万葉日記

このブログは万葉集に触れながらの日常エッセイを書き綴るものです。

さよなら2016年

2016-12-28 22:46:48 | エッセイ

2016年も終わろうとしています。来年はどんな年になるでしょうか。

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異界から来るもの

2016-11-05 05:26:15 | エッセイ

『異界から来るものには、良いものもあるし、悪いものある』という考え(あるいは、思想、感覚、伝承、言い伝え)は、文学上や宗教上で、あちこちに散見される。異界というのは、今住んでする世界と異なるところという意味で、奥深き山であったり、大海であったり、外国であったり、異次元世界であったりする。もっと身近に、ある町に住んでいる人にとっては、隣町から来るものも、異界から来るものとなるだろう。あるいは隣に引っ越してきた人も、異界から来たと言っていいだろう。

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ハロウィーン

2016-10-30 17:32:05 | エッセイ

いつからハロウィーンがこんなに派手になったんだろうか?若者が大勢、変装して街に繰り出すなんて。少し前は子供が変装してお菓子をもらって回っていたのに。

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Two concepts of liberty

2016-10-24 23:31:02 | エッセイ

昔昔、大学での英語の授業で、サー・アイザー・バーリンの「Two concepts of Liberty」ていうのがありました。今でも覚えているのが不思議です。もう古典的なバーリンの哲学書で、Two concepts of Libertyでグーグルると論文英語&日本語で検索されてしまいます。

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もう10月

2016-10-03 19:38:58 | エッセイ

早いものでもう10月。ノーベル賞の発表の季節です。

大隈良典さん、医学・生理学賞、おめでとうございます。

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万葉集 見直し 第1巻 第1首

2016-07-13 19:45:02 | 万葉集

万葉集、第29首のエスペラント訳にあたって、今までアップロードした歌を見直してみましょう。

元々の万葉集は、5・7・5のように分かち書きされていたのではなく、文章のように続けて書かれたようです。

それに倣って、エスペラントも分かち書きしないで書いてみましょう。併せて、エスペラントの解説、読み下し文、日本語訳、注釈などを入れてみると、以下のようになります。

太字斜体:題目、斜体:万葉集に書かれている注釈、エスペラントの解釈は青字で書いていました。

Diversaj Utaoj

 En la epoko de la regado de Imperiestro en Hacuse-Asakura-Palaco (Juurjaku)

Utao de Imperiestro, Juurjaku

Kun korbo, kun bela korbo, kun spatelo, kun bela spateleto, sur ĉi monteto, vi kolektas burĝonojn; El kiu hejmo?  Diru al mi vian nomon! Subĉiele, en la lando, Jamato, la tutan landon, mi mem sola regas. La tutan landon, mi mem nure flegas. Kiu diros al vi, tiu estas ja mi, la nomon kaj la hejmon.

(1-1)

(Interpreto)

Ho knabino! Vi havas korbon, vi havas belan korbon. Vi havas spatelon, vi havas belan spatelon. Vi kolektas burĝonojn sur ĉi monteto. El kiu hejmo vi venis? Diru al mi vian nomon! En la lando Jamato, kiun dio vidis subĉiele, ĉiuloke mi ja estas, kaj ĉiujn mi ja regas. Mi mem diru al vi, mian hejmon kaj mian nomon!

読み下し文

籠よ、み籠持ち、ふくしもよ、みふくし持ち、この丘に、菜摘みます児、家聞かな、名告(のら)さね。

そらつみ、大和の国は、押し並べて、我こそ居れ、敷きなべて、我こそいませ、我こそは、告(の)らめ、家も名も 

日本語訳

籠(かご)よ、いい籠を持って、ヘラよ、いいヘラを持って、この丘で菜をお摘みの娘さんよ、家を聞きたい、名のっておくれ。(そらつみ)この大和はことごとくわたしがすべている国だ。隅々まで私が治めている国だ。私こそ告げよう、家も名も。

 

こも:籠のこと。korbo  ふくし:へらのこと。 spatelo   菜:herbo,burĝono   

摘む:kolekti,pluki,deŝiri,ŝirpinĉi,pinĉi

そらつみ:やまとに掛る枕詞  subĉiele dio vidis la landon Jamato. という意味から 「subĉiele」と訳す。

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第1巻 第29首

2016-05-12 20:01:58 | 万葉集

柿本人麻呂の歌が初めて登場する。

かって天智天皇が作られた近江の都、その荒廃した都に立ち寄った時の歌

玉手次 畝火之山乃 橿原乃 日知之御世従 或云 自宮 阿礼座師 神之盡 樛木乃 弥継嗣尓 天下 所知食之 或云 食来 天尓満 倭乎置而 青丹吉 平山乎超 或云 虚見 倭乎置 青丹吉 平山越而 何方 御念食可 或云 所念計米可 天離 夷者雖有 石走 淡海國乃 樂浪乃 大津宮尓 天下 所知食兼 天皇之 神之御言能 大宮者 此間等雖聞 大殿者 此間等雖云 春草之 茂生有 霞立 春日之霧流 或云 霞立 春日香霧流 夏草香 繁成奴留 百磯城之 大宮處 見者悲毛 或云 見者左夫思母

