泰山の山仲間達★ブログ版

周南山の会別館です。
平成2年結成以来22年となります。
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2006年夢の中

2012-10-15 17:08:14 | 山登り
夏季研修会8月
寂地山キノコ狩り
五葉岳5月
やまんば食堂忘年会









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再び挑戦です

2012-10-15 16:53:14 | 山登り
2006年からの画像を追加します。
2006年1月盛太ヶ岳
2月石城山、3月霜降山






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周南山の会アーカイブス<2005~2006ネパールトレッキング紀行>

2012-05-03 09:52:44 | 山登り
ネパールトレッキング紀行
期 間  2002年12月20日~2003年1月5日
場 所  ネパール アンナプルナ地域

12/19 熊毛→関空
 14:00 出発
 14:30 大河内駅着
 14:56 徳山駅着
 15:26 新幹線乗車

 家を一歩出た時から旅は始まるという。今回の旅行は2年半の間、計画したものだ。玄関を出たところで、この旅の半分は終了したのかもしれない。1月6日この道を元気に歩いていることを希望する。
 大河内駅まで1.2km。約30kgの荷物を持っているため、2号線を走って横断することはできない。遠回りになるが地下道を利用する。おかげで、新幹線で飲むビールか美味い。

 17:30 新大阪駅着
 大阪駅へ向かい、環状線内回りの関空快速に乗り込む。荷物が重いため階段の上り下りがつらい。

 19:05 関空着
 夕食に鯛釜飯定食を食べる。しばらくの間日本食ともお別れである。そう思うとより一層美味く感じる。家に電話をかけ、しばらく連絡ができないことを伝える。なんせトレッキング中の村々は電話のないところが多い。

 23:10 搭乗手続き開始
 ガソリンコンロがX線検査にかかって、メインザック内の荷物を全て検査された。絶妙なバランスでパッキングしていたため、再パッキングに20分を要した。
 さらに、機内持ち込みの荷物検査で、三脚がチェックされ再検査された。度重なる再検査で動揺したのか出国税関の場所がわからず、係員に聞くはめになった。やっとの思いで出国し、電車に乗って出発ゲートへ向かう。
 2001年7月から日本人は、入出国カードが不要になっていた。全く知らなかった。

12/20 関空→カトマンズ
 1:25 関空発 TG627
 5:50 タイ空港着
 トランジットのゲートを探す。20年前、タイ空港に来た記憶が少し戻る。しかし、現在では、ボーディングティケットはいらないようだ。

 10:30 タイ空港発 TG319
 いよいよネパールへ行く。どんな国だろうか?ビザの取得はうまくいくだろうか?期待と不安とが交錯する。

 13:30 カトマンズ着
 ビザ取得の際、$30を準備したが、日本円で支払えとのことであった。話が違うのではないかと思ったが、4000円支払い入国した。後日、係官によっては、自国の金でビザ代金を支払えと言うこともあることがわかった。
 空港で、ユニーク・アドベンチャー㈱のハリ氏と会い、車で会社へ向かう。
 カトマンズはすごい。戦後間もない頃の日本のようだ。13年前、桂林に行ったがその下町と同じような光景が延々と続いている。ただ、車の数は多い。しかし、走っている車は30年前のカローラなどがあり、タイムスリップした感覚になる。そして、黒い排気ガスを撒き散らしクラクションを鳴らす車がやたら多い。

 15:00 ユニーク・アドベンチャー㈱にて
 トレッキング代金($25/日)、飛行機代、ポカラとカトマンズでのホテル代など$521を支払った。また、カトマンズでの市内観光を、お願いしたため$40追加した。
 ここで、ガイドのドゥルバ君とポーターのラムサラン君を紹介された。2人とも若く、好青年のように見えた。
 その後、ドゥルバ君と夕食をとった。チキンと水牛のモモ、サンミンガルビールを注文した。モモは、日本の餃子と似ておりなかなか美味い。また、ビールも発泡酒よりかなりいける。

 19:00 ホテルにて
 ホテルの中庭でサンミンガルビールを飲む。日本より暖かいため、寒さは気にならない。カトマンズで一番賑やかなタメルでも19:30にはシャッターを降ろす店が多い。ビール1本Rs140(\280)は、ネパールでは高い方だ。しかし、ほかの店が閉まっているのでは仕方ない。
 ユニークの事務所で、道中マオイストに会ったら、自分の責任で対処し、Rs3000渡すようにいわれた。ツーリストの命までは奪わないようだ。しかし、マオイストは山賊に近いと感じた。奪われたお金は入山料と思わないと仕方ない。財布に約Rs3000入れ、その他の金を解り難い場所に分散させる。
 ホテル室内の照明は暗い。蝋燭が置いてあるところを見ると、ネパールの電力事情は予想以上に悪いらしい。帰国用の衣服をホテルに預け、21:00就寝。

12/21 カトマンズ→ポカラ
 6:20 ホテルロビーにて
 ガイドのドゥルバ君とポーターのラムサラン君を待つが、待ち合わせの6:30になってもまだ現れない。6:50になって2人が姿を現した。7:00出発のバスに間に合うか心配であるが、「問題ないとのこと」であった。
 ツーリストバス出発場まで徒歩10分。日本のツーリストバスよりだいぶ古いバスに乗り込みポカラへ出発。

 9:30 途中、トースト、フライド・エッグ、ミルクティーで朝食。フライド・エッグ、ミルクティーはなかなか美味い。

 12:30 ヌードルスープで昼食。ヌードルスープは日本のインスタントラーメンとよく似ていた。
 途中、ネパール人が大勢集まっているところを通過した。何かと思えば、バスが崖から転落したらしい。夜にポカラからカトマンズへ向かうバスだったようだ。夜は、警察もいないし寒いので、運転手はよく酒を飲んで運転するそうだ。そして、転落事故を起こすことがたまにあるそうだ。信じられない。

 14:00 ポカラ着
 ホテルへ荷物を置いた後、ペア湖周辺をドゥルバ君と散策する。カトマンズより空気はきれいだし、暖かい。ポカラはリーゾート地で国内外からの観光客が多く、すぐに土産物を売りつけてくる。湖畔でサルクと言う名の鳥を多く見かけた。美しい声で鳴いていたのだ。ドゥルバ君に聞いてみると、この鳥は、調教によって人間の言葉を話すようになるとのことであった。
明日からトレッキングが始まる。夕食にホテルでダル・バートを食べ、21:30就寝。

