母、呪われる?

 今年1月、グループホームに母を訪ねた時、たまたま初詣のイベントがあったので、私も付き添わせてもらった。
 成り行きで母が一番手になり、私も並んで合掌──目を開けると、なんと、母が目の前の石段に両手をついていた。
 とっさのことに、誰も母を支えることができなかった。
 母は、おそらく目を閉じたせいだろう、わずか2秒ほどの間に、ふらついてしまったらしい。
 もしも両手が出なければ、膝を打ったり、鼻骨を折ったりしたかもしれなかった。

 まったく、私はなんと迂闊なことをしたのだろう。
 これは、不測の事態とはとても言えない。
 私は、付き添いに来ているにも関わらず、自分も合掌しようとして、それまで母の腕に添えていた手をつい離してしまったのだ。
 役立たずだな、と我ながら呆れてしまった。
 撮影担当の職員は、シャッターを切った次の瞬間、フレームから母が消えてびっくりしたと話した。
 怪我がなかったので、その光景を想像すると、コントのように笑えるけれど、介護というのは本当に気が抜けないとつくづく思った。

 年明けからそんな調子なので、今年は波乱に満ちた年になりそう、と思っていると、2月に母が3回ほど嘔吐した。
 発熱はなく、職員や他の入所者にも異常はなかったので、食中毒や風邪などではなさそうだった。
 大事を取って胃腸科を受診させたものの、CT撮影の結果は、頭部は異常なし、腹部は腸にハリが見られるものの、これだけではなんともいえないという。
 でも、胃腸の内視鏡検査は負担が軽くない上、もしも変なものが見つかったとしても、手術はともかく、入院生活に耐えられるかどうかの問題があるので、母本人は痛みを訴えていないこともあり、しばらく様子見となった。
 幸い、嘔吐はそれきりで、食欲も徐々に戻った。

 ようやく落ち着いたと思ったら、3月には右大腿部が痛むようになり、整形外科へ。
 安静時はなんでもないけれど、立ち上がったり、座ったりなどの体重がかかる動作の時に痛むので、歩くことができず、車椅子を使わざるをえなくなった。
 昨年1月の手術後、順調に回復し、覚束ないながらも杖なしで自立歩行できていたので、急にどうしたのだろうと困惑している。
 母は、父に呪われている、などと愚かなことを口走るようになった。
 「早くこっちに来いって言ってるのかも……」(んなわけあるかー)
 思い込みの激しい人は、そうでない人よりもオカルト思考に陥りがちな気がする。

 今月、レントゲンやらCTやら撮ったものの、骨的には異常が見られないので、もしかすると神経痛かもしれない。
 来月にはMRI検査、再来月には骨密度検査を行う予定なのだけど、このまま原因不明だったら……と思うと、私まで気が滅入りそうになる。
 整形外科では引き続き湿布薬を、往診医からは鎮痛薬を処方してもらったけれど、今のところは他に手の打ちようがない。
 母を可哀想に思うけれど、私自身は気持ちを切り替えていかないとな~。


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コメント
 
 
 
まずは (とほ)
2017-04-25 06:51:29
初詣で大事に至らず、良かったですね。
一緒に行動するとき、つい自分のことに専念すると、思いもしないことが起こることがあって、ヒヤッとしますが、仕方ないですよ。
そうそう完璧に付き添うなんてできませんて。
と、いつも自分に言い訳します。^^

そして痛み。
とほ家も同じで、改善するために原因を探しますよね。
原因がわかっても改善できないとストレス残るし。
痛みが軽減できればヨシとする気持ちの切り替えが必要ですね。
ホントそう思います。
 
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