瀬崎祐の本棚

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詩集「帰、去来」  陶原葵  (2017/04)  思潮社

2017-06-13 20:48:03 | 詩集
 第3詩集か。97頁に17編を収める。
 この詩集について何かを書こうとするときに、はたと手が止まってしまう。とても感想が書きにくいのだ。何かを見つめようとすると、それまでの視点が異なる方向へ誘うようなのだ。何が書かれているのか(何が書かれようとしたのか)がとても判りにくいのだ。
 たとえば冒頭の「岸」では、ひとりの媼が皿をならべている。

   火に押しやろうとしても
   むこうですきまに指をはさみこみ
   窓のない部屋に何日いられるか、
   試す眼で見返す

 不思議な展開をみせるのだが、ここには記載されていない必然性のようなものも感じられて、その判らなさが面白い。いろいろなことを想起させてくれる。この作品の後半のあたりは、

   縦に掘れば見つかるかもしれないが
   あまりの唐突な隠れかたに
   枝という枝から 芽が吹き出していて

   (記憶に時効は ないのだよ)

 これらの記述に加えて、他の作品では行頭の高さはさまざまに揺れたりもする。そして話者に語りかけてくる声も挟み込まれてくる。詩集タイトルにもなっている作品「帰、去来」は5章からなり、これらのことが縦横無尽に展開される。

   腕の中にぐったりとしているもの

    (闇を一心にひきうけて
       口呼吸しかできないでいるもの

      (――置き去りにしていたのではなかった
        記憶の毒をすいとってくれたいのちを

 捉えようがないものを、それでもていねいに書きとめようとしているようだ。それは形にはならない感情の断片を拾い集めて、作者自身がどのような形になるのか、訝しみながら言葉をならべているようなことなのかもしれない。
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