12/22 ポカラ→ウレリ
7:30 ミルクティーをホテルで飲み、タクシーでナヤプルへ向かう。途中霧がでてきて視界が悪くなる。それでもタクシーは速度を落とすことなく走っていく。フロントガラスに霧が付着して前がほとんど見えない。霧の中から急に人の姿が見える。「危ない」と思った瞬間、人がタクシーを避けてくれた。タクシーの運転手は、窓を開け、フロントガラスを拭き始めた。その間も、スピードを落とす気配すらない。「速度はどれぐらいなのか?」スピードメーターを覗くと、全く作動していなかった。

8:30 ナヤプル着
道に立ち並ぶ小屋のような商店の脇を通り抜け、少し下る。15分後ビレダンティに到着。ネパール語でプルと言うのはつり橋を意味するそうだ。そういえば、ナヤプルには吊橋があった。

10:00 ビレダンティ発(約1070m)
朝食をとった後、出発。学校に行く小学生が多くいる。ネパールでは10:00~16:00が学校の時間だそうである。

11:40 スダメ 休憩。
ネパールティー(ミルクティー)を飲む。出発してから、まあまあのペースで歩いてきたが、ティルケドゥンガまでは、かなりあるようだ。11:50発。

12:40 ティルケドゥンガ(1577m)
ヌードルスープを食べる。そして、レモン水を飲む。レモン水はとても美味しい。後で解ったことだが、このロッジには、ラムサラン君の恋人がいるそうだ。しかし、この日は用事で彼女はいなかった。残念そうであった。
ガイドブックでは、ここまで、たいした登りではないと書いてあったが、緩やかな登りが、だらだら続き思っていたより苦しかった。ここから、今日の宿泊地であるウレリが、谷を挟んで500m上方に見える。13:30発

15:00 ウレリ着(約2050m)
ティルケドゥンガのロッジを出発して、約100m下がり吊り橋を渡る。ここからウレリへの登りが始まる。ウレリは、ネパール語で「登り」と言う意味らしい。今日中にウレリに着けば、明日の行程がずいぶん楽になるそうだ。
この登りはとても苦しい。先が見えない階段が延々と続く。天気は曇って、視界は良くないことも、苦しさを増加させる。
ウレリでは、発電機が壊れていたためホットシャワーがなかった。残念。このロッジの宿泊客は、私と日本人1人だけの2人であった。夕食にダルバートと高山病効くと言われたガーリックスープを飲んだ。

12/23 ウレリ→ゴレパニ
5:00に目が覚めるが、まだ暗いので再びシュラフの中で横になる。
6:00あたりが明るくなり、昨日見えなかったアンナプルナサウスが見えてきた。モルゲンロートで赤く染まった。感激。来て良かったと実感する。
8:30 ウレリ発
10:30 ナンゲダンティ着
ここまで、ウレリから休憩なしだった。レモン水を飲み休憩する。ここからゴレパニまで1.5hと書いてある。休憩したロッジの娘さんもなかなか可愛かった。聞くところによると、ラムサラン君は、ティルケドゥンガの娘さんを第1候補、ナンゲダンティの娘さんを第2候補にしているそうである。ちなみのにここより1h前にあったバンダンティのバンは、ネパール語で「森」と言う意味らしい。

12:00 ゴレパニ着(2853m)
今日は、3.5hの歩行だったが、昨日よりかなり疲れた。まだ、昨日の疲れが残っているのだろうか。午後も晴れていたので、シャツを洗い、シャワーを浴びた。シャワーの水は、かなり冷たかったが汗を流すことができ爽快な気分になった。
ゴレパニの「ゴレ」は、滝を意味し、「パニ」は水を意味すると言うことであった。
ロッジの宿泊客は、私1人だけだった。マオイストの関係でツーリストがかなり減少しているそうである。ゴレパニの下村に泊まったため、山の風景は全く望めない。

12/24 ゴレパニ→タダパニ
5:00 起床
5:30 プーンヒルへ向かう。
かなり寒い。月に暈がかかっていたので、天気が良くないことが解った。プーンヒルへの登りはかなり苦しい。空身で1時間がやっとのところ。

6:30 プーンヒル着(3198m)
やはり曇って視界が悪い。時折、雲間からアンナプルナサウスが見えるだけだった。西方向のタウラギリは、曇って全く見えなかった。ABCで天気がよいことを期待する。

7:00 プーンヒル発
7:30 ゴレパニ着
8:00 朝食。  9:00ゴレパニ発
10:55 デオラリ着(約3150m) クッキーとミルクティーで暖をとり休憩。11:15発
12:10 バンダンティー着(約2850m)
到着10分前からみぞれが降り始めた。これからタダパニまで2h程度。昼食後ゆっくり休んで、雪が止んだ頃出発することにした。13:50バンダンティー発

ここから、タダパニへの登りが始まるかと思ったら、更に15分程度下がった。小川を渡り、ここから急登が始まる。標高が2,800~3,000mあるのに樹木が大きい。特にしゃくなげは屋久島の10倍ぐらいの大きさ(10m程度)のものもある。その他の針葉樹も大きい。何の木か解らないが、この針葉樹の実は食べられるとドゥルバは言っていた。
この急登も長くは続かず、1時間後にはタダパニへ到着する。みぞれも止み濡れずに済んだ。途中、ウレリの村が遠くに見える。

14:50 タダパニ着(2721m)
タダパニは宿泊客が多い。日本人は私1人だったが、インド、アメリカ、ヨーロッパ、香港の人々8人程度いた。昨日は私だけだったので、特に部屋に鍵をかける必要も無かった。しかし、今日は気を引き締める必要がある。盗まれてからでは遅い。
ウレリ、ゴレパニは電気があったが、ここには無い。部屋の明かりは蝋燭、食堂はランタンだ。でも、ネパール式のコタツ(テーブルの下にストーブが置き毛布を被せてある)があり暖かい。
ウレリで昨日マオイストが宿泊したロッジに来て、Rs200盗って行ったそうである。日程がずれていたらと思うと、ゾットする。明日は、チョムロンより1つ先の村であるシヌワに行った方がよいとのこと。21:00にはシュラフに入った。

