終日暖気

雑記

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Jの悲劇

2006-10-24 | 映画

『ENDURING LOVE』2004年イギリス

初見。先日せっかくBSで放映されたのに、録画に失敗したこの作品。
リス・エヴァンス目当てに借りたのをようやく見ることができました。あらすじは→コチラ 
(以下ネタバレあり)

えーと・・・。
めっちゃコワイんですけど、これ!!(涙)
昔から、『危険な情事』とかとても苦手で、途中で挫折してばかりなのです。コワイ(涙)
全然話が通じない、自分だけの世界の中で生きている人間がつきまとってくる恐怖。
久々に見ながら顔が歪む映画で、終始(うわぁぁ~)と助けを呼びっぱなしでした。
とってもうまい!リス・エヴァンス。なんて不気味な!!『悪女』先に見ていてよかった(笑)
原題は「愛に耐えてます」・・でしょうか?
ある日突然起こった信じられないような出来事に巻き込まれた人々の、愛ゆえに湧き出す疑念と妄執に耐え続ける悲劇。
邦題の「Jの悲劇」も巧いと思います。ジョン・モーガン、ジョーイ、ジェッドの連鎖する悲劇。

もう~!ボンド(ダニエル・クレイグ・・ここではジョーイ)ったら、なんでビル・ナイに相談しないのだ!
私、てっきりジェッドはクレアに・・なのか思いました、最初。
でも、こういうのに男も女もないですね。
カメラの動きが面白かったです。これ誰の視点?と誰かに見られているような不安に陥るのです。
ピアノの旋律も不気味でしたし。
ファーストシーンの、斜めの芝生のショットも気持ち悪かったなあ。
気球の浮遊感がわりとそこかしこで反復するのも、思いきり不安を煽るのと同時に、ボンドの心情をよく表してるように感じました。
ボンドは無神論者なのかな、こういう時にすがるものがないのですよね。
理論づくめで無理矢理理解しようとして。指摘されても問題をすり替えるのが得意。
”考えるな、感じろ”がわからない大学教授。
お腹は血ばかり大量に出て驚くけどなかなか○なな
くて痛いばっかりなのよ、と言っていたナースの母の言葉が忘れられない私は、(そういうわけだから頑張るよーにクレア)と思いつつも、なんとも微妙な気持ちになりましたワ。
それにしたって、偏執狂ジェッドのぶっ飛んだ言動に接するたびに、「何が?」「つまり??」と頭に大きな?マークが飛んで目が点になるボンドのお顔が可笑しい~。ちょっと吹いてしまいました。いや、気の毒なんですけども。(ビル・ナイの彫刻も実はちょっと吹いてしまったワタシ。だってビル・ナイなんだもの!)
心って本当にコワイですね。
みんないうなれば想像と妄想で苦しみから逃れられないわけで。
お医者のジョン・モーガン一家、これでシンクも綺麗になるし、ママの笑顔も戻るしで良かったねぇこどもたち、というところでしょうか。
ボンドの受難はいつまで続くのか・・・
当たり前だと思っていた日常が、ジワジワと壊れていく恐怖、思い込みの偏執に愛が絡んだときのおぞましさがよくよく感じられるサスペンスでした

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ニュー・ワールド

2006-10-22 | 映画

『THE NEW WORLD』2005年アメリカ 

【ネタバレしそうです】
スクリーンで見たかったのに叶わぬままだったこの映画、ようやくDVDにて鑑賞できたのですけど・・・。うーん、何か強くうたれてしまい、余韻に浸ってボーっとなってしまいました。
計算され尽くした構図を持つ、詩的で深遠な映像の澄み切った美しさ。
『シン・レッド・ライン』や『天国の日々』も、とんでもなく美しかったですものね。
って、『天国~』は、ひたすら農場主のサム・シェパードしか見てなかったのだった。私なら農場主を選ぶもんねと思ったわー。(バカ)
静寂に満ちた荘厳さというのか、
謙虚にじっと頭を垂れたいような、そんな気持ちで見つづけた2時間余りでした。(そうそう、音楽はいかにもジェームズ・ホーナー!)

