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「あの花」に稀代のストリーテラー岡田麿里の真髄を見ゆ

2015-09-23 21:01:39 | アニメ
あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 Blu-ray BOX(完全生産限定版)
アニプレックス





(敬称略)ネタバレ注意
アニメーションはデジタル化や3D化も相まって、より一層表現力が高まった。
作中において踏み込んだ表現を行うようになり、世界設定も複雑化した。
見る側の理解力が一定程度高まった事も作用しているだろうし、元請けスタジオ同士の競争による所も大きいのだろう。

 隆盛を誇るアニメ作品郡の中で、脚本家・岡田麿里(ネット愛称はマリーと呼ばれている)に注目したのは、岡田がシリーズ構成を担当した黒執事1期(2008)のラスト2話の「物語の巻き取り具合」であった。
王家の謀略を担ってきたファントムファイブ家の当主シエルの視点から王権の腐敗を描き、やがて悪魔との取引の代償を支払う悲劇的結末へ雪崩れ込んでいく。
アット驚く展開を忍ばせておいて、最終話にて綺麗に物語を収束させる手法においては、岡田は当代随一の脚本家と言える。

GOSICK -ゴシック-(2011)は終盤において世相に暗雲垂れ込め、戦乱の後に邂逅を果たすという「巻きの岡田麿里」ならでは劇的な展開を見せた。

LUPIN the Third -峰不二子という女-(2015)では原作の雰囲気を生かしながら、謎めいた雰囲気で話が進む。
海外を意識した演出がなされており、イタリアで先行公開された。
フリードリヒ・ヘーゲルの著作「法の哲学」からの引用文を散りばめ、ミネルヴァのフクロウをモチーフとしたキャラクターが作中にいくつか登場する。
峰不二子出生の秘密が最大の謎となっており、これもまた、最終話で劇的な展開を見せる。

絶園のテンペスト(2012)はヒロインの不破愛花(ふわあいか)の死を巡って話が展開する。
私には最後まで犯人が分からなかった。
不破愛花の驚くほどに怜悧な佇まい自体が伏線となっている。


私は「日常系ファンタジーアニメ」は苦手で避けていた。
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(2011)略称「あの花」を観たのは最近である。(正式略称は「あのはな」)
ちなみに、「あの花」は本年9月21日に実写ドラマ化されて、フジテレビ系で放映された。
アニメ版は東日本大震災直後の2011年4月という時期に本放送されたので、時代の雰囲気とマッチした事も大ヒットの遠因となったとされる。
シリーズ脚本担当が岡田麿里だというのは当初知らなかった。
知っていればもっと早くに観たであろう。
岡田は物語の組み上げが稠密である事上に、社会性を織り込み、脚本家としてのスケールの大きさを感じさせるからだ。

「あの花」は過去のトラウマと折り合う事の難しさと、鬱屈した精神の開放を謳った作品である。
輪廻転生という概念により、人は死生観を組み立てるが、周囲の人々に自身の存在の思い出を残して消えていく。
死は避けがたいものであるが、それが幼くして、しかも唐突に訪れた場合にどのような作用を周囲の人々に与えるのかという命題を描いている。

声優は、アニメ「あの夏で待ってる」のヒロイン役「貴月イチカ」の戸松遥が「あなる」、
ギルティクラウンのヒロイン楪いのり(ゆずりは)役の茅野愛衣「めんま」、
赤髪の白雪姫のヒロイン役、白雪の早見沙織が「つるこ」を演じている。

「あの花」の論考は文字通り百出しているので、仔細は他に譲るが、私が特に圧倒されたのが、岡田特有の終盤の話のまとめ具合である。
劇的な展開と、すでに散らばった様々な思いや伏線を綺麗に収束させている。
映像演出や声優の力量も加味されて、感情を激しく揺さぶられる。
私みたいなおじさんがこんな事わざわざ書くのも変な話なのだが、それほどに驚かされたのである。


劇場版では、本編と本編事後の逸話が交互に出てくる、併せて本編を補強する逸話が幾つか挿入されている。
○ロシア人クォーターのめんまが教室で一人ぼっちだったのを主人公じんたんサークルに誘うカット。
○ゲーム「のけもん」と外人である「めんま」が感じている疎外感は同じ意味だと、めんまが語るシーン。
○ぽっぽが首にぶら下げている小袋に、めんまが滑落して水死した場所の花が入っていると明かされる。

解釈は人ぞれぞれあるだろうが、この世に顕現しためんまを認識できるのはめんまが強い思いを抱いていた、主人公じんたんだけであった。
ラストシーンでは忘れな草の花の上で、めんまの存在が全員に知覚される。
忘れな草に想いを残しためんまにとっては、忘れな草が現世へ姿を表す触媒となっていたと考えることもできる。
少なくともぽっぽにとっては、忘れな草がめんまを思い出させる小道具になっていた。


私は秩父へは幾度か行ったことがある。
秩父鉄道に走る蒸気機関車を偶然見たのだが、煤煙がすごいのである。
走る環境破壊列車であり、電化で蒸気機関車が消滅したのもよく理解できた。
しかも、速度もそれほど出ていなかった、オフロードの原付バイクで並走する道路を走っていると、機関車よりも先回りできる程度の速度だった。
もっとも観光用なので、ゆっくり走っていたのかもしれない。
寄居駅周辺や小鹿野村や奥秩父の銭湯は行った事があるが、秩父市街へは通過する程度だった。
秩父市街は昭和の原風景とか評されるが、今はどうだか分からないが、全体的に寂れた感じだった。

岡田麿里は秩父市出身だということである。
本作は原作者は実質的に岡田であり、「あの花」の舞台を秩父市に据えたのは、岡田なりの故郷への恩返しなのだろう。

それともう一つ、驚いたのは、旧吉田町(現秩父市下吉田)の打ち上げ花火「龍勢」が作中に出てくる。
秩父市吉田久長の「道の駅 龍勢会館」には秩父事件の展示物と「あの花」の展示物が並ぶという極めてシュールな状態となっている。
秩父事件とは、1884年に秩父地方で勃発した農民一揆である。
秩父事件は2004年に「草の乱」として映画化されている。
安彦良和氏のマンガ「王道の狗」にも登場する。

松方デフレ政策と、明治15年(1882)リヨン生糸取引所で起こった生糸の大暴落が、秩父地方の養蚕業者を困窮させた。
暴利を貪る高利貸しは農家の破産者を増加させる一方で、蓄えた富を使い警察や裁判所を買収した。
買収された政府は農民の請願をことごとく跳ね除けた。
自由民権運動に感化された農民は、『秩父困民党』を結成した。
武装蜂起して吉田町椋(むく)神社に集結し、秩父市一体の役場や警察署や制圧し、高利貸しを襲い証文を焼き払う。
初戦の警察や憲兵隊との小競り合いには勝利するが、東京鎮台の鎮台兵に武力制圧されてしまい、本陣は瓦解し一部は十石峠を越え群馬県方面へ潰走する。
秩父事件は日本最大の武装蜂起事件であるが、武装蜂起の背景には「龍勢」の存在があった。
戦前までは農家もかなりの武具を所持していた。
秩父地方だけで猟銃3000丁が存在したと言われる。
それに加えて、大型ロケット花火「龍勢」の伝統により、火薬取り扱いの知識に長けていた。
「龍勢」を大筒として使えば、日本政府と軍事的に渡り合えるという考えだった。
しかし、鎮台兵は多連装の最新式小銃で武装しており、もはや、火縄銃や龍勢では勝負にならなかったのである。
秩父事件による徹底的な軍事鎮圧と、その後の厳しい刑罰により、江戸時代から続いてきた、強訴や一揆の伝統が途絶えた。
秩父の農家が武装蜂起した背景には、現金支払いでの重税だけでなく、働き手を徴兵して奪う明治政府に対する怒りがあった。
以後、日本は戦争国家への道をひた走り、1945年に大日本帝国は瓦解する。


「あの花」効果で「龍勢」の打ち上げ祭りには例年2・3万人の来場者だったのが、10万人に達しているそうだ。
作中に出てきた「超平和バスターズ」名義でも龍勢が打ち上げられた。

「あの花」の物語自体には政治性はない。
あくまで死者が蘇り、生者を誘導するという映画「ゴースト」彷彿とさせるファンタジーアニメである。
しかし、私には岡田が意図するのは単に「秩父市」の町おこしだけにあるとは思えない。
秩父事件という歴史をつなぐ「龍勢」を作中に登場させ、死者が残した想いを語らせている。
歴史は単なる年表ではない。
岡田は止むに止まれず秩父事件に参加した秩父地方一体の農民の意思に、平和な時代を生きる我々が思いを馳せることを狙っている。
これは私の美しい勘違いかもしれない。
しかし、脚本家岡田の産み出した数々の作品群を考えれば、深い社会性を忍ばせ、人口に膾炙させる意図があると考えることの方が妥当である。
我々は知らず知らずのうちに「マリーのアトリエ」を覗き、感涙しながら、多くのことを学ばせて貰っているのだ。


(参考)「あの花」の聖地・秩父でめんまたちの息吹を感じる
http://ascii.jp/elem/000/000/647/647503/index-6.html
「あの花」と「秩父事件」の所縁の地を訪ねて・・・
http://himadesu.seesaa.net/article/392853801.html
【聖地巡礼・あの花(5)】聖地巡り遠方編:旧秩父橋~長瀞~龍勢会館を巡る。作中そのままの風景がそこに
https://netatopi.jp/article/1000570.html
“あの花”聖地巡礼の第2弾として、龍勢会館に行ってきました!
http://hakanayuki.sakura.ne.jp/t021.html
秩父事件、最後まで戦った菊池貫平(ハイビジョンドキュメンタリー)
https://www.youtube.com/watch?v=RRx8EBp6eMk
秩父事件描くドラマ3=「獅子の時代」3 3
https://www.youtube.com/watch?v=FG7LOhh6t0Y
映画=秩父事件2 1
https://www.youtube.com/watch?v=6_yiAFqRH7U
秩父事件2 2
https://www.youtube.com/watch?v=pZ4ojkVxduY
龍勢祭り ハプニング 龍勢が観客の方へ!
https://www.youtube.com/watch?v=l_2KLqv278w
M.M あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない、聖地巡礼レポ(自転車で秩父市街から下吉田へw)
http://mmsroom.web.fc2.com/index_zakki_anohana.htm

劇場版 あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。(完全生産限定版) [Blu-ray]
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