介護されし者

四肢麻痺 中途障害者の発信

自己紹介 

3000-06-11 09:59:22 | 自己紹介
介護リフトのある暮らし

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小規模多機能自治

2016-07-15 12:00:01 | 地域
思うところがあり、介護保険、介護などから、離れた視点も書こうと新たなカテゴリーを作った
              「地域」 

地域の大人が育てる 地域の子どもたち
そんな発想に始まった僕らの福祉学習などの活動

活動を企画サポートしてくれている地域社協さん
学校からの依頼に対しての福祉学習なのだが、学区社協さんからの依頼もちらほら


子どもたちの危険や、認知症の徘徊など、防災なんかに対しても
地域、特に近所、町内、学区などの小さな範囲での声かけ、助けあいなどが重要になる



この情報社会、全てのものが外へ外へと求められるけれど
本当に大切なものは、大切にすべきものは身近なもの、自分の中にあるもの、ではなかろうか


小規模多機能自冶、、、耳新しい言葉ではあるが、本来、日本人が大切にしてきたもの、なのだろうと僕は思う。




(写真撮影 妻 武久利江子)



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支援が見えなくするもの

2016-07-05 12:12:23 | 人権

FBのコメントやメッセージのやり取りに、こんなことを思う


介護職の方:高齢者も、皆さんが同じわけではなくて、
年齢を問わず、個人の想いを聞く、そしてそれを叶えるための支援である必要があると思います。



僕:「個人の想いを聞く」人間関係の鉄則に思いますが 
支援と言う言葉が、そんな当たり前の事も見えなくしているんだと思います  
対話して人間関係は成立する 極々、当たり前の事なのだと思います。



ケアマネの方;記事『こびへつらう』、同じ介護業界で働いている者として、申し訳ない気持ちになりました。
ありえないです、こんなこと。
記事「僕」、1号被保険者と2被保険者の利用者さんへの対応は、違うと思います。

武久さんのブログ読んでると、専門職としてプロ意識ない人が専門職でいることが多すぎるし
利用者さんには迷惑なことだと思いました



僕:お年寄りの「いつも ありがとうね」に陶酔する介護従事者
支援している、と言う気もちの中で、、、

中年と高齢者の生活も価値観も考え方も違う、と言うあたり前のことを見失う支援者
プロ意識とか 専門的とかの問題じゃなく、利用者、支援される人も
支援者のあなたたちと同じ気持ち 感情をもつ人間、

と言う人としての根本的な事を見失っている

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


カフェとか研修会や勉強会で専門性を高めるのもいいが
利用者も患者も、あなたや一般社会の人と同じ気持ち、感情を持つ人間
と言う極々、あたり前から出発して欲しい、と僕は思う。    




(写真 介護ライター野田明宏)

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こびへつらう

2016-06-25 15:24:36 | 介護・リハビリを受けて感じた事
健常者でも他人に頼みごとをする時などは、相手に気をつかったり、機嫌をうかがったりする
だから動ける人は、たいがい他人に頼むより、無理してでも自分一人でやってしまう

あたり前のことだけど、他人に頼む、お願いするということは、気をつかうということだ


介護を必要とする利用者は、施設職員やサービススタッフに頼んだり、お願いすることだらけだ
必然的に職員やスタッフに気にいられる人を装うようになる


なぜなら、嫌われたら頼みづらくもなるし、頼みごとも後回しにされたりする
実際、僕は嫌われて、僕に挨拶もしない職員も多くいた


デイなどで介護されるということは、こびへつらうことや、フレンドリーさを持たないと孤立する


中途障害者の僕にはデイとは、そんな所だった
アウェイ感覚と、無視、厄介者感を抱えながらも、ただ機能回復をめざし4年間ほぼ毎日、利用を断られるまで通った


こんな田舎には慢性期の四肢麻痺がやれるリハビリは、介護予防のバワーリハビリぐらいしかなかった
こびへつらわない僕は、パワリハビリデイで孤立していた。




(写真 介護ライター 野田明宏)



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2016-06-16 12:44:24 | 想い
僕は44で脳幹出血に倒れ、介護保険の利用者にされたけど
お年寄りが好きなわけでもないし、高齢者医療、介護に興味があるわけでもない