12/25 タダパニ→シヌワ
6:30 起床
マチャプチャレ、アンナプルナサウスがきれいに見える。天気が回復した。景色を長い間見ていたため、出発の時間が少し遅れた。

7:45 タダパニ発
タダパニから1時間20分下る。約900m下りそこから登りが始まる。
9:40 ドゥルジュン着(約1900m)ここで10分休憩する。
11:00 チョムロン着(1951m)
トレッキングパーミットにスタンプを押してもらい、昼食にする。

12:00 チョムロン発
チョムロンから約400mの下りが続く。途中雨がふってきたので、ロッジにて雨宿り。午前中は、快晴なのだがどうも午後から天気が崩れるのが今ごろの特徴なのだろうか。連日同じような天気が続いている。

12:30 雨も小降りになったので、再び出発する。12:45チョムロンの最下部に到着。これからシヌワまで500m以上の登りが始まる。

14:00 シヌワ上部のロッジに到着(約2300m)
曇りでヒマラヤの山々は見ることができない。今まで多くのアップダウンを繰り返してきたため、最後のこの登りは、かなりきつかった。まさに「死ぬわ」であった。ちなみに、シヌワの地名は、「シシヌ」と言うシソ似た植物が多いことに由来しているそうだ。「シシヌ」は、スープなどに入れて食用になるとのことであるが、葉にタラのような刺が生えている。昔、イギリスのトレッカーが、トイレットペーパーの代用として使ったところ、お尻がひどい状態になったそうである。
シヌワのロッジにグルン族の男性が働いていた。14歳に家を出て、10年間帰っていないそうである。夜、ロキシーをご馳走になり、おもしろい体験談に一同大爆笑した。

12/26 シヌワ→デウラリ
6:30 起床
天気は快晴。ヒンチュリー、マチャプチャレがはっきり見える。その美しさに、時を経つのを忘れてしまう。
8:45 シヌワ発

10:10 バンブー着(2190m)
バンブーまで初めは、小さなアップダウンが続くが、後半大きく下る。帰り道これを登るかと思うとゾットする。

11:30 ドバン着(2606m)
バンブーから緩やかなのぼりが続く。ちょうど横尾から本谷橋に行くような登りである。木々の合間からマチャプチャレが見え、最高の気分。気温は17℃程度ありとても暖かい。
ドバンにて昼食をとる。ここで一句。「マチャプチャレ 天にそびえる 尾ビレかな」
12:20 ドバン発
13:40 ヒマラヤホテル着(2873m)
ドバンを出発した頃から雲が少し出てきた。今日も午後から雨が降るのだろうか。ヒマラヤホテルに着いたときには、ガスのため何も見えない。ここまで、左からの沢を渡ると短いながら急登になっていた。ガイドブックの通りである。あったかいミルクティーがとても美味しい。14:00ヒマラヤホテル発

かなりの急登が続く。周囲は霧で何も見えないが、吐息だけがやたら白い。ドゥルバ君に荷物を持ってもらう。ありがたい。少しペースが上がった。

15:00 デウラリ着(3231m)
やっと着いた。デウラリとマチャプチャレベースキャンプ(MBC)との間は、雪崩によって毎年何人か死んでいるそうである。ドゥルバ君は、もし雪が降っても凍結して雪崩が起きにくい午前中にここを通過したかったようだ。そのためには、何としても今日中にここまで来る必要があったのだ。

12/29 デウラリ→ABC
0:30に目が覚めるが、シュラフの中でうとうととする。隣のNZのカップルがなにやらいちゃついている。
6:30外へ出ると快晴で、昨日見られなかった風景が姿をあらわしていた。

9:00 デウラリ発
今日中にアンナプルナベースキャンプ(ABC)まで行くとドゥルバ君は言うが、高山病が心配である。
「ネパール人が高山病に効くというガーリックスープを、毎日飲み続けたということ」、「昨日は雪が少ししか降らなかったこと」、また、「明日は大雪が降るかもしれない」ということを考え、可能であればABCに向かうことにした。

11:00 MBC着(3703m)
3500m付近から、ドゥルバ君に荷物を持ってもらう。モディコーラ対岸の岩陰に隠れていたマチャプチャレが少しずつ姿を現す。正面にはガンガプルナの白い峰が目に痛い。日差しか高山病のためか解らないが、軽い目まいを感じ始めたので、サングラスをかける。
ここで、昼食。ガーリックスープとフライドライス(焼きめし)を食べる。

 12:50 MBC出発。
積雪量は2~3cmで少なく、急な登りも無いので歩きやすい。正面にアンナプルナⅢが見えるはずだが、雲に隠れている。とにかく息が切れる。少し歩いては立ち止って呼吸を整える。空気が薄いせいだろう。平坦な道を歩いているのに息が切れることに腹立たしさを感じる。
雲が風に飛ばされ数分間青空が広がった。周囲の山々が全て姿を現した。すごい。長い間、ここに来ることを考えていた。アンナプルナサンクチュアリの山々が私を出迎えたとでもいうのだろうか。感激で目頭が熱くなった。

14:30 ABC着(4130m)
高度計はすでに測定限界を越えていた。やっと来た。感激。達成感と虚脱感そして安堵の気持ちが交錯した複雑な心境になる。


12/28 ABC→ドバン
 5:00 目を覚ますが、辺りはまだ暗い。6:30までシュラフの中にいる。
 天気快晴。シュラフから出ると、ロッジの室内でも異常な寒さを感じた。ザックの中に入れていたペットボトルの水が、完全に凍っていた。今まで経験したことがない寒さである。
 カメラを持って外に出た。風はほとんどないが、寒気のため顔が痛い。アンナプルナⅠやサウスが、紫紺の空の中、淡い赤色で光っている。息を切らしながら、サイドモレーンに登る。興奮してフィルムを持ってくるのを忘れた。今からロッジに戻っていたら時間がない。カメラに残っている12枚で写真を撮ることにする。アンナプルナⅠが、ますます赤くなっていく。あまりの美しさにシャッターを切ることを忘れるぐらいだ。
 フィルムを撮りきったところで、ロッジに帰る。積雪2.5cm。雲は全くない。朝食前、ドゥルバ君とラムサラン君とでもう1度サイドモレーンに上がり、記念撮影。ほんとに来て良かったと実感する。ただ、昨日MBC付近から、歯が痛い。気圧が下がったせいだろう。

