武産通信

東山三十六峰 月を賞で 雪を楽しみ 花に酔う

1月の武産会

2017年12月05日 | Weblog
 1月の武産会

 1月14日(日) 鏡開き   於、武産道場

 1月28日(日) 武器技修練   於、武道センター

 ※詳しくは案内はがきをご覧ください。


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西郷隆盛書簡 正月三日

2017年12月01日 | Weblog
                                         西郷隆盛

 鳥羽伏見の戦いを読む ~一月三日の西郷隆盛~ 

 慶応四年一月三日申の刻(午後3時~5時)、鳥羽伏見の戦い勃発。戦いの前線に出ないようにいわれていた西郷隆盛(京都在)が、大久保利通( 京都市上京区石薬師通寺町東入る)に宛てた手紙。
 戦線は鳥羽と伏見に展開されていた。ここでは初戦の大勝の報告。幕府軍は官軍の三倍の兵力で心配もあった。西郷は早く追討将軍が任命されるのを願っている。(城南宮宮司・鳥羽重宏)

 西郷隆盛書簡

 大久保一蔵宛   慶応四年正月三日

 今日は御叱りを蒙るべき事と相考え候得共、戦の左右を承り候処、たまり兼ね、
 伏見迄差し越し、只今罷り帰り申し候。初戦に大捷(大勝)、誠に
 皇運開き立つ基と大慶此の事に御座候。兵士の進退実に感心の次第驚き入り申
 し候。追討将軍の儀如何にて御座候や。明日は錦旗を押し立て、東寺に本陣を
 御据下され候得ば、一倍官軍の勢いを増し候事に御座候間、何卒御尽力成し下
 されたく合掌奉り候。頓首。
       正月三夜                            西郷吉之助
    大久保一蔵様

 西郷は国許に二通の手紙を書いた。一通は親友であり、家老である桂右衛門にあてた。鳥羽・伏見の戦争のことを報告した、よろこびにあふれるものであり、一通は川口量次郎にあてたものである。(海音寺潮五郎『西郷隆盛』)

 川口量次郎宛   慶応四年正月十日

 此のたびは私には一向戦いには出られず、八幡は要地難戦と相心得候に付き、
 先晩より窃か(密か)に抜け出し候て参り候処、訳もなく打ち破り、大慶此の事に御座
 候。三日の晩と、たった両度戦場に参り申し候。八幡へ参り候節は、
 君公(島津忠義)より大いに御叱りを蒙り候次第にて頓と戦地へ臨まれず、込まり入り候儀
 に御座候間、定めて信吾抔(西郷従道など)よりかんどう(勘当)を申し付け申すべきと、残念此の事に
 御座候。此の旨急々一左右(一報)迄、此(かく)の如くに御座候。以上。
       正月十日                            西郷吉之助
    川口量次郎様
 

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芥川龍之介の芭蕉雑記

2017年11月19日 | Weblog
 芥川龍之介撰  芭蕉の句

 芭蕉はその俳諧の中にしばしば俗語を用いている。
     梅雨ばれの私雨や雲ちぎれ

 芭蕉は俗語のみならず、漢語をも雅語を正したのである。
     命なりわづかの笠の下涼み
     馬に寝て残夢月遠し茶のけぶり

 芭蕉自身の俳諧は滅多に「調べ」を忘れたことはない。いや、時には一句の妙を「調べ」にのみ託したものさえある。
     夏の月御油より出でて赤坂や
     年の市線香買ひに出でばやな
     秋ふかき隣は何をする人ぞ

 僕はこの芭蕉の二句の中に百年の春雨を感じている。
     春雨や蓬をのばす草の道
     無性さやかき起されし春の雨

 画趣を表わすのに自在の手腕をもっていたのもやはり芭蕉の俳諧に見のがされぬ特色の一つである。
     涼しさやすぐに野松の枝のなり
     夕顔や酔うて顔出す窓の穴
     山賎のおとがひ閉づる葎な
     粽ゆふ片手にはさむひたひ髪

 頗る熱心に海彼岸の文学の表現などを自家の薬籠中に収めている。
     黄鳥や竹の子藪に老を啼
     さみだれや飼蚕煩ふ桑の畑

 芭蕉の俳諧はその動詞の用法に独特の技巧を弄している。
     一声の江に横たふや時鳥
     閑さや岩にしみ入る蝉の声
     木枯に岩吹きとがる杉間かな
     鐘消えて花の香は鐘く夕べかな

