たかはしけいのにっき

ミネソタ大の博士研究員が書く日記です。

歌うこと

2007-06-30 01:18:02 | Weblog
 それが、シンガーであれ、ギタリストであれ、ピアニストであれ、ダンサーであれ、一流のミュージシャンならば音楽をすることに獲物は選ばない。

 俺は、なんのために、なぜ、歌うのか、わからなくなる。伝えるために?ただ歌いたいから?数学のようなパズルと捉えてるから? 
 それだけの価値があるのだろうか。それだけの見返りがあるのだろうか。いや、シンガーという名前が欲しいなら、歌わないほうが良い。やっぱり、エマニュエル・レヴィナスの言うとおり、何かの「ため」ではなくそれ自体を楽しんでいるんじゃないか?
 つまり、歌いたいから歌うのだ。

 どれだけの、無名のアーティストが世の中を埋め尽くしてるのかわからない。その中で、一躍脚光を浴び、真の第1志望へと道をつなぐためには?
 
 そんな、今はただただ、ひたむきに、自分が精一杯でできる曲を歌えば良いのだ。
 俺にできることは、誰にでも知ってる曲を自分なりに歌うことだけだから。それしか、できないのだから。

 とにかく、明日はライブだ。その次は、オープンキャンパス。何かを期待してるんじゃなく、ただただ楽しくて歌う、ただただ歌いたいから歌う、そんな純粋な気持ちで歌えたなら、きっと、…シツコイ歌い方も直るかにゃ(笑)?

 学業のほーは、最近、全然頑張ってない気が…(ヲイヲイ)。もっともっと、本を読まなきゃいけないとは思うけど…。うーん。
 成績は、おそらく、余裕で通りぬけられる気がする。だけど、そーじゃなくて、もっと、実質的にっていうーか、本質的に学問を理解しなきゃいけないのに、怠ってる気がする。反省せねばな。
 っま、ライブが1通り終わったらね。
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グリップ

2007-06-28 23:35:00 | Weblog
 人間は、先入観の中でしか生きられないのかもしれない、そんなことを思う今日この頃です。
 バンドのメンバーの1人は必要以上に俺をアカペラの人間だと思い、現役を引退した名誉教授は若者の力を見縊り実験装置をまともにいじらしてくれない。電車の中で洋書の専門書を読めばちょっとした満員電車なら広くなるし、髪を染めてからある一定の人達から話し掛けられなくなった。学科では、まだ、俺は野田代表になってしまう。
 ちょっと、淋しいなぁ。そりゃ、俺も沢山先入観あるし、しょーがないっちゃーしょーがないんだけど、でも淋しい。もっと、俺を、回りについてるモノじゃなくて、俺そのものを見てくれ。いや、そんなに見つめられても困るんだけど…(笑)。

 そーいえば、アニメ版のデスノートが終わった。キラは「世の中腐ってる!!」っと言ってたけど、俺は最近、「世の中、案外、捨てたもんじゃない!」っと思ったりすることが多い気がします、淋しいけど(笑)。周りの、知ってる人、全然知らない人、両方とも、何気ない優しさをホントに感じます。それが、ホントに世の中捨てたもんじゃないって思わせる。
 俺が上で言った淋しいなんて、地球上から見れば、きっと、平和そのもの。こんなちょっと淋しいだけで…。
 何か冷たくされても、何か卑劣な事をされても、それが冷たいな、卑劣だなって思えることが、幸せで、そんなことを考えられるから、俺の周りは平和なんだと思う。平和でないとこでは、知を獲得するのは難しいしね。
 
 なんていうか、ホントに、幸せな日々だと思う。
 後悔はしないと先へ進んだ、笑うか泣くか、幸か不幸か、結局すぐにわかってしまった。「ぎりぎりを生きる僕らが出した答えが違ったとしても、思い込みでも強く願えばいい、ホンモノになれる日まで」。思い込んでるだけじゃ、俺は、強く願えなかった。ホンモノになるには、ホンモノになったフリをいかに上手く演じて、嘘をホントにする努力をする方法でしか、近づけなかった。
 それでも、いいのかな?

