たかはしけいのにっき

ミネソタ大の博士研究員が書く日記です。

ベストを尽くそうとする気持ち

2010-05-31 01:55:23 | Weblog
 今日のイングランド戦は負けたけど、なんか、元気をもらえた気がします。
 やっぱ、俺って、何に関しても、勝ち負けとか、真実が何かとか、実力がどうとか、そんなことよりも、どういう気持ちが、どういう風に入っているか、ってほうが大事にする傾向があるんだな。今日は、なんとなく、挑戦しよう、とか、ベストを尽くそう、という気持ちが入っていた気がする。
 そんなんがあれば、負けた試合でも、俺は、高く評価する。っま、サッカーは、俺にとっては、割とどうでもイイ分野だけど、でも、たとえ、どんな俺にとって重要な分野でも、俺は、そう思っている。

 実質的にどうか?、ってーのも、確かに大事だ。だけど、それは、もう、こんなに便利になってしまった時代では、どうでもイイ事なのかもしれない。
 音楽に関する飢えは、ほぼ無くなったと言って良いだろう。規制を超えるほどの情報量がある動画サイト、そして、何万という曲が掌サイズに入るiPod、幅広い音を出せるようになった技術は、もう、自らをも、締め付けている。
 もちろん、誰かと繋がりを持っていたいという飢えも、ほぼ無くなった、ケータイ電話やパソコンによってね。

 こんなに、実質的に便利なんだから、もう、実質的にどっちが上か?ってーのは、どうでもイイ事なのかも。
 だから、心がどれだけあるか、ってほーが、大事じゃない??凄まじい実力だけ抜群にあって、余裕ぶっているような心は、もう、何も求められてはいないのかもしれない。
 『何もないですけど、やる気だけはあります、ってやつが、一番使えねー』って思ってた頃もあるけど、今は、そんなことは、一切思ってないですね。

 ただ、気持ちはあるからさ、とか言って、それで踏ん反り返られても、ダメなんですよね。あくまで、技術や知識などの向上を一心に(←ココ)、目指しているからこそ、心がある、っと定義できて、それで、そこだけが、今の世の中、希望だなって思うのです。

 だから、やっぱ、頑張って、勝ちに行ってください、日本代表!そして、その、貰った元気は、確実に、還元しますから。

 (さて、実は、というか、あからさまだったかもですが、ひそかに、5月は、毎日更新を目標にしてました。そして、これで、目標達成。
 こんなんでも、結構、大変なモノね。なるべく、文章の質を下げないようにっと思ってましたが、無理矢理なのが、多かった気がします、読者様、すいません。
 そうそう、一度、書いとこうと思うんだけど、皆さんにはわからないでしょうが、俺の中ではすべての記事が「日記」です。よーわ、その日あったことが、読むと、思い出せるような文章しか書いてません。絶対、俺しかわかんないけどさ。
 っんっま、んなわけで、疲れたので、6月からは、更新が少ないかもですが、なるべくは更新していきますから、今後ともよろしくです。)
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世界一の冒険者

2010-05-30 04:48:24 | Weblog
 生命系に移ってから初めての、本格的な論分紹介のスライドを、今、作り終えた。まぁ、まだ、何箇所かミスを発見するだろうけど、とにかく、できた。

 今回のお仕事で一番想った事は、NatureやScienceに載ってる論文は、やっぱ、半端無くすげー、ってことだ。なんてーか、シンプルに、すげーってわかる。普通のReviewはもちろん、PRLでも、ちゃんと読んで、それから、ある程度のきちんとした知識があらかじめあって、それで、あ、すげーって思うけど、今回読んだのは、割と浅い知識でも、いきなり、おおー、これはやべーって思えた。
 そして、ちゃんと読んでも、マジ、やべー。うん、もし、NatureかScienceに投稿してacceptされたら、「死んでもイイかも」。笑

