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詩集「幻視境」  樋口武二  (2017/06)  書肆山住

2017-07-12 22:20:14 | 詩集
 第9詩集。117頁に29編の散文詩を収める。
 作者自身があとがきで「作品が〈物語〉に引っ張られてしまいました」といっているように、ここにあるのは徹底的に語ろうとする意識である。その語りで伝えられる物語によって、ここではない別の場所を創り出そうとする欲求である。

たとえば「秋になったら、」は、私が二十歳まで暮らした集落についての語りである。還暦を過ぎてから、私は誰もいなくなったその集落に戻ってきたのである。そこには「夢のような風景」が昔のままにあり、「あらゆることが、逆さまに暮れていった」のである。そして死んだはずのS子が散歩している姿も見えるのである。

   秋が待ち遠しく感じられて仕方がないのだ あんがい私は、S子と暮ら
   しているのかもしれないと、と思うことだってある。いや、この私だっ
   て既に、

 もちろんこれは「浅い朝の夢」なのかもしれない。語られることはその人だけのものであるだろうし、語り部が夢人なのか、死人なのか、それを確かめることは他者にはできない。

 このようにこの詩集で語られている物語には現実世界の描写はひとつもない。それは伝承でもあるし、夢でもあるし、妄想でもある。3つの章に分けられているのだが、そのタイトルは「Ⅰ章 物語が流れ出して、」「Ⅱ章 日常を濡らしていくものたちに、」とあり、ついには「Ⅲ章 現が、次第に変えられていく」となるのである。

 「公園で待っていて、」は、「逢いたい、という手紙を貰っ」て出かけた私の物語である。公園には誰も現れず、ベンチでの仮眠の後に歩きだした私を女が追いかけてくる足音だけがするのである。そして公園の階段を下りると女が立っていて、「じゃ、出かけましょう、と私の手を引こうと」するのである。

   このままでは駄目だと、と、頭はしきりに合図を送ってきたのだが、足だ
   けは、いや身体もだが、女の傍らへと、引かれる様に近づいて、そろそろ
   と歩き出そうとしていたのである。

 仮眠は異界との境界の扉であり、そもそもは心当たりのない手紙に応えたときから私は女に導かれて出かけることを望んでいたのだろう。この物語だけを残して。
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