 9:00 ABC発
 アンナプルナサウスを背に、後ろ髪を引かれる思いでABCを後にする。

 10:00 MBC通過
 カモシカをデウラリの手前で見つけた。近くによってもなかなか逃げようとしない。よく見ると、50m離れた崖に2匹の子供がいた。注意を子供からそらすため逃げなかったのだろう。

 11:20 デウラリ着
 少し早いが、昼食をとる。ヌードルスープを注文し、できるだけ痛い歯を使わないようにする。11:50デウラリ発。

 12:40 ヒマラヤホテル通過
 13:40 ドバン着
 途中2回スリップした。雪はヒマラヤホテルまでで、それより下はなかった。しかし、雪はABC~MBCよりデウラリ~ヒマラヤホテルの方が多かった。
 ドバンに着いたところで雨が降ってきたので、バンブーまでの予定を、ドバン泊まりにした。また、予定より2日も早いため途中、ガンドルンに行くことにした。
 歯が痛いため、オーストラリアから来ていた医師に薬をもらった。

12/29 ドバン→ジヌー
 3:00 歯の痛みで目が覚める。鏡で見るとかなり腫れている。抗生剤を飲み再び眠る。
 7:00 起床 
 朝から雲が低く立ちこめている。気温は低くないが、やはり少し寒い。昨晩もらった薬はあまり効果がなかった。帰国まで痛み止めに頼るしかない。
 しかし、今日の天気は良くない。歯の痛みと重なって憂鬱な気分になる。

 8:45 ドバン発
 9:20 バンブー通過
 11:00 シヌワ着
 バンブーの登りはあまり苦しくなかった。きっと高所を歩いて体がなれていたせいだろう。歯の痛みが徐々にやわらいできた。気圧のためか薬のためか分からないが、気分がよい。雨も降っていない。
 シヌワで日本人カップルに会い、話をする。久しぶりの日本語だった。その後このカップルのガイドを含め、4人でジヌーまで歩くことになった。カップルは、はるか後方を歩いている。このガイドもカップルと歩くのは辛いのだろう。
 
 11:20 シヌワ発
 チョムロンコーラまで下がって、400mの登りが始まる。

 12:50 チョムロン着 昼食。腫れはあるが、歯の痛みはほとんど感じない。
 14:10 チョムロン発 トレッキングパーミットにスタンプを押してもらうため、オフィスに出向くが、係員がいなかった。ドゥルバに聞くと国立の係員は怠け者が多いとのことであった。結局、スタンプなしで通過した。ここから、ジヌーへの下りが始まる。

 15:20 ジヌー着(約1730m)
 とても暖かい。ポインセチア(ネパール語でラルパテ)の花が咲いている。ロッジから20分下ったところに温泉がある。当然帰りは40分の登りだ。天気も午後から回復し、日差しが出てきた。水着、タオル、石鹸を持ってさっそく温泉へ向かう。日本人カップルは、疲れ切って温泉に行く元気はなかった。
 ロッジの女将さんは、なかなかの美人。ガイド達に人気があるそうだ。日本人カップルのガイドに、ラム酒とピザをご馳走になった。どうやらカップルにやきもちを焼いているようだった。

12/30 ジヌー→ガンドルン
 6:00 起床
 9:00 ジヌー発
 ジヌーを出発して、約30分下がる。ここで、日本人カップルと別れる。
 11:00 ガンドルンへの登りが始まった。途中、マオイストを偽った盗賊がガンドルンで捕まったと言う知らせを聞く。ガンドルンへの登りは、けっこうきつい。
 
 12:10 ガンドルン着(2035m)
 ガンドルンは、この辺りでは最も大きい村らしい。そのため、家畜の糞も多い。ロッジに着くと、盗賊が木に縛られ集団リンチを受けていた。日本では信じがたい光景だ。20才くらいの若者で、ニューブリッジで無銭飲食をして、ガンドルンでマオイストと偽って、Rs7万だまし取ろうとしたそうである。リンチによって、足の骨を3本も折られ、ポカラの警察へロバでつれていくそうである。
 午後、ガンドルンの高校で行われていた、バスケットボール、バレーボールの地区大会を見学に行く。各村の代表選手らしく、ギャラリーも大勢いた。

12/31 ガンドルン→トルカ
 6:30 起床
 曇っている。かろうじて、ヒンチュリーのピークが見える。日本人女性2人に山の名前を教えてあげた。彼女たちは、ここに2泊するとのことであった。明日は晴れることを、願う。
 8:45 ガンドルン発
約1時間ひたすら下がる。途中、学校へ向かう高校生や中学生に会う。彼らは毎日この急坂を歩いているのだ。体力がつくはずだ。

 9:45 キュウミ着(約1315m) モディコーラ河畔のキュウミと言う村に着く。ここからランドルンまで、約300mの登りが始まる。
 10:40 ランドルン着(1630m)
 ランドルンへの登りは急だが、距離が短いためそんなに苦しくない。ロッジにてミルクティーを飲み出発。
 11:15 ランドルン発
 12:00 トルカ着(約1780m)
 ランドルンからほぼ水平な道が続くが、トルカ手前に吊り橋があり、これを渡って、50m程度の登りがある。ランドルンから1時間程度で行程が普通だろう。雨が降りそうなので、少し急いだ。
 トルカに着いてから、本格的な雨になる。夕方には、雨がみぞれに変わり、標高の低い山々も白くなっていた。
 ロッジで、オーストラリア人と日本人の夫婦がやって来た。日本人の奥さんは、ネパールの大学に留学経験があり、ネパール語がかなり話せる。また、夫も日本語が、少しできた。彼らのガイドに、「ネパール人でも高所へ上がれば、歯が痛くなる。」、「ABCへのトレッキングは、雪崩のため毎年3人は必ず死んでいる。これは、ギャランティーである。」、「ランタンのロッジは、数年に1回はタイ航空機が墜落するので、食器類は全てタイ航空の物を使っている」、「ポカラ~カトマンズの航空機も毎年1回は、必ず落ちており、これもギャランティーだ。」等のことをと聞いた。ここで、「ポカラ~カトマンズの飛行機は今年すでに落ちたか」聞くと、皆大笑いになった。なぜなら、私もその便を使うからだ。
 
