竹取翁と万葉集のお勉強

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万葉集巻三を鑑賞する  集歌470から集歌483まで

2012年03月05日 | 万葉集巻三を鑑賞する
万葉集巻三を鑑賞する


悲緒未息更作謌五首
標訓 悲緒(かなしび)未だ息(や)まず、更に作れる謌五首
集歌470 如是耳 有家留物乎 妹毛吾毛 如千歳 憑有来
訓読 如(かく)のみにありけるものを妹も吾(あ)も千歳(ちとせ)のごとく憑(たの)みたりけり

私訳 ただ、このように早く死に判れするものを、生前の愛しい貴女も私も千歳を生きるように互いに当てにしていました。


集歌471 離家 伊麻須吾妹乎 停不得 山隠都礼 情神毛奈思
訓読 家離(さか)りいます吾妹(わぎも)を停(とど)めかね山隠(かく)しつれ情(こころ)神(と)もなし

私訳 家を離れていく愛しい貴女を停めることが出来ず、山に隠してしまった。私の心に精神もありません。


集歌472 世間之 常如此耳跡 可都 痛情者 不忍都毛
訓読 世間(よのなか)し常かくのみと可(あた)れど痛き情(こころ)は忍びかねつも

私訳 この世はいつもこのようなものと対してみても、辛い心は耐え忍ぶことが出来ない。

注意 原文の「可都」は意味が取れないとして「可都知跡」と追字して「かつ知れど」と訓みます。ここでは原文のままとします。


集歌473 佐保山尓 多奈引霞 毎見 妹乎思出 不泣日者無
訓読 佐保山(さほやま)にたなびく霞見るごとに妹を思ひ出泣かぬ日はなし

私訳 佐保山に棚引く霞を見るたびに、愛しい貴女を思い出しては泣かない日はありません。


集歌474 昔許曽 外尓毛見之加 吾妹子之 奥槨常念者 波之吉佐寳山
訓読 昔こそ外(よそ)にも見しか吾妹子(わぎもこ)し奥城(おくつき)と念(おも)へば愛(は)しき佐保山(さほやま)

私訳 昔は関係ないものと眺めていたが、愛しい私の貴女の墓所と思うと、ああ愛しい佐保の山よ。


十六年甲申春二月、安積皇子薨之時、内舎人大伴宿祢家持作謌六首
標訓 十六年甲申の春二月に、安積皇子の薨(かむあが)りましし時に、内舎人(うどねり)大伴宿祢家持の作れる謌六首
集歌475 桂巻母 綾尓恐之 言巻毛 齊忌志伎可物 吾王 御子乃命 萬代尓 食賜麻思 大日本 久邇乃京者 打靡 春去奴礼婆 山邊尓波 花咲乎為里 河湍尓波 年魚小狭走 弥日異 榮時尓 逆言之 狂言登加聞 白細尓 舎人装束而 和豆香山 御輿立之而 久堅乃 天所知奴礼 展轉 埿打雖泣 将為須便毛奈思

訓読 桂(か)けまくも あやに恐(かしこ)し 言はまくも ゆゆしきかも 吾(あ)が王(おほきみ)御子(みこ)の命(みこと)万代(よろづよ)に 食(め)し賜はまし 大(おほ)日本(やまと)久迩(くに)の京(みやこ)は うち靡く 春さりぬれば 山辺(やまへ)には 花咲きををり 川瀬には 鮎子(あゆこ)さ走り いや日に異(け)に 栄ゆる時に 逆言(およづれ)し狂言(たはごと)とかも 白栲に 舎人(とねり)装(よそ)ひて 和豆香(わづか)山(やま)御輿(みこし)立たして ひさかたの 天知らしぬれ 臥(こ)いまろび ひづち泣けども 為(せ)むすべもなし

私訳 高貴で気品高くいられるも、真に恐れ多く、言葉に示すことも、神聖で畏れ多い、私の王である御子の命が、万代に御治めるはずであった大日本の久邇の京は、草木が打ち靡く春がやって来ると山の辺には花が咲き枝を撓め、川の瀬には鮎の子が走りまわり、ますます日々に栄える時に、逆言でしょうか、狂言なのでしょうか、白い栲の衣に舎人は装って、和豆香山に皇子の御輿を運ばれて、遥か彼方の天の世界を統治なされた。悲しみに地に伏し転がり回り、衣を濡れそぼって泣くが、もうどうしようもない。


反謌
集歌476 吾王 天所知牟登 不思者 於保尓曽見谿流 和豆香蘇麻山
訓読 吾(あ)が王(きみ)し天知らさむと思はねば凡(おほ)にぞ見ける和豆香(わづか)杣山(そまやま)

私訳 私の王が天の世界を統治されるとは思ってもいなければ、気にもせずに見ていた。和豆香にある木を切り出す杣山よ。


集歌477 足桧木乃 山左倍光 咲花乃 散去如寸 吾王香聞
訓読 あしひきの山さへ光(てら)し咲く花の散りぬるごとき吾(われ)し王(きみ)かも

私訳 葦や檜の生える山さえ照らし輝かし、咲く花が散り行くようにこの世から散っていかれたような私の王です。

右三首、二月三日作謌
注訓 右の三首は、二月三日に作れる謌


集歌478 桂巻毛 文尓恐之 吾王 皇子之命 物乃負能 八十伴男乎 召集聚 率比賜比 朝猟尓 鹿猪踐越 暮猟尓 鶉雉履立 大御馬之 口抑駐 御心乎 見為明米之 活道山 木立之繁尓 咲花毛 移尓家里 世間者 如此耳奈良之 大夫之 心振起 劔刀 腰尓取佩 梓弓 靭取負而 天地与 弥遠長尓 万代尓 如此毛欲得跡 憑有之 皇子乃御門乃 五月蝿成 驟驂舎人者 白栲尓取著而 常有之 咲比振麻比 弥日異 更經見 悲召可聞

訓読 かけまくも あやに恐(かしこ)し 吾(われ)し王(きみ) 皇子し命(みこと)し物部(もののふ)八十(やそ)伴(とも)の男(を)を 召(め)し集(つど)へ 率(あとも)ひ賜ひ 朝(あさ)狩(かり)に 鹿猪(しし)踏み越し 暮狩(ゆふかり)に 鶉雉(とり)踏み立て 大御馬(おほみま)し口(くち)抑(おさ)へとめ 御心を 見(め)し明(あか)らめし 活道山(いくぢやま) 木立の繁(しげ)に 咲く花も 移(うつ)ろひにけり 世間(よのなか)は 如(かく)のみならし 大夫(ますらを)し 心振り起し 剣刀(つるぎたち) 腰に取り佩き 梓(あずさ)弓(ゆみ)靫(ゆぎ)取り負(お)ひて 天地と いや遠長に 万代(よろづよ)に 如(かく)しもがもと 憑(たの)めりし 皇子の御門(みかど)の 五月蝿(さばへ)なす 騒(さわ)く舎人(とねり)は 白栲に取りて著(つけ)てし常ありし 笑(ゑま)ひ振舞(ふるま)ひ いや日(ひ)に異(け)に また經て見れば 悲しめすかも

私訳 高貴で気品高くいられるも、真に恐れ多い私の王である皇子の命に従う立派な男達の沢山の供を召し集められて率いなされて、朝の狩りに鹿や猪を野を踏み野から起こし、夕辺の狩りで鶉や雉を野を踏み追い立て、皇子の乗る大御馬の口を引いて抑え留め、風景を御覧になって御心を晴れやかにさせた活道山は、木々の立ち木に中に沢山に咲いていた花も時が移り散ってしまった。この世はこのようなのでしょう。立派な男の気持ちを振起し、剣や太刀を腰に取り佩いて、梓弓や靭を取り背負って、天と地とともにますます永遠に、万代までにこのようにあってほしいと頼りにしていた皇子の御門のうるさいほどに集い騒ぐ舎人は、白き栲の衣に取り身に著けて、常に見られた笑顔や振る舞いが日々に変わり、時が過ぎて思い出すと、私だけでなく大夫たる立派な男も悲しく思われるでしょう。

注意 原文の「鹿猪踐越」の「越」は「起」、「取著而」は「服著而」、「更經見」は「更經見者」、「悲召可聞」の「召」は「呂」が正しいとしますが、ここは原文のままとします。


反謌
集歌479 波之吉可聞 皇子之命乃 安里我欲比 見之活道乃 路波荒尓鷄里
訓読 愛(は)しきかも皇子し命(みこと)のあり通(かよ)ひ見(め)しし活道(いくぢ)の路は荒れにけり

