笠間クラインガルテンの日々

笠間クラインガルテンでの有機野菜作り、地元の方々とのふれあい、そして豊かな自然と

白夜のロシアへ Ⅴ セルギエフ・ポサート

2017-07-13 09:48:12 | Weblog
6月16日(金)、ツアー5日目
まだ時差ボケが治らないようで・・・夜中に目が覚めて

まだ午前3時前ですが、既に青空が・・・
これが白夜でしょうか

今日も快晴のようです

ホテルのレストランから

そして空港に
車窓から見えたロシア国立図書館


通勤風景

左手前が地下鉄の入口だと思います
湿地帯ということもあって、最も深いところでは地下100m
世界で最も深いところを走る地下鉄だそうですが、駅の内装等は驚くほど立派だとか
今回の旅行での心残りは、地下鉄駅を見られなかったことです

そして・・・

サンクトペテルブルクは全くの平坦地で山はなく、前方の丘が最も高いそうです
その上に乗っている円い建物は天文台だとか
何とも微笑ましい

そして空港へ


モスクワ到着後、本日の観光地、セルギエフ・ポサートヘ

城壁に囲まれたトロイツェ・セルギエフ大修道院

セルギエフ・ポサートはトロイツェ・セルギエフ大修道院を中心に発展してきた町ですが、
1345年聖セルギーが僧庵を作り、それが修道院となり、その周りにポサート呼ばれる商人・手工業者が住むようになり、
町となっていったようです
聖セルギーは約240年続いた「タタールのくびき」からロシアを解放する戦いの中で、精神的な指導者の役割を果たした
そして、トロイツェ・セルギエフ大修道院はロシアの宗教的・文化的中心になったということです
一方、幾多の戦いにも巻き込まれましたが、外国人に占領されたことは一度もない、まさに「要塞」だったようです

後方の建物

一部はスーパーマーケットで、入場券売場もある建物だそうです

左がガイドのユリヤさん 右は現地ガイドさん

6月の服装?

城壁の門の装飾


それを潜って、中へ


聖ヨハネ生誕教会

もう一つの門のように見えますが、教会です

壁や天井には聖セルギーの事績を描いたフレスコ画が・・・




境界を抜けて振り返ると・・・

聖ヨハネ生誕教会の前の白い建物はお土産売り場

中へ進むと

ウスペンスキー大聖堂
このトロイツェ・セルギエフ大修道院にはいくつもの教会がありますが、そのメインとなる教会のようです
1584年イワン雷帝の命で、モスクワの大聖堂を模して造られたものだそうです

鐘楼

1740年から30年かけて建造された最後の建物で、高さ88m

トロイツキ―聖堂

この大修道院で最も古い建物で、1423年聖セルギーの墓の上に建てられたものだそうです

こちらはセルギエフ教会(=食堂の教会)


壁の装飾が美しい


中へ

女性はスカーフで髪を隠して

美しいイコンが・・・


そして入り口部分の天井には旧約聖書、食堂部分の天井には新約聖書に因む絵が・・・


 

総主教館(院長の執務室)


こちらの建物は?

礼拝堂かも知れません

右の建物は、1477年に建てられた聖霊降誕教会


ウスペンスキー大聖堂とドゥホフスカヤ教会


ドゥホフスカヤ教会の中に入ると・・・

イコンの前に泉があり、男性が水を・・・
聖水ということでしょうか

小さな建物ですが、上方は・・・


こちらはスモレンスカヤ教会

左の建物です

角度を変えて
右の建物は大学?

この大修道院の中には、病院や図書館などの他大学もあります
中央の建物は礼拝堂?

ほぼ観光を終えて・・・

こちらはクワスという、ライムギと麦芽を発酵させて作った飲み物で、アルコール度は1.5%ほどとか
結構甘く、ビールとは異なりますが、冷たくて美味しくいただきました

この大修道院には260名ほどの聖職者がおられるそうですが・・・
白く長いひげで、絵に描いたような神父さん

右の女性は、クワスを販売している人

こうしてセルギエフ・ポサートの観光は終了

同じ所にこれだけの教会が立ち並ぶという光景は初めてでした

そして、バスで今日の宿泊地スーズダリに向けて

また、こうした景色が延々と

ダーチャでしょうか



クラインガルテンは19世紀の初頭にドイツでスタートしたということですが、
ロシアのダーチャはそれよりも100年ほど前からあったようです
1930年代のスターリン時代に農業集団化で強制的に土地を奪われた農民が「自留地」を要求したことで広まったようです
その後、労働者もこれを要求し、ダーチャは大衆手的なものとなり、
現在では、6,7割の国民が何らかの形でダーチャ(=別荘)を持っているそうです

ところで、寒さの厳しいロシアの耕作期間は5月〜10月で、この期間の週末はダーチャに出掛ける人で大混雑
そのための道路も整備されているとか

栽培できる期間が短く、ジャガイモやビーツが主な野菜になりますが、
ペレストロイカ後の物資不足の時代には、ここでできた野菜が食糧不足を大いに補ったとか
また、学校が始まる9月1日にはダーチャで育てた花を学校に持っていくのが習慣だそうです

ところで、その畑・・・

いかにも貧弱?ですが、手前には葉物野菜
奥の方にタマネギなのかニンニクなのか・・・

こちらはジャガイモ

日本でいえば、北海道と同じ時期の栽培になるようです

周りの景色は・・・

人造湖だそうです

今日は一日曇り空でしたが、陽が出てきました




そして、夕焼け?


スーズダリまで200km
およそ3時間30分ほどのバス旅行?


刻々と・・・


午後9時を過ぎました

平坦な土地なので、夕日がきれいです

そして、夕食の場所へ

民族衣装?でお出迎え
家族で経営している一般家庭料理を出してくれるお店です

店内では手作りのものも販売

こうして今日一日の観光は終了
ホテル着 午後11時
サンクトペテルブルクとは異なり、さすがに真っ暗でした
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