 無常の意を寓した作品はたとい鬼趣ではないにもせよ、常にいうべからざる鬼気を帯びている。
     夕風や盆挑灯も糊ばなれ
     稲妻やかほのところが薄の穂

※ 私雨(わたくしあめ)  蓬(よもぎ)   山賎(やまがつ)   葎(むぐら)  粽(ちまき)  黄鳥(うぐいす)  啼(なく)  時鳥(ほととぎす)

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武士のことば 刀剣編

2017年11月17日 | Weblog
 武士のことば 刀剣編

[ア行]
 相槌を打つ
   刀鍛冶が刀に焼きを入れるときの作刀法で、鍛錬の際中に師匠の打つ槌に合わせて弟子が槌を入れること。相手の意向に同調することをいう。
 折紙付き
   刀剣などの製作者や伝来などについての鑑定書のこと。品物とか人物などについて、信用できるものとして保証すること。
 押取り刀(おっとりがたな)
   急な出来事により刀を腰に差す暇もなく手に取ったままの状態から、取るものも取らずに急いで駆けつける様をいう。大急ぎで駆けつけること。

[カ行]
 快刀乱麻を断つ
   良く切れる刀を使用して、もつれた麻を断ち切るということ。難題を明快に処理すること。
 刀折れ矢尽きる
   戦闘の手段を使い果たすこと。物事に立ち向かう手段が無くなること。
 切り結ぶ
   刀を打ち合わせて激しく争うこと。対立することや交錯する、更には正しく向き合って戦うという意味。  
 極め付き
   折紙付きと同じ意味で、すぐれたものとして定評のあること。折紙と同様に鑑定書のことを極書きと呼ぶ。
 金打を打つ(きんちょうをうつ)
   武士が約束を守ることを示すために、刀の刃や鍔を打ち合わせること。武士の作法。
 剣気
   剣から迸る殺気。
 剣風(けんぷう)
   宙を走る刃の凄まじい唸りは風を生じる。刃風(はかぜ)。
 鯉口を切る
   鞘の口が鯉の口に似ているところから鯉口と呼ばれる。左手の親指で鍔を押切る動作をいう。

[サ行]
 三尺の秋水
   三尺は刀の長さ。秋水は冷たく澄んだ秋の水のことで、剣の冴えわたった光をたとえる。研ぎ澄まされた優れた刀剣のこと。
 鞘当(さやあて)
   武士がすれ違い様に刀の鞘が当たったことを口実に争う。鞘咎めともいう。
 鞘走る(さやばしる) 
   意図せずして刀身が鞘から抜けてしまうこと。
 鎬を削る(しのぎをけずる)
   お互いの刀の鎬が削れ落ちるほど激しく打ち合うこと。激しく競り合うこと。
 真打(しんうち)
   一番出来の良いもの。刀鍛冶は刀を数本打ち、一番良いものを依頼主に渡した。  
 切羽詰る(せっぱつまる)
   身動きがとれなくなること。物事が差し迫って、にっちもさっちもいかなくなる様子。尚、切羽とは鐔を挟み込む金具のこと。
 反りが合わない
   互いの性格や考え方が合わないために、うまくやっていけないこと。刀身と鞘の反身が合わないと、鞘に刀を納め難いから。

[タ行]
 単刀直入
   前置きなしに、いきなり本題に入ること。刀一振りを身におびて単身で敵陣に斬り込むこと。
 鍔迫り合い(つばぜりあい)
   お互いに拮抗したまま押し合うことで、剣術の膠着状態に例えての表現。 争う双方の勢力に差がなく、緊迫した状況で勝負を争う様子。
 付け焼き刃
   一時の間に合わせに、にわか仕込みで覚え込んだ知識や技術のこと。切れ味の悪い鈍刀に、鋼の焼刃を付け足したこと。
 伝家の宝刀
   普段は使わずに、いざという時に出すとっておきの手段、切り札のこと。最後の強行手段。伝家とは、先祖から代々その家に伝わるもの。

[ナ行]
 抜打ち
   抜刀と同時に素早く斬りつけること。予告をしないで出し抜けに事を行ったり、前触れなしに急に実行すること。
 抜き差しならぬ
   刀を抜くことも出来なければ、差すことも出来ない状態。身動きがとれず、解決の方法が見出せない状況のこと