1/1 トルカ→ダンプス
 6:30 起床。天気曇り。
 朝食に、雑煮としるこを食べる。しるこは、ドゥルバに好評であった。
 雑煮を食べながら、日本の家族のことを思い出す。
 8:45 トルカ発
 9:20 デウラリへの登りが始まる。ここまで水平な道だったが、ここから登りになる。
 9:30 ベリカルカ通過
 ベリカルカは、小さな村で古いロッジが2軒しかない。はじめはここに宿泊しようと考えていたが、ロッジを見て、「しなくて良かった」と思った。ガイドブックだけでは、全く解らないことだ。
 デウラリへの登りは、ランドルンへの登りと比べると、緩いためかなり楽である。しかし、今日は3時間の行程だ。急ぐ必要もないので、途中のロッジでミルクティーを飲みゆっくり(ビスターレ)行く。昨日降った雪が、5~6cm積もっている。気温が上がってきたため、木々に積もった雪が、「ボタボタ」と落ちてくる。ラムサラン君が、はしゃいで落ちる雪をかわしながら登っていく。「ABCより凄いぞ」と言い、皆大笑いとなった。

 10:30 デウラリ着。デウラリから、南斜面を下ることになるため、雪は無かった。

 11:20 ポタナ着(約1980m) 昼食。
 雪が溶けて、道が泥状になり滑って歩きづらい。天候は回復し、日差しが暖かい。デウラリ~ポタナで、十数人の日本人のキャンプトレッカーに出会った。平均年齢55才位で、一番若い者でも、私と同じ年齢ぐらいだ。「フェディー…ダンプス…ランドルン…シャウレバザール…ナヤプル」の4泊5日コースらしい。
 13:00 ポタナ発

 13:40 ダンプス着(約1730m)
 ポタナ、ダンプス間は、雪もなく歩きやすかった。
 最近、ダンプスまでタクシーが来るようになったらしい。しかし、車道らしき道は無い。ドゥルバ君に聞くと、ロッジ前の農道がどうもその道のようだった。
 16:00 ロッジのレストランで、土産の計画を考えていると、マチャプチャレや、アンナプルナの山々が、夕日に染まり始めていた。今まで、午後は天候が悪かったため、赤く染まったマチャプチャレを見ることができなかった。
 その美しさに感激する。来たときよりも、山々の低いところまで、雪で白くなっていた。

1/2 ダンプス→ポカラ
 4:00 目が覚める。空を見ると満点の星空。こんなに星が多い空は始めてみた。
 6:30 起床。快晴。
 マチャプチャレ、アンナプルナサウス、ヒンチュリー、ランジュン、ブッダピーク全ての山々が、よく見える。

 9:00 ダンプス発
 10:20 フェディー着 タクシーを待つこと約30分 Rs500でポカラへ向かう。
 10:50 ポカラ着

 ドゥルバ君とラムサラン君は、その日の内に、カトマンズへ向かうバスに乗り、彼らと別れた。まず、ホットシャワーを浴び、レイクサイドを散策する。モーンスーン・カフェと言うレストランに入り、アイスティーを飲む。天気が良く、暑いぐらいだ。
 散歩している間、土産の売り込みが激しい。「マライ チャヒンダイナ。(私は、要りません)」と言っても、「ラムロ チャ」(上手ですね)と言って売り込んでくる。「全ての日本人が、あなた達が考える程裕福でないのに。」と思いつつ足早に逃げる。
 ガンドルンで、会ったオランダ人と彼のポータに出会い、握手を交わす。山仲間に国境は無いと感じた。今日の夕食は中華料理にしようと決めレストランを探していると、ドバンで出会った、ニュージーランドの4人家族と会い、「今日のディナーを一緒にしないか」と誘われた。トレッキングが終わり、一人でホッとしたかったが、「一人の食事はいつでもできる。ここで経験しなければ、いつできる。」と考え、ディナーを共にすることにした。しかし、英語の下手な私にとって、緊張の時間がまだ続く。17:15に待ち合わせ、彼らと別れる。家族連れということもあって、酒は期待できないと思い、スーパーでジン1本と、水1㍑、ポテトチップスを購入した。Rs225だった。ポテトチップスがRs110と高いので驚いた。
 ディナーは、メキシコ料理になったが、なかなか美味かった。アラン(父)、ジェーン(母)、アンドリュー(息子 高校1)、エリザベス(娘 高校3)とかたことの英語でも、楽しい一時を過ごせた。
 ホテルに帰り、バーでサンミンガルビール1本を一気に飲み干し、ホッとする。「ミトチャ(美味い)」と言うと、飲みっぷりが良かったのか解らないが、バーテンダーが、愛想良くなりRs140のビールをRs120にまけてくれた。

 21:30 ホテルにて
 帰国は、3日後。2年半の計画も終わりに近づいている。まだ、緊張しておかなければならないという気持ちはあるが、とても寂しい気持ちになる。


1/3 ポカラ→カトマンズ
 6:30 起床 快晴
 8:30 ホテルのレストランにて朝食。ミルクティーと持参したカロリーメイト。
 とてものんびりとした朝だ。共同の水場で、洗顔する人々。学校へ向かう子供達。彼らにとって、何も変わりない一日が始まろうとしている。その後、ペア湖周辺を散策。マチャプチャレに別れを告げた。

 10:15 タクシーにてホテル発
 空港に入る時、警察にチッケトを見せなければならなかった。
 コスミックエアーのカウンターへ行き、荷物の計量と空港使用料のRs165を支払う。重量は18kgであった。60kg以上は積み込めない。次に、チッケトを係員に見せる。出発が1月4日になっているため手続きに少し手間取る。しかし、「11:20のフライトであれば、今日の便でもよいと、旅行代理店に告げられた」と言うとokになった。それから、荷物のチェック。他の観光客やトレッカーは、スーツケースやザックの中を調べられたのに、兵士に「衣類、ダウンジャケット、レインウエアー ステッキ」と言うと、中身を検査しないで通過できた。きっとシャツの臭いで、「こいつは、とレッカーに間違いない」思われたためだろう。なんせ、12月23日から10日以上洗っていない。
 そして、機内に持ち込む荷物の検査。これもカメラだけだったので、すんなりと通過できた。
 始発便は9:20であったが、まだ出発していないとのことだった。また、11:20のフライトも12:10頃になると告げられた。この時期、カトマンズは霧が発生するため、これが晴れないと国内線は運行されない。
 10:30 始発便が出発した。空港の待合室は、日本人が7割程度と多い。隣の男性は、今日の13:50発のタイ航空で帰国の予定だった。始発便に乗る予定が、11:20の便に廻されたため、間に合うか気をもんでいた。
 13:10やっと出発できた。今日帰国予定の男性は、帰国を諦めたようであった。国内線を使って、カトマンズへ向かいその日に出国する日程は無理があると思った。
 