私訳 なんともいとしいことよ。皇子の命がつねに通われ眺められた活道の路は荒れてしまった。


集歌480 大伴之 名負靭帶而 萬代尓 憑之心 何所可将寄
訓読 大伴し名(な)負(お)ふ靫(ゆぎ)帯びて万代(よろづよ)に憑(たの)みし心何処(いづく)か寄せむ

私訳 大伴の名に相応しく靭を帯びて、万代にまで皇子の命を頼りにしていたこの気持ちを、どこに寄せたら良いのでしょう。

右三首、三月廿四日作謌
注訓 右の三首は、三月廿四日に作れる謌なり。


悲傷死妻高橋朝臣作謌一首并短謌
標訓 死(みまか)りし妻を悲傷(かな)しびて高橋朝臣の作れる謌一首并せて短謌
集歌481 白細之 袖指可倍弖 靡寐 吾黒髪乃 真白髪尓 成極 新世尓 共将有跡 玉緒乃 不絶射妹跡 結而石 事者不裹 思有之 心者不遂 白妙之 手本矣別 丹杵火尓之 家従裳出而 緑兒乃 哭乎毛置而 朝霧 髣髴為乍 山代乃 相樂山乃 山際 徃過奴礼婆 将云為便 将為便不知 吾妹子跡 左宿之妻屋尓 朝庭 出立偲 夕尓波 入居嘆舎 腋狭 兒乃泣母 雄自毛能 負見抱見 朝鳥之 啼耳哭管 雖戀 効矣無跡 辞不問 物尓波在跡 吾妹子之 入尓之山乎 因鹿跡叙念

訓読 白妙(しろたへ)し 袖さし交(か)へて 靡き寝(ぬ)る 吾が黒髪(くろかみ)の ま白髪(しらか)に なりなむ極(きは)み 新世(あらたよ)に 共に在らむと 玉し緒の 絶えじい妹と 結びてし ことは果たさず 思へりし 心は遂げず 白妙し手本(たもと)を別(わか)れ 柔(にき)びにし 家ゆも出でて 緑児(みどりこ)の 哭(な)くをも置きて 朝霧(あさきり)し おほになりつつ 山代(やましろ)の 相楽(さがらか)山(やま)の 山し際(ま)に 往(ゆ)き過ぎぬれば 云(い)はむすべ 為(せ)むすべ知らに 吾妹子(わぎもこ)と さ宿(ね)し妻屋(つまや)に 朝庭(あさには)に 出立ち偲(しの)ひ 夕(ゆふべ)には 入り居(を)嘆かし脇(わき)せばむ 児の泣く母を男(をとこ)じもの 負(お)ひみ抱(むだ)きみ 朝(あさ)鳥(とり)の 啼(ね)のみ哭(な)きつつ 恋ふれども 験(しるし)を無みと辞(こと)問(と)はぬ ものにはあれど 吾妹子し 入りにし山を 因(よすか)とぞ念(おも)ふ

私訳 夜着の白い柔らかな衣の袖を互いに掛け交わして貴女は私に靡き寄り添い寝る、私の黒髪が真っ白な白髪になるでしょう時、死して生まれ変わり新たな世にも共に過しましょうと、玉を結ぶ紐の緒が長く絶えないように、縁が長く絶えることのない愛しい貴女ですと誓いを結んだ、その約束を果たさず、愛しいと思っていた思いを遂げずに、手巻いた貴女の白く美しい腕と別れ、貴女は親しんだ家も出て行きて、幼子の恨めしく泣くのを置いて、朝霧のようにおぼろになりつつ、山代の相楽山の山の辺りに行ってしまったので、語ることも、何か為すことも判らないので、私の愛しい貴女と寄り添い寝た妻屋を、朝に庭に出て立ち貴女を偲び、夕べには妻屋に入り居て嘆いて、脇におんぶ紐で児を抱く、その児が胸脇を泣き求める母親を、男ながらも児を背負い抱いて朝鳥のように声を張り上げて泣いて貴女を恋い慕っているけれど、何の甲斐もなく、神に教えを願うものではないであるが、私の愛しい貴女が入って逝ってしまった山を貴女とのゆかりとして偲ぶ。

注意 原文の「入居嘆舎」の「舎」は「會」、「腋狭」の「狭」は「挟」、「兒乃泣母」の「母」は「毎」の誤記としますが、ここは原文のままとします。


反謌
集歌482 打背見乃 世之事尓在者 外尓見之 山矣耶今者 因香跡思波牟
訓読 現世(うつせみ)の世しことにあれば外(よそ)に見し山をや今は因(よすか)と思はむ

私訳 現実のこの世の出来事なので、他人ごとと眺めていた山を今は貴女とのゆかりとして思う。


集歌483 朝鳥之 啼耳鳴六 吾妹子尓 今亦更 逢因矣無
訓読 朝(あさ)鳥(とり)し啼(ね)のみし鳴(な)かむ吾妹子(わぎもこ)に今また更(さら)に逢ふよしを無み

私訳 朝鳥のように声を張り上げて泣きましょう。私の愛しい貴女に今後またふたたび貴女と出逢えることはないので。

右三首七月廿日高橋朝臣作謌也 名字未審 但云奉膳之男子焉
注訓 右の三首は、七月廿日の高橋朝臣の作る謌なり。 名、字(あざな)は未だ審(つばび)らかならず。 但し云はく、奉膳(かしはで)の男子(をのこ)。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌450から集歌469まで

2012年03月03日 | 万葉集巻三を鑑賞する
万葉集巻三を鑑賞する


集歌450 去左尓波 二吾見之 此埼乎 獨過者 情悲哀
訓読 去(い)くさには二人吾(あ)が見しこの崎を独(ひと)り過ぐれば情(こころ)悲しき

私訳 奈良の京から筑紫へと去り行くときには二人で私が眺めたこの岬を独りで帰り過ぎると気持ちは悲しい。

一云 見毛左可受伎濃
一(ある)は云はく、
訓読 見も放(さ)かず来ぬ
私訳 遥か眺めることなく帰り来た

右二首、過敏馬埼日作謌
注訓 右の二首は、敏馬の埼を過ぎし日に作れる謌なり。


還入故郷家、即作謌三首
標訓 故郷(ふるさと)の家に還り入りて、即ち作れる謌三首
集歌451 人毛奈吉 空家者 草枕 旅尓益而 辛苦有家里
訓読 人もなき空しき家は草枕旅にまさりて苦しかりけり

私訳 愛しいあの人が居ない虚しい家は、草を枕にするような苦しい旅より、一層、辛いものです。


集歌452 与妹為而 二作之 吾山齊者 木高繁 成家留鴨
訓読 妹として二人作りし吾(あ)が山斎(しま)は木高(こたか)し繁しなりにけるかも

私訳 愛しい妻と二人で作った我が家の庭は、木が高く茂っている。


集歌453 吾妹子之 殖之梅樹 毎見 情咽都追 涕之流
訓読 吾妹子し植ゑし梅木し見るごとに情(こころ)咽(む)せつつ涙し流る

私訳 私の妻が植えた梅の木を見るたびに心もむせるように涙が切に流れます


天平三年辛未秋七月、大納言大伴卿薨之時謌六首
標訓 天平三年辛未の秋七月に、大納言大伴卿の薨(みまか)りし時の謌六首
集歌454 愛八師 榮之君乃 伊座勢波 昨日毛今日毛 吾乎召座之乎
訓読 愛(は)しきやし栄えし君の座(いま)しせば昨日(きのふ)も今日(けふ)も吾(わ)れを召さざしを

私訳 尊敬し華かでいられた貴方がご存命なら、昨日も今日も私をお召しになったのに。


集歌455 如是耳 有家類物乎 芽子花 咲而有哉跡 問之君波母
訓読 如(かく)のみにありけるものを萩し花咲きてありやと問ひし君はも

私訳 このようにしかないのでしょうが、萩の花が咲いているかと、お聞きになった貴方です。


集歌456 君尓戀 痛毛為便奈美 蘆鶴之 哭耳所泣 朝夕四天
訓読 君に恋ふいたもすべ無み蘆(あし)鶴(たづ)し哭(ね)のみし泣(な)かゆ朝夕(あさよひ)にして

私訳 貴方を慕う。ただどうしようもない。葦べの鶴のように血の声を絞って泣くばかり、朝となく夕べとなく。


集歌457 遠長 将仕物常 念有之 君師不座者 心神毛奈思
訓読 遠長く仕(つか)へむものと念(おも)へりし君し坐(ま)さねば心神(こころど)も無し

私訳 遠く長くとお仕えするものと願っていました貴方の、その貴方がいらっしゃらないので気もそぞろです。


集歌458 若子乃 匍匐多毛登保里 朝夕 哭耳曽吾泣 君無二四天
訓読 緑児(みどりこ)の這(は)ひたもとほり朝夕(あさよひ)に哭(ね)のみぞ吾が泣(な)く君なしにして