[ハ行]
 刃鳴り
   刀を振り下ろしたときに発生する音。刃音(はおと)。
 刃圏(はけん)
   刀の届く間合いのこと。
 火花を散らす
   互いに激しく刀を打ち合わせて戦うこと。闘志をむき出しにして激しく勝負を争うの意。
 懐刀(ふところがたな)
   懐中に持つ小さな守り刀。秘密の計画などにあずかる腹心の部下のこと。秘密兵器のことを指す場合もある。

[マ行]
 目釘を改める
   目釘は、剣の刀身を柄に固定させる釘で竹や鉄などが用いられる。その目釘を点検すること。
 目貫通り(めぬきどおり)
   目釘を覆う精緻美麗な金具で、よく目立つことから、人通りが多く立地がよい場所の例えに使われる。
 元の鞘に収まる
   刀は他の鞘にはうまく入らないが、本来の鞘にはすんなりと収まることから、仲違いした相手と再び元の関係に戻ること。

[ヤ行]
 焼きを入れる
   刀鍛冶が刀身を焼いて鍛えること。弛んでいる者に気合いを入れること。意にそぐわない者に制裁を加える。
 焼きが回る
   刀の焼入れで火が回り過ぎるとかえって切れ味が悪くなったり脆くなることから、年をとるなどして頭の働きや腕が鈍ること。
 焼き直し
   既成の作品などに手を入れて、新しいものの様にすること。新作であるかのように仕立て直すこと。

[ワ行]
 業物(わざもの)
   名匠が鍛えた、切れ味がすぐれた刀剣。

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ちゃんと歩ける熊野古道

2017年11月15日 | Weblog
[書籍案内]

 春野草結の本 最新版!!

 『ちゃんと歩ける熊野古道 中辺路・伊勢路』 山と渓谷社刊

 世界遺産に登録された熊野古道は、平安時代末期の歌謡集の梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」に、「熊野に参るには、紀路と伊勢路のどれ近し、どれ遠し、広大慈悲の道なれば、紀路と伊勢路も遠からず」とある。また、近世の里謡にも「伊勢に七度、熊野に三度」と詠われる、二大聖地をたどる巡礼地である。

 内容紹介
 こんな街道地図はこれまでなかった! この一冊で迷わず歩ける、熊野古道(中辺路・伊勢路)をとことん歩きたい人におすすめ。持って歩きやすく地図の見やすさにも配慮したハンディサイズ。熊野古道の中でも最もポピュラーで歩く人が多いのが、紀伊田辺から熊野本宮に至る中辺路ルート(3ルート)と、伊勢神宮から熊野速玉大社へ向かう伊勢路である。本書はこの全長272キロを徹底して紹介するもので、山中での分岐点となる王子や道しるべをはじめ、茶店やトイレ、宿泊施設、エスケープルートなどを網羅。

 ●中辺路 全102km
   紀伊田辺駅~熊野本宮大社 65km
   大日越え 3km
   熊野本宮大社~川舟センター 14km
   熊野速玉大社~熊野那智大社 20km
 ●伊勢路 全170km
   伊勢神宮内宮~熊野速玉大社 170km
 中辺路130km、伊勢路170kmの詳細地図。 (「BOOK」データベースより)

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伏見寺田屋 野風呂の句

2017年11月13日 | Weblog

                                刀痕はいづこ寺田屋寒柱   野風呂
  
                                寺田屋の昔語りや柳の芽   野風呂


 鈴鹿野風呂は、京大三高俳句会で日野草城らとともに「京鹿子」を創刊し、後、主宰となる。京都市左京区岡崎にあった大日本武徳会の、武道専門学校最後の第十代校長を務めた。本名、鈴鹿登。

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伏見寺田屋 焼失

2017年11月09日 | Weblog
                          「伏見市街焼失の図」かわら版/京都市歴史資料館蔵

 おりょうは、素裸になった。
 小柄だが、色が白く、肉付がしまって、敏捷な森の小動物をおもわせるような体をもっている。

 窓は裏通りに面している。
 おりょうは手をのばしてそれを閉めようとして、あっと声をのんだ。
 裏通りに、びっしりと人がならんでおり、提灯が動いている。
(補吏。ー)
 と思ったとたん、おりょうはそのままの姿で湯殿をとびだした。自分が裸でいる、なんどとは考えもしなかった。
 裏階段から夢中で二階へあがり、奥の一室にとびこむや、
「坂本様、三吉様、補り方でございます」
 と、小さく、しかし鋭く叫んだ。
 竜馬はその言葉よりも、むしろおりょうの裸に驚いた。昂奮しているせいか、目にまばゆいほどに、桃色に息づいている。
「おりょう、なにか着けろ」   (池波正太郎『竜馬がゆく』)