 13:45 カトマンズ空港着。ハリ氏に会い、事務所へ行く。
 15:30 ドゥルバと共に、ショール、ククリ、紅茶、アンモナイトを購入。ドゥルバ君は値切るのが上手い。
 18:00 ドゥルバ君、ラムサラン君と共に、夕食。ラムサランは、まだ日本食を食べたことがないらしく、この機会にぜひ食べたいということであった。そこで、桃太郎というタメル内の日本食レストランに行く。ドゥルバ君は八宝菜定食、ラムサラン君はマーボー豆腐定食、私は、天ぷら、鶏の照り焼き、豚カツ、おにぎり、ビール2本を注文し皆で食べることにした。ヒンドゥー教徒は、他人の箸が付いた食べ物は決して口にしないので、取り箸を付けてもらった。そして、日本のレストランより美味かったので驚いた。また、3人の食事代がRs1050と安いのでさらに驚いた。ラムサラン君とは、帰国まで会えないので、ここでチップ(\2000+Rs500)を手渡す。
 その後、ドゥルバ君に連れられ、ネパールのパブへ行った。この店では、客が女性歌手(若くてかなり美人)へ質問したいことをカードに書き、これを男性歌手が歌にして語る。そして、女性歌手は直ぐに歌い返す。と言う仕組みなっているそうだ。
 例えば「あなたが独身なら、私と結婚してくれないか?」と言う質問に「今は独身よ。でも、前の夫の子供が3人いるけど大丈夫?」と言った具合である。また、この歌に合わせて客は踊る、とても陽気なパブだった。
 我々のテーブルに、2人のネパール人が座ってきた。酒に酔っているためか、日本人の悪口をかなり言っておるようであった。ドゥルバは、しきりにその2人と日本について話しているようであった。ビール2本を飲み、23:00ホテルに帰った。


1/4 カトマンズ
 6:00 起床
 9:00 カトマンズ市内観光を始める。
 ガイドのサッケさんは、仏教徒ということであった。日本語ができるということであったが、ドゥルバ君の方がだいぶ上手だった。
 スワヤンブナート(モンキーテンプル)という仏教寺院、パタン(旧王宮跡)のゴールデンテンプルという仏教寺院、パシュパミナートというヒンドゥー教最大の寺院、ボダナートという仏教寺院という順で見学した。
 ガイドが仏教徒だったためか、仏教寺院が多かった。しかし、日本の寺院とかなり異なり興味深かった。また、ヒンドゥー教は、火葬後の灰を川に流す。パシュパミナートでは2体火葬が行われていた。そして、初めてシバリンガを見た。

 13:00 昼食
 キング通りのナングローというレストランで、ダルバートを食べた。このレストランは、巨大なマングローブの木陰に造られており、トロピカル雰囲気漂う洒落た所であった。
 外国人観光客や、ネパーリーギャルが多い。
 ガイドの宗教に関する話は耳に入らず、ガイドの後ろに座ったかわいいネパーリーギャルが気になった。色白で目はパッチリ、安達由美を100倍美しくしたような女の子だった。宗教の話が耳に入らなかったのは、日本語が上手く聞き取れなかったせいもある。誤解の無いよう願いたい。
 
 14:20 ホテル着
 ドゥルバ君のバイクに乗り、カーペットと買うため再びパタンへ行く。タメルはカトマンズ内で、最も物価が高い地域らしい。Rs2500をRs2300に値切って購入。

 18:00 ハリ氏と夕食を共にすることになっていたが、仕事の都合で来られない。朝食を一緒にとることになった。

 18:20 ドゥルバ君が食事を誘いに来た。ドゥルバ君の従兄弟がいるサッカーパブへ行く。この場で、ケシャリ氏とハリ氏が仲良くないこと、また、これ以上自分も同じ会社でやっていく気がないことを聞かされた。
 ドゥルバ君は、いい人間だ。素直に心を開いてくれる。また、ガイドの能力も高い。今度ネパールに来るときもまた、ドゥルバ君に会いたい。

 21:30 ホテルにて
 長いようで短かった16日間だった。ウレリの登りが辛かったことや、シヌワで笑いこけたこと、ABCの美しい眺め、ドゥルバ君とラムサラン君の素直な笑顔。良い思い出だけが、蘇ってくる。ネパールに感謝したい。

1/5 カトマンズ→バンコク
 5:00 起床
 TVを見るが、全く意味不明。7:00からパッキングを行う。
 8:30 ハリ氏と朝食。タメル内のパン屋へ行く。その後、ユニークの事務所へ行き、カトマンズの1日分のホテル代としてRs1400支払い、パスポート航空券を受け取り、ホテルへ帰る。
 ドゥルバへ君のチップ(Rs2000+$10)を準備した。Rs400余ったので、タメル内で子供達へ土産を買った。
 ユニークの事務所へ行きドゥルバ君を待っていると、家族への土産を持ってきてくれた。彼の心遣いに感激する。
 11:30 タクシーに乗り空港へ向かう。
 荷物のX線検査、空港使用料Rs1100の支払いを済ませた後、TGのカウンターへ向かい荷物を預ける。2階へ上がり、出国用紙に所定項目を記入した後、税関通過。そして、手荷物検査。すべて無事終了。

 13:50 搭乗開始
 14:10 離陸。カトマンズが盆地になっているため、着陸の時と同様に旋回しながら高度を上げていく。ヒマラヤの山々が遠くに見えている。
 ヒマラヤの山々よさようなら。また、会う日まで。

