櫟庵主人の学芸員日記

櫟庵の主人による日々の雑記

丹生都比売神社史刊行記念シンポジウム

2009年04月05日 | Weblog
 先週、高野山大学にて、丹生都比売神社史刊行記念シンポジウムが開かれました。前回のブログにも書きましたように、ぼくとしては5年越しに関わってきたプロジェクトだっただけに、感慨もひとしおで、大勢参加されていた地元の方々に「いい本を作ってくれましたね。ご苦労様でした」とねぎらいの言葉をかけていただいたことが、何よりもうれしかったです。基調講演をされた國學院大學の岡田荘司氏が、「こういう本を作るのにはふつうは20年はかかる」とおっしゃったのを、「20年は大げさだな」とは思いつつも、確かによくもまぁ、5年でやれたものだと、この5年の間の出来事を頭の中で振り返っていました。ぼくが、編集を任されたこの仕事の完成を急いだのは、何よりも、このプロジェクトの発案者であり、誰よりもこの本の完成を心待ちにしていた地元の古老の方の体調が最近思わしくなかったからですが、シンポジウムからの帰途、その方のお宅にお邪魔して本の刊行をご報告し、ホントの意味でぼくもやっと肩の荷を下ろした思いでした。その方から先日礼状が届き、「一字一字かみしめて、味わって読みます」と書かれていたのを読んで、胸にこみ上げてくるものを感じると同時に、その方の中に蓄積されている知識や情報量の多さを思うと、自分はこうした古老の持っているものの果たして何分の一を引き出せただろう、ととても心許ない思いがします。
  何はともあれ、これでようやく、ぼくにとって和歌山へ来て以来、一番忙しかった一年が終わりました。すでに新年度に入りましたが、また気持ちを入れ替えて、新しい仕事に向かいたいものです。今年は今年で、昨年とは違った質の忙しい一年になりそうですが、ひとつひとつ着実にやり遂げていくしかありません。
 
 
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3月も半ば…

2009年03月14日 | Weblog
 早いものでもう3月も半ばです。
 昨年後半からの地獄のように忙しかった毎日がようやく終わりに近づき、最近は少しずつ心の「ゆとり」を取り戻しつつあります。まずは5年越しで取り組んできた、かつらぎ町天野にある丹生都比売神社の神社史刊行がもはや目前となってきました。先週、最終の校正を終えて印刷屋さんに引き渡し、ぼくの手を完全に離れましたので、あとは完成して手元に届くのをじっと待つだけです。どんな仕上がりになるのか、大体分かってはいるのですが、やはり楽しみであると同時に不安でもあります。難産の末に生まれてくる赤ちゃんを待つ親の気持ちに近いのかも知れません。思い起こせば5年前、勤務先の博物館でこの神社の宝物を集めた展覧会を開催し、その終了後に神社を訪ねた時、地元の役員の方が切り出されたのがこの神社史刊行のお話でした。自分のした仕事が、こういう形で発展していったことがうれしくて、ふたつ返事で引き受けはしたものの、仕事をいくつも掛け持ちしながらの執筆作業はいっこうにはかどりませんでした。そのうえ、「一般の人にもわかりやすく、学者が読んでも満足する」内容のものを作って欲しいという地元の方々の注文にも悩まされました。また、他の方に頼んだ原稿が大体出揃ってからも、個性の違う執筆スタイルを、1冊の本として、違和感がなるべく無いように整えていく作業にも苦労しました。もう少し時間があれば、そうした文体だけでなく、字句や表現の統一にも気を配れたのにと思うと、少し悔しくも思います。
 宮司さんをはじめ、神社の神職の方々も、献身的にいろいろなサポートを惜しまれませんでした。刊行がギリギリになってしまいましたが、刊行を記念したシンポジウムの開催も予定され、今月末に高野山大学で行われることになっています(http://www.niutsuhime.or.jp/tidings.htm#sinpo_09)。先日、南海電車に乗ったら、何と車内にそのシンポジウムの吊り広告が出ていました。神社のカラーが朱色ということで、朱色をメインにした広告でずいぶんと目立っていました。このシンポジウムが終われば、忙しかったこの1年もようやく終わります。。。
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企画展が終わりました。