 ちょうど3年前、代ゼミの難易度ランクをみながら志望校を選んだりしてて、思うことは常に大学入学後だった。実験とかで夜遅くまで残ったり、なんかバンド組んで編曲してる自分の姿を想像していた。
 今、そのときの想像以上の自分になってて(偏差値は別(笑))、あの頃に比べると考えられないくらい充実してるはずなのに、常に何か足りないと、まだここができるのに…と思ってる。
 あの頃の自分が、未来の俺がアカペラサークルとバンドサークル、しかも違う場所で2つも所属してることなんて知ったら、超うらやましがるだろう。あの頃の自分が、未来の俺が、実験で仲良くなったグループで飲みに行ったり、仲良い助教の入試説明会をひやかしにいったり、オープンキャンパスで歌ったりすると知ったら、きっとビックリして倒れるだろう。
 ここまでにしてくれたのは、明らかに周りの方々(全然知らない人も含めて)のおかげだし、なのに、未来の俺自身は、全然、満足してない。
 やっぱ、妥協しないから、楽しいのかな?

 さて、そろそろ、目覚めよう。
 レポートやんなきゃ。MC考えなきゃ。編曲しなきゃ。メーリスださなきゃ。
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過去を思い出す花

2007-06-21 23:59:35 | Weblog
 今、これを、MITのopen course ware電磁気学の授業ビデオを見ながら書いてます。うちの大学の電磁気学の授業は、このビデオをたびたび使っててさ。まあ、タダだから、417と龍羅も見てみ。まあまあ、英語のお勉強にもなる。
 ちなみに、f島先生にこの事話したら、僕の物演も毎週そのビデオ見せて授業を終わろっかなっとか、おふざけ発言をしてましたが。

 ってか、俺、こんなのを見るようになったか。っまあ、全然完全には理解してないけど。
 うんうん、洋書の専門書を、一応、読むレベルまでは来たか、俺の英語力も、ってこと(笑)。
 1番最初に英語が好きになったのは、やっぱり中学生だった。それまでも英語は習ってて楽しかったけど、本当の楽しさを理解したのは中学生だった気がする。
 こー、やっぱ、中学生の時期に、試験前、教科書暗記ーってやっちゃうと、英語どんどんわけわかんなくなっちゃうけど、もっと楽しんで、どんどん英語を使っていくと、なんとか英語に関する恐怖心が消える。
 なんか、英語や数学の教科書をどんどん簡単にしちゃってるけど(まあ、戻すみたいだけど)、難しいからこそ楽しい事もあるって事を、もっと大事にして欲しい気がする。

 今年もこの時期、6月になると、JRで東京方面に、大井町駅に着きそうなところで、アジサイが綺麗に咲く。初めて英語が楽しくなり始めている中学生の頃の自分がとても綺麗だと思ったこのアジサイが、今年も健在だ知ると、不思議と安心した。 
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授業は知の獲得のために…

2007-06-20 18:47:47 | Weblog
 相変わらず忙しいですが、書きたい事は山ほどあります。うむ。
 っまあ、試験期間に入れば夏休み終わるまではたぶん暇なので、そのときまとめていろいろ。毎年忘れちゃうんですけど(笑)。

 そーいえば、昨日、ある授業の先生が、「授業は、芝居を見に来てるスタイルで、来てください。」っと強く言ってて、ちょっとビックリした。いや、発言にビックリしたわけじゃなくて、俺と同じ考えの現役教授がいるんだーってとこで。
 俺は、まあ、芝居にはたとえた事は無いけど、授業はライブと似てると思う。
 授業もライブも…来たくないやつは、来なければいい。他の人に迷惑をかけなければ、何をしててもイイ、客だから。1番偉いのは、前の台にいる人じゃなくて、席にいる人だ。席にいる人の意見は、尊重されなければならない、金を払って見に来てるんだから。客及び生徒は、静かにしてなきゃいけない時は静かにするべきだし、声をださなきゃいけない時は声を必ずしも出す必要はないけど、声を出した方が楽しめる。
 
 そう、授業はエンターテイメントなのだ。「大学は、知を獲得し、開拓する場」である。それは、自らのために、自らの責任のもと、行なうのである。っと、ある偉ーい先生もおっしゃっていた。
 つまり、学生は、その授業が、自身の知の獲得に必要ないと思うなら、授業にでなければ良いのだ。授業は、知の獲得の、ひとつのツールでしかないから。