 
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周南山の会アーカイブス< 防長迷山 >

2012-05-03 09:45:55 | 山登り


お遊びのコーナーです。
登山に疲れた頃,見てやってください。
協力は,はちべえ,K隊長,gomenn,みたか大明神の各氏です。~防長迷山+県外~


1▲ 裸寒山(1109m)
  県内きっての山岳レクリエーションゾーンで、誰もが楽しめる山。夏のキャンプで暑いから裸で寝ていると、さすが1000m級の山だけに明け方は寒くなり,大風邪をひいた。この実体験の教訓が、山名の由来だとさ。整備された山だから、楽観山との別称もあるが、くれぐれも楽観は許されんのです。

2▲ すきじゃき山(437.4m)
少々、イバラやヤブを漕ぐと、ほうべん山が展望できる山頂は2人だけの世界で、愛の告白に絶好の山。しかし、道をまちがえて、手前の山で告白するとおとどい来いとひじ鉄を食らわされるので要注意。

3▲ 茶かす山(類山多し)
他人の話をまじめに聞かず、すきあれば駄洒落や冗談で答えようとする登山者が集う山。悲しいかな、つっこみばかりで、ぼけがいないため、会話が成立せず、静かな山行となる。概ね、中世山城か古墳の山である。

4▲ 黒爺山(716.6m)
この山の山頂で写真を撮ると、どんな白髪の山男でも黒髪ふさふさに写るという山。他に中高年になって難関の試験に合格した爺に対して孫が言った苦労爺山という説もある。金色の熊に注意。

5▲ ゲッ山(713.3m)
登山口近くのお寺の山門に着くと、決まって迎えてくれる迷犬がいる。いつもえさをねだるので、
登山者が「ゲッ(また、おまえか)」と叫ぶのでこの名がある。実は愛嬌のある犬である。
(http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/5223/yama/gezan.html)車道でも登れるが鹿に会える遊歩道を登った方が良い。

6▲ 岩秘山(580.3m)
昔、長い間便秘に苦しんでいた山男が山頂でもよおし、岩のようなうん○を落とした。土をかけられたうん○は長い間に石化し、山頂の岩になった。岩の形成過程は長年不明だったが、□わからんのだ!さんによって、アザミが岳山頂の石化前のうん○が発見され、明らかになった。猿田彦の石碑が渋い山。

7▲ ダジヤ(レ)山(746.3m)
この山で下手な駄洒落をいってすべると、文字通り、渓谷に滑り落ち、命を落とすので初心者は登るのは止めた方がよい。しっかり、笑点の大喜利を見て、技術を高めてから登る方が良い。山頂からの展望はないが、沢登りファンには人気があるなど、人により、好き嫌いがはっきりしている山。

8▲ とらのこ山(393.8m)
なぜか、財布や自動車のキー等大事な物を落とす山。最近、林道が延長され、自然感が薄れてきた。

9▲ つるっぱげ山(129m)
以前、皆採されはげ山だったのでこの山名になったという。光市の初日の出の山であるというのも何らかの因縁か。今では森が復活しているが、一部では本当の山名はカツラヶ岳ではないかという意見もあるが、別の山。

10▲ 尿意ヶ岳
アッシも忘年会だった。ボーリングを2ラウンドやった後、飲み会となる。いい加減疲れたのに、一次会が延々と二時間半。それに隣がまたもや恐怖のうら若き女性。勘弁してほしいなあ。間が持てず、何度もトイレに行く。やれやれやっとお開きと思ったら、ワリカン要員で仕方なく二次会まで付き合わされる。カラオケの順番が回ってこないうちに、そっと抜け出す。しかし終電はとっくになく、タクシーでご帰還となった。

11▲ ニギタ岳(426m)
昔、内気な山男が彼女の手を握りたいばかりに、岩の多いこの山に登った。案の定、ロープの下がる岩場では彼女の手を握ることができた。男は何度も彼女と登ったが、2人の仲はそれ以上進まなかった。彼女を忘れられない男は同じ山を1日何回も登った。時は移り変わり、この山を何度も登ると御利益があると勘違いした山男たちでいつもにぎわっている。

12▲ ぎょうざ山(類山多し)
山の通がよく言う言葉に味のある山というのがあるが、数ある山のなかでも、最高級の山に属する山。その昔、餃子をつくるために幾多の者が厳しい修行をしたという。中でも最も難しい丸い餃子を円のぎょうざという。概ね、尖鋒が多い。

13▲ ぎょうざ嶽(151.8m)
これは串山連峰で山盛りの串料理で山の会の宴会をやるはずが、ぎょうざしかなかったときに山男が発した言葉が起源らしい。

14▲ 大暗ヶ岳(834.4m)
県内有数のマムシ山。夏にこの渓谷沿いの山道を登るといつマムシがでるか気になって気分が暗くなるし、三角点山頂はヤブの中でますます暗くなる。夏には登らないのが常識の山。

15▲ 火くれ岳(694.2m)
同じく、県内有数のマムシ山。なぜか、登山者に火をくれという男がよく出没するという。どうも、麓の某施設が少年向けの施設で全面禁煙であるため、関係者がたばこをすうためらしい。(もちろん、ほら)山頂は旧軍の監視所があっただけあって、展望は良い。

16▲ おばん岳(551.0m)
その昔、女人禁制の山が多かった時代、この山はおばん(中高年の女性)だけは登山が許されたという。時は移り変わり、今 ではどこの山もばばばかりである。家族向けならば、隣の田床山の方が良い。

17▲ 着地だけ/ご存知正真正銘の山口県最高峰
「さあ,いよいよ着地です。おそロシヤの恨みじーるソレンコフ,一周,二周,三周・・・見事着地しました。点数が出ました。あれ?5.0です。着地だけはウルトラC級でしたが,残念です。」のように使用します。

18▲ 大将軍さま/北朝鮮にある金正日の指定の山。
指定されれば,一生の生活は保障されると言う。日本の国立公園のようなものか。
ところで,わが婆たちは,北朝鮮に行ったら律動組,満足組,幸福組のどのグループに入れるだろうか。

19▲ うそもほうべん山/山口県で一番低い山(先週,山口・達也・山から頂だけが微かに見えた山である)。
突っ込まれて,困り果てたときに,とっさに出る言葉。

20▲ 昇天坊/下手付近の山
厳しい修行を放り投げ,戒律を破って,天国へ行ってしまったどうしようもない坊主がお経を唱えている山。戦時中,山頂に高射砲陣地があったそうだが,こちらも空撃ちだったらしい。意味分かる?

