わんわんらっぱー

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人肉食を強いる戦争と戦後日本の変容

2017-07-29 11:50:22 | 戦争
Fires on the Plain (1959)


 大岡昇平原作、市川崑監督の「野火」を見た。塚本晋也監督が昨年「野火」を再び映像化した。
南方の戦線で飢餓に追い込まれ、人肉食をせざるを得ない凶状を映像化したのである。

 実際にパプアニューギニアでは人肉食が行われた。
原一男監督は人肉食問題を追求した奥崎謙三のドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、神軍」を製作し、1987年に公開している。
作中に出てくる「市川崑の~」とは映画「野火」の事である。
「ゆきゆきて、神軍」が衝撃的だったのは人肉食の事実だけでなく、下位の兵士に難癖つけて軍法会議にかけて銃殺し、同じ部隊の連中が食べてしまったという事件が浮かび上がる点にある。
生き残った兵士の一人は「土地を読む能力があるので殺されずに済んだ」という事を述べる。
極限状態では「野火」の如き地獄が出現する。

 奥崎の砲兵連隊で生き残ったのは2人だという。奥崎は行軍する上で荷物を減らすため朝に配布されたおむすびをすぐに食べてしまっていた。事情をしらない同部隊の山崎二等兵が気遣って奥崎におむすびを分けようとする。その優しい心根の山崎も死んでしまう。奥崎の怒りは天皇へ向かい、後に天皇パチンコ事件が起きる。

 奥崎の著書は7冊あり、私は全部読んだ。が、自叙伝であり従軍記の「ヤマザキ、天皇を撃て」が圧倒的存在感を放ち、後の著作は宗教めいた表現が多く、妻がなくなったことを知った奥崎が獄中で綴った文章は心を打ったが、「ヤマザキ~」ほどに価値を持たない。


公開30年 いま上映は…原監督に聞く
https://mainichi.jp/articles/20170504/k00/00e/040/168000c
↑を読んで欲しい。
原監督が述べているのは
「昭和の時代は、権力やタブーにあらがい、思い切り自分の欲望を爆発させるような人を、それでも受け入れる『余裕』が世の中にあった」
「今だったら、奥崎さんのような人は袋だたきに遭いますよね。どこを見たって余裕がない。街全体が張り詰めているし、自分とは異なる他人を受け入れられなくなってきている。上映は難しいかもしれません」
事である。
これは経済的な観点のみならず、思想的な観点も含まれている。
お互いに共有している歴史や社会科学全般の知識が低下している。

 実のところ、日本社会の貧困化は米国のアフガニスタン・イラク戦争から連綿と続く、中東や北アフリカの戦乱の間接的余波によって発生している。
 平たく言えば、米国が帝国主義を続行するための戦費を日本が一部肩代わりしている事が、日本社会貧困化の主たる要因である。決して「風が吹けば桶屋が儲かる」という迂遠は話ではない。
 この実態を考察しても、日本人民に理解するだけの知力がない。よって、米国は戦争を繰り返し、日本からの収奪が弱まることはない。
 昔、「戦争を知らない世代」という言葉が流行ったが、対米従属構造を理解しない人民の増加が、日本社会の存続を危うくしている。洗脳する側が洗練している、という事だけが問題なのではない。洗脳される側にも問題がある。

 奥崎謙三の問いかけは過去の責任だが、また、戦争による悲劇が繰り返されない保証はない。それどころか、日に日に、その可能性は高まっている。


ゆきゆきて、神軍 [DVD]
原監督
GENEON ENTERTAINMENT,INC(PLC)(D)

ドキュメントゆきゆきて、神軍 (現代教養文庫)
原一男
社会思想社


ヤマザキ、天皇を撃て!―“皇居パチンコ事件”陳述書
奥崎謙三
新泉社
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