恥ずかしながら、「ポカホンタス」のお話をよく知らなかったのですけど・・。
アメリカ建国神話を材にとりながら、結局これは過去であり現在そのものであり未来でもあるという、我々人間全体の、永遠に繰り返される答えのない物語なのかと思いました。
”母なる精霊が語る大地の物語”。それは、宗教だの人種だの善悪だのを超えた、大地とともにある自然の一部にすぎない我々の話なのではないかと。
ポカホンタスが「母よ」と呼びかけ、スミス大尉が「心に響く声は何?誰に導かれる?」と問いかける、おおいなるもの・・。
先住民や入植者たちは、人間の持つ歴史と本質の象徴にすぎないような・・・。
私は何だ、君は誰だ、「誰?」「何者?」と3人(ポカホンタス、スミス大尉、ジョン・ロルフ)が互いに静かに問い合う姿は、まるで哲学しているかのよう。
文明も国家も人間が作った何ものかに過ぎない。そこに属して初めて「自分はどこの何人の誰だ」と言えるのだけど、それがなければ何者でもない、ただのシンプルな精神そのものが自分になる。自分が精神であるなら、殺し合いなんてする意味がなくなってしまう。

互いに人間であるという普遍性だけを持って、文明などとは無関係なところで言葉も通じないポカホンタスとスミス大尉は恋に落ちた・・・。
スミス大尉。彼は彼女の何に惚れたのかというと、彼からしたら何ものにも勝る美しさ気高さを感じる彼女の魂そのものに惚れ、愛してしまった。もちろん若く美しい肉体もそれに含まれるけれど、外見だけに惹かれたのならポカホンタスが彼の属する文明に染められていくのを見ても、別にどーってことはないはず。
なのに彼は
、「新しい服はどう?」「わたしはあなたのもの」と嬉しそうに微笑み、彼の国の言葉やマナーを身につけてゆくポカホンタスを見て、彼女の精神そのものを自分のせいで汚したような気持ちになってしまった。つらく申し訳なく、その愛しい笑顔を見ることさえいたたまれなくなり、ついには「僕は君にふさわしくない男なんだ!探さないでくれ~」なんつって、ひとりで勝手に傷つきまくって姿を消してしまった。ああ、違うってばスミス~(涙)
文明にがっちり属し、責任感もあって仕事熱心な彼は、せっかく自分は自分だ、土地を奪うなんて意味がないのだと何となく気付いていたにも関わらず、彼女の持つ文明を踏みにじった=魂を奪ったと勘違いしてしまったのだ。
精神はあくまでも自由なのに。文明あってこその精神というなら、異なる文明を持つ二人が愛し合えるわけがないじゃないの。(で、殺し合いを呼んでしまう。でも文明をアイデンティティの拠り所にしないと生きていけない弱さがあるのも人間。ムズカシイ)
彼女は、好奇心旺盛で聡明な若者。何でも知りたい、やってみたい、ましてやそれが愛する彼の国のことならば嬉しくてたまらない!というだけのことだったのに・・。
先住民には主従関係がない、嫉妬もねたみも略奪もない、これぞ真実の夢の世界だ、自分(入植者)の世界は偽りだ・・と考えていた、文明国家の理想主義からどうしても抜け出せない不器用な男、スミス大尉。勘違いしたまま姿を消した彼は、再会した彼女に「あれは夢だった。あれこそが真実の恋だった」という。体面を張らねばならぬ男社会の中の優秀な男は、自分の理想が脆く潰えたことで引き裂かれるのと同時に、愛する彼女の文明を捨てさせてしまったという後悔で二重に苦しんでいる。彼女は俺なんだ!と悟るには、あまりにロマンティストなスミス(冒険家だしねー)なので、ありもしない”真実の恋”を信じたまま、彼女は自分と別れて幸せになった、ならなきゃ嘘なんだ、と無理矢理思い込んで耐え忍んで生きていくしかない。ポカホンタスと同じように、彼の精神も死んだのだ。
すべてを見抜き、ひとつの愛の終りを知ったポカホンタスの「そうね。」と答える表情。
会えなかった歳月は、彼女をスミスの何倍も大人にしていていたとわかるシーン。上手いなぁ。ほんと上手い。泣けちゃうなあ。
  
前半はスミスに、後半はどんどんポカホンタスに感情移入して、熱いものがこみ上げてきて困りました。
爽やかにご登場のクリスチャン・ベイル(あ、ブルース~♪なんて一瞬でも手を振りそうだった私は集中力のない女。17世紀の農場主。かなり素敵)がジョン・ロルフですけど、彼は魂を失ったホカホンタスに寄り添って、じっと待つことのできる誠実な大人の男。
彼もまた妻子を亡くし、永遠に消えない喪失感を魂に秘める男だからこそ、本物の優しさを待てる。
「なぜこの世界には色があるの?」と真剣に訊ねるホカホンタスを見る彼のなんともいえない嬉しそうな顔がとても印象的。”愛ゆえに結ばれ、愛ゆえに別れる”・・・。新たな形の愛が始まったばかりの彼等を待ち受けていた運命・・。ジョン・ロルフの精神もまた新たな死を経験するのね・・惨い話だけれど。

