敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

幻想と現実、そして太宰と三鷹。

2017年08月09日 | 制作公演関連
きのう、太宰治と三鷹には
ゆかりがあると書いた。

僕の父が五所川原市の産で、
隣の金木町が太宰の故郷。
お盆に帰れば、斜陽館にも
行ったし、小泊も訪れた。
(このあたりの事はまた後日)

そんな人ばかりじゃないと
気づき、まずは太宰と三鷹の
縁について書こうと思う。

無頼派の一人・太宰治は、
1939年9月から1948年6月まで
三鷹に住み『走れメロス』『斜陽』
『人間失格』などを生んだそう。

なので。
行きつけだった伊勢元酒店の跡地に
「太宰治文学サロン」を開設する等、
太宰ゆかりの場所がいっぱいある。

「サロン」は太宰没後60年と
生誕100年を記念し2008年に。
運営を行政と市民協働で行う、
〈新しい都市型文学関連施設〉
と謳っているのですが、、、
予算のない中でのアイデアだな、
という「現実」が透けて見えて、
少し涙ぐんだりもします。
けれど。
太宰といえば「貧しさ」もまた
ひとつの代名詞だもんね(^_^;)

ほかにも、太宰が編集者と
よく打ち合わせした屋台
「うなぎ若松屋」の跡地など、
市内に19の「縁のある場」の
10か所に「ゆかりの案内板」を
設置しているそうです。

また、筑摩書房が創設した
小説の公募新人賞「太宰治賞」。
吉村昭、宮尾登美子、宮本輝など
人気作家を世に送り出しながら
第14回を最後に中断していた、
この「賞」を太宰没後50年を機に
三鷹市が呼び掛け、共同主催での
復活もさせたのだとか……。

結果・・・
第21回受賞者の津村記久子が、
第140回芥川賞を獲得し、
26回の今村夏子は三島由紀夫賞、
29回、岩城けいは大江健三郎賞、
・・・と日本文学界の発展の
一助も担っている三鷹なのだった。

以上は、市のHPからの、ほぼほぼ
コピーペーストなので(>_<)
最後にオリジナルのねたで締める。

太宰が眠るのは、禅林寺。
駅から南下した大きなお寺で、
斜向かいには三鷹市芸術センター。
ここには森鴎外の墓も。
(寺院の被災により移転)

そして、もう一人。
日本の芸術に大きな足跡を残した、
土居甫(振付師)も眠っている。
ピンクレディ、タイガース等々の、
「伝説の」と呼ぶに相応しい男が
召されたのは2007年9月半ば。

葬儀は、土居さんに似合いの
めっちゃ良い天気で、暑かった。

もう十年になるんだな。





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