たかはしけいのにっき

ミネソタ大の博士研究員が書く日記です。

根拠なき信仰を否定したくて

2016-05-29 04:36:36 | Weblog
 今まで無条件に信じてきたものを否定しなければならない事実を直視させられると、誰でも反感を覚える。
 「どうしてわざわざそういうことを言うの?」とその事実を持ってきた人を否定することに終始するが、こういう人は思考と感情が別だということを知らないのだろう。

 直視しなくちゃいけない現実を直視せずに、周囲の状況に正しく反応しながら幸せ風味だけを味わうことが現代社会を卒なく熟す秘訣だとしたら、その根拠なき信仰に根拠を与えねばならない。
 だけど、どんなに根拠を探してみても見つからなくて、だとしたら、色んなことを疑わなくちゃいけないわけだけど、それを集積しようとしただけで、世間の普通さから攻撃を受ける。まぁ、これといった戦略がまったくない、ことなかれ主義をベースとした、ただの対応主義者ばかりが成功の雰囲気をかもしだすなかで、それら小さな小さな攻撃が集積したとしてもあまり意味がなく、逆に懐疑性の強い人間がその他大勢のなかから一人ひとりをピックアップしてしまえば、あっという間に消え去ってしまう。それくらい、事実というのは強い。そして、それを説明できる論理性も強いのだ。

 何もかもをも疑い、森羅万象すべてについて吟味することはできないけれど、せめて、自分の根源的な悩みについてくらい、手が底につくまで事実を直視し続ける勇気を持たなくちゃね。

 根拠なき信仰から脱却する術は、少しずつ、少しずつ、自分に受け入れられる現実を直視するしかない。だからこそ、いきなり受け入れがたい事実をばんばん見せつけられると、みんな怒るわけだし。
 だとしたら、手始めに、数%くらいは、俺自身だけのために生きる努力をしてみるべき?
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信州読書会宮澤さんとの対談

2016-05-28 00:07:23 | Weblog

人工知能と生命 (feat .生物学者たかはしさん)



 信州読書会の宮澤さんのチャンネル

 信州読書会の宮澤さんのブログ

 信州読書会の宮澤さんから提案していただいて、動画に参加させて頂きました。
 一昨年くらいから宮澤さんの動画をよく拝見していて、Twitterでフォローしたら、まさかのフォロバ。で、DMしてみて、俺が宮澤さんのメルマガに参加させていただき、そこでコラム書かせてもらったりして、あれよあれよと言う間に(この間1ヶ月以内)、まさか動画に参加させてくださるとは。

 宮澤さんは、哲学や有名な著書を精読した内容と自身が感じたことを音声でとって、YouTubeで公開していらっしゃる方です。チャンネル登録数が俺の100倍とか、すごいよね。ご出身の信州で読書会やイベントを開催されたりと、とっても新進気鋭な方です。
 シリーズで、"カントの『道徳形而上学原論』を精読"や"キルケゴールの『死に至る病』"などは、俺、たぶん、全部聴いてるんじゃないかなぁと思います。とても、おもろい。

 いやー、しかし、今回、対談形式で、色々言葉が出てこなかったり、逆に声をかぶせちゃったり、、そして、聴きなおしてみて、なぜ、俺は、一瞬、エイズがウィルスじゃないと思ったのかと笑。いろいろテンパって、説明不足な点や間違いを言ったりしてるかもしれませんが、場数を増やして、補正できるように頑張ります。
 また一緒に動画作らさせてもらえたらと思います。今回、誠に有り難う御座いました。

 実はツイキャスで、いわゆる公開収録だったんですが、次作る時は、事前にここでもTwitterでも知らせようと思います。
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5. 殺人の根拠/『研究コントローラー』

2016-05-26 23:12:58 | ネット小説『研究コントローラー』
 以下はフィクションです。実在の人物や団体などとはいっさい関係ありませんし、サイエンティフィックな内容についても実際には正しいことではないことも含まれます。

前のお話 4. RCの意味/『研究コントローラー』

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2016年5月11日(水)

 まだ一ヶ月弱しか経っていないが、慶明大学の山岡研究室にも慣れてきた。渡辺研究室と違って常時人がいるし、生活も規則正しい人が多い。また指導者にも恵まれている。今のところ俺と一緒に実験をしてくれている特任准教授の高野先生は丁寧に分子設計を考えてくれているし、有機合成に関しても基礎からしっかり教えてくれている。そして、なにより、RC制度の肝である”研究しているフリ”について寛大だ。それなのに、野崎からはあれからほとんど連絡がない。「まずは通常の研究業務に励むように」というメールをパラレルスマホでもらったくらいだ。
 とりあえず、今日はまず試験管の洗い物をしなくちゃいけない。その後、昨日精製できているはずの”モノ”をNMRで確かめる。昨日は火曜日なのだが、月水金にくるという約束が早くも破れつつある。昨日はカラム精製というのをやって、たくさん試験管を使った。その洗い物が今日大量に俺の手元にある。カラム精製というのは、反応物と生成物をチャージによって分ける作業のことで、その原理を実際的に、シリカゲル中に通してやることによって時間で分ける実験のことだ。有機合成ではこれが一番ダルいんだそうだ。確かに昨日は合計で5時間くらいかかった。まぁ初めてだから仕方ないのかもしれないが。大量の洗い物をしていると、ガラス器具を洗い終わった後にMQ水を通さなくていいのだろうか?と思えてくる。生物系の実験室では、洗い物をしたすべてのガラス器具に、最後、ミリQ水と呼ばれる特殊なフィルターに通した蒸留水を通すのが基本である。水切りを3回以上するのがポイントだ。この点は有機合成の部屋でも同じだが、ミリQ水を通さなくていいのだろうか?ミリQ水の代わりにアセトンをかけることで、蒸発を早めているけれど。アセトンをさっとかけて、試験管などのガラス器具を乾燥機に入れていく。
 「あ、戸山くん、メスピペットは乾燥機にいれないほうがいいよ」
 そう俺に声をかけてくれたのは、同期のD1権田くんだ。「メモリがずれちゃうからね」と言っている。権田くんは山岡先生が評価書を書くのを渋ったせいで学推に応募できないことが決定している。学推とはこの時期に博士課程の学生と修士課程2年生の学生が日本学術推進会に申請する書類であり、通れば来年度から3年間か2年間、月20万円の収入と年150万円以下の研究費がもらえる。俺は昨年度落ちてしまったが、野崎が企てているスパイ制度であるRC制度で年間2000万円ももらえることになっているので、今年度は申請しなかった。権田くんは学推に応募すらできないのに、最近、優しい態度だし明るい。直感的に何かあると思った俺は、このチャンスを使って権田くんに学推のことを訊いてみることにした。
 「権田くんは、学推に応募しないことを納得しているの?」
 ちょっと言葉がきつすぎたか。権田くんは俯きながら、ゆっくり答えてくれた。
 「それが、先週の金曜日に山岡先生と話すことになってさ、それで、俺も学推を出していい、って言われたんだよ。突然のことにビックリして、テーマは急いで提案しなくちゃいけないし、それを急いで文章化しなくちゃいけないし、それ以前に”これまでの研究”も、俺あんまりそういうの書いたことなくてさ。いま結構忙しいんだよね」
 そう言った権田くんは言葉の割にはさわやかだ。俺は理由がわかったことに安心しながらも、ちょっとビックリした。
 「それは良かったね。でも、なんで山岡先生は今になって、OKを出したんだろう?」
 「井川さんのことがあるんじゃないかなぁ。あの人、ずっと学推出させてもらえなくて、で、今いなくなっちゃってるし、山岡先生も少し気にしてるのかも・・・」
 と言って、言葉を止めた。部外者である俺に対してそこまで情報を言っていいのか迷ったのだろう。というよりも、すでに言い過ぎた、という表情をしている。俺は「そうなんですね」と言いながら、気まずくなってパラレルスマホを見た。ちょうどスマートグラス上にメッセージありと表示されたからだ。当然、野崎からだ。スマートグラス上にメッセージが数文字流れたが一度で読み切れそうもないため止めた。

