たわごとを ぽつり

関東に来ても、40をとうに超えても、やることは一緒やねん。

ステインアライヴ

2017年09月28日 | たわごと 東へ
明日の朝、関東は少々冷え込むようだ。

電車の中、朝は冷房だったのに夜には暖房へと変わっていた。


天気、気候の話というのは、
無難であり、みんなもれなく共有できる良さがある。


世間はハロウィン、いや、ハロウィーン……

どっちや?

最近はよりネイティブに近い「ハロウィーン」とする媒体も増えている。

ファーストフードじゃなくて「ファストフード」、と同じ論理やね。



読み返してみたら、2006年の春頃に結構おもしろいこと書いてた。

もう11年前。実に不安定な時期だった。

加齢によって落ち着くのは本意ではないのだが、
不安定を楽しめる余裕が、今の自分に果たして残っているだろうか。


安定している時には、刺激という名の不安定を求め、
不安定な時には、平穏という名の安定を求める。


人間は無いものねだりが絶えない、勝手な生き物だ。

しばらくはこうした乱文でリハビリしよう。

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残念なこと

2016年01月21日 | たわごと 東へ
「東京スポーツ」や「日刊ゲンダイ」といった、いわゆる下世話な記事満載の夕刊紙というやつは、仕事帰りのサラリーマンなんかが120円ほどのお金を払って購入し、仕事の疲れを癒しつつ、たまにはほくそ笑みながらひっそりと読むもの、のはずだった。

いわば、限られた人にとっての、狭い空間における活字娯楽。
だからこそデタラメな記事でも鼻で笑っておしまい、の繰り返しで良かったのだ。


それが今では、ネットで誰でも実質無料で読めてしまう。
いいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、こんな危険なことはないと私は思っている。

ゴシップ系夕刊紙と接するには、それなりのリテラシーがないといけない。
基本あんな記事を真に受けて読んではいけない。「ハハハ…また書いてるよこんなこと。」というライトな感覚で、適当にあしらう必要があるのだが、それは紙面をうまく折りたたんで家路に向かう電車の中で読んでいる大人達だからこそできた心得であって、それを未成年のガキや社会を知らない学生どもの全てに求めることはできない。


よって、賢くない人間でも読めてしまうネットニュースに流れてしまうと、うまく消化できない輩はさもそれが真実、立派なマスメディアによる疑いの欠片もない記事と思い込んでしまい、冷静さを書いた中でそれをSNSで広めるという愚行に走ってしまう。。


夕刊紙は読む人を選んだ上でこそ成り立つ、貴重なメディア文化であってほしかった。
正直18禁、いや、学生生徒未成年はいけませんぐらいのフィルターがほしいぐらいだ。
情報化社会の弊害が、こんなところに出てしまったとは、というあくまで私の価値観によるところの「残念」。

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「努力」とは

2014年10月09日 | たわごと 東へ
※こんなもん飲んだからといって、
何の役にも屁のつっぱりにもならん。


「努力が必ずしも報われない世の中」に、
不平不満を漏らす人がいる。


・・・じゃあ考えてもみろ。

「努力が必ず報われる世の中」だったなら。


馬鹿で愚かな人間は、きっと考えるだろう。

いかに要領よく努力するか。

いかに合理的に努力するか。

いかに最速で努力するか。

いかに、努力しないで努力するか。


毎日寝ないで考えるだろう。

毎晩日付が替わるまで社内でミーティングするだろう。

知恵を出し合い、答えを導き、それを金づるにして有料でセミナーを開くだろう。


そして古きよき努力の尊さを、ないがしろにしてしまうのだろう。。



だから、報われない努力というのは存在しなければいけない。

別に可哀想とか非情だとかではなく、努力とて、ただやればいいというものではない。頭を使ってやらねばいけないのだと思う。努力の仕方、というのは重要である。

報われない努力の裏には理由や原因が必ずある。それを考えて、次の努力をする。
この繰り返しが結果として「コツコツ」という言葉そのものだと、俺は思っている。


だから、だから、(※にもどる)

