介護されし者

四肢麻痺 中途障害者の発信

自己紹介 

3000-06-11 09:59:22 | 自己紹介
介護リフトのある暮らし

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命と人権、そして平和

2016-11-21 11:29:03 | 人権
人の命と、人権に優劣はない、命と人権とは同等に僕は思う



僕の経験の中に、在宅の担当医から
「武久さんは色んなとこに出歩かないで、家で安静にして居てもらうと私は安心します」
そのような内容の話しをされたことがある

通ってたパワリハデイの看護師には、ほぼ毎日のように血圧は測定してもらっていた
でも、最終的に担当医は「私には責任は負えませんから、、、」と
代わりの医師を紹介をれた、そんな経験が僕にはあった


それ以来、医療従事者や介護従事者に必用以上に
「私たちは命を預かってます」「利用者の安全を守ってます」
などの言葉をふり回されると、僕は反発したくなる


人は、、、
食事して排泄をして安静、安全を強いられて長生きしても(長生きしてよかった)
命の維持のために色んな治療などをほどこされ寝たきりでも(生きてて良かった)
そんな場面でも、そう思えるのだろうか?



医者と看護師と患者
大学教授と、道路工事のおじさん
施設職員と認知症の入居者


障害者と健常者
介護する人と、介護される人
支援する人と、支援を受ける人


命と人権に優劣はない、命と人権、これらは同等に重いものと思う
そして、それが世界平和への礎になるのだと、当事者の僕は思う。




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中心

2016-11-15 12:10:50 | 人権
患者中心、利用者中心、、、ケアの業界で最近よく耳にする言葉である
そんな言葉を目に、耳にする度に、当事者武久は思う「別に中心じゃなくてもいい、、、」


当事者にせよ、介護家族にせよ参加したいだけなのだと思う
同じテーブルに着く機会が欲しいのだと思う


多職種連携、カフェ活動など
専門職のみにて語られる地域在宅医療、訪問看護、介護、訪問リハビリなど、、、


ユーザーである当事者や介護家族
はたまた医療や介護などに関心のある地域住民なども
同じテーブルに着くことすら出来ぬ地域がほとんど


国政、制度の流れにはいくらデモをやっても、署名運動をやっても押し切られる
そんな光景、体験は十分知ってる筈だ、となれば


住民が、住民の手で創り上げる社会ネット「助けあい」とか「お互いさま」などの
共生意識などが重要になってくる


地域住民総活躍時代でなければ、この超高齢化社会、超格差社会
都市集中、過疎などの問題を抱える時代は乗り切れないのだろう



当事者 介護家族=クレーム と決めつける専門職の方も未だ多い
クレームを苦情ととるか、問題提起などにとるかなのだとも思う



支援される人も、人権をもつ人間
支援する人も、人権をもつ人間

優越などない、同じ人権をもつ、、、同じ人間なのだと僕は思う




(倒れる二年前)

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多職種連携

2016-11-07 17:01:40 | 介護サービスを利用して思ったこと
多職種連携とはよく耳にするが、FBを見てて僕は疑問に思った
○○カフェとかコワーキングスペースとか連携とは言うけれど

FBに上がってるのは 飲み会風景がほとんど
誰のための連携? 専門職の仲よしこよし会?

カフェの中には「地域まるごとケア」などを
掲げ取り組んでいるところもあるようだけど 全国的には、、、


そろそろみんなが気がつかないと、、、


国からの報酬が主であれ 何割かを負担する、サービスを選ぶ
ユーザーあっての 医療サービス、介護サービスだと言うこと



団塊の世代の後期高齢化 羞恥心などプライド高き世代 
高齢者にも貧富の格差 オプショナル的な介護サービスによる
介護格差 務める施設によっての介護従事者の賃金格差、、、

制度や政策の対策だけに、仲間づくりなどにかまけている連携なら
これらの時代の流れに立ち向ってはいけないと思う


当事者 介護家族 地域住民、、、
ユーザーの声を聞く耳を持った多職種連携であって欲しいものだと
介護保険第二被保険者の僕は思う。




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僕のCADL

2016-10-29 18:02:09 | 人権
ケアタウン総合研究所 高室成幸氏が提唱するCADL(動画 高室氏)


僕のCADLは、妻と活動する地域の子どもたちとの関わり
僕のCADLはブログやFBのネット発信


僕のCADLへの追求は、僕の体験から来ている

病院時体験、、、病院スタッフなどに「助かってよかったね」と声をかけられても
声も出ない、どこも動かない僕は(助かってよかった)とは思えなかった
逆に死にたいとすら思った


リハビリ体験、、、理学療法士さん、作業療法士さん、パワーリハビリのスタッフ、、、
「わー動いた動いた!」支えられながら「すごい立てた立てた!」(僕は赤ん坊じゃない)
動いたから、立てるようになったら~~出来る、とか、次の場面を示唆して欲しい


生き、生活して、、、人ってそれだけでいいのだろうか?