いくら人間の精神は自由だと言ったって、実際にはどうしたって国家の中で生き食べていかなくてはならない。そこでは名誉も保たねばならないし、愛する者たちを守り、しがらみは断ち切れず、あらゆる感情に心を揺す振られずにはおれない。属する世界からつきつけられる正義と理想のもとで煩悶し、何か大事なものをなくしながら本末転倒したような現実のなかで血は流され続ける。良心の呵責によるジレンマはどこまでも永遠に続く・・・
スミス大尉は何度も「真実」を口にしていたけれど、この世の真実とは「人は生きて死ぬ」というただ一点に他ならない。
「ニュー・ワールド」とは、何が起こるかわからない我々の人生において、やがて等しくやってくる死までの間の出会いと発見の連続のことなのかしら?
大地の上で繰り返される、様々な矛盾に満ちた人間たちの生命の営み。
母なる大地は、そんな人間たちを大きな哀しみをもって黙って見守っているような気がする・・・。

***************************************

なーんて、昨夜見てすっかり感動した私は支離滅裂な感想を持ったのですけど、何度も時間を置いて再見するたびに、その思いも変化していくのではないかと感じるような作品でした。
ほんと見ることができてよかった~♪
役者陣も素晴らしかったです。
作品によってはちょっと品のない野獣系に見えるコリン・ファレル、今回のスミス大尉とてもよい!
ちっとも濃くないし。持ち味みたいなものを極力抑えた、あくまで監督の内的世界にきちんと溶け込んでいる芝居でした。不器用で繊細な男っぽい男にどーも弱いので、ポカホンタスと別れたあとのスミスがどうなったのか心配でたまりませんでしたワ。素晴らしき英国庭園で、いつになくぺらぺら喋り捲りながら、叱られるのを待つ子どもみたいにチラッとポカホンタスを見る姿はいかにも頼り無げなんだもーん。ごはんなら私作ってあげるよーとか思ってしまった。
 
ポカホンタスを演じるクオリアンカ・キルヒャー。彼女は本当に素敵
清らかな魂と、伸びやかで瑞々しい肢体、知性と勇気に溢れた強いポカホンタスにぴったりでした。出身はドイツとのこと・・。
15歳だったそうですけど、未知のものに出会い、成長し、やがてそれこそ母なる大地の精霊となっていく姿がひじょうに感動的でした。
何度も大地や太陽と会話する姿の神々しさ。彼女は、魂に正直で実に堂々している。
覚えたての「moon」という言葉を嬉しそうに口にする表情の可愛らしさといったら!!スミスでなくても惚れてしまうわー。
物言わぬ表情の奥深さ、やがて母性を滲ませていく佇まい、本当に素晴らしかったです。

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恋するブラジャー大作戦(仮)

2006-10-21 | 映画

『絶世好Bra』2001年香港

【公式サイトがまだ残っておりました⇒コチラ
初見。わはははっ なんだこれは~っ!!(邦題も負けず劣らずヘン。(仮)だって・・)
久々の香港映画だったのですけど、
なんちゅーあほあほコメディ!突拍子もないファンタジーと、明るく温かい人情(決してビンボ臭くない)が、たまらないです。
この斜に構えたようなかっこつけやスカシ具合の無さ(スカしてる場合はあくまでわざと。)、アホになりきれちゃうぶっ飛び加減こそが香港コメディの真髄!(・・
なのか?)
人間の欲望をまだるっこしく、いかにも高尚そうに上品ぶって仕上げたりする陳腐さも絶対にない。
香港コメディほど疲れをふっとばし、ツボにはまりまくる変てこで楽しい世界もないですわー。
お脳のどこから湧いてくるの?というような幼稚的破壊ギャグも平気で連発してくれるサービス精神旺盛の展開。(しょうがないねぇ、も~)と思いながらも、つい一緒になって「ぶっ」と吹き出すのを止められなくなっちゃう可笑しさ。
私、自分の「発注リスト」に『大英雄』(93年香港)、『詩人の大冒険』(93年香港)と『トリック大作戦』(91年香港)を入れ損ねたことを、とっても後悔しております。
どんな男前や美女でも、気取りなく嬉々としてナンセンスコメディの世界に違和感なく存在してしまえる不思議さ!しかも、皆さん身体張りすぎ!(笑) 
何より、バカやっててもきちんと大事なところは押さえていて、心に沁みるシーンも嫌味なく入ってるというのがすごい。最後には「ああ、よかった!」と嬉しくなれるし♪

