僕とくまの脱線日記

ワンルームで交わされる僕とくまのくだらない会話。
日記と小説のあいだにある
ちょっと変わったブログです。

へちまのような

2017-02-09 01:47:13 | 時事の話
 取り立てて書くことがない一日。そんな日は必ずある。
 終日、部屋の隅で体育すわりをしていたわけではない。仕事してたし、職場での会話もあった。業務も常時落ち着いているわけではなく、時間帯によっては忙しくもなる。波風はあるのだ。しかしそれも毎日続けば平常運転、ルーチンワークでしかない。マンネリ化した日々に着目すべき話題など転がっていない。
「要約すると『ネタがない』ってことでしょ」
 冒頭の文章を口に出して読んでみたら、即座にリックの鋭い検閲が入った。
「これっぽっちも中身がないわ。果汁0.000000001%のオレンジジュースみたい」
「それもう水だろ」
「わかってるじゃない。自分の書いた文章が水のように味気ないって」
 迂遠な皮肉だけどえぐるような痛撃だ。
「別に中身からっぽの文章で1500文字埋めてもいいのよ」
「えっ、いいの?」
 消去して書き直しくらい命じられるかと思った。
「でも読み返したときに『なんだこの中身スカスカの文章は、まるでクリームを抜いたシュー生地のようだ』って滂沱の如く涙を流すに決まっているわ」
「大泣きするほどの後悔はしない。あとシュークリーム例えもしない。なんで甘味ばっか出てくるんだよ」
「じゃあ、何で例えるのよ?」
「え、ええと……」
 自発的に面白いことが言えない僕にユーモアのセンスはない。ここは素直に白旗だ。
「すみませんでし——って僕のお笑い力判定はどうでもいいだろ!」
「ならネタがない話に戻るけれど」
「うう、前門の虎後門の狼」
「訳の分からないことを言わない」
 リックは仕切りなおすかのように、ぽんぽんとこたつの天板を叩いた。
「ネタがないなら探しなさい」
「だから、今日一日取り上げる話題はなかったんだって」
「別にお前の周りで探す必要はないの」
 意味が理解できない。自分が関わっていなければ日記じゃないだろ。
「世の中の出来事に対して自分なりの考えを書く。これだって日記として十分よ」
「つまり、ニュースになっている話題をネタにしろと」
「そういうこと」
 朝食後や仕事の休憩時間中にスマホでニュースを読むことはある。世界情勢やら身近で起こった事件などに目を通せば、自分なりの感想は出てくる。それを具体的に文字にしろということか。
「世界情勢やら金融問題を取り上げろなんて言わないわ。自分が取り上げやすい時事ネタをピックアップすればいいの」
 なるほど。僕はさっそくブラウザを開き、ヤフーニュースのページへ飛んだ。
 国内外、経済関係、エンターテインメント、IT関係などのカテゴリーに分けられたニュースの表題を流し見していく。
「んー……難しいなあ」
 思わず目を細めてしまう。ちょっと一言添えられるような軽い話題が見つからないのだ。
 どこかの町でお祭りがあったとか、動物園で赤ちゃんが生まれたとか、変わった商品が発売されたとか。のどかな話題を取り上げたかった。
 しかし記事の多くは切迫した状況や事件事故など悲しい話題が連なっている。さっそく壁に突き当たった。
「そんなことないでしょう。スポーツ関係なんて書きやすそうじゃない」
「スポーツ全般に興味が薄くて」
「エンタメは? テレビくらい観るでしょう」
「芸能人のプライベートにそこまで興味がない」
「もう少し外に関心を持ちなさい……」
 連続で繰り出される消極的な返しに、さすがのリックも言葉を失っている。
「お前がニュースを読む理由はあるの?」
「あるよ。会話で使うから」
 本性は陰険根暗な僕だが、職場では人当たりの良い人間としてふるまっている。
集団で職場を回している以上、とっつきにくい性格は他人から敬遠され、ひいては業務遂行にも支障を来たす。客から対応についてのクレームを受ける確率も上がる。社会で働く以上、コミュニケーション能力が低いと損失点が多いからだ。
 だから僕は合理的観点から、物腰を柔らかくし性格良しの仮面を装着するのだ。軋轢を回避し人間関係に蝕まれることなく布団に入る。日々の目標である。
 もちろん僕に限らず、社会人の多くは仮面をつけて働き、家に帰れば脱ぎ捨てるのだと思う。そうやって世の中はなんとか回っている。
「良き人間関係構築の手段の一つとして、話題の引き出しを持っておくのは大事だろ」
「お前外面いいんだな」
 リックが意外そうに僕を見上げている。
 だけど意外でも何でもない。僕は中身がないから取り繕う。分厚い張り子の人間なのだから。
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