来るようになったと言うのは、
おおぜいの人に貢献したということではない?
本当の自己犠牲というのは、そういう人のことをいうのじゃない?」

ここまで言うと、し~んとして顔面蒼白になっていた。
最後に「一神教は、他をみとめないし、おしつけがましいから嫌いよ」。言った。
それから、来なくなったのでした。

聖書は消して悪いものとは思っていないし、キリストも素晴らしい人だと思っているが、
現代でも主張の後書きに、聖書の言葉をよくピックアップで引用することがあるけれど、
それもなんかあまりいい行為じゃないなぁと感じた。聖書にも文脈があり流れの中でも意味があるはずなので、
主張に対して都合の良い言葉のみを抜書きするのは、イエス・キリストは望んでいないと思う。
これは、この人達から学んだことであります。

まあ、感じの悪い人達ではないのですが、エホバによって現実逃避させられているような感じが
しました。




少し付け足すと、華岡青洲の麻酔手術の成功は、
西洋(アメリカ)にに先んじること40年の話なんです。
私は、こういう風に、人類に貢献した人が、天国の方へ行かれるのではないでしょうか?









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作品紹介447と芭蕉と干瓢(かんぴょう)の句

2017-04-02 16:11:37 | Weblog


鉛筆と色鉛筆で描かれています。

暖かくなってきました。種から育てたビオラも花をたくさん付け始め、
庭は賑やかになり、ヒロクニさんも冬の熊が冬眠からさめるように、外へ出る。
黄色、白、紫、緑の草とのコントラストを基本とした花が、けっこう清々しい色合いになっている。

ヒロクニさんは、今年の冬は、「絵画上の試行錯誤が実った」と一言。
充実した冬ごもりだったそうです。

確かに、上記の絵を見ると、ヒロクニさんの言う「絵の揺さぶり」は、
十分行なわれている。こんな絵は、初めて見る。
また、ヒロクニさんの言う、「俺は一年生なんよ。」とは、このことか?と、思うのでした。

御歳79才のヒロクニさんに対してあまり年齢を感じていなかったのですが、今年で80才になる。
毎年、一年生になってしまうヒロクニさん。
肉体と精神は、どうなってるの!?と横にいながら思います。

今日は、晩年(51才)の芭蕉の一句を紹介します。

■夕顔に 干瓢むいて 遊けり 
 ゆうがおに かんぺうむいて あそびけり

この一句がなにかしら、心に引っかかりました。
晩年の作、といっても51才。江戸時代の人なので晩年にあたるのです。
そんな時に詠まれた句ですが、なにか飄々とした感じを受け、肩の荷をおろしたような清々しさを、
感じてしまったのです。それと「干瓢」が夕顔の実とは知りませんでした。
あの、料理で巻き寿司に入っていたり、揚げの口を縛ったりする干瓢の姿を知りませんでした。

また、枕草子には、「夕顔は、花のかたちも朝顔に似て、言ひつづけたるに、いとをかしかりぬべき花の姿に、
実のありさまこそいとくちをしけれ。」とも書かれていて、夕顔の実って、どんなに醜い姿なんだろうとも、
想像していた。それが、干瓢の素材だと言うことに気が付き、そのことにも驚いたのです。

干瓢の実ってこんなの↓

これは、一例なのですが、他に丸っこいもの等色々なものがあるみたい。
枕草子の清少納言は、夕方に白い花を咲かせて、はかなげな夕顔が、
こんな大きいどかっとした実をつけることを残念がっていたのだと実感をこめて知りました。
芭蕉は、せっせと干瓢の実を1㎝圧ぐらいの紐状のものに向いていたのです。
そんな姿を思いながら、この句を味わっています。

この句の解説を。
■夏もたけ夕顔の白い花が咲いている下で、すでに収穫した実の皮を取り去り、白肉の部分を薄く剥ぐ
 干瓢作りの中に自分も入っていって余事を思わずしばらく気を晴らしたことだ。
 芭蕉は、芭蕉庵にいた寿貞死去の報を知ったころであり、しばらく単調な手仕事に気をまぎらわせ、
 心を慰めていたのである。