私訳 赤子は這い回り、朝も夕べも、ただ泣くだけ。そのように私は泣く。貴方がいらっしゃらないので。

右五首、資人金明軍、不勝犬馬之慕、心中感緒作謌。
左注 右の五首は、資人(しじん)金(こむ)明軍(みようぐん)の、犬馬の慕(したひ)に勝(あ)へず、心の中(うち)に感緒(おも)ひて作れる謌なり。


集歌459 見礼杼不飽 伊座之君我 黄葉乃 移伊去者 悲喪有香
訓読 見れど飽かず座(いま)しし君が黄葉(もみちは)の移(うつ)りい去(ぬ)れば悲しくもあるか

私訳 お慕いしてもしきれない、そのようにいらした御方が、黄葉の彩りのように移ろい散り去ってしまうと、これほどに悲しく思えるのでしょうか。

右一首、勅内礼正縣犬養宿祢人上、使檢護卿病。而醫藥無驗、逝水不留。因斯悲慟、即作此謌。
左注 右の一首は、内礼正(ないらいのかみ)縣犬養(あがたのいぬかい)宿祢人上(ひとかみ)に勅(みことのり)して、卿の病を檢護せしめき。しかれども醫藥驗(しるし)無くして、逝く水留らず。これに因りて悲慟(かなし)みて、即ち此の謌を作れり。


七年乙亥、大伴坂上郎女悲嘆尼理願死去作謌一首并短謌
標訓 七年乙亥に、大伴坂上郎女の尼(あま)理願(りがわん)の死去(みまか)れるを悲嘆(かな)しびて作れる謌一首并せて短謌
集歌460 栲角乃 新羅國従 人事乎 吉跡所聞而 問放流 親族兄弟 無國尓 渡来座而 大皇之 敷座國尓 内日指 京思美弥尓 里家者 左波尓雖在 何方尓 念鷄目鴨 都礼毛奈吉 佐保乃山邊 哭兒成 慕来座而 布細乃 宅乎毛造 荒玉乃 年緒長久 住乍 座之物乎 生者 死云事尓 不免 物尓之有者 憑有之 人乃盡 草 客有間尓 佐保河乎 朝河渡 春日野乎 背向尓見乍 足氷木乃 山邊乎指而 晩闇跡 隠益去礼 将言為便 将為須敝不知尓 徘徊 直獨而 白細之 衣袖不干 嘆乍 吾泣涙 有間山 雲居軽引 雨尓零寸八

訓読 栲綱(たくつの)の 新羅(しらぎ)し国ゆ 人(ひと)事(こと)を よしと聞かして 問ひ放(さ)くる 親族(うから)兄弟(はらから) 無き国に 渡り来まして 大皇(おほきみ)し 敷きます国に うち日さす 京(みやこ)しみみに 里家(さといへ)は 多(さは)にあれども いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保(さほ)の山辺(やまへ)に 泣く児なす 慕(した)ひ来まして 布細(しきたへ)の 宅(いへ)をも作り あらたまの 年し緒長く 住まひつつ 座(いま)ししものを 生ける者 死ぬといふことに 免(まぬ)かれぬ ものにしあれば 憑(たの)めりし 人のことごと 草枕 旅なる間(ほど)に 佐保川を 朝川(あさかは)渡り 春日野を 背向(そがひ)に見つつ あしひきの 山辺(やまへ)を指して 晩闇(くれやみ)と 隠(かく)りましぬれ 言はむすべ 為(せ)むすべ知らに たもとほり ただ独(ひと)りして 白栲(しろたへ)し 衣袖(ころもで)干(ほ)さず 嘆きつつ 吾が泣く涙 有間山(ありまやま) 雲居(くもゐ)たなびき 雨に降りきや

私訳 栲の綱の白き、新羅の国から、人々が立派とお聞きになって、言葉をかける親族兄妹もないこの国に渡って来られて、天皇の治められる国に、日が射し輝く京にはいっぱい、町の家は沢山あるのですが、どのようにお思い為されたのか、縁もない佐保の山辺に、泣く子が母を慕うように、慕い来られて、仏門だけでなく床を敷く家をも作って、新しい年に気が改まる、そのような年を長く住んでいらしたのに、生きるものは死と云うことを免れることは出来ないものであるから、頼りにしている人々が皆、草を枕にするような苦しい旅にある間に、佐保川を「朝に川を渡る」ように仏の国に入り、春日野を背後に見て、足を引きずるような険しい山辺を指して、暗闇のようにこの世から隠れなさいました。どうして良いのか判らず、あちらこちらをさまよい、ただ独りだけで、喪の白い栲の涙で濡れた衣の袖を干すことなく、嘆きながら、私が泣く涙は、有間山の雲が山の際に居て棚引き、雨となって降ったでしょうか。


反謌
集歌461 留不得 壽尓之在者 敷細乃 家従者出而 雲隠去寸
訓読 留(とど)めえぬ命(いのち)にしあれば敷栲の家ゆは出でて雲(くも)隠(かく)りにき

私訳 留めることのできない命であるので、床を取る家を出て雲の彼方に隠れてしまった。

右、新羅國尼、名曰理願也、遠感王徳歸化聖朝。於時寄住大納言大将軍大伴卿家、既逕數紀焉。惟以天平七年乙亥、忽沈運病、既趣泉界。於是大家石川命婦、依餌藥事徃有間温泉而、不會此喪。但、郎女獨留葬送屍柩既訖。仍作此謌贈入温泉。
注訓 右は、新羅國の尼(あま)、名を理願(りがん)といへるが、遠く王徳(おうとく)に感(かま)けて聖朝(みかど)に歸化(まゐき)たり。時に大納言大将軍大伴卿の家に寄住して、既に數紀(すうき)を逕りぬ。ここに天平七年乙亥を以つて、忽(たちま)ちに運病(うんびょう)に沈み、既に泉界に趣(おもむ)く。ここに大家石川命婦、餌藥(にやく)の事に依りて有間の温泉(ゆ)に徃きて、此の喪(も)に會はず。ただ、郎女の獨り留(とどま)りて、屍柩(しきう)を葬り送ること既に訖(をは)りぬ。よりて此の歌を作りて温泉(ゆ)に贈り入れたり。


十一年己卯夏六月、大伴宿祢家持悲傷亡妾作謌一首
標訓 十一年己卯の夏六月に、大伴宿祢家持の亡(みまか)りし妾(をみなめ)を悲傷(かな)しびて作れる謌一首
集歌462 従今者 秋風寒 将吹焉 如何獨 長夜乎将宿
訓読 今よりは秋風寒く吹きなむを如何(いか)にかひとり長き夜を宿(ね)む

私訳 今からは秋風が寒く吹くでしょうに、これからどのようにして独りで長い夜を寝ましょう。


弟大伴宿祢書持即和謌一首
標訓 弟(おと)大伴宿祢書持の即ち和(こた)へる謌一首
集歌463 長夜乎 獨哉将宿跡 君之云者 過去人之 所念久尓
訓読 長き夜をひとりや寝(ね)むと君し云へば過ぎにし人し思ほゆらくに

私訳 長い夜を独りで寝るのかと貴方が云うと、死して過ぎ去ていったあの人の事を思い出されます。


又、家持見砌上瞿麦花作謌一首
標訓 又、家持の砌(みぎり)の上の瞿麦(なでしこ)の花を見て作れる謌一首
集歌464 秋去者 見乍思跡 妹之殖之 屋前乃石竹 開家流香聞
訓読 秋さらば見つつ思(しの)へと妹し植ゑし屋前(やと)の石竹花(なでしこ)咲きにけるかも

私訳 秋がやって来たら眺めて観賞しなさいと愛しい貴女が植えた家の庭のナデシコは、咲き出した。


移朔而後悲嘆秋風家持作謌一首
標訓 朔(つき)移りて後に秋風を悲嘆(かな)しびて家持の作れる謌一首
集歌465 虚蝉之 代者無常跡 知物乎 秋風寒 思努妣都流可聞
訓読 現世(うつせみ)し世は常なしと知るものを秋風寒(さぶ)し思(しの)ひつるかも

私訳 現実の世は定まり無きものと知ってはいるが、秋風は寒く、亡き妻を思い出してしまう。


又、家持作謌一首并短謌
標訓 又、家持の作れる謌一首并せて短謌
集歌466 吾屋前尓 花曽咲有 其乎見杼 情毛不行 愛八師 妹之有世婆 水鴨成 二人雙居 手折而毛 令見麻思物乎 打蝉乃 借有身在者 霑霜乃 消去之如久 足日木乃 山道乎指而 入日成 隠去可婆 曽許念尓 胸己所痛 言毛不得 名付毛不知 跡無 世間尓有者 将為須辨毛奈思

