竹取翁と万葉集のお勉強

楽しく自由に万葉集を楽しんでいるブログです。
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明日別れなむ

2011年11月29日 | 遊び
明日別れなむ

六日の土曜日、今日は忙しい。朝から和也の部屋に行って引越しの準備。二時が引越し屋さんの約束。それで、四時に私の部屋でその荷物を受け取る。今回は梱包は開けないから、ただ、段ボールと衣装ケースを部屋の隅に積み重ねるだけ。
その和也は月曜日には赴任ってことで、金曜日の三時過ぎに部屋に帰って、赴任の準備と引越しの準備をしているはず。
朝、九時に和也の部屋に行った時、ほぼ、準備は終わっていた。片付いていないものは、引越し屋さんが処分してくれる。和也は私とこれから暮らすから、引越し荷物は、結局、PCなどの器具類と衣類や本類が中心で、冷蔵庫や家具類等は処分をし、それを引越し屋さんにお願いするようになる。そのために和也と私で処分をお願いするものを最終的に決めた。そのあと、私、先行して自分の部屋に戻って来た。和也は引越し屋さんに荷物を任せて、あと、管理会社に部屋の引き渡しをしてから私のところに来る。和也の引越し荷物は約束通りに四時に来た。
その和也は、ちょっと、遅れて六時に来た。うんん、今日からは私のところに帰って来たかな。

和也は、今日と明日の日曜日、ここに居て、月曜日の夕方、海外の現場に六カ月の予定で赴任する。
でもね、これ、和也には秘密なんだけど、右手のリングと和也のネットバンキング事件以来、和也が海外に赴任するのは淋しいけど、一方で、それが仕方のないことなら、二人の将来のためにしっかり稼いで来いって感覚がある。今、あのネットバンキング事件以来、見始めたインテリアコーデの本とかが、その私の云い訳を正当化する。それと、なぜだか、通勤の往き帰りの電車でマンションの広告に目が泳いでしまう。
だからなのか、明後日から三カ月の間、もう、和也には逢えない。それって、とっても淋しいし辛い。でも、昔みたいに酷くへこんだり目を泣き腫らしたりすることはない。
私、変わったみたい。そして、強くなったみたい。
あと、悔しいのだけど、和也は和也で、私と逢えなくなることと現場で待っている初めて経験するだろう仕事への期待とを天秤に掛けているような雰囲気がある。だからか、和也の部屋でのことなんだけど、和也にはホイホイと楽しそうに荷作りをする姿があった。私的には、もうちょっと、ドラマとか小説みたいに、私に逢えなくなることが淋しいっていうオーラを全開で出して欲しかったなぁ。そうすれば少女漫画じゃないけど、私も淋しく泣きながらすがるって姿を見せられたんだけど。和也がテキパキ、ホイホイじゃ、私だって、それがうつっちゃうし。

和也、六時に私のところへ帰って来た。で、とたん、お腹が空いたってオーラを全開で「ね、理沙。今日の晩ご飯って、なに?」って聞いて来た。私、「よし、判った。和也、今日は、送別の宴会だよ」って云ったら、和也、めちゃ喜んでいた。
「でねぇ、今日は匂いの通りのおでん。ただし、関西風のおでんで、牛筋が入っているやつ。お清ましの関東煮じゃないよ」
「おれ、それ、すげー好き。おでんには、やっぱ、牛筋でしょ」
「あと、和也、お稲荷さんもあるから、足りなかったら云ってね」
「なんなら、締めにおでんの汁でおうどんってのもありだからね」
関西風のおでんって、これ、見た目より手間が掛かる。お清ましの関東煮のおでんは市販のおでんの素で具を煮込めばお仕舞いだけど、関西のは牛筋を二回ほど下茹でして洗うとかダイコンの下茹でとかの下処理に手間が掛かる。でも、牛筋や練り物からのだしがたっぷりでなかったら、下茹でしたダイコンも玉子も美味しくない。それに、お餅の巾着も、味がスカスカになる。西日本じゃ、ゆずダイコンとおでんのダイコンとは、まったく、違うものだからね。本当、関東のコンビニおでん、どうにかならないかな。
で、今日も七時から、良く冷えた日本酒で宴会のスタート。白味噌の練り辛しが良く合う。
「どうだ、和也。私からもう、逃げられないだろう」
「うん、おれ、絶対、理沙の晩ご飯からは逃げ出さない」
あのねぇ、和也。私が聞いたのは「私から」であって「私の晩ご飯」じゃないの。晩ご飯は私の“おまけ”で、私は晩ご飯の“おまけ”じゃないの。
「ねぇ、理沙。やっぱり、関西のおでんって最高だよね。おれ、あっちに行く前に食べられて、超ーうれしい。すっげー、美味しい」
「理沙、出来たら、締め、おうどんにしてくれない? このだし、牛筋のあぶらとか、味とかが出て、コクが最高!」
うーんん、私、和也を怒るタイミングを外したじゃない。もういい、さぁ、しっかり食べて、がんばって来るんだよ。

今、二人のお約束になったみたいだけど、いつものように私が先にお風呂に入っている間に、二次会の席の準備が出来ている。その和也が追っかけでお風呂を使っている間に、白いワインに合うように短冊ダイコンの叩き梅干しにキャベツとニンジンの甘酢漬けの酒の肴を用意した。
これもお約束のようにテレビは形だけ点けて、私は和也にごろにゃんしてる。ただ、この頃、少し腹が立つのだけど、和也、ドキュメンタリーとかをやっていると、それを最後まで見てる。ねぇ、和也。あなた、最初、二人がエッチするようになったころ、そんな余裕って、全然、無かったじゃない。私がお風呂から出るのを待ち構えるようにしてエッチしてくれたじゃない。ねぇ、和也。
私、和也のにキスしてテレビタイムを強制終了しようとした。その気配に気付いたのか、和也からそれをお願いして来た。それから、和也、明日はやさしいのをするから、今日は激しいのをさせてと予告した。和也、私のキスで暴発した後、余裕を持って激しいので、いっぱい、私に愛をした。今の和也、回数ではなく、私にその愛の行いのなごりを楽しむ間を持たせてくれる。でも、そのなごりが薄れる前に、つぎの愛を与えてくれる。ちょうど、嵐の大波が間を持って色々な方向から打ち寄せるように、和也、色々な愛を大波が打ち寄せるようにしてくれる。なにか、今日のは、和也の愛の期末試験のよう。今までしてくれた愛の形をおさらいするようにしてくれる。そして、それ、私のリズムに合わせるかのように愛を重ねてくれる。

朝、私の脚とか和也の腰のまわりにキラキラしているものが付いていた。きっと、これ、私の愛のなごり。昨日、今までで最高の愛をしてくれた。だから、私、今、ベッドから出たくない。それで、私、和也にお願いした。このけだるい感じの私をやさしく包んで、そして、私の髪に指遊びをして、それから、キスもしてって。
私、お昼近くまで、和也の胸の中で昨日の愛のなごりを楽しんでいた。和也は月曜日の夕方六時に私の部屋を出発する。和也の願いで駅までで見送りはお仕舞い。だから、今日と明日の夕方まで時間はある。

ブランチのような早いお昼ご飯は、前に評判が良かったシンプルなぺペロンチーノ。それにマギーのチリソースをお好みで掛ける。サイドとしてのサラダは無しで、金麦だけ。
お昼が終われば、二人、また、だぼだぼなシャツ姿で、まったりしている。今日はなにもしないし、外にも行かない。ただ、まったりする。そして、お約束のように、どちらかが愛が欲しくなったら、それをする。
三時のおやつは和也がコーヒーをドリップしケーキの準備もした。
飽きないな、おやつが終わったら、また、二人、まったりしている。和也は私の本箱から伊藤博の万葉集を引っ張り出して読んでいる。私は、和也に寄り掛かってパッドで遊んでいる。肩に副えられた和也の手が暖かい。

カウントダウンが二十四時間を切った時、私、しゃきっとした。
和也のお尻を叩くような雰囲気で送り出してあげる。私、もう、うじうじしない。これからずっと和也といっしょなら、これが日常。さあ、しゃきっとしよう。
「ねぇ、和也ー。晩ご飯、何時に食べたい? それでねぇ、今日はすき焼きだよ」
「うん、やっぱり、七時ぐらいかな」
「ただね、カップのお酒ならあるけど、白いワインは売れ切れ。要るのなら、コンビニに走っておいで。どうする?」
「えぇー、おれ、走ってくる」
和也、あわてて着替え、もう、寒い街へと走って行った。私、その間に晩ご飯の準備をした。私のすき焼きは、私の好みで玉ねぎ、春菊と青ネギが入る。これについては和也に文句は云わせない。私的には関東の深谷ネギは邪道じゃ。あれは、焼いて食べるのじゃ。鍋で煮るものじゃない。あと、きのこはシイタケでなきゃだめ。許してあげて、本しめじが限度。
野菜、焼き豆腐、湯通ししたシラタキが準備できたころあいに和也が帰って来た。手に提げたコンビニ袋には金麦に白いワイン、それにケーキとか、カットフルーツとかもある。うん、これで明日も出発までは引き籠りが決定。和也、三時のおやつに冷蔵庫を開けた時、中を確認したみたい。和也って、優秀な男の子だ。
お肉は特売のファミリーパックで、スペシャルな日としては御免なんだけど、二人分としてなら、お肉はたっぷりあるから、しっかり、食べてね。

晩ご飯の時、私、和也に引越しの話をした。二十一日の土曜日に決めた。だから、スカイプでの会話はその前後、出来なくなるって説明した。和也は、そのころのイベントのことを心配してくれたけど、私、その日は出勤だから心配しなくても大丈夫って答えた。それに今、私のビッグイベントは次に和也が帰って来るまでに二人の部屋を作ること。それも私のテイストで作る。この楽しみを和也がプレゼントしてくれたから、私、大丈夫。
それで、「私が考えているお部屋って、こんなイメージだよ」って、今まで集めた写真なんかをパッドに呼び出して和也に見せた。それなのに、和也、こいつ、男の子のせいか、和也自身の性格なのか、部屋のコーデにはあまり興味を見せなかった。逆に、和也、それを楽しそうに話している私に興味を示した。そして、一生懸命に話しをしている私の横顔が素敵で惚れちゃったと云ってキスしてくれた。どうも、和也は私のお父さんと同じで、自分のスペースさえ確保できれば、その周りには興味が湧かないみたい。だからなのか、着ているものも冬は暖かく、夏は涼しければいいって感じ。その内、こっちの方も和也を教育して行かないといけないだろうな。私、いつまでも綺麗でいたいから、連れて歩く和也も素敵でいて欲しい。
今、和也的には「和也の理沙」になっていると思うけど、「理沙の和也」にするのなら、生活のことやファッションのこととか、もう少し教育しないとだめだな。和也、帰って来たら、もっと、私好みの男の子に染めて行くからね。ちゃんと、するんだよ。

晩ご飯を食べ、パッドを使ってお部屋のコーデの話をしているときまでは、和也、普通だった。でも、私の横顔が素敵と云って大人のキスをしてくれてから変になった。いつもは、晩ご飯の片づけをしてお風呂に入り、そして、まったりしてという決まった順番があるのに、今日は違った。和也、大人のキスの途中、いきなり、抱き上げてベッドに連行した。そして、だぼだぼなシャツ姿のままの私を、それをやさしく脱がしてくれるのではなく、下の方のインナーを片足に掛かったままというような姿で、とっても焦って切羽詰まった感じで愛をした。でもね、今日の私、すべてが和也のものだから和也のしたいようにしていいよ。明日、赴任しちゃうと三か月も逢えないんだから、しっかり、和也に私を刻みつけてちょうだい。

お母さんが漁に出る前のお父さんのことを話していたみたいに、今、和也、私にすがるような感じで寝ている。
最初、和也、初めて私の潤いを確かめることなく、この女を抱きたいって感じの焦るような雰囲気で愛をしたけど、そのあとは、いつものやさしい和也になって、昨日の約束通りのやさしい方の愛をしてくれた。それでも、今日の愛はいつもの和也のじゃなかった。タイミングもフィーリングも、和也、いつもより早かったし、わがままだった。
でもね、今、私、そのような和也の気持ちが判るようになった気がするし、その和也がこうして私にすがりついて眠ってくれているのが嬉しい。だって、今のこの和也の姿を知っているのは私だけだもん。和也、最後には私のところに帰って来るし、すがって来るんだよね。お母さんじゃ、ないけど、和也、留守は私に任せなさい。だから、心配しないで頑張っておいで。

そう云えば、万葉集にも恋人の地方への赴任の時、女の子が男の子へ詠った歌があったなぁ。
この歌の世界、男の子の赴任の前日の夜、女の子は男の子に抱かれて月を眺めてお話しをしている。きっと、この歌が詠われたのは新年の任官式の時だと思う。厳しい寒さの分、月は青く美しく輝く。その月を男の子の胸の中から眺めているのだと思う。
でも、この歌には、なにかしら、女の子に余裕がある。きっと、この女の子、私と同じで、離れていても二人の気持ちは繋がっているし、男の子はお仕事が終われば、絶対、自分の許に帰ってくると確信していると思う。だから、女の子に「これが最後の日」って感じで男の子に泣いてすがりつく姿はない。それに、ひょっとすると、二人に児がいたのかもしれない。それぐらい、女の子に余裕があるような気がする。

歌番3207 荒玉乃 年緒永 照月 不厭君八 明日別南
訓読 あらたまの年し緒長く照る月し飽かざる君や明日別れなむ
私訳 年の御霊が改まり新たな年に、その毎年、夜を照らす月のように、久しくお逢いしても飽きることない愛しい旅立つ貴方と、明日、別れるのでしょうか。

歌番3208 久将在 君念尓 久堅乃 清月夜毛 闇夜耳見
訓読 久(ひさ)あらむ君し思ふにひさかたの清き月夜(つくよ)も闇(やみ)し夜に見ゆ
私訳 御無事で好く久しいでしょう、その愛しい貴方を恋い焦がれるとき、遥か彼方にある清らかな月夜も闇の夜かのように眺めることでしょう。

私、和也と離れ離れになるのは淋しいけど、この女の子と同じように、だからと云って和也の後ろ髪を引っ張るような見送りはしない。にっこり笑顔で送り出してあげる。
和也、元気で行っといで。
そして、帰って来たら、また、二人して宿題にした万葉集の勉強をしようね。私は人麻呂の歌物語、和也は報凶問歌。これ、忘れちゃだめだよ。
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歌物語

2011年11月29日 | 遊び
歌物語

二十二日金曜日、和也は夜九時過ぎに来る。和也の赴任前に逢うのはこれが最後になる。あとは、赴任の前日。
お父さんとお母さんが桜の季節に八カ月の別れが毎年有ったように、私、和也と付き合うなら和也の海外赴任は日常になる。だから、今回も普通の事とする。もう、へこんだりしない。私、こっちに出て来て、丸三年間、たった独りだった。それに比べれば大したことない。今はスカイプのビデオ電話って誰でも使える時代だから、顔を見たり、声を聞いたりすることは簡単だもん。だから、今回の赴任も普通のこと。
ただ、ご飯は、なにか、考えてあげよう。和也の部屋じゃ、まとものものは作れないから、赴任前に逢ってもお弁当か、外食になっちゃうだろうから。

おれ、どうしようかなぁ、アパートの管理会社に「アパートを早めに返却したい」って云ったら、「一か月のペナルティーを取らないから早く返して」って云われた。なんか、電車の便利がものすごく良くなったので地域の人気が上がったから更新の時に家賃を上げるつもりだったみたいだし、問い合わせも結構あるみたい。それで、おれの打診を喜んでいた。理沙、十二月から、おれの荷物、預かってくれないかなぁ。そうすると、おれ、助かるんだけど。だめって云われたら、一旦、田舎に送り返そうかな。やっぱり、土曜日の機嫌のいいときに相談しようかな。理沙、近頃、浅田さんじゃなくて理沙は理沙なんだけど、たまに理沙がおっかない時があるんだよな。怒ると、キスもさせてくれないし、それに、機嫌が直るまで晩ご飯が遅くなるし。でも、生活のことで相談しないと、もっと、怒るし。やっぱ、正直に相談するか。

和也が来るのは十時過ぎだから、私、六時ぐらいからカレーを作り始めた。お肉は牛筋が手に入ったから、これ。二回ほど下茹でしてから、じっくり、煮込む。牛筋は西日本の方じゃ当たり前の食材なんだけど、関東の人はお金持ちが多いから安い食材ってあんまりスーパーには出てこない。お魚の馬ずらカワハギもそう。ただ、牛筋だけだと煮込んでいる内に形が溶けちゃうから、和也のために骨付き鶏肉のぶつ切りも入れている。そうすると見た目にはお肉があるでしょう。でも、味は牛なのよ。私の好みは、ややとろりタイプ。和也も、とろりタイプが好きだったから、喧嘩しなくてよかった。で、今日は、カツカレーにダイコンのサラダ。サラダドレッシングはタバスコマヨで、ちょっと辛くしてある。簡単だけど、ワインとか、金麦には合うはず。

十時ちょっと過ぎ、和也が飛び込むようにやって来た。
今日は、行儀が良く、最初に軽くキスと抱っこをしてくれた。そう、ちゃんと、女の子への敬意を表して貰わないと、晩ご飯、お預けにするよ。この間のお預けの効果かな、今日は、とっても良く出来ました。お腹を空かせて飛び込んで来た和也に何時までも晩ご飯をお預けにすると可哀想なので、最初の軽いキスの後、私、「ご飯、食べよ」ってかわいく云ってあげた。もう、入って来た時の匂いで判っているように、今日は和也が大好きなカツカレー。大盛りで盛ってあげた。でも、しっかり、お替りをした。和也、最初は骨付き鶏肉をもぐもぐしていたのでチキンカレーと思っていたみたいだったけど、途中で牛筋のビーフカレーだと気が付いた。和也、がっつくだけじゃなく、結構、判っているじゃない。
今日は、和也が遅く来るのは判っていたから、私、和也が来るまでにお風呂に入って、例のだぼだぼシャツのスタイル。それで、和也、晩ご飯の後半では別の食欲がすごかった。いつもなら、和也が片づけをしてくれるけど、今夜は私が片づけをしている間に、お風呂に入って貰った。和也がお風呂から出たら、いつもの二次会のスタートってことになる。その私の計画では夜遅く十一時からの二次会のスタートのつもりだったけど、今夜は、急遽、中止になっちゃった。和也のお願いで和也の別な食欲を満たすのが先になっちゃった。
今日の私、お料理の都合とかでだぼだぼシャツの下にブラを着けていたから、立ったまま抱き合って大人のキスの最中に、お乳から始まって膝ぐらいまでキスをするような感じで、生まれたままの姿にしてくれた。ベッドの中で背中から囁きながら抱っこして色々なところに愛撫をしてくれていたんだけど、和也、いきなりお尻を抱えるような形で愛をした。いつもと、愛をする形の順番が違う。いつもなら最初は普通ので愛をこれから楽しもうねって感じなのに、今日は、いきなり、激しくする。和也、若いから、ちょっと休憩しただけで、クッションを私のお尻の下に入れて、また、深ーい愛をする。最初も今回も和也の体が遠いから、私の手、和也に届かない。私、和也の重みが欲しいって手で顔を覆って泣いていた。そうしたら、次は和也、今度はじらすような、ゆったりしたので、私に重みを与えて愛をしてくれた。やっと、私、和也の体をしっかり抱き寄せた。
愛の間は、もう、許してって思っていたのに、私、和也の胸の上で私の右手の指先を見、左手は和也のを触れている。そして、体の奥底には愛の余韻が漂っている。その私の背中を和也が包んでくれる。癖になっちゃったみたい。指先のものも触れているものも、すべて、私のもの。それが私をこんなに幸せにしてくれている。
確か、万葉集に男の子に、心底、惚れちゃった女の子の歌があったなぁ。この女の子、歌番603の歌で詠うように、恋した男の子に今の私みたいに死んじゃうんじゃないかと思うぐらいのエッチの喜びを教えて貰ったみたい。そのエッチの後もやさしくして貰ったら、その男の子は私一人のものって思うだろうな。そして、「こんなに私は貴方が大好きなんだから、貴方も同じようね」って、当然のように聞くだろうな。

歌番595 吾命之 将全幸限 忘目八 弥日異者 念益十方
訓読 吾が命(いのち)し全(また)幸(さき)限り忘れめやいや日に異(け)には念(おも)ひ増すとも
私訳 私の命がこの世にある限り貴方のことを忘れることがあるでしょうか? いいえ、日に日に貴方への想いは増すことはあっても、そんなことはありませんから。

歌番596 八百日徃 濱之沙毛 吾戀二 豈不益歟 奥嶋守
訓読 八百日(やほか)行く浜し沙(まなご)も吾が恋にあに益(まさ)らじか沖つ島守(しまもり)
私訳 何百日も歩いていけるほどの広い浜にある砂の数も、私が貴方に恋する想いに勝るでしょうか、ねえ、沖の島守さん。

歌番603 念西 死為物尓 有麻世波 千遍曽吾者 死變益
訓読 念(おも)ふにし死しするものにあらませば千遍(ちたび)ぞ吾は死し返(かへ)らまし
私訳 (人麻呂に愛された隠れ妻が詠うように)閨で貴方に抱かれて死ぬような思いをすることがあるのならば、千遍でも私は死んで生き返りましょう。だから、お願い。

ただね、この女の子、笠女郎って云うだけど、最後には相手の男の子の大伴家持に「しつこい」って云って逃げられちゃうんだ。和也、たぶん、今、和也の中でも私の比重、エッチと晩ご飯が同じぐらいになっちゃっているかな。若いかわいい女の子としては、ちょっと、残念だけど、晩ご飯の時の和也の顔を見ていたら、私、笠女郎と違って和也を逃がさない自信はある。
だから、この幸せは半年のお休みの後も、ずーっとずーっと、続くの。

今朝も前回と同じ、明日もう一日あると思うと、朝、起きようとは思わない。それで、互いが勝手って感じで朝ご飯を食べて、また、ベッドに潜り込む。和也はカフェオレでクロワッサンを食べたみたい。私も同じ。ただ、固めにパリパリに焼いてあるクロワッサンをジワーッと浸すようにして食べたけど。
一時過ぎにやっと、お昼ご飯にした。今日は、ペペロンチーノ。それに、マギーのチリソースをお好みで追加する。私はたっぷりが好き。和也、初めてみたいだったが、たっぷりがいいみたい。それと、やっぱり、金麦。今日の晩ご飯までのお買い物は済んでいるから、今日は一日、引き籠りをする。それで、二時ぐらいから、いつもの万葉集の勉強会をすることになった。
でも、和也がなんだか、もじもじしているので、追求した。
「和也。何か、あなた、隠し事をしていない。それとも、何か、私にお願い事があるの?」

あぁ、助かった。理沙から、先に聞いてくれた。どうやって、切り出そうかなぁって思っていたから、話を出しやすい。小学校の時、先生からお袋に三十点のテストを見せて「ハンコを貰って来い」って云われているような感じだったのだけど、先に「隠し事があるだろう」って云われると、逆にほっとするんだよな。
「うん、あのー、理沙、聞いてくれる。おれのアパートなんだけど、実は・・・」
おれ、理沙に説明した。おれ、頑張れば、今のアパートに三月まで居られるんだけど、「出来たら、ペナルティーを取らないから、すぐにでも出て行って欲しい」って管理会社に云われたって説明した。
理沙、案の定、怒っていた。「それ、早く、云え」って。「二十万を超えるお金じゃない。あなた、そんなにお金持なの」って怒られた。確かに、そう。おれにとって、それ、大金。でもね、理沙には内緒だけど、半分以上は会社の補助なんだ。これ云うと、お袋みたいに「口答えをするな」って、もっと、怒るだろうな。でも、理沙の決断は早かった。「ペナルティーがないのなら、早く、部屋を返してしまえ」って。それから、「和也の荷物なら預かってあげる」って。それで、理沙、すぐ、この間、目星を付けていたアパートをインターネットから呼び出して管理会社に電話した。「今、空いているから、興味があったら見に来ない」ってことになって、明日の午後に見に行くことになった。おれ、服は通勤スタイルだけど、まあ、いいか。電話では「今、二年契約すれば一か月はタダにしてあげる」って云っていた。
そう云うことで、明日、午後にここから二つ先の駅にあるアパートを見に行くことになった。ただ、営業所が理沙のところの駅にあって、そこから車で連れて行ってくれるってことなので、一時半に駅前の営業所に行く。それから、理沙に、インターネットで眺めた間取りで広い方が理沙の部屋で、狭い方がおれの部屋って念を押された。女の子はお洋服が大変なんだからってことだった。おれ、四畳半とか六畳とかの部屋が独りで使えるのなら、なにも文句は云わない。理沙の方は前の計画通りだと二月の末頃に引っ越す予定だったけど、場合によっては年末の引越しになるかも知れないって。その場合、二人の家賃の差額が出るから家具を買い替えるかってことになった。明日、アパートを見て気に入ったら、家具屋にも行こうかってことになった。
アパートの話をしている時、理沙におれのところの住宅手当は上限付きの率で支給か、それとも一律って聞かれた。おれ、良く判らないけど、確か、契約の写しを提出してから会社規定での支給って答えた。理沙の所は家賃に関係なく定額一律だから、二人で住むとしても契約主は和也がなるんだよって命令された。おれ、良く判らないから、ただ、「はい」って答えた。やっぱり、女の人って、頼りになるなぁ。

うーんん、もう、和也のやつ。大きなお金の話だったら、早く云わなきゃだめじゃないの。前に一緒に住んで、これらのためにお金を貯めようねって約束したじゃない。これだから、男の子って生活感がないんだからぁ。でも、いいか。最初の一か月がタダの約束だと、私の一カ月分のペナルティーの家賃が戻って来るみたいなものだから。こっちの話は今日の晩ご飯はお鍋料理だからその時にするとして、せっかく、万葉集の勉強会の準備をしたから、こっちをするか。
「ねぇ、和也。アパートの件は、晩ご飯がお鍋だから、続きは、その時に、しようか。それで、いつものように万葉集の勉強会をしよ」
「うん、勉強会しようか。で、ところで、今日のお鍋ってなに?」
「もうー、しょうがないわねぇー。今日は鶏肉だんごのお鍋。和也、ご飯のこと、忘れてこっちの方をしなきゃ、だめじゃない」
「それじゃ、するからね」
「最初はね、人麻呂の歌じゃないの。これを見てくれる」
「あれ、これは万葉集の巻二の冒頭に置かれた磐姫皇后の歌だろう、どうして、これ?」

磐姫皇后思天皇御作謌四首
標訓 磐姫(いはひめの)皇后(おほきさき)の天皇(すめらみこと)を思(しの)ひて御(かた)りて作(つく)らしし謌四首
歌番85 君之行 氣長成奴 山多都祢 迎加将行尓 待可将待
訓読 君し行き日(け)長くなりぬ山尋ね迎へか行かに待ちか待たらむ
私訳 貴方が帰って往かれてからずいぶん日が経ちました。山路を越えて訪ねて迎えにいきましょうか、それともここでずっと待っていましょうか。
注意 原文の「迎加将行尓 待可将待」は、一般には「迎加将行 待尓可将待」とし、句切れの位置が違い「迎へか行かむ待ちにか待たむ」と訓みます。ここでは原文のままとします。
右一首謌、山上憶良臣類聚歌林載焉。
注訓 右の一首の謌は、山上憶良臣の類聚歌林に載す。

歌番86 如此許 戀乍不有者 高山之 磐根四巻手 死奈麻死物乎
訓読 かくばかり恋ひつつあらずは高山(かくやま)し磐(いは)根(ね)し枕(ま)きて死なましものを
私訳 このように貴方の訪れを恋焦がれているよりは、故郷の傍の香具山の麓で死んでしまいたい。

歌番87 在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置萬代日
訓読 ありつつも君をば待たむ打ち靡く吾が黒髪に霜の置くまでに
私訳 このまま貴方の訪れを待っていましょう。豊かに流れる私の黒髪が霜を置いたように白髪になるまで。

歌番88 秋田之 穂上尓霧相 朝霞 何時邊乃方二 我戀将息
訓読 秋し田し穂し上(へ)に霧(き)らふ朝霞(あさかすみ)何処(いつ)辺(へ)の方(かた)に我が恋やまむ
私訳 秋の田の稲穂の上に霧が流れて朝霞のようにはっきり見えない私の恋。いついつも私の貴方を慕う気持ちに休まる場所もない。

「あのね、今日の人麻呂の歌の作業員って人の試訓と試訳は、この連作の歌にヒントがあるの。それでね、この四首の歌についての解説を見てみて」

伊藤博 万葉集相聞の世界 塙書房
 四首を一読して誰もが気づくことは、・・中略・・、絶句起承転結の法さながらに、連作の形態顕著である。(一三一頁)
 前代の相聞歌のいくつかが、ロマンスとして宮廷サロンでもてはやられているころと察せられた。(一三三頁)

伊藤博 万葉集(集英社文庫) 釋注一
 四首仕立てにした“最後の埋もれた作者”は、持統朝の柿本人麻呂ではないかと思われるふしがある。(二二三頁)

古橋信孝 物語文学の誕生 角川書店
 相聞歌は、物語では語りえない男女の心をあらわすものとして部立てされたのではないか。磐の姫が相聞の最初に位置づけられていることから、そう読みとれるのである。(六〇頁)
 しかし、それらは恋の物語ではない。なぜなら、物語として書かれた物語ではないからだ。書かれる物語と物語を想像させるものとははっきりと区分されなければならない。(六四頁)

「古橋信孝って人の立場は、物語は見ただけで誰でも物語と思える記述の仕方をしたものが物語で、物語を想像させるものは“歌物語的なもの”と考えているみたい。でも、この磐姫皇后の歌には歌物語的な要素は認めているの」
「当然、伊藤博って云う人は、起承転結の文学性とロマンスを認めているから、理解では歌物語なのよね。それで、伊藤博って人は、持統天皇の時代に宮廷でロマンスな相聞歌や連作の歌物語的なものがあったと考えているの。それも、柿本人麻呂が中心的なメンバーじゃないかと思っているみたい」
「でね、次の人麻呂歌集の歌を見て、」
「歌番2333の歌と歌番2334の歌は、石見国から奈良の都に住む軽の里の妻に贈った歌みたいなの。でね、歌番1782の歌と歌番1783の歌は、人麻呂が地方に赴任したお役人の人が任期の中間で業務報告の為に奈良の都に帰って来る、“中上がり”って上京の時のもので、人麻呂と軽の里の妻とが上京の時に逢うことを打ち合わせた時の歌みたいなの」
「つまり、人麻呂と軽の里の妻とは、人麻呂が石見の国へ五年から六年の任期で赴任していた時も、ずーっと縁があったみたいなの」

歌番2333 零雪 虚空可消 雖戀 相依無 月経在
訓読 降る雪し虚空(そら)し消(け)ぬべく恋ふれども逢ふよし無(な)みし月し経(へ)にける
私訳 降る雪が途中で空に消えるように、ひたすら貴女を慕っているのですが、このように空しく逢う機会が無いままに月日が経ってしまった。

歌番2334 沫雪 千里零敷 戀為来 食永我 見偲
訓読 沫雪(あはゆき)し千里(ちり)し降りしけ恋ひしくし日(け)長き我し見つつ偲(しの)はむ
私訳 沫雪はすべての里に降り積もれ、貴女を恋い慕ってきた、所在無い私は降り積もる雪をみて昔に白い栲の衣を着た貴女を偲びましょう。

与妻謌一首
標訓 妻に与へたる歌一首
歌番1782 雪己曽波 春日消良米 心佐閇 消失多列夜 言母不往来
訓読 雪こそば春日(はるひ)消(け)ゆらめ心さへ消(き)え失せたれや言(こと)も通はぬ
私訳 積もった雪は春の陽光に当たって解けて消えるように、貴女は私への想いも消え失せたのでしょうか。私を愛していると云う誓いの歌もこの春になっても遣って来ません。

妻和謌一首
標訓 妻の和(こた)へたる歌一首
歌番1783 松反 四臂而有八羽 三栗 中上不来 麻呂等言八子
訓読 松(まつ)返(かへ)りしひてあれやは三栗(みつくり)し中(なか)上(のぼ)り来(こ)ぬ麻呂といふ奴(やつこ)
私訳 松の緑葉は生え変わりますが、貴方は体が不自由になったのでしょうか。任期の途中の三年目の中上がりに都に上京して来ない麻呂という奴は。
貴方が便りを待っていた返事です。貴方が返事を強いたのですが、任期の途中の三年目の中の上京で、貴方はまだ私のところに来ません。麻呂が言う八歳の子より。

「でね、さっき、伊藤博って人の『宮廷でロマンスな相聞歌や連作の歌物語的なものがあった』って説を紹介したよね。それも、その中心メンバーに人麻呂がいたのじゃないかって」
「するとね、宮廷の人たちは人麻呂と軽の里の妻とのロマンスを知っていて、その宮廷サロンでロマンス的な歌を詠う中心的なメンバーに人麻呂がいたら、なにか、二人に関係するか、石見の国に関係するようなロマンスの歌を求めるのが自然じゃない」
「うん、おれだって、それを聞く立場なら、それ聞きたいよ。特に、昔って、女の人は旅行ってしないだろうから、なおさら、遠く離れた石見の国に行って来た人麻呂の話を聞きたいよ」
「でしょ。で、この人麻呂の作業員って人のを見て、そういう背景なら、これは有りでしょ」
「当然、和也君が知っているように、これらの歌は万葉集の中では依羅娘子の歌であったり、人麻呂の自傷歌だったりしているから、本来の解釈とは全く違うけどね」

作業員より、柿本人麻呂年賦 人麻呂の石見恋物語 帰京編
歌番140 勿念跡 君者雖言 相時 何時跡知而加 吾不戀有牟
試訓 な思ひと君は言へども 逢はむ時何時と知りてかわが恋ひずあらむ
試訳 そんなに思い込むなと貴方は云いますが、貴方と逢うのは「今度は何時」と数えながら私は貴方に恋をしているのではありません。いつも、貴方に逢いたいのです。もう、貴方は旅立つのですか。

歌番225 直相者 相不勝 石川尓 雲立渡礼 見乍将偲
試訓 直(ただ)逢ひは逢はずに勝る 石川に雲立ち渡れ見つつ偲はむ
試訳 直接、貴方に逢うことは、会わずに手紙を貰うことより勝ります。逢えない私は、雲が想いを届けると云う、あの石川精舎の大伽藍の上に立ち昇る雲を見ながら貴方を恋しく偲びましょう。
説明 石川は、現在の橿原市大軽町の隣の石川町付近とし、その地に比定されている蘇我馬子の石川精舎から雲と霊魂を想像しています。また、一般に「相不勝」の「不」は「ましじ」と特別の訓みをし「あひかつましじ」と訓みますが、ここでは「相不勝」を「あはずにまさる」と訓んでいます。

歌番227 天離 夷之荒野尓 君乎置而 念乍有者 生刀毛無
試訓 天離る夷し荒野に君を置きて 思ひつつあれば生けりともなし
試訳 大和から遠く離れた荒びた田舎に貴方が行ってしまっていると思うと、私は恋しくて、そして、貴方の身が心配で生きている気持ちがしません。

歌番224 旦今日ゞゞゞ 吾待君者 石水之貝尓 交而 有登不言八方
試訓 今日今日とわれ待つ君は 石見し貝(かひ)に交りてありといはずやも
試訳 貴方に再びお目に懸かれるのは今朝か今朝かと恋しく思っているのに、その貴方は、なんと、人の噂では、まだ石見の国にいて、女を抱いているというではありませんか。
説明 「貝(かひ)」も「谷(かひ)」も、意味は同じで女性の陰部を示します。

歌番223 鴨山之 磐根之巻 有吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
試訓 鴨山し巌根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあるらむ
試訳 丹比道の鴨習太(かもならいた)の神の杜(やしろ)のほとりで旅寝をする私を、そうとも知らないで私の愛しい貴女は私を待っているらしい。
説明 歌は人麻呂の石見への旅の歌物語の一部と解釈し、そこから鴨山は丹比道の大阪府河南町神山の鴨習太神社の杜付近とし、磐根は巌座のほとりと解釈しています。

歌番226 荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
試読 荒波に寄りくる玉を枕に置き われこの間(ま)にありと誰か告げなむ
試訳 石見の荒波の中から手にいれた真珠を枕元に置き、私は貴女のすぐそばまで還ってきましたと、誰が貴女に告げるのでしょうか。
説明 一般に原文の「吾此間有跡」の「間」の字は「に」と読み「われここにありと」と訓みます。ここでは「間」を「ま」と訓み、原文を「われこのまにありと」と訓んでいます。

「でもね、これだと、人麻呂の石見への赴任が決まってからの、別れ、赴任地での無事を祈る姿、帰京の連絡、帰京、帰京してのお布団の中での二人の愛って、感じで物語は進行するから、宮廷のサロンでそこにお勤めしている女の人たちにロマンスを見せるにはピッタしだと思うの」
「浅田さん、これ、例の人麻呂の最後の場面で、人麻呂は伝承とか歌番226の歌の本来の解釈から、彼、水死したって云うやつがあるよね。でも、『水死した人に辞世の歌がなぜ存在するのか』って云う論争からの、派生した解釈じゃないんだっけ」
「うん、そう。普通には歌番226の歌は、こんな風に解釈するし、山口県長門市油谷に残る伝承からも人麻呂の死亡は海難死か、水死ってことが想像されているの」

辞世の歌とされるもの
柿本朝臣人麿在石見國時臨死時、自傷作歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の石見国に在りし時の臨死(みまか)らむとせし時に、自ら傷(いた)みて作れる歌一首
歌番223 鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
訓読 鴨山し岩根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあらむ
私訳 鴨山の岩を枕として死のうとしている私のことを知らないで妻はまっているであろう。

水死か、海難死を疑わせるもの
丹比真人(名闕)擬柿本朝臣人麿之意報歌一首
標訓 丹比真人(名(な)闕(か)けたり)の柿本朝臣人麿の意に擬(なぞら)へて報(こた)へたる歌一首
歌番226 荒浪尓 縁来玉乎 枕尓置 吾此間有跡 誰将告
訓読 荒浪により来る玉を枕に置き吾れここにありと誰れか告(つ)げけむ
私訳 荒浪の中をよって来る玉を枕もとに置いて自分がここにあるということを誰が知らせたのであろう。

「でもね、水死とか、海難死って、普通は突然死だよね。常識的に突然死の人には辞世の歌なんてないはずじゃない」
「そりゃ、そうだよ。戦争に行くとか、暗殺されるのを覚悟している人とか、重い病気の人じゃなきゃ、普通、辞世の歌ってないし、あったら、それ、代作だよ」
「それで、梅原猛って人が『水底の歌』って本で、刑罰による水没刑で殺された説を唱えたの。でも、当時は、建前上、法治国家になっていたから、当時の日本の刑法でも、そんな刑罰はないから、私刑による殺害ってことになるんだけど」
「そこで、作業員って人って、とっても、面白いの。人麻呂の死亡を水死とか海難死とかの突然死を前提にしようって仮定したの。するとね、人麻呂の辞世の歌が存在するなら、さっき、和也君が云った『代作だよ』ってことになるよね。でも、柿本人麻呂って人は、奈良時代でも和歌の先生みたいな人だから、作業員って人は、『じゃ、誰が代作を作るの?』ってことになるって想像したの」
「うん、その時代の和歌の大先生の辞世の歌を代作するって難しいって思うよ。だって、誰もが納得しなきゃ、非難、ゴウゴウになっちゃうだろうから」
「それで、作業員って人、確かに人麻呂の作品なんだけど、編集で、あたかも辞世の歌のようにしたのではないかって想像したの。ここがユニークなの」
「その発想って面白いね。でも、何か、その発想の元を検証が出来るんだろうか?」
「それがね、有間皇子とか、大津皇子とかの歌物語や挽歌がヒントになるかもしれないの」
「浅田さん、それと人麻呂の歌物語と、どのように繋がるの? なんか、すっごく、興味が出て来たんだけど」
「すっごく、長いよ。和也君が、晩ご飯が無しでいいなら続けるけど。どうする?」
「うーんん、それ、だめ。晩ご飯が最優先。おれ、晩ご飯が食べたいもん。その後・・・、うん、その後は、もっと、たぶん、理沙とで忙しいから、・・・、明日も、ダメだし。じゃ、半年先の次回まで、おれ、楽しみにしてる」
「そうね。和也君の『報凶問歌』も次回にお預けになっているから、これも、続きは次回ってことにしよ」
「で、理沙ー、今日の晩ご飯って、なに?」
「今日は、鶏肉だんごのお鍋。最後の締めはそのスープで作るおうどん」
「なんだか、それ、美味しそうだね」
「和也、三十分、待って。そしたら、今日の宴会をスタートしよ」

