ポルトガルのえんとつブログ

画家の夫と1990年からポルトガルに住み続け、見たり聞いたり感じたことや旅などのエッセイです。

109. 究極の大衆食堂

2014-06-30 | エッセイ

 外食をする時は、安い、美味い、の条件を備えたレストランが見つかれば良いと思うのだが、でもその二つがそろった店はなかなかない。

 このごろポルトガルのレストランも不況のためかお客が減少し、昔から頑張ってきたレストランやカフェがばたばたと閉店している。そのため、生き残りをかけて、昼食のセットメニューを安くしている店をあちこちで見かける。

 メインの一皿と飲物とコーヒーがセットになって、8ユーロ前後。普通のレストランでは一品の値段が8ユーロ以上するから、ビールやコーヒーが付いて8ユーロはとても安い。でも味は、それなりだ。

 セトゥーバルの出口にあるレストランは、前を通るたびに気にかかっていた店だ。昼時になると駐車場が満杯で、お客がぞくぞくと出入りしている。

 どちらかというと店構えは地味で古臭い感じだが、商用車やトラックがいつも停まっている。

 ひょっとして、安くて美味い店かもしれない!

 でも安くて不味い店かもしれない~。

 その店の前を通るたびに悶々として、なかなか決心が付かなかったのだが、ある日、ちょうど昼時に前を通りがかったので、決心して入ることにした。

 

 

 店の入り口

 

 入ってすぐに道路に面した10ほどのテラス席があり、その左奥に魚を並べたショウケースがあり、生きのよさそうなイワシやアジやタチウオなどが並んでいる。魚を選ぶと、その後にある炭火焼コンロでさっそく焼いてくれる。

 入り口には古びた小さな黒板があり、そこには今日の日替わりメニューが4品ほど書いてある。どれも飲物とサラダ、パン、コーヒーなどが付いて7ユーロ50センチモ。デザートはどれでも1ユーロ50センチモで別料金だが、それを加えてもやはり安い!

 奥に入ると、テーブル席が30以上あり、店内は意外と広い。しかし窓が少ないので外の見晴しは全く期待できない。でも道路に面した席はクルマの騒音が激しく落ち着かないので、室内の席にした。

 まだ時間が早いので、席は選り取り見取り。ウェイトレスも、「どこでも好きな席に座ってください」というので、二つしかない窓側のテーブルを選んだ。少しでも明るいほうが良い。

 メニューを見ると、日替わりメニュー以外にも、種類が多いので、どれにしようかと迷ってしまう。

 値段はほんのちょっと高いが、どれも飲物やサラダ、コーヒーなどが付く。

 デザートもショーケースにびっしりと並び、種類が多い。

 私たちはサルディニャ(イワシ)の炭火焼と豚の骨付きアバラ肉の炭火焼を注文した。

 「ああ、ピアノね」とウェイトレスが言う。

 その意味が料理が運ばれてきた時に初めて判った。ピアノの鍵盤にそっくりなのだ。

 

 

 始めは空いていた店内も、1時近くになるといつのまにか満席になった。

 店の周りにはいろいろな会社や工場があり、昼過ぎになるといっせいにやってくる。中にはボンベイロ(消防士)たちが仕事着のまま8人も来たり、会社の事務関係のスーツ姿の一団が来たり、トラックの運転手だったり、一人暮らし風の老人だったり、様々なお客がやってくる。でも平日なので、家族連れは見当たらない。

 アジア人は私たち二人だけ。

 

 テーブルにはどっしりパンと塩漬けオリーブが置いてあり、そのほかに焼きたての小さな白いパンが配られる。手のひらにすっぽり入るほどの小さなパンだが、熱々だ。

 他の店では見たことがないから、この店独自のサービスだ。

 

 カウンターの中でビールやコーヒーを出したりしているのが、この店のおかみさんで、そのほかにウェイトレスが3人とウェイターが一人、炭火焼係りが一人、皿洗いが一人、料理人は何人か判らないが3人以上はいるかもしれない。

 みんな良く働く。しかもにこにこと愛想が良く、あちこちと走り回っている時にお客が話しかけても気持ちよく受け答えしている。

 

 向いの席に一人で座った老人は、たぶん一人暮らしで、この店の常連さんなのだろう。

 料理を選ぶのにずいぶん時間がかかり、飲物は水を注文したらしい。

 ウェイトレスは小瓶をテーブルに持ってきたのだが、老人は気が変わったらしく、「やっぱり大瓶を持ってきてくれ」と言った。ウェイトレスは水の大瓶を置くと、老人は「いや、よく冷えた水だよ」と、それをつき返した。こちらでは水を買う時は、「フレスカ?ナチュラル?」(冷たいの?常温の?)と尋ねられる。お客が何も言わないと、ナチュラルを出す。冷たくひやした水を飲むと身体に良くないという常識があるのかもしれない。

 さっきからばたばたと走り回っているウェイトレスは、それでも嫌な顔ひとつせず、冷たい水の大瓶を持ってきた。そこに私の料理が運ばれてきたので、老人のことは忘れてしまったのだが、しばらくしてふと見ると、さっき運ばれてきた大瓶はなく、その代りに小さい冷たい小瓶が2本並んでいた。ようやく決定したようだ。老人は手がかかる。

 注文したサルディニャの炭火焼は一人前7尾。でもまだ6月のせいか型が小ぶりだ。サルディニャは7月から脂がのって、型も大きくなる。リスボンのサルディニャ祭は6月初旬に毎年開かれるが、残念ながらまだ小ぶりであまり美味しくない。

 やっぱり7月、8月が最高に美味しい。

 

 

サルディニャとミガス

 

 この店ではサルディニャの炭火焼には小さな皮付きのジャガイモをゆでたものが5個と、ミガスといって、古パンを肉汁で練って味付けをしたものが添えられる。ミガスは他の店でも出てきたが、この店のミガスは味が良い。でも美味しいからといって、調子に乗って食べるとお腹がいっぱいになって、せっかくのサルディニャを食べ残すことになる。

 隣の人が注文した黒タチウオの炭火焼は3切れ乗っている。しかも一切れが大きいので、とても食べきれないだろう。それにジャガイモやミガスやサラダが付いてくるから、いくらなんでも多すぎる。

 と、他人の心配をしているところに、豚肉のあばら骨の炭火焼が運ばれてきた。テーブルにどんと置かれたその姿はまさにピアノ。骨付きのアバラ肉は鍵盤にそっくりだ。でもスペアリブの甘い味付けではなく、天然塩を振りかけて炭火で焼いてある。これは手でつかんで食べるのが良さそう。

 

 デザートは白いメロンを頼んだ。メロンの呼び方は2種類あって、丸いマスクメロンは「メロア」、皮が白か緑の細長いのは「メラオン」という。運ばれてきた白いメラオンは果肉が薄い肌色をして、みずみずしく完熟している。

 この店は値段も安いうえに、料理はとても美味しい。

 しっかりと料理したものを良心的な値段でお客に食べてもらおうという意気込みがとても感じられる。

 究極の食堂ではないだろうか~。

 

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