2009年03月08日 | Weblog
 担当していた企画展が、今日、終了しました。博物館では一番お客さんの少ない時期でしたが、先日のブログにも書いたように一応「話題」は豊富だったこともあって、お客さんの数はよかった方ではないかと思います。今日は学生さんによる展示ガイドの最終日でもありましたが、一日の入館者数は多かったのに、学生さんがガイドをする時間にはお客さんが少なく、ちょっと気の毒でした。やはり学芸員の展示解説にしても、ボランティア(学生)の展示解説にしても、たくさんやればいいというものでもなく、もう少しやり方を考えるべきだと思いました。今回の企画展は、展示の内容よりも、展覧会のやり方についていろいろと考えさせられることの多い展覧会でした。とくに、市民を含めた一般の方が、展示にどこまで関与できるかという点では、展望も開けてきたと同時に、課題や限界もあることが分かってきました。学生さんはよく頑張ってくれましたし、今日、展示ガイドを聞いて下さった方も、最後に学生さんに「よく勉強していますね」と声をかけて下さいました。ぼくが言われたわけではないのに、何故か今日はその言葉に感動してしまいました。でもやっぱり、何かが物足りない。その原因がどこにあるのか、会期中、ずっと考えていましたが、答えはなかなか見つかりません。企画展は終わりましたが、また次の企画展、そして来年の特別展に向けて、その答えを探しつつ、準備を進めていきたいと思います。
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久しぶりの近況報告

2009年02月28日 | Weblog
 ちょっとここのところ精神的に滅入ることが多くて、ブログからも遠ざかってしまいました。仕事が立て込んできただけならよくあることなんですが、その仕事すらできない状況で余計にストレスが溜まってしまっていたんですね。でも、昨日、休暇を取って近くで行われた研究会に出席したことで、久しぶりに学問的な刺激を受け、気分的にだいぶ回復しました。やはり落ち込んだ時には、「仕事」には関係のない、純粋な「勉強」をすることがよい気分転換になるようです。おかげで今日は、継続的に続けている仕事にも少しスイッチが入った感じがします。これから年度末に向けて、おそらくここ数年で一番多忙だった1年間の仕事を一気に仕上げます。仕事量は多いでしょうが、気分が入れ替わったことで、はかどり方は全然違うと思います。
 ブログをお休みしていたので、企画展のことをあまり書いていませんが、おかげさまで好評のようです。学生さんと一緒に展示作業をしたり、学生ボランティアによる展示ガイドを毎週行ったり、野外ウォーキングのツアーをやったり、話題が多かったことで、ありがたいことにマスコミが頻繁に取り上げてくれました。会期冒頭に取材があったNHKニュースもようやく昨日と今朝のニュースで放映されました。会期は残り1週間ですが、今回の企画展の経験を、来年度以降の仕事に活かしていきたいと思っています。
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企画展が始まりました!

2009年02月02日 | Weblog
 久々の更新になってしまいました。先日始まった企画展の準備が忙しく、今日がほぼ1ヶ月ぶりの休み。そんなわけで更新が滞ってしまいました。
 今回、ぼくが担当した企画展は、展示を大学の学生さんと連携して作ったというところに特徴があります。展示の構成の一部に、学生さんたちがゼミで一年間おこなった地域史調査の成果の一端をパネルで展示し、展示品の展示替え作業に3日間、携わってもらいました。さらに、会期中はボランティア・ガイドとして展示解説にも従事します。
 こうした一連の取り組みは、学生さんにとっては初めての経験だと思いますが、決してそれぞれがバラバラの「業務」ではなく、お互いが密接に関わりを持ったひとつながりの「仕事」なのだということを分かってもらいたくて、あえて学生さんにとっては過重とも思える多くのことをやって頂きました。調査の成果を展示し、展示では取り扱いに慎重を要する繊細な文化財に直接触れて頂く。そしてそこで体得した文化財を守ることの難しさ、それ故の大切さを、展示解説を通じてお客さんに伝えて欲しい。それが今回の企画展の準備を通じて、ぼくが学生さんたちに伝えたかった一番のことです。展示替え作業では、展示の効果やお客さんからの見え方、さらには実際に車いすに乗ってみて身体が不自由な人からの見え方などにも気を配ってもらいました。こうした作業は、展示替え期間中に報道関係者に取材に来てもらうことで、報道を通じて博物館の姿勢を広く一般の方々に知ってもらうことにも努めました。学生さんは、マスコミの取材には照れながらも、しっかりと受け答えしてくれていました(でも足は小さく震えていましたネ!)。あとはこうした経験が学生さんの将来に何か役立ってくれればいいのですが。
 こうしたことは、単に学生さんへの教育、あるいは学生さんへのサービスという側面だけでなく、学芸員にとっても大きなメリットがありました。例えば今回はさらに、展示品の解説キャプションのうち、「子ども向けキャプション」を学生さんたちに執筆して頂きました。この種のキャプションは以前から作ってはいたのですが、文章を執筆していたのは学芸員で、ベースになる一般のキャプションと同じ人が書いていたのではやはり大きな限界があります。今回は学生さんたちに自分たち自身の言葉で書いて頂いたので、お客さんにとってはより親しめる文章になったのではないかと思います。ぼく自身、彼らが書いた文章を読んで、「これは絶対ぼくには書けないな」と脱帽する文章がいくつもありましたので、これは大きな収穫でした。
 さて、これから会期の終わるまで、お客さんからどんな反応が返ってくるかがちょっと楽しみです。準備の過程では別の面でいろいろと苦労も多かっただけに、せめてお客さんからの反応を次への糧にしたいものです。。。
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にほんの里100選