僕は中途障害者になったけど、障害者を主張する気はない
むしろ、44までは普通に生きれたのだから、それはそれで幸わせだった、と思っている


僕は、僕の病気体験や、介護される気持ち、ベッド在宅生活などから感じた心的なものを発信してゆきたい
批判的な内容もあるのだろうが、それはそれとして僕が抱いた気持ちだ

以前は、専門職さんたちのお役に立てるなら嬉しい、、、とか思っていたけれど
専門職の方々は、それぞれに専門職同士の連携とか、勉強に余念がない


そこに何かを求めても、当然、介護保険専門職の方たちは、高齢者の事だけ
介護保険第二被保険者の市民権などなどは見えても来ない


あくまでも高齢者介護の参考としてまでの僕の発信である
最近はそれでもいたし方ないと思っている


高齢者介護の中で、介護保険の第二被保険者の存在や市民権などを
考えようともしない、考える余地もない、介護保険専門職なのだと、僕は発信を通じて思い知らされた。




(写真撮影 妻 武久利江子)


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雑感

2016-06-03 11:34:30 | 想い
僕は44才で重度障害者となり、介護保険の第二被保険者になった
僕が体験して感じたことをブログ、FBで発信している


十数年経ち、、、今、痛切に感じる事
人としてあたり前の事が、当たり前ではなくなった


患者、利用者など、介護されている、リハビリしている人など、本人は望まなかった姿の状態だという事

お世話している、機能回復訓練をしてる=相手に喜ばれる、相手に感謝されるの法則に、なんら疑問を持たない専門職


人は生きがいがあるから生きてゆける
そんな人として当たり前の事も、、、QOLがなんちゃら、、、


「何でも言ってくださいね」
他人に何でも言える、頼める人は健常者の中にもいる筈もない


「障害者の仲まづくり」
障害者だから仲まになれるだろう、という支援側の押しつけ


障害者スポーツ、障害者アスリート、、、それすら眩しい人種がいることすらわからない専門職
笑顔とか、ポジィティブさとかをふりまわす障害者、障害者の権利をふり回す障害者


専門用語、決まりなどでねじ伏せる専門職
何していようが、どんな立場であれ人は




(写真撮影 妻 武久利江子)




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2016-05-23 11:54:54 | 想い
人は必ず死ぬ、だからどう生きるかが大切だ、死は絶対なるノーマライゼーション、とか思ってた
このまま老いて死ねるなら自分の家で死にたい、かみさんの手を握り死ねたら、とかとか思ってた


いや、みんなそんな風に穏やかな死に方を望んでる筈
意に反して病死、事故死、死の瞬間も分からぬまま迎えた死、、、様々な死はあるが


死は色んなむかえ方があるのだろうけれど、、、今回の 沖縄の事件 に思わされた


男の欲の処理のため乱暴され、欲が満たされたら命を奪われ、、、
その間の絶望、恐怖、なぜ私が、えっ殺される?、、、推し量る事は出来ない、、、


婦女暴行殺人事件、知らなかったわけではない
理不尽な殺人事件、知らなかったわけではない


今、僕は思う


死は、平等なんかじゃない!
人生を老いれる、と言う事は ただそれだけで幸せなこと 



専門職でもない僕が、必用以上に高齢者や、老いることへの頭を使うのは止めようと思った
どんな状態でも、老いて死ぬぬるは、幸せなこと、と僕は思う。  合掌




(写真撮影 妻 武久利江子)

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クレーマー

2016-05-08 09:37:27 | 想い
団塊の世代の高齢化とか、何だかんだと言われてはいるが
良し悪しは別としても、すでに子の親、お年寄りの子などとしての、モンスター○○なるものが話題になる


すぐにキレる中高年とか、クレーマー○○とかとか、、、そんな時代になりつつある
つまりは患者、利用者とて同じ事


従来の大人しい、してもらってありがたい、文句など言わない、、、そんな患者、利用者は少なくなる
お客意識が強い、プライドが高い、してもらってあたり前、とかくクレームをつける
、、、そんな患者、利用者は増えるだろう


そんな時代の流れに、技術、知識はともかくとしても


言葉づかい、あいさつなどの接遇すらきちんと出来てない施設、職員は、クレイマーたちのいい獲物になるだろう
制度がどうのこうの、業務の質がどうのこうのと言っている前に



職員育成などの経営努力をしない施設などは時代に淘汰される、と僕は思う。
 


(写真 介護ライター 野田明宏)



