Chimney角屋のClimbing log

基本的にはクライミングの日記ですが、ハイキング、マウンテンバイク、スキー、スノーボードなども登場するかも・・・。

拍手で送りたいと思います。

2015-12-23 01:16:51 | 山とクライミングの話

毎年、山の仲間が亡くなっていく。昨日までは、「今年は親しい仲間が亡くならなくて良かった。」と思っていたのに、この年末になって同じ会の仲間が山で亡くなってしまった。

電車にひかれても死ななそうな彼女が、山で滑落して亡くなってしまった。「人はだれもが死ぬ」ということが疑う余地がないことであると思い知らされる。

私は彼女と山に行ったのはたった数回だ。でも彼女は世界的にもその名を知られたクライマーだから、フェースブックなどでも、彼女の死に対してのコメントがあふれてる。みんな悲しいのだ。誰だって、もう彼女と会うことが出来ないと思えば悲しい。私が彼女に最後に会ったのは2か月前のことだ。海外の山に出かける当日で、二つのザックを体の前と後ろにつけて空港に向かっていくところだった。「じゃあ、行ってきます。」「帰ってきたら、何処か誰も登っていない氷を登りましょう」が最後の言葉だったが、彼女らしく、いかにも近所に買い物にでも出かけるように去って行った。その山からは無事に帰ってきたことは知っていたけれど、それ以降は会う機会が無かった。

実は私は彼女が苦手だった。「嫌い」というのではない。2011年。東日本大震災の後、私は「被災地にクライマーを送る会」を仲間と立ち上げて、震災直後の1週間後。第1陣として彼女が現地にボランティアで入ってくれたのだった。10日間ほどの活動を終え、その時に一緒に行った他の仲間が心に傷を負って帰って来た。それを心配した彼女は、私に「どうしてくれるんですか。角屋さんのせいですよ。なんとかしてください。」と迫ってきた。今は時間が経って、彼女は何とも思っていないようだったけど、私にはあの時の彼女の言葉が体の真ん中に重く沈んでいるのだ。だから、あの言葉をもらって以来、ずっと彼女が苦手だったのだ。嫌いだったのではない。自分の思ったことをストレートに言う相手にビビっていたのだ。でもそんな彼女が魅力的でもあった。うらやましかった。

うらやましいと言えば、彼女の人生そのものがうらやましかった。私はこのご時世、週休1日。何処の山に行っても日帰りだ。でも彼女のように、山で生きて行くと割り切った人生を送れる人がうらやましく思える。多分、自分の一番好きなことに人生をかけることが出来たのだと思う。それに値する成果を残してきた。彼女の人生は良い人生だったと思う。だから、拍手で送りたい。

みんな悲しんでいるのかもしれないけれど、自分が死んでいく時のことを考えると、みんなに悲しんでもらうより、「君の人生は素晴らしかった」と、拍手を送ってもらった方がうれしいじゃないか。

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