21▲ 勘弁岳/同じく下手付近の山
山に登り始めた頃,小高いピークがあり,これが頂上と間違えてがっかりすることもあった。

22▲ 四郎山/またまた下手付近の山で恐縮です
野口五郎山という日本アルプスにある山と同様に扱われたくて,五郎を四郎と改名したが誰にも見向きもされなっかったという伝説の山。

23▲ シラタキ山/白炊山とも書く。東西にあり登り応えのある山である。
先日,k隊長に熊ヶ山の山頂でのサザエのつぼ焼きに寄せ鍋(N寿氏が山頂鍋と命名)をご馳走していただいたが,次回のこれらの山頂での宴会のメニューはこれに決定。

24▲ お年賀状山/俺の牙城とも書く。これも東西にある。
東の山は,広島県に境を接し,途中ヤブ漕ぎを強いられる。依然登ったときに広島県側から来た人が「たった今熊を見た」と言っていた。西の山もキツイ勾配がある。竜王山への縦走はスタミナを消耗する。あんまりキツクヤブ漕ぎも厳しいので,早めに年賀状を出しておかないと,正月に間に合わないかもしれないと言う脅迫観念に襲われる。俺の牙城は次の次のだけ山と同様な意味である。

25▲ 来る損山/同じくこれも東西にある。
西の来る損山のふもとには有名になった茶屋がある。主は保坂似の二枚目である。東の方の頂上は登り切った場所ではなく,少し先に行った所。いずれも霊験新かな神聖な場所であり来る損などと失礼なことを称してはバチが当たるという。

26▲ だけ山/新市の周南市にある。
毎日一回,一年365日登山を欠かしたことがないY社の○○さんのお気に入りの山。他には登山者は少なく,半ば独占状態である。

27▲ 講座山
社会保険労務士だけに止まらず,資格取得を目指す人は一度参詣してみたらいかがでしょうか。ご利益があるかも。防府天満宮とセットすれば,更に倍増することうけおい。

28▲ 酔うたに山/着地さんの近く
「はあ注がんでもええーちゅうに。だいぶのんだけん,そろそろ帰ろうかの。よっこらショット。あれ?足がたたん。なしてかの?」「あんた,そら酔うたにー。」

29▲ とっさヶ峰/徳佐盆地を見下ろす勇壮な山。

最近神角コースが整備されたそうな。特に,雪が降った時がお勧めだそうだ。臨機応変に対処することが肝要。

31▲ アッショ路山/多分北海道(足寄)にあるはずです
   そういえば,gomennさんは時々,自分を「アッシ」と言う表現をしていますが,夕べその理由がやっと分かりました。そうだったのです。実は「アッシ」は「アッシー」の意味で,しばしば同居人をあちこちに送迎するので,私は運転手というメッセージを送っていたのです。お分かりにならない方はダツヤ山登山後の師匠の行動を読めば分かります。人を理解しようとする場合は,断片的な知識もつなぎ合わせる必要があります。

32▲ 一目散/大分県にある文豪富士の隣にある,ひとめやまとも言う。
   解釈は二通りあり,一目見たときに,いい山だから直ぐにでも登りたいと思うような山の場合と,全く逆に,えー,何?あんな山には私登りたくないという否定的な表現をする時にも使う。



~番外編~



膨腸迷山 投稿者:みたか大明神

▲1 下山(豊田町・菊川町713.3m)
:信仰の山で、信心が深くない人はどんなに登ろうとあがいても山頂に届かない不思議な山。K隊長もまだ山頂を踏んでいないらしい。新米が道迷いに気付いたときには時既に遅く往々にして関門トンネルの真っただ中にいる。

▲2 あっそうじ山(1263.3m)島根県日原町
:日頃はほったとくが、年末になると急に思い出したように登る人が増える。尾根続きに大箒山(1013.3m)があったが近年省みられずどこか所在不明。

▲3 オネン賀状山(619.6m豊浦町・下関市、1030.9m錦町・佐伯町)
:東と西に二つ投函口があり、まあいつでもいいやと思っているうちに年末になりあわてて登る。決して大きな古い印刷器や筆のせいにしてはいけない。その元がいかんのだ。さてぼちぼち、あっその前にカシミール使ってカモメールも書いとかなくちゃ。

▲4 ショウベン山(山口市710.8m)
:尿意ヶ岳の隣で縦走路の途中にあり展望はないがなぜかちょっと立ち止まる人が多い。

▲5 大小便(1022.1m錦町)
:上記の山の向こうに聳える山で、須川から大小お丸449mを経て林道から登るにつれて臭いが強くなり霧がどんなに濃くても地形図が読めないGPSも持ってない方向音痴のあんたを山頂まで正確に導いてくれる。

▲6 なかホーベン山(オジャマグチ市622m)
東と西のホーベン山の間の、これも縦走路の途中の一ピークにすぎない。ピークからごそごそとカヤトの中にしゃがむと山口市内と東鳳翩山頂が見え、時が経つのをうーん思わず忘れそう。ここで仲の良いお尻合いになる人も多い。今日のあっしはどうも腹の調子が悪い。

▲7 右田ヶ岳(426.0m)・右谷山(1233.9m)
:山口の県民性かどうもこっちの方向に行きたがる登山者が多い。特に防府市の人は山頂にタイムカードまで置いてちょる。

▲8 大臣ヶ岳(島根県匹見町1177m)
:痔民島議員に登りたいのが多い山である。この板の管理人も昨秋に登ろうとしたがワシがフーッと白い息を吹いたら後込みした。右田ヶ岳に千回詣でてから出直すか、ワシに大枚のお札を寄進すれば登らして進ぜよう。下関出身の安部御曹氏もそのうちに登るであろうな。

▲9 徳山(山口県)
:こんな便利で賑やかな山は県内には他にないぞな。ジングルベルの曲が流れ、夜ともなればクリスマスツリーが灯り、赤提灯からは中高年の登山者が出てきて、次の山行こーと叫びながら尿意ヶ岳・ようたに山と三々五々ヘッドランプなしで散っていく。さあー、今夜も突撃だー。(朝になったら消す)



~迷解登山用語辞典~

「GPS」
衛星で位置を調べてくれる機械。持っているだけで山行能力がアップしたように勘違いするが、実力がなