「社説--比べて読めば面白い」 朝日 毎日 産経
朝日新聞 2007年09月01日(土曜日)付
授業時間増―大切なのは「質」の方だ
子どもたちにとっては、夏休みの終わりに追い打ちをかけられるような知らせだったかもしれない。
小学校の授業時間が増える見通しになった。30年ぶりのことだといい、早ければ11年度から実施される。
国語、算数、理科、社会と体育を約1割増やす。低学年で週2時間、3年生以上は週1時間程度増えることになる。
また、5、6年生には「英語活動」を週1時間程度取り入れる。その代わりに、3年生以上の総合的な学習の時間を1時間減らすことになった。
中学校でも、授業時間を増やす方向で検討が進められている。
これまで授業時間は、週5日制の導入や詰め込み教育への批判、ゆとり教育の推進などで減少傾向にあった。
それが一転して増やすことになったのは、学力が低下しているという批判に耐えられなくなったからだろう。その事情はわからないわけではない。
だが、それにしても文部科学省の方針は、あまりに揺れが大きすぎないか。
「ゆとり教育」を掲げて、「生きる力」を育むとして、鳴り物入りで新しい学習指導要領がスタートしたのは、つい5年前のことだ。その具体策が、授業時間の削減や総合学習の創設だった。
こんどは逆に授業時間を増やし、総合学習を減らすというのだから、子どもも教師も戸惑ってしまうだろう。
文科省が「ゆとり教育の見直しではない」と言っているのも理解しがたい。
自ら打ち出した方針を誤りだったと認めたくないのだろうが、これを機に「ゆとり教育」を変えるのだ、とはっきり説明した方がいい。そこをあいまいにしたまま色々な具体策を出していくと、現場は混乱するばかりだ。
もう一つ気になるのは、授業時間という「量」を増やせば、学力低下に歯止めをかけられると単純に考えているのではないか、ということだ。
もちろん、時間を増やすことがプラスに作用することもあるだろう。子どもによっては、増えた授業で理解が進むことがあるかもしれない。
だが、いま一番深刻な問題は、できる子とできない子の格差が広がっていることだ。授業についていけない子を時間を増やすことで救えるとは思えない。
できない子への教え方を大胆に変える。少人数や習熟度別の学級をつくる。そんなふうに「質」を変えなければ、全体の底上げを図ることはできまい。
英語活動の導入についても、ひとこと言っておきたい。
総合学習などを利用して英語を教えている小学校は、いまでも9割を超える。今回の方針は現状の追認ともいえる。
だが、導入するにしても、中学での英語授業の前倒しではなく、助走にとどめるべきだ。正規の教科にして成績を評価するようなことになれば、競争も激しくなり、副作用が大きくなりかねない。