私的2006年包容力大賞に既に決定済みなのが、『忘れえぬ想い』のラウ・チンワンなのですけど、ラウチン氏は、男でも女でも相手役をあたたかな情愛で惜しみなく包み込み、思わず信頼を寄せずにはおれなくなるような持ち味のある素晴らしき演技派。
足が長く、男らしい眉とえくぼのできるお顔は味があって、手と足の指が長いこと♪
その彼が、ルイス・クー、カリーナ・ラウにジジ・リョンなどと出演しているのが今作品。

 包容力王子・ラウチン

みなさま、演技派ですし!時々、素に戻って必死ですし!!(笑)
とにかく皆ものすごくチャーミング!!どんどん可愛げが溢れ出してます
それに、このラブシーン・・・。香港映画以外では絶対に見ることは不可能なよーな
ほんと笑えて、あったかいー。
含蓄のあるセリフも何気なくあり、にっこりしたところでthe end。
ああ、面白かった♪
この映画が大ヒットしてしまったという香港、やはり好きだー。

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イベリア 魂のフラメンコ

2006-10-20 | 映画
『IBERIA 2005』

初見。スペインの偉大な作曲家イサーク・アルベニス。彼の組曲「イベリア」の誕生100周年を記念して作られたという、ダンス・パフォーマンス作品。
監督は『血の婚礼』『カルメン』などのカルロス・サウラ。
「イベリア」以外にもアルベニスの様々な曲を取り入れながら、あくまでも自由な解釈によって形作られた映像世界というのがいいですよね~。制作に関わった人々の、アルベニスへの敬意がとてもよく感じられます。 ≪公式サイトが残っていました⇒コチラ
とにかく素晴らしくて!!
これを大画面で観ずしてどうするのだと思いました。ほんと悔やまれます(涙)



なんというのか…、Passionですねー。
細胞が目覚め蠢き出し、情熱的であることは素晴らしいと叫び出す。
感性を自分の知りえない奥底から揺さぶられ、人間の肉体に感動し生きる喜びを感じる。
理屈などではない原始的な衝動に感応する。
モダンにしてクラシカル、なまめかしく艶やかなのにストイック。多くの文化が融合した結果のフラメンコと、魅惑的な光と影が織り成す独創的な照明。そこで繰り広げられる、おそろしくセクシーで圧倒的なダンサーたちの舞踏。いやぁすごいわー。
もともと、自分では考えられない人の動きの美しさにすぐよろめいてしまう私(とオット。先日もバレエを観て、「生まれ変わるなら絶対ロシア人ダンサーだな」という意見の一致を見たバカ夫婦・・)なのですけど、この映画は最初から最後まで陶然・・。
伸びやかで誇り高く、しなやかで力強い肢体。美の極致でした。なんだ、あの腕と指先は。腰と背中と足捌きは。すごいー。自然の造形美に勝るものはないけれど、ヒトも自然の動物ですものねー。美しい!生命力と官能美に満ち溢れておりました。
彼らを踊らせ、苦悩や驚き、哀しみ、喜びなど様々な感情を引き出す音楽の素晴らしさったらないのですけど、サラ・バラス(世界的に有名なバイラオーラ=女性フラメンコダンサーだそう。そのオトコマエな美しさに惚れ惚れしました)らが群舞を魅せる”アストゥリアス”の中での曲、どこで聞いたのか唯一知っているものでした。CMで流れていたのか、映画の中で使われていたのか・・。うーん、サントラが欲しくなってしまうなあ。
大人の舞踏家が子どものダンサーたちに言う「心と魂を込めて踊りなさい」。心と魂を込めて生きることくらい大事なことはないですね。そのほうが絶対に濃密な人生を生きられるはず。
舞踏の中で、互いに対話し共鳴し対決しあいながら、より豊かで深みのある感情を滲ませるダンサーたち。いいなあ。本能が研ぎ澄まされたような空間が羨ましい。
ダンサーはもちろん、ミュージシャンも魅力的なのですけど、”朱色の塔”でのギターには酔いしれてしまいました。なんて音色なのでしょう!あの音色のように愛されたい・・と真剣に思いましたよ、ほんとに。
とにかく、素敵な作品でした。生で、舞台で観たいです!!

