長塚昌宏の「コロと歩けば」

人と人との関係を様々な切り口で書いていきます。茨城の良いところも柴犬のコロと共にアピールしていきいきたいと思います。

「小石川後楽園」と「白山神社」(1)

2017年06月20日 | 日記
◆先日(16日)の夕方、晴れていた空が急に暗くなり、雨が降ってきたかと思う間にドシャ降りとなり、大粒の雹(ひょう)に変わると屋根や庇に当たる物凄い音が辺りに響きました。雹の大きさは直径2㎝ほどの塊で、庭の草の上を転げまわっていました。このような大きな雹を見るのは初めてです。庭木や草花、野菜の苗木などを直撃して被害が出ました。18日(日)、この日もあまり天候はスッキリしませんでしたが、朝早くに家を出ました。この日が最終日の「小石川後楽園」の“花菖蒲を楽しむ”と「白山神社」の“あじさいまつり”を見に行くことにしました。
◆東京に行くのもたまのことなので、初めに浜松町まで行き、「旧芝離宮恩賜庭園」に行きました。この庭園は、「小石川後楽園」と並び江戸のもっとも古い大名庭園と言われます。江戸時代初期に佐倉藩主・老中の大久保忠朝の屋敷だったところ。のち幕末には紀州徳川家の芝御屋敷となる。落語“芝浜”の舞台もこの辺り。庭内にある弓道場からの帰りか、何人かの若者と行き会う。庭内に入ると江戸庭園の典型と言われる汐入の回遊式泉水庭園が広がります。大泉水に沿い、右回りに進みます。池の中には浮島、中島が。さらに州浜、雪見灯籠。そして大山に登りました。枯滝の石組み、西湖の堤、根府川山、大島、四阿(あずまや)、八ッ橋とゆっくり進みます。海水取入口(潮の干満を利用して作庭。ここから品川の海が眺められたという)の跡がありました。一周して振り返ると、周囲に高いビルがありますが、静かな庭園の佇まいは昔の大名庭園の面影を感じさせてくれます。庭内のそこここに、季節ごとの花が咲きます。今の季節ですと、百合、紫陽花、花菖蒲などでしょうか。
◆今までに、都立9庭園の内、8つ(「浜離宮恩賜庭園」、「小石川後楽園」、「六義園」、「向島百花園」、「旧岩崎邸庭園」、「旧古河庭園」、「清澄庭園」、「旧芝離宮恩賜庭園」)を訪れたことになります。残るは、「殿ヶ谷戸庭園」(国分寺市)を残すのみ。いずれ近いうちに行ってみたいと思っています。
◆浜松町駅から有楽町駅に向かいます。毎月第1、第3日曜日には「東京国際フォーラム」1階地上広場で“大江戸骨董市”が開かれることを思い出し、行ってみることにしました。広場の地面に250店舗もの様々な店が並びます。着物・帯、置物、焼き物、古本、刀の鍔など骨董の数々。場所柄か外国人も多く、着物や帯、竹細工、錦絵などを興味深そうに見ていました。私は絵画のモチーフの敷布に使う青い縞柄の布切れがあればと、あまり期待せずに、見て歩きました。並べられている物は、骨董品を中心にそれこそ何に使うか分からないものやガラクタ(?)のような物まで。人混みの中を見て歩くだけで楽しいものです。一回りして探し物は見つからず、また有楽町駅に戻り、今度こそ、水道橋の「小石川後楽園」に向かうのでした。
◆寄り道が長くなりましたので、「小石川後楽園」と「白山神社」については次回に書きます。

 ※ 写真は、「旧芝離宮恩賜庭園」の庭園内でもっとも高い築山(大山)に登り、その頂上から北方を眺めた景色。前方のビルの方向に「浜離宮恩賜庭園」がある。
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