 俺はお昼、外に食べに行くことにし、そこでパラレルスマホを開いた。心のなかで野崎からのメッセージを丁寧に読み上げる。新しい指示だ。
 「5月26日13時から、日本学術推進会主宰で”科研費における審査の手順改革2018”説明会が都王大の竹田講堂で模様される。私はパネラーとして参加する予定なのだが、戸山くんも聴講者として参加したら良いと思う。当日参加オーケーのはずだ。戸山くんのお友達の村川くんも参加予定だ。この説明会中で特に戸山くんの仕事はないが、一応この間のJTSシンポジウムの時と同じように変装はしてきてくれ。そのあとに、このカフェで落ち合おう。RCに関して伝えたいことがある」
 カフェの場所が示してある。いつものことながら、勝手だ。他人の予定を一切考えていないし、他人の友達の予定を勝手に調べて熟知している。うんざりだと思いながらも、審査に関する改革を行うという学術推進会の取り組みを知っておくことは損ではない。だが、この手の説明会は教授クラスの先生達のためのものであり、俺のような大学院生がいっても構わないのだろうか?あ、でも、村川も参加するのか。それなら構わない気もする。そんなことを思いながらキャンパスのなかに戻ってきた。
 「どう?慶明大学には慣れた?」
 M2の原田さんだ。まだラボについていないのに、キャンパス内で突然話しかけられたことにビックリしてしまった。PDの豊杉さんと一緒だ。俺が振り返ると、「あ、戸山さんのほうが学年上でしたよね。すいません、つい」と言ってきた。
 「お、さっそく、原田さんの女の計算がでてますねぇ。あえて敬語を外すことによって、ってヤツでしょ?」
 豊杉さんの言葉は「さしすせそ」のアクセントが強く、標準語なのに関西弁に聴こえる。豊杉さんは笑っていたが、意外にも原田さんはすごくイヤそうな顔をしている。また、この表情が男を誑かすのに長けていそうな表情だ。いかにもな女、やっぱり油断ならない。
 「そんなことないですよ」
 原田さんはそう言いながら、左手で口元を抑えて、右手で髪を後ろに流した。それからすぐに、豊杉さんと原田さんは、早足でラボのある建物に向かって歩きだした。俺はまだキャンパス内をふらふらしたかったので、道を変える。原田さんは去り際に俺に微笑を見せ、豊杉さんは軽く手をあげた。そんな二人に俺は軽く会釈し、緑が生い茂る日吉キャンパスで、大学という場所はどこもかしこも面倒くさいなと思いながら、まだ何も知らぬ新入生たちを羨んだ。

 実験室に戻ると高野先生が座っていて俺を待っていたようだ。「ちょっといいかい?」と言って廊下に連れ出すと、誰もいないことを確認しながら
 「権田くんの学推の件、どうも野崎くんが山岡先生に何か言ったらしいんだ」
 と言ってきた。その言葉に、俺は納得しようと試みる気持ちと疑義が重なった。廊下のほうが少し涼しい。高野先生にあのゼミのあとの電話の件を言うべきか。迷うところだが、とりあえずは無難に訊いてみよう。
 「野崎先生か山岡先生が、そう言ったんですか?」
 高野先生の表情は穏やかだ。
 「いや、直接言ってきたわけじゃないんだけど、山岡先生から野崎正洋はどういう人物なのか?って訊かれたし、その後すぐに権田くんの学推応募が認められたからね。その他に目立ったことは特になかったと思うし」
 それは確かに野崎が権田くんの学推の件に関わっていると仮定するのが妥当だろう。俺は心に抱いた興味を直接ぶつけてみた。
 「で、高野先生はなんて答えたんですか?博士号をとっていない、口やかましい研究コンサルタント、とか?」
 高野先生は笑っている。
 「まぁ、あながち遠くはないかな」
 高野先生とはこの少しの期間である程度は打ち明けられる関係を築くことができている。俺はNMRを取る準備をするため実験室に戻った。

2016年5月26日(木)

 14時、都王大学の根津キャンパスにある竹田講堂で、”科研費における審査の手順改革2018”説明会が開催され、一時間が過ぎようとしている。村川が隣に座っているが、何も意味がない。技術営業職として、これからの国の予算決めを把握しておく必要があるらしいから、この会場にいるのだそうだが、完全に居眠りしている。何が「戸山もちゃんと訊けよ!」だ。お前がちゃんと訊け。それにしても、この講堂には年寄りばっかりだ。若手研究者はほとんどいないし、若いヤツはみんな企業や会社から来ている人だ。一部、マスコミもいるが、聴講者、登壇者のほとんどが50代60代の研究者。まぁ、確かに、村川が寝てしまうのも無理はない。「改革!」と銘打っているわりに、全然改革になっていないからだ。前半は東ラなどの一般企業の副社長や日本学術議会の方針などが副会長から語られるなどのメッセージだったが、今は主に科学開発・学術審査会の分科会の研究資金審査部長を務める、京阪大学医学部の女性教授、多賀栄美子先生が説明している。パネラーには、日本学術推進会の重鎮たちが座っている。見るからに年寄りだが、技官か?教授なのか?よくわからないが、おそらくは引退した教授だろう。教授職を引退して日本学術推進会の研究センター副所長などをしているのか。そして、こういう登壇者のなかに決まって物理系出身はいない。専門を物理とする人間の政治力学の興味の無さにも問題があるな、と俺は思った。スマートグラスで顔をスキャンして略歴を調べてみると、一目瞭然である。パネラーは皆、老人かつ権威主義者たち。ただ一人を除いては。
 壇上には、一人だけ場違いな存在として野崎が座っている。スーパーバイザー野崎。一般人の意見を代わりに主張するのが役割なんだそうだが、野崎本人は寝ているんじゃないかと思うくらい、俯いている。いかにも退屈そうだ。一方の紅一点、多賀教授は、いかにも、男社会で私は勝ってきたんだ!と言わんばかりの高圧的な喋り方で、今回の改革を説明している。「これからの科研費の審査は、”若手2”と”挑戦的研究”と”通常研究2と3”については小区分、”若手1”と”通常研究1”については中区分、”通常研究スーパー”については大区分によって、各分野別に行われることになります」などと言っているが、殆どが名前を変えているだけで現行と変わらない。「小区分については、これまで最大で432個の研究分野の中から選んで科研費を申請していたが、これからは304個の研究分野になりました。分野のなかでの馴れ合いを改善することが期待されます」という内容をこれだけ長い時間かけて、大改革でしょ?という表情を浮かべている。どうやら政治力学に演技は欠かせないらしい。「新しく取り決めた小区分の分野名に、生化学関連、宇宙・プラズマ関連、など”関連”という言葉を新たに入れたことこそが、その分野だけじゃなく他の関連分野も審査に受け入れます、という現れなのです」というようなことを、素晴らしいでしょ?と言わんばかりに解説している多賀教授の様子に、俺は吹き出しそうになる。お前理系だろ。そんな誤魔化し方が通用してしまうほど、科研費申請における「書き方」はくだらないことなのか。そう思っていると、「11項目ある大区分についてはそもそも名前がありません。ABCで表記することになりました」と言い出した。そんなの小区分でなんだかわかるだろ。ただ、わかりにくいだけだろ。俺は抑えきれないバカにした笑いが、ついに吹き出してしまった。すると、隣の席に座っていた村川が一瞬起きた。
 「終わった?」
 「いや、まだだよ」
 「お前、よくこんなくだらない学芸会を眠りもせずに見てられるな」
 おい村川、さっきと言ってることが全然違うぞ。俺だって興味はない。だが、野崎が俺に伝えたいことが少しだけ分かった気がして、ついくだらなさを直視したくなってしまったのだ。科研費の申請など所詮くだらない作業だとわかってはいたはずだが、この現状を見ると、さらにさらにくだらなく感じてしまう。学推DC1やDC2はこの説明会の内容とほとんど一致してくるはずなのだが、立場の弱い学生がこんなくだらない事項によって仕分けられているとは、皆あまり意識していないだろう。この会議に、どう野崎が割り込んでいくのか?見物である。それを見たい。俺はその一心で目を見開いているのだ。
 「皆様、ここまで大改革してしまって大丈夫か?と思われるかもしれませんが、前例を参考にしながら決定しました事項ですので、何卒ご容赦ください」
 多賀教授が丁寧に言った。丁寧ながら高圧的な印象である。ダメだ、笑いが抑えられない。