人は老若男女、生きがいや、楽しい事あったり、ほどよく欲を満たしたりして生きている
「生きててよかった」「長生きしててよかった」と思えなければ、生きている意味を見失う


生きてて良かったと思えることが、人権じゃないだろうか? 


支援する人も、支援される人も、あたり前のことながら同じ感情をもつ同じ人間なんだ。




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リハビリの先にあるもの

2016-10-23 12:20:42 | 介護サービスを利用して思ったこと
どこも動かない、声も出ない、飲み込みが出来ない、まぶただけパチパチ、、、
ひと月の意識混濁はあったものの、経緯とか現状は理解していた
そこからのリハビリだった

小さな声と口からきざみ食が食べれる、左手だけが麻痺しながら多少動く
無念ながら、三肢はまったく動かず、、、

そんな状態で固定と判断され、転院を含めて9ヶ月の入院生活
僕の院内リハビリは終わった

家に帰り、妻による介護で在宅生活に、、、身障度1、介護度5

リハビリに関しては、週/2回訪問リハビリを利用
立ち上がり車いすでの立位訓練、手足の曲げ伸ばし、、、など1回1時間ぐらい

始めた頃のOTさんはADLの向上のため、食事の場面の訓練をした
しかし僕とすれば、麻痺しながら動く左手でパソコン操作がしてみたかった
その意向を担当のOTさんに伝え食事場面から、パソコン操作訓練にしてもらった

ネットでの発信は、今や僕の生きがいでもある
動かすための機能訓練、ADL向上のためのリハビリ、、、、色々な目標はあろうけれど


僕は提唱したい    その人の「生きがいづくりの為のリハビリ」 


人は体と心で出来ている
たとえ体は立ち上がれても、心が立ち上がれなければ、リハビリの意味はない



最近は僕の生きがいでもある福祉学習「心の授業」で車いすに乗っていると
広背筋を痛めることが多々あるので、ひねりの運動を取り入れたり、広背筋に
柔軟性を持たせる運動を重点的にしてもらってる、僕である。



(写真撮影 介護フォトライター 野田明宏)



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主観

2016-10-16 17:00:23 | 介護サービスを利用して思ったこと
「敬語より普通(タメ口)に話した方が親近感もわくし、関係性も良くなると思うんです」

「介護リフトを使うのは反対です、人をものみたいに扱うなんて、、、」

「安心してください落としません、落としても僕が下敷きになりますからぁ」

「今日も明るく、楽しく、元気よく!」、、、



どれもこれも僕が院内や、介護サービスなどを利用してて聞いた言葉だ
これらの言葉は、医療行為や介護行為を行う方の主観の言葉であって
患者や利用者の思いは何も反映されていない


タメ口、、、僕はあなたの友だちじゃない
しかも、職員同士の共同作業時はなぜか敬語?

他人に、多数の他人に移動してもらうと何回もお礼を言わなければならない
入浴やトイレなど露出が多い時、人の手だと恥ずかしさが先立つ

もし、、、って落とす場合もあるって事だよね
あなたが下敷きになったとしても落ちるのは怖い

そんな、明るくなんて言われたって、そんな気分じゃない
楽しく元気よくって高齢者か患者だし、そんな元気はない



数例だけど、主観が支援者の場合だけ、当事者の意見はどこにも加味さてれない
当事者から、当事者家族からモニタリングする意識の低い、無い業界


モニタリング、、、
施設の中にポツリ意見箱だったり、年に数回のアンケートだったり
そんな方法でユーザーの声や意見が吸い上げられる筈がない、と僕は思う。



(写真撮影 介護フォトライター 野田明宏)

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「欲」

2016-10-10 15:27:22 | 想い
人は良くも悪くも欲を満たしつつ生きるもの

四肢麻痺、不能、ベッドの上の生活、、、そんな僕に欲しいものは思いつかない
食欲にしても、あまり動かないから強い空腹感はない
就寝時も眠剤を服用、金欲、出世欲などなどは湧かない