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私観

2014年10月04日 | たわごと 東へ
「いやな世の中になったもんだ」

「生き辛い世の中になったもんだ」

「物騒な世の中になったもんだ」

「昔は良かったよね」


・・・。


今は言わずもがなとして、

たしか5年ほど前もこんな言葉であふれていた。

10年前も、やっぱりそうだった。

20年前も。30年前も。


50年前・・・

当時のニュース映像を見ても、
街頭の市民が口を揃えて言うのは、同じだった。



この世の中というのは、
生きれば生きるほど「ヤなもの」になっていくのか。


いろんなものを見て、いろんなものに触れて、
いろんな人に会って、いろんなことを言われて。

見すぎる、知りすぎることは、いけないことなのか。
加齢なのか、悪知恵がこびりついた心の汚れか、
それとも、ヤなものになっていくのが普通なのか。



がんばらずに生きるのがいいのか、

それとも、がんばって生きたほうがいいのか。



・・・そんなもん他人に聞くな。自分で考えろ。



宗教やセミナーみたいなもんに傾倒したところで、
その先に本当の幸福なんてものはない。

自分がしっかりしていない人生を
いくら良くしようとしたところで、
出費を重ねるという事実以外に何が残ろうか。



生きとったらそれでええんやから、

そのまま生きて生きて、生き抜いたらええねん。




少し前に、少しだけ考えたことがある。


人間は空を飛べん。水にも潜れん。

「地に着いて」生きてる。

なんでやろ。


・・・深い意味があるような、ないような。
 

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満たされるとは、うれしいことだ。

2014年08月16日 | たわごと 東へ
「どん兵衛」は関東、関西でダシが違うので、東上(あるいは西下)することで「どん兵衛」そのものをお土産にできたのだが、この前コンビニに行ったら、東西の「どん兵衛」が並んで売られていた。

関西を離れる時、断腸の思いで別れを告げた「ぼんち揚」や「おにぎりせんべい」も、時に近所のスーパーで山積みになっていたりする。

「radikoプレミアム」のおかげで、ほぼ全国のラジオが聴けるようになった。会社帰り、ABCラジオで甲子園の阪神戦を聴きながら家路につく自分の姿など、ついこの前まで想像すらできなかったのに。

神座、きじ、グリル梵、自由軒・・・今や大阪に行かずとも、帰らずとも、関東でも食せる。


便利な時代になった。特に首都圏にいると、全国のいろんなものが集まってくる。
そして、日本中が近くなったような気分にもなる。


便利さに満たされることが「欲することを無くす」という空しさを生むこともあるのだが、、、


都会とはなんと贅沢な場所か。
人間とはなんと贅沢な生き物か。


最近、考えを変えた。
不便だった頃を懐かしむ、事をやめたのだ。


心のどこかで当時は現在のような世の中を望んでいたはずなのに、それが満たされたとなると今度は無理やり「それはそれでねぇ・・・」などという勝手な解釈で不要な不満を持ち出し、「昔は良かった。不便でも良かった」などと意味のないプレイバックで、満たしてもらったはずの現世にそっぽを向く。