ヒロクニさんにも、「干瓢って夕顔の実から出来ているんだって。」と、言い、この句を紹介しました。
ヒロクニさん曰く「女で芭蕉を読む奴なんてめずらしいんだよ。」って・・・・。









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久々にブログを書く。春のある日。

2017-03-29 17:37:12 | Weblog
久々にブログを書いています。
長い間、音信不通というか、ほったらかしに・・・・。
カメラを部屋の中で紛失してしまい、カメラを探しまくっているが出てこない。

やっと種から植えたビオラが花をつけだし綺麗だなぁ~と思って、
春一枚目の写真を撮ってから、いっこうにみつからない。
トーンダウンしてしまって、書く気が・・・・。
まあ、とりあえず文章だけでも、と思い今書いています。

少し暖かい日も増え、ヒロクニさんも「散歩がてらに歩こう」。と一緒に近所を歩いている。
そんな日、自宅で急に夕方四時ごろ、「さほり、ちょっと一緒に酒を飲もう」「一緒に喋ろう」と。
「え~、こんな時間から飲むの?」というが、
その気になっているヒロクニさんは、「肉を焼いてくれ」。と台所でその体勢へ入っている。
「まあ、肉を焼くぐらいいいか・・・」と、小さな料理を作る。
その他は、卵焼きとチーズなどを添える。
着物姿で割烹着を着ている私は、「はい、はい、困った人ですね~ぇ。急にお酒なんか飲んで」。と
古い映画に出てくるようなことを言いながら、日本酒を温める。レンジで。
ヒロクニさんは、「さほりも、食べよ」と強く勧めてくる。
「それじゃぁ、私も一杯やるわ」と、2杯飲んだのであった。
ほんわりと暖かい日で、春のお酒と花見の気分のようであり、
2杯目を飲むころには、アルコールが廻っていたのか、途中で討論みたいになってしまい、
ヒロクニさんは退散した。

「桜を見に、吉野なんかも行ってみたいなぁ~。」
「お茶席などを予約して、ほうっとため息をついて、頭を空にして静かに過ごす時間なんていいなぁ~」。と、
そんなことを考えてしまった。
ヒロクニさんは、そんな事には興味がなく、吉野へ行ったとき早く帰りたいばかり言われて、
ゆっくり出来なかったことを思いだしてしまった。
そのあと、大阪の梅田へ直行したのです。

我家のジルくん(猫)は、1年病院に通ったが検査の結果が悪くて、あまり長生きしないのが分かってきた。
どうしても、1日置きか、2日置きかに病院につれてきて欲しいと言われ、我家の経済力に限界が来た。
正直に打ち明けると、「自分で注射を打てば、安くなります。」と配慮してくださり、ジルに注射しています。
一番最所に打った時は、思いっきり針を刺さないと痛く感じると先生がアドバイスくれたので、、
はじめて故、ジルが打つ瞬間動いて、自分の手に針を突き刺すという始末。おもいっきりが自分の手の甲へ。
なんかなさけないのであった。
ヒロクニさんに手伝ってもらうことで解決しました。
点滴の袋を絞る役をしてもらっているが、握力があるせいか、
点滴を押し出すのが上手いのです。
このごろ、ヒロクニさんを頼りにしています。

今年の庭は、イエローガーデン。
黄色の水仙もたくさん咲き、ビオラも黄色と白色がとても目だっています。
カメラは、いったいどこへいったのであろうか?
カメラがなくて残念。
やっぱり、絵や写真がないと寂しいね。






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台風の前に吹く風(色鉛筆作品446) と ヒロクニさんの教育勅語体験