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あずける

2016-04-27 11:29:13 | 人権
親が子を園にあずける
子が親をデイにあずける



「あずける」、、、NHKでもその言葉で表していたので一般的なのだろう
 あずけるから安心して仕事が出来る、あずけるから家事などの時間が取れる 


「あずける」と言う事は、生活してゆく上でとても大切なこと
しかし、たまにニュースの話題にも取り上げられるほどに、保育業界、介護業界、どちらも人手不足の低賃金


少し前、ネットやニュースで騒がれた「保育園落ちた、日本死ね」、、、
子を、にせよ、親を、にせよ、あずけられないのは死活問題なのに、人手不足の低賃金


一般の業種と保育士、介護職とのステイタスの差は、もはや人権問題なのかとも思う
この問題には、色んな要因があるのだろうけれど、、、



この問題の根底には、人を「あずける」「あずかる」という
人の意識的なところに、重大な問題があるのだと、僕は思う。




(写真撮影 妻 武久利江子)

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尊厳、、、

2016-04-13 11:40:45 | 人権
最近、目にすることが多い「尊厳」、、、大切な事なのだろうと思う


この身になって思うが、お年寄りにしろ、不治の病の方にせよ「尊厳」おごそかなものになりたいのだろうか?
人は必ず死ぬ「死」とはおごそかなもの? 僕には自然なものに見える

死因は何であれ命あるものは、いつかは必ず死ぬ
おごそかでもなくていい、ただ見送ってもらえればいい


戦火の中に消えて行った命、災害や事故の中で一瞬のうちに失われた命
尊厳なんて言う言葉も、死ぬと言う自覚さえも、見送りも何もなく一人失せてしまった命たち、、、



高齢者、不治の病、、、その方々に尊厳を感じるのは支援者の自由なのだろうけれど
尊厳が欲しい高齢者も、尊厳が欲しい患者もいないと思う


ただただ最後の時まで、人らしく生きていたい それだけのような気がする
あえて尊厳とまで使わねばならぬのは、支援者側の心の荒廃ぶりなのだろう、と僕には映る。



(写真 介護ライター野田明宏)

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内・外発信

2016-04-06 15:58:37 | 想い
どんな職種、どんな立場でもあるのだろうけれど、、、
代表的な例に例えれば、サラリーマンが上司の悪口を言いながら飲んでいる


決してこの行為がどうの、こうのの話しではない
他人が何を話そうが、愚痴を言おうが批判していようが自由なのだ


ただそれが発信されるブログやSNSなんかでは如何なものかと
僕らの立場の障害者、そんな障害者同士でも否定批判も起こるし、僕も経験した


同じ障害者なのに、同じカテゴリの中の人間なのに、そんなにイガミ合わなくてもと、僕は思う
これと同じように専門職同士の中にも否定や批判、多数決的思考、他人や何かのせい、、、的なものが見え隠れする


はたして今、論ずるのは内側への発信なのだろうか?
日本の高度成長期をささえて来た、良し悪しは別にしても


プライド高き団塊の世代が後期高齢者になる時代が来る

4,50代に高齢者介護予防のパワリハデイに通ってた経験から感じてた
このままのお世話的支援、上から目線的支援では通用しない


支援と言う思考から、共に生きる 共生思考を持たなければ時代に淘汰されてしまう


今、内輪もめに労力を費やすより、批判否定しているより
もっと個人個人が、この時代に何をやらなければならないのかを考えるべきに、僕は思う。




(写真 介護ライター 野田明宏)


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開口一番!

2016-04-01 11:35:54 | 介護・リハビリを受けて感じた事
僕は数年前の3.4年間、今は廃校となったあるリハビリ専門学校で年に1回、当事者として話す機会があった
療法士を目指す学生、若者たちの前で、何も専門知識などあろうもない僕の開口一番は


「あなたは何故?療法士になろうと思ったのですか?」 だった


「自分がケガで入院してた時、、、」「家のおばぁちゃんが寝たきりになり、、、」と
指名された学生さんが話してくれた、彼ら彼女らの目は輝いてた


学びでも仕事でも、専門性が高くなればなるほど、原点の初心を忘れがちになる
専門性ばかり追い続けると、時として壁や迷路に悩まされる、そんな時、自分を救ってくれるのは初心


  「初心に勝る知識なし」  と僕は伝えた


その後、あなたは現場で障害者の患者に「お前に俺の気持ちがわかるかよぉー」と怒鳴られたらどう対処、、、
介護、リハビリする人が力がいる負担は、患者、利用者にはその力が痛みとなって伝わります、、、とかとか