2009年01月10日 | Weblog
 朝日新聞社と森林文化協会が選定する「にほんの里」100選がこのほど決まりました。景観や生物多様性、集落活性化の取り組みなどの観点を軸に、4400件余りの応募の中から100件が選ばれて、先日の朝日新聞紙面にその写真と主な評価点が掲載されていました。和歌山県からは2件、那智勝浦町の口色川地区とかつらぎ町の天野地区が選ばれていました。全体を見渡すと、各県から2〜3件ずつ選ばれているようで、その辺は選定の段階で偏りが出ないよう、そうとうバランスに注意して選定が進められたことがうかがえ、選定委員会の苦労が忍ばれます。同様の「100選もの」では、農林水産省が選定した「棚田100選」において、県内からわずか1件しか選ばれなかった和歌山県に住む人間としてはありがたい気もするのですが、意地悪い見方をすれば、逆にバランスを重視するために同一県内で苦汁をなめざるを得ずに落選した地域もあるのかなと思うと、こうした「100選もの」のあり方についてを考え込んでしまいます。
 ところで、今回、和歌山県内から選ばれた2つの地区は、ぼくにとってはいずれも展覧会の実施のための調査などで、長いこと関わりを持ってきた地域で、なじみの深い2つの地区の今回の入選は個人的にもとても嬉しいことでした。展覧会では当然、美術品の展示が中心となるわけで、調査の大半も展示が可能な文化財の所在調査が中心となるわけですが、ぼくとしては、そうした文化財の調査の一方でこれらの地区の景観のもつ魅力、美しさにとりつかれてきましたので、今回の選定でそれが広く認められ、評価されたことをまずは素直に喜びたいと思います。
 ただ、今回の選定で、その選定の基準に、景観のもつ「歴史性」があまり重視されなかった点には、景観の歴史を研究する者としてはやや残念に思わざるを得ませんでした。美しさの基準には様々な価値観があり、その意味では、「歴史のある景観」という基準もそうした多様性の中のひとつに過ぎませんが、人間の自然に対する働きかけが長い時間をかけて積み重ねられ、その結果作り出された景観には、時間や人為の蓄積とその調和という、独特の価値が存在すると思うのです。そこには短期間でたやすく生み出されたものには決して備わることのない味や深みがあるとともに、人間が生きるために必死になって取り組んできた営みやその方法を、時代の厳しい流れの中や変化の荒波の中にあっても変えずに今まで守り通してきたことの「尊さ」というものが、景観の中に埋め込まれ、反映されていると思うのです。そうした歴史的により古い景観をもつ地域というのは、現在、ほぼおしなべてかつての元気を失い、衰退の一歩を歩んでいます。今回、「日本の里100選」に選ばれた多くの地域では、集落活性化のための取り組みが行われ、そうした現在の取り組みをこうした「100選」入選で応援することも決して悪いことではないと思いますが、その一方で、かけがえのない価値をもちながら、荒廃と衰退を重ねてゆくかつての「美しい里」がたくさんあることを忘れてはいけないと思います。和歌山県内から選ばれた2地区も、確かに地元住民の団結によって集落活性化の不断の努力が重ねられ、ぼく自身も地元の方々の人の温かみとしなやかな強さを強く感じてきました。しかし、「高野山参拝の表参道であり、1600年の歴史をもつ」ことが評価されて入選したかつらぎ町天野地区の田園景観は、近年の圃場整備によって大きく様変わりした景観ですし、「人口の3分の1が町外からの移住者」で、そうしたIターン定住促進の取り組みが評価された那智勝浦町口色川地区も、歴史的には同じ色川地域でありながらさらに奥地にあり平惟盛の隠れ里としての伝承やより規模の大きな棚田景観を有する大野地区のほうがより古い景観と言え、そうした歴史的観点が今回の選定では活かされなかったことが如実にうかがえます。
 もちろん、これらの2地区の景観に全くの価値がなかったと言うつもりはまったくありません。先ほども書きましたように、ぼく自身はなじみの深い両地区には他ならぬ愛着を感じていますし、入選で元気づけられる地元の方々の顔を思い浮かべると、本当によかったと思います。けれど、かけがえのない価値をもちながらもこうした「100選」から漏れ、落胆し自信を失ってしまうかも知れない地区の方々のいることを思うと、やはりこうした「100選もの」の功罪両面を深く考えないといけないな、と思う次第です。ぜひ今回選ばれなかった地区の方々も、「100選」だけが絶対的な価値ではないことをよく認識していただき、決して自信を失うことなく、今まで通りのたゆまぬ営みを、末永く続けていって頂きたいと思います。そうした絶え間ない営みこそ、何にも代え難い絶対的な価値だと、ぼく自身は信じて疑いません。
 ちなみに、写真は、和歌山県那智勝浦町にある色川の棚田。
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今年もよろしくお願いします。