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ぼくを葬る

2006-10-19 | 映画

『LE TEMPS QUI RESTE』2005年フランス

初見。この映画、確か『ブロークン・フラワーズ』を観に行った際に予告を見て、(これは苦手そう・・)と結局観ないままだったのですけど。
想像していたのとは随分違う、好きなタイプのお話でした。映画館で見ればよかったー。
ある日突然余命三ヶ月と宣告されたガン患者の死に様。昔から幾人か身近で接してきただけに、変な描写やセリフがあったら白けてたまらないだろーなーと思ったのですけど
、オゾン監督さすがにいろんな人をみてきたご様子・・。
一種のファンタジーですけど、ひとりの人間の美学を淡々と静かに見せてくれたいい作品だと思いました。
ある評には「センチメンタリズムを退け、きれいごとではない真実を描写」とあったけれど、私には十分に感傷的なお話だったなあ。
主人公ロマン(メルヴィル・プポー)は、予告を見た時はてっきり傲慢なナルシストという役柄だと思ったのに、なんだ、実にセンシティブで優しい男ではありませんか。
崩壊している家族の一員である彼は、病気以前は家族については吹っ切れていたのでしょう。それなりにきちんと自立し(31歳だし)、彼らから距離を置き、フォトグラファーとしても成功して・・。
でも、こんなことになってしまい一体どう切り出したらいいのか。別に彼は、傲慢さから家族や恋人に自分のことを告白しないわけではなく、それぞれが個々のことで手一杯なあまり精神的に余裕がないのを知っているから、悩んだ末に言わずにおいたのだと感じました。
母親と姉は少々エキセントリックすぎるし、父親のことは人一倍愛してるから苦しめたくない。恋人はこれまた坊やだからパニックになるのが目に見えている。何より自分には残されている時間がない。ならば言わずに消える方に賭けようと決めたのに違いありません。
一言も辛いなどと言わない彼を、唯一きちんと理解してくれているのが父方の祖母(ジャンヌ・モロー)。
ロマンは「なぜ?」なんて絶対に言ったりしない彼女にだけは甘えることができる。辛辣に聞こえる言葉は、単におばあちゃんに甘えているのだと思いました。彼女もそれを知っていて、あえて「幼稚で身勝手ね」なんて答えたりして。彼等は同じ美学を持つ、同士なのですねー。
だから、「今夜あなたと・・」というセリフは、言われる前から自然にこちらの胸に湧きだしてしまい、鼻の奥が痛かった・・。彼女が居てくれて本当に良かったよねぇ、ロマン~(涙)
無理に遠ざけるように仕向けていた恋人とどうしても最後に愛を交したいロマンが、言いたいのに言えなくてぐっと我慢する様、和解した姉とその子どものすぐそばに居ていくらでも声をかけられるのに、あえて我慢する様など、あくまでも美学を貫く姿が痛々しい・・。彼は、彼等に気付かれないまま静かにそっと写真を撮ることで想いを胸にしまうのです。それだけに、依頼されたお仕事を終え何とも言えない幸せそうな表情を浮かべる彼の姿は、見ていてホっとしてしまいました。
別にしなくても他に方法が・・とかいう問題じゃなく、きちんと触れ合うことが大事だったんだと。何度も出てくる幼い頃の自分の幻影と同じで、ナルシシズムというよりは自分の生の手ごたえを再確認しているのじゃないかなーと・・・。生の新鮮な歓び。
家族や恋人にしたら、なぜ哀しみを共有し最後の別れをさせてくれなかったかと怒りそう・・とも考えられますけど、精神的にきちんとつながって互いに思いやっているような仲なら、最初から彼も迷わずそうしたに違いなく・・。たとえつながっていても、だからこそ告知は難しいとも言えるし・・。自分と周囲を見つめ直す最後の時間くらい、自由にさせてやってほしいといったら身勝手になってしまうのだろうか・・とか、ちょっと色々思ってしまいました。

ラスト、彼が優しく穏やかな気持ちで消えていくことができて本当によかった。
(とはいっても、あのシーン、私の理想とはちょーっと違っていたのですけど・・。人間、海からきて海に還るのは自然の理に適っているけれど、私はちょっとあれはなぁ・・・



今回、役者もみんなよかったです。
オゾン監督には、あえて醜いものを画に入れるような趣味はないのか、あくまでもどこまでも美しく、また綺麗な男性ばかりが映ってました。
で、やっぱりロマンを演じるメルヴィル・プポー!お恥ずかしや、私は初めて見る俳優さんだったのですけど、近頃稀にみる上品さのあるとても素敵なひとですねー。
微妙な心理も、深みのある眼差しと陰影に富んだ美しい表情で、きちんと丁寧に表していてとても良かった。まだ、完全に完成されてしまった大人の男ではない、というところもよいのです。
これまたすっかりファンですワ。今後は、出演作品をきちんとチェックしようー