訓読 吾が屋前(やと)に 花ぞ咲きたる そを見れど 情(こころ)もゆかず 愛(は)しきやし 妹しありせば 水鴨(みかも)なす ふたり並(なら)び居(ゐ) 手折(たほ)りても 見せましものを 現世(うつせみ)の 借(か)れる身なれば 霑(つ)く霜の 消(け)ぬるしごとく あしひきの 山道(やまぢ)をさして 入日なす 隠(かく)りにしかば そこ念(も)ふに 胸こそ痛き 言ひもえず 名づけも知らず 跡もなき 世間(よのなか)にあれば 為(せ)むすべもなし

私訳 私の家に亡き妻が植えたナデシコの花が咲き出した。それを見ても心も沸き立たず、愛しい貴女が生きていたなら、水に遊ぶ鴨のように二人並んで座り、花を手折って貴女に見せましょうに、この世に命を借りる身なので、木や葉につく霜のように融け消えてしまうように、葦や檜の生える山の山道に向って入日が山に隠れるように、貴女が山に隠れてしまうと、そのことを思うと胸は痛く、語りようもなく、話として名のつけようもなく、生きた印も残すこともないこの世であるので、なんとも仕方が無いことです。

注意 原文の「霑霜乃」の「霑」は「露」の誤記としますが、ここは原文のままとします。


反謌
集歌467 時者霜 何時毛将有乎 情哀 伊去吾妹可 君子乎置而
訓読 時はしも何時(いつ)もあらむを情(こころ)哀(いた)く去(い)にし吾妹(わぎも)か君子(きみのこ)を置きて

私訳 死ぬべき時はいつでもあろうものに、私に辛い思いをさせて死に逝った私の愛しい貴女よ。貴女の私を残して。

注意 原文の「君子乎置而」の「君」は「若」の誤記としますが、ここでは原文のままとします。


集歌468 出行 道知末世波 豫 妹乎将留 塞毛置末思乎
訓読 出(い)でて行く道知らませばあらかじめ妹を留(とど)めむ塞(せき)も置かましを

私訳 この世から出て行く道を知っていたならば、最初から愛しい貴女をこの世に留めるための道を塞ぐ関も置いたのですが。


集歌469 妹之見師 屋前尓花咲 時者經去 吾泣涙 未干尓
訓読 妹し見し屋前(やと)に花咲き時は経ぬ吾が泣く涙いまだ干(ひ)なくに

私訳 愛しい貴女が眺めた家の庭にナデシコの花は咲き、時は経った。私が泣く涙は未だに乾くことも無いのに。

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万葉集巻三を鑑賞する  集歌430から集歌449まで

2012年03月01日 | 万葉集巻三を鑑賞する
万葉集巻三を鑑賞する



集歌430 八雲刺 出雲子等 黒髪者 吉野川 奥名豆風
訓読 八雲(やくも)さす出雲(いづも)し子らよ黒髪は吉野し川し沖になづさふ

私訳 多くの雲が立ち上る出雲の貴女、貴女の自慢の黒髪は吉野の川に中ほどに揺らめいている。


過勝鹿真間娘子墓時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌   東俗語云可豆思賀能麻末能弖胡
標訓 勝鹿(かつしかの)真間(まま)の娘子(をとめ)の墓を過ぎし時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
東の俗語に云はく「可豆思賀能麻末能弖胡(かつしかのままのてこ)」
集歌431 古昔 有家武人之 倭父幡乃 帶解替而 廬屋立 妻問為家武 勝壮鹿乃 真間之手兒名之 奥槨乎 此間登波聞杼 真木葉哉 茂有良武 松之根也 遠久寸 言耳毛 名耳母吾者 不所忘

訓読 古(いにしへ)に 在(あ)りけむ人し 倭父(しふ)幡(はた)の 帯解(と)き交(か)へて 廬屋(とまや)立て 妻問ひしけむ 勝鹿(かつしか)の 真間(まま)し手児名(てこな)し 奥城(おくつき)を こことは聞けど 真木(まき)し葉や 茂くあるらむ 松し根や 遠く久(ひさ)しき 言(こと)のみも 名のみも吾は 忘れせず

私訳 遠い昔にいたと云う男が粗末な倭父の機織りの帯を解き合い、粗末な廬屋を作って妻問いをしたと云う。その勝鹿の真間の手兒名の墓の場所は、ここと聞いたけれど、立派な木の枝葉が茂っているので、松の根のように遠く久しくなってしまった。言い伝えやその手兒名の名前だけでも私は忘れられません。


注意 原文の「倭父幡乃」の「父」は「文」、「不所忘」の「所」は「可」の誤記としますが、ここは原文のままとします。


反謌
集歌432 吾毛見都 人尓毛将告 勝壮鹿之 間間能手兒名之 奥津城處
訓読 吾も見つ人にも告(つ)げむ勝雄鹿(かつしか)し間間(まま)の手児名(てこな)し奥城(おくつき)ところ

私訳 私も見た。人にも告げましょう。勝鹿の真間の手兒名の墓のありかを。


集歌433 勝壮鹿乃 真々乃入江尓 打靡 玉藻苅兼 手兒名志所念
訓読 勝雄鹿(かつしか)の真間(まま)の入江にうち靡く玉藻刈りけむ手児名(てこな)し念(おも)ほゆ

私訳 勝鹿の真間の入り江で波になびいている美しい藻を刈っただろう、その手兒名のことが偲ばれます。


和銅四年辛亥、河邊宮人見姫嶋松原美人屍哀慟作謌四首
標訓 和銅四年辛亥、河邊宮人の姫嶋の松原に美人(をとめ)の屍(かばね)を見て哀慟(かな)しびて作れる謌四首
集歌434 加麻皤夜能 美保乃浦廻之 白管仕 見十方不怜 無人念者
訓読 風早(かぜはや)の美穂(みほ)の浦廻(うらみ)し白つつじ見れども怜(さぶ)し亡(な)き人念(おも)へば

私訳 風早の美穂の浜辺の白いつつじを眺めても心は寂しい。亡くなった人を思うと。

或云 見者悲霜 無人思丹
或るは云はく
訓読 見れば悲しも亡き人思ふに
私訳 眺めると悲しい。亡くなった人を思うと


集歌435 見津見津四 久米能若子我 伊觸家武 礒之草根乃 干巻惜裳
訓読 御稜威(みつ)御稜威(みつ)し久米(くめ)の若子(わくご)がい触れけむ礒し草根の枯れまく惜しも

私訳 とても厳つい久米の若子が手で触れたと云う、その磯の草や木が枯れているのが残念だ。


集歌436 人言之 繁比日 玉有者 手尓巻持而 不戀有益雄
訓読 人言(ひとこと)し繁きこのころ玉あらば手に纏(ま)き持ちて恋ひずあらましを

私訳 他人が貴女に愛を誓うことが多いこのころ、玉でしたら手に巻いて持って、他人と競って貴女を恋い慕うことをしませんが。


集歌437 妹毛吾毛 清之河乃 河岸之 妹我可悔 心者不持
訓読 妹も吾も清(きよき)し河の河岸し妹し悔(く)ゆべき心は持たじ

私訳 愛しい貴女も私も互いに心清く、清見の川のその川岸が崩れるように、後に愛しい貴女が悔いるような心根を私は持っていません。

右案、年紀并所處乃娘子屍作人名已見上也 但謌辞相違是非難別 因以累載於茲次焉
注訓 右は案(かむが)ふるに、年紀(とし)并せて所處(ところ)の娘子(をとめ)の屍(かばね)の作れる人の名は已(すで)に上に見えたり。 但し、謌の辞(ことば)相(あひ)違(た)ひて是非(ぜひ)は別き難(か)たし、 因りて以ちて累ねて茲(ここ)に次(しだい)を載す。


神龜五年戊辰大宰帥大伴卿思戀故人謌三首
標訓 神亀五年戊辰の大宰帥大伴卿の故人(なきひと)を思戀(しの)へる歌三首
集歌438 愛 人之纒而師 敷細之 吾手枕乎 纒人将有哉
訓読 愛(は)しきやし人し纏(ま)きてし敷栲(しきたへ)し吾が手枕(たまくら)を纒(ま)く人あらめや