2009年01月02日 | Weblog
 新年明けましておめでとうございます。今年も櫟庵のブログをよろしくお願いいたします。
 博物館や学芸員をめぐる状況は年々厳しくなってきていますが、地方の隅々にはまだまだ秘められた、魅力あふれる歴史や景観がたくさん残され、伝えられています。そうした地方の文化の底力を信じて、今年も微力を尽くしていきたいと思っています。どうぞよろしくお力添えを頂ければ幸いです。
 ところで、年末の休みに、沖縄・宮古島に行ってきました。秋に展覧会を控えている学芸員は、「夏休み」はまとまった休みがとりにくいので、せめて冬休みくらいは、ということで、毎年この時期に少し遠出をすることにしています。事前に調べて気温が22〜23℃ということだったので、Tシャツや短パンを用意していったのですが、あいにくの雨続きでお天気にはあまり恵まれませんでした。でもまぁ、ホテルでゆっくりするのも悪くないと思い、海を眺めてのんびり過ごしました。幸い、滞在型のホテルを予約していましたので、おいしい沖縄料理やマッサージを初体験。2時間コースのマッサージは、気持ちよすぎてほとんど眠ったまま、あっという間に終わってしまいました。最後の日は車で宮古島を半周、切り立った海沿いの崖や延々と続くサトウキビ畑、高い空や珊瑚礁でグラデーションのように変わる海の色など、沖縄の独特の景観を目に焼き付けてきました。本土ではまったく目にしたことのない景観でしたので、また今度、機会があったら訪れてみたいと思いました。新年は4日から仕事復帰ですので、ホントにつかの間の、でも充実したお休みとなりました。。。
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今年も終わりです。

