瀬崎祐の本棚

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詩集「夜明けをぜんぶ知っているよ」  北川朱実  (2017/08)  思潮社

2017-09-21 20:38:37 | 詩集
 短く途切れる詩行が静かにつながる。そこに地上から少し浮かんだような軽さで風景が広がる。
 「末広橋」。三重県にある同名の橋は、我が国でも珍しい鉄道の通る跳ね上げ橋である。列車運行時にのみ橋桁が降ろされるようだ。その橋に貨物列車が「不機嫌な象の鳴き声みたいな音を/まき散らしてやってくる」のだ。そして橋桁がふたたび上がるのを私は視ている。後半部分は、

   昨日あったさびしいことを
   一つ沈めたから

   運河はふくらんでいる

  (略)

   私は
   まだ名前のない一日を差しこむ

   鳥肌のたつ文庫本も

この短い詩行が孕む風景の豊かさにうっとりとしてしまう。空にむかって差しこまれる橋桁のように、私の中にも空に向かって差しこむ何かがあったのだろう。とても感覚を研ぎ澄ましていなければ、外部事象と心象はここまで親しく響き合わないにちがいない。

 一方で作者は語りの達人でもある。エッセイ集「三度のめしより」はその真骨頂だった。本詩集には掌編小説を思わせる4編の作品が収められている。
 「水の中の用意された一日」は、末期乳癌で余命宣告された今日子の物語。自分にうり二つの写真の免許証を拾得した彼女は、免許証の持ち主が14年前の高校時代に溺れさせようとした星川さんに会いにいく。

   「十四年前の水が今もこぼれるという耳を見せてください」
   息を深く吸って今日子はいった
   星川さんは一瞬大きく目をみひらいたあと 長い髪を夕焼けた空に流した
   ふくよかな耳から 生温かい水が流れ出るのが見えた

 雑誌「すばる」に小説を発表したこともある作者の語り口は巧みで、詩と小説の境界を越えた地点に成立した作品となっている。

 「窓」「サシバ」については詩誌発表時に感想を書いている。
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