終いには、結婚はこの人と幸せになりたい、ではなく この人となら苦労してもいい
と思えたなら結婚しましょう、だって苦労なしの幸せなんてないのだからね


みたいな療法士としては全然関係のない話までしていました。



(写真 介護ライター 野田明宏)



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同じ人間

2016-03-15 10:36:31 | 人権
あなたの目の前に居いる「介護されし者」
高齢者だろうが障害者だろうが、認知症だろうが難病だろうが、、、あなたと同じ人間


怒られれば恐いだろうし、笑顔で話しかけられた嬉しいだろうし
小突かれたら痛いだろうし、声もかけられず無視されたら淋しいだろうし、、、


尊厳とか利用者様本位、その人らしさとかとか、歯の浮くような特別な言葉は要らない


ただ介護される者も、あなたと同じ気持ちをもっている、と言うこと


大勢の前で裸になるのは恥ずかしいだろうし、乱暴に扱かわれたら痛いだろうし
いつまでも綺麗でいたいおばぁちゃんも、スケベな男もいるだろうし、、、普通な人なんだ


何人もの手術をしたお医者さんでも
手術の仕方は分るけれど、手術の痛みは知らない


何人、介護しようが、介護される人の気持ちはわからない
でも簡単なんだよ


あなたがされて嫌なことは、される利用者も嫌
あなたが、してもらって嬉しかったことは、利用者にしあげたら喜ぶ


介護を受ける人は、特別な感情を持つ人ではない
あなたと同じ感情を持つ、あなたと同じ人間、普通の人なのさ。




(写真撮影 妻 武久利江子)

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「今」

2016-03-08 15:07:52 | 想い
「今」を楽しむ、ために生きてた僕だった、楽しみのために働いていた


しかし、44歳で脳幹出血に倒れ、生死をさ迷った
長い長い夢を見ていた記憶が残る、あのまま目が覚めなかったら、死んでいたのだろう


死ぬのが恐いという感情は無い、死ぬのは、僕にとって夢から目覚めぬことに思った
生まれて来るのも一人なら、死んでゆくのも一人なんだなぁ、とも思った


死は、絶対なるノーマライゼーション

そんなことはどうでもいいのだけど
僕は、楽しむために生きた受傷前の生き方から


「今」やれること、「今」やらなければならないこと、を意識して生きるようになった
機能的にも欲が、殆どそぎ落とされたこともあるのだろうが、、、


僕がやらねばならないこと
 四肢麻痺になった僕を発信する事、見てもらう事、感じてもらう事 



倒れるのは一瞬だった、今は薬をたくさん飲んでいる、でも、、、そん時はそん時、、、
今の僕にできること、今の僕だからできること、今の僕だからやらねばならないこと


今が、これからの過去になり、今が、これからの未来になる


必ず明日が来るとは思っていない、未来に夢や希望があるとも思っていない
大切なのは、今を生きているということ、今、何をやって生きてゆくかということ、だと僕は思う。


(写真 介護ライター 野田明宏)



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低ステイタス

2016-02-24 11:04:44 | 介護・リハビリを受けて感じた事
雇用関係や、内情、詳しいことは当事者しか分かるはずもないのだが、、、
僕がこの身体となって関わるようになった、介護保険従事者


世間では保育士さんにせよ、介護士さんにせよ、一生のうちほとんどの人がお世話になる業種
なのに人手不足や、低賃金など、、、社会的ステイタスの低さに僕は憤りをおぼえる


介護保険従事者と関わって、僕が感じたことは「人の人生の最終章と関わる貴重な職業」だと言うこと


今、現役でバリバリ働いている人でも、定年後、シニア世代を満喫している人でも
研究者も教授も、議員さんもお医者さんも、人は誰でも必ず老いる、必ずや介護を受ける


介護する人も、介護制度を創る人も、少なくとも介護保険と関わっている人ぐらいは


「介護は他人のためにあらず」いづれ巡り巡って、自分が介護を受ける時が必ずやって来る


働いていた頃の僕は、「他人の世話になってまで長生きしたかねぇや」「今を楽しむのが人生さ」
介護保険は給料天引きのこずかい減らし、福祉とか介護とかにまったく無興味、無関心な人種、そんな僕だったから言いたい!



(写真 介護ライター 野田明宏)

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