万葉うたいびと 風香’s ブログ

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年魚市潟と氷上姉子神社

2016年10月14日 | なごみ
万葉歌を歌う。

考察も重ねて納得して作った歌であることは間違いないのだが、最近は歌の背景について、歌い重ねていくほどに疑問が湧いてくることが多々ある。

それは万葉歌と風土との関わり。

ありがたいことに5年程前からはご依頼頂けるコンサートなどをこなすのが精一杯で、どの疑問もこれが終わってから読み解こうと自身に言い聞かせながら毎年後回しにしている自分がいて、どこかその自分が許せなかった。

時代背景も特化して万葉歌を作り続けている自分であるゆえに、後回しにしている部分がこれから読み解いていこうとしている万葉歌の時代背景と交錯しているように思えてならない昨今。

いよいよ積もり積もった万葉の風土への疑問を1つ1つ読み解いていこうと動き出すことにした。

まずはお膝元、年魚市潟(あゆちがた)。(愛知県の語源とも言われている)

桜田へ 鶴鳴き渡る 年魚市潟 潮干にけらし 鶴鳴き渡る(巻3−271/高市連黒人)
さくらだへ たづなきわたる あゆちがた しほひにけらし たづなきわたる

天武、持統朝に活躍した歌人、高市黒人の歌である。

万葉歌はすでにここ愛知県で昨年歌わせていただき完成しているのだが、今回、歌との関連で注目しているのは氷上姉子神社(ひかみあねごじんじゃ)である。
熱田神宮の摂社となる。





祭神は宮簀媛命(みやすひめのみこと)。

名古屋市緑区大高町火上山1−3にあり、名古屋高速、国道23合線(通称名四)沿いに位置している。
元宮は火上山の山上にあるが、持統4年(690年)に麓の現在地に移されたとある。





お恥かしながら、昨年歌に取り掛かるまで存在を知らずにいた私だったが今回初めて訪ねることができた。
それにしてもこの横を今まで数え切れない程通っていたし、何より若かりし日の勤務先がここから程近かったことには何だか因縁を感じずにはいられない。


野鳥保護区に指定されており、なんとも嬉しい限り。




自宅からわずか20分程。早朝出かけたら、運良く宮司さんの祝詞奏上に立ち会えた。


すぐ横にある大高斎田。

元宮付近まで行くと年魚市潟が望めますと宮司さんが教えてくださり、その場所を探し求めたが分からず手書きの地図まで頂き、ならばと2日かけて探索。

まずは年魚市潟。


うっすらと見える山並みは鈴鹿山脈。残念ながら名古屋の景色が変わりすぎていたのと木が茂っており、年魚市潟遠望とまではいかなかったが、古代はこの眼下から鳴海潟といって干潟が形成されている地形であったのが一目瞭然。
ビルや鉄柱は心の中で焼き尽くせばいい。


標高差がよくわかる。


やはり。。。
桜田が見渡せる場所をようやく発見。

天武、持統朝にとっての高市連黒人。

まだまだ青いゆえ、今まで以上に、産み出した楽曲、1曲1曲大切にしていきたいと思う。

それにしても普段は持病の腰痛の痛みと戦っている自分がこんな時だけ山歩きまでできるのが不思議である。








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