 何が真相かを見抜くことができる瞬間がこんなにも少ない中で、世界の凄まじく賢いかつ頑張っている人たちの中には、その真相に、誰よりも近く、確実にモノにしている人がいるということが実感できると、なんか、元気出るよね。

 研究テーマにそこまで近くは無かったけど、モチベーションを上げるという意味では、マックスで、良い仕事でした。
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Collectivismic Individualism

2010-05-29 02:54:20 | Weblog
 自分が変われば、周りも変わって見えるもんだ。
 Individualismになりすぎず、Collectivismが持っている良い部分を取り入れるために、薄い関係を、自分の中に取り入れてから、ずいぶん、周りの人たちをどう感じるかが変わった。

 もちろん、それをしたことによる弊害もあるし、アットホームな友達関係が作りにくくなっているのかもしれないけど、どちらかというと、薄い友達が増大していく中で、その中から、また、アットホームになっていくわけだし、この状態は、最高なのかもしれないな。
 でも、気質として、俺は、絶対に、Individualismなので、あくまで、Collectivismを取り入れるだけ、って感じですけどね。どこまで行ったって、嫌いな人やどうでもイイ人とは永久に平行線だし、でも、そうやって完全に決めつけずに、自分の中の表面上で決めつけないフリをしている自分をしっかりと演じて、きちんと付き合っていくのは、大切なことだ。化けるかもしれないじゃん?

 そう、正しい意味で、相手に対して、なんでもかんでも、ホントのことを、言やーイイってもんじゃない。これは、普通に言われている意味とは、ちょっと違う。いや、だいぶ違う。
 言っちゃいけないことの最低ラインはしっかり決めた中で、あとは、コミュニケーションがとれる範囲で、自分の意見を言うことが大事だということだ。そして、相手の意見を否定するときは、それに対して、指数関数的な増加量で、相手を認めなきゃいけないんだ、インタラクションの言葉による安心を介在させないでね。

 これが、俺なりの、集団主義のメリットを含めたアットホームな人間関係像であり、
Collectivismic Individualismである。
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過去に夢は存在しない

2010-05-28 04:49:11 | Weblog
 いつから、こんなに、バスに乗って、電車に乗って、どっかに行くことが、普通になっちゃったんだろう。いつから、物を買ったり、飲み食いしたりすることが、当たり前になっちゃったんだろう。
 最初は、そんなことすら、新鮮で、面白すぎることだったのに。電車通学できるってだけで、毎日が楽しかった日々も、あったのに。

 小6から中1に移り変わる春休み、駅で、すごく怖いおもいをする夢をみたことが、あった。ベッカーズで、ハンバーガー1つ買うのだって、緊張していたことも、あった。
 なのに、いつのまにか、飲み会に行くためではなく、話すために飲みに行く、自分がいたりする。

 たまに、用があって、近所を歩くことがあると、あまりにそのままで、びっくり。だけど、不思議と安心感があって、公園とか、めちゃめちゃ小さく感じたりして。

 電車の中で、カードゲームをして、邪魔になっている中学生を見たり、明らかに、俺が座るムードだった席に、横から、さらっとNバッグを背負った小学生に座られたりすると、、ちょっとムっとするけど、それ以上に、懐かしいし、楽しんで欲しいな、って思ったりする。

 あの、懐かしい日々を思い出したいから、タイムスリップするために、98年くらいの曲を流したりして。

 けど、2010年に戻ってこなきゃね。
 だって、人生の中で、一番楽しく、夢も希望も憧れも、賢さという抵抗の中でも、きちんと存在し、この先が明るそうだなって一番思えるのは、いつだって「今」だから。
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直向きの強さ

2010-05-27 00:28:41 | Weblog
 異常なことほど、その現象を、きちんと理屈で解釈するのは難しい。
 理屈の部分が、いろいろな変数や因果関係、相互作用とかが複雑に働いていて、扱いにくいっていうのもあるけど、それ以上に、理屈じゃない部分が働いていて、簡単には扱えないってことがある。だから、そういうとき、見えてるモノや発言そのものを、そのまま理解してはいけない。