本当に理沙の晩ご飯って、手早いな。鶏肉のミンチにパックの刻みネギをもうちょっと細かく刻んで入れて、それにショウガのみじん切りと片栗粉を加えてマゼマゼしたら出来上がり。豆腐、きのこ、レタス、ダイコンの千切りとこの鶏肉だんご、これらを薄味醤油味のスープに昆布を敷いたお鍋に入れて火が通ったら、もう、口の中。お好みでヤマキのポン酢にワサビを溶いたのを薦められたけど、それ、美味しかった。鶏肉だんごは一人一人がスープ用のスプーン二丁を使って丸く作ってお鍋に入れるんだけど、おれ、食べる方を専門にしていたら「理沙のを取るな」って睨まれた。美味しいんだけど、ちょっと、手間。どっちかと云うと、おれ的には食べる方に専念したいな。それでも、最後、冷凍のうどんを茹でたのに、塩味にした鍋のスープ。すっげーうまかった。
今日のお鍋、日本酒に合うな。しっかり冷やしたカップのお酒だけど、渋い急須に入れて出してくれると雰囲気的に高いお酒って感じになる。それ、理沙と二人して、百均で買って来たショットグラスで飲むって、これ、いいんだよな。

晩ご飯を食べている時、和也、すごいことを云いだした。一瞬、こいつ、馬鹿かって、思った。まず、女の子じゃ、出ない発想。
「ねぇ、理沙、明日、アパートの下見に行くじゃん。で、気に云ったら、理沙、おれに『おれの名前で契約とかをしろ』って云ってたけど、おれ、あんまり時間がないから、理沙にして欲しんだ。で、おれのインターネットバンキングの番号とか、教えるから、敷金とか、月々の支払いとかして欲しんだけど」
「和也、あなた、酔ってない? それって、あなたのお金、私に全部、見せるってことになるのよ。判ってるの?」
「うん、判ってる。だいたい、おれ、引き籠りで、これって云う趣味もないし、外で遊ぶとか、タバコもしなから、理沙から、おれ、お昼ご飯と本を買うぐらいのお小遣いをもらえれば、十分なんだ。それに、一緒に住むようになったら、たぶん、スマホ以外は光ケーブルで二人とも一緒になるだろ。そしたら、おれ、自分のスマホを止めて、理沙の二台目にして貰えれば、支払いとか、色々なこと、考えないでいいじゃん」
「理沙、一緒に住んだ時、アパートの共益費とか、食費とか半分っこっていっていたけど、それ、全部、任すから」
「本当に、和也、あなた、それでいいの? まだ、結婚なんてしてないのよ。お金って、とっても大切なのよ」
「でも、おれのおやじ、お小遣いをお袋から貰うだけで、あとは、全部、お袋が管理してるよ。理沙、カードか、なんかでの、おれの無駄使いが心配なの?」
今どきの男の子、こと、お金に関して、どんな発想しているんだろ。和也、インターネットバンキングを開いて、月々の支払い記録を見せてくれた。
「おれ、お金っていったら、ほとんどが、晩ご飯に使うんだけど、おれの守備範囲って王将か吉牛だし、あと、コンビニ弁当だから、こんなもんなんだ。それと、自分的にはすっごく贅沢して月に一万円ほど、アマゾンで本を買うぐらい」
そうか、これに和也の季節毎の服を買えば、これにちょっとで済んじゃうのか。そうだよね、和也と私、金麦とか、カップのお酒とか、コンビニの白いワインで楽しめるんだもんね。それに私も和也も人とつるんで外で遊ぶのが好きじゃないから、外でのお金って、あんまり使わないしね。ひょっとして、和也、QBで髪を切っているのかな?
「ねぇ、本当に、それでいいの、和也。私、悪い女の子だったらどうするの?」
「おれの理沙だから、大丈夫。それに晩ご飯が食べられて、理沙とベッドで仲好く出来るのなら、おれ、毎日、会社から真っ直ぐ帰って来るから、大丈夫だって」
判らん。今どきの男の子の発想。私じゃ、考えられない。でも、和也、残業とか海外出張とかで、若いんだけど、結構、貰っているんだ。これで、また、六カ月、海外赴任だよね。そうか、判った。任せなさい。
「で、和也、あなたの考えってるお小遣いって、どれぐらいなの?」
「これぐらい。もし、お昼のお弁当を作ってくれるなら、これ」
「和也、云っとく。自分で作らないのなら、お昼のお弁当は、ない!」
「じゃ、こっち」
「云っとくけど、これ、和也が云いだしたんだからね。私じゃ、無いからね。いいのね」
「うん、だけど、生活でのこまごましたこと、おれ、判らないから、それは理沙だよ。それに、だって、おれ、理沙からのお小遣い制だから」
なるほど、こいつはこいつで賢いのかもしれない。完全に白旗を上げて、私に乗っかるつもりみたい。そうか、そっちの方が男の子としたら日常のこまごましたことをしなくていいのなら、反って、楽なのかもしれないな。和也、前に「悪いのは、全部、おれだから、理沙は『和也が、全部、悪い』って云ってればいい」って云っていたよね。でも、これじゃ、私が、全部、仕切るってみたいにならない? なんか、もやもやするな。でもね、私、女の子だから、お金をしっかり握るってのは好きよ。ただね、本当に和也の発想って不思議だな。女の子だったら、絶対に自分のお給料を他の人には預けないから。

お昼は外で食べても良かったんだけど、和也が前に作った玉子どんぶりを食べたいってことで、お昼はそれになった。
一時過ぎにプラプラと手を握って、駅前の不動産屋さんに行った。問い合わせに来たのが若い二人で、その希望している物件が物件だから、不動屋さん、なにも聞かずに、昨日、問い合わせた物件について同棲を前提としたような説明をしてくれた。あと、似たような物件が三つあり、その中から、興味が湧いた二つに絞り込んで、実際のお部屋を見に行った。和也はただ自分が貰える部屋の広さだけに興味があり、他は、全く、反応なし。本当にもう、男の子って、どうして、こうなんだ。しようがないから、私、水回り、部屋の向き、冬場や梅雨時の結露、ゴミ出し、防犯とご近所さんの様子なんか聞いて、あと、お勧めの駅への順路を不動屋さんの車だったけど、確認した。お部屋は、築年数の割に、ずいぶんときれいだった。
だいたい、最初のがお勧めで、二番目のは「今、一歩」と云うパターンだった。ただ、近隣の地区に比べてこの周辺はなぜか家賃が安い。どうしてって聞いたら、最大の欠点はこの駅周辺に大きなスーパーが無くて、毎日の最低限の食料品以外は電車を乗り継ぐか、車が必要ってことだった。それで、家賃が安いってこと。なるほど、駅前からいきなりアパート群で商店街もくたびれたのしかなかったもんね。だからか。和也も私も田舎の子だから免許は持っているけど車自体には興味なし。どうしてもってことになったら、中古の軽。不動屋さんの説明だと、車のローンに駐車場の代金を家賃に載せたら、今、私が住んでいるあたりの家賃相場と同じぐらい。世の中、良く出来ているな。でもね、私の勤務先の駅はスーパーが併設だから、私的には問題なし。よし、決めた、最初のやつ。それ、鉄筋の三階建てだから、云いようによってはマンションだもんね。
手付と仮契約の時、私じゃなくて和也の名刺を渡したら、不動産屋さん、喜んでいた。若いと思っていたみたいだったけど、和也の会社に提出する賃貸契約書の写しの件なんかを話したら、まず、家賃の取っぱぐれのない相手だって確認できたみたい。お部屋の件、来週中にもう一回、クリーニングを入れるから来週末以降なら引き渡せるってことだった。それと、半年以内に解約しない条件で電話での説明通りに十二月分はタダってことにしてくれた。ただ、実際は最初に三つ入れなきゃいけない。私と和也の準備があるから、新しい家具とかは順次入れるけど、本格的な引越しは年末のクリスマス前後ってことになった。新年は新しい広いお部屋になる。

もう、四時を回っていたけど、和也を引っ張って駅傍のディスカウントの家具屋に連れて行った。和也の寝るベッドだけは、海外赴任前に決めて貰わないと、今度、和也が海外から一時帰国で帰って来た時、十日間も一緒に私のベッドを使うことになる。二三日はいいけど、この間の経験で私的には連続十日間はちょっときつい。和也も、それはそうだねってことになった。
今日、決めたアパート、それぞれ六畳のスペースがある。さあ、和也、不動屋さんから貰って来た間取りをお店の人に見せて、自分で決めるんだよ。その和也、お店の人と相談して、私に予算を相談したけど、あっと云う間に引き出し付きのセミダブルと仕事がしやすそうな机を決めた。こっちの方は、選び方も選んだものも、いかにも技術屋さんって感じ。ベッドは、ちょっと贅沢だけど、私と和也、気分でどっちかの部屋にお泊りに行くようなのが好き。だから、広いベッドをそれぞれ持つことになった。ただ、面倒な配達とか配置とかはお店の人に財務大臣に相談してと云って、私に投げて来た。
本当、生活のこまごましたことって、それ、私に振って来るんだから。でもね、和也との相談でダブりが無くなって予定より余裕が出来た私の二カ月分の家賃の範囲で、リビングをきれいにしようってことになった。これは、クリスマスまでに私が担当する。予算とスペースとをにらめっこしながらインテリアを、私、考えるんだ。最悪の最終締め切りは、二月末の和也が休暇で帰って来る前まで。

ディスカウントの家具屋の帰り、晩ご飯の買い出しに行った。今日の晩ご飯、和也が食べたいって云っていた中から簡単に出来るやつを選んだ。それで、今日は豚キムチの野菜炒め、牛肉の麻刺煮、お多福ソースの焼きそば、冷凍の炒飯をフライパンで炒めたやつ。ちょっと、変なんだけど、和也の希望だから。今日の献立はフライパン料理ばっかりだから、ちょっと、時間がかかって、晩ご飯のスタートは七時を回っていた。最初、今日が赴任前の最後の私の晩ご飯になる予定だったけど、和也のアパートの返却騒ぎで出発前の土日はここに泊ることになった。それで、あと、二回、私、和也と一緒にご飯を食べられる。ベッドもそうだけど、これはこれで、二人、一緒って云う実感がある。

今、和也、晩ご飯をうれしそうに食べているけど、あなたの狙い、今日一日で良く判った。お金の事を含めて、全部、投げ出して白旗を上げれば、和也、あなた、楽だよね。家具の予算や運搬とか、全部、私に丸投げなんだもんね。和也、あなたに生活の知恵が無いって思っていたけど、本当は、良く判っているのかもしれない。きっと、あなたのお姉さん、てきぱきするような人だったんでしょう。それで、あなた、小さいときからそれに甘えていたんじゃないの? でも、まぁ、任せなさい。私が、どうにかするから。
ところで、和也、こんな東歌、知っている? 

歌番3388 筑波祢乃 祢呂尓可須美為 須宜可提尓 伊伎豆久伎美乎 為祢弖夜良佐祢
訓読 筑波嶺(つくはね)の嶺(ね)ろに霞居過ぎかてに息(いき)づく君を率(ゐ)寝(ね)て遣(や)らさね
私訳 筑波嶺の嶺に霞が居座って動かないように、あそこで居座って動かず、貴女に恋してため息をついている、あの御方を連れて来て抱かれてあげなさいよ。

普通、万葉集の恋歌の原則は、男の子から女の子に積極的にお願いして愛の行為がはじまるのが、お約束になっている。でもね、東歌には本当の日常の生活を詠う面があるの。それでね、この東歌は、うじうじして遠くから好きな女の子を眺めるだけで、自分から声を掛けられない男の子の姿を描いているの。野良で何か、お仕事をしている若い女の子のことを大好きな男の子が、いつも、その野良に来てその女の子を見つめていたみたい。それを年上のお姉さんたちが気付いて、若い女の子に、あの男の子に抱かれてあげなさいよってけしかけているの。
和也、丸投げはいいけど、このような男の子になっちゃ、私、イヤだからね。同じ東歌の常陸国の歌でも、歌番3395の歌のような、隙あらば女の子に云い寄って抱くような男の子になってね。

歌番3395 乎豆久波乃 祢呂尓都久多思 安比太欲波 佐波太奈利努乎 萬多祢天武可聞
訓読 小(を)筑波(つくは)の嶺(ね)ろに月(つく)立し間夜(あひだよ)はさはだなりぬをまた寝(ね)てむかも
私訳 小筑波の嶺に月が立つ、その言葉ではないが、月が経つ間に夜は多くを数えるようになったが、また、お前と共寝をしたいなあ。
注意 歌の「月立つ」には、「時間の感覚での月日」と「女性の月経の期間」の意味合いがありますが、ここでの歌の解釈では特別に「月日」の方だけを紹介しました。

それから東歌にはこんな歌もあるって、和也に歌番3407の歌を説明したら、ずいぶん、頑張ってくれた。

歌番3407 可美都氣努 麻具波思麻度尓 安佐日左指 麻伎良波之母奈 安利都追見礼婆
試訓 髪(かみ)付(つ)けぬ目交(まぐ)はし間門(まと)に朝日さしまきらはしもなありつつ見れば
試訳 私の黒髪を貴方に添える、その貴方に抱かれた部屋の入口に朝日が射し、お顔がきらきらとまぶしい。こうして貴方に抱かれていると。
注意 原文の「可美都氣努麻具波思麻度尓」を「髪付けぬ目交はし間門に」と歌の裏の意図を想定して試みに訓んでみました。一般には「上野(かみつけ)ぬ真妙(まくは)し円(まと)に」と訓み「上野国にある美しい円の地」と云う地名と解釈します。

ただ、和也、今日は意地悪だった。やさしく、丁寧に、色々なところを可愛がって私を変にしたのに、私がお願いするまで和也のをくれなかった。それも自分でするんだよって、私の手を取って導いた。私、恥ずかしかったけど和也の上で自分から和也のを求めていた。でも、その和也がしてくれる愛、最初のは意地悪なやつだったけど、二度目のは激しく、深かった。その次は、私の好きな深く、ゆったりしたやつ。
歌番3407の歌ではないんだけど、朝日の中、和也は出勤していった。次は、もう、赴任の時だけか、時間って、早いな。

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謌詞両首

2011年11月29日 | 遊び
謌詞両首

十一月九日の土曜日、
前回から、和也、私が出勤する朝までいるようになった。だから、今回は土曜日の夕方、四時半に駅で私の帰宅に待ち合わせて、いっしょに帰る。そして、月曜日の朝まで私のところにいる。和也、今回の土曜日はお休みなんだけど、出勤ってカッコウで私と待ち合わせをする。今回も外でのデートはしない予定。
その四時半、早出の勤務が終わった私、走って駅に向かった。駅にその和也が待っていた。もう、十一月だから、ちょっと、寒そうにしていた。「待った?」、「うんん、そんなに待ってない」なんて普通の会話をして、手を握って電車で帰って来た。その駅前のスーパーで、今日と明日のお買い物をした。今日は野菜炒め、明日はシチュー。和也には悪いんだけど後片付けの関係で焼くような魚料理は基本的にしない。あって、ムニエル。今日は、一緒にお買い物して帰ると六時を回っているから、超簡単料理が基本。だから、野菜炒めなの。
部屋に帰ったら、エアコンを点けて部屋を暖かくする。今も二人の時は基本的に裸族に近いから暖かいってのが重要になる。和也は男の子だから、十一月でもコートなんか着ないけど、女の子は気温とかじゃなく、日付で着る物を選ぶから、もう、コートとかを着なきゃいけない。それで、帰ってから着替えとかをバタバタして、晩ご飯を作った。呑気に遊んでいるお腹を空かせた男の子が傍にいると、ちょっと、腹が立つし、気が急いてくる。それでも、簡単料理だから七時には用意が出来た。
和也、ほんの少し前は人影がないとすぐにキスをして来たのに、今は茶碗とお箸を先に持っている。本当にどうしようもないやつだ。私、どこで、教育を間違えたんだろう。だから、今日も調教じゃないんだけど、晩ご飯をお預けして、ベッドの角のところで私にキスと軽い愛撫をさせた。それで、「よし」って云ったら、和也、うれしそうに「じゃ、晩ご飯にしよう」って云って、ご飯に駆け寄って行った。本当に、もう、どうしようもないやつだ。
今日の晩ご飯、豚キムチの野菜炒め、半熟玉子焼きのチリソース、それにお多福ソースのコロッケ。半熟玉子焼きのチリソースは秘密兵器のマギーのチリソースを使うのじゃ。そうすれば、サラダ油たっぷりに半熟に玉子を焼いて料理は終了。あと、このマギーのチリソースは温野菜のサラダのソースにも使える。
で、今日も宴会が始まった。和也、私と逢っていない間、ご飯を食べていないような雰囲気で食べている。その食べ方は嬉しいけど、これでも私、未婚のかわいい女の子なのよ。これから一緒に住むことになるんだけど、もし、ご飯付きの下宿に住むような意識だったら許さないからね。ちゃんと、私を「いい子、いい子」してくれるのが前提だからね。少し、この頃の和也の雰囲気に腹が立つけど、今日のアルコールは金麦に、やっぱり、お買い得の白いワイン。ご飯食べて、お酒飲んで、和也とお話をする。キスとか、エッチもいいけど、やっぱり、これが基本なんだな。和也とこうしていると、私、楽しく、嬉しい。いつものように白いワインを空にして一次会は終わり。
私の教育の成果通り、ゆったり、私が先にお風呂に入る。お風呂上りにきれいになっている台所で二次会の酒の肴を作って、さぁ、開始。今日は、ダイコンのスライスに梅干しの叩き添えともろキュウ。どうだ、これで日本酒を飲めって感じ。カップのお酒でも百均で買って来た渋い感じの急須に入れて出すと、高いお酒みたいでしょ。で、ごろにゃんって感じで和也によっかかる。愛して欲しい人から日本酒を含んだのでキスされるとアルコールと日本酒の香りが移って来て、これ、気持ちいいな。たまにはこういうお酒の飲み方もいいかも。そのごろにゃんってなった私に和也がやさしくしてくれる。

今朝は和也のお願いでゆっくり起きた。というか、朝、めいめいが軽く食べて、また、ベッドでうだうだしていた。朝食は食べたい人が勝手に食べてという感じ。和也はトーストにインスタントのコーヒー、私はビスケットをちょっととコーヒー。それから、また、ベッドに潜り込んだ。うつらうつらで和也の肌の温もりを感じるのって、これはこれでなごむなぁ。
結局、そのうだうだは、十二時ぐらいまででお仕舞いとなった。和也のお腹空いたコールで「それじゃ、起きるか」ってことになって、私、和也にお昼ご飯を用意した。
今日はトンカツを玉子とじしたカツ煮どん。それに、インスタントだけど関西風に白みそのお味噌汁に刻んだ黄色い沢庵。どうだ、お店のお昼ご飯みたいだろう。でもね、その内、めんどくさくなったら、袋のインスタントラーメンになっちゃうと思う。今だけだからね。
その和也、ずるいことに勝手に冷蔵庫から金麦を引っ張り出して、どんぶりの上に乗ったカツ煮で飲んでいる。負けたくないから私も金麦を飲んだけど、休みの日のお昼のアルコールって、いいな。

お昼の後、二時ぐらいまで、ちょっと濃い目のドリップしたコーヒーでクッキーかじりながら、どうでもいいような話をしていた。で、そろそろかなーって雰囲気になって、万葉集の勉強会をすることになった。そうじゃないと、どうでもいいような話の間にしているお互いの指遊びでお昼寝モードに突入して、別の勉強会を開催することになっちゃうから。一種の暗黙の了解なんだけど、二人が逢っているのはエッチだけじゃないよねって気持ちがある。

「今日はね、これをやるをつもりなんだ」
「大伴旅人の『謌詞両首』なの?」
「うん、これ」
おれ、PCの画面に引っ張り出した作業員って人の大伴旅人の謌詞両首の歌四首とそれに付けられている前置書簡文を理沙に見せた。