 「それでは一度ここで、一般の方の意見を代表して、野崎正洋先生に何か発言していただきましょうか?本改革はどう思われましたか?」
 司会が野崎に発言を促すと、野崎はすっと立ち上がり、マイクを手に取った。
 「どう?って、こんな小さな変化で、改革って言えるんですか?」
 突然の失礼な態度に多賀教授や学推の重鎮達は顔をしかめた。だが、この発言そのものは、聴講者の何十%かの熟練研究者たちに小さな頷きを与えていた。野崎は言葉を続けず、多賀教授の言葉を待った。
 「現行の審査制度を、野崎さんはきちんと把握されているんでしょうか?今回の改革で、小区分を再構築し、一部の審査システムを2段階の書面審査にしました。これにどれだけの労力と時間がかかっているか、わかっているんですか?」
 多賀教授の言葉に学推の重鎮達は深く頷く。博士号を取得しておらず、民衆とマスコミと警察と一部の研究者から支持されているだけの野崎に対して、多賀教授はハナっからバカにしているようだ。しかし、マスコミや民衆や産業界からの要請によって、野崎は自分と同じ舞台に立っている。それが許せないのだろう。
 「そんな面倒なことしてないで、全部、大区分一括で評価すればいいだろう?」
 多賀教授は驚きながらも、丁寧に応答する。
 「そんなことをしたら、若手研究者の方の研究や、小規模ではあるけれど、しかし重要な研究が、この国では遂行できにくくなってしまいます」
 野崎は作り笑顔を見せながら答える。
 「そんな考え方をしているから、若手や学生は奴隷にしかならないんだよ。それなら、申請書から業績項目をなくしてしまえばイイ。そして、申請書の内容そのもののみに準じて予算を分配すれば済む話さ」
 野崎は言葉を止めるつもりはないようだ。多賀教授の思考の先を読んでいる。
 「すると、研究者をどう評価するのか?というようなことを言い始めるヤツがいるが、”原著論文が研究成果になっている”、”原著論文の執筆こそが税金を使う大義名分になっている”、と思っているのは研究者のおごりだ。そんなもの、民衆は求めてはいない」
 そう言うと、パネラーの一人、学推の重鎮である老人がマイクを手に取った。
 「最近の若者は皆そのような考えなのかね?論文は精緻なものとしてこの世に存在している人類の知的財産だ。未来に残す価値のあるものなのです。もしも、その保障がなくなってしまったら、科学研究費の削減は必至だろう」
 この発言は、会場の多くの人間が賛同しているように見えた。野崎は無表情でマイクを握っている。
 「削減される?そんなことはどちらにしても必至だ。いま日本は緩やかに沈みゆくシステムの中にいる。多くの者が、また好景気が戻ってくると勘違いしているが、そうではない。船は沈みゆく一方。そのなかで、今の若者たちの多くは、比較的昔の価値観を感じられる場所を自分だけが得るために、ずる賢く他人を蹴落とすことに抵抗がない。どちらにしても、どうせ沈んでいってしまうにも拘らず、だ。だとしたら、DC1やDC2、学推PDや新たに発足される超越研究員などの若手特有の支援を完全にやめて、成果が上がることが期待できるところに予算をきちんとかけるようにすればいい。今はバランスが悪いんですよ。この改革でも、前例主義的に、前の年の応募件数が多いからという理由だけで、小区分における生物系の領域ばかりが目立って多い。分野の不均一性を高めるのではなく、若手支援を完全にやめれば、この国が科学立国として復興するための最低限の予算くらいは残るでしょう。それは若手には酷かもしれないが、ここにいらっしゃる多くの皆さんは、戦後の復興として高度成長を支えながら苦労されてきた方達だ。そして未曾有の好景気を達成された皆さんでもある。だから私は、この困難な状況に対して、未来があるからという理由だけで若手を金銭的に優遇する意味はないと考える」
 若者の代表としては年齢が行き過ぎている野崎ではあるが、その新進気鋭な態度は若手特有のものだ。だから、野崎から若手擁護論が飛び出すかと思っていたが、そうではなかった。予想に反して若手の完全な切り捨てに入った野崎の論に対して、高齢が多いこの環境では即座に反応できる者がいなかった。司会が質問を促した。
 「えっと、なにか、野崎先生の言葉に対して、ご意見はありませんでしょうか?」
 会場もパネラーも野崎の言っている意味がわからないというような表情だ。自分たちが評価され、ここにほとんど存在しない若手が貶されたというくらいの印象はあるから、誰もが瞬時にどう反応したら良いのかわからないのだ。だが、会場には野崎の論理の飛躍に慣れている者がいる。それゆえに、マイクが2階席の会場にわたっていく。理由は簡単だ。俺がまっすぐ手を天に突き上げたからだ。隣の村川が飛び起きた。そして、野崎は目を見開いている。
 「野崎先生の仰っていることは分かるような気もします。ですが、若手のなかには、必死に毎日邁進しようと実験している人も沢山いるんです。その人たちを無碍にするんですか?」
 会場の多くの人間が頷いている。俺には、この国に、まだ善意があることを感じさせる現れに思えた。だが、野崎の表情は穏やかだ。
 「カネの支援だけが若手支援ではない。実際に、今の若者は経済原理を超越し始めている。旧世代のように散財するだけを価値基準にしない行動が目立つ。若手にはその分、フレキシブルに研究室を移動できるようなシステムを組めば十分だ」
 研究室の政治力学のせいで、学推に応募させてもらえない予定だった権田くんを、野崎は本当に助けたのだろうか?
 「若手が研究室を簡単に移動するようにしたとしても、生活できないじゃん」
 野崎の失礼さを超える失礼な発言に、会場が少しざわつく。野崎はほんの少し笑いながら答えた。
 「カネがないのであれば、そのぶん、誰かにモノをもらえばいい。当たり前のことだろう?収入については、ここにいらっしゃる多くの研究者の方たちが若い頃だって、学推やポスドクの制度すら整っていなかった時代をどうにか生きてきたんだ。彼らにアドバイスをもらえばイイ」
 俺はこれ以上答えるのがばかばかしくなって、マイクを司会者に戻した。その後、会場はくだらない話に移行し、野崎は一言も喋らなかった。所詮、野崎には決定権はない。彼の言葉はただの戯言として扱われた。そんな戯言を重視するのは一部の話題作りをしたいだけのマスコミくらいなもんで、大した意味にはならない。村川は、「お前のわりにはよく言ったよ」と言い残し、次の用があるからと先に出て行った。しばらくして俺も会場にいる必要性を感じなくなり、野崎が事前に指定していたカフェに一足先に向かうことを決意した。

 竹田講堂の2階からゆっくりと階段を下りると、少し小柄な女性がいることに気がついた。その女性は徐々に俺に近づいてくると、俺の前に立ちはだかってきた。他の聴講者はまだ講堂内に着座している。このフロアには、俺とこの女性しかいない。講堂内は蒸し暑かったのだが、外に出たせいなのか、恐れのせいなのか、急に涼しくなる。女性の瞳が、立ち止まれ、と強く言っている。
 「あなた、野崎くんの部下でしょ?」
 え?突然、本質を突いてきた質問をされて、俺は驚いて目を見開いた。RC制度における俺と野崎の関係は、俺としてはトップシークレットだ。こんな見知らぬ女性のブラフを肯定するわけにはいかない。俺の何も見抜けてはいないはず。どうせハッタリだ。俺は自分にそう強く言い聞かせた。童顔で小綺麗にしているせいで若くみえるが、野崎のことを「くん」付けしている点、身なりの高級さから、30代後半か、おそらくは40代前半だろう。
 「別に無理に頷かなくても大丈夫。似てるわね。野崎く・・・、野崎さんに。歯向かいながらも、貴方は彼の純粋さを強く信じている」
 野崎のことを先ほどは「くん」付けしたくせに、いまは無理矢理に「さん」付けにしてきた。野崎とどういう関係なのだろう?考えている間に世界は時を刻んでしまう。こちらから少しは仕掛けなくちゃ。
 「あなたは、どなたですか?」
 女性は作り笑いをした。見るからに作り笑いと分かる笑い方で、逆に何を考えているか分からない。演技を前提とした感情の隠し方。ある意味では野崎よりもコミュニケーションにおける能力が高いかもしれない。
 「野崎さんのファンってところかしら。ねぇ、私のお願い、きいてくれる?」
 女性はシンプルな白い封筒を差し出してきた。
 「なんですか?」
 「お手紙。野崎さんに渡してほしいの。あなた、野崎さんの部下なら、簡単に渡せるでしょ?」
 俺は一瞬返答に迷いながら最低ラインであるRC制度の秘密を守るということを意識した。
 「僕が野崎とかっていう人の部下であったとしても、渡さないかもしれないですよ?」
 いや、これでは野崎と知り合いと言っているようなものか。すると、女性は少し俯いて考えながら、こう返してきた。
 「The best way to find out if you can trust somebody is to trust them」
 これ以上ない彼女のドヤ顔に一瞬惹かれそうになる。いや、待て、俺。流石に年齢が行き過ぎている。それにまだ信用できない。
 「私は貴方を信じる。貴方も私を信じてちょうだい。これは天意。本当は、この手紙を野崎さんに渡したくて仕方ないんじゃない?」
 俺はただ小さく頷いた。確かに直感的に手紙の中身が気になって仕方ない。
 「少なくとも、貴方はメッセンジャーにはなりそうだしね」
 そう言いながら去って行く素振りを見せた。そして、振り向きながら、思い出したように、
 「もし、野崎さんがこの手紙を受け取ることを渋ったら、さっきの英文を言ってみて」
 と言ってきた。渡された封筒を見つめながら、女性が去っていくのを確かめた。封筒にはシンプルにボールペンで「野崎正洋さまへ」と書いてある。裏をめくると、閉じてある部分にはペケ印の代わりに「渦巻きとその頭に毛が3本」みたいなマークがしてあった。いまの緊迫感のわりにはポップなデザイン。なんだったんだ?あの女性は?

 野崎が指定した喫茶店に到着すると、すでに他のRC研究生達もいた。JTSシンポジウム以来、だいぶ久しぶりだ。北東大学に潜入させられている帝工大の吉岡くんはほとんど人が来ないラボで退屈らしい。俺と同じでこれといった成果はまだないらしい。RC研究の財源の1つである斉藤自動車グループのトップを父に持ち、京阪大に潜入している日本茶大の斉藤さんは、逆にハードワークの研究室らしく少々疲れ気味だが、外部生ということもあって色々考慮されているため、それなりにはやっているらしい。また個室の喫茶店。前回とは違う店だが、同じような高級カフェ。2回目だから慣れたけど、それにしても高級そうな机と椅子。そして、ロイヤルミルクティに一緒についてきたクッキーが今まで食べたことがないほどに美味しい。どうして普段、こういう店の存在に気がつかないのだろう?そんなことを心に思いながら談笑が続けると、野崎が店に入ってきた。
 「皆さん、お疲れ。学推の説明会は、本当にいつも、つまらないね」
 こないだパラレルスマホで話したときとは、まったく違う社会風刺型の今日の野崎。秘密裡に権田くんをDC2に応募できるようにしているわりに、学生が応募できる学推DC1やDC2は削減すべきだ、と言うのだから、いよいよ訳が分からない。
 「戸山くんは他に私に言いたいことはあるの?」
 咄嗟に「いいえ、ありません」と答えると、野崎は嬉しそうに本題に入った。
 「さて、RC研究生の諸君、パラレルスマホとスマートグラスをテーブルに出してくれ」
 各々、言われるがままに、RC研究生としての2つの必須アイテムを机に出した。すると、いきなり野崎は、それらを回収し始めた。
 「え?なんで?」
 吉岡が驚きながら野崎を見る。
 「念には念を入れる。それだけさ」
 そう言うと、野崎はバッグから、新しいパラレルスマホとスマートグラスを取り出し、俺、吉岡、斉藤に渡した。
 「使い方は変わらない。ただし、グループSMSはもう一度作る必要がある」
 RC研究生全員に安堵のため息が漏れる。使い方が変わらないならスマホとスマートグラスそのものを変える必要もないんじゃないか?
 「動きがあった。私の事務所に手紙が届いたんだ」
 野崎が少し緊張感を持って言った。そして、今までで一番の慎重な顔を見せたのだ。
 「この手紙は、例の大学院生・若手研究者失踪騒動が殺人であることが書かれていて、犯人と名乗る者からだった。自分のことを、研究コントローラーと書いている」
 吉岡が目を見開いた。斉藤が深刻な顔に嫌悪感を重ねている。
 「でも、それって、全部ウソの可能性があるんじゃないですか?」
 斉藤が野崎に言った。甘える素振りは一切ない。ただ思ったことをそのまま言ったという印象だ。
 「どうかな。というのも、私が怪しいと踏んでいた、失踪した大学院生・若手研究者の名前がこの手紙に書いてあったからだ。私の被害者リストでは104名。そのうち、こいつが示してきたのは73名だった。私以外の人間が、このリストを作成できたとは思えない。どのくらいこちらの手の内を知られているのかわからないが、君らには、これまで以上に警戒してもらう必要がある」
 野崎は封筒から3つ折になった3枚の手紙を取り出した。そして、ゆっくりと話し始めた。
 「リスト以外のところを読み上げよう。拝啓、野崎正洋さまへ。このたび、我々が進めているプロジェクトに興味をお持ちになってくださり、誠に有り難う御座いました。ご安心ください。貴方が心に抱かれている興味は事実であり、我々は確かに実験終了後にヒトを処分しております。殺人は犯罪ではありますが、本プロジェクトは倫理的には推奨されるものであり、我々はあくまで実行し続ける所存です。もし我々を見つけ出すつもりなら、現場に残された証拠を隈無く調べ上げ、それらを貴方の持ち前の論理性と思考力で総括していけば可能かもしれませんが、現場そのものが存在しないこれらの殺人事件を、どのように解決するおつもりでしょうか?せめてもの暇つぶしに、その賢さを我々に見せつけてくださると幸いです。本プロジェクトにおいて処分したヒトのリストを送付しますので、参考にしてください。研究コントローラーより」
 丁寧な言い回し。サイコパスか?本プロジェクトとはどういう意味なのか?研究コントローラーとは犯人の名前なのか?俺は野崎の言葉を待つことにした。
 「問題の論点は、なぜこの手紙を送ってきたか?だ。ゲームのつもりなのか?本心では止めてほしいと思っているのか?それとも我々RCチームが動き始めたからこそ、この手紙を送ってきたのか。どちらにしても、君たちが潜っている研究室の失踪者たちの生存率はぐんと下がった。それぞれリストに入っている。この手紙は、ほとんど殺人の根拠と言ってイイだろう」
 それすらも情報操作している可能性はないのだろうか?もしかしたら、混乱をさせるために殺したとウソをついている可能性もあるだろう。だが、野崎がハッキングしたり外部から相談を受けたりして情報を集積していった結果であるリストと、犯人と名乗る”研究コントローラー”が提示してきたリストが共通になっていて、その手紙のなかで殺したと言っているのだから、確かに本当に殺している可能性が高いのだろう。しかし、最後の最後、どこか合点がいかない。それだけ、死体が出てこないことに対して殺人の根拠となるものを見出すのは難しい。
 「被害者リストのなかには一人だけ大学院とほとんど関わりのない者もいた。彼自身は研究関連の人間ではないが、交際相手の女性が今年の3月まで村松研にいたということが私の調べでわかっている。でも、まぁ、このリストだけだと殺人の根拠にはならず、警察も公には動けないだろう。だが、私があらゆる手段を使って割り出したリストに対して、同等のものを犯人以外の人間が作れるとも思えない。君らも慎重になってほしいと思う。怪しい人がいたら、すぐに私まで連絡すること。危ないと感じたら走って逃げてもらって構わない。それから、各潜入先のラボで、水酸化ナトリウムの購入の有無を調べてくれ。なかなかきちんと調べるのは難しいかもしれないが、普段水酸化ナトリウムを使うラボも使わないラボも、ここ1年以内での増減を調べてほしい」
 突然、最後にかなり具体的な指示がでた。俺は目を見開いた。
 「どうして水酸化ナトリウムなんですか?」
 斉藤が野崎に訊いた。みんな真剣な表情だ。吉岡は握りこぶしを作りながら訊いている。
 「いや、それこそ特に根拠はないんだが、遺体がまったくでてこないということは、強アルカリで溶かしている可能性があるかなと思ったんだ。実験室で沢山あったとしても、そんなに目立たないしね。苛性ソーダや乾燥剤として記録されている場合もある。なるべくで構わない。調べてくれ。また連絡する。とにかく、この、研究コントローラーとかいう、イカレたヤツを必ず見つけ出す」
 そう言うと、野崎はカフェを後にすることを促した。吉岡と斉藤が個室を出て行くが、俺にはまだ野崎に渡すべきものがある。

 「これ、野崎先生に渡してくれって言われまして。さっきの説明会の帰りに」
 そう言うと、野崎が振り向きながら、シンプルな封筒を手に取った。手に取って裏返した途端、みるみる表情が変わり、封筒を破りながら、個室にあるゴミ箱に捨てた。
 「ちょっと、待ってください」
 俺はあわてて野崎にそう言った。
 「先ほどの手紙と違って、差出人が誰だか分かっている。もしも読んでしまえば私の意に染まらない選択肢が増えるだけで、私にとってメリットはない」
 あの女性が言っていた言葉を思い出した。英文!あれ?でも英語なせいで、ちょっとしかでてこない。とりあえず、覚えているところまで言おう。
 「えっと、それを渡してきた女性が僕に言ってたんですよ。英語で。えーっと、The best way to find... if you can trust...」
 そう言うと、野崎はゴミ箱から手紙を取り出し始めた。俺は突然のことに驚きながら、「そんなに大事なんですか?あの言葉」と訊いた。すると、野崎は先ほどの研究コントローラーからの手紙を俺に渡してきた。手をかけたと見られる、ずらっと書いてある名前のリストの下に英語で記されていた。”The best way to find out if you can trust somebody is to trust them”
 「ところで、結局、権田くんは、学推は出せたのかな?」
 唐突に野崎が言ってきた。俺は小さく「はい」と答え、訊きたいことを訊く覚悟を決めた。
 「やっぱり、野崎先生が権田くんも学推を出せるようにしたんですか?」
 野崎は笑顔になる。今日初めて野崎の素の笑顔を見ている気がする。いや、”今日初めて”じゃない。”これまでで初めて”だ。
 「ただ山岡先生に助言しただけさ。学内の回線を使って、いかがわしいサイトを見ているとわかっちゃいますよ?ってね」
 俺は迎合しようとした自分の笑顔が急速に恐怖の顔になっていくのを感じた。こいつのハッキング能力は恐ろしい。
 「心配しなくても良い。ハッタリだ。慶明大学のネットワークに入るのはなかなか難しいんだよ。まぁ、見るからに好きそうな顔をしているから、もしかしたらと思ってね。私の評判はそれなりに知っているだろうし、あの世代のあのタイプはリテラシーが無さ過ぎるから、少し専門用語を使ったら、すぐに信用したさ」
 「どうしてそんなリスクまで背負って、権田くんの学推応募を可能にするように試みたのですか?どうでもいいことだ、よくあることだ、って言ってたじゃないですか?」
 野崎は穏やかな表情で答えた。
 「確かに、権田くんの学推なんて、どうでもいいことだし、よくあることだから、研究コントローラーを捕まえる上では関係ないかもしれない。だけど、この事件は、大学院の中でよくあることの中に紛れているからこそ、発覚しにくい事件でもある。その、よくあることと殺人との、ほんのちょっとの違いが見つかるかもしれないと思ったんだ。だが、今になって、完全に無駄だったかな、とも思う。まぁ、山岡研の体制はわかったし、戸山くんに学術推進会の責任逃れのための絶望的な前例主義ぶりを目の当たりにさせられた。だから、良しとしよう」
 学推PDやDC1やDC2、新しく導入される予定の超越研究員までも一切不要だと断言した野崎だが、たった一人に対して助けの手を差し伸べるという精神はあるらしい。納得できない行動だが、俺は心の中で少しずつ納得しようと努力し始めていた。
 「なんていうか・・・、俺のワガママを、有り難う御座いました」
 そう言うと、野崎は英語で「Take care!」と言ってきた。俺は軽く会釈して個室を出た。