 平成20年9月25日、京都市は「寺田屋は焼失」と公式見解を発表した。
 京都市歴史資料館の調査では、慶応4年の鳥羽伏見の戦いで発生した火災を伝えた瓦版が焼失範囲の中に寺田屋を記していたほか、寺田屋が過去にこの位置にあったことを示す寺田屋遺址の碑が現在の建物の東側にあるなど、計9件の資料を精査。その結果、当時の建物は焼失と判断した。

 資料 1~3 かわら版3種  京都市歴史資料館蔵

 資料 4 寺田屋伊助申立書  京都大学図書蔵
        此事ニ因リ、其後勤王家ノ浪士ヨリ詩歌抔贈ラレ候モ、惜哉戊辰ノ兵燹ニ罹リ家屋諸共焼失シ
         今ハ只左ノ二品ノミ所有致居申候  明治三十九年五月  寺田伊助

 資料 5 寺田屋おとせ書状  京都国立博物館蔵
        まだまだたんとたんともふし上事もやまやまに候へ共此頃はよそにかゝり人に成おもふにまかせす
         内もかり屋を立居申候ゆへほんのあらまし申上候

 資料 6 薩藩九烈士遺蹟表
        碑文「今茲甲午三十三囘忌辰伏見人追慕修祭建銅表于寺田屋遺址請文于余」
         大意「ことし明治27年は九烈士の三十三回忌で、伏見の住人は供養を行い寺田屋の遺址に
          銅の碑を建て、その碑文をわたしに依頼した」 (歴史資料館作成)

 資料 7 寺田屋恩賜紀念之碑
        碑文「五月六日伏見町の大黒寺に詣り九烈士の墳墓を展し又寺田屋の遺跡をも憑吊せしに(中略)
         曩に其旧宅の跡に建てられたる九烈士の碑の側に一碑を建て」 
         明治三十七年十二月  逓信大臣從三位勲一等大浦兼武撰 御歌所參候正八位大口鯛二書

 資料 8 伏見町役場編『御大禮記念京都府伏見町誌』 大正12年
        寺田屋遺址字南濱に在り、現在の建物の東隣を遺址とす。薩藩九烈士の殉難、阪本龍馬の遭難等、
         幕末志士の活舞臺たりき、薩藩九烈士遺蹟表、恩賜記念之碑等あり。

 資料 9 西村天囚『紀行八種』 明治32年 誠之堂刊  国立国会図書館蔵
        寺田屋は、伏見の兵火に焚けしかば、家の跡を取拂ひて、近き比此に銅碑を建てゝ、寺田屋は其西に
         建てけり、内に入りて見れば眇なる主人と、油ぎりたる大男と、互に古の事ども物語りつ、伏見殉難
         士傳と云ふ書を贈れり。頓て案内に從ひて東隣の銅碑を見るに、高さ八尺八寸、碑面四尺二寸、横は
         五尺九寸にして、碑頭は三角、雲形を彫りて薩藩九烈士遺跡表と篆題し、碑文は川田博士の撰に成れ
         り。碑の前は砂を敷き、松一本を植ゑ、周圍は鐵もて瑞垣を築けり。

 船宿「寺田屋」は、慶応4年正月の鳥羽伏見の戦で伏見市街が罹災した時に焼けた。

資料文献:京都市歴史資料館

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おむすび考

2017年11月07日 | Weblog
 おむすび考

 日本人の主食は、瑞穂の国が育んだ米である。稲作農耕の歴史をさかのぼると、中国の長江流域では今から一万年も前から稲作が始まっていたことが発掘調査で判明しており、稲作が日本列島に渡来したのは縄文時代の中期と見られる。
 古事記では、須佐之男命に食を乞われた女神が、鼻や口、尻から馳走を取り出したので、須佐之男命が穢らわしいと殺してしまう。殺された女神の各所から五穀が発生して、稲は女神の目から生まれた。この神の名を大気都比売神(おおけつひめ)という。
 おむすびの「むすび」を漢字で書くと、古事記は「産巣日」、日本書紀は「産霊」であり、万物のすべてを創造した高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、神産巣日神(かみむすびのかみ)の御名である。
 「むすび」の「むす」は、発生するとか、生命の意で、「ひ」は神霊や霊力の意。即ち、産巣日は、神霊が守ってくれる生命力であり、天地万物を産み成長させる生成化育をいう。つまり産巣日は、人間の生命と、あらゆるものを産み出す神秘的な根源力ということである。
 人間は、毎日とる食べ物で、自分の生命を養う。米は優秀な主食で、記憶力の向上に役立つレシチンが含まれているという。米飯をかたく握ったおむすびは、命をつなぎとめて、健康を守る食べ物だから、おむすびと呼ぶようになったのであろう。食べ物の質が悪かったり、量的に不足したりすると、やがて生命力は衰えて病気になる。
 だから、神の力を授かるために、米飯を造化の三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)の山型「神の形」にかたどって食べたものが、おむすびなのである。昔の人は、食べ物を「産巣日」とみたのである。
 「气」に「米」と書いて「氣」という。
 稲は米の母体。「いね」は、命の根という語源から生まれたといわれる。天地自然が育む根源的な活力を表す漢字として「氣」の文字が用いられたのである。
 「氣」の中に「米」という文字が入っているのは、昔の人は、米に秘められている威力に気づいていたからではなかろうか。