 そこを、勘違いした教員や学生が多過ぎると思う。
 こーゆーふーに授業は成り立っているのに、そこをどっかで勘違いするから、自分が1番偉いんだと思う教員や、教員や先輩が言うことは絶対だと思う学生がでてくる…。もういいかげんやめい、今は21世紀だ。そんな団塊の世代のよーな考えはすてい(笑)。

 っと、こんなふーに、思ってるのは俺だけか?っと思ってたんだけど、現役の、俺は知らないけど、きっと世界的に有名な大学の先生が、そーゆーふーに思ってて、ホントに良かったと思った昨日でした。
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妥協すること。

2007-06-17 01:11:10 | Weblog
 今日は、バンド練習後に、ドラムのケンジ君とベースのノリ君とともに秋葉原で、ケンジ君のi-podを買うのをつきあって、その後、ぶらぶらと秋葉原~神田あたりをケンジ君と歩いてきました。
 アキバって面白いね。ホントに、メイドさんがいるんだね。周りの会話がなんか違う…。僕等も負けずに、ローラン級数展開等の話をして、ウかないようにしました。

 んな、アホな日記はどーでもいいんですが…。
 今日のぶらぶら歩きの会話のテーマは、「妥協すること」だったと思う。

 妥協ってのは、自らの理想に近い現実のモノを、自らの理想の誤差内だと仮定して受け入れること、だと思う。
 だから、そんなのしょっちゅうしてるわけっすよ。

 例えば、朝、あと1時間は寝たいけど、そんなんじゃ遅れちゃうから、どーしよってなったときに、15分だけ寝て、朝の仕度15分をいかに稼ぐかっと考えるのも妥協だ。
 他には、もうちょいくだらなくないことだと、医者になりたかったけど偏差値が足りず薬剤師を志すのも妥協だし、理科も数学も教職をとりたかったけど単位的にキツイから数学だけにするのも妥協だ。

 っま、「俺は妥協はしないんだ」なんて言っても、絶対うせやんって事です。 

 音楽に妥協はつきもの。俺のやりたい音楽の理想からは、ポテもスラップも、ものすごく程遠いし、っていうか、人類で誰も俺の理想な音楽はしてないと思う(笑)。いや、そりゃ、ものすんごい近いのはあったとしてもだけど。
 音楽やってるヤツってのは、どんなヤツでもプライドをもってるから、俺の理想的な音楽を妥協したくはないってので、葛藤する事が多い。
 
 俺の勝手な偏見だけど、妥協したくないっていつまでもゴネてるヤツってのは、大して理想が高くない気がする。そりゃ、俺だって、妥協はしたくないし、理想を言いつづけたいけど、現実が理想にならなそうだからって現実を投げ出す事はしないだろうなって。
 こーなんてーのかな、音楽的な何かポリシーがあるわけじゃなく、他の要因によって動かされている理想をいつまでも追いつづける事に、そこまで意味を感じない。
 例えば(なんか今日例え話が多いけど(笑))、好きな時期があったとして(中学生の頃ーとか)、その頃聞いてた音楽が無意味に最高だとか思ってたりとか。俺もそーいう事があったから、わからなくはないけど、でも、音楽は1人でやるもんじゃないから、結構周りは迷惑だったりするんだよねぇ。
 そもそも、妥協をしないほど本気でやるようなモノじゃないでしょ、音楽は。
 音楽的センスをあげるためには、音楽から離れたところに答えがあるっという意味が、最近良くわかる気がする。

 なんか妥協しろって言ってるふーに聞こえるかもしれないけど、妥協をしてはいけないものも沢山ある。
 これを演奏することによって、明らかに誰かが不幸になるのに、みんな普通に演奏しようとしてるとか。
 あ、でも、音楽ってそーゆーシーン少ないんだよねぇ。科学のが多い。
 人類のために断念しなければならない研究はあると思うし、ファラデーのように自分の命もかえりみず生物化学兵器を作らないという毅然たる頑固も必要だ。なぜなら、それだけ、大いなる力をもっているからだ。スパイダーマンね(笑)。大いなる力には大いなる責任が伴うわけ。
 ほら、科学に大いなる力はあるけど、音楽に大いなる力はないでしょ。大いなる思いはあるかもだけど。だって、どんなに超速いピッキングができても、どんなに高音域がきれいにだせても、所詮、外部に影響あるのは「音」だからねぇ。興味ない人には伝わらないし、かわりに大いなる思いが大いなる責任にかわるシーンがあるやもだけど、尾崎豊くらいにならないと意味ないでしょ。
 いや、それ言ったら、科学もファラデーくらいじゃないと意味ないか…。んでも、実質的外部への影響が強いぶんだけ、みんながみんな、理科系ってのは妥協しちゃいけないとこは、絶対妥協してはいけないんだと思う。