(前置書簡文)
伏辱来書、具承芳旨。忽成隔漢之戀、復、傷抱梁之意。唯羨、去留無恙、遂待披雲耳。
序訓 伏して来書を辱(かたじけな)くし、具(つぶさ)に芳旨を承りぬ。忽ちに漢(あまのかは)の隔(へだ)つる戀を成し、復(また)、梁(はし)を抱く意(こころ)を傷ましむ。唯だ羨(ねが)はくは、去留(きょりゅう)に恙(つつみ)無く、遂に雲を披(ひら)くを待たまくのみ。

私訳 伏して御便りをかたじけなく存じます。つぶさに御趣旨を承りました。忽ち、天の川を隔てるような恋慕を抱き、また、待ち人を待ちわびて梁を抱いて死んだ尾生の故事のような待ちわびる気持ちを察します。ただ希望することは、離れ離れでありますが互いに差し障りがなく、その内に、お目にかかる日を待ち望むだけです。

謌詞両首 大宰帥大伴卿
標訓 歌詞(かし)両首(にしゅ) 大宰帥大伴卿
歌番806 多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠尓与志 奈良乃美夜古尓 由吉帝己牟丹米
訓読 龍(たつ)の馬(ま)も今も得てしか青丹(あをに)よし奈良の都に行きて来むため
私訳 天空を駆ける龍の馬も今はほしいものです。青葉美しい奈良の都に戻って行って帰るために。

歌番807 宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曽
訓読 現(うつつ)には逢ふよしも無しぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ
私訳 現実には逢う手段がありません。闇夜の夜の夢にでも絶えず希望を見せてほしいものです。

答謌二首
標訓 答へたる歌二首
歌番808 多都乃麻乎 阿礼波毛等米牟 阿遠尓与志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁
訓読 龍(たつ)の馬(ま)を吾(あ)れは求めむ青丹(あをに)よし奈良の都に来む人の為(たに)
私訳 天空を駆ける龍の馬を私は貴方のために探しましょう。青葉の美しい奈良の都に戻って来る人のために。

歌番809 多陀尓阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米尓之美延牟
訓読 直(ただ)に逢はず在(あ)らくも多く敷栲の枕(まくら)離(さ)らずて夢にし見えむ
私訳 直接に逢うことが出来ずにいる日数は多いのですが、貴方が床に就く敷栲の枕元には絶えることなく逢う日が夢に見えるでしょう。

「ねぇ、和也、どうして、これを選んだの? なにか、あの『報凶問歌』と関係があるの?」
「うん、これ、おれの推定なんだけど、大伴旅人の時代、奈良の都と九州の大宰府との間で私的な手紙を遣り取りした時、往復に結構、時間が掛かったと思うんだ。一つには、誰かが手紙を渡す相手が住む場所に公務かなんかで旅行するときに委託するぐらいしか、手紙を送る方法がなかっただろうから、依頼をする機会があって月に一度ぐらいと思うんだ。それに、奈良と大宰府との間のお役人の公式の旅行日程では平安時代の延喜式では下りが十五日、上りが二十八日となっているから、誰かに手紙を託したらこの日程にならざるを得ないと思うんだ。そうすると、手紙の往復に三カ月ぐらいはかかることになっちゃうだろ」
「すると、あの『報凶問歌』も、奈良の都からの手紙に対しての返書だから、大伴旅人への見舞いとか、なんらかの援助を申し出た手紙は、一か月から二カ月前に奈良の都から出されたことになると思うんだ」
「で、旅人と同じ福岡県に赴任していた山上憶良の『日本挽歌』が七月廿一日の日付だろ。すると、旅人と憶良との住んでいる場所の距離関係を考えると旅人の『報凶問歌』は六月下旬から七月上旬に書かれたんじゃないかってなるんだ。これがキーポイントだと、おれ、思ったんだ」
「うん、そうね。そう云う風に説明されると、そうだよね。それに旅人と憶良とは同じ九州で勤務するお役人で、旅人は憶良の上司に当たる立場だから、頻繁にお役所の書類を遣り取りする機会はあったでしょうね。それなら、旅人から『報凶問歌』を見せて貰えば部下の立場の憶良はすぐにお返事をしたと思うし」
「それでね、浅田さん。万葉集の中で『報凶問歌』が詠われた頃の奈良の都と大宰府での往復した書簡を見てみると、この『謌詞両首』って歌が引っ掛かるんだ」
「この『謌詞両首』って、作業員って人の理解では六月下旬から七月上旬ごろに奈良の都から七夕を題材にした歌を貰ったような内容なんだ。で、おれ、他の人のも調べたら、ちょっと、面白いんだ。これ、見てみて」
おれ、理沙に調べた内容をPCの画面に引っ張り出した。

前置書簡文についての解説を調べたもの;
新日本古典文学大系 万葉集 岩波書店
欄外脚注抜粋
全文一貫して、大伴旅人の帰郷を待望する奈良某人の思慕の情を述べる。某人は漢文の書簡を書くことから男性と推測される。漢詩文では君子や友人を恋人に譬え、男同士で相聞のような贈答をすることがある。

日本古典文学全集 万葉集 小学館
欄外脚注抜粋
目録に「大宰師大伴卿相聞歌二首」とあり、また「隔漢」、「抱梁」などの語や答歌の趣から、丹生女王などの、旅人と親交のあった女性ではないか、とする説もある。しかし、相聞らしい用語は単なる文学表現とみて、男性と考えるほうがよかろう。

万葉の歌人と作品 第四巻 和泉書院
「龍の歌の贈答歌」より、論旨を述べる
1. 書簡文の作者は大伴旅人であろう。奈良某人ではない。(一一五頁)
2. 「龍の歌の贈答歌」は、長屋王事件の顛末がある程度おさまった六、七月の頃、房前からの便り「来書」をきっかけとして、旅人の返信と贈歌に房前からの返歌を加えて成ったものと判断する。(一二五頁)

中西進 万葉集(講談社文庫)の概要
書簡文は奈良某人の手によるもので、奈良某人は女性としている。

伊藤博 万葉集(集英社文庫)の概要
書簡文は大伴旅人の手によるもので、奈良某人は女性としている。

「ね、理沙、面白いだろう。古い万葉集の研究では本の目次に当たる巻五の目録に書かれている『大宰師大伴卿相聞歌二首』って表記の『相聞歌』っていう言葉から、この『謌詞両首』は旅人と奈良に残して来た恋人との恋歌と考えていたみたいなんだ。でも、今の研究では旅人と奈良の都にいる教養ある男の人との歌で行った連絡歌と考えるようになったんだ」
「でね、さっきの推定で『謌詞両首』は『六月下旬から七月上旬に奈良の都から七夕の歌を貰ったような内容』って云ったよね。それと、『万葉の歌人と作品』って本では『房前からの返歌』って断定してるとこから、おれ、万葉集を調べてみたんだ。すると、房前の歌で七夕の歌って条件にどんぴしゃって歌があるんだ。それが、これ」

夕謌一首并短哥
標訓 七夕の歌一首并せて短歌
歌番1764 久堅乃 天漢尓 上瀬尓 珠橋渡之 下湍尓 船浮居 雨零而 風不吹登毛 風吹而 雨不落等物 裳不令濕 不息来益常 玉橋渡須

訓読 久方の 天の川原に 上つ瀬に 玉橋渡し 下つ瀬に 船浮け据ゑ 雨降りて 風吹かずとも 風吹きて 雨降らずとも 裳濡らさず やまず来ませと 玉橋渡す

私訳 遥か彼方の天の川原の上流の瀬に美しい橋を渡し、下流の瀬に船橋を浮かべ据えて、雨が降って風が吹かずとも、風が吹いて雨が降らなくても裳の裾を濡らすでしょうが、その裳を濡らさないように嫌がらずにいらっしゃいと美しい橋を私が渡します。

反謌
歌番1765 天漢 霧立渡 且今日々々々 吾待君之 船出為等霜
訓読 天の川霧立ちわたる今日今日と吾が待つ君し船出すらしも
私訳 天の川に霧が立ち渡っている。霧ではっきりは見えないが、今日か今日かと私が待つ貴方が船出をするらしい。
右件謌、或云、中衛大将藤原北卿宅作也
注訓 右の件(くだり)の歌は、或は云はく「中衛大将藤原北卿の宅(いへ)の作なり」といへり。

「この藤原北卿って藤原房前のことだし、この歌も女の人に贈ったと云うような歌じゃないと思うんだ。それから、歌番1764の歌は、一見、七夕の歌みたいだけど、内容からは七夕の宴会の歌じゃないと思うんだ。これ、きっと、待ち人を七夕の彦星に擬えていると思うんだ」
「どう、面白いと思わない?」
「うん、すっごく、面白い」
「もしね、奈良の都の藤原房前から大宰府の大伴旅人の許に、誰かのお悔やみの手紙と共にこの待ち人を待つような歌番1765の歌が付いていたら、旅人はその返事としてこの『謌詞両首』のような書簡文を書くと思うんだ」
「それから、反歌の歌番1765の歌の『吾が待つ君し船出すらしも』の句に注目すると、房前は旅人に奈良の都に絶対に帰って来て欲しいように解釈が出来ると思うんだ。それで、旅人はそれに対して房前に歌番806の歌で『今の思いは船と云う悠著なものでなく、空を飛ぶ龍の馬で一刻も早く帰りたい』って返事をしたんだと思うんだ」
「それも、房前が九州の大宰府に役人としている旅人が奈良の都に帰って行く橋渡しをするって云うなら、歌番807の歌で「じゃ、その貴方がすると云う手立てを早く見せて欲しいって要求したんだと思うんだ」
「つまり、旅人は役人だから、朝廷からの人事異動の命令がないと奈良の都に帰れないんだ。それで、旅人は房前に『帰って来いと云うなら、貴方が政府の役人を動かして、その帰任の人事異動の命令書を用意しろ』って要求したんだと思うんだ」
「うん、判る。和也君の説明で、なんか、旅人と房前とが和歌でなぞなぞしながら、対決しているような、協力しているような、スリリングな内容。うん、判る」
「それで、房前は返歌の二首で、『ちょっと、政府を動かすのに時間は掛かるが、きっと、旅人を奈良の都に呼び戻す手立てをする』って返事をしたと思うんだ。それが、歌番809の歌の句の『直に逢はず在らくも多く』の意味するところじゃないかな」
「でね、ここからが大変なんだ。『万葉の歌人と作品』って本では『房前からの返歌』って断定して、それも『長屋王事件の顛末がある程度おさまった六、七月の頃』って推定しているんだ。もしね、本当に、もしもだよ、この『謌詞両首』と『報凶問歌』とが関係しているのなら、あの作業員って人が唱えてる『万葉集の神亀五年』を『続日本紀の神亀六年』へと読み替えることが可能ではないかと云う説にぶつかっちゃうんだ」
「追加すると、神亀六年二月に起きた左大臣の長屋王を自殺に追いやったと云う事件の時、この藤原房前は近衛大将で奈良の都の軍事の最高責任者だったはずなのに、事件の時、左大臣長屋王の自宅を囲んで監禁した軍隊の指揮は大阪の難波宮に居なきゃいけないはずの難波宮の造営長官である藤原宇合が執っているんだ。それにこの事件の後も房前は同じ藤原氏主流なのになぜか官位や役職は優遇されていないんだ。どうも、房前自身も監禁・監視されていたんじゃないかなぁ。でね、その監視が緩んだ五月ごろに、この歌番1765の歌を旅人に贈ったかもしれないんだ」
「あと、房前が代理で詠わした歌からすると、どうも、房前だけじゃなく、事件の時、当時の元正太上天皇も監禁されていたみたいなんだ。ひょっとすると、事件の首謀者は聖武天皇だから、事件の時、元正太上天皇は譲位した太上天皇じゃなく、本来の天皇だったかもしれないし」
「理沙も知っているように、後になって中臣宮処東人って人が嘘の密告をして長屋王事件を起こしましたってことになっているけど、奈良の都で軍隊を直接に動かす権限を持っているのは近衛大将の藤原房前なのに、事件で長屋王が自殺しましたって報告したのは軍隊を動かす権限もない難波宮で造営長官をしていた藤原宇合で、その彼が奈良の都の真ん中で近衛大将の藤原房前の了解もないままに軍隊を動かして事件の報告をしているんだ。これ、絶対、おかしいって」
「それでね、その長屋王の事件の時、左大臣の長屋王を殺した藤原宇合たちに対抗できる軍事力を持っていたのは大宰府と九州を押さえていた大宰師の大伴旅人、ただ一人だけなんだ。だから、房前が、もし、長屋王の事件に反対の立場なら連携できる相手は旅人しかいなかったはずなんだ」
「それから、藤原房前は元明太上天皇が亡くなられる時、元明太上天皇から長屋王といっしょに協力して日本の国を頼みますって遺言されている人物なんだ。これ、場合によっては長屋王が反乱で殺されたのなら、房前から見たら、『日本が死んだ』って思ったかもしれないし」
「へえー、そうなんだ、和也君。もし、『神亀五年』を『神亀六年』へと読み替えたら『報凶問歌』は長屋王事件で殺された人々へのものになるし、その時、『日本挽歌』の『紅顏共三従長逝』の句の解釈での『三従』って云う女の人が旅人の娘さんで、その娘さんが事件の時に一緒に殺された長屋王の長男の膳部親王のお嫁さんだたら、これ、ドンピタって感じになるよね」
「でね、和也君。確か、万葉集には膳部親王が旅行先の難波宮から奈良の都に居る女の人に贈った歌があるから、きっと、膳部親王にはお嫁さんが居たと思うの。だったら、『三従』って云う女の人、旅人の娘さんだよね」
「それで、その膳部親王って、確か、お父さんが後皇子命とも称された太政大臣高市皇子の御子の長屋王で、お母さんが前皇子命の草壁皇子の御子の吉備内親王との間の御子で、当時、最高の血筋の人よね」
「うん、膳部親王って、父親の太政大臣高市皇子には天皇即位説があるから、場合によっては、日本史でも最高の血筋かも知れないほどの高貴な人物だよ。中納言で大宰師の役職にある大伴旅人が、もし、正妻じゃない立場でも自分の娘さんをお嫁に出すなら、膳部親王って、ピッタシの相手になると思う」
「でね、こういうことを色々考えると、おれ、わくわくしちゃった」
「浅田さん。もしもだよ、山上憶良の歌での『神亀五年』を『神亀六年』へと読み替えることが出来たら、『夕謌一首』、『謌詞両首』、『報凶問歌』、『日本挽歌』へと次から次へと歌と事件が繋がって行くんだ。おれ、これが判った時、興奮しちゃって」
「そして、ひょっとすると、巻五全体が日本挽歌なのかもしれないって思っちゃって」
・・・、
「で、御免。おれの勉強、ここまでなんだ、あとは次回」
「うーんん、いじわる。なんか、すっごく、面白くなったところだのに。でも、しょうがないか。和也、ここのところ、忙しいから」
「もう一個、御免。あのね、次回って、半年先になっちゃうんだ」
「そうか、次回が私だと、そんな風になっちゃうんだね。でも、なんだか、なぞ解きドラマで盛り上がったところで、次は来週って感じよね。なんか、いじわるだなぁ」
「御免、でも、云い訳だけど、これ、大変なんだ。本だって、結構、読まなきゃいけないし、おれ、ちょっと、忙しいし」
「うーんん、私も御免。和也君が忙しいの判ってる。うん、次回をとっても楽しみにしてる」
「で、浅田さんは、次回、どうするの?」
「私、この歌の試訓と試訳の方をしようかな」

柿本朝臣人麿在石見國時臨死時、自傷作歌一首
標訓 柿本朝臣人麿の石見国に在りし時の臨死(みまか)らむとせし時に、自ら傷(いた)みて作れる歌一首
歌番223 鴨山之 磐根之巻有 吾乎鴨 不知等妹之 待乍将有
訓読 鴨山し岩根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあらむ
私訳 鴨山の岩を枕として死のうとしている私のことを知らないで妻はまっているであろう。
別訓
試訓 鴨山し巌根し枕(ま)けるわれをかも知らにと妹し待ちつつあるらむ
試訳 丹比道の鴨習太(かもならいた)の神の杜(やしろ)のほとりで旅寝をする私を、そうとも知らないで私の愛しい貴女は私を待っているらしい。

「これ、いいね。作業員って人の試訓と試訳の方の解釈って、すげー変わっているから、面白いかも」
「でしょ、次回、楽しみにしてて」
「次は、二十三日土曜日の旗日だっけ」
「うん、金曜日は早出、土曜日と日曜日が休みで月曜日が遅出なの。どうする、和也」
「おれ、たぶん、金曜日の夜、来て、あと、月曜日の朝まで居たいけど、いいかな?」
「私、いいよ。和也、その間、ずっと、居て」
「うん、じゃ、おれ、その予定で来るから」

今日は、三時のおやつを挟んで、四時半過ぎまで勉強会をしたんだ。結構、和也、頑張って調べてくれていた。本当、面白かった。

「和也、今晩、シチューだけど、私、今から料理を作るから、だいたい、七時ぐらいになると思うの。でね、今、お腹、空いていない? 空いていたら、おやつ、あるけど」
「うん、なにか、ある?」
「クッキーがあるから、先にお茶しようか」
そういうことで、コーヒーをドリップして、だべりながらシチューを作った。これに温野菜とゆで卵の付け合わせにフランスパンのガーリックトースト。このガーリックトーストって、やっぱ、チューブのガーリックって便利。
ただ、今日は料理の中断が出来ないので長く台所に立っているけど、あの「鹿猪なす思へる」はなし。ただ、晩ご飯をがんばった私へのご褒美に夜のベッドでは似たようなのをお願いしようっと。

今日の晩ご飯はシチューだから最初からコンビニの白いワインでスタートした。でもなんだか、今回は若い女の子らしいメニューにしたんだけど、和也の希望としてはパンより白いご飯がベースの方がいいみたい。和也、朝はパンの方がいいみたいだけど晩ご飯はご飯の方がいいのか。そうか、あなた、ちょっと手間のかかる奴なんだ。ただ、「いつもの、魔法のようにあっと云う間に出てくるのが、いい」って云っていたから、そっちでの手間は反って掛からないからいいか。
今回も、和也、朝七時頃に私の部屋から直接、会社に行く。だから、二次会はしないってことになった。それに晩ご飯の残りのシチューなんかの始末があるから、今日は和也が先にお風呂に入って、私が後。和也が後から待っていないって云う分、いつもより、長くお風呂を楽しんだ。
うん、真剣にエッチをしない夜、田舎出身の子同士にはお部屋は二つ欲しいなって思っちゃうな。和也も勝手に独りでまったりしたいみたいだし、私もゆったりお風呂に入った後は独りの時間があってもいいなって思っちゃう。和也は台所のテーブルでインスタントのコーヒー飲みながらPCで遊んで、私はラグのところでテレビのドラマを見ていた。
こういうのがお試し期間なのかな。なるほど、右手にリングをするようになって、私の和也を見る視線や色々なことが違って来ているし、これからの生活をベースに今を眺めている。
コメント
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香し少女