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年末までに

2006-10-18 | 日記

ここのところ、さすが「秋の日はつるべ落とし」だワ・・と感じ入ってしまう日暮の速さ。
いい季節は過ぎるのも早いですね。
スクリーンが恋しいのに、『ブラック・ダリア』も、『サンキュー・スモーキング』も、『トリスタンとイゾルデ』も『カポーティ』も本当に観に行けるのかどうか怪しくなってきて泣きそう・・。
『上海の伯爵夫人』は?『クリムト』は?『プラダを着た悪魔』は?どーなるの~??
まぁ、すべてはDVDになるのをおとなしく待てばいいだけの話なのですけど(涙)
せめて『エ○ゴン』だけは映画館で観たいものでございます。
本当はファンタジーものはちょっと苦手(入り込むまでに通常の5倍時間がかかるため、下手すると映画が終わってしまったりする・・)なのですけど、キャストがあまりに豪勢で!

 ミシェル・ファイファーを口説いていよーが・・
 馬を口説いていよーが・・(馬、困ってるっぽい)
 これから素っ裸になってくれよーが・・・

彼らには、すべての予定を(無理矢理)キャンセルしてでも大画面で観るべきセクシーさが溢れている!!(よーな気がする)
でもこの3人はなぜ「エ○ゴン」に出演しようと思ったのかしらん。いろんな表情を見ることができるのはとーても嬉しいけど。
あ、『タイムマシン』『キス★バン』などでとてつもなく可愛かったシエンナ・ギロリーも出てますね♪
って、なんだかとってつけたよう。
でも、やっぱり全部劇場で観たい・・。観たい観たい観たい・・・

 ちなみに、この映画はいつまで待てばよいのでしょう・・
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パリの灯は遠く

2006-10-17 | 映画

『MR. KLEIN』1976年フランス・イタリア

初見。ジョセフ・ロージー監督作品。ケーブルでやっていたのを見ました。

舞台は1942年、ユダヤ人狩りが凄まじいナチス・ドイツ支配下のパリ。
美術商を営むロベール・クライン(アラン・ドロン)は、占領下でもシビアな客商売で金を儲け、優雅な生活を送っていた。ある日、彼の元に見たこともない”ユダヤ人通信”が届く。どうやら同姓同名のユダヤ人と間違われたらしい。生粋のフランス人であり身に覚えもない彼は、間違いを糺すべく新聞社や顧客リストを管理するという警察署に出向くのだが、周囲の対応を前にして次第に不安を覚えるようになる。さらに、見知らぬ女性から”ロベール・クライン”宛てに届いた手紙を読み、もうひとりのクラインに興味を持った彼は、差出人の女性フローランス(ジャンヌ・モロー)が待つという約束の場所へ自ら足を運ぶことにしたのだが・・・。

面白かったー。見応えのある社会派ドラマの佳作でした。
ハネケ監督の『隠された記憶』って、この映画によく似たところがあるなあ・・。
同姓同名の他人に間違えられ、次第に追い詰められて窮地に陥る男。
決して派手ではないけれど、物静かでぞっとする緊張感が持続する物語。
カフカ的なものに寄り添った、いろんな意味で恐ろしい話・・クラインの立場はヨーゼフ・KやKのようでもあるのですけど・・(でも、近代自我云々なんてこと考えてたら、どーかなりそうで・・
のっけに出てくる、ひとりの女性の骨相を手荒かつ真剣に調べ平然と「非ヨーロッパ系で疑わしい人物である」という検査結果を下す医師。彼は、さだめし仕事に徹した「審判」の笞刑吏といったところでしょうか。管理機関である警察と共に、彼等は法律のもとでその時々の正義を行うのですから。
こういう現代社会機構に守られた状態で、浅はかな自由人を気取り、異邦人に対する無関心を貫いて商売に勤しんでいた傲慢な男がたどる道・・・。
オークション会場で出品される、胸に矢を貫かれたまま立ち続けるハゲワシの絵。
彼は選ばれ、取り付かれ、側にある美しい愛や善意の情に気付かぬ残酷さを持ったまま自らの幽霊を追い続ける熱情に急き立てられ、最終的に属していた世界を飛び出して、もうひとりの自分と無言で闇の中に消えていく。
引き金は、「誰かに恨まれているのでは」という、自身の人生の後ろめたさからくる小さな不安。
血統の証明をしてほしくて久々に父親のところを訪れた彼は、きっと普段は自分の親のことなど思い出しもしない酷薄な男であろうと見る者に自然に思わせる描写。「貪欲でも勝手でも偽善的でもいい。人間には後悔がある・・・」という父に、クラインはやはり懺悔できないままに終わってしまう。
己の分身を知ろうと出向いた館のなかの、まるでベラスケスの絵のような構図(え、違う?でもここ、しばしウットリしてしまいました)で現れる人々。
彼等の中では、クラインのほうが異邦人となってしまう。
 「貴方の目には、エゴと優越感と自由人が見える。動物なら猛禽類ね」と言い放つジャンヌ・モロー貫禄だー。