2008年12月29日 | Weblog
 今年も残すところあと3日となりました。仕事のほうは昨日で仕事納めで、他の人たちより1日早く休みに入りました。今年は、当初の予想とは裏腹に、とても忙しく、大変な1年となりました。まず何より、今年一番の出来事は、個人的なことにはなりますが、これまで書いてきた論文をまとめて自分の本を出版したことです。大学に入って研究の道を初めて志した時以来、40歳までに(30代のうちに)本を出すというのは、ひとつの目標でしたので、その目標が達成できたことは、素直にうれしいです。今年は他に4冊の本の出版にたずさわることとなり、そのうちの3冊がまだ未刊ですので、この忙しさは3月までの間、当分続くことになりますが、今年は、ぼくにとっては、思わぬ「出版」イヤーとなりました。
 ただ、確かに本の出版はひとつの目標ではありましたが、いつまでもその余韻に浸っているわけにもいきません。研究は、新しい研究の出現によってどんどん古くなっていく宿命にあり、それによってどんどん乗り越えられ、塗り替えられていきます。ですので、ぼくも新しい年は次の新しい研究へのステップの年にしたいと思っています。年明け早々に、そのステップとなりそうな研究会がひとつありますので、そこで何とか新しい手がかりを掴みと思います。
 おととい、年賀状も書いて、今年やるべきことはすべてやった感じです。写真はその年賀状にも使った和歌山県紀美野町の棚田です(年賀状に使った写真とはやや撮影の角度が違いますが。こちらのほうが、この棚田のロケーションの特徴がよく分かっていいですね。こっちの写真を使えばよかったかな…)。この棚田のように、どんなに周囲の環境が厳しくても、それに負けずに秋には収穫を迎える…来年もそんな充実した1年にしたいものです。皆さんにとっても、来る年が穏やかで、そして実り多い年でありますように…。
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忙しいです…

2008年12月20日 | Weblog
 ここのところ、少しブログの更新が滞ってしまいました。今月に入って、3つの仕事がほぼ同時進行で進むこととなり、時々、頭の中が混線します。最も緊急を要するのは、企画展「根来寺の“内”と“外”」の準備ですが、当初の目論見からだいぶ縮小したとはいえ、図録を作ったり、館外からの借用があったりと、ウチの館の通常の企画展に比べると、やや業務量が多く、自分で自分の首を絞めている気もします。
 根来に関しては、今に始まったことではないのかも知れませんが、ホントにいろいろな人々のいろいろな「思い」が複雑に絡まり合っているのを実感します。立場や考え方の違いを越えて、何とかそうした「思い」の共通項を見出したいと思うのですが、なかなか一筋縄ではいきません。それぞれの立場の人たちとじかに接して話を聞くと、それぞれの言い分はそれ自体ではよく分かります。それが何でこうもうまくいかないのでしょう。
 でも、そんな難しさの中で、僕自身は、根来のことを思ういろいろな人々の「かすがい」になりたい、とこの頃とくに思います。立場が違えば思惑や主張はおのずと違ってくるでしょう。でもぼくの仕事は、そうした立場の違いや思惑の違いを越えて、あるいはそうした違いを結びつける「かすがい」の役割を果たせるのではないか、そう思えてきました。こうした態度はある立場の人から見れば「日和見」と映るかも知れませんが、どちらかを立てればどちらかに角が立ちます。それでは上手くいくことも台無しになってしまいます。
 写真は、2週間ほど前の根来寺境内の紅葉です。この紅葉を見れば、いろいろなことを忘れて、また前を見て歩き出す気になります。企画展の会期は来年1月31日から3月8日までです。ぜひ遊びに来てみて下さい。
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今年ももう冬…

2008年12月09日 | Weblog
 今日は月曜日なので、高野山大学に講義へ行く日でした。高野山へは毎週、車で通っていますが、冬の間は雪を常に気にしていないといけません。先日、天野へ言った時も雪だったので、今週あたりは高野山も雪かな、と思っていましたが、案の定、山の上では、陽の当たりにくいところを中心に雪が残っていました。高野山の中心、壇上伽藍も一面、うっすらと雪化粧していて、なかなかの風情。先々週くらいまでは紅葉の盛りでしたが、高野山では、冬はものすごい早足で訪れます。今週はまだ、山の上だけでしたが、もう一度寒波がくると、途中の峠から積雪し、普通のタイヤの車では登れなくなります。そうなると、3時間かけて電車で登らないといけません(車なら2時間弱)。高野山はもう6年ほど通っていますが、年に1〜2回、電車で登らないといけなくなるんですよね。
 写真は国宝の不動堂です。高野山では数少ない、鎌倉時代に建てられた建物で、檜皮葺きの屋根に雪が積もってとてもきれいでした。
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