2017-02-27 14:37:44 | Weblog


今日は、アトリエからこんな作品を見つけました。
絵の裏に、「2015、くものあいだから」と書かれていました。

少し難解な作品かもしれませんが、
湿気た風がふうっと、首や頬のあたりを撫ぜるような感じがして、
いいなぁ~と思い紹介することにしました。

色鉛筆と6Bの鉛筆が、混ざりあい、紙も筆圧で伸され、
表面がなめしたようになっています。

昨日の夜から、どの絵にしようかなぁ~と、アトリエで絵を物色。
なんかコソ泥になったような気持ちで、コソコソと絵を見て、これにしようか?あれにしようか?と、
ヒロクニさんに悟られないように、行動してしまいます。

「これを上げようかな?」とか言うと、
「こんな絵をあげるな!こっちにしろ」。とか、
「その絵は、駄目だ!」とか、言われているうちに、時間が過ぎていく。
「これに、しろ!」と言われると、私には理解というか、ポイントすらつかめない、
作品だったりするので、困るのです。

たぶん普通の人は、「これなんじゃ?」となる作品。
実は、わたしも「これなんじゃ?」と思っていることも多い。
だから、その時、その時、私が見て、惹かれた作品をとりあげることにしています。

今回の絵は、海から流れてくる湿気を含んだ風のような感じがしたので、選んだのです。
決して、寒い風ではなく、生温かい台風がくる前のような・・・・。
ヒロクニさんの作品は、風が吹いているような絵が他にもたくさんあります。
「風」が付いたタイトルも多い。
ヒロクニさんが、感じていた風は、多くの時代の風もあるだろう。
幼少期の徳之島の風や、母親と蜜月が送れた九州の風、青春期(芸術家になろうと決意した日)の風の感じ方や、
油絵を描いていた時代、現代美術の頃(グループ位)、ロック喫茶を経営してロック三昧の日々、
色鉛筆を描き始めた頃、その途中から参加している(結婚して)わたし。
そう考えると、わたしというのは、ヒロクニさんの人生の後半部分の人という事になります。
ヒロクニさんは、昭和12年生まれですから、幼少は戦前、物心つく頃終戦の人であります。

そのことが良くわかる出来事があった。
わたしの絵画教室に来ている生徒さんの前で、急に「俺なんて、教育勅語」。
「家に帰って、自分の机をみると、教育勅語の本が真正面に置いてあってさぁ」。とか、
言い始めるのです。(両親が教員だったせいもあるのかな?と思いつつ聞いていますが・・・)
結構長く絵を描くので、お茶を飲んで休憩を取るのですが、ヒロクニさんも一緒に取るのです。
その時に言い始めたのです。
そうしたら、生徒さんが、「学校の歴史で習った」。と言う。
わたしは、「歴史に立ち会った人になっているなんて、化石か?」と冗談めかしていう。
ヒロクニさんは、忌々しい感じだ。

そこで、実際どのような教育が行なわれていたか聞いてみると、
教師と共に、「教育勅語」棒読みするらしい。
これを↓
(現代カナ使い文)

朕(ちん)惟(おも)フニ、我ガ皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)、國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ、
徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。
我ガ臣民(しんみん)、克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ、億兆(おくちょう)心ヲ一(いつ)ニシテ、
世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ済(な)セルハ、此(こ)レ我ガ國体ノ精華(せいか)ニシテ、教育ノ淵源(えんげん)、
亦(また)実ニ此(ここ)ニ存ス。
爾(なんじ)臣民、父母ニ孝(こう)ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信ジ、
恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ボシ、学ヲ修メ、業(ぎょう)ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、
徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ、義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ、
以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ。
是(かく)ノ如(ごと)キハ、独(ひと)リ朕ガ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民タルノミナラズ、
又以テ爾(なんじ)祖先ノ遺風(いふう)ヲ顕彰(けんしょう)スルニ足ラン。
斯(こ)ノ道ハ、実ニ我ガ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ、子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スベキ所、
之(これ)ヲ古今ニ通ジテ謬(あやま)ラズ、之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラズ。
朕、爾臣民ト倶ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)其(その)徳(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ。

明治二十三年十月三十日
御名 御璽(ぎょめい ぎょじ)

以上。


小学生のヒロクニさんにとっては、上記の文章を暗唱するだけだったそうで、
意味も分からず、たいくつだったそうだ。
たいくつゆえ、とてもその時間は嫌いだったそう。
「今でも、教育勅語の内容はまったく知らない」という現状のようです。

