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トプカプ宮殿第4内庭  世界わがスケッチの旅

2017-04-21 | 海外旅行


イスタンブール トプカプ宮殿第4内庭



●宮殿からは、金角湾、ボスポラス海峡、マルマラ海を一望できる丘の上にある。 5kmの塀で囲まれている。これぞ、オスマントルコ帝国の本丸なのか。


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   ちょっと説明。
トプカプ宮殿 は、どういうところ?

 トプカプ宮殿(Topkapı Sarayı)は、1453年にイスタンブールを陥落させたスルタン(帝王)メフメト2世が建てて、15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。イスタンブール旧市街のある半島の先端部分、三方をボスポラス海峡とマルマラ海、金角湾に囲まれた丘に位置する。

topトプ(大砲) kapiカプ(門) sarayiサラユ(宮殿)と言う。

正門「帝王の門」は外門で、この門をくぐると広い第一庭園がある。「送迎門」は中門。切符売り場がありここをくぐると第二庭園となる。宮廷は、知らなかったので、こういうものかと感じる。屋根付きの「幸福の門」をくぐると第三庭園に着く。

それから、トプカプ宮殿の主たる見物、「ハーレム」見学だ。複雑な迷路のようになっていた。

ハーレムの入り口 (チケット売り場)から入り口を入るとまず宦官(かんがん)の部屋。彼等のほとんどはエジプトから差し出された去勢された男性で、任務はハーレム(女性部屋)の警護だった。

女たちの部屋は、スルタンの母、1番目から4番目の妻、男の子を生んだ順で、次にその他大勢の住むところとなる。
「帝王の間」は、大勢の女たちをここに集めている。 

15世紀以降のオスマン帝国と言えば、王位争いの対抗者となった兄弟は争いの決着が付くや否やことごとく粛清されたようだ。

この習慣は17世紀以降、宮殿内に鳥かご(カフェス)といわれる部屋で兄弟たちを軟禁・監視する制度に変わったと聞く。

外のながめは、素晴らしい。

ハーレムという言葉の意味を本当は何?
アラビア語なのか。「禁じられた場所」なのか。でも、禁じられたことをやっている場所なのだろうか。大奥の意味かなあ。

トルコ共和国は、1924年にトプカプ宮殿を博物館とし、修復して一般の人々の見学に開放した。

時間があれば、美しい庭をゆっくり散策してみたいものだ。

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