 複雑な系を見極める方法は、解析力とは別の次元にあるのだ。

 こういう問題の典型例が、心理、である。俺は、ここで、心理学の授業を受けるまで、正直、この分野をナメていた。所詮、学問上のことで、実際とは違うんでしょ?!ってね。
 今でも、この手の分野は、大衆ウケを狙っての、学問マガイの書物は多いと思うけど、だけど、研究分野としては、非常にしっかりしているし、応用価値が高いと思う。また、改めて、学問ってナメられないな、って思った。(けど、やっぱ、ファインマン先生と同じで、心理学は自然科学とは思えない。)

 もちろん、俺自身が、この場所で習っているんだから、しっかりしているはずだろ、っという変なプラシーボ効果があることは、否めない。だけど、それを冷静に抜かして系を見てみても、とてつもなく難しい、真実という相手に、無力な解析力ながらも、きちんと、やるべきことをひとつひとつこなし、とても素直に、正統派で、直向きに、立ち向かっているなって思うのだ。
 さらに、どれくらい立ち向かえているか、という、チェック機能も充実している。

 そんな精神を、日本代表にも期待する(笑)。イングランド戦では、頑張って。
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STILL ECHO

2010-05-26 02:01:50 | Weblog
 技術を使っている限り、装置の不具合はつきものだ。そういうときは、専門家の意見を頼ることになるわけですが、やっぱりある程度、知識や自分で判断できる力が必要なんだと思う。

 不具合は、ちょっとしたことで、起きてしまう。
 マニュアル通りに電源を切ろうとしたけど、ひとつだけ、テキストと違うエラーが出てきて、それに対応すると、実は、もうすでに、いくつかの手順をスキップしていて、それに気がつかず、強制終了。それからというもの、電源を入れるたんびに、初期設定をしなきゃいけなくなったり、時間的制約がかかるようになってしまったり、とか。
 ほんのちょっとした判断ミスなだけで、もう、凄まじく便利だった、あの季節(とき)には戻れない、知ってるけど。

 んじゃ、せっかくだし、新製品も出てるっぽいし、買いかえるか。
 こう、言葉にすれば終わる。わかってたはずなのに、ちょっとだけ、罪悪感が残る。80%くらいの気持ちで買いかえを決めると、具合の悪かった機械は、さらに機嫌を損ねる。この電子機器にも、感情があるのか?、っと、こんな気分になったことある人は、おそらく俺だけではないと思う。

 なんだって、投げ出してしまえば、大したことは無い。布団にくるまって、何もなかったかのように、自分の安全を確認すれば、別に、そこまでのことではない。だけど、朝起きると、哀しき自由、に、心を動かされたり。
 新しいモノがやってきて、そして、それのまた新しいモノがやってきて、どれくらい巡り合えば、この痛みは、もう過去(むかし)にしてくれるの?

 感情が無さそうな物品でも、こんな風に一人相撲してしまうんだったら、、赤く輝くとしても。。

 (なにげ、CHEMISTRYは初。
 この曲、何かタイアップついてると思ってたけど、なんもない、ただのアルバム曲なのね。2ndアルバムに入ってます。割と、すげー曲だと思うんだけどね。
 ただ、これはケミ全般に言えることかもですが、すげー、の域を、でない。それ以上ではありません。
 この辺りが、歌を上手く歌うことが好きな男の子に、CHEMISTRYが好かれる理由なのかもしれません。っていうか、ターゲット、間違いなく、そこだしね。
 でも、やっぱり、音楽は、技能では無いんだと思うんだけどなぁ。
 っま、聞いてみて(笑)。)
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何が残酷なのか。 part2

2010-05-25 02:47:12 | Weblog
 最近、少しだけ、気持ちの中での、状況が変わってきた気がする。現状は、1年前から、いや2年くらい前から、全然変わってはいないけど、将来が明るそうだって、本当に思えてきた。