私訳 ああ、なつかしい。あの人が手枕を纏った、その敷栲の床に伏す私の手枕を纏い寄せる、その人はもういない。

右一首別去而經數旬作謌
注訓 右の一首は、別れ去(い)にて數旬(すうしゅん)を経て作れる歌なり。


集歌439 應還 時者成来 京師尓而 誰手本乎可 吾将枕
訓読 還(かへ)るべく時はなりけり京師(みやこ)にて誰が手本(たもと)をか吾が枕(まくら)かむ

私訳 都に還る時にはなった。その帰る都で誰の手枕を私は枕に引き寄せましょうか。


集歌440 在京師 荒有家尓 一宿者 益旅而 可辛苦
訓読 京師(みやこ)なる荒れたる家にひとり寝(ね)ば旅に益(まさ)りて苦しかるべし

私訳 都にあるしばらく留守をして荒れた家に独りで寝ると思うと、草枕するような旅より心苦しいでしょう。

右二首、臨近向京之時作謌
注訓 右の二首は、近く京(みやこ)に向ふ時に臨(な)りて作れる歌なり。


神龜六年己巳、左大臣長屋王賜死之後倉橋部女王作謌一首
標訓 天平元年(神亀六年)己巳、左大臣長屋王に死を賜(たまはれたま)ひし後に倉橋部女王の作れる歌一首
集歌441 大皇之 命恐 大荒城乃 時尓波不有跡 雲隠座
訓読 大皇(すめろぎ)し尊(みこと)恐(かしこ)し大殯(おほあらき)の時にはあらねど雲隠(くもかく)ります

私訳 天皇は畏れおおい方です。ところが、大殯の時でも無いのに天皇は亡くなられてしまわれた。


悲傷膳部王謌一首
標訓 膳部王を悲傷(かな)しむ謌一首
集歌442 世間者 空物跡 将有登曽 此照月者 満闕為家流
訓読 世間(よのなか)は虚しきものとあらむとぞこの照る月は満ち闕(か)けしける

私訳 人が生きる世界は何と虚しいものであろうか。貴方が亡くなられたのに、この大地を照らす月は、ただ、何もなかったかのように満ち欠けをする。


別訓
集歌442 世間者 空物跡 将有登曽 此照月者 満闕為家流
訓読 世間(よのなか)は空(くう)なるものとあらむとぞこの照る月は満ち闕(か)けしける

私訳 現世の世界は空間認識に基づく仏教理論では空であるらしい。ところが、それにも関わらず、今、照っている月は満ち欠けする。

右一首作者未詳
注訓 右の一首は作れる者、未だ詳(つばび)らかならず。


天平元年己巳、攝津國班田史生丈部龍麿自經死之時、判官大伴宿祢三中作謌一首并短謌
標訓 天平元年己巳、攝津國の班田(はんでん)の史生(ししやう)丈部(はせつかべの)龍麿(たつまろ)の自(みずか)ら經(わな)き死(みまか)りし時に、判官大伴宿祢三中の作れる謌一首并せて短謌
集歌443 天雲之 向伏國 武士登 所云人者 皇祖 神之御門尓 外重尓 立候 内重尓 仕奉 玉葛 弥遠長 祖名文 継徃物与 母父尓 妻尓子等尓 語而 立西日従 帶乳根乃 母命者 齊忌戸乎 前坐置而 一手者 木綿取持 一手者 和細布奉乎 間幸座与 天地乃 神祇乞祷 何在 歳月日香 茵花 香君之 牛留鳥 名津匝来与 立居而 待監人者 王之 命恐 押光 難波國尓 荒玉之 年經左右二 白栲 衣不干 朝夕 在鶴公者 何方尓 念座可 欝蝉乃 惜此世乎 露霜 置而徃監 時尓不在之天

訓読 天雲し 向伏(むかふ)す国し 武士(ますらを)と 云はれし人は 皇祖(すめおや)し 神(かみ)し御門(みかど)に 外(そと)し重(へ)に 立ち候(さもら)ひ 内(うち)し重(へ)に 仕(つか)へ奉(まつ)り 玉葛(たまかづら) いや遠長く 祖(おや)し名も 継ぎ行くものと 母父(ははちち)に 妻に子どもに 語らひて 立ちにし日より たらちねの 母し命(みこと)は 斎瓮(いはひへ)を 前に据ゑ置きて 片手には 木綿(ゆふ)取り持ち 片手には 和細布(にぎたへ)奉(まつ)るを ま幸(さき)くませと 天地の 神し祈(こ)ひ祷(の)み いかならむ 年し月日(つきひ)か つつじ花 香(にほ)へる君し 牛留鳥(にほとり)し なづさひ来むと 立ちて居て 待ちけむ人は 王(おほきみ)し 命(みこと)恐(かしこ)み 押し照る 難波し国に あらたまし 年経るさへに 白栲し 衣(ころも)し干(ほ)さず 朝夕(あさゆふ)に ありつる公(きみ)は いかさまに 思ひいませか 現世(うつせみ)の 惜しきこの世を 露霜し 置きて往(ゆ)きけむ 時にあらずして

私訳 空の雲が遠く地平に連なる国の勇者と云われた人は、皇祖である神が祀られる御門の外の重なる塀に立ち警護して、内の重なる御簾の間に仕え申し上げて、美しい蘰の蔓のようにいよいよ長く、父祖の誉れの名を後世に継ぎ行くものと、母や父に妻に子供にと語らって国を旅立った日から、乳を飲ませ育てた実の母上は、祈りを捧げる斎甕を前に据えて置いて、片手には木綿の幣を取り持って、もう一方の片手には和栲を捧げて、無事に居なさいと天と地の神に祈り願う、いつの年の月日にか、ツツジの花が香るような貴方が、にほ鳥のように道中を難渋して帰って来るかと、家族が立ったままで待っていた人は、大王の御命令を承って、天と地から光が押し輝くような難波の国に、新しき年に気が改まる、そんな年を経るにくわえて、白い栲の衣も着替えて干さず、朝に夕に勤務をしていた貴方は、どのように思われたのか、人の生きる死ぬには惜しいこの世を露や霜を置くように、跡をこの世に置いて死に逝った。まだ、死ぬべき時ではないのに。

注意 原文の「和細布奉乎 間幸座与」を「乎」は「平」の誤記として、一般には「和細布奉 平 間幸座与」と表記して「和細布(にぎたへ)奉(まつ)り 平(たひら)けく ま幸(さき)くませと」と訓みます。ここは句調が悪いのですが原文のままとします。


反謌
集歌444 昨日社 公者在然 不思尓 濱松之上於 雲棚引
訓読 昨日(きのふ)こそ君はありしか思はぬに浜松し上(へ)を雲したなびく

私訳 昨日までこそは、貴方は生きてこの世に在った。思いがけず、浜松の上を人の霊だと云う雲が棚引く。

注意 原文の「濱松之上於」の「上」は不要として「濱松之於」とし「浜松がへに」と句調を合わせます。ここは原文のままとします。


集歌445 何時然跡 待牟妹尓 玉梓乃 事太尓不告 徃公鴨
訓読 いつしかと待つらむ妹に玉梓(たまづさ)の事(こと)だに告(つ)げず往(ゆ)きし公(きみ)かも

私訳 いつ帰ってくるのかと待っているでしょう貴方の妻に、美しい梓の杖を持つ使いを送る事だけも告げずに、死に逝った貴方です。


天平二年庚午冬十二月、太宰帥大伴卿向京上道之時作謌五首
標訓 天平二年庚午の冬十二月に、太宰帥大伴卿の京(みやこ)に向ひて上道(かむだち)せし時に作れる謌五首

集歌446 吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曽奈吉
訓読 吾妹子(わぎもこ)し見し鞆浦(ともうら)し室木(むろのき)は常世(とこよ)にあれど見し人ぞなき

私訳 私の愛しい貴女が眺めた鞆の浦の室木は、常にこの世に生えているのに、それを眺めた人はこの世にない。


集歌447 鞆浦之 礒之室木 将見毎 相見之妹者 将所忘八方
訓読 鞆浦(ともうら)し礒し室木(むろのき)見むごとに相見し妹は忘らえめやも

私訳 鞆の浦の磯にある室木を眺めるたびに、二人して眺めたその妻を忘れることはないでしょう。


集歌448 礒上丹 根蔓室木 見之人乎 何在登問者 語将告可
訓読 礒し上(へ)に根(ね)蔓(は)ふ室木(むろのき)見し人を何在(いづら)と問はば語り告(つ)げむか

私訳 磯の上に根を這わす室木を眺めた人は「今はどうしていますか」と聞かれたたら、出来事を語り告げましょうか。

右三首、過鞆浦日作謌
注訓 右の三首は、鞆の浦を過ぎし日に作れる謌なり。


集歌449 与妹来之 敏馬能埼乎 還左尓 獨而見者 涕具末之毛
訓読 妹と来し敏馬(みぬめ)の崎を還(かへ)るさに独(ひと)りし見れば涙ぐましも

私訳 愛しい貴女と奈良の京から来た敏馬の埼を、筑紫からの帰還の折に独りだけで眺めると涙ぐむ。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌410から集歌429まで

