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以前にも同じ、もしくは似たタイトルで日記を上げた記憶が、微かにありますが...
ここ最近、どうにも勘弁ならぬことが続いてます(^^ゞ
ただ、職場でのことはグッと飲み込みました。
ただ、消化出来なかった部分は形を変えて、管理職に向かって吐き出してみましたが(笑)
(その後に面談があり、その日の夕方から一つ変化がありました。)
けど、当事者(着火人)は、そんなことなど露程も感じていないでしょうね(苦笑)
私は、(時と場合によりますが)怒りほど無駄で無益で無意味なモノはないと思っています。
ましてや、言い争い等は論外。
この間も、ただ一方的に言うのを聞いていただけで、反論は一切しませんでした。
しようとすれば、勿論出来ました。
けど、ここでムキになり、剥き出しの怒気を顕しても、空しく不毛に終わるのは必定。
ならば、無抵抗主義を貫いた方が得策と判断して、黙して一切語らず。
100歩以上譲って、引き下がりました。
内心、忸怩たる思い、無念たる思いは勿論あります。
けど、後先の事を最優先に考え、所詮はこの程度の人物・・・と、心中蔑んで、溜飲を下げています。
一方でまた、人から見れば大変些細なことなんでしょうが、どうにも堪忍ならぬことが1つありました。
これは、身内で起きたことだからか、沸き上がる怒りは若干吹きこぼれ気味。
多少モノにあたって怒気を吹き出しました。
けど、中々どうして怒気は容易に収まらず。
最後に、まだ入っていなかった風呂に入って、収まるように試みました。
そこでは湯舟に浸かり、目をつぶって入ってくる情報量を制限してみると...
心奥から、何かが沸き上がっている「ような」感覚がありました。
最初ははっきりとあったそれも次第に収まり、いつしか消えていました。
合わせて、怒気もすっかり収まっていました。
それが何なのか。
なんだったのか。
自分のことなのによく解らないないですが、少しだけ、心源知に近づいたのかも・・・しれません。
ここ最近、どうにも勘弁ならぬことが続いてます(^^ゞ
ただ、職場でのことはグッと飲み込みました。
ただ、消化出来なかった部分は形を変えて、管理職に向かって吐き出してみましたが(笑)
(その後に面談があり、その日の夕方から一つ変化がありました。)
けど、当事者(着火人)は、そんなことなど露程も感じていないでしょうね(苦笑)
私は、(時と場合によりますが)怒りほど無駄で無益で無意味なモノはないと思っています。
ましてや、言い争い等は論外。
この間も、ただ一方的に言うのを聞いていただけで、反論は一切しませんでした。
しようとすれば、勿論出来ました。
けど、ここでムキになり、剥き出しの怒気を顕しても、空しく不毛に終わるのは必定。
ならば、無抵抗主義を貫いた方が得策と判断して、黙して一切語らず。
100歩以上譲って、引き下がりました。
内心、忸怩たる思い、無念たる思いは勿論あります。
けど、後先の事を最優先に考え、所詮はこの程度の人物・・・と、心中蔑んで、溜飲を下げています。
一方でまた、人から見れば大変些細なことなんでしょうが、どうにも堪忍ならぬことが1つありました。
これは、身内で起きたことだからか、沸き上がる怒りは若干吹きこぼれ気味。
多少モノにあたって怒気を吹き出しました。
けど、中々どうして怒気は容易に収まらず。
最後に、まだ入っていなかった風呂に入って、収まるように試みました。
そこでは湯舟に浸かり、目をつぶって入ってくる情報量を制限してみると...
心奥から、何かが沸き上がっている「ような」感覚がありました。
最初ははっきりとあったそれも次第に収まり、いつしか消えていました。
合わせて、怒気もすっかり収まっていました。
それが何なのか。
なんだったのか。
自分のことなのによく解らないないですが、少しだけ、心源知に近づいたのかも・・・しれません。
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23:09 from gooBlog production
イチネン blog.goo.ne.jp/takesono/e/c0a…
by kunai52 on Twitter
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あの日、空は一面雲に覆われていました。
薄日も射さず、風の冷たい日でした。
あれから1年。
地震が起きた時と同じ、金曜日。
関東は、あの時と同じく、一面雲に覆われていて、冷たい雨が降り続いていました。
そして11日も、あの時と似て、空には多くの雲が浮かんでいました。
薄日が僅かに射す、肌寒い1日でした。
あの時私は、職場の一室で研修中でした。
次第に強まる地震に、比較的私は冷静でした。
どうせ、直ぐに収まるだろう・・・と。
しかし、その後の混乱と現実は、今もなお、はっきりと記憶しています。
それこそ、昨日のことのようにはっきりと、、、。
これを記している時分のちょうど1年前は、帰路が断たれて職場に居残った人々と、断続的に続く余震と、刻々と入る信じ難い情報に、ただただ茫然としていました。
そして、、、
今年の3月11日14時46分頃、私は北隣の街のショッピングモールにいました。
館内には、アナウンスで黙とうの呼び掛けがありました。
ちょっと、段取りがイマイチだったのは残念でしたが、歩きを止めて、暫し黙とうを奉げました。
そこに様々な思いを込め、奉げました。
黙とうを捧げたのは、勿論、私のみならず。
周りでも、多くの人が黙とうを捧げていました。
職場は、震災後に様々な被災地域支援を行っています。
私も、僅かならそれに助力しています。
東北は、私的にも思入れの強い地域。
元の通りではなく、元以上の復活復興を遂げられることを、強く、強く願います。
しかし、その障害として立ちはだかっているのが、がれきだと聞きました。
その処分を巡って、他の地域で反対運動が起こっているようです。
特に今アツイのが神奈川の横須賀。
「県内の産廃以外は持ち込まない」条件で作られた産廃処分場に、宮城の震災がれきを持ち込むことに対して反対しているようです。
原則は尤もですが、ここは・・・・・・はと、私的には思います。
我が街にそれが来ることになれば、どうするか?!