これじゃあ、進歩がない。
良かった昔と悪かった昔の区別ぐらい、ちゃんとつけよう。

満たされる喜びを素直に感じれば、もう少し毎日を楽しく生きれるような気がするのだ。
 

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2年4ヶ月ぶり

2014年07月23日 | たわごと 東へ
ずーっと放置していても、
ここを訪れてくれていた方達がいる。


長い間、何も書いていなくても、
何かを探したいために、何かを思い出したいために
ここに辿り着いてくれた方達がいる。


「ABCニュース速報」
「青春という名のラーメン」
「ノックは無用」


・・・検索結果の上位に、くる。

この「たわごとをぽつり」が。



主が長らく留守にしていても、
なんとなく気になって書いていた事を、
誰かが気になって読みに来てくれる。


中にはウソや誇張もあるけれど、
ブログとて情報であり、メディアの端くれである。


留守の間にもつながっているのなら、
たまには動かしてみよう。

twitterやfacebookは手軽だけど、
手軽なものには「軽い」ものしか残らない。
少なくとも自分の場合は。


改めて。22歳の春。
大学新聞の一スペースから始めた「たわごと」。

途中ブランクを挟みながら18年が過ぎても
「たわごと」は変わらず。


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この瞬間に祈る

2012年03月11日 | たわごと 東へ

被災した人の気持ちは、本人にしか分からない。

大切なものを失った人の気持ちも、本人にしか分からない。



震災も、原発事故も、これからに対する懸念も、

理屈であれこれ言ったところで
すべて「外の意見」なのだと、改めて感じた。



だから、この日も祈る。


命を奪われた方々のために。

心に悲しみを抱える遺族の方々のために。

そして今もなお、故郷を離れて不安な日々を過ごす方々が
1日でも早く戻れるように。


これからも、ずっと。

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この瞬間に祈る

2012年01月17日 | たわごと 東へ
17年前の記憶は、今でも鮮明に残っている。


東日本大震災の大きな揺れを間に挟んでも、
17年前の寒い朝。円を描くように激しく揺さぶられた
あの日の記憶は、ハッキリと残っている。


こたつの中に隠れ、じっと目をつむり、
揺れが収まるのを待つ時間が長く長く感じられた
あの日の記憶は、一生消えないだろう。


阪神・淡路大震災に対する捉え方は人それぞれだと思う。
「復興を果たした」と考える声も多くなっているが、
ひとり暮らしの孤独死の問題は年々深刻になっている。

何より、震災後に他府県へ避難した人達も少なくない。
今となっても、神戸に帰ってきたくても、帰ってこられないという
現実がある。


1月17日。そして3月11日。


忘れてはならない。ずっと記憶から消してはならない出来事を
どれだけの日本人が共有できるのか。


「がんばろう日本」という言葉の意味を
心底から噛みしめて毎日を生きなければ。


そう感じながら、今年もテレビの前で手を合わせ、
6434人の犠牲者に祈りを捧げる寒い朝。


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いい年にしましょう

2012年01月04日 | たわごと 東へ
この年末年始は旅という名の移動が多くて、
気温等々の変化についていけず、本格的な風邪をひきながらも
食べるものはきちんとおいしく食べて増量して帰ってきました。


年末には25年ぶりに伊勢神宮へ行ったのですが、
やはり小学校の修学旅行で「連れ回された」記憶というのは
ほとんど残っていないもので、

年を重ねて静かな自然の奥深さ、神社という場所の荘厳さと
いったものが少しばかり分かるようになってきた今だからこそ、
お伊勢さんを詣でるということに対する意義を認識した上で
手を合わせることができる。


行きたい場所へ行く。旅の本質といいましょうか。。。
おかげ横丁にて伊勢うどんや赤福本店のぜんざい、
行列ができる豚捨のコロッケなど、もちろん食べるものは
しっかり食べて、休日を満喫した訳です。



昨年はマラソンのあれこれを除いても、
人生2度目の大きな地震、突然の耳の血腫で病院通いに明け暮れた
夏休みをはじめ、大なり小なりいろんなことがありましたが、


今年はいい年になりますように、ではなく
「いい年にします」という気概で前を向いていきましょう。



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「B級グルメ」を荒らした人たち

2011年11月12日 | たわごと 東へ
長らく、本当に長らく更新が滞っていたのは、


何の狙いもございません。筆不精が長引いたというのが最も適当でしょう。


とはいえ、突発的筆不精に罹った私でも、
このタイミングでは書いておきたかった。


この週末、姫路でB-1グランプリが開催されております。

先に書きますが、私はこのB-1グランプリに対してあまり好意的ではありません。


案の定というか何というか、テレビでも表現がまちまちです。


「B級グルメナンバーワンを決める・・・」
「ご当地グルメの祭典・・・」


そもそも「B級グルメ」って何なの?
というか、今までどんな位置づけだったの?

というかいつからこんなA級扱いされる存在になったの?という疑問が最も大きいですが、私としては。



B級グルメっていうのは、


何よりまず「お店ありき」であり、

とりあえず誰でも買える値段の安さで、

とにかく店構えが素朴で、店主に強い欲がなくて、

“値段の割に”美味しくて、なおかつ「ホッとする」味で、

自ら大々的に宣伝することなく、かといって世間でもそれほど知名度が高くない、いわば泉麻人のような著名人が食いついたことで、ポッと小さな炎が上がる程度の知られ様。


これらが、私の考える価値観であります。



そんな私から見ると、
今日のB-1グランプリというのは、

何やら的外れだらけの捉え方、さらには
B級グルメという肩書きを流行り言葉として
利用せんとばかりに躍起になってる雰囲気もあって
違和感というかもう嫌悪感までいってしまいそうな勢いの
勘違いっぷりではないか、酷いじゃないかと思ってしまいます。


B級グルメの基本は「ローコストローリターン」。
あんなに頑張ってお金かけてまで味を追求してはいけません。

B級グルメの基本は「知る人ぞ知る」。
のぼりやポスターをいっぱい作って人を集めるための宣伝をするのは間違っています。


安くて美味ければ、それでB級グルメだと思っている輩も多いようですが、
グランプリに出て優勝を狙うなんていう『強欲』を持った時点で、既にB級グルメと呼ばれる資格など無いはずなのです。