この度、ケアタウン研究所の高室氏に会う機会を得、5時間ぐらい話をした
さすがはトップケアマネのアセスメント力
自然な話の流れの中で職歴、性格、趣味、生活ぶり、やってみたいことなどなど

その人らしさと言うより、武久明雄らしさを引き出してくれた

その中で僕自身、驚き、嬉しい気づきがあった!
欲など何もなくなり世俗離れしちまったのかな?とどこか空しかった僕だったが
僕にもちゃんと欲は残っていたんだ、気づかされ嬉しかった


僕の欲 誰かの、何かの役に立ちたい
高室氏の唱えるCADL(文化的日常生活動作)に強く共感を覚えた

互いの今までの経歴話や未来貢献の志やら、あっという間の5時間でした
同年代の二人は「マブダチ」と、再会の契りを交わし別れました。




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介護報酬、、、!

2016-10-02 17:23:05 | 介護サービスを利用して思ったこと
僕が介護予防のパワーリハビリデイを選んだのは、地域に
四肢麻痺の慢性期中途障害者がリハビリ出来る施設が他になかったからである

介護保険の介護サービスとして利用できる介護予防リハビリ施設

いざ通って見ると
リハビリ色よりも、買い物とか、映画とか季節行事とかとかが多く
困惑したのを覚えている


しかし、僕が一番困惑したのは、ケアマネージャーに対する接待の仕方
施設側の気の使い方や、対応が僕には茶番劇の様に見えた


デイにとってのお客さんって誰?と疑問を抱いたが、、、
そこのパワリハデイに利用を断られ4年位たった今、わかった気がする

施設が収入を得るのは大半は国からの介護報酬
収入として利用者から入るのは、利用金額の極一部
(しかし、利用者がその施設を選ばなければ、施設にその利用者の介護報酬も入らない)のにと思ってたが


デイに利用者を紹介、つれて来てくれるのは大概 ケアマネージャー

よって、、、

介護サービスの収入は介護報酬、お客さんはケアマネの図式になる
あの当時抱いていたもやもやの違和感の意味が、今になって理解出来た僕である。




(写真 介護フォトライター 野田明宏)

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コンダクター

2016-09-22 12:55:34 | 介護サービスを利用して思ったこと
吹奏楽、オーケストラ、、、等には指揮者は欠かせない
どんなに名プレイヤーぞろいでも、テンポを合わせたり、音のバランスなどなどを

総合的に聴き、指示指導のできる指揮者が必ず必要だ
そんな役割がケアーマネージャーなのだとも僕は思う

各楽器、トランペット、ティンパニー、、、などの演奏は出来なくとも
各楽器の音色やバランス、テンポ、強弱などを聴き、指示する

そして楽団が心地よい、素敵な素晴らしい曲を奏でられるようにする


その利用者に適切なケア、介護サービス、そしてその利用者の反応、、、
そんなケアと言うホールを、楽団、利用者(観客)共に歓喜の渦に巻き込める


そんなコンダクターが、ケアーマネージャーなのだと、僕は思う。






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最初のボタン

2016-09-13 15:58:12 | 介護サービスを利用して思ったこと
「あなたは介護されたいですか?」
「あなたはリハビリしてみたいですか?」
「おなたはケガとか病気で入院したいですか?」
「あなたは他人のお世話になりたいですか?」


100%の人がNOと答えるだろう
医療従事者、介護従事者、福祉従事者、、、支援する立場の人たち


その志の中に「他人から感謝される仕事をしたい」
「ありがとう、を言ってもらえるお仕事がしたい」「他人助け、、、」


その志にあやをつけるつもりない
が、しかし感謝されたい、他人の役に立ちたい、他人助けをしたいなどの思いは
支援する側の思いであって、支援される側は

支援を受けることは自分の本意ではなかったはず


あなたの目の前にいる患者、利用者、被支援者、、、の人たちは
今の自分は、自分が望んではいなかった姿、自分にとっては惨めな姿なのだ


だから何?って話だけれど
そこらを認識して支援する方と、認識していないで支援する方とでは
ケアとか関わりの中で大きな差として表れてゆくと、僕は思う


  最初のボタンをかけちがえると、全てのボタンをかけちがうように。  



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かわいそう、、、

2016-09-06 15:26:14 | 子どもたち
「かわいそう」には思いやりのかわいそうと、さげすむかわいそうとがあるのだろう


最近のニュースに出てくる集団いじめの果ての殺人
親たちがわが子を虐待死させる
身勝手な言い分の通り魔的殺人などなど、、、

他人を、相手を思いやれる気持ちの欠落、身勝手な自己中心

著名な学者や古くからのことわざに
人は3歳までに感性などが形成されるみたいな話がある
幼児期、他人などを思いやる「かわいそう」という感情の発芽があるか?ないか?では