参考文献:山永久夫『古事記の食』/立川昭二『「気」の日本人』

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鳥羽伏見の戦い150年記念展

2017年11月01日 | Weblog
 京セラ美術館 2017年秋季特別展 『「維新の夜明け~鳥羽伏見の戦い150年記念展』

 京セラ株式会社(社長:谷本 秀夫)は、社会貢献活動の一環で開設している京セラ美術館(京セラ本社ビル1階)において、本年10月28日(土)から12月3日(日)までの約1ヵ月間、2017年秋季特別展「維新の夜明け~鳥羽伏見の戦い150年記念展」を開催いたします。
 京セラ本社ビルの周辺は、1868年(慶応4年)1月3日に鳥羽伏見の戦いが行われた、まさにその地です。戊辰戦争の端緒となったこの戦いから2018年1月で150年となることにちなみ、京セラ美術館にて、本展を開催することとなりました。 本展では、当時の戦いの様子を描いた毛理嶋山官軍大勝利之図、坂本龍馬が寺田屋騒動の後に治療を受けたとされる薩摩藩伏見屋敷の絵図など約60点の貴重な資料を公開する予定です。
 明治維新の舞台であったこの地で、錦絵、絵図、瓦版などの文献資料を通じ、近代日本の樹立に命を懸けた人々の信条と熱い情熱を感じとっていただける特別展となっています。

〔会期〕 2017年10月28日(土)~ 12月3日(日) ※会期中無休
〔会場〕 京セラ美術館(本社ビル1階) 住所:京都市伏見区竹田鳥羽殿町6番地 TEL:075-604-3518
〔開館時間〕 10:00 ~ 17:00 ※入館は閉館の30分前まで
〔入場料〕 無料

〔関連イベント〕
  講演会 会場:京セラ本社ビル2Fプレゼンテーションルーム ※参加無料・事前申込不要
  ①11月18日(土)13:00~ 「 鳥羽伏見の戦いの勝敗を分けたもの」(仮題)  講師 :大和大学准教授 竹本 知行 氏
  ②11月25日(土)15:00~ 「 鳥羽伏見の戦いを読む ー1月3日の西郷隆盛ー」  講師 :城南宮宮司 鳥羽 重宏 氏
                                                 (京セラHPより転載させていただきました)


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DVD 合気の剣・杖  斉藤守弘師範

2017年10月22日 | Weblog
 DVD 開祖直伝『合気の剣・杖』  斉藤守弘師範
 昭和49年に岩間の合気修錬道場で撮影された記録映画。開祖植芝盛平翁から唯一人、合気剣の指導を許された斉藤師範が開祖直伝の合気剣、合気杖の演武をする。組太刀、太刀取り、組杖、杖取り、剣に対する杖術、三十一の杖ほか、気迫溢れる斉藤師範の剣技。開祖が伝えた技そのままに合気道の剣、杖、体術の理合が展開される。

 組太刀は、開祖が古流の太刀を基に合気の原理を加え、残されたものである。組太刀には変化技があるが、開祖はご指導の折、一撃の変化、二撃の変化と称し説明しておられた。これ等の変化技は、剣は勿論のこと体術としても全く同様に応用できるものである。
 従って組太刀は、剣・杖・体術の基本としての性格をもっているのである。
 素振りが出来なければ組太刀に入ることは無理である。万一、組太刀あるいは合わせ法から稽古を始めた場合、体術に必要な腰の安定性が養われないので、素振りを充分に行ってから組太刀を始めて下さい。 (斉藤守弘師範)

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