 個室をでて、高級カフェを後にすると、空が少しだけ曇りはじめたのを感じた。あの女性と研究コントローラーと名乗っている犯人とどのような関係があるのか?本当に強アルカリで溶解させているから遺体がでてこないのか?そして、野崎はどこまで掴んでいるのか?謎は深まるばかりだが、とりあえずは遅めの昼食兼早めの夕食でもとるか、と思い、自分のスマホでテキトウなラーメン屋の検索を始めた。

******************************************************

6. 研究者として/『研究コントローラー』につづく

 この文章を書くにあたって、事前に読んでくださった方、相談にのってくださった方、誠に有り難う御座いました。今回もかなり参考になりました。っで、Acknowledgementみたいな感じで、名前だしても構わない?それともイヤ?笑
 今回は意外と書くの大変で延びちゃいましたね。審査の説明会の場面、学術推進会が説明している部分が、かなりリアルな印象かもしれませんが、あくまで、あくまで、フィクションです!笑 ホンモノと比較したりしても、何も面白いことは見えてきません!笑

 この7からはメルマガ登録限定にでもしてみようかなぁ、と計画中。うーん、どうするかは、まだ決めてません。
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四葉の緑

2016-05-25 01:01:32 | Weblog
 コメントを頂いて、その返答に俺の高校時代の恩師である数学の先生の特集ページをサイトしたことも手伝ってか、最近、高校時代のことを思い出すことがとても多い。
 正直、あんまり学校に馴染めなかった高校時代ではあったが、学ぶことはものすごく多かったし、今にも続いている大事な価値観を教えてもらえた場所だ。よく、今ならもっと楽しめるのになぁ、と思う。
 まぁ、常に今が一番最高だ!、と言い切れる俺が、悪魔から絶対に過去のどこかの時点に戻ってやり直さなくちゃいけないのだ!、と言われたとしたら、戻るのは高校時代だと思う。

 あの高校から、一番何が学べたか。一言で言ってしまえば、認められるということよりも遥かに大事なことがあって、それを達成するためには自ら進んで損をしなくちゃいけない、ということだと思う。今こう思えることは、高校入学当時、一人寂しくないようにと、イヤホンで音楽ばかり聴いていた俺としては、だいぶ進歩したんじゃないだろうか。
 自分から進んで損をして大衆のためになろうとする。それがその瞬間には皆から疎まれたとしても、必死で集団や系をより良くするために走り、その行為を責められても、自分の信念を曲げずに実行し続ける。そんでもって、確かに、少なくとも今、その中のたった一人である俺からは、めちゃくちゃ感謝されているのだ。

 先生達もそういう人が多かった。まだクーラーがなくて自習室が暑かったのだが、冒頭の数学の先生は自費で6台も扇風機を買ってくれた。残念ながらここには詳しく書けないのだが、俺を含め、個人的にものすごくお世話になっている事例をいくつも知っている。
 物理の先生がお昼にパンを奢ってくれたり、それを本当にめちゃくちゃ感謝しながらみんなで食べたりして、そんな優しい空間が俺は大好きだった。そういう気持ちもあって、理系を選んでいるのかもしれない。

 沢山沢山好きになって、それだけで俺は大きく変わったと思う。優しさの体現についての多様性をいろんな人から沢山教わった。

 その分、俺が、それ以降の人間関係にきちんと返せているか、あやしいところではあるけれど、これでも俺なりに精一杯やっているつもり。相手の価値観を見抜きながら、それに沿った優しさを提供するということ。本人の価値観を超えた(とこちらが勝手に思っている)価値観を、理解されなかったとしても、とにかく提示するということ。それが大切だということくらいは、きちんとわかっている。
 もちろん、場所を離れてしまえば、そこに同じ人たちは待っていないし、空気は変わってしまっている。だけど、それでも、俺は、この言葉さえあれば、この思い出さえあれば、これから先、遠い遠い見たことのない知らない町に行ったとしても、どんなに落ち込んでも、絶対に切り抜けていけるという事象が、高校時代を通じて、確かに存在している。左手から伝わってくる優しさは今のこの瞬間も決して忘れていないよ。

 そのおかげで、どんな状態でも、ひたむきに光を探せる。
 その光が1%のさらに1%、四葉の緑を見つけることくらいに難しいことだとしても、自由と規律の中、誠心誠意、果敢に楽しくチャレンジしていきたいと思う。

Aiko - キラキラ (kirakira) LIVE
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自分と周囲の現状に対して思うこと

2016-05-19 03:06:30 | Weblog
 大衆にとってわかりやすいことが価値があることではない。
 だが、すべての人はどこかしら自己欺瞞的であるので、自分が理解できることが価値あることだと思ってしまうのである。そして、多くの大衆は視点を高めるための努力を怠っているから(端的に言えば、人類にとって最低限必要な数学を理解することから逃げているから)、必然的に無駄なところに予算が割かれる。こんな世界に絶望しかけている。

 こうなってきたときに、どうするかというと、みんな、権威に縋るのである。
 たいした内容なのかどうか自分の頭で理解しようとする前から、Nature誌に掲載されているから、すごい!東大教授が言ってればすべてが正しい!研究者でさえ、こういう発想をしていて、それを研究者自身が肯定化してしまえば、こういう思い込みが他の人々をもっともっと無能にしていく。だから、ケチでイイワケが下手な豪遊したいだけの人間を一国の首都のトップとして選出してしまうのであろう。
 俺自身も東大の修士課程に入ってから、修士号をとってもいない段階で、東大関係者以外の人からの「俺が学術的なことを言った時の否定のされなさ」の危うさをめちゃくちゃ感じていた。いま無職であるので、ずばずばいろいろなことを言ってくれる機会が増えて、こういう点ではむしろ安心している。東大で博士号取った無職、というのは、世間的にはプラマイゼロみたいな感じで、調子にのりがちな俺にとってはちょうど良いかもしれん。それでも世間的には、ややプラス寄りになってしまうのだろうけど。

 この権威的な誤魔化しのなかでも、もっともひどい分野は、生物系である。この分野さえ凋落してくれれば、研究社会は一気によくなると思う。彼らの多くは、数式も化学式もまともに扱えないのにも拘らず、それらを大衆の無理解を利用して肯定化し、理系であるレゾンデートルをものすごく主張する。
 そう、この生物系こそが誤魔化し方が理系のなかで一番上手い。「生命現象は、あらゆる事柄があるから、あらゆることを沢山研究しなくてはいけない」と、人が多くなくてはならないことを主張するが、大腸菌にしてもマウスにしても、それらが持っているタンパク質とそれらのネットワークを還元主義的に全て網羅することなんて不可能だし、一つに着目した時点で、すでに誤魔化しが入っているのに(誤魔化しと言うか、彼らの多くが誤差論をマトモに理解していないのだから、自分が誤魔化している自覚さえない)、それらをネットワーク化してレビューとか書いていても仕方ないだろう。
 医療に繋がるから?そんな対処療法を繰り返すためだけに、この貧しい国で税金をかける余裕があるのだろうか?そこまで金をかけなくても、必要な研究をすることはいくらでもできるのに、この対応主義にアジャストしないと、最低限の舞台にもあがらさせてもらえない。

 そして、そんなことは、誰にも理解されない。みんな権威が(わかりやすいことを言ってくれることが)大好きで、俺なんかの意見をまともに訊いてくれるヤツもいない。
 極端な話、たとえ非平衡熱統計力学が理論的に完全に確立されたとしても、あるマニアックなタンパク質がガンの特効薬になって、末期ガンだったとしても、それを服用すれば5年も生存率が延びる可能性があります!、という研究内容のほうが、とても価値があると多くの人に思われてしまうだろう。非平衡?統計力学?なにそれ?ガン!知ってるー!ってね。そもそもが無理ゲーなのだ。前者はPRLにしか載らず、後者は間違いなくNatureかScienceだろうし。ノーベル賞はどちらもとるから意味がないだろうし、、なんとも難しい世界だ。

 だけど、別に、認められなくてもいいです。まぁ、今のところは、ギリギリ生きていけるし。誤魔化さないためには、少なくとも、理解における体力として、数学や理解しにくい事柄に対して、地道に渋く扱っていかねばならないのだと、俺自身に対しては思う。
 でもまぁ、本当に必要じゃぁないとは思うけど、価値観として枚挙主義的な生物学を認める人がいるわけで、一過性として、仕事だから仕方ないからやりますよ?と言うニュアンスのことを言うと、「そう言ってるヤツに仕事ふれると思う?」と無意味なアツさを出されたりするわけだ。じゃあ、なにか?物理や数学ができないほうが、イイってことか?知らないってことに、俺だってしたいわ。
 かといって、理論系の人は理論系の人で、俺のことを実験側だと思っていて、だからプログラミングもできないと思っているのだ。引き算の論理。お前が実験や理論ができないことを、俺の逆の事柄についても、同列に語らないでほしい。実験だろうが理論だろうが、自分の下位互換がほしいだけなら、HPにそう書いておけって思う。

 だけど、仕方ない。例えば、生命とは何か?、というような問いにガチで答えるためには、どうしたって、一人の人間が、理論的な枠組みの理解とプログラミング能力と実際の実験技術の習得が必要なのだから!
 こういう状況のなか、自分には厳しさを課した上で、その上で、最低限、最低ラインとして、全ての理系研究者に対して、高校の積分くらいはできてくれ、と思うのだが、これは、そこまで酷な要求をしているとは思えないのだが、いかがだろうか?当然、こういう要求を前提としているようだと、学振なんかとれないけど、それでもいいです。実際、この要求を前提としているせいで、クビにされたけど、まぁ、いいですよ。しゃーない。真理を掴むということは、生半可な覚悟でいてはいけないのだから。

 っで、本当に問題なのは、こういうことを言うと、俺のことを理解できていると勘違いしている人が、「たかはしくんも、頑張って、積分や数式を用いることで、成功してくれることを願います」と的外れなバカなコメントで煽ってくることなのだ。まぁ、理論研の連中が、実験で、と言ってくるのでも、同じことなんだけど。こういうことを言われるとマジで死にたくなる。少なくとも、サイエンスという、気持ちの悪い社会にいたくなくなってくる。気持ち悪さが勝ってきて、まぁ、たしかに、そこまで興味もないしなぁと思えてくる。

 高学歴の人間にとって、とにかくアジャストして、一番早く一番良い成果をあげるのは簡単なことだ。これが唯一のメリット。
 でも、そんなことをしたいか?そんなことをするために俺は思考力を高めてきたのか?そういうことをしないと生きていけないと言われ続ける、無能が支配する社会の中で、絶対に必要だと思える事柄についてだけやっていけるのかどうか、もう少し、その賢い頭で、考える必要があるんじゃないのか?

 そう自分に問い直す日々。
 正解は、まだまだ、わからない。けれど、自分の圧倒的な思考力を、アジャストするために使っているときよりも、誰かを本気で助けようとしているときのほうが、遥かに楽しいことは、まぎれもない事実だ。だから、正解はでかけているのかもしれない。

 (今日は、いつもよりも、あまりに負の感情ばかりを掃き出した気がする。ある番組を見てストレスがたまったのだろう笑。ここに書いてあるよりは、生物系の人にも誰にでも、ある程度は寛大なので、ご心配なく)
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世間からの孤立

2016-05-17 01:39:18 | Weblog
 なんでもかんでも包み隠さず素直になっていると思わせることに慣れてくると、本当の自分を見失っていく。

 書けば書くほど遠ざかっていく現実の中で、何を表現しても何を表現しなくても、自分の心が言葉にならなくて、しかも自分の心が自分で認識すらできなくなってきて、胸が苦しくなる。
 論理的に精緻に書くことと自分の感情をできる限り近い言葉に充てることをしてみるけど、それは所詮どこかの誰かの価値観になってしまうだけで、本当の自分は結局どこにいるの?っと思ってしまう。誰かへの共感を恥ずかしがりながら、見抜かれるコメントをどこかで待っているのかもしれない。この無味乾燥な空気に心地よさを感じながら、また少しだけ、自分を中心とした自分固有の世界の幅が広くなっていって、世間から離れていく。

 でも、書かないと!この現状が変わらないから。
 だから、とにかく筆をすすめることを目指してみるけど、結局、誰にも伝わらない?でも、純粋さをいっさい壊したくないから。悩みに悩みながら、どんどんどんどん世間から自分を孤立化させていくたびに、大切な何かから離れていってしまいそうで泣きたくなる。
 そんな姿を後ろからバカにして笑うように「我慢できないからいけないんじゃないの?」と声が聴こえてくる。

 確かに未来に向き合わないことを肯定化していけたら、即物的にはラクかもしれない。だけど、そんなことをしていて、今はどうなるの?満足できるの??

 変わらないことを一番に願いながら、変わっていってしまう運命に期待しているくせに。
 そんな貴女に、どうせ俺の気持ちはわからない。
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純粋さが崩れる音

2016-05-16 02:58:13 | Weblog
 なんでもかんでも包み隠さず素直になれば良いってもんじゃない。

 書けば書くほど遠ざかっていく理想の中で、何を表現して何を表現しないか。表現すると決めたものにどの言葉を充てていくか、その難しさに頭を抱えている。
 少なくとも、誰が書いたとしても同じになるところを精緻に書くのは当然だけど、予見だとか価値観だとかに当たるところは、その人の個性がでてしまう。そんな個性を恥ずかしがりながら、お決まりの言葉をどこかで待っているのかもしれない。この繰り返しのリズムに心地よさを感じながら、また少しだけ、何かの純粋さが音を立てて崩れていく。

 でも、書かないと!この現状が壊れてしまうから。
 だから、慎重になるけれど、結局、画面が真っ白いままになってしまう。だって、純粋さは少しでも長持ちさせていたいし。悩みに悩みながら、時間ギリギリになってしまうなら、どこかの時点で心のスイッチを自分で押せればいいのかもしれないけど、そういうわけにはいかない。
 そんな姿を後ろからバカにして笑うように『現実に対応しすぎているから、そうなるんじゃないんですか?』と声が聴こえてくる。

 確かに今に向き合わないことを肯定化していけたら、苟且的には楽しいかもしれない。だけど、そんなことをしていて、未来はどうなるの?生きていけるの??

 変わることを一番に願いながら、変わらない現状で安心しているくせに。
 そんな貴方に、どうせ私の気持ちはわからない。
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「エヴァ初見の俺がエヴァ好きに質問してみた」動画 with まつおむねゆき

2016-05-14 03:39:22 | Weblog
 エヴァンゲリオン初見の俺が、エヴァ好きの「まつおむねゆき」くんに、わからないところを質問して、解説してもらうという音声をとってみました。ちなみに、アニメ版全26話のみを観ました(2倍速で2回)。映画とか漫画とかは観てません。
 意外と、エヴァの話ではなくて、生命とは何か?の話とか、善く生きるってのはどういうことか?とか、そういうことを中心に話してしまった気がします。まぁ、それはそれで、それなりに需要あるかなぁと。
 
 キルケゴールの「死に至る病」と、レゾンデートルと、ヤマアラシのジレンマ。エヴァの構造を捉える上で、この3つが重要な観点だと思うので、まぁ、善く生きる方面とかにいっちゃうのは、しゃーないか。

 いやー、しっかし、29歳にして初めてエヴァ全26話通してみるのは疲れました。しかも2回も。
 みなさん意外かもしれませんが、俺、これまでエヴァいっさい知らなかったんですが、これで、少しはエヴァの話についていけます。

 さて、まだpart1しか編集が終わってないんですが、また明日以降、その後のディスカッションの音声の編集が終わり次第、YouTubeで更新します。今後(もうすでにいくつかはそうしていますが)、動画をアップしても、あんまり、このブログで更新をお知らせしないようにしていこうかなぁと思っているので、皆さん是非、たかはしけいチャンネルを「チャンネル登録」してくださいね。それから、もし面白かったらグッドボタンも押してくださると励みになります。よろしくお願いします。

 チャンネル登録しても、グッドボタン押しても、誰が登録してくれてるか、誰がボタン押してるのか、俺自身はわかるわけではありませんので(マジで)、ご安心ください笑。

エヴァ初見の俺がエヴァ好きに質問してみた part1
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サイレントマジョリティー

2016-05-12 01:51:30 | Weblog
 インターネットが発達した現代において、マジョリティーがすごく強い効果を及ぼすようになってしまっている。だから、なかなか「最初のペンギン」になるのは難しい。誰もが最初に質問するのを躊躇う。

 マジョリティーになるメリットはそれなりにあって、周囲に合わせていれば、自分一人が責任を負わなくてもいいわけだし、バカなくせに偉そうに(暗黙の)ルールを説いてくるような目の死んだ他人を相手にする必要がない。
 ここ数ヶ月で、「履歴書に穴があいちゃうと、どうこう言う人がいますから」と自分の頭で物事を考えられないサイレントマジョリティーたちから何度か指摘されたが、まさに、お前こそがその「どうこう言う人」なのであり、責任を全体の空気に転嫁しながら、自分が偉ぶるためだけに、それなりの賢い忠告をした気になっている人を相手にするのは確かに無意味に疲れる。(あと、俺の場合は、正式には履歴書に穴はあかねーし)

 だからマジョリティーになったらラクではあるのだけど、それって生きている意味あるの?あなたである必要はあるの??
 この、どーせ沈みゆくシステムの中で、現状維持になれるところを、みんなでみんなで、って言いながら少数派から搾取していくのって、滑稽である。

 それにもし、とびっきりの夢があるのだったら、絶対にどっかでは、マジョリティーから脱する必要がある。いま言葉になっていない事柄をやることこそが、人類で初めて!、の定義なのだから、見栄やプライドの鎖に繋がれたようなつまらない大人は置いていってしまえ!
 
 確かに自由に生きることを主張すれば、何かの不利益が生じるだろう。めんどくさいし、必要以上に悲しい想いをする。
 でもさ、初めから、そうあきらめてしまったら、僕らは何のために生まれたのか?

欅坂46 『サイレントマジョリティー』


 (なぜ秋元康はこの曲をマジョリティーである彼女たちに制服を着せて歌わせているのだろうか?と最初に思った。もう少し個性の強い人に歌わせたほうがフィットしてるんじゃないかと思ったのだ。彼が作詞した歌詞はいつもそれなりに深いわけで、彼なら提供するアーティストも選べるだろう。これまでに彼が歌詞を提供しているアーティストから選ぶのであれば、中島美嘉とか長渕剛とかEXILE TRIBEとか、、まぁ、男だよね。この曲の感じなら。
 だけど、だんだん、これで正解なのかも?とも思えてきた。この曲は葛藤の過程なのだ。普段何も言わないマジョリティーでいることを至上とする人が、個性を出す一歩を踏み出すときの曲。だから、制服を着た、周囲にあわせることで自分の位置を確立してきたような、ありきたりの女の子たちが歌うのが一番適している。まぁ、確かにそうかもしれない。だって、だからこそ曲名が「サイレントマジョリティー」なのだ。
 下にバンドアレンジも紹介しておく。これはこれでとても良いと思うが、それこそ曲がマッチしすぎていて、バンドとしてのマジョリティーになってしまう。矛盾している感じが、この曲には必要なのかもしれない。だから、やっぱり、秋元康は彼女達に歌わせたのだ。そして、その矛盾こそが要因となって、この時代にしては、ものすごくヒットして話題になっているのである、と俺には思える)

欅坂46『サイレントマジョリティー』をバンドアレンジで演奏してみた。keyakizaka46/band cover
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アリーmyラブの魅力 -もっともおすすめの海外ドラマ-

2016-05-09 02:27:58 | Weblog
 こないだの「ナカイの窓」で、おすすめの海外ドラマをやってたのだが、、はっきり言って、全然俺と趣味ちげー、っと思いました笑。ノブコブ吉村が紹介してたウォーキング・デッドを1話だけHuluで見たけど、そんなにいい?あのゾンビもの。俺も海外ドラマは20本くらいは見てるはずなのですが(1本5シーズン、1シーズン20話として1000話も見てっかなぁ笑)、うーむ。

 じゃぁ、お前のおすすめはなんだよ?!と言われたら、そら、ダントツで、「アリーmyラブ(Ally Mcbeal)」だろ、って答えます。
 古い!、とか、「ゴシップガール」的な女子向けだろ!って思われそうですが、そんなこたーないっす。確かに全米での放映時期が1997-2002なので古いのは本当なのですが笑、いま見ても、男が見ても、じゅーにぶんにおもろいです。そうそう、脚本書いてるの男だし。というわけで、今日はこのクソ古い海外ドラマの魅力について語ろうと思います。このドラマをネタにこれだけ多くの文章をここで書いているのに、意外と今まで一度もここで語ったことなかったな。

 一言で言ってしまえば、このドラマは、ハーバード出身の弁護士集団の不倫もの。あー、待って。戻るボタン押さないで笑。
 主人公のアリーが幼なじみで元カレのビリーと転職先で出会うところからお話は始まります。しかし、このビリーは結婚していて、、って具合の恋愛もの。
 しかし、ただの恋愛ものでもないです。1話のなかに、恋愛と、彼らの仕事である法廷でのやり取りが、シンクロしていくのです。しかも音楽と共に。ね?俺が好きそうでしょ笑。いつも最後のシーンでは、最終弁論とカップルの会話が関連性をもってきて、バーでの音楽とともに、感情の論理構築をしていきます。それがいつも見事で素晴らしい。

 毎回毎回、恋愛と法廷と音楽が重なっていくのは、本当にお見事。
 ビリー以外にもアリーのお相手は沢山でてきてドラマを盛り上げるのですが、恋愛経験が少ない俺でもかなり楽しめるところの一つに、恋愛における極端な例が沢山出てくる、ってのがあります。相性がものすごくあってるけど実は相手がホームレスだったらどうするか?、めっちゃ好きになった相手が本当は自分と同性だったらどうするか?、二重人格の一方を愛していて一方から嫌われていたらどうするか?。変数に0や∞を代入したらどうなるか?ってやって、極端な例を知っておくことは物理でも基本ですが、いきなり恋愛の平均的な描像を知るよりも多くを学べると思います。

 アリーmyラブにでてくるあらゆる極端な恋愛の例の中でも、一番おすすめなのは、超ブーデー同士のカップルの話(シーズン1の6話「婚約(The Promise)」)。シーズン1とシーズン2はどの話もおもしろいのですが、これは随一です。
 ブーデー男の「彼女以外考えられなかったからじゃなくて、彼女以外いなかったからだとしたら?」というセリフは、妥協する恋愛を繰り返すことが当たり前になっている色々な人にとって、重い重い言葉だと思います。「この人くらいじゃないと自分はこの先、恋愛や結婚に至らないから」とやってしまうのは、真実の愛じゃないと思っているアリーは、このブーデーにアドバイスをするのですが。。
 そして、ここから俺がこのドラマで一番好きな言葉が生まれます。「確かにこの世は、ロマンスとは程遠い。でもロマンティックな人種は、少しだが残っている。一縷の望みがあるってこと。世間なんかに負けるな、アリーマクビール!」

 シーンでのおすすめは、シーズン2の15話「忍び合い(Sideshow)」のラスト。これは珍しく、音楽もなく議論だけで終わってしまう回。ついにビリーがアリーをハーバード時代に捨てた理由が語られる物語の根幹の回なのですが、セラピストであるトレイシーの部屋でのアリーとビリーの話し合いは圧巻です。演技とは思えないくらいリアルで、よくよく吟味していないと何を言っているのかわからなくなってしまう。んで、あ、俺も、アリーと同じ考え方をしてるなぁ、そんで、こういう考え方だから(恋愛だけに限らず、俺の周囲から)離れていく人が一定数いるんだろうなぁ、と思ってしまうところです。そんなことに気がついたのも10年前。それでもいいや、と思って10年。成長していないな、俺(笑)。
 実はこれを書く前に、ここのシーンだけ見たんですが(いまpi○eoで見れます)、「私は幸せになってるし、いつか絶対にたどり着く」という矛盾したセリフは、まさに今の俺の感情だなって思います。

 ちなみに、多くのファンと同様に、シーズン5は俺の中でなかったことになっていますので、あしからず笑。厳密に言うとシーズン4の21話で、俺の中のアリーmyラブは終わりです。これはファンなら何を言ってるかわかるはずです。

 というわけで何が言いたいかと言うと、、Huluに「アリーmyラブ」戻してくれ!頼むから!!マジで。シーズン1だけでもいいから。
 あと、「メンタリスト(Mentalist)」のシーズン6も早めにお願いしまーす。笑
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相手を正しく見下すということ

2016-05-07 03:02:21 | Weblog
 俺は何か文章を書くときでも、公で質問・意見を言うときでも、誰かから相談を受けるときでも、『俺様の言葉を訊きたいか?まったく、しょーがねーな。めんどくせーけど教えてやるよ。正解を』という感情を常に持つようにしている。どんなに丁寧に発言するときも、このロジックをきちんとフィードバックさせている。

 これはこのページを始めた当初でもこのページ内で言っているが、自分が直観的に正しいと思って、ある程度の論理を構築した、自分が世界で一番正しいと思っている意見じゃないなら、いっさい発言するな!、と俺は思っている。毒にも薬にもならない意見を言っても意味がない。そんなん時間のムダ。
 多数決によってすべてが決まるなら、そもそも話し合う必要がない。話し合っているのだとしたら、率先して皆に否定されるような意見を言わなくては意味がないのだ。叩かれるのを怖がってるヤツが発言する権利はない。そして、おそらく皆に肯定されるであろう意見を言う必要もない。そんな無意味な安心を皆が皆している腑抜けなチームは、確実に別のチームに追い抜かれる。

 もっと言ってしまえば、最終的に、正しいか正しくないかは関係ない。
 直観によって、とにかく素早く決断する。その後、圧倒的な視野の広さから、論理を組めばよい。

 このページを普段から読んでくれるような、世界的にも非常に賢い読者諸君が、たとえば、AかBかどちらが良いか?、を誰かに相談したとして、AにもBにもメリットがありますねぇ、デメリットもありますねぇ、なんてくだらない意見が訊きたいだろうか!?賢い人間から相談を受けるときの最低ラインというのは、圧倒的大多数が選ぶことと真逆であったとしても、決断を瞬時に行い、そこに対するロジックを、こちらが代わりに組んでやるということだ。
 というか、賢い人間の相談の本来の目的というのは、決まり切っている。マジョリティの意見の否定が欲しいという一点。これに尽きる。非常に賢いのに誰かに相談する所以はここにある。

 女の子に、AとBのうち貴方はどちらがいいと思う?、と訊かれた場合とまったく同様。女性は本当は正解が自分の中で決まっているからそれを見抜いてそちらを選んで共感を得る、などというような低俗な恋愛マニュアルの一ページ目に書いてあるようなことは眉唾もんだ。
 そうではなく、とにもかくにも素早く決断してしまうことが重要。あってるか間違ってるかは関係ない。とにかく早さが大切だろ?女性はこういうところで、男の決断力を本能的に試している。こういうときに、AにもBにもいいところがある、君の好きなほうでいいんじゃないか?、などと言ってしまう男がモテないのと同様に、あらゆる議論のシーンでも、逆境に強くなくてはいけない。そして、論理を構築できなくてはいけないのだ。

 相談や、自分の意見を提案するということは、そこに対して全責任を持つということだ。最初から責任逃れを前提としているアドバイスなんて、誰が訊く?カッコ悪い。叩かれないようにと、とにかくディフェンスしまくった意見を言うだけなら、時間のムダだし、うざってーから黙ってろ。
 AかBか、とにかく選んでしまえ。そして、それを決断して周囲を巻き込んで大失敗した時に、いかに自分だけが責任をとれるかが問題なのだ。これが、(たとえば)リーダーや研究者として最低限必要な覚悟だと俺は思う。

 こう言うと、自分の言葉で行動し失敗してしまった他人があとで「○○って言ったじゃないですかーーー!?」とやってこないだろうか?と思うかもしれない。もちろん、そんなことは、俺はよくある。
 そうしたら、非常に簡単だ。『そんなん当たり前だろ。そうなるって、俺は思ってたよ』と言えばイイ(笑)。そして、『そこで失敗するのは、そら当然だよ。そのさらに先を俺は読んでいるんだから。この失敗はチャンスだ。だから、次はこうしてみろって。したら、こうなるから』と自信満々に言えばイイ。以下繰り返す。

 どんなときでも、どんな絶望的な状況でも、『その程度の失敗、その程度の修羅場、大したことないって』と笑い飛ばせるだけの余裕があるヤツしか、人前で文章を書いたり、自分の意見を録音してYouTubeにアップしたり、公でマイクをとって意見を言ったり、誰かの相談に乗ったりすることはできない。

 任意の人生において、失敗は原理的にありえない。だから、結局、どの選択をとっても、同じなのだ。
 だとしたら、俺の直観でトライしてみろよ。こういう論理もあるし。

 と思えないのであれば、指をくわえて、蚊帳の外で、俺の意見でも訊いてるんだな。
 そしたら、俺が、その腐ったお前の現状を、少しはマシにしてやるよ。

 ここまでのロジックが「相手を正しく見下す」ということだと俺は思っている。
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不条理のレゾンデートル

2016-05-05 02:04:53 | Weblog
 みんな、単純な力の相互作用だけで、人間関係の様々な出来事を説明したがる。
 だから、空気や前例、権威…、こういったものを掌握している者は、比較してこれらを持っていない者に対して、何をしてもイイ、と言う風に考えがちだ。

 労働者は雇用者の奴隷ではないのだけど、自分は立場が上だからどんなことを言っても相手は断れない、自分は立場が弱いからどんなことを言われても断ってはならず命令に背いてはいけない、という方程式を頭に抱えていたりする。日本人は上司や先生を神とした宗教を信じている人が多いので、この論理はものすごく当たり前のこととして前提としている人すらいる。
 そして、数少ないまともな人の中にも、「この方程式に背いたら不利益が生じるのは当然だろ?」という人ばかりだ。

 上の例は権威を中心にしているが、これが空気や前例だと、抗議しなければいけない人すらあやふやになるから、もっともっと難しい。
 多くの人が抱いている悪習的な当たり前を、ほんのちょっと是正するだけでも、かなりの力を要する。そのためなら殺される覚悟がなくてはいけないことも少なくない。だって、保育士の給与を2%だけでも上げようと思ったら、日本死ね!、まで言わなきゃいけないんだぜ(笑)。

 もちろん、前提を疑いまくると、われ思うゆえにわれあり、まで戻るし、生命現象と物理現象のアノマリーはないと思ってしまえば、それさえも疑えてしまう。だから、ある程度のところまでで論理を止めてしまうのは大事なことではあるのだけど、せめて、誰かが深刻な顔をしていたり、誰かが声をあげていたら、それにはきちんと耳を傾けるだけの心の余裕を持っていたいと思うのだ。

 事実や正しさを獲得するのは、考えないで教科書の丸写しをしていたことをベースとして、ほんのちょっとの思考力だけで可能だ。それは普通に生きていれば身につくこと(受験勉強ばかりに注力していると逆に身につかないかもしれないけどね笑)。
 問題はそのあと。それをいかにして伝えるか。それを変えてしまうだけの勇気と根気があるか?自分に降りかかってくる、ほんの少しの不利益(そのときは、ほんの少し、とは感じれないけど)を享受できるか?

 でも、それは楽しいことでもある。
 だって、不条理がなけりゃ、みんな、頑張らないじゃない?
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必殺技と守破離

2016-05-01 03:28:38 | Weblog
 必殺技は極たまに出すからこそ必殺技なのであり、常に必殺技を出していては、敵に見透かされてしまうのは必至だ。
 そして、必殺技を常習化してしまうと、それが通じる世界でしか生きなくなってしまう。その必殺技が通じない相手に対して様々な大義名分をつけて遠ざけていくことで、現実を見ないようにしてしまうことは簡単だからだ。

 自分の必殺技がものすごいことであることを正当化するために、誰かにそれを伝授するときに1回では原理的に無理な伝え方を繰り返すことで権威化したり、些細な部分の伝統にものすごく厳しくなったりしてしまうようになる。
 この国で、「守破離」の「破離」を全く行わないことを善しとするようになってしまったのは、いったいいつからなのだろう?自分がやっていることなんて大したことない、という感覚を自覚的に持ってこそ、新しいモノを創れる。それを忘れてはいけないと思うのだ。それが新しい場所に赴くんなら尚更だ。

 "「空気」が出来上がる前に、論理を構築し、「空気」を自ら創ってしまえ"
 ただし…から始まる部分を、確かに俺は、教え忘れていたのかもしれないね。

 どんなにすごい必殺技でも、自分自身のために使っていたら、それが"たま"であったとしても、衰えてしまう。それが、世間にアジャストするための自分自身のため、なら余計にね。
 必ず誰かのために使え、とは言わないけれど、手法そのものだけで、そもそも手法を習った使い手自身に、私利私欲の心を持って臨んでも、返し技で返されてしまうだけ。それはすぐに系の崩壊につながってしまうのだ。

 でも、こういう世にいう失敗が、必ずしも悪いわけではない。
 偶然に上手く行ってしまうよりも、必然的に失敗するほうが、最終的には上手く行く。それが心から思えない人は、きっと、浪人することもなく、留年することもなく、警察に捕まったこともなく、無職になったこともなく、ありきたりな人生を無機質に周囲の価値観に反応することだけで生きてきてしまったのだろう。
 痛みを知ることは本当の意味での優しさを得ること。だからこそ人生は原理的に失敗できない。

 だとしたら、俺は、長い間、何を目的に、ここまで頑張ってきたのだろう?あなたの(いる世界の)何を変えようとして、あなたの何を守ろうとしてきたのだろう?
 どんなに時間が経ってもカワラナイ運命の中で、俺がどうにかしなくちゃ、という気持ちと、このほうがいいだろう、という冷静さが交差する。どんなに時間が経ってもカワラナイ現実の中で、安心した、という情熱と、でもなんで?、という客観性が交互にやってくる。

 その答えが具現化しつつあるとき、、本来の自分自身に戻る日が近いのかもしれない。長い年月が嘯いてしまう予感がする。
 まぁ、自然科学から学んだ必殺技は、別に、消えてしまうわけではないのだから、どんなところにでも安心して飛び込んでいけばいいのだけど。
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