実際は分かち書きはされておらず「玉手次畝火之山乃橿原乃日知之御世従・・・」のように連なって書かれていた。分かりやすく5・7・5で区切っている。

柿本人麻呂の歌の特徴は、助詞や送り仮名を省略した形で、異伝を注した形も多い。読み下し文で<或(ある)は云ふ、「・・・」の「・・・」が異伝。

読み下し文
玉襷(たまだすき) 畝火(うねび)の山の 橿原の日知(ひじり)の御代(みよ)ゆ <或は云ふ、「宮ゆ」> 生(あ)まれしし 神のことごと 樛(つが)の木の いやつぎつぎに 天(あめ)の下 知らしめししを <或は云ふ、「めしける」> 天(そら)にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え <或は云ふ、「そらみつ 大和を置き あをによし 奈良山越えて」> いかさまに 思ほしめせか <或は云ふ、「思ほしけめか」> 天離(あまざか)る 夷(ひな)にはあれど 石走(いはばし)る 淡海(あふみ)の国の 楽浪(ささなみ)の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇(すめろき)の 神の尊(みこと)の 大宮は 此処と聞けども 大殿は此処と言へども 春草の 繁く生(お)ひたる 霞立ち 春日(はるひ)の霧(き)れる <或は云ふ、「霞立ち 春日か霧れる 夏草か しげくなりぬる」> ももしきの 大宮処(おほみやどころ) 見れば悲しも <或は云ふ、「見ればさぶしも」>
 
現代語訳
(玉たすき)畝傍の山の 橿原の 聖天子の御時代から<或本「宮を始めとして」> お生まれになった 歴代の天皇が (つがの木の)次々にここで 天下を 治められたのに <或本「治めて来られた」> (天にみつ) 大和をすてて (あをによし) 奈良山を越え <或本「(そらみつ) 大和をすて (あをによし) 奈良山を越えて> どのように思われたか<或本「思われたのだろうか」> (あまざかる) 僻地ではあるが (いはばしる) 近江の国の 楽浪(ささなみ)の 大津の都で 天下を お治めになったそうである あの天智天皇の 旧都はここだと聞くけれども 宮殿はここだと言うけれども 春の草が いっぱいに生えている 霞が立ち 春の日が霞んでいる<或本「霞が立ち 春の日が霞んでいるのか 夏の草が 茂っているのか」> (ももしきの) この大宮所を 見ると悲しい<或本「見ると心が楽しまない」>
 
(玉さすき)、(つがの木の)、(天(そら)にみつ)、(あをによし)などは枕詞、枕詞を多用するのも柿本人麻呂の歌の特徴。
 
 
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万葉集を外国語に訳すこと

2016-05-09 20:35:41 | 万葉集

万葉集を外国語(エスペラントも含む)に訳す時、どんな課題(或いは困難)があるだろうか。

一番目に、現代日本語へ訳す作業が必要だ。もともと万葉集は漢字で表記されている。漢字の表す意味とは関係なく、漢字の音や訓をかりて日本語の音を表記するのに用いた万葉仮名と称されるもの(字音によるものとして、阿米(アメ・天)・久尓(クニ・国)・許己呂(ココロ・心)、訓によるものとして、名津蚊為(ナツカシ)・八間跡(ヤマト)・夏樫(ナツカシ)・牡鹿(シカ・助動詞)・喚雞(ツツ・助詞)などの類。)、それ以外に漢字の意味を汲んで読み下す表意文字的な場合、漢文の読み下し方など多様である。

更に、万葉集は原本が残されておらず、複数の写本が存在する。この写本から原本を復元していかないといけない。

理想とするのは、その当時、万葉の時代に話されていた類推されるように読み下すことだ。そのためには、当時の文法に合致していないといけない。また、万葉集の中で同じような用法については同じような読み下しがなされる必要がある。万葉集の中には、もはやどのように読み下すかが分からない歌もある。これらの歌については、もはやお手上げなので、今はそのままにしておくしかない。(例、1巻第9首の前半部分、「莫囂圓隣之大相七兄爪謁氣」)

2番目に、読み下しができたとして、それを現代語に訳す必要がある。ここまでは、万葉集の研究者の仕事なので、万葉集の外国語訳を希望する者は、万葉集の研究者の中から、これぞと思う研究者の現代語訳を選んでしまえばいいかもしれない。しかし鵜呑みにはしないで、あくまでも奈良時代、その当時に読まれていたものに近いと思われる理由を持つべきと思われる。(とりあえずは、現時点で可能な限り)

3番目には日本語の現代語を希望する外国語に翻訳する作業になる。詩の形式(日本語の詩の形式の5・7・5.7.7のシラブルで訳するかどうか)、枕詞の取り扱い(意味を類推して訳するか、無視するか)、歌に付随する注釈文の取り扱いなど翻訳に際の方針を決めておくことが必要だ。

最後に、万葉集は成立時期が長期にわたっているけれども、やはり統一して一つの歌集として扱うべきだ。

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広島 造幣局の桜

2016-04-17 08:05:34 | エッセイ

広島 造幣局の桜、「琴平」とう品種の桜です。

こちらから桜の品種、見に行けます。 

http://www7b.biglobe.ne.jp/~cerasus/cerasus-colle/namaebetu-ka.html

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名残の桜

2016-04-11 19:37:31 | エッセイ

近所で撮った桜、もう散ってしまいます。

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