求めていた答えは得られず、かわりにさらなる不安と興味を煽られて、いよいよ”クライン”探しに没頭していくクライン。それは同時に、終りなき贖罪の旅でもあるかのよう・・・。
彼はわりとチャンスを与えられてもいるのですけど、気付けないのですよねー。いや、気付いているために他のことが目に入らないのか。せっかくジャニーヌがいるのにな。
自分の常識以外の世界を感じたり、とうに自分の中で殺してしまった良心や善良さを呼び戻すことがいかに困難か。存在喪失の恐怖に、いかに向き合えばいいのか。
ある民族に対する迫害という歴史を背景にしてはいますけど、誰にでも起こりうる誰もが無意識に取っている行動、繰り返される人間狩り(ロージー監督の場合は赤狩りでハリウッドを追われた)を生む自らの人間性への過信に対する警鐘、なんてところを静かに丁寧に描いて見せているような物語でした。
ラスト、浮かび上がる己の影を見たクラインは安堵と絶望以外に何を感じたのか・・。


≪本日の男前≫
 60年代前半?のドロン氏。

ワハハハハ、とあまり綺麗すぎて笑ってしまう、えーと左のはブリジッド・バルドーでしょうか。まぁ麗しいお二人さん。こんなキスシーンなら街角で見かけても嬉しいなあ。(何が)
ごく若い頃のカトリーヌ・ドヌーブやアラン・ドロンにはどこか共通した匂いがあって、それがひんやり香ってる時がよいなあと思うのですけど、おっさんになってから今回のような映画に出てるドロン氏も骨のある男だったのだなあ。見直したわー。(何様)
同じロージー監督とドロンが組んだ『暗殺者のメロディ』も見てみなくては。ここでのドロン氏は、「リチャード・バートンに貫禄負けしている」らしいのですけど、共演相手の男に食われている、と評されている作品のドロン氏って意外にいいと思うけどなあ。

【食われていると評される映画】
『さらば友よ』でチャールズ・ブロンソン(すごくいい男)に。
『冒険者たち』でリノ・バンチュラ(すごく優しい男)に。
『フリック・ストーリー』でジャン=ルイ・トランティニャン(私が匿ってやりたい男)に。
いずれも名作、傑作で役者もみんな好きですわー

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予約完了

2006-10-15 | Heath Ledger

ふぅ~。やーーっと仕事も一段落し、やれやれ・・と思ったところに朗報!!
待ちかねていた、カサノバご一行来襲予定日がいつの間にか決定していたのですね。
いやぁ、待ってたのよー。長かったわー。待ちすぎて、『ヴェニスの商人』のファーストシーンで、思わず幻影を見たほどですわ・・・
ま、もーしばらく待たねばならないようですけど、これで来月の小山も年末の最後の一山も一気に乗り切れそうです。
やっぱり、人間楽しみがなくっちゃいけませんよね♪
しかもそれがいい男・いい女待ちなんですから嬉しいのなんの。
明るく皆が幸せになれるコメディだし。衣裳も美しいし。
思い切りヴェネチアに酔うんだわー
届く頃には真冬ですけど、ぽかぽかになれそうです。(いや、寒いには違いないけど)
あの「ルポ~」が、また聞けると思うと尚更嬉しいですね♪

 この二人がまたいいんですわねー。

このかがんでるのはルポでしたっけ?

 このシエナ・ミラーは少女みたいで可愛い!!満面の笑み。
すっごく嬉しそうにBimbaにくっついて 餌やり中?
コメント (6)
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熱砂の舞

2006-10-13 | 映画

『THE SON OF THE SHEIK』1926年アメリカ

ものすごく久々に見てしまいました。先日、仮想レンタル店に置く商品を楽しく考えていたら急に見直したくなってしまって・・。昔、スクリーンだったか、淀川さんの連載に載っていた映画スチールがとーても綺麗で素敵だったので、思わずビデオを探しまくり好きになった映画なのですけど・・・。