 何をするんでもそうだけど、たとえ今がダメでも、未来が明るそうなら頑張れる。反対に、今が最高でも、未来が暗そうだったら、最悪の気分を介在させながら楽しむことになっちゃう。
 そういう意味で、今、マジで、将来が手に届くところまで見えてきて、未来が明るそうだなって思える。だから、頑張ってみようという気分が湧いてきて。。

 それは、何かを見つけたってことでもなければ、何かに気がついたってことじゃない。
 何かの言葉の獲得でもなければ、所属でも無い。

 そりゃ、少しは、そういう部分だって、あるかもしれないけど、影響の中で巨視的なのは、もっともっと、根源的な部分に、明るさを見い出したからだ。
 ただ、だからこそ、実質的な部分を、きちんと査定したいと思う。何をするんでも満足できそうな立場なら、より良いモノを選ぼうと努力する義務がある。

 いつだって、俺が、選んできた。
 もう二度と、安定と時間依存とのカケヒキ計算に負けて、選び忘れることは、しない。

 だって、意味のない、価値のない、無限ループほど、残酷なモノは、ねーんだぜ?!

 (『何が残酷なのか。』2008-06-15)
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優しさのある「けー君!」と権威のある「Kei君!」

2010-05-24 04:44:02 | Weblog
 俺が尊敬する数少ない一人である彼は、「物理学以上に分けてくれるな。もう、物理学というだけで、十分に狭い範囲なんだから。」っとおっしゃっていた。だけど、俺は、もっと拡張して、『自然科学ってだけで、もう、十分に、世間からしたら、狭いんだから、それ以上、自分を、何かの言葉に、押し込めたらダメ』っと思っている。

 考え方でも、分野でも、その世界に入ると、それが莫大な力を持っているような気がしてくる。
 あー、やっぱ、この中の世界に入ってみたら、こういうのってのも、すげーんだな、世間では、その1つでしかないけど。って思うことがよくある。そこまでは良い。だけど、本当の意味で知性を持つためには、実力で何かのトップに本当に立つ気だったら、そっから、じゃぁ、自分は、あれを崇拝して、この世界の中で頑張っていこう、なんて、思っちゃダメだ。
 その世界の利用できる部分を、その世界から盗み出して、いつかはその世界のルールを破りまくってやるっ、って、気迫がなきゃね。たった1回の人生なんだから、それをする価値を感じるし、たった1回しかないんだから、天才じゃない俺らが、まともにまっすぐ一本の道で行って、カナう(叶う、敵う)わけがない。

 「日本という国は、どーも、なんもしてなくても、20年もその場所にいると、勝手に祀り立てられて、崇拝されるようになる。だから、僕みたいに色々な分野に飛び込むと、いつも青二才扱い。まぁ、ありがたいことなんだけど。」

 いかにして、解析力を高め、真実を見抜く率をあげるかというと、それは、「想像力」だ。
 見たことも、体験したことも無いようなことを、まるで実体験したかのように感じる力を、意識して、高めていかなきゃいけない。だって、誰も、ヒルベルト空間なんて見たこと無いんだから。
 見えたモノが真実では決して無いし、跳ね返ってきたモノが、必ずしも真実ではない。同様に、聞いたから、語ったから、って、それで、真実かどうかはわからない、っと前提を疑ってみる力も大事だ。

 自分の解析力や情報を信用し過ぎず、かといって、解析を行うこと、そして、Self-Consistantに解くみたいな、想像性を養うことが、大事なのかもしれない。

 んで、また、感情や直観が、結局は、大事、っていう、いつもの、よくある流れなんでしょ?、って思っている読者さんの期待を、今日は、裏切ってみたいと思う。

 確かに、感情や直観が大事なのは大事なんだけど、それは、あくまで、「今の俺が」ってことに、注意してください。別に都合のイイとこだけ受け入れてもらってもイイんですけど、やっぱり『言葉の表面だけをさらって、それで共感して、勝手に、今の自分に安心しないで』欲しい。