2011年11月29日 | 遊び
香し少女

二日間の休み明けの月曜日、遅出の私はいつものように十二時ちょっと過ぎに製剤薬局のお店に着いた。今、お店に入る前、指からリングを外してポーチに仕舞った。このリングがあるから、あの十字のペンダントから元の私のテイストのペンダントに戻した。私的には、お洋服に合うこっちの方がいいかな。
出勤するときに部屋を出て鍵を閉める時、駅で改札を抜ける時、自然と右手の指先に視線が行く。その時、和也が居てくれるような気がする。これが女の子の魔法のリングなのかなぁって感じる。だからと云って、会社で「ほれ、これ見てちょうだい」ってことはしない。これ、見せるものでなく、私が和也を感じるものって思う。私も挑発しないし、若い女の子たちも忙しいから私に彼氏が出来たことを確認したら、「ふん、それがなんだ」って感じで、もう、私のことは話題にならなくなった。だから、もう、私から話題を提供することはしない。でも、不思議なことに今まで気にもしなかった電車の中吊り広告とか、書店の店頭の広告とかに目が行く。あの女の人が花束を持っていたり白いドレス着てはねていたりするような感じのやつ。
私、変なオーラが出ているのかなぁ。夕方、控室で休憩していたら、そうしたら、パートのあの佐藤さんが勤務を終えて帰り仕度している時に、私に声を掛けて来た。
「ねぇ、理沙ちゃん。いつ頃、ゴールイン? 来年の春ごろ?」
「えー、そんなんじゃ、ないですー」
「だめだって、理沙ちゃん。この間は、うまく、白を切られたけど、あのペンダント騒ぎのあと、ここのところ幸せオーラがすごいんだから。ねぇー、マネジャー」
佐藤さん、部屋の隅っこでいつものように夜に備えてお弁当を食べている田中マネジャーに相槌を求めた。
「うん、私から、そっちの話を出すと若い女の子たちを刺激するから、云い出さなかったけど、今までの経験と勘からすると、佐藤さんの勘、当たっているかも」
「でも、私の経験からすると、がっちり、ペンダントの男の子を掴んだけど、理沙ちゃんが、まだまだって云っているような気がするから、ずっと、先かな。これで、住宅情報を気にするようになったら、怪しいかな」
「そうよねぇー。さすがマネジャー、見るとこが違うわー。理沙ちゃん、正社員の薬剤師さんだから、相手の彼も大きい会社の人だったら、二人でがんばれば、新居にマンションを買えるから。そうよねぇー」
「で、理沙ちゃん、マネジャーの見立て、当たっている?」
「もう、佐藤さんに田中さん。私、まだ、そんなんじゃ、ないんですー。いい、お友達なんですー」
「そうなのー、でも、理沙ちゃん。はっきりしたら、一番で私に教えてね。じゃ、さよなら」
「はい、佐藤さん、お疲れ様です」
佐藤さん、云いたいことだけ云って帰って行った。マネジャーの田中さん、店長の木田さんと働いている人の情報を交換しているから、私と和也のこと、きっと、知っていると思う。
「うん、もうー、田中さん。これ、内緒にして下さいね。まだ、まだ、彼とはいいお友達っていうレベルですから」
「はい、私は大丈夫。今、理沙ちゃんに、ここ、抜けられたら困るし。『理沙ちゃんのおかげで薬剤師さんのシフトを組むのが楽だ』って木田店長も云っていたし。理沙ちゃんは大切な戦力ですから」
「それじゃ、田中さん。私、戻ります」
「はい、九時まで、今日もお願いします」
そうか、マネジャーの田中さん、女の子がどんな雑誌を見ているか、控室に置いてある新聞のどのあたりを見ているか、それとなく見ているんだ。なるほどな。女の子がいつものファッション雑誌とか、旅行の記事を見ている間は安心と思っているのかな。そりゃ、彼氏が出来たりすると、ファッションのテイストが変わったり、同棲前には住宅関係を見るもんな。私だって、今日、出勤のときに電車の中吊りをなんとなく見ていた。普段ならスマホなんだけど。隅っこで影みたいにして、毎日、控室でお弁当を食べているけど、あれはあれで、田中さんの作戦なのかな。こうなったら、私、お店では意地でもゼクシーと住宅関係のものは見ない。それに決して、あのリングは見せない。

やっと、忙しいけど平穏無事の二週間が過ぎた。今日、理沙は早出だから六時前に部屋に帰っている。おれは、いつもの理沙に会いに行くパターンで土曜日の早出出勤をして、四時過ぎに会社を出た。もう、現場のラーマンがばらまいた理沙の写真は本社の人にも回覧されているようで、プロジェクトリーダーの瀬島さんも、先輩の遠藤さんも気を使ってくれる。おれが、土曜日に早出した時は、三時ごろになると「早く帰れ」って云ってくれる。もう、会社じゃ、見え見えのパターンになっている。その配慮に、おれ、遠慮することなく理沙のところに帰って来た。そう、来たじゃなく、帰って来たって感じ。
予定は、日曜日の夜九時までいることになっている。
この頃、理沙とのエッチは、当然、楽しいけど、それだけじゃなく、晩ご飯やお昼ご飯も楽しみになっている。理沙が魔法みたいにあっと云う間に作ってくれるご飯、それが、楽しみ。

夕方、メールがあった通りに、和也、六時過ぎにやって来た。私がお買い物して帰るのと、そんなに違わなかった。今日はお料理する時間が無いのが判っていたから、ホウレン草のお鍋料理。材料はホウレン草、お豆腐、それに豚バラ肉。それだけ。それをワサビのポン酢で食べる。最後の締めは、卵を回したポン酢味のおじや。今の時期は、ホウレン草もそんなに苦くないから、おじやでも問題ないと思う。春なら、うどんの方が無難だけど。そういうことで、今日は、日本酒の宴会になった。日本酒は、和也が冷えたのをコンビニで買って来てくれた。私も和也も、お酒、嫌いじゃないから、二人での宴会って好き。
いつものように一次会が終わって、お風呂は私が先で、和也が後。これ、田舎のお母さんが聞いたら、びっくりするだろうな。でもね、これ、私の教育の努力の成果だから。確かに和也はいい生徒だけど、教える先生の腕が、きっと、いいんだと思う。そのあとのラグのところでの二次会の最中に、この間、マネジャーの田中さんが云っていたことが気になっていたので、和也に聞いてみた。
「ねぇ、和也、私が借りてるこのお部屋、来年、三月で契約の更新時期なんだ。でね、もし、私、ここを引っ越して、もう、一個、隣の駅に引っ込んだら、和也、不便?」
「おれ、一個ぐらいなら、関係ないよ。でも、次の駅前、何にも無いんじゃない? ご飯を食べに行く時は、不便だと思うけど」
「うん。でも、和也が私のでいいのなら、そんなにお外に食べに行くってことは、ないと思うんだけど」
「おれ、理沙のご飯があるなら、外で食べるって気は、たぶん、起きないと思うから理沙が替わりたいのなら、そうしたら。で、やっぱり、ここの家賃って、広い分、高いの?」
「うん、それもあるんだけど、ここを決めた理由は、お休みの日に新宿とか渋谷に便利で、それでいてお勤めに乗り換え無しで行けるってことで決めたの。でもね、和也とこうなってから、ほとんど、街に行かなくなったから、お勤めだけで決めようかなって思ったの」
「ねぇー、和也のとこは、どうなっているの?」
「おれのところも、今度の三月に契約の更新が来るんだ。で、どうしようかって思っているんだけど、三月の一時帰国の休暇って十日しかないから、その時に決めて、引越しって出来ないだろうし。それで、今のところ、高くて狭いけど、そのままかなって」
「和也、なんなら、和也の荷物、預かっていてもいいよ。ただ、ベッドや机みたいな大物は置く場所、ないけど」
「それなら、理沙。おれ、お願いしようかな。だって、もし、引越しするようだったら、今のおれのベッド、ちょっと、二人には小さいもん。やっぱ、理沙が泊りに来ることを考えたら大きいのがいるから、引越しするなら引き取って貰えばいいし」
確かに、和也が云う通り。和也のベッド、ちょっと、二人で寝るのはきつい。今度だって和也の赴任前には泊りに行くつもりだし、今後も、出張や赴任の時には泊りに行くだろうな。それなら、引越しを機会に大きいベッドにして欲しい。
その時、「同棲」って言葉が私の頭の中をいっぱいにした。どうしよう、お金とか、いっしょに居られるとか考えると、同棲っていいんだけど。それに、あの佐藤さんの「二人でがんばれば、新居にマンションを買えるから」って云った言葉が頭の中を駆け巡る。和也は日本と外国とを行き来するかもしれないけど、日本国内での転勤族じゃない。私も地域限定の社員みたいなものだから今のエリアを移動することは無いし、私の持っている国家資格ならそれを主張できる。半年前、このお部屋で独りが淋しいって泣きべそかいていたのに、今、「新居にマンション」ってことで悩んでいる。贅沢な悩みなんだろうけど、うーん、どうしよう、和也にこのこと話そうかなぁ、どうしよう。同棲すれば、その頭を貯める現実味が出て来るんだけど。和也、同棲を嫌がっていたみたいだし。
「ねぇ、理沙、なんか、考え事してる? おれ、ちゃんと、理沙との記念日とか覚えているから。なんか、おれ、忘れ物してる? 怒ってない? 今日、おれ、ちゃんとキスしたし」
「うーんん、違うの。私、別なこと、考えてたの」
私、甘えて和也の胸の中に体を入れて、和也のインナーのふくらみに触れた。それで遊び始めた。和也、何か、私に怒られるのかなってびくびくしていたけど、私が和也ので遊び始めて安心したみたい。それで、和也も私の体に指遊びを始めた。
「ねえ、和也。私、さっき、この右手のリングを左手にするようになったらって考えてたの」
「でね、左手にするようになったら、二人が行ったり来たりするわけにもいかないし。で、どうしようって思ったの」
そう云ったら、和也、「おれ、居候するから」ってバカなこと云いだした。男の子って、本当に生活感が無いんだから。「毎日毎日、私のベッドに入れて貰うなんて思うなよ」とか、「一時的には預かっていいけど、基本的にはあなたの荷物を置くところって無いのよ」って教えたら、少しは判ったみたい。確かにたまに遊びに来るだけだと、生活のスペースって実感が湧かないだろうな。でも、いつの間にかに、あなたの着替えの下着とかパジャマ代わりのだぼだぼのシャツとかで、男物のスペースって出来ているのよ。それに台所に置いてある和也の茶碗とかお箸、なんなら、捨てるぞって脅した。
そしたら、和也が、おどおどしながら切り出して来た。
「ねぇ、おれのお願い聞いてくれる? だめなら、仕方ないんだけど。聞くだけ聞いてくれない」
「無茶なお願いなら、私、困るけど、で、なーに」
「あのね、今度の赴任が終わったら、一緒に住まない。おれ、家賃を持つから、それぞれのプライバシーを持てそうな部屋を借りて住まない」
「ここから、二個ぐらい先ならそんなに高くないだろうから。おれが、今、借りているぐらいの家賃で借りられると思うんだ。だめかな、そうしたら、理沙のところに置いてあるおれの着替えとか、そっちの方に置けるだろうから。それに、そしたら、毎日、おれ、理沙に逢えるし」
これ、私からの提案じゃないからね。脅したのは確かに私だけど、提案したのは和也だからね。だけど、「毎日、逢えるし」って云う表現、それ、おかしくない。和也、私に脅されてパニクってない? 
「本当かな、そんな、お部屋ってあるのかなぁー」
「じゃ、理沙、調べて見る? もし、あったら、理沙、一緒に住んでくれる?」
うん、確かにあった。今の和也の借りている金額と同じぐらいで徒歩十分以内に二人のプライバシーを保てるような間取りのアパートは確かにあった。
「でも、和也。私の通勤時間は、今と、十分ぐらいしか変わらないけど、和也は二十五分ぐらい増えるよ。それでもいいの?」
「おれ、理沙の晩ご飯を食べられるなら、トータルだとずっと短くなるよ。だって、今のおれ、外で晩ご飯を食べるか、吉牛の弁当だもん。晩ご飯のこと、考えなくていいなら、おれ、幸せだもん」
そうか、和也、あなたにはあなたなりの作戦があったのね。あなた、私の晩ご飯が狙いだったの?
「でも、和也、私が遅出の時は、和也、晩ご飯は無いか、チンになっちゃうよ。それでもいいの?」
「その時、もし、おれに残業がなければ理沙のを含めておれが作るから、大丈夫だよ。それに、チンでもいいし」
やっぱり、そうか。あなた、この頃、駅前の中華とか、パスタの話、めっきり出さなくなったと思っていたけど、狙いは私のご飯だったの。うーん、認めよう、和也の願い。
「でもね、理沙。もう一つ、お願いがあるんだ。一緒に住んでも、万葉集の勉強会はちゃんと続けたいんだ、それも浅田さんと。おれ、今の勉強会を続けたいんだ」
「うん、私も和也君との万葉集の勉強会は続けたい」
その後、話を詳しく聞くと、私のところと和也のところの家賃は、だいたい、同じぐらいだった。ネット情報などから立てたこれからのおよその予定は、私が先行してアパートを引っ越して、和也は三月に一時帰国した時に引越しをしようってことになった。そのアパートは私が探す。ちょっと生々しいけど、一緒に住む時のルールもおおよそのところを決めた。共益費と食費は半分半分、家賃は和也が負担してくれるけど、ご飯と洗濯は和也が協力してくれることを前提に私ががんばるってことになった。その延長で頭を貯める話題もした。その生々しい話をしている内に、もう、女の子と男の子のお友達って関係じゃなくなった。生々しい話もちゃんとする仲になった。そして、目標の頭が貯まった時、お互いの気持ちとして右手のリングを左手にするってことになった。
二週間前、和也からリングを貰ってから、私、変わった。それまでは来週とか、二週間先とかに逢える、逢ったらエッチして貰えるってことを考えていた。でも、今は違う。来年とか、私が三十になったらとか、ずいぶん、先のことを考えているし、思い描いている。ふーん、これが未来予想図か。私、それを誰かとじゃなく、和也と二人してこれから描いて行く訳か。

昨日、ちょっと、エッチ、変な感じだった。まだ、一緒に住むのはずーっと先のことなんだけど、雰囲気的に一緒に住むんだよねって感じ。それで、エッチも、たまの御馳走って感じでなくて、毎日のご飯って感じの雰囲気になっちゃった。今までの私、二週間も待った御褒美をちょうだいって感じだったけど、昨日のは、今日もありがとう。エッチしようって感じだった。無理に色々なことをして貰わなくてもいいって感じだった。だからと云って、マンネリってやつはイヤだけど。
今日は、和也は夜のご飯を食べてから遅くに帰るのだけど、いつもの、万葉集の勉強会は午前中にしようってことで、和也も私も、九時前にベッドから出た。本当は、あと一時間、まったりしたかったな。今日の朝ご飯はピザトースト。赤、黄、緑のピーマンをチーズに挟んだんだけど、和也、平気な顔して食べていた。そうか、本当に食べず嫌いってないんだ。

「和也君、今日のは巻十三から選んだ歌なんだけど、この歌番3307の歌、作業員って人の注意にあるように『羊乃八歳叨』の『羊』が『年』とで違うんだ。あと、『下父長』の『父』が『文』とで、これも原文での文字が違うの」
「それでね、原文が違う分、作業員って人のと中西って人ので、歌の解釈が違うの」
「もう一つ、作業員って人と中西って人は、反歌の歌番3308の歌を歌番3307の歌に対する応答歌として、男の子が返事をしたと解釈しているんだけど、伊藤って人は歌番3308の歌の標題の『反歌』の言葉に注目して、この歌は歌番3307の長歌の詠い収めの短歌と解釈して、両方ともに女の子が詠った歌と解釈しているの」
「同じ歌なんだけど、原文が変わっていたり、『反歌』の言葉の解釈が変わっていたりして、それで歌自体の解釈が違っているの」

歌番3307 然有社 羊乃八歳叨 鑚髪乃 吾同子叨過 橘 末枝乎過而 此河能 下父長 汝情待
訓読 然(しか)れこそ 遥(よう)の八歳(やとせ)を 切り髪の 吾同子(よちこ)を過ぎ 橘の 末枝(ほつゑ)を過ぎて この川の 下(しも)の甫(ほ)長く 汝(な)が情(こころ)待つ
私訳 このようにして、ようやくの八歳の幼さない切り髪のおかっぱ頭の髪を伸ばし始めて肩まで伸びてうない放髪の幼さを過ぎて、橘の薫り高い末枝の花芽の時を過ぎて、この川の下流が広く大きく長いようにと、始めて女として貴方の情けを待っています。
注意 原文の「羊乃八歳叨」は、一般に「年乃八歳叨」と記し「年の八歳を」と訓みます。

反歌
歌番3308 天地之 神尾母吾者 祷而寸 戀云物者 都不止来
訓読 天地の神をも吾は祈りてき恋といふものはかつて止(や)まずけり
私訳 貴女と同じように天と地の神にも私は願いを捧げています。貴女と恋の行為をするというものは奥ゆかしくて引き止めることは出来ません。

中西進 万葉集(講談社文庫)
歌番3307 然有社 年乃八歳叨 鑚髪乃 吾同子叨過 橘 末枝乎過而 此河能 下文長 汝情待
訓読 然(しか)れこそ 年の八歳(やとせ)を 切り髪の 吾同子(よちこ)を過ぎ 橘の 末枝(ほつゑ)を過ぎて この川の 下(した)にも長く 汝(な)が情(こころ)待て
意訳 だからこそ、長い年月を、おかっぱ髪の吾同子の頃も過ぎ、橘の実の赤らむ末枝の頃も過ぎる間、私はこの川の川底のようにひそかに長く、あなたの気持ちを待っていました。

反歌
歌番3308 天地之 神尾母吾者 祷而寸 戀云物者 都不止来
訓読 天地の神をもわれは祈りてき恋といふものはさね止(や)まずけり
意訳 天地の神々をも私は祈って来た。恋というものはまったくやむことがないことだ。

伊藤博 万葉集(集英社文庫)
訓読 しかれこそ 年の八年を 切り髪の よち子を過ぎ 橘の ほつ枝を過ぎて この川の 下にも長く 汝が心待て
意訳 だからこそ、この私は、長の年月を、そう、あの切り髪の年頃を過ごして、橘の上枝よりも背丈が伸びた今の今まで、この川の川底、そんな心の底深くで、長いこと、お前さまの心がこっちに向くのを待っていたのですのよ。なのに・・。

反歌
訓読 天地の 神をも我れは 祈りてき 恋といふものは かつてやまずけり
意訳 天地の神々にまで私は私でお祈りをしました。でも、恋というものはさっぱり止みはしませんでしたよ。

「へぇー、そうなんだ、浅田さん。でも、作業員って人の訓読では『羊乃八歳叨』の『羊』を『遥』に、『下父長』の『父』を『甫』と訓んでいるけど、それって、有りなの」
「これねぇ、漢辞海で調べると有りなの。これらの言葉、中国の『釈名』って書物に出ているみたいなの。だから、ちゃんと、漢辞海では『羊』を『遥』、『父』を『甫』のとして釈名の注釈で出ているの。で、この釈名って書物は後漢時代の字書らしいから、人麻呂時代の人が知っていてもおかしくはないの」
「でね、釈名として文字を使う場合は簡単な文字の方を使うことが多いから、簡単な方の『羊』とか『父』とかの文字を漢字辞典から調べる人って、まず、いないと思うの。だから、普通の人、『羊乃八歳叨』や『下父長』の句が読めなくて『羊』は『年』の、『父』が『文』の誤記だとして、西本願寺本などの原文を変えちゃったみたいなの。ただ、この作業員って人、なぜ、専門家が本来の記述を誤記としたかを漢字本来の意味まで遡って調べたみたい」
「そうだよね、小学生じゃなきゃ、『羊』とか『父』とかの文字を漢字辞典で調べる人っていないし、小学生ぐらいだと漢辞海みたいな漢字辞典は使わないもんね。でも、いつもだけど、この作業員って人、おかしいじゃない。その発想って、普通じゃないよ」
「でも、この歌も、偉い人たち、原文を変えちゃったのか。なんだか、偉い人たちの万葉集の研究って、本当に自由気ままだなぁ、それでいいのかなぁ」
「もう一つ、質問。ねぇ、浅田さん、反歌の歌番3308の歌なんだけど、これ、男の子の歌? それとも女の子の歌? どっちが本当なの?」
「これねぇ、普通、長歌と反歌の関係での歌なら、反歌って、歌番3307の長歌と同じ人が詠ったとして解釈するんだけど、この歌番3307の歌と歌番3308の歌との組み合わせは、ちょっと、特殊なの。これねぇ、元々は一つの長歌を、誰かが男女の掛け合いの歌のように分解しちゃったみたいなの。だから、掛け合い歌と考えると、最初の長歌が女の子の歌だから、次の反歌を男の子の応答歌として考えてもいいみたいなの」
「ねえ、浅田さん、その元歌って、あるの?」
「うん、それがこの歌」

柿本朝臣人麻呂之歌
標訓 柿本朝臣人麻呂の集(しふ)の歌
歌番3309 物不念 路行去裳 青山乎 振酒見者 都追慈花 尓太遥越賣 作樂花 佐可遥越賣 汝乎叙母 吾尓依云 吾乎叙物 汝尓依云 汝者如何 念也念社 歳八羊乎 斬髪 与知子乎過 橘之 末枝乎須具里 此川之 下母長久 汝心待

訓読 物思(も)はず 路(みち)行き行くも 青山を 振り放(さ)け見れば つつじ花 香(にほゑ)し少女(をとめ) 桜花(さくらはな) 栄(さかえ)し少女(をとめ) 汝(な)れをぞも 吾に寄すいふ 吾をぞも 汝(なれ)に寄すいふ 汝(な)はいかに 思(も)ふや思(も)へこそ 歳し八遙(やつよ)を 切り髪し 吾同子(よちこ)を過ぎし 橘し 末枝(はつゑ)を過(す)ぐり この川し 下にも長く 汝(な)が心待つ

私訳 花を是非に見ようと思わずに道を行き来ても、青葉の山を見上げるとツツジの花が芳しく香る未通女のようで、桜の花は盛りを迎えた未通女のようだ。そんな貴女は私を信頼して気持ちを寄り添え、物の数にも入らないようなつまらない私でも同じように貴女を信じ気持ちを寄せる。貴女はどのように想っているのか。 心を寄せて、ようやくの八歳の幼さない切り髪のおかっぱ頭の髪を伸ばし始めて肩まで伸びてうない放髪の幼さを過ぎ、貴女は橘の薫り高い末枝の花芽の時を過ぎた。私はこの川の下流が長く久しいように、ずーと、貴女が私を愛する時を待っています。

注意 原文の「歳八羊乎」は、一般に「歳八年乎」と記し「年の八歳を」と訓みます。

「こっちだと、完全に男の子の歌だね。それも、女の子を小さい時から好きになって、その女の子が大きくなって女の人として男の子を愛してくれるまで待っているなんて、すごい歌だね」
「うん、和也君、これをね、元にしているから、さっきの歌を長歌と反歌の関係なんだけど掛け合い歌として解釈してもいいみたいなの。だから、短歌は男の子の歌と解釈するのがいいみたい」
「ねえ、浅田さん。作業員って人のを基準とすると、この歌って、裳着の時の歌かな? どう、思う?」
「うん、雰囲気的には裳着の前後の恋人同士の掛け合い歌みたいになってると思う」
「ところでねぇ、浅田さん。作業員って人の『裳着』の儀式の解説だと、昔、女の子は裳着のお祝いをするまで男の子とエッチをしてはいけないけど、裳着が終われば、気に入った男の子とエッチしてもいいんだよね」
「で、その裳着のお祝いって、確か、女の子が十三・十四歳ぐらいになって、女の子に“あれ”が初めて来たのを確かめて、女の人になったってお祝いするやつだよね。昔、お赤飯を炊いたって聞いたことあるけど」
「うん、そうみたい。貴族の女の子だと裳着って云うし、普通の女の子の場合は腰巻祝いとか云ったみたい。男の子も同じで、袴着の祝いとか、へのこ祝いとか云ったみたい」
「ただねぇ、和也。和也は興味津々だろうけど、私の時はお赤飯なんて炊かなかったからね。それに聞いたって、これ以上は、絶対、答えないからね」
「うん、これ以上、そっちの方は聞かないけど。でもね、浅田さん、これ、女の子が『私、裳着のお祝いが終わったからエッチをしに来て』というような歌になるんだけど、どうして、これを選んだの? なんなら、おれ、今、『はい』って答えようか」
「うーんん、和也、エッチなんだから。今、それはいいの」
「これねぇ、私、源氏物語が好きだから、この歌に光源氏と若紫の関係を想像したの。それで、ひょっとしたら、紫式部は柿本人麻呂歌集の愛読者じゃなかったのかなぁって思ったの」
「ねぇ、和也。私、大伴旅人の件で、和也を万葉集の勉強会に引っ張り込んじゃたけど、私、ここのところ、こっちの『紫式部は人麻呂歌集の愛読者じゃなかったのかなぁ』ってことに気が行っちゃっているの。どうも、旅人のもの、男っぽいんだもん。もうちょっと、女の人とのラブがあるかと思ったんだけど、どうも、そうじゃないみたいだし」
「でもね、和也が勉強して、それを説明してくれるのを聞くのは大好きよ。だから、それは、これからも聞きたいの。ただ、女の子のラブかと云うと、そうじゃないみたいだし」
「うん、それ、判る。大伴旅人ってやつ。あれは、仏教だ、歴史だ、漢文だって感じで、女の子が好きなジャンルかと云うと、ちょっと、違うと思う。おれ、今、旅人のせいで、仏教の本を読んでる。それに、これから、一緒に住むなら同じジャンルより、別々のジャンルに興味を持つ方がいいかも。これで喧嘩したら、ちょっと、仲直りが難しいだろうし。理沙もおれも調べるのが好きだから、調べたものにイチャモンを点けられたら、結構、大変だろうし」
「そうか、理沙、万葉集と源氏とを色々と調べているのか。それ、とっても、面白そうだね」
「でも、それ、ひらめきだけだから。最初は、万葉集のラブを楽しもうと思うの。その内ね」
「だけど、そうなんだ、和也、仏教も読んでいるの?」
「うん、維摩経とか法華経とか、表面をかじっている。でも、難しいんだ。それに、そういう本、高いんだ」

「ごめん、和也、私、勉強会に夢中になってたら、もう、一時過ぎか。すぐに、お昼、作るから」
「で、今日はなに?」
「今日は、餡かけの焼きそば」
「私の野菜たっぷりの餡を焼きそばにかけるの、けっこう、おいしいよ」
そう云うことで、カット野菜のパックを中華だしと豚バラ肉と一緒に煮て作った餡をたっぷりかけた焼きそば。麺は生の茹めんを焦がしかげんに焼いたやつ。あと、朝の残りの赤、黄、緑のピーマンとレタスのサラダを付けた。手間は、全然、掛かっていないんだけど、見栄えはするし、美味しい。これに、金麦。
午後はそれぞれがまったりって感じで、和也はベッドの上でPCで遊び、私は台所のテーブルの処でパッドを使ってネットサーフィンしていた。私、ラブバラードが好きだから、それ、流していたけど、和也も嫌いじゃないみたい。ていうか、和也は音楽にはあんまり興味が無いみたい。どっちかと云うと文字が好きみたい。
三時過ぎに、コーヒーのドリップの匂いを流してやったら、和也、猫みたいに私にすり寄って来た。本当、猫みたいに私にじゃれついて、おやつをおねだりする。調教じゃないんだけど、おやつの前に、今日、何回、かわいい女の子にキスしてあげたって聞いたら、非常にバツが悪そうな顔して、キスして来た。これで、今日、二回目。今日のノルマ、晩ご飯までに、あと、三回だよって命じてやった。そうしたら、和也、泣きを入れて来た。明日の朝まで居たいって。そして、ここから、直接、会社に行きたいって。私にあと三回もキスしたら、このままじゃ、帰れないって。「同棲したらエッチに溺れちゃうから、それは、ちょっと」って云ったやつは、一体、どこの誰? 私、それ、ずっーと、がまんしていたのに。
でも、私、うれしくなっちゃった。晩ご飯のあとも、すっと、いっしょに居られる。そういうことで、特急で洗濯した和也のワイシャツと靴下が部屋の隅でハンガーにぶら下がっている。
おやつの後、和也、私の本を積み上げてあるところから、伊藤博の万葉集を引っ張り出して、ラグのところで胡坐をかいて読んでいる。今度は私が猫のようになって和也の膝枕でなごんでいたら、いつの間にか、体を丸めてうたた寝していた。うつらうつらだけど、背中に置かれた和也の手が暖かい。

理沙の晩ご飯、とっても美味しい。今日は急な事なんだけど、冷凍の炒飯をチンじゃなくフライパンで作ってくれた。すごく、パラパラしている。それに初めてなんだけど丸実屋の麻婆豆腐の素を使って牛肉の麻刺煮を作ってくれた。これ、サラダ油に花椒と赤い唐辛子をたくさん使って辛くした細切りの赤身の牛肉を丸実屋の麻婆豆腐の素で味を調えたやつ。これをきれいにレタスに盛ってある。それに、おれの大好きな冷凍の鳥の空揚げをチンして出してくれた。脇のプチトマトの赤がきれい。あと、玉子スープ。
いつもの理沙の魔法で、これ、三十分位で作ってくれた。
今日の晩ご飯、理沙の指導で牛肉の麻刺煮はレタスと一緒に食べて、その煮汁は炒飯に懸けた。とっても美味しい。理沙が料理をしている間に買って来た金麦にぴったし。それから良く冷えたコンビニの白いワインが合う。おれ、とっても幸せだなぁ。理沙には内緒だけど、エッチがなくても、この晩ご飯だけでここに通っちゃう。いいんだよな、理沙のご飯。それにちゃんと野菜をたくさん食べられるようにしてくれているし。それから、理沙のうれしそうにしている顔を見ながらご飯を食べるのって、これが一番。あと、理沙を先にお風呂に入れるとおれがお風呂に入っている間に作ってくれる、二次会の酒の肴も楽しみ。今日はベビーチーズを小さく切って黒胡椒と蜂蜜を懸けたのとスライスのきゅうりに一味唐辛子たっぷりのマヨネーズ。晩ご飯が辛いやつだったから口に合う。これに角の水割りと理沙とのキス。いつもの、おれの夢のコースが今日も堪能できた。
いつもいつもじゃないだろうけど、理沙といっしょに住むと、こんな風になるのかなぁ。それだったら、おれ、早めに今のアパートを引き払って、ここに来ちゃおうかな。
でも、本当、今日も晩ご飯、美味しかった。

おかしい、絶対、和也、おかしい。
ここのところ、二次会でまったりしている時、次に泊りに来る時の晩ご飯のメニューを聞いて来る。でも、今さっき、あなた、晩ご飯、食べたじゃない。あれは、どうなったのよ? ちゃんと、「今日は美味しかった。今日もありがとう」って云うものでしょ。それが、「ねぇ、理沙。次はどんなのが出るの」とか、「前のあれ、美味しかったよね。あれ、また、食べたいよね」は、ないでしょ。私、和也のお母さんじゃなく、あなたのかわいい女の子なのよ。
それで、私、和也のご飯モードを強制終了させた。あなた、今日、泊りたいって理由は「あと、三回、理沙にキスしたら、そのままじゃ、帰れない」じゃなかった? 「さあ、どのままなら、帰れるの?」って追求した。
で、今日も、しっかり、和也の愛を堪能した。
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日本挽歌

2011年11月29日 | 遊び
日本挽歌

十月に入ると、シーザの現場からの配管関係の図面の変更とかの作業依頼は、めっきり、減って来た。ただ、お客さんが出来上がった図面を点検して寄こして来る修正依頼や、ミスの指摘への対応依頼は相変わらずやって来る。
作図での点検漏れのミスは一方的に“御免なさい”なんだけど、修正依頼は場合により工事が終わったものを作り直す必要も出てくる。この場合は、誰がその作り直しのお金を出すかが問題になる。だから、この“御免なさい”か、修正依頼なのかの見極めと判断が難しい。おれ、まだ、若いから点検漏れのミスが確認出来なかったものは先輩の遠藤さんに引き渡してお仕舞い。遠藤さんが修正依頼なのかを見極めて、お客さんの問題か、こちらの責任なのかを区分する。その遠藤さんも、その区分のレポートを付けて、現場に報告する。あと、現場の人がお客さんと費用の分担で戦うことになる。負けたら、こっちの負担で工事の手直しをすることになる。
今、おれ、日本にいるからいいけど、十二月から現地に行ったら、このお客さんとの費用分担での戦いの場に出なきゃいけなくなる。次第次第に、若いからって云ってもいられなくなるみたい。ただ、現場からの図面の変更とかの作業が減った分、休日は確実に休めるようになった。当然、休み前の金曜日は残業して休日中に海外の設計子会社とか現場での作業に支障が無いようにしなきゃいけないけど。

予定通り、金曜日の十時半に理沙の部屋に集合ってことになった。二週間ぶりに、しっかり、逢える。金曜日の夜から日曜日の夕方まで逢えるのは、前回と今回ぐらい。あとは休日の都合で丸一日ぐらいしか逢えない。それに理沙の勤務スケジュールからすると十月の終わりと十一月に二回ほど逢って、おれ、海外赴任になりそう。このカウントダウンって、男のおれでもきついから、女の子の理沙にはもっときついだろうな。

今日は遅出、夜十時半には和也が私の部屋に来るから、私、九時まで会社で頑張って特急で帰らなくっちゃいけない。昨日は早出だったから、今日の晩ご飯のお買い物は済んでいる。ただ、特急で帰って、晩ご飯を作るだけ。
今、私も和也も外で逢う時間が勿体ないって感じ。簡単な料理とかコンビニのお弁当でもいいから、二人きりっの時間が欲しい。だからと云って、エッチだけに夜中に逢うのはイヤ。やっぱり、逢えばいっぱい話をしたいし、ただ、ゆったり二人だけでのほんわかした時間を過ごしたい。エッチだけで逢うぐらいなら、メールとかスカイプでのお互いを見ての会話の方がいい。今日は、久しぶりにその和也が来る。
今日は、前に評判がよかったキムチ味のレタス鍋。ただ、今日のは鶏肉じゃなくて、馬ずらカワハギってお魚。西日本じゃ、普通に食べる安いお魚なんだけど、関東の人、普通のお魚ってあんまり食べないから、普通の安いお魚って、スーパーには出てこない。昨日、発見したから買って来た。それも売れ残りなのか特売だった。でも、和也も西の人間だから、きっと、喜ぶと思う。そういうことで、今日も、晩ご飯の準備って、ほとんど、ないんだ。それに、今日の締めは卵と刻みネギをたっぷり入れておじやにする予定だから、これも準備っていらないし。
醤油と和風だしで薄く味を付けたお鍋をカセットコンロに用意したところで、和也がやって来た。ここのところ、毎日着けている和也がプレゼントしてくれたペンダントを着けてお出迎えして、恒例のキスをしたけど、和也、全然、気が付かなかった。こいつ、馬鹿か? 自分で彼女にプレゼントしたものぐらい覚えておけ! 私、ここのところ、痛い視線と闘いながら、これ着けて会社に行っているんだから。
私、今後のことがあるから勤めている薬局で、それとなく和也のことを、商社じゃないけど、海外と日本を行ったり来たりしている人って匂わせているんだから。そしたら、案の定、製剤部のパートのおばちゃんたちは、自分たちは男の子に関しては、もう、済みで、余裕がある分、喜んでくれたけど、物販部門の若い女の子たちはシカトして来た。先輩のアラサーの木村さんなんかは「商社じゃない」ってことで微妙だった。アラサーの人たち、ちょっと、要求レベルが高いんだよなぁ。あの人たちは、医者で二代目とか、三代目ってのが理想だから。あと、東京近郊の農家の人。所謂、青年実業家ってやつ。だから、アラサーの人には「あの子、安く妥協した」って思われているかも。
でもね、和也、女の子が戦場で標的を掲げて歩いているような感じになっているお前のペンダント、ちゃんと、気付けよ。それで、「ほれ」って感じで示したら、やっと気が付いた。本当に手間がかかる男の子だなぁ。でも、その和也の反応が変だった。「すっごく、かわいいね」とか、「似合っているね」とか云っていた。まさか、自分のプレゼントを忘れたんじゃないだろうな。普通、「着けてくれて、ありがとう」だろう。

ただ、和也、あなたの嗅覚は素晴らしい。ちゃんと晩ご飯に合うアルコールを買って来た。良く冷えた辛口の日本酒、それと明日のおやつ。素晴らしい、褒めてあげる。ペンダントの褒め方の件はあとでベッドの中で追求するってことで、晩ご飯を始めた。和也、お魚の馬ずらを見て、懐かしいって云っていた。そりゃそうだろう、私たちの田舎じゃ、毎日のお魚って感じのものだからね。今日は贅沢にキムチの量を多めに入れて辛めに仕上げたから、お酒がおいしい。最後は予定通りに、赤いキムチの汁で炊き上がったおじやに、黄色い卵と緑の鮮やかな刻みネギ。和也、しっかり、お鍋をきれいにしてくれた。作り甲斐があったーって感じになる。
私の教育がいいのか、和也が素直なのか、今日も和也は私を先にお風呂に入れてくれた。そして、お風呂からあがったら、いつものように、なごみのスペースが出来ていた。あと、台所もきれいになっている。よし、お礼になごみ用の肴を用意してあげよう。今日はあっさりと晒し玉ねぎのスライスに赤いラデッシュ。お酒は和也の日本酒からコンビニ調達の白いワインにチェンジ。
二人、いつものお約束のように形だけテレビを点け、なごんでいる。私、女の子の性なのか、いつもの期待した通りに物事が進行して、気持ちがなごむのが好き。お酒を飲んでとろんとして、その背もたれとして和也の体がある。和也、いい子だから、私に膝枕もしてくれる。云わなくても、ちょっとの合図でキスをしてくれるし、邪魔にならない程度にお乳をやさしくしてくれる。そして、お休み前にたっぷりの愛の疲れを与えてくれる。
今日のは、私のお願いでやさしいやつ。私の脚を和也の体の上に預けてたっぷり深いんだけど、静かにゆったり、お互いがお互いを感じるやつ。私、やさしいやつなんだけど、独り先走った和也の暴発の後の、二度目の時に、すっごく「玉響」をしたみたい。和也はそれを聞くとオスになった気分で「やったー」って感じの達成感や征服感があるって耳元で、言葉の愛撫として囁いてくれる。最後はクッションの応援でゆったりだけど、深ーいので愛をしてもらった。このじらすような感じでゆったりと深く和也ので満たされるのも、私、好き。

朝、九時半ぐらいに、私、和也のお腹空いたコールに起こされた。
朝食の軽くトーストしたクロワッサンをかじりながら、二人、今日の予定を相談した。明日の夕方まで和也はいるから、和也の提案は「明日、朝から昼の三時くらいまでみっちり万葉集の続きをしたい」ってことだった。それと、不思議に引き籠りのはずの和也、「今日、会社帰りの恰好なんだけど、これから隣町までデートしよう」って云っていた。食料の買い出しとかがあるから、そうしようかってことになった。和也の恰好がジャケットを着てはいないけどネクタイを外しただけの通勤スタイルだから、わたしも普段着って恰好で出かけた。スニーカーに色の濃いタイツ、それにショートパンツとTシャツ、上にジャケットと云うようなもの。
二人で手を握って街をぷらぷらして、マックに入ってと云う感じのデート。私的にはお部屋で、和也に寄り添いまったりの方がいいんだけど、これも、たまにはいいか。本当の引き籠りじゃ、煮詰まっちゃうだろうし。二人、ちょっと、恋人以上で夫婦以下って感じ。
和也と二人して、街、ぷーらぷーらしていたら、いかにも偶然って形でファンシーとジュエリーを扱っているお店に引っ張り込んだ。で、偶然のはずなのに、真っ直ぐ、目的のショーケースの所に連れて行った。ねえ、和也、あなた、さっき「この街、初めて」って云っていなかったけ?
「ねぇ、理沙、これ、かわいくない。たまには、こんなんで指を飾るのっていいかも」
和也、ショーケースの右端側の指輪を指さしている。それで、それとなく予算を示したみたい。私、確認のつもりで、その半分ぐらいのやつが置いてある左側の方を指さして、
「うんーん、こっちもかわいいよ」
「でもね、理沙、やっぱ、理沙の指にはこっちの方が可愛くない」
うん、判った、和也。あなたの予算と気持ち、十分、判った。二人分の奈良旅行ぐらいの予算なのね。私、その範囲で自分の好みのを選ぶから。うん、ありがとう。
「でね、これ、理沙の右手の指に似合わない。それも薬指に」
和也、どこでそれだけ勉強したの。お店のお姉さん、笑っているよ。必死で誘導しているの見え見えじゃない。ねぇ、和也、私が出勤だった先週の日曜日、ここに偵察に来たの? その努力に、私、涙が出るほど嬉しいよ。帰ったら、いっぱい、ご褒美あげるから。
私、あれこれ右手の指に相談しながら、かわいいのを選んだ。それから、冗談と念押しとを混ぜて、
「うーん、右手の指ならこれかな。女の子の左手は白馬の王子さまのものだから。ねぇ」
「理沙、かわいいから、きっと、白馬の王子さま、もっともっと、すてきなのをプレゼントしてくれるんじゃないの。きっと、そうだよ」
もうー、和也。あんまりベタな返事するから、お店のお姉さん、向こうを向いて笑いをこらえているじゃない。いやだー、私、恥ずかしいんだから。でもねぇー、和也、お店に来ている二人連れの女の子とか、私たち若い二人連れなのに今日の貴方の場違いな服装からピピンと来て、みんなが私に注目してくれている。これはこれで快感。これって、若い女の子があこがれている大切なメモリアルなイベントの一つだもんね。
「このピンクサファイヤのフルエタニティに決めた。これで、いい?」
「うん、とってもきれい。理沙のすらっとした指にぴったりだと思うよ」
「でも、理沙、そんな、シンプルのでいいの? なんなら、こっちのかわいい飾りが付いてるやつとか、それ、試さなくていいの?」
「うん、和也から右手の薬指へのプレゼントなら、このフルエタニティってのが、いいの」
ほらほら、和也、また、お店のお姉さん、笑いをこらえるのに必死じゃない。私からは説明しないけど、今、薬指にするフルエタニティのリングとかを右手、左手、左手って順に貰うのが若い女の子の理想のコースなの。ただね、今日は私の「まだ、そんなんじゃ、ない」って云う見栄で文字は彫らないけど、普通は女の子の特別な記念日として日付とか、イニシャルを彫る子が多いからね。
ねぇ、和也、これ、お仕事中以外は特別な防虫剤として、いつもするから。私、選んでいる時から、これしていると和也と一緒って感じがしたよ。ペンダントも嬉しかったけど、やっぱり、指輪って、女の子には特別だよね。それも、それを二人でいっしょに選ぶって、とっても幸せ。