 妥協してはいけないシーンと物事に対して柔軟にならなきゃいけないシーンと…。案外、その境界ラインを引くのって難しいんじゃないかなぁ、っと感じた土曜inアキバでした。
 
 うぎゃ、書きすぎた、電磁気学のレポートやんなきゃ。
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系統誤差とランダム誤差

2007-06-14 20:27:25 | Weblog
 放置気味だったのを、許してください。だって、忙しかったしー。昨日とかも書いたんだけど、ボツ作になっちゃって…。

 っまあ、その甲斐あって、大学2年目に来て、ついに、誤差論をマスターしつつある。まだ、ポアソン分布とかカイ二乗検定とかはよく理解してないけど、それ以外は完璧に近い。
 しっかし、俺は理論系かなーっと思ってたけど、誤差論やってて結構楽しさを感じるという事は、案外俺は実験系なのか?
 予備校時代に、誤差論の恐ろしさを聞かされてから、なんか誤差論とは縁遠い感じだったけど、今は仲良しフレンドリー。人生、誤差ですよ(笑)。

 んでも、独学って大変ね。っかといって、誤差論の授業受けて完璧になるまで実験しないわけにはいかないし、独学でガンバレってことなのかな。

 ちなみに、俺の身長の値は、ランダム誤差ではなく、系統誤差が、きっと生じています。
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ヒメイをあげる身体

2007-06-08 01:19:13 | Weblog
 もー、アンケート答えてよ↓。みんないじわるー。っま、社会なんて、こんなもんだよね。みんな、人のために時間割くなんてしないんだよね。そーだよねぇ。うぅ、っとスねてみる。

 めっちゃ眠いです。疲れが溜まってるんだぞーコノヤローって、身体が言ってます。ごめんんさい、俺の身体さん。日曜まで待って。たっぷり休ましてあげるから。その前に、土曜、バンドとプレゼン準備の同時進行とかっていう地獄が待ってるけど。あー、大丈夫大丈夫。もう、データでてるし、あと書いて、誤差解析を進めるだけ。だから、…いや、まあハードだよ?あー、待って、待って、そんな、こんな魂追い出してやるとか言わないで…。

 ってな感じです…(どんなだよっ!!)。
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誤差論アンケートのお願い

2007-06-06 19:44:58 | Weblog
 最近、最高に良い出会いが多い…、参考書との(笑)。
 1年生のこの時期は、物理の棚行っても、専門書ばっかで意味わかんなーいって感じだったけど、流石2年目の俺、瞬時に自分にとってイイ本がわかる。

 誤差論の本もスンゲーいいの見つけたし、物理数学のわかりやすい本もはっけーん、電磁気もばっちぐー。
 いいね、熱いね、厚いね。

 いや、まあ、最近、毎日、どっかしらの本屋行ってるから当たり前つっちゃー当たり前なんだけど。もう、マニアかもしれん…。


 そうそう、ちょっと理系の皆さんに意見をもらいたいので、コメントの募集をしてみます。
 内容は、「誤差論についてですが、あなたの大学では、主に、確率誤差を使ってますか?それとも、標準偏差を使ってますか?」です。コメントしてくれる方は、大学名学部学科を明記してくれると嬉しいです(が、いやだったら、全然いりません)。
 正規分布の時に確率誤差は使えると俺は心得ていますが、正規分布のときでも単純のため標準偏差を使うという考えと、正規分布の時は確率誤差を積極的に使おうという考えがあるそうです。これらについて、まあ、あなたが主に使っているほうを明記してくれれば結構です。そりゃ、めっちゃ詳しい方でお時間がある方は、詳しく説明して欲しいですが…。お願いします。マジ、切羽詰ってるんで。
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中央値の思い出(median's memories)

2007-06-04 23:15:54 | Weblog
 今日、数理統計学の教科書をパラパラめくってて、偶然、ホント偶然、っぱって開いたページのある単語に、俺の動きが一瞬スベテ止まった。
 数理統計学というのは、高校でやる確率の続きプラス統計学みたいな感じの学問。俺もよくわかんないけど、確率変数や分布関数をやっちょります。

