敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

やべ

2017年07月12日 | Weblog
今はすっかり少なくなったけれど、
ワルグループには番長も必須だが、
斬込隊長の存在も欠かせなかった。

今は活動を停止しているけれど、
若手制作人会議(仮)は、
会長、委員長、征夷大将軍など
やたら役職の並ぶ任意団体で、
その斬込隊長役が「書記長」の
矢部修治であった。

斬込隊長は敵対する集団に
いの一番に突っ込んでいくが、
矢部も飲み会を開き、会報を作り、
アグレッシブに我々の先頭に居た。

※※※

彼との出会いは1997年。
僕が、いわゆる「小劇場」から
「新劇」に属する劇団に入った年。
彼は昴の制作部所属だった。

が。彼が日芸の学生であり、
まだ「役者」だった頃の舞台を
今はなき吉祥寺のバウスシアターで
偶然僕は観ているのだった……。

私がプロアマ問わずに見てきて、
ベスト5に入り続ける松下美枝という
素晴らしい女優を目当てに行ったから、
矢部のことは眼中になかった。

話の拍子で、その舞台のことか、
或いは松下の名前が出たのか、
そこは今はもう定かではないが、
兎に角接点が見いだされた時に
「新聞記者役だったでしょ」と
こちらから先に言えるくらい
脳味噌の引き出しに留まる
芝居をしていた・・・のだろう。

推量になるくらい、昔の話。

制作人生を歩み始めた昴を辞め、
一度芝居から離れたけれど、
文学座からリスタートして、
世田谷パブリックシアターへ、
この春から移った道筋は、
演劇界においては表街道といえた。

文学座から神奈川芸術劇場を経て、
京都ロームシアターへと転身した
蔭山さんのように……。

昨日訃報を聞いたばかりで、
まだ詳しい経緯がわからぬまま、
哀しいというより悔しいような、
言葉にしづらい感覚で書き殴った。
読み直しもしないでアップする。

たぶん、心落ち着いた頃、例えば
来月五日の矢部の誕生日にでも、
……いや、その日は仲間を集めて
へべれけに酔うことになるか・・・

そうそう。
若手制作人会議(仮)の面々で、
真夏、勿論矢部の仕切りで、
デパートの屋上のビアガーデン。
結婚前の、奥さんのお披露目も。

ありゃ、ほんと楽しかったな~。
な、矢部! じゃあな。

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