帰り、和也に「晩ご飯、どうする」って聞いた。「なんなら、私、外ご飯を招待するよ」って聞いたけど、和也、大変だろうけど、私の作ったのを食べたいって、それも、今日も宴会がいいって。私、料理が得意な女の子じゃないから、カタカナの料理は出来ないよって云ったけど、それでもいいって。それで、今日の晩ご飯、スーパーの鳥の空揚げに、肉豆腐、チンで作った紙包みのタラの香り蒸し、その余ったレモンのスライスとトウガラシを追加して味を変えた出来合いの浅漬。あと、インスタントの赤だしのお味噌汁をお鍋で作って豆腐となめこを加えたやつ。一応、見た目はちゃんとしているから、料理が出来ない子としては、今日も大したものだろう。和也、宴会の終盤でなんか物足りなさそうだったので肉豆腐の残り汁を使って、鍋焼きうどんも、急遽、追加した。うん、スキ焼のたれって、けっこう、重宝する。
おかずに合わせた日本酒での二人の宴会が終わったあと、和也、今日はプレゼントをしてくれたことで偉そうにするかと思ったら、いつものように、私を先にお風呂に入れてくれた。そして、その間に片づけもしてくれた。私、その和也のせいでお風呂の中で泣いちゃったじゃないの。でもね、こんな風に私を泣かすなら、和也、これからも、もっともっと私を泣かせてちょうだい。
お風呂の後、今日もラグのところで、二人、まったりしている。でも、今日は、私、右手の指をずーっと眺めている。和也はそんな私を不思議な風に見てた。けどね、和也、これ、確かに指輪なんだけど、女の子にとってはただの指輪じゃないだよ。和也は想像できないだろうけど、休み明けにこれをして会社に行ったら、普通の女の子だと仕事そっちのけで、あっちこっちで緊急の女子だけの調査報告会を開催しなければいけないようなものなんだよ。そのあと、若い女の子たちはシカトの嵐をぶつけて来ると思うけど。
和也、薬指にするフルエタニティのリング、女の子ならきっと誰でも知っている意味があるんだよ。意味はね、「永遠の愛」。それを和也が私に奉げたってこと。左手は一般に婚約の証しってことになっているけど、右手も同じように婚約の準備をしているような仲ですって云う意味合いがあるんだ。だから、今日、お店でお姉さんが笑ったんだよ。和也、私の右薬指にリングをプレゼントしようと誘導したくせに。だから、私、和也の願いに合わせてフルエタニティのリングを選んだの。ねぇ、和也、その私に「別のファッションリングの方はどう?」って聞いたら、それ、トンチンカンでしょ。でもね、事前の下調べとか、今日の誘導とか、色々、計画してくれて、ありがとう。このリングも、とってもうれしいけど、私に防虫剤を用意するために努力してくれたことも、とっても、うれしいよ。これからはこの特別な防虫剤があれば変な虫って寄り付いてこないだろうから、私、大丈夫だよ。

和也、私がいつまでも右手を開いたり閉じたり、表にしたり裏にしたりして、リングを眺めていたら強制終了してきた。そして、ラグのとこで、今日の雰囲気を大事にしてくれるような、やさしいやつなんだけど、ダイレクトに和也の重みを私に教えてくれた。和也が静かでゆったりとしたやつで愛をしてくれるから、私、右手のリングが放つ不思議な電流に体も心もしびれた。なんだか、そのリングの放つ電流で涙が出て止まらなくなった。昨日と今日とは、特別、変わってもいないのに、この薬指のリングって不思議な力があるみたい。
そのあと、和也が今日はどうしても私のあの「玉響」を聞きたいって云って、私が好むやり方で愛をした。和也も私の雰囲気に感染したみたい。私の「玉響」を聞いて私を征服したって気持ちになりたいんだろうな。耳たぶから膝までたっぷりキスや愛撫をして私を変にしてから、和也の上で途中まで愛をしたあと、最後に重みを感じさせながら愛の行いの終止符を打ってくれた。和也は私に「玉響」を何度もさせたことに満足してる。そして、私、その「玉響」を何度もさせられた和也の愛の行いに酔っちゃった。
愛の後、いつものように聞く和也の胸の鼓動が速い。いままでなら和也の胸の中で目をつぶって、和也の愛でけだるい体が放つ、そのなごりを探すのだけど、今日は、和也の胸の上に置かれた私の右手を眺めている。そこにはピンクのリングがある。体の甘いしびれとこのリングの輝き。私、今日は特別に変だった。それ、和也も気が付いている。ただ、やさしく、背を抱いて、静かに寄り添ってくれる。
私、寝てしまうまで自分の右手の指先を眺めていた。

今朝も浅田さんに叩き起こされた。「まだ、八時じゃないか」って、おれ、抗議したけど、浅田さん、もう、ちゃんとした服を着て、薄っすら化粧も終えていた。それ、おっかない時の浅田さんの姿だった。昨日のあのほんわかした恋してる乙女した理沙はどこへ行っちゃったんだ?
八時半、特急で朝飯を終えると、おれ、PCを用意して万葉集の勉強の体制を取っていた。今日も、大伴旅人をするってことで、浅田さん、朝から気合いが入っている。実際のところ、おれも旅人をやるってことで気合いが入って来た。
「ねぇ、和也君、この間の『報凶問歌』の続きをするの? それとも、何か別のをやるの?」
「うん、今日も、この間の『報凶問歌』の続きをするんだけど、旅人の『報凶問歌』の内容を確認するには、どうしても山上憶良の『日本挽歌』に触れなくちゃならないから、今日、その関連のところを、ちょっと、触ろうと思うんだ。でも、憶良の『日本挽歌』自体、とっても難しいやつだから、今日は、『報凶問歌』に関連するところだけ」
「じゃ、和也君は、今日、そのどこのところを触れるの?」
「うん、今日は大伴旅人の『報凶問歌』の書簡文の句の中での『凶問累集』の言葉に注目して、この『凶問』って言葉をもうちょっと考えてみたいんだ。この前、この『凶問』って言葉は昭和五十年以降には『死亡通知と解釈するようになった』って説明したけど、じゃ、その死亡通知ってなんだろうってことを考えようと思うんだ」
「でも、旅人の『報凶問歌』からは直接にはそれは判らないから、旅人の『報凶問歌』を見せて貰ったらしい山上憶良が、それに対して作ったとされる応答の歌の『日本挽歌』の中から探っていこうと思って。『日本挽歌』が『報凶問歌』に応えるものなら、なんかヒントがあるだろうから」
「それで、『凶問』って言葉が意味する死亡通知の内容を『日本挽歌』から探ろうと思っているんだ」
「それじゃ、和也君。ヒントを探って行くのに、あの作業員って人の『日本挽歌を鑑賞する』ってやつを参考にするの?」
「そう、あれを参考にやっていこうかと思って」
そこで、おれ、PCに作業員って人の解釈の「日本挽歌」を引っ張り出した。これ、めっちゃ、長くて大変な漢文と和歌の作品。それで、今日は「凶問」って言葉が意味する死亡通知の内容に直接に関係するだろう和歌の前に置かれた前置漢文にあるキーワードだけに注目して検討するだけにする。つまり、前置漢文の後半部分の「紅顏共三従長逝、素質与四徳永滅」のところだけに絞って、日本挽歌を探ってみる。

(日本挽歌の前置漢文)
盖聞、四生起滅、方夢皆空、三界漂流、喩環不息。所以、維摩大士在手方丈、有懐染疾之患、釋迦能仁、坐於雙林、無免泥亘之苦。故知、二聖至極、不能拂力負之尋至、三千世界、誰能逃黒闇之捜来。二鼠走、而度目之鳥旦飛、四蛇争侵、而過隙之駒夕走。嗟乎痛哉。
紅顏共三従長逝、素質与四徳永滅。何圖、偕老違於要期、獨飛生於半路。蘭室屏風徒張、断腸之哀弥痛、枕頭明鏡空懸、染均之涙逾落。泉門一掩、無由再見。嗚呼哀哉。
愛河波浪已先滅
苦海煩悩亦無結
従来厭離此穢土
本願託生彼浄刹

序訓 盖し聞く、四生(ししやう)の起き滅ぶることは、夢の皆空しきが方(ごと)く、三界の漂ひ流るることは、環(たまき)の息(や)まにが喩(ごと)し。所以(かれ)、維摩大士は手に方丈が在りて、染疾(せんしつ)の患(うれへ)を懐(むだ)くことあり、釋迦能仁(のうにん)は、雙林に坐して、泥亘(ないをん)の苦しみを免るること無し。故(かれ)知る、二聖の至極も、力負(りきふ)の尋ね至るを拂ふこと能はず、三千の世界に、誰か能く黒闇(こくあん)の捜(たづ)ね来(きた)るを逃れむと。二つの鼠走り、目を度(わた)る鳥旦(あさ)に飛び、四つの蛇争ひ侵して、隙(げき)を過ぐる駒夕(ゆふへ)に走る。嗟乎(ああ)、痛(いたま)しき哉。
紅顏は三従と長(とこしへ)に逝(ゆ)き、素質(そしつ)は四徳と永(とこしへ)に滅ぶ。何そ圖(はか)らむ、偕老(かいらう)の要期(えうご)に違ひ、獨飛(どくひ)して半路に生きむことを。蘭室(らんしつ)の屏風は徒(いたづ)らに張りて、腸を断つ哀しび弥(いよいよ)痛く、枕頭の明鏡空しく懸りて、染均(せんゐん)の涙逾(いよいよ)落つ。泉門一たび掩(おほ)はれて、再(また)見るに由無し。嗚呼、哀しき哉。

愛河(あいか)の波浪は已先(すで)に滅え
苦海の煩悩もまた結ぼほることなし
従来(このかた)、この穢土(ゑど)を厭離(えんり)す
本願(ほんがん)をもちて、生を彼(そ)の浄刹(じょうせつ)に託(よ)せむ

私訳 このように聞いている。すべての生きとし生けるものが生まれ死滅し、それは夢が皆空しいのと同じようだと。精神にあっては欲界・色界・無色界の三界の世界を心が漂い流れ、その円環に安らぐことがないのと同じようだと。それ故に、維摩大士の神力の手の内に方丈が在り、衆生の病疾の苦しみに思い巡らせること(=衆生に病疾の苦しみがあれば、菩薩もまたそれを思って病疾の苦しみがある)があり、釈迦能仁は双林(菩提樹と榕樹)に座禅を組み開悟するが、衆生を涅槃(=煩悩を超越し、さとりの境地に入ること)へ誘う苦しみから免れることは無い。と。
そこで知る。二人の聖人の解脱の極みをしても、隠したものを担い去ると云う「力負」が捜し来ることに逆らうことが出来ないように何がしら抜かりがあるのに、仏が照らすと云う総ての世界である三千世界において、誰が禍をもたらすと云う天部の黒闇女が捜し来ることから逃れることが出来るであろうか。
人の月日は昼と夜を表す二匹の鼠が争うように走り去り、人の生は目前を飛び渡る鳥のように一朝にして飛び去り、地水火風を表す四つの大蛇は互いに争い領分を侵し変化し、一生は間隙を一瞬に過ぎて行く馬のように一夕にして走り去って逝く。なんと、悲しいことだろう。
紅顔の少年は婦徳の女性と死出の世界へと長途に逝き、美しき白き肌の女性は四つの婦徳の心得とともに永遠に消える。どのようにしたら良いのであろうか。夫人が夫と共に年老いられるでしょうとの期待に反して、私独りが生き残り独り鳥となって残りの半生を生きていくことを。夫人の閨房の屏風は空しく張られ、断腸の悲しみはいよいよ深く、枕辺の化粧の明鏡は意味もなく懸けられ、皇帝が亡くなられたことを嘆く妃の竹をも染める涙のような悲しみの涙がますます流れる。二度と開くことのない泉路への門は既に閉じられ、再び、逢う術はない。なんと、悲しいことでしょう。

愛するものと別れる愛別離苦の苦悩が波のように次々と襲い来ることは無くなり、この世の四苦八苦の煩悩も、もう、訪れることはない。古来、この穢悪に満ちたこの世を嫌い離れたいと願っていた。仏の本願に頼って、生をその維摩大士が示す浄き国土に寄せよう。

注意 原文の「維摩大士在手方丈」は、一般に「在手」を「在土」と仏説を変えて「維摩大士在土方丈」として「維摩大士は方丈にありて」と訓みます。可能なら弊ブログ「山上憶良 日本挽歌を鑑賞する」を参照ください。

日本挽謌一首
標訓 日本(やまと)の挽謌一首
歌番794 大王能 等保乃朝廷等 斯良農比 筑紫國尓 泣子那須 斯多比枳摩斯提 伊企陀尓母 伊摩陀夜周米受 年月母 伊摩他阿良祢婆 許々呂由母 於母波奴阿比陀尓 宇知那毗枳 許夜斯努礼 伊波牟須弊 世武須弊斯良尓 石木乎母 刀比佐氣斯良受 伊弊那良婆 迦多知波阿良牟乎 宇良賣斯企 伊毛乃美許等能 阿礼乎婆母 伊可尓世与等可 尓保鳥能 布多利那良毗為 加多良比斯 許々呂曽牟企弖 伊弊社可利伊摩須

訓読 大王(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫の国に 泣く子なす 慕(した)ひ来(き)まして 息だにも いまだ休めず 年月も いまだあらねば 心ゆも 思はぬ間(あひだ)に うち靡き 臥(こ)やしぬれ 言(い)はむすべ 為(せ)むすべ知らに 石木(いはき)をも 問ひ放(さ)け知らず 家ならば 形はあらむを 恨めしき 妹(いも)の命(みこと)の 在(あ)れをばも 如何にせよとか 鳰鳥(にほとり)の 二人並び居(ゐ) 語らひし 心背(そむ)きて 家離(さか)り座(い)ます

私訳 大王の遠い宮殿として知られる白日別(しらぬわけ)の国の、その筑紫の国に、親を乞う泣く子のように筑紫の国を(貴方=旅人は)慕い来まして、その息もまだ整えるほど休める暇もなく、(旅人の娘である貴女と奈良の京でお別れして)年月もいまだ経っていないので、心根にもまったく想像もしていない間に、草を靡かせ倒すように、貴女は臥せるように亡くなってしまった。言いようもなく為す術もなく、石や木に問うても、せんなく、家にいらしたのでしたら貴女のお姿があるでしょうが、恨めしい。愛しい貴女が生きていたならば、私は何をすれば良いのでしょうか。鳰鳥のように、(あの御方と貴女は)二人連れ添って語らっていた。私の思いに反して、その貴女は亡くなられ家から遠離っていらっしゃいます。

反謌
歌番795 伊弊尓由伎弖 伊可尓可阿我世武 摩久良豆久 都摩夜左夫斯久 於母保由倍斯母
訓読 家に行きて如何(いか)にか吾(あ)がせむ枕(まくら)付(つ)く妻屋(つまや)寂(さぶ)しく思ほゆべしも
私訳 貴女の家に行って、どのように私はしましょうか。貴女が亡くなられ横になっている妻屋で寂しく想ったとしても。

歌番796 伴之伎与之 加久乃未可良尓 之多比己之 伊毛我己許呂乃 須別毛須別那左
訓読 愛(は)しきよし如(か)くのみからに慕(した)ひ来(こ)し妹(いも)が情(こころ)の術(すべ)もすべなさ
私訳 「愛しいことは、このように」と、ばかり慕っていた愛しい貴女の亡くなられた時の、その貴女の想いを思うと、どうしようもないことです。

歌番797 久夜斯可母 可久斯良摩世婆 阿乎尓与斯 久奴知許等其等 美世摩斯母乃乎
訓読 悔しかもかく知らませばあをによし国内(くぬち)尽(ことごと)見せましものを
私訳 残念なことです。こうなると判っていたならば青葉が照り輝く美しい大和の国を、ことごとく、お見せしましたものを。

歌番798 伊毛何美斯 阿布知乃波那波 知利奴倍斯 和何那久那美多 伊摩陀飛那久尓
訓読 妹(いも)が見し楝(あふち)の花は散りぬべし吾(わ)が泣く涙いまだ干(ひ)なくに
私訳 愛しい貴女が見た楝の花。その(妹に)逢いたいと想う思い出の花は、もう、散り去ったでしょう。私の泣く涙は未だに乾くことがないのに。

歌番799 大野山 紀利多知和多流 和何那宜久 於伎蘇乃可是尓 紀利多知和多流
訓読 大野山(おほのやま)霧立ち渡る吾(わ)が嘆く沖瀟(おきそ)の風に霧立ち渡る
私訳 大野の山に霧が立ち渡って逝く。私の嘆きの溜息が風となり霧が立ち渡って逝く。

神龜五年七月廿一日 筑前國守山上憶良上
訓読 神亀五年七月廿一日、筑前國守山上憶良上(たてまつ)る

「浅田さん、この山上憶良の作品、すっごく、大きな作品なんだけど、今日は前置漢文の後半部分の『紅顏共三従長逝』の言葉に絞って、そこだけ、するから」
「おれの考えで、この言葉が旅人の『報凶問歌』の書簡文の『凶問累集』の言葉への応答だと思うんだ」
「そうよね。こうやって日本挽歌の全体を見せて貰うと、憶良の前置漢文の前半は人生の全般について仏教の観点から述べているけど、後半はある特定の女の人の死について語っているもんね。和歌はその漢文の後半部分に対して詠われているって、すぐ、判るから、やっぱり、和也君が云うように漢文の『紅顏共三従長逝』の言葉がキーポイントになるみたいね」
「それでね、おれ、先週の日曜日、図書館なんかでこの言葉のところ調べたんだ。でも、困っちゃったんだ。なんか、偉い人たちの解釈が変なんだ」
おれ、PC画面に予習の成果を引っ張り出して、浅田さんに偉い人たちの解釈や説明文を見せた。

“紅顏共三従長逝”の言葉の意訳文

新日本古典文学大系 万葉集 岩波書店
意訳 妻の桃色の顔は、いまだ嫁せざる時には父に従い、嫁しては夫に従い、夫死しては子に従う(儀礼・喪服伝)という三従とともに永遠に失われ
脚注解説より、「妻の死を悼み嘆く文章」の解釈が根底と思われる。

日本古典文学全集 万葉集 小学館
意訳 うるわしい美貌も三従の婦道とともに永遠に消え去り、
脚注解説より、「以下、死んだ女性のことを述べるが、旅人の妻か、憶良の妻か、説が分かれる。前者とみるべきであろう」の解釈が根底とおもわれる。

中西進 万葉集(講談社文庫)
意訳 弱年の紅顔は、婦徳とともに永遠に逝き、
脚注解説より、「紅顔;少年の顔色。次の素質と対。素質;素は白、質は地」の解釈が根底と思われる。

伊藤博 万葉集(集英社文庫)
意訳 妻の麗しい顔色は三従の婦徳とともに永遠に消えて行き、
解説より、「前の漢詩文と同様、旅人になりきりながら旅人の妻を悼んでいる」の解釈が根底と思われる。

