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イスラエル マサダの砦に登る 世界遺産

2017-06-19 | 海外旅行

☆イスラエル マサダの砦





 良い天気にめぐまれて、、、死海からすぐ、近い。マサダの砦に上がるにはロープウエイで簡単に上がれる。歩くとすればできますが、蛇の道といわれる小石土の道を登らねばならない。健脚 の人が歩いて上がっている。まるで、自然のお城ではありませんか。ここで、紀元70年、900余人のユダヤ人が自決した。これは、どう考えるといいので しょうか。すぐに、ひめゆりの塔を思いだしたのです。追い詰められてローマ軍に攻められて、女子供が辱められるよりは、今自由を選ぼうということで、死を 選ぶ自由をとったのですけど、彼等にはメシアがありませんでした。神の救いは、どうなったんでしょうか。神との関係は、どうだったんでしょうか。マサダの 意味は、要塞です。山頂は、400m。赤茶けた岩山。ここへ、向かうには、水の無い川、ワデイの間を行くことになる。水が無いのは、降った雨がどっと一気 に流れ過ぎてゆったりと水をたたえるひまがないからです。ほとんど乾期には降りません。従って要塞には、水の貯水設備が完備されているのです。サウナだっ てあったんです。この戦いの後、およそ2000年のユダヤ人の離散の歴史が始まったのです。





 イスラエル東部に海水の10倍もの濃度の塩水をたたえる死海。マサダ(ヘブライ語で要塞の 意味)は紀元前100年頃、その湖面を見渡す高さ約400mの岩山に建設され、ユダヤを支配していたヘロデ王が増築。砂漠に降る雨を引き込み4トンもの水 を蓄えられる巨大な貯水槽、数年分の食糧を備蓄できる倉庫、豪華な宮殿まで築かれ、さながら町のようでしたが、歴史上のある出来事により、ユダヤ人にとっ て一生に一度は訪れなければならない重要な地になりました。

ヘロデ王の死後、ユダヤ王国はローマ帝国の支配下に置かれますが、紀元66年にローマの圧政に耐えかねユダヤ人が反 乱を起します(ユダヤ戦争)。しかし、70年に都エルサレムは陥落。追われたユダヤ人約1000人がマサダに立てこもり、2年以上も抵抗を続けます。難攻 不落といわれたマサダですが、圧倒的なローマ軍の前に力及ばず、異教徒に辱めを受けるくらいなら死をと、女性と子供7人を残し、全員が自決を選びます。こ の時からユダヤの民は、1948年にイスラエルを建国するまで、世界に離散することになったのです。

イスラエルには「マサダは二度と陥落しない」という合い言葉があります。悲劇を二度と繰り返さない、というユダヤ人の決意の表れです。哀し い歴史を秘めたマサダで今は、イスラエル軍の入隊宣誓式が行われるようになりました。古代ユダヤ人たちの強い意思は、2000年の時を超えて現代のイスラ エル国民に受け継がれています。

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