2012年02月27日 | 万葉集巻三を鑑賞する
万葉集巻三を鑑賞する


大伴坂上郎女橘謌一首
標訓 大伴坂上郎女の橘の歌一首
集歌410 橘乎 屋前尓殖生 立而居而 後雖悔 驗将有八方
訓読 橘を屋前(やど)に植ゑ生(お)ほし立ちて居(ゐ)て後(のち)に悔(く)ゆとも験(しるし)あらめやも
私訳 橘を家に植えて、それを育て上げた後にそれを悔いても形として表に現れることはありません

試訳 橘の公の私への愛を受け止めて、その愛情を私の心の中で育てた後になにがあっても、私の心に悔いがあったとしても貴方を責めたり表立って騒ぎ立てることはありません。


和謌一首
標読 和(こた)へたる歌一首
集歌411 吾妹兒之 屋前之橘 甚近 殖而師故二 不成者不止
訓読 吾妹子し屋前(やど)し橘いと近く植ゑてし故(ゆへ)に成らずは止まじ
私訳 私の愛しい貴女の家に橘をとてもすぐそばに植えたのですから、実を成らせずにはおきません。

試訳 私の愛しい貴女が私の貴女を愛する思いを深く受け止めてくれたのですから、その愛の実を成らせずにはおきません。


市原王謌一首
標訓 市原王の謌一首
集歌412 伊奈太吉尓 伎須賣流玉者 無二 此方彼方毛 君之随意
訓読 頂(いなだき)に蔵(きす)める玉は無み二つかにもかくにも君しまにまに

私訳 頭の上で結った髻(もとどり)に秘蔵する玉は二つとはありません。しかしながら、どうなりと貴方の御気のますままに。


大網公人主宴吟謌一首
標訓 大網公人主の宴(うたげ)に吟(うた)へる謌一首
集歌413 須麻乃海人之 塩焼衣乃 藤服 間遠之有者 未著穢
訓読 須磨(すま)の海人(あま)し塩焼き衣(ころも)の葛服(ふぢころも)間(ま)遠(とほ)にしあればいまだ着なれず

私訳 須磨の海で海人が塩を焼く時に着る衣は葛の繊維で作った粗末な服、その目が粗いように、貴女の仲が間遠いので、未だに貴女に慣れ親しんでいない。


大伴宿祢家持謌一首
標訓 大伴宿祢家持の謌一首
集歌414 足日木能 石根許其思美 菅根乎 引者難三等 標耳曽結焉
訓読 あしひきの石根(いはね)こごしみ菅し根を引かば難(かた)みと標(しめ)のみぞ結(ゆ)ふ

私訳 足を引くような険しい山の岩がごつごつしているので、その岩に生える菅の根(女性の愛)を引き抜こうとすると難しいと、標し(求愛)だけ結んだ。



挽謌

上宮聖徳皇子出遊竹原井之時、見龍田山死人悲傷御作謌一首
小墾田宮御宇天皇代 墾田宮御宇者、豊御食炊屋姫天皇也 諱額田謚推古
標訓 上宮聖徳皇子の竹原井に出遊(いでま)しし時に、龍田山に死(みまか)りし人を見て悲傷(かな)しみて御作(つくりま)しし謌一首
小墾田宮の御宇天皇の代(みよ) 墾田宮の御宇は、豊御食炊屋姫天皇なり 諱(いみな)は額田、謚(おくりな)は推古


集歌415 家有者 妹之手将纒 草枕 客尓臥有 此旅人可怜 (可は忄+可)
訓読 家(へ)にあらば妹し手(た)纏(ま)かむ草枕旅に臥(こ)やせるこの旅人(たびひと)あはれ

私訳 故郷の家に居たら愛しい妻の手を抱き巻くだろうに、草を枕にするような辛い旅で身を地に臥せている。この旅人は、かわいそうだ。


大津皇子被死之時、磐余池般流涕御作謌一首
標訓 大津皇子の被死(みまか)らしめらえし時に、磐余の池の般(いは)にして涕を流して御作りませる歌一首

注意 原文の「磐余池般」の「般」は大きな岩石を意味します。ただし、一般には「陂=つつみ」の誤字とします。


集歌416 百傳 磐余池尓 鳴鴨乎 今日耳見哉 雲隠去牟
訓読 百伝(ももつた)ふ磐余(いはれ)し池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲(くも)隠(かく)りなむ

私訳 多くを伝える磐余の池に鳴く鴨を今日だけ見て私は雲の彼方に隠れ去って逝こう

右藤原宮朱鳥元年冬十月
注訓 右は藤原宮の朱鳥元年の冬十月


河内王葬豊前國鏡山之時、手持女王作謌三首
標訓 河内王を豊前國の鏡山に葬(はふ)りし時に、手持女王の作れる歌三首
集歌417 王之 親魄相哉 豊國乃 鏡山乎 宮登定流
訓読 王(おほきみ)し親魄(にきたま)相(あ)ふや豊国(とよくに)の鏡山を宮とさだむる

私訳 王よ。貴方の御気に召されたのか。豊国の鏡山を王の常夜の宮と定め為された。


集歌418 豊國乃 鏡山之 石戸立 隠尓計良思 雖待不来座
訓読 豊国の鏡山し石戸(いはと)立て隠(こも)りにけらし待てど来(き)まさず

私訳 豊国の鏡山よ、その石戸を閉めてお籠りになってしまった。待っているけれどお出ましになられない。


集歌419 石戸破 手力毛欲得 手弱寸 女有者 為便乃不知苦
訓読 石戸(いはと)破(ふ)る手力(たぢから)もがも手(た)弱(よわ)きし女(をみな)しあれば術(すべ)の知らなく

私訳 お籠りになった石戸を引き破る手力が欲しい。手力の弱い女であるので石戸を引き破り再び王に逢う方法を知りません。


石田王卒之時、丹生王作謌一首并短謌
標訓 石田王の卒(みまか)りし時に、丹生(にふの)王(おほきみ)の作れる歌一首并せて短歌
集歌420 名湯竹乃 十縁皇子 狭丹頬相 吾大王者 隠久乃 始瀬乃山尓 神左備尓 伊都伎坐等 玉梓乃 人曽言鶴 於余頭礼可 吾聞都流 枉言加 我間都流母 天地尓 悔事乃 世開乃 悔言者 天雲乃 曽久敝能極 天地乃 至流左右二 杖策毛 不衝毛去而 夕衢占問 石卜以而 吾屋戸尓 御諸乎立而 枕邊尓 齊戸乎居 竹玉乎 無間貫垂 木綿手次 可比奈尓懸而 天有 左佐羅能小野之 七相菅 手取持而 久堅乃 天川原尓 出立而 潔身而麻之身 高山乃 石穂乃上尓 伊座都流香物

訓読 なゆ竹の とをよる皇子 さ似(に)つらふ 吾(わ)が大王(おほきみ)は 隠国(こもくり)の 泊瀬の山に 神さびに 斎(いつ)きいますと 玉梓の 人ぞ言ひつる 逆言(およづれ)か 吾が聞きつる 枉言(まがこと)か 吾が祀(ま)つるも 天地に 悔(くや)しきことの 世間(よのなか)の 悔しきことは 天雲の そくへの極(きは)み 天地の 至(いた)れるさへに 杖(つゑ)策(つ)きも 衝(つ)かずも行きて 夕衢(ゆうまち)占(うら)問ひ 石卜(いしうら)もちし 吾が屋戸(やと)に 御諸(みもろ)を立てて 枕辺(まくらへ)に 斎(いはひ)瓮(へ)を据ゑ 竹玉(たかたま)を 間(ま)なく貫(ぬ)き垂れ 木綿(ゆふ)襷(たすき) かひなに懸(か)けて 天にある 左佐羅(ささら)の小野し 七節菅(ななふすげ) 手に取り持ちて ひさかたの 天つ川原に 出で立ちて 潔身(みそぎ)しましみ 高山の 巌(いはほ)の上(うへ)に 坐(いま)せつるかも

私訳 なよ竹のとをよる采女の歌に詠われた皇子に似た我が大王は、人が隠れるという隠口の泊瀬の山に神のように祀られていますと、美しい梓の杖を持つ使いの人が言うのは逆言でしょうか、私が聞いたのはでたらめでしょうか。私が大王の末永い命をお祈りしても、天上と地上での悔しいことの、人の世の悔しいことは、天の雲が退いていく極み、天と地が接する所に至るまでに、杖をついても、また杖をつかなくても行って、夕方の辻占いで人の言葉を問い、石卜(いしうらな)いもしました。私の家に神祀りの御諸を立て、貴方の枕元には斎瓮を据えて、竹玉を沢山に紐に通して垂らしました。貴方は木綿の襷を腕に掛けて、天上にある左佐羅の小野の七節の菅を手に取って持って、そして、遥か彼方の天上の天の川原に出で立って神の禊をしまった。貴方は高山の巌の上にいらっしゃるのでしょうか。