なみえ焼きそばとか富士宮焼きそばとか横手焼きそばとかは(焼きそばばっかりになってしもた)、あくまで「町興しを目的としたご当地グルメ」であり、その点はちゃんと分けて考えるべきではないでしょうか。



今やB級グルメブームは、B級グルメというものの位置づけまでひん曲げてしまうほどの、迷走を含んだ加熱ぶりに見えます。



グランプリなんてものを作ったことで、

もはや『地方自治体の商売道具』と化してしまったのが
罪作りの最たるものだと私は思いますが・・・



コンテストをやるということは、必死に美味しいものを考えて作らなければならない。

それはもはやA級のグルメにおいてやるべき仕事ですよ。




・・・そういえば埼玉県も、

毎年「B級ご当地グルメ王決定戦」という、無理にB級つけんでもええやんと言いたくなるタイトルで、各自治体が毎回新しいメニューを考えて出品するという状況が生まれていますが、

こうしたB級グルメに対する「完全な意味の履き違え」を間近に目にした私には、もう返す言葉もありません。


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青春という名のラーメン

2011年06月23日 | たわごと 東へ




30代後半以上の方でないと分からないと思いますが、

小学生の頃、カップヌードルになんぞ目もくれず
明星の「青春という名のラーメン」ばっかり食ってた
時代がありました。


「純情コーン」が好きやったんですが、
売れなかったようでラインナップから外されてしまい、
「胸さわぎチャーシュー」に乗り換えて、それでも
やっぱりウマかったので、ズルズル食ってました。

その後、「努力もち」「知的なタコイカ」「勝手にミートボール」
「燃えろハンバーグ」「翔んでるナゲット」と、立て続けに
バリエーションが増え、私も負けじと1つ残らず食い尽くしました。

「翔んでるナゲット」が特にウマかったなぁ・・・





斉藤由貴がCMやっててね。
「胸さわぎ・・・ください」ってね。
バックには中崎英也の「胸さわぎ」。ええ曲ですわ。


最初はストレートな胸キュン系のCMでしたが、

「燃えろハンバーグ」「翔んでるナゲット」あたりは
ホラーテイストで訳の分からんCMになったのが残念。


しかし、青春という名のラーメン・・・
いいコピーを考えよったなぁ。

みんながみんな、青春という言葉を恥ずかしがらずに
ガッチリ受け止めてた時代。まだ小学生の私にはちと早かったけど。


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最後の夜にあたって

2011年06月03日 | たわごと 東へ

またやってきましたね、この時間が。



毎年、6月3日の夜というのは



大晦日以上に、しんみりします。



でもなんか、その、今年の場合は、



いつものしんみりとは違うぞ、という思いであふれておりまして。



底をカツーンと打つような感覚というか、



いや、底をバーンと蹴って、また上へ。



前を向いて生きているのは間違いないですが、



この夜を境に、視線が、



斜め上へ。



斜め上を向かなければ、明るい太陽は見られません。



そしてまた、新しい日々が始まるのです。

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菊正宗

2011年05月24日 | たわごと 東へ

ヒゲを剃ったついでに、


もみ上げも揃えてみる。





右のもみ上げをシェーバーで揃えると、




左のもみ上げもシェーバーで揃えたくなる。




左のもみ上げをシェーバーで揃えると、




右のもみ上げをもう少しシェーバーで揃えたくなる。




右のもみ上げをもう少しシェーバーで揃えると、




左のもみ上げにまた目がいって、さらにシェーバーで揃えたくなる。




左のもみ上げにまた目がいって、さらにシェーバーで揃えると、




右のもみ上げにも目がいって、もっとシェーバーで揃えたくなる。




右のもみ上げに目がいって、もっとシェーバーで揃えると、




左のもみ上げがまた気になって、さらにシェーバーで揃えたくなる。




左のもみ上げがまた気になって、さらにシェーバーで揃えると、




どうしても右のもみ上げが気になって、もっとシェーバーで揃えたくなる。









嗚呼。



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幼少期の膨大な引き出し

2011年05月16日 | たわごと 東へ
以前、仲間内で飲みながら
「人生で最も古い記憶は何?」というテーマで話が盛り上がったことがあります。


みんな必死になって、過去の記憶を限界まで遡るわけですが、

「物心ついた瞬間」をはっきりさせるのは、なかなか困難な作業かもしれません。


ちなみに私はというと、
正確な年齢は不明ですが、

部屋のカーペットにずーっと寝そべっていたのが、私の「最古の記憶」です。

つまり、まだ自分で立てなかった頃。1歳でしょうね。
画としては「横向き」の風景だったのを、なぜか鮮明に覚えているのです。


しかし、上には上がいるもので、
故・中島らも氏は「母親の乳首を吸ってたのをはっきり覚えている」と言うほどですから、
人間の記憶力、そして物心のつき始めの際限はどこにあるのか、非常に興味深いものがあります。