やっぱりこの物語は面白いです♪
盗賊の娘である、踊り子ヤスミン(ヴィルマ・バンキー)と、若き王子アーメッド(ルドルフ・ヴァレンチノ)の恋物語。ヤスミンの父親の策謀によって誤解が誤解を招き、互いに憎しみ合いつつも恋心を消せない美男美女が果たしてどうなっていくのか・・。描かれる父子や夫婦の関係もいい感じ。1926年作品ということは、わ、もー80年も前の映画てことですね!でも、別に古臭くも感じないです。コミカルさもあるし、見応えたっぷり。若さゆえの残酷なシーン、生ぐさいようなシーンはあえて映していないのですけど、かえってそれがまたコワかったり・・。
  「また会う日まで友情の印としてこの指輪を」
  「きっと遺跡で会えるわ。月夜の下でひとりさまようのが好きなの。」
美男美女の交す、柔かな微笑みと情熱的なくちづけの、まあ素敵なこと♪(台詞はあとで出るんだけど・・) サイレントのせいか、かえって迫力も凄みも増しているように感じました。役者たちの眼はもちろんのこと、砂漠に吹き荒れる風も効果音がないのにすさまじい。

世紀の美男子・ルドルフ・ヴァレンチノは、うーん・・あらためて見てもほんと男前。(←当たり前)名前もいいですよねー。(本名はちょっと長かったです。お父さんがイタリア人でお母さんがフランス人だとか。)
ヴァレンチノの作品は、これしか見たことがないですけど、このあと腹膜炎か何かで31歳(今になってみるとなんて若い・・)で急逝したのだったか・・。彼の声って、どんなだったのでしょう。
伝説の男というイメージですけど、モノクロ(というかフィルムがセピアというか黄色がかっている)の砂漠とアラブの衣裳が、
ヴァレンチノのエキゾティックな顔立ちをひきたてまくっていて、やっぱり今回も眩惑されてしまいました。
 わ、美人ー。そりゃお葬式で後追いする人もでますわね(伝説)

とにかく、色っぽいもんなあ。甘くてせつなげなのも冷酷なのも。愛情深いのもコミカルなのも、どれもこれも。もちろん、颯爽としていてカッコもいいし。ただ、ヴァレンチノには昼間の明るさとは無縁の、なんというか、夜と人工的なネオンに愛されているような雰囲気を持つ毒気のある男に見える瞬間があるので、異国情緒あふれる恋物語をやっていてもどこかうっすら虚無的というか、不思議な味わいがあって・・・。(日本語がいよいよ変ですみません)寂しげな時は、助けられそうにないくらいどん底で悲しそうだし。
一応、白馬の王子様なんですけど、ほの暗いエロティシズムがあるのは三白眼のせい?
でも、演技も良いな、と今回再認識しました。王子役と父親役をうまーく演じ分けていて、これなら長生きしてじい様になっても洒落っ気のある素敵な人だったのじゃないかなーと。
美人薄命。まったく残念です。
つくづく俳優の魅力というのは、生まれ持った肉体と、そこから知らぬ間に匂い立つオーラ、目には見えないけれどこちら側が思わず感応してしまう本人の色気そのものなんだなーと思います。
別に実際に会って話して知り合いになるわけじゃなし(会えないのがいいのだ。たぶん・・)、あくまでも虚構の世界のみで生きている美男美女の、微笑み方や佇まい、ちょっとした仕草のどこかに惹かれて、フラフラーっと虜になる歓びというんでしょーか、そういうのが映画を見る醍醐味なんですよねー。虜になったら、唇の動きから始まって身体の事細かなパーツの動き全部に目がいって、貪欲に(好き勝手に)味わいつくそうとしてしまいますもんねー。
って、なんだかいつも同じことばっかり言ってますね、モーロクしてます・・
とにかく、ヴァレンチノのオーラはやっぱりヴァレンチノにしかない特別製だというお話なんでした

 『シーク』(21年)の続編が今作品なのだそうで、そちらも見たいー

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ああ・・

2006-10-12 | 日記
阪神、帰省中もずっと見たり聞いたり悲鳴あげたり悔しくてたまらず泣いたりしていた我が家ですが・・。
今日はねぇ・・勝ちましたわ。もちろん。
とにかくお疲れさまでしたと。阪神愛って高まるばっかりですし。
スタメン出場の片岡。引退セレモニー、色々昔の甲子園とか思い出しながらお話聞いてました。
やっぱり泣けてきたなー。
日ハムは、優勝決めたんですね!
新庄・・良かったねぇ。
なーんか嬉しいけど、やっぱり寂しいなあ。
野球はいいねぇ・・としみじみ感じた夜でした。
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