注意 原文の「枉言加」の「枉」は「狂」の誤記とします。「枉」は「よこしま、ゆがめる」、「狂」は「くるう」の意味ですから、ここは原文の方が良いとします。また「潔身而麻之身」の「身」は「乎」、「伊座都流香物」の「流」は「類」の誤記としますが、これも原文のままとします。


反謌
集歌421 逆言之 狂言等可聞 高山之 石穂乃上尓 君之臥有
訓読 逆言(およづれ)し狂言(たはごと)とかも高山し巌(いはほ)の上に君し臥(こ)やせる

私訳 逆言です。それとも狂言でしょうか。高山の巌の上に貴方がいらっしゃる。


集歌422 石上 振乃山有 杉村乃 思過倍吉 君尓有名國
訓読 石上(いそのかみ)布留(ふる)の山なる杉群(すぎぬら)の思ひ過(す)ぐべき君にあらなくに

私訳 石上の魂を振るという布留山にある杉群の思いを過ぎてしまうような思い出の中の貴方ではないのに。


同石田王卒之時、山前王哀傷作謌一首
標訓 同じ石田王の卒(みまか)りし時に、山前王の哀傷(かなし)びて作れる歌一首
集歌423 角障經 石村之道乎 朝不離 將帰人乃 念乍 通計萬石波 霍公鳥 鳴五月者 菖蒲 花橘乎 玉尓貫(一云、貫交) 蘰尓將為登 九月能 四具礼能時者 黄葉乎 析挿頭跡 延葛乃 弥遠永(一云、田葛根乃 弥遠永尓) 萬世尓 不絶等念而(一云、大舟之 念馮而) 將通 君乎婆明日従(一云、君乎従明日香) 外尓可聞見牟

訓読 つのさはふ 磐余(いはれ)し道を 朝さらず 帰(き)けむ人の 思ひつつ 通ひけましは ほととぎす 鳴く五月(さつき)には 菖蒲(あやめ)草(ぐさ) 花橘を 玉に貫(ぬ)き(一(あるは)は云はく、貫(ぬ)き交(か)へ) かづらにせむと 九月(ながつき)の 時雨(しぐれ)の時は 黄葉(もみぢ)を 析みかざさむと 延ふ葛(ふぢ)の いや遠永(とほなが)く(一は云はく、田(た)葛(くず)し根の いや遠長(とほなが)に) 万世(よろづよ)に 絶えじと思ひて(一は云はく、大船し 思ひたのみて) 通ひけむ 君をば明日ゆ(一は云はく、君を明日香より) 外にかも見む

私訳 石のごつごつした磐余の道を朝に必ず帰って行った貴方が、想いながらあの人の許に通ったであろうことは、霍公鳥が鳴く五月には菖蒲の花や橘の花を美しく紐に貫きあの人の鬘にしようと、九月の時雨の時には黄葉を切り取ってあの人にさしかざそうと。野を延びる藤蔓のように、いっそう久方に長く万世に絶えることがないようにと想って通われた。そんな貴方を明日からは他の世の人として見る。


注意 原文の「通計萬石波」の「石」は「口」の誤記としますが、ここは原文のままとします。また「君乎従明日香」の「香」を「者」の誤記としますが、これも原文のままとします。


右一首、或云、柿本朝臣人麿作。
注訓 右の一首は、或は云はく、柿本朝臣人麿の作といへり。


或本反歌二首
標訓 或る本の反歌二首
集歌424 隠口乃 泊瀬越女我 手二纏在 玉者乱而 有不言八方
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)娘子(をとめ)が手に纏(ま)ける玉は乱れてありと言はずやも

私訳 人の隠れると云う隠口の泊瀬の娘女の手に捲いている美しい玉が紐の緒が切れて散らばっていると言うのでしょうか。


集歌425 河風 寒長谷乎 歎乍 公之阿流久尓 似人母逢耶
訓読 河風し寒き長谷(はせ)を嘆きつつ君し歩(ある)くに似る人も逢へや

私訳 河風の寒い泊瀬で嘆げいていると、貴方の歩き方に似た人に逢へますか。

右二首者、或云紀皇女薨後、山前代石田王作之也。
注訓 右の二首は、或は云はく「紀皇女の薨(みまか)りましし後に、山前、石田王に代りて作れり」といへり。


柿本朝臣人麿見香具山、屍悲慟作謌一首
標訓 柿本朝臣人麿の香具山の屍(かばね)を見て、悲慟(かなし)びて作れる歌一首
集歌426 草枕 騎宿尓 誰嬬可 國忘有 家待莫國
訓読 草枕旅し宿(やど)りに誰が嬬(つま)か国忘るるか家待たなくに

私訳 草を枕にするような野宿する旅の宿りの中に、誰が妻や故郷を忘れたのでしょうか。きっと、故郷の家の人たちはここで草枕している貴方を待っているのに。

注意 原文の「家待莫國」の「莫」は「真」の誤記とし「家待たまくに」と訓みますが、ここは原文のままとします。


田口廣麿死之時、刑部垂麿作謌一首
標訓 田口廣麿の死(みまか)りし時に、刑部垂麿の作れる謌一首
集歌427 百不足 八十隅坂尓 手向為者 過去人尓 盖相牟鴨
訓読 百(もも)足(た)らず八十(やそ)隈(くま)坂(さか)に手向(たむ)けせば過ぎにし人にけだし逢はむかも

私訳 百には足りない八十の、その多くの曲がり角や坂で、その地を司る神に祈ったら死に過ぎていった人に、もしや逢えるでしょうか。


土形娘子火葬泊瀬山時、柿本朝臣人麿作歌一首
標訓 土形娘子を泊瀬山に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌一首
集歌428 隠口能 泊瀬山之 山際尓 伊佐夜歴雲者 妹鴨有牟
訓読 隠口(こもくり)の泊瀬(はつせ)し山し山し際(ま)にいさよふ雲は妹にかもあらむ

私訳 人の隠れる隠口の泊瀬の山よ、その山際にただよっている雲は貴女なのでしょうか。


溺死出雲娘子葬吉野時、柿本朝臣人麿作歌二首
標訓 溺れ死(みまか)りし出雲娘子を吉野に火葬(ほうむ)りし時に、柿本朝臣人麿の作れる歌二首
集歌429 山際従 出雲兒等者 霧有哉 吉野山 嶺霏微
訓読 山し際(ま)ゆ出雲し子らは霧なれや吉野し山し嶺(みね)にたなびく

私訳 山際から、出雲の貴女は霧なのでしょうか、吉野の山の峰に棚引いている。
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万葉集巻三を鑑賞する  集歌390から集歌409まで

2012年02月25日 | 万葉集巻三を鑑賞する
万葉集巻三を鑑賞する



譬喩謌
訓 譬喩謌(たとへうた)

紀皇女御謌一首
標訓 紀皇女(きのひめみこ)の御歌一首
集歌390 軽池之 浦廻徃轉留 鴨尚尓 玉藻乃於丹 獨宿名久二
訓読 軽池(かるいけ)し浦廻(うらみ)行き廻(み)る鴨すらに玉藻の上にひとり宿(ね)なくに

私訳 家の横の軽の池の水面を泳ぎ回る鴨ですら柔らかな藻で出来た褥の上で独りでは夜を過ごさないのに、夫の弓削皇子が亡くなられ私は独り。


造筑紫觀世音寺別當沙弥満誓謌一首
標訓 造筑紫觀世音寺の別當沙弥満誓の謌一首
集歌391 鳥総立 足柄山尓 船木伐 樹尓伐歸都 安多良船材乎
訓読 鳥(とり)総(ふさ)立(た)て足柄山に船木(ふなき)伐(き)り樹(き)に伐(き)り行きつあたら船木(ふなき)を

私訳 鳥総を立てて足柄山で船を作る材木を伐る作業に、樹を伐りに行った。立派な船の材木を(得るために)。


太宰大監大伴宿祢百代梅謌一首
標訓 太宰大監大伴宿祢百代の梅の謌一首
集歌392 烏珠之 其夜乃梅乎 手忘而 不折来家里 思之物乎
訓読 ぬばたましその夜の梅をた忘れて折らず来にけり思ひしものを

私訳 漆黒のその夜の梅の花のことをすっかり忘れて、手折らずに帰って来てしまった。恋焦がれていたのに。


満誓沙弥月謌一首
標訓 満誓沙弥の月の謌一首
集歌393 不所見十方 孰不戀有米 山之末尓 射狭夜歴月乎 外見而思香
訓読 見えずとも誰れ恋ひざらめ山し末(ま)にいさよふ月を外(よそ)し見てしか