不思議だ、変態だと思われても仕方ありませんが、
私、何かと幼少期の出来事は、些細なことを中心に覚えているのです。


脳をスポンジに例えれば、乾いた状態ならグングン吸収して中のほうへと押し込んでいくので、
なかなか外へ出ていかないという感じでしょうか。


保育園の入園式、
受付で先生に名札をつけてもらった記憶も確かですし、

同じ年、近所のお寺の夏祭り。
屋台の福引で、手作りプロペラ機キットを狙っていた私が
全く望んでいなかった特賞の「ピンクレディーの大型ブロマイド」を当ててしまい、
こんなんいらーん!!と泣きわめいて受け取りを拒否した思い出(祖父が代わりに
もらって帰ってましたが)とか、しっかり覚えています。


特に小学校に入るまでの記憶は、山のように頭にこびりついているのです。
勉強しだすとそっちのほうで脳を使わねばならないからかもしれませんが・・・謎です。
自分でも分かりません。何故なんでしょう。


その頃のテレビの記憶も、ちゃんとあるんですね。
70年代後半~80年代の頭です。

ピンクレディーもキャンディーズもセイントフォーも、
石野真子も大場久美子も井上望も比企理恵も甲斐智恵美も
柏原芳恵も浜田朱里も徳丸純子もその他大勢も、
現役の姿をブラウン管越しに覚えているのです。

従兄姉たちはみんな年上で、日曜の夜は強制的にNHKの「レッツゴーヤング」だったので、
一緒にくっついて見ていた影響も大きいですが、やけにしっかりと覚えているのは何故なのか、
自分でも本当に分かりません。


なんでそんなこと知ってんの?と、年上の嫁からもよく言われますが、
幼少期の脳の吸収力が極めて優れていたから、としか説明のしようがありません。
昨日食べたものすらろくに覚えてない時もあるっていうのに、不思議なものです。

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無事生還。(チャレンジ富士五湖)

2011年05月01日 | たわごと 東へ


自身、初の「フルマラソン超え」となった、
「21thチャレンジ富士五湖」ビギナーズ72kmの部。
9時間49分で、無事に完走しました。


東京マラソンと同じく、頭には埼玉県のマスコット「コバトン」を乗せて。

富士山のデザインにスワロフスキーをあしらった完走メダルは、
コバトンにとってもまた格別のようです。

スタートからゴールまで、たくさんのご声援を頂戴しました。
この場でしかお礼を申し上げられませんが、
皆さん本当にありがとうございました!


中には「鳥!」「カラス!」「あひるちゃん!」などなど・・・
そんなことはいいんです。声を掛けて頂いただけでも
私にとっては十分力になりました。ありがとうございました!


スタートからちょうどフルの距離となる42.1kmで本栖湖手前の折り返し。
そこから復路は30kmを走って、富士北麓のゴールへ。

私は72kmの部でしたが、さらに100km、112kmの部も上にはあります。
交通規制がなく、歩道や側道を走って信号も守ります。

途中には激しいアップダウンもあり、完走率は80~60%という
厳しいレースですが、どれもこれもフルマラソンでは飽き足らなくなった
「美しき変態」がやることなので、普通の生活を送りたい方は
絶対に真似しないでください。


途中で何度も休息を取って、着替えもして、トイレにも行って、
普段のレースとはまったく違う雰囲気はある意味楽しかったです。
どれもこれも、無事に完走できたから言えることですが・・・


とにかくいろんなことがあったので、
詳しいことはまた後日、書こうかと思います。

ちなみに一夜明けて、筋肉痛は全身にじわじわ出ている感じです。
(レース中にサプリをたくさん摂取するからか、局所の痛みはありません)
体重は1kgぐらい減。多少低血糖になっているのか、甘いものが無性に食べたいです。

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