私は勿論、賛成したいと思います。
ただ、前々から思っているのですが、あれを、土地の嵩上げや防潮築堤の資材として使えないのか・・・な?!ということ。
あのがれきの定義上、いろいろな法的な拘束がある・・・とも聞きましたが、少々安直かもしれませんが、そうすれば、有効活用になる・・・と思うのは、私だけなのでしょうか。。。
ところで。
職場には先日、所管官庁から弔旗と黙とうの協力要請(通達)がありました。
そこには、以下の様な文章が付けられていました。
---------------
弔旗掲揚については、「大喪中ノ国旗掲揚ノ件」(大正元年7月30日閣令第1号)に準拠し、竿球は黒布をもって覆い、旗竿の上部は黒布を付することとする、が、弔旗として半旗掲揚の慣行のあるところでは、それに従ってもよい。
---------------
これは、明治天皇の崩御を受けて発令されたものですが、半旗以外に、こうした作法があったことは、正直、知りませんでした。
ゆえに、その一文を記録してここに掲載しました。
しかも、ちょうど今から100年も前に発令された閣令(現在の内閣府令に相当)が、今もなお、政府通達に引用されていることに、驚きました。
薄日も射さず、風の冷たい日でした。
あれから1年。
地震が起きた時と同じ、金曜日。
関東は、あの時と同じく、一面雲に覆われていて、冷たい雨が降り続いていました。
そして11日も、あの時と似て、空には多くの雲が浮かんでいました。
薄日が僅かに射す、肌寒い1日でした。
あの時私は、職場の一室で研修中でした。
次第に強まる地震に、比較的私は冷静でした。
どうせ、直ぐに収まるだろう・・・と。
しかし、その後の混乱と現実は、今もなお、はっきりと記憶しています。
それこそ、昨日のことのようにはっきりと、、、。
これを記している時分のちょうど1年前は、帰路が断たれて職場に居残った人々と、断続的に続く余震と、刻々と入る信じ難い情報に、ただただ茫然としていました。
そして、、、
今年の3月11日14時46分頃、私は北隣の街のショッピングモールにいました。
館内には、アナウンスで黙とうの呼び掛けがありました。
ちょっと、段取りがイマイチだったのは残念でしたが、歩きを止めて、暫し黙とうを奉げました。
そこに様々な思いを込め、奉げました。
黙とうを捧げたのは、勿論、私のみならず。
周りでも、多くの人が黙とうを捧げていました。
職場は、震災後に様々な被災地域支援を行っています。
私も、僅かならそれに助力しています。
東北は、私的にも思入れの強い地域。
元の通りではなく、元以上の復活復興を遂げられることを、強く、強く願います。
しかし、その障害として立ちはだかっているのが、がれきだと聞きました。
その処分を巡って、他の地域で反対運動が起こっているようです。
特に今アツイのが神奈川の横須賀。
「県内の産廃以外は持ち込まない」条件で作られた産廃処分場に、宮城の震災がれきを持ち込むことに対して反対しているようです。
原則は尤もですが、ここは・・・・・・はと、私的には思います。
我が街にそれが来ることになれば、どうするか?!
私は勿論、賛成したいと思います。
ただ、前々から思っているのですが、あれを、土地の嵩上げや防潮築堤の資材として使えないのか・・・な?!ということ。
あのがれきの定義上、いろいろな法的な拘束がある・・・とも聞きましたが、少々安直かもしれませんが、そうすれば、有効活用になる・・・と思うのは、私だけなのでしょうか。。。
ところで。
職場には先日、所管官庁から弔旗と黙とうの協力要請(通達)がありました。
そこには、以下の様な文章が付けられていました。
---------------
弔旗掲揚については、「大喪中ノ国旗掲揚ノ件」(大正元年7月30日閣令第1号)に準拠し、竿球は黒布をもって覆い、旗竿の上部は黒布を付することとする、が、弔旗として半旗掲揚の慣行のあるところでは、それに従ってもよい。
---------------
これは、明治天皇の崩御を受けて発令されたものですが、半旗以外に、こうした作法があったことは、正直、知りませんでした。
ゆえに、その一文を記録してここに掲載しました。
しかも、ちょうど今から100年も前に発令された閣令(現在の内閣府令に相当)が、今もなお、政府通達に引用されていることに、驚きました。
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