 いや、話をのばしておいて悪いんだけど、先言っておきます。うちわネタです。一般の人、ごめんなさーい。

 んで、その単語とは、まあ、想像ついてるだろーけど、「メジアン」。
 っもう、刺激的過ぎ。なんか、一挙に恐怖が舞い降りてきた。高校の数学Cの教科書にも確かでてるんだけど、3年ぶりだったから、超ビビッタ。
 メジアンとは、高校時代の数学の問題集で、これを使った授業に、俺等のクラスは、毎週2回、泣かされてたんです。
 チャーhンが、最初のほー、ずーっと、ラジアンラジアン言ってた、あれです。今、レポートなどを書く基準となっている、あれです。毎回毎回、「はい、んじゃー次はー、112は簡単だから省略。んでー…」って、期待してた問題が省略される、あれです。

 かー、なんか懐かしいねぇ。今じゃ、数研出版の受験問題集「メジアン 数学ⅠAⅡB」は無いらしいっすよ(あったらごめん)。ある意味あれだね、メジアンは青春だね。

 俺の理系生活のスベテがあそこから始まったのかもしれない。あの当時は、あんなに1日中数学や物理ばっかやってんのは異常じゃーっと思ってたけど、今じゃ日常になってしまった…。実験のプレゼンの準備で休日1日潰すっとか、当たり前になってしまった。
 そんなんで、いろんなことをいっきに、思い出した。メジアン現役(高3)時代、浪人時代、野田(大1)時代、そして今も、スベテ。
 
 たった1つの言葉「メジアン」だけで、いろんな事を思い出す事ができる僕等は、幸せ……なわけねーだろ(笑)。
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懐かしの日々は夢の中で…

2007-06-04 02:03:16 | Weblog
 本格的に6月に入ったー。中間試験とかもあるだろーけど、頑張るぞ。GW2はもう来ないかもだけど、頑張るぞ。休みの予定がなかなか入らないけど、頑張るぞ。
 やっぱ、だるっ(笑)。っま、でも、頑張るか。
 
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教育学って意味わか~んな~い

2007-06-01 00:11:47 | Weblog
 今年の前期は、教育学系の授業というものが2個もある。正直、ウザイ。
 教育学って、マジメに授業受ければ受けるほど、「はぁ~?」って感じになる。

 やっぱ、あれだね、学問にしちゃいけない部分ってのがあると思う。「英語」も「英語学」にしちゃうと一挙につまらないし、「音楽」も「音学」にしちゃうとなんだかなーって。
 っま、俺は英語は専門じゃねーから「英語」だけテキトウにできりゃいいんだけどね。
 ただ、音楽は専門家だ(笑)。バンドマスターとして、シンガーとして、ピアニストとして、ギタリストとして、やっぱ一般ピーポーから見りゃ、明らかに音楽やってる部類だ。
 専門家というのは、どれもこれもその専門の名がちょっとでもついたら、1度は触れなければならない。つまり、音楽の専門家だと言うのなら、コード理論、楽典はもちろん、音楽史や社会音楽学も、1通り見なければならない。たとえ、つまんねぇっとわかりきっていても。

 だけどさ、それでもだよ、教育学だけは、やってらんねー。そりゃ、教職科目を取ってる以上、教員になる確率が普通より全然高いわけで、普通よりは教育の専門家になるわけですよ。っしたら、やっぱ、教育とつくものはスベテ1通り見とかなきゃなわけですよ。
 勘弁してくれ。そんな、キレイゴトを並べたような学問はキライだ。マジ、点数稼ぎの総決算みたいな学問って、どうなの?
 いや、その中でも、すごくイイ感じの考え方も学ぶんだよ。わかりきりすぎてるキレイゴトも必要だしね。
 が、そもそも、人が人に、「これはタメになることじゃー」っと押し付ける事を、なんも恥ずかしげもなくする事って、ウザくない?
 俺は、前にも言ったけど、「授業は基本的にはエンターテイメント(もしくは、一種のライブ)だ」と思ってるから、あんまりねぇ。
 教育学の考え方と合致しなくて、うぅって感じ。

 必要な事はわかってるですけど、でもね~。
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