もっと簡単に要約するとこういうこと↓

1.父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
2.兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
3.夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
4.朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
5.恭倹己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
6.博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
7.学ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
8.以テ智能ヲ啓発シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
9.徳器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)
10.進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
11.常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)
12.一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、
それにより永遠の皇国を支えましょう)

という内容になります。
「夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう」これなんて、目下私が努力していることだ。
「兄弟・姉妹は仲良くしましょう」も、どうしても考えが合わないから言い争いになる妹がいて、
そのことで、父から、「お前はもっと心を広くもって、兄弟仲良くしろ」と説教をくらった。
ヒロクニさんに「知識を養い才能を伸ばしましょう、とも書いてあるよ」と言うと、
「それは素晴らしい」。「俺が、いつも言っていることだ。」と言う。

今は、教育勅語は、なくなったが普通に努力して、前向きに生きている人なら、
なんらかの形で実行しているのではないでしょうか?
12番目のところだけ、現在の私達からみると脳内が「軍国主義」ととらえてしまうことがあるとは、
思いますが、国が無くなったら・・・困るなぁ~と思うのでありました。


教育勅語の正反対の意味を考えてみると、とても面白い。↓

1.親に孝養をつくしてはいけません。家庭内暴力をどんどんしましょう。
2.兄弟・姉妹は仲良くしてはいけません。兄弟姉妹は他人の始まりです。
3.夫婦は仲良くしてはいけません。じゃんじゃん浮気しましょう。
4.友だちを信じて付き合ってはいけません。人を見たら泥棒と思いましょう。
5.自分の言動を慎しんではいけません。嘘でも何でも言った者勝ちです。
6.広く全ての人に愛の手をさしのべてはいけません。わが身が第一です。
7.職業を身につけてはいけません。いざとなれば生活保護があります。
8.知識を養い才能を伸ばしてはいけません。大事なのはゆとりです。
9.人格の向上につとめてはいけません。何をしても「個性」と言えば許されます。
10.社会のためになる仕事に励んではいけません。自分さえ良ければ良いのです。
11.法律や規則を守り社会の秩序に従ってはいけません。自由気ままが一番です。
12.勇気をもって国のため真心を尽くしてはいけません。国家は打倒するものです。

この度、ヒロクニさんの「俺なんて、教育勅語」。発言から、内容を調べていました。
以外な内容でした。
ヒロクニさんは、3回結婚した人だが、ヒロクニさんが病気(癌)の時、
「僕には、家族がきてくれない」。とごねだした時、来てもらったお嬢さんがいます。
ご夫婦で来てくださったようで、とても有難く、ヒロクニさんは安心した模様。
そして、帰っられてから「○子が、離婚などをせず、夫婦仲良くやっていっているのが、すごく嬉しい」。
「離婚なんて、悲しいからね・・」。と、嬉し涙をだらだら流れるように流して、「嬉しいよ」。と言う。

自分は離婚を2回もしたのに・・と思いつつ、聞いていましたが、
「夫婦仲良くしている娘さんの姿」に、涙を流して「嬉しい」と言うヒロクニさんの姿も、私には快い時間でした。
お嬢さんに、「嬉しいなぁ」と直接言ってあげればよかったのに・・。と思う。
せっかく来てくれたのに、愛想が悪い態度にでる、見栄っ張りな奴なのだ。
この出来事で、人は、知らないうちに「教育勅語」を願っていたり、実行していると思ったのでした。

「自分の言動を慎みましょう」これもわたしにとって重要です。
日本料理店の料理人の方に、「バーモンドカレー」なる単語を連発したことがあり、
興ざめな話題をしてしまったことが・・・。非常に失礼な話題だったかもと後悔していることがあります。
やはり「自分の言動を慎みましょう」という言葉を読んだとたん、その記憶が・・・。








これは、夕顔の実です。
これが、かんぴょうの原材料なんですね。
この話は、次のブログで!




 


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