久松潜一 万葉秀歌(講談社学術文庫)
意訳 紅顔三従と共に長く逝き、
解説より、「憶良が旅人の妻の死をいたんだ歌である」の解釈が根底と思われる。

おれのレポート;
万葉集研究の専門書になるけど「万葉の歌人と作品 第五巻(和泉書院)」を調べてみると、「それは、実は、亡妻の哀しみの極み、絶望の表現に他ならないだろう」(四十四頁)の文章がある。この文章に示されるように「紅顏共三従長逝」の言葉は亡妻と解釈していると考えられるが、ただ、この「万葉の歌人と作品 第五巻 日本挽歌」では「紅顏共三従長逝」の言葉を厳密に研究したものを紹介してはいない。反って、「この挽歌は、誰の死に際して作られたか、といった具体的作歌事情の説明を欠いている。憶良の妻か、旅人の妻か、という論争を呼んだ所以であるが、そのこと自体が問題的である」(三十六頁)との文章が、現在の万葉集研究でのこの日本挽歌への解釈の位置を示していると考えられる。
そして、この「万葉の歌人と作品 第五巻 日本挽歌」での「紅顏共三従長逝」以下の解釈の要約が「妻の美質が永遠に失われ、自分が独りこの世に取り残されたことの哀しみがのべられている」(三十六頁)と述べられているから、これが現在の研究者の主流の考えと推定される。

「このように調べると、中西って人以外は『紅顏』の言葉を『美貌の女性』と解釈しているんだ。ところが、中西って人と作業員って人は、まったく逆に『少年』と解釈しているんだ」
「でね、困ったことに中西って人は『紅顏』を『少年の顔色』と解釈するならば、その意訳文の『弱年の紅顔』は、当然、二重言葉になるんだけど『弱年の少年の顔色は』って直訳出来るから、死んで逝ったのは若い男性とその妻って解釈しなきゃいけないんだ。でも、中西って人は日本挽歌の和歌の解釈では『三従長逝』の対象を、旅人か憶良か、どちらかの『わが妻』としているんだ。断定は出来ないけど、前置漢文の内容と日本挽歌の和歌とは一致しなくてもいいって考えみたい。」
「それで作業員って人だけが『紅顏』を『少年』と解釈していて、日本挽歌の和歌の解釈も同じ解釈で押し通しているんだ」
「でね、今、偉い人たちの主流となっている旅人の『報凶問歌』での解説では、憶良の『日本挽歌』は『報凶問歌』に応える歌群としているなら、『凶問』って言葉に対して日本挽歌での言葉の解釈は首尾一貫して対応しないといけないのに、どうも、そうじゃないんだ」
「今、『凶問』とは奈良の都からの死亡通知って解釈するのが定説と云われているのに、どうして、その応答歌の対象の女性が大宰府で死んだとされる旅人の妻じゃなきゃいけないのかとか、旅人も憶良も六十を超えたおじいちゃんなのに『少年の顔色』を意味する『紅顏』の言葉を使ったのかって、こういうことを考えると、偉い人たちの説明っておかしいんだよ。おれに云わせると、それ、支離滅裂なの」
「それに『凶問累集』での『累集』って言葉の意味は『たくさん集まってる』ってことだから奈良の都からの死亡通知は一人じゃないと思うんだ。もし、『紅顏共三従長逝』を漢文通りに訓んで『少年は三従の婦徳を持つ妻とともに永遠に消えて行き』と解釈するなら、都での二人の若い夫婦の死亡ってことになるけど。これなら、少しは『累集』になるんだけど」
「それから、作業員って人の反歌である短歌の解釈も若い夫婦の死亡ってことで、押し通しているから、前置漢文から反歌まで首尾は一貫している」
「ところがね、他の人たちのを調べるとおれの感覚では偉い人たちの解釈が支離滅裂に感じられて、その偉い人の研究って本筋じゃない憶良の『日本挽歌』の前置漢文の前半部分の漢語に精力を投入しているけど、後半の『紅顏共三従長逝』以下の解釈は昭和五十年代以前のものを踏襲しているんだ。でも、旅人の『報凶問歌』の解釈が昭和五十年以降に変わったなら、当然、憶良の『日本挽歌』も再検討しなくちゃいけないと思うけど、そうじゃないみたいだし」
「で、結局、おれじゃ、何がなんだか判らないんだ」
「それに、『日本挽歌』って標題は山上憶良本人が付けたと思うけど、こんな『日本が死んじゃった』というような大変な名前の根拠ってのも重大だと思うけど、旅人の妻の死亡がそれに相当するかと云うと違うんじゃないかって思うんだ。じゃ、昔、万葉集を編纂した人達の『日本挽歌』って云う標題への理解と今の時代の偉い人がする理解が同じかって云うと、きっと、違うんじゃないかって感じちゃうんだ」
「ねぇ、和也君。ごめん、話を戻すけど、『紅顏』の言葉を『少年』と『美貌の女性』と人によって全く逆に解釈しているって説明したけど、どっちが正しいの?」
「これ、作業員って人の『日本挽歌を鑑賞する』に詳しいんだけど、どっちも正しいんだ。ただし、『少年』の解釈は大伴旅人や山上憶良たちが生きていた時代に使われていた晋や唐の時代の中国語の解釈で、『美貌の女性』は平安時代中期以降の日本製の漢語ってことになるんだ。『美貌の女性』は平安中期の学者だった大江朝綱が詠った漢詩「王昭君」での「翠黛紅顔」って言葉がルーツだと思う。一方、『少年』の解釈は有名な漢詩の言葉の『紅顔の美少年』っていうやつ」
「それじゃ、『紅顏』の言葉を『少年』って解釈しないと、おかしくない? だって、『日本挽歌』を詠った山上憶良本人が死んだ後で出来た言葉で、そのずっと昔に死んだ人が作った歌を解釈するなんて、それ、絶対、変だわ」
「おれもそう思うけど。でも、和歌の伝統や万葉集の研究だと平安時代中期以降の解釈が主流ってことになっているみたい。ただ、さっきも説明したけど、今の万葉集を研究する人の中で、後半の『紅顏共三従長逝』以下の解釈をきちんとやった人がいないみたいなんだ。今のところ、作業員って人ぐらいじゃない」
「なんかの本に万葉集の前置漢文の研究って中西進って人が本格的に始めたって書かれているぐらいだから、昭和初期以前の万葉集の鑑賞って短歌を中心にフィーリングでやっていたようなものかもしれない。だから、前置漢文、長歌、反歌、すべてを体系だって研究するのって、やってなかったじゃないのかなぁ」
「でも、本当に困ったね、和也君。『紅顏共三従長逝』を漢文通りに訓んで『少年は三従の婦徳を持つ妻とともに永遠に消えて行き』と解釈するんだったら、作業員って人の解釈に従わないといけないみたいだけど。それだと、歴史まで勉強しなくちゃいけなくなるかも。だって、大伴旅人の関係者で、そんな人を探すって、万葉集の勉強じゃなくて、歴史の勉強みたいになっちゃうし」
「そうなんだ、大伴旅人が『もう死にたい』っていうぐらい悲しみ嘆く奈良の都での若い夫婦の死亡事故か病死事件って、なに? それを奈良に住む人も、山上憶良も、当然と思って大伴旅人を慰めなくちゃいけないなら、若夫婦の死亡事故か病死事件って、旅人一人のものじゃないことになっちゃうし」
「それに、その時の旅人って、朝廷でも、とっても偉い立場の政治家で身分は中納言であり、実際に実務をしていた時代の大宰府の長官だから、『もう死にたい』っていうぐらい悲しみ嘆くことが、個人の話しなのか、政治レベルでの話しなのかを見分けなきゃいけないし。それに憶良の日本挽歌での詠いようから想像すると、日本挽歌の歌の中で示している、その死んだ若い婦人って、旅人の身内の女の人じゃないかと思えるし」
「それじゃ、その中納言で大宰師って云う、とっても偉い身分の大伴旅人の娘さんの夫になる人って誰?ってなるし。律令貴族社会での身分の釣り合いから考えたら皇族の天皇に近い皇子か、藤原氏主流の長男級の人になっちゃうんだけど。一体、誰だか判んないだよ、その若くして死んじゃった人って」
「うーん、困ったね。和也君。万葉集の巻五って、万葉集で最大のミステリーなんだけど、ちょっと、それ、大っき過ぎるみたい」
「で、おれ、今日は、ここでギブアップ。御免、また、勉強するから」
「でね、浅田さん。次回のおれの番なんだけど、作業員って人の解釈からすると、旅人の『報凶問歌』の『凶問累集』って言葉の背景を探るには、旅人の『謌詞両首』を勉強しなくちゃいけないかもしれないみたいなんだ」
「これ、おれのフィーリングなんだけど、山上憶良の『日本挽歌』を脇に一旦、置いておいて、『謌詞両首』を勉強してから『日本挽歌』に戻った方がいいような気がするんだ」
「私、良く判んないから、それ、和也君に任せる。次も、楽しみにしてるから。でも、和也君、お仕事、大変そうだから無理しないでね」

(前置漢文 序)
伏辱来書、具承芳旨。忽成隔漢之戀、復、傷抱梁之意。唯羨、去留無恙、遂待披雲耳。
序訓 伏して来書を辱(かたじけな)くし、具(つぶさ)に芳旨を承りぬ。忽ちに漢(あまのかは)の隔(へだ)つる戀を成し、復(また)、梁(はし)を抱く意(こころ)を傷ましむ。唯だ羨(ねが)はくは、去留(きょりゅう)に恙(つつみ)無く、遂に雲を披(ひら)くを待たまくのみ。

私訳 伏して御便りをかたじけなく存じます。つぶさに御趣旨を承りました。忽ち、天の川を隔てるような恋慕を抱き、また、待ち人を待ちわびて梁を抱いて死んだ尾生の故事のような待ちわびる気持ちを察します。ただ希望することは、離れ離れでありましても互いに差し障りがなく、その内に、お目にかかる日を待ち望むだけです。

謌詞両首 大宰帥大伴卿
標訓 歌詞(かし)両首(にしゅ) 大宰帥大伴卿
歌番806 多都能馬母 伊麻勿愛弖之可 阿遠尓与志 奈良乃美夜古尓 由吉帝己牟丹米
訓読 龍(たつ)の馬(ま)も今も得てしか青丹(あをに)よし奈良の都に行きて来むため
私訳 天空を駆ける龍の馬も今はほしいものです。青葉美しい奈良の都に戻って行って帰るために。

歌番807 宇豆都仁波 安布余志勿奈子 奴婆多麻能 用流能伊昧仁越 都伎提美延許曽
訓読 現(うつつ)には逢ふよしも無しぬばたまの夜の夢にを継ぎて見えこそ
私訳 現実には逢う手段がありません。闇夜の夜の夢にでも絶えず希望を見せてほしいものです。

答謌二首
標訓 答へたる歌二首
歌番808 多都乃麻乎 阿礼波毛等米牟 阿遠尓与志 奈良乃美夜古邇 許牟比等乃多仁
訓読 龍(たつ)の馬(ま)を吾(あ)れは求めむ青丹(あをに)よし奈良の都に来む人の為(たに)
私訳 天空を駆ける龍の馬を私は貴方のために探しましょう。青葉の美しい奈良の都に戻って来る人のために。

歌番809 多陀尓阿波須 阿良久毛於保久 志岐多閇乃 麻久良佐良受提 伊米尓之美延牟
訓読 直(ただ)に逢はず在(あ)らくも多く敷栲の枕(まくら)離(さ)らずて夢にし見えむ
私訳 直接に逢うことが出来ずにいる日数は多いのですが、貴方が床に就く敷栲の枕元には絶えることなく逢う日が夢に見えるでしょう。

「ところで、浅田さん、次回は浅田さんの順番だけど、なにか、いいのがあるの? おれ、こっちで、いっぱいいっぱいだから、あんまり、予習が出来ないかも」
「うん、私、次はこれをしようと思うの。和也君は大伴旅人で大変だから、次回のは私の説明を聞いてもらうだけでいいから」

歌番3307 然有社 羊乃八歳叨 鑚髪乃 吾同子叨過 橘 末枝乎過而 此河能 下父長 汝情待
訓読 然(しか)れこそ 遥(よう)の八歳(やとせ)を 切り髪の 吾同子(よちこ)を過ぎ 橘の 末枝(ほつゑ)を過ぎて この川の 下(しも)の甫(ほ)長く 汝(な)が情(こころ)待つ
私訳 このようにして、ようやくの八歳の幼さない切り髪のおかっぱ頭の髪を伸ばし始めて肩まで伸びてうない放髪の幼さを過ぎて、橘の薫り高い末枝の花芽の時を過ぎて、この川の下流が広く大きく長いようにと、始めて女として貴方の情けを待っています。
注意 原文の「羊乃八歳叨」は、一般に「年乃八歳叨」と記し「年の八歳を」と訓みます。

反歌
歌番3308 天地之 神尾母吾者 祷而寸 戀云物者 都不止来
訓読 天地の神をも吾は祈りてき恋といふものはかつて止(や)まずけり
私訳 貴女と同じように天と地の神にも私は願いを捧げています。貴女と恋の行為をするというものは奥ゆかしくて引き止めることは出来ません。

「浅田さん、これ、するの?」
「そう、これをしたいの。一応、『下父長 汝情待』の句の訓みが難しいってことになっているんだけど、私、この作業員って人の解釈が好きなの」
「ねぇ、浅田さん、おれ、次回、花束を持って来ようか?」
「馬鹿ーん、和也。これ、万葉集の勉強会なんだから、そんなんじゃないんだから」
浅田さん、もうすっかり、理沙の顔になっている。おれ、その雰囲気を感じ、理沙に寄り添って大人のキスをした。そうしたら、理沙も、しっかり、大人のキスを返してくれた。そのまま、エッチへとは突入しなかったけど、理沙のとろけた雰囲気に誘われてベッドで抱き合って、互いの気持ちの高まりのままにキスしたり、色々なところに指遊びしてた。
昨日から右手の薬指が理沙に魔法を掛けているみたいで、なんだか、理沙の気持ちが変わって来ている。今回、理沙が選んだ歌もある種のカウントダウンの歌だもんな。

そのまま、ベッドでまったりしていたら、一時近くになっていた。
「理沙、お願い、お昼にしない? おれ、お腹が減っちゃった」
「うん、そうしようか。今日はねぇ、とろろ昆布のおうどんに卵を落としたやつとお稲荷さんを考えてあるから、ちょっと待って」
「おうどんは、お替り有りだから、足りない時、云って」
理沙、お昼ご飯を、今日も手早く作ってくれた。理沙、自分の分のお稲荷さんからそんなに食べられないって、二個、おれに分けてくれたから、おれ、うどんのお替りはしなかった。そのあと、いつものように食事の後片付けをしていて気が付いたんだけど、次第次第に理沙の台所の食器とか、お鍋なんかが、少人数のファミリー向けのサイズに変わって来ている。最初、泊まった時は、酒の肴なんか、大きなお皿がなかったから小さいお皿、二つを使って仲良く並べていたような気がする。今は今日のお稲荷さんのように大きなお皿に盛って取り皿で取るような形になって来ている。
お昼の後、コーヒーにクッキーでまったりしているとき、理沙に聞いてみた。
「ねぇ、理沙、この頃、食器とか、お鍋とか、ちょっと、大きくしたの?」
「うん、私、この頃、百均などで食器なんか見ると、どうしても、和也の顔を思い出して、二人用ってのが基準になっちゃうの。和也、いつも片づけをしてくれて知っているように、お茶碗とか、お箸も、和也と私のがあるでしょ」
「それに、和也、この頃、ここでご飯を食べることが多くなったから、二人分とか、和也はたくさん食べるから三人分とかを作れるお鍋なんかを選んじゃうの」
「そうなの。理沙、ありがとう」
そうか、お皿とか調理の道具とかに、もう、おれの分が入っていたのか。理沙、口じゃ、「まだ、そんなんじゃない」って云うけど、理沙の気持ちの中には、もう、しっかり、おれってものが居たんだ。おれが、「ありがとう」って云うと、理沙、肩を寄せて来た。うん、なんか、いい感じ。
その肩を寄せて来た理沙が胸を正面に向けて聞いて来た。
「ねぇ、和也、このペンダント、どう、思う?」
「うん、すごっく、似合っているよ。いいんじゃない」
「和也、それだけ?」
「どうしたの、理沙。おれ、それ、本当に素敵だと思うよ」
そうか、ごめん、おれ、キスを忘れた。で、キスしようとしたら、めちゃ、怒られた。
「和也。これ、誰のプレゼント? まさか、あなた、自分で贈ったプレゼントを忘れたんじゃないでしょうね。まだ、二か月も経ってないのよ。ねぇ、どうなのよ」
超ーヤベー。おれ、インターネットでこれいいなーって感じでクリックして買ったから、それっきり、プレゼントして理沙が箱を開けるまで見ていないんだ。それに、インターネットだと、手に持ったりする実感ってないから、忘れちゃうんだよな。
「やっぱり、あなた、忘れたんでしょう。一昨日から、私、ずーっと着けてたのに、おかしいと思ったら、やっぱり、そうなんだ」
「もうー、信じられない。和也の私への愛ってこんなものだったの? 昨日のリングも、すぐに忘れちゃんでしょう。きっと、そうだわ。もう、本当に、信じられない」
やべー、本当に超ーヤベー。そうだよな、誕生日祝いとして初めてしたプレゼントのペンダントなんだもんな。それも、一応、小さいけど誕生石で飾ったやつなんだよな。

やっぱり、そうか、和也、忘れていた。一昨日の夜、来た時の反応がおかしいと思ったけど、やっぱり、そうだった。こいつ、インターネットかなんかで買ったな。そして、私と同じような失敗したな。私も、アクセサリーをなんかの拍子にクリックして買ったやつ、たまに、一度ぐらい使って、その後、買ったこと自体を忘れていることがある。和也、九月にプレゼントしてくれた時、初めて、現物を見たのかな、その時、私、すぐに箱にしまったから、あまり、しっかり見ていないのかもしれない。だぶん、そうだろうな。だけど、昨日のリングだけは忘れては困る。今日は、しっかり、恐怖を与えて、忘れないようにしとかないと。
それで、私、泣いた。最初、嘘泣きに近かったけど、その内、本気泣きになった。残念のような、悲しいような、だけど、リングの件はうれしいような、色々な感情が入り混じって、私、泣いた。和也、おろおろして、謝ってくれた。私、なんでか知らないけど、いつの間にかに和也の胸の中で泣いていた。そして、「和也の愛が判らない。どれほど愛してくれているの判らない」って泣いていた。それなのに私から和也に「和也の私への愛の深さを教えて」と云って、結局、ベッドの中で和也の愛の深さを確かめていた。
今日は、これで許してあげる。今の私、すっごく、寛容になっている。でも、次は無いからね。もし、右手の薬指のエタニティリングのことを忘れたら、私、和也をキッパリ忘れるからね。

おれ、必死で理沙に愛をして、勘弁して貰った。もう、決して忘れませんって、何度も、何度も謝って許して貰った。超ーヤベー。でも、理沙の大好きなやつで愛をしたら、理沙、機嫌、良くなって許してくれた。ただ、次は無いって念を押された。今日、部屋に帰ったら、理沙と最初に会った日、初めてのキスの日、それとエッチの日、あと、理沙の誕生日と昨日のリングの件。これ、記録に付けとこ。きっと、これらのイベントを忘れたら、なんか、酷いお仕置きをされそう。

和也、とっても反省して帰って行った。
あと、出発前に逢えるのは三回、それと出発の時。次は月末の二十七日の日曜日、その次が十日の日曜日で、最後に間で逢えるのは二十三日土曜日の旗日。
きっと、私のお母さんも梅が咲いて、次に桜のつぼみが膨らむのを見て、そこからお父さんがカツオ船に乗る日を数えていたんだろうな。たぶん、今の私の気持ちって、お母さんが経験して来たことと同じなんだろうな。でもね、私、お母さんの娘だから、きっと、大丈夫。それに今、私には特別な防虫剤があるから、これで、虫よけをするから大丈夫だと思う。
私、昨日は会社にこれをしていこうと思っていたけど、みんなに喧嘩を売るような気がするから会社ではしないことにする。
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