 どんなキレイゴトを並べたとしても、どんな言葉を並べたとしても、俺にとって、、いや、きっと、誰にとってでもだけど、信頼性を極端に破壊する行為は、否定されることです。それは、意見の否定でも、人格の否定でも、同じ。
 (だから、何かを否定するとき、それ以上にフォローすることを心掛けたいと思っている。特に、同期や後輩や生徒にはね。だから、ただ単に、仕事上で、真実を掴みたくて、意見の否定をしただけなんだとしても、必ず、フォローを入れようとしなきゃなのです。)

 そして、俺の言葉の表面をさらって不本意に勝手に安心されることは、何よりも、俺が否定されているような気になってしまう。

 同じ言葉でも、同じようなタイミングでも、その人が、こっちのことを想って、言ってくれているのか、それとも、ただ、うぜーな空気読めよ、って言ってるのかは、わかるもんです。
 そこには、確かに、解析とか、思考とか、ってもんは、ほとんど介在していない。ちょっとの想像力と直観、それから、表情とか音程とかから感じているのかもしれません。

 だから、解析力なんて、俺にとっては、くだらない。心のあるなしで、俺の次の行動は、飛躍的に変わるから。
 そういう意味では、僕は、とても、受動的なのです。
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理論武装の解除

2010-05-23 03:00:40 | Weblog
 「金と名誉さえあれば、あとのモノは、ついてくる!」

 そんな論理的思考は、意外と、正しいのかもしれない。あなたが全力で否定したところで、こういうようなことは、どこまでいっても、仮定は仮定なわけでして、いいじゃん。その、たかが仮定に、全力を出す気は、俺は、さらさら無い。
 理路整然としているのは、悪いことではない。賢いし、そういう「系」が、観賞用として、美しいっと、感じることだってある。
 でも、理屈が全部通っていないと成り立たないような会話しかできないのは、イヤだな。。

 最近、一度、理論武装を全部取っぱらって、やっていってみようかな、って、本気で思っている。もちろん、研究以外で、ね(自然科学に理論づけをなくしたら、意味がありませんから)。
 こういう想いでやったとしても、どーせ、全部、理屈を取っぱらう事なんて不可能なんだから、思い切って、ほとんど、思考を介在させない自分へ。

 だって、「無限大に金があったら、くだらなすぎて、絶対にやらないようなことは、今も、やらないほうがイイ」のだしね。
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せめて曖昧なら

2010-05-22 00:02:59 | Weblog
 あなたが見えているものは、全部、幻かもしれない。
 自分だけが特別な人間で、他の人は、ただ無機質に、あなたのために、動き回っているだけなのかも。

 そうは思えなくっても、何がホンモノかなんてわからない。だから、俺が今、見えて、認知しているモノこそ、正しいのかもしれなくって、絶対的にはこーだろ、ってのは、どうでもいいのかも。
 ずっと、ひとり相撲しているだけなんだとしたって、そうじゃなくたって、重要な基準は、自分が満足できるか、できないかだ。

 俺は、そういう意味で、他の人とガチで戦った事は無いかもしれない。常に、自分の感情や満足度や直観との戦いで、そこから、頑張ろうという意志がでてくる。
 理想はこうだから、でも現実はこんなだから、だからこそ、頑張る。自分を高めにいくとき、そういうのが多い。

 誰か他の人とインタラクションがある系は、だから苦手だ。少なくとも、傷つけてはいけないっていうこともでてくるしね。
 自然科学や、もっというと、学問を扱っているときは、まだイイ。だって、テキトウに発言していれば、適当な議論にだんだんシフトしていって、それで、真実が得られる事が多いし、その真実は受け入れられる事が多いから。

 確かに、表面上で、『こっちの理想は、もっと、こうなのに、なんで、そんなことするの?!』って思うのは、嫌悪ではなく、求めている。けど、そのズレが、実は、本質だったら、どうする??

 だとしたら、謎は謎のまま、グレーゾーンはグレーゾーンのまま、自分の中で理想寄りに真実を捻じ曲げて、微妙な線で、真実を覆い隠していた方がイイ。だって、認知や理想が消えない分、夢や希望を見失わずに済むから。
 別に、俺は、そんなに強い人間じゃなくってね。

 かといって、こちらが真実を見つけようとしてないのに、わざわざ、むこうから勝手にやってきてくれるという、ありがたいのか迷惑なのか、よくわからない、奇跡的な偶然が、割と沢山あることも、認知していたり。。
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リアプノフ指数が正だからこそ

2010-05-21 04:14:32 | Weblog
 RNAワールド仮説は正しいのか。
 今日は、そんな論文のことを、ずっと考えていた一日でした。

 RNAワールド仮説とは、タンパク質やDNAじゃなくって、RNAだけの生物世界が存在したはずだ、っという仮説だ。RNAは沢山の機能があることが知られているし、実際に、リボザイムと呼ばれる、活性機能があるRNAだって発見されている。
 色々な問題点が残っているものの、これまでのお話を聞いたり読んだりした限りでは、正しそう、っと思っている。

 こういう話聞くと、よく思うんだけど、なんていうか、絶対に、RNAワールドから今の世界に来たのは、必然とか、因果関係がどうのこうのとか、っていうような次元を超えちゃっていると思う。因果関係を見出そうとした時点で、それはいくらなんでもテキトーすぎる見解な気がするんだよね。
 あくまで、こういう世界(ここではRNAワールド)があったら、上手く歴史の流れが説明できる、っというモデルに過ぎなくて、凄まじく正しい真実、っていうのとは、どこまでいっても違うと思う。そう言うためには、少なくとも、ドラえもんがいないと無理なんじゃないかな。

 どんな解析をしたところで、例えば、日常生活の中で、未来に起こる事実を予測したり、見えない空間を認知したりすることは、非常に難しい。たとえ、こんなにも、ひとりひとりが、解析力を高めるために頑張ってきた、チームで、ひとつの問題を扱うんだとしても。
 確実に、リアプノフ指数は正だと思うし、次元だって整数ですらないかも。周期的なことだったら解析可能なんじゃね?、って思うかもしれないけど、ほとんどの系で、フラクタル幾何図形でしょ。しかも何次元か、どんな空間かもよくわからない、解析不可能な系だと思う。

 だったら、やっぱり、「頭カラッポの方が夢詰め込める」?

 うーん、賢くなる分の大変な努力が無駄になるとは思えない。なんとなく。だから、やっぱり、夢とかロマンとか、持ち続けていくことが大事なんだと思うし、かといって、今、目の前にある、できることを、ちょっとでも良いからこなすことも、大事だと思う。1週間後を解析したところで、あてにならないかもしれないけど、1時間後を解析することは、さっきよか信憑性があるはずだから、目の前に降ってきたものは、一番確実なわけじゃん?!

 そして、心や意志や直観だけは、自然科学が解明できないポイントだと、どこかで思っていたい。それは、どこかに所属するという意味ではなく、もっともっと、夢見的な意味でね。

 賢くなろうとする行為が心依存なら、賢くなることは、ぜったいに、意味があるはずだって。
 だからこそ、リアプノフ指数が正の方がイイ。だからこそ、頑張ることに意味がある。

 っていうか、、自然科学の知識レベル的に、全記事中、最高難度の記事かな(笑)。
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「におい」の科学

2010-05-20 00:12:21 | Weblog
 今日は、一度も入ったこと無かった、化学系の実験室で実験をしたんですが、独特な臭いが。。うー。

 「最初入るときは、臭いので、気をつけてください。」
 『えぇ?(気をつけろって、どーやって?)』
 「まぁ、構えといてね。大丈夫、人間の鼻ってよくできているもんで、5分もすれば、慣れちゃって、臭わなくなるから。」

 そういえばそうだよね。
 このお家も初めて来たときは、においがあって、割と気になっていたはずなのに、いつのまにか、鈍感になっていったんだな。セブンイレブンのにおいも、小学生のときは、入れないほど無理だった。だけど、いつのまにか、普通に、おにぎり買えるようになっていた。

 うーん、におい、って不思議。鼻って不思議。

 ちなみに、鼻がどういう風に、においを感知しているかというと、空気中を飛びまわっている、におい物質の分子が、鼻の中にある嗅細胞の受容体に結合すると、神経系を使って、刺激が頭蓋腔などを通り、大脳底面の嗅球に連絡し、嗅索を通って、大脳辺縁系や前頭葉などに伝わる。それで、においを感じるわけです。

 よーわ、においがしたら、それを体内に入れてるってことですな。

 ってことは、、う、から始まる、アレも、におった瞬間に、身体の中に入ってるってこと…、
 ぎゃーー!!

 (注:ノンフィクションです。)
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研究者に感謝

2010-05-19 02:09:22 | Weblog
 今日、iTouchを購入しました。

 iTouch、スゴイね。今まで、完全な時代遅れですが、iPod30GBで、十分満足していたけど、iTouch(32GB)すげーや。機能が多いし、無線LANで、Safariまで使える。Youtubeも見れるし、こりゃー、素晴らしい。iPadとやらは、どこまですごいのか。
 まぁ、音楽用途からiPhoneやiPadまで来るのもスゴイし、電話用途からメールやテレビが見れるケータイまで来るのもスゴイ。
 
 みんなっ、研究者、技術者、開発者の方々に、マジで感謝しようね。

 んで、今、わっけわからん、アプタザイムの論文を読んでいる俺にも、未来人、感謝して。
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求めてんのは表面じゃないよね?

2010-05-18 01:56:39 | Weblog
 (前回より)
 っとは言うものの、相手やその系を一般化というモデルに落としながら、解析してしまいがちだ。
 ちなみに、一般化しても構わない場合がいくつかある。相手が明らかに悪意に満ちている場合、自分も包括した意味である場合、、そんなもん?
 一般化は、あくまでモデル化であって、ただ単純に解析したいときは、そのものの系を見れば良い。だけど、よほどの重要人物や重要な系でない限り、一般化できないようなものを解析してみる価値は無い、って考えちゃうよね。

 だから、大抵の問題では、解析をして、一般化しちゃいがちだけど、100歩譲って系の解析は仕方ないとしても、一般化はしないでよ、って思うし、思われるであろう。

 ただ、忘れちゃいけないのは、どんなに素晴らしい解析力も、ずば抜けている直観力の慧眼には、ほとんど絶対勝てない。
 そう、本当は、わかるはずなんだ。解析をしなくても。だから、確かめるために解析を行っている、って言っても過言ではないかも。実験しなくても、現象をわざわざ抽出してこなくても、じっくり考え込んで、系を神様視点で見なくても、直観力を極限まで高めると、その人の表面構造を簡単に突き抜け、本物の感情のみを透かして見ることができる。

 思考と感情は対等に働かせるのが良いと、このページでも、どこでも、いろんなところで言ってきた。
 っで、直観(というか、「なんとなく」の感じ、って言うのが正確)と思考。これは、人を審査しなくちゃいけないときなどの重要なシーンでは、対等ではダメかもしれない。こんなにも理屈屋な俺が言うのもなんだけど、マジで、直観が10で思考が1くらいかも。
 それぐらい、最初の最初に感じた印象の強さは、結局は、正しいことが多い気がする。

 っでね、だから、例外(扱っている系に確実に悪意がある、自分を含む意味)を除いては、誰かへの解析力が直観力に比べて無力なら、人さまに対して、あんまり一般化を使ってはいけないのかも、っていうのが、最近の、俺の結論です。特に、批判をしたいようなときはね。
 あの人がこういうことするってことは、こんなに素晴らしくってー、んで、こんなに優しくってー、んで、みんなも、こういう部分って必ず持っているから、世の中捨てたもんじゃないなー、ってのは、害が無いからОKだけど。

 え?時間依存性を忘れているって?!
 確かに。。うーんとね、そもそも1年や2年くらいで、自分が解析した影響で相手が変わってしまったと思ったり、自分が関わった影響で相手が変わってしまったと思うんだとしたら、それは、感情の本当のところをきちんと判断できていないから、論外。たかが1年や2年くらいで、他人の本当に核となる重要な部分を変えることはできません。
 本当の部分、ホンモノっていうのは、そんなには、カワラナイヨ?

 留意すべき時間依存は、あなたが本当に求めているのは、その人のホンモノであって、あなたごときが1年や2年で変えられてしまうような、その人の表面構造では無いはずなのである、ということだ。
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神様視点

2010-05-17 03:22:48 | Weblog
 自然科学が大好きで毎日扱っている人達でも、そうでない人達でも、誰でも、かなり気になる自然現象の真実が、いくつかある。

 宇宙の果てはどうなっているのか?
 生命とは何か?その定義は?
 すべての物質は、結局は何からできているのか?
 未来はどこまで予知できるのか?
 不老不死は可能か?
 時空を超えることはできるのか?

 これらの問題は、普段、自然現象を扱う人達からすると、大きい問題ではあるが、系の中のひとつの結論にすぎず、小さいモノという印象があると思う。っていうか、こういうことに対して夢やロマンを持つことは大切だけど、このような疑問に、すぐ、ただただ答えのみを求めるような人間は、自然科学には向かないと思う。
 自然科学を扱う人達が好きなのは、細かいことへの探求やその系の結論というよりは、むしろ、神様視点でその系を見るということだ。こういうような物理系があって、こういう因果関係で、こんな相互作用で、こういう風に成り立っているのか!、って思う瞬間が楽しい、って人が多いと思う。

 「えー、じゃぁ、なんで、それ、見てるの??」
 『うーん、神様目線ですね。あー、こういう系があるんだなーって。』
 ≪ドラマに対しても、系で、見に行くのね(笑)。≫
 「何それー。共感したいとか思わないの?」

 どうしても、俺も周りにいる理系の人達も、色々なモノを一般化しすぎる傾向がある。一般化して、系を上から見た方が、真実が掴みやすいからだ。そして、それが楽しいことも、よく知っている。
 何か、相手を審査しようとしちゃって、心にも無いことをワザと言ったりしちゃって、それで相手の反応を見てみようだなんて思ったりして。そんなことを言ったこっちが、信用されなくなってしまうかも、っていうことを考慮しないことが多い。あなたは、神様でも無ければ、その系に依存しまくっているんだ。よーわ、誰か、相手に対してまで、神様視点で系を見に言ったら、当たり前のことだけど、失礼だろ、ってこと。

 んでね、今度は、そんなことを、ついついしてしまう理系側に立って発言をするけど、こうやって審査する、ってことは、弱っちくて、怖いってことなんだよね。だから許して(あげて)くれ。
 自然現象だけ見ているだけじゃ、正しいのか間違っているのか、どーしても自分の判断に自信が持てなくって、だから抽出したくなって、実験する。そこに自分が関わっているって、その時は、気がつかない。自分は、蚊帳の外だと思っている。普段から、そういうことばっかりしているから。

 なんでもかんでも一般化されたらムカつくのは当然。だけど、こういう賢い行為を知ってしまうと、それをしないって選択をとるのも、なかなか、また、難しいもんだ。

 でも、だからって、一般化しないで。別に、あなたの解析を求めてはいないし、調査されるのもイヤだし、私をデータの足しにしないで。ただ単純に、共感して欲しかった、だけなんですけど?…ってね。
 考えてみたら、当然だ。統計性を利用して、自分の問題を一般化されるのは、ムカつく。

 だって、誰だって、どっかで、自分を特別な人間だと思っていたいんだから。

 っま、そんなことされるの、今もイヤだけど、俺はもう、慣れちゃったけどさー。
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