大人への成長段階で、他人を思いやれる感性などに大きな差が出る気が僕はする


紙芝居ボランティアや福祉学習などで僕と関わった園児や学童などが
「たけちゃん かわいそう」と言ったときなど、僕は(やったぁ)と嬉しくなる


子どもたちにとって「かわいそう」と思える事はとても大切な事
否、老若男女、他人を思いやれる「かわいそう」という感情は
こんな現代だから、とても大切な気持ち、感情なのだと僕は思う


僕と関わった人が、僕を「かわいそう」と思ってくれたなら
それだけても、僕の社会的存在価値があった気が、僕はする。




(写真 介護フォトライター 野田明宏)

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先頭にあるべきもの

2016-08-30 10:24:07 | 介護サービスを利用して思ったこと
どんな人であれ「生きがい」を感じれない生活では
生きている意味が分からなくなります



治療にせよ、機能回復にせよ、その人らしい生活のケア、仕事、、、なんにせよ
患者、利用者、医師、看護師、介護士、、、誰にせよ、人はみな生きがいを求めます


目先の業務、目的、専門スキル、人間関係、生活に追われるのは常ですが
一番先頭にあるべきものは「生きがい」


自分自身の生きがい、関わる人たちの生きがい
ケアとか、支援とか言い回しはどうであれ


生きがい探しのお手伝い
生きててよかった、長生きしててよかった、のお手伝い



ケアされる側も、ケアする側も生きがいを感じられる
介護業界の未来だったらいいと、僕は思います




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中途障害者

2016-08-20 11:16:52 | 介護サービスを利用して思ったこと
僕は中途障害者として障害を受容しているらしい、、、
らしい、、、と言うのは、僕と関わった専門職の人の見解であって、僕自身は障害を受け入れた気はない


のり越えた気もしてない、別にのり越える意識がなくとも生活はしていかなければならないから
ただこの不自由、退屈、世間とかけはなれた生活に、いかに生きがいを感じられるか
と、試行錯誤の日々だった気がする、否、この先も逝くまでそうなのだとも思う


そんな僕の心もちは置いておいても、、、


中途障害者を支援している専門職の人たちは
武久さんに会ってもらいたい中途障害者の方がいるとか、同じ中途障害と言う境遇だから話が合うかも、とか


相手の意思も確かめず自分の思い込みを話しする


中途障害者だって人それぞれ、僕自身、人見知りするタイプだし
相手の方だって他人と比較されるようで嫌な場合もあるし(僕は他人と比べられるのは大嫌い)


なんか同じ中途障害だからとか、同じ寝たきりだからとか、、、話しが、気が合うのでは?

支援する人たちは、同じ職業だから、同じ会社だからと言いうだけで
誰とでも気が合い、話が合うのだろうか?そんな事はないだろう 


「支援している」言う考えは、そんな一般社会では極普通な事すらを見えなくしてしまっている、と僕は思う。





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軌道修正

2016-08-05 17:05:41 | 想い
このブログは当所、40代で16特定疾患と言うことで、介護保険第二被保険者とされ
介護保険サービスの利用者となり、そこで感じた違和感、葛藤などを主に書いてたブログだった

それはそれで当事者、介護職、専門職の方などに
共感してもらえる方もいて良かった、と思っている
しかし、ここに来て思うのことは発信の軌道修正!

どこにも居る普通の働き盛りの僕ら夫婦だった
そんな僕らの遠くにあるだろう、と思ってた病気や介護生活
まして、想像、考えた事すらもなかった、僕が重度障害者になるなんて、、、

今、普通に生活している方でも

事故や病気で、いつ障害者になってもおかしくないこと(ポックリ逝けるとは限らない)
いつ親や舅、姑さんのなどの介護しなくちゃいけなくなるかわからないこと
(ポックリ逝ってくれるとは限らない)



体験者として、、、

病気やケガ、介護生活などなどは、本当に普通の暮しの身近にあったこと
「俺は大丈夫!」と言う過信は通用しなかったこと
なんかを伝えられて

僕らの夫婦の介護生活を見て聴いて読んで、何かしらを(大変、可愛そうなんかでもいい)
何かを感じてもらえたなら
僕らの励みに、僕らの社会的存在意味に、僕らの生きがいになります


そんな発信に僕らはなりたい。



(写真撮影 介護ライター 野田明宏)


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