梶尾義博の部屋

梶尾義博という謎の人物がさまざまなことをつぶやきます。削除要求締め切りました。

登校拒否

2018-01-15 00:06:07 | 教育
教室にいられない、塾にも出られない。

中学二年生の夏休みの終わりの、9月頃から、3月の集団テストまで、どうしても教室にもどれなかった。

大人たちは代わる代わる聞く。

勉強で悩んでるの?
友達で悩んでるの?
異性で悩んでるの?
家族で悩んでるの?

どれもこれもが違った。

それで、どうせ学校へ行けないのなら、塾へも行けないのなら、とキリスト教会へ行った。

困ったときの神頼みだったのだろうか?
なにかが、足りなかった。
何が足りないのかも分からない。
ただ、なにかが、足りなかった。

それを、クリスチャンは、「神さまを求める」という。
神さまを求める気持ちと、神さまが救おうとなされることが、まるで雷に打たれたような気がした。
ところが、からだを見ても何も変わっていない。
自分も何も変わっていない。
ただ、神さまを知る、ということを知った。
不確かな神さまに過ぎなかった。

父親がわたしにこう言った。
わたしは父親にこう言った。

「僕が学校に行けない、それは誰のせいでもない。おとうさん、学校に行かせたいのなら、僕を殴ってムリヤリにでも、学校へ行かせてくれ!」と。
すると、
「お前が先生にも言えない、兄弟にも言えない、親にも、友達にも言えないで、苦しんでるのを見て、お父さんは殴るなんてこと、できない!」と。

これが、セクシャルマイノリティーと呼ぶことを、大人になってから知った。

人間が救い、つまり悩みの解決を求める、求めたはいいが、思い通りにならない、神社に行っても、キリスト教会へ行っても、解決しなかった。
神さまが、時間を用いて、わたしと向き合った。
向き合ったはいいが、なかなか解決しなかった。

人が人を求めて、愛を求めて、救いを求めて、異なる人と問題を共有する。

それが、神さまを求めるということを、聖書を読んで知り、それがバプテスマと呼ぶことを、知ったのは、それから大分してからだった。
わたしの悩みは、わたしでは解決できず、人にも解決できず、ただ、主である神さまが解決するということを、私は生きるということを求めて知った。
生きるということは、生きてきた、死んでいった、苦しんでいた、悲しんでいた、寂しかった、ツラかった、という「学校を卒業する」ということだった。
ジャンル:
くやしい
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