私訳 たとえその姿が直接に見えなくても、誰が恋をしないでいられるでしょうか。山際に出かかっている月を想像して、その姿を見るではありませんか。


金明軍謌一首
標訓 金(こむ)明軍(みやうぐん)の謌一首
集歌394 印結而 我定羲之 住吉乃 濱乃小松者 後毛吾松
訓読 標(しめ)結(ゆ)ひて我(わ)が定め期し住吉(すみのえ)の浜の小松は後(のち)も吾(わ)が松

私訳 標しを結んで私のものと決めて誓った住吉の浜にある小松(少女)は、成長した後も私の松(女)です。

注意 原文の「我定義之」の「義之」は、一般に王羲之からのしゃれで「てし」と訓みます。ここでは原文のままに訓んでいます。


笠女郎贈大伴宿祢家持謌三首
標訓 笠女郎の大伴宿祢家持に贈れる謌三首
集歌395 詫馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来
訓読 詫馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(そ)めいまだ着ずして色に出でにけり

私訳 詫馬野に生えると云う紫草で衣を目も鮮やかに染め上げ、それを未だに着てもいないのに、色鮮やかな衣を着たように、はっきりと人の目についてしまったようです。


集歌396 陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎
訓読 陸奥(みちのく)し真野の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

私訳 陸奥にある真野の草原は遠いのですが、それを想像することは出来ると云いますね。


集歌397 奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳
訓読 奥山し磐(いは)本菅(もとすげ)を根深めて結びし情(こころ)忘れかねつも

私訳 奥山にある磐の根元に生える菅の根が深く張るように、しっかりと貴方と気持ちを深めて契った貴方の情けを忘れることが出来ません。


藤原朝臣八束梅謌二首  八束後名真楯 房前第二子
標訓 藤原朝臣八束(やつか)の梅の謌二首  八束は後に名を真楯(またて) 房前(ふささき)の第二子
集歌398 妹家尓 開有梅之 何時毛々々々 将成時尓 事者将定
訓読 妹し家(へ)に咲きたる梅しいつもいつも成りなむ時に事(こと)は定めむ

私訳 尊敬する貴女の家に咲いた梅(家持)が、何時でもそのときに、人として成長したときに人事を決めましょう。


集歌399 妹家尓 開有花之 梅花 實之成名者 左右将為
訓読 妹し家(へ)に咲きたる花し梅の花実にし成りなばかもかくもせむ

私訳 尊敬する貴女の家に咲いた花の、梅の花(家持)が実として成長したならば、どうにかしましょう。


大伴宿祢駿河麿梅謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の梅の謌一首
集歌400 梅花 開而落去登 人者雖云 吾標結之 枝将有八方
訓読 梅の花咲きて散りぬと人は云へど吾が標(しめ)結(ゆ)ひし枝(えだ)にあらめやも

私訳 梅の花は咲いて散って逝くと世の人は云いますが、散って逝くのは私が標しを結んだ枝であるはずがありません。


大伴坂上郎女宴親族之日吟謌一首
標訓 大伴坂上郎女の親族(うから)と宴(うたげ)する日に吟(うた)へる謌一首
集歌401 山守之 有家留不知尓 其山尓 標結立而 結之辱為都
訓読 山守(やまもり)しありける知らにその山に標(しめ)結(ゆ)ひ立てて結(ゆ)ひし恥(はぢ)しつ

私訳 山の番人が居るのを知らないで、その山に誓いの標しを結び立てて、密かな誓いを人に示すと云う恥をかきました。

注意 藤原八束の梅の謌二首に、八束が家持の後見をしてくれる意図を見て、その念押し
の歌と解釈しています。


大伴宿祢駿河麿即和謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の即ち和(こた)へたる謌一首
集歌402 山主者 盖雖有 吾妹子之 将結標乎 人将解八方
訓読 山主(やまもり)はけだしありとも吾妹子(わぎもこ)し結(ゆ)ひけむ標(しめ)を人解(と)かめやも

私訳 山の番人がいるにしても、私の尊敬する貴女が結んだその誓いの標しを、誰か他の人が解くことがあるのですか。


大伴宿祢家持贈同坂上家之大嬢謌一首
標訓 大伴宿祢家持の同じ坂上家の大嬢(おほをとめ)に贈れる謌一首
集歌403 朝尓食尓 欲見 其玉乎 如何為鴨 従手不離有牟
訓読 朝(あさ)に日(け)に見まく欲(ほ)りするその玉を如何(いか)にせばかも手ゆ離(か)れざらむ

私訳 毎朝毎日見たいと深く思う、その玉をどのようにすればこの手から離れずに済むのだろう。


娘子報佐伯宿祢赤麿贈謌一首
標訓 娘子(をとめ)の佐伯宿祢赤麿の贈れるに報(こた)へたる謌一首
集歌404 千磐破 神之社四 無有世伐 春日之野邊 粟種益乎
訓読 ちはやぶる神し社(やしろ)し無かりせば春日(かすが)し野辺(のへ)に粟(あは)蒔かましを

私訳 神の磐戸を押分けて現れた神(天照大神=女神)の社が、もし、無かったら、春日の野辺に粟を蒔く、その言葉のひびきではありませんが、春日の野辺でお逢いするのですが。

注意 原文の「粟種益乎」は、粟蒔く=あはまく=逢はまくの語呂合わせです。また、歌の「神の社」は内妻を意味します。


佐伯宿祢赤麿更贈謌一首
標訓 佐伯宿祢赤麿の更に贈れる謌一首
集歌405 春日野尓 粟種有世伐 待鹿尓 継而行益乎 社師留焉
訓読 春日野に粟(あは)蒔けりせば鹿(しし)待ちに継ぎて行かましを社(やしろ)し留(とど)めし

私訳 春日野に粟を蒔いたならば、鹿を待ち伏せしにたびたびに出て行くのですが、神の社はそのままにしましょう。

別訳 春日野で貴女に逢えるのなら、躊躇しつつもたびたび出かけて行きましょう。その神の社で待っていてください。

注意 原文の「粟種有世伐」は「あはまくありせば」と訓み「逢はまくありせば」、また「待鹿尓」は「ししまちに」と訓み「蹙(しし)まちに=躊躇しつつ」の語呂合わせと思われます。一般に「社師留焉」の「留」は「怨」の誤記とします。歌意は変わります。ここは原文のままです。


娘子復報謌一首
標訓 娘子(をとめ)のまた報(こた)へたる謌一首
集歌406 吾祭 神者不有 大夫尓 認有神曽 好應祀
訓読 吾(あ)が祭(まつ)る神にはあらず大夫(ますらを)に憑(つ)きたる神ぞよく祀(まつ)るべし

私訳 それは私が祭る神ではありません。立派な貴方に憑いた神様(=寄り添った妻)です。大切に祭るべきです。


大伴宿祢駿河麿娉同坂上家之二嬢謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の同じ坂上家の二嬢(おとをとめ)を娉(よば)へる歌一首
集歌407 春霞 春日里之 殖子水葱 苗有跡云師 柄者指尓家牟
訓読 春霞(はるがすみ)春日(かすが)し里し植(うゑ)子(こ)水葱(なぎ)苗(なへ)なりと云ひし枝(え)はさしにけむ

私訳 今年、春霞が立つ季節に春日に住む私と貴女の幼い次女と婚約しましたが、水葱の苗のようで、供して夫婦事をするにはまだ早いと心配されていましたが、その早苗が枝を伸ばすように貴女の娘は、もう十分に女になりました。


大伴宿祢家持贈同坂上家之大嬢謌一首
標訓 大伴宿祢家持の同じ坂上家の大嬢(おほをとめ)に贈れる謌一首
集歌408 石竹之 其花尓毛我 朝旦 手取持而 不戀日将無
訓読 石竹花(なでしこ)しその花にもが朝(あさ)な朝(さ)な手に取り持ちて恋ひぬ日(ひ)無けむ

私訳 貴女が、ナデシコのその花であってほしい。(共寝の翌朝に)毎朝毎朝、その花(貴女)をこの手に取り持って、恋い慕わない日はありません。


大伴宿祢駿河麿謌一首
標訓 大伴宿祢駿河麿の謌一首
集歌409 一日尓波 千重浪敷尓 雖念 奈何其玉之 手二巻對寸
訓読 一日(ひとひ)には千重(ちへ)浪しきに思へどもなにその玉し手に纏(ま)きついき

私訳 一日の内に千度も浪が折り敷くように繰り返しあの方のことを思うけど、どのように玉のような貴女の手の内に、その御方を受け止めるのですか。

注意 原文の「手二巻對寸」の「對」は「難」の誤記として「手に巻き難き」と訓みます。
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