鷹泊 昭和30年代

いまは超過疎地になった北海道深川市鷹泊 自然にめぐまれたその地で昭和30年代を過ごした自分がその当時を思い出してみた

ペンケ神社と桜の思い出。

2016年10月18日 | Weblog

子供時代何回もペンケ神社までは行ったが、その奥にあるペンケ部落まではほとんど行った記憶がない。

ペンケ神社のお祭りの子供相撲は楽しかった。長い急な階段を上り詰めた所が境内で、そこに土俵があった。友人と10円、20円といった賞金目当てで自転車に乗って駆けつけ、もらったお金でお祭りの出店で何かを買うというのが楽しみだった。

学校の遠足でペンケ神社へ行った思い出もなつかしい。季節は5月末のはずと思うが遠足で行った時のペンケ神社の桜は今でも思い出す。境内は満開の桜で覆われていた。桜は日本全国どこでも見られるが、どこの桜も同じというわけではない。

数年前、あの時に見た満開の桜をもう一度見ようとしたが、行く道がなくなっていてやむなく引き返したことがある。

後でわかったことだが、昭和48年とかなり昔にペンケ神社そのものがなくなっていた。

多度志町史によると、昭和48年に鷹泊の御嶽神社がペンケの雨竜川神社を合祀するようになったと記載されている。ペンケ神社は正式には雨竜川神社(明治42年建立)といっていた。協栄橋が出来たのも同じ年の昭和48年11月とのことである。

人口減のまだ進んでいないこんな時期にすでにペンケ神社が無くなっていたとは知らなかった。

写真は誰も通らなくなって道路中央に草が生えている、昔のペンケへの道(数年前撮影)。

写真はペンケを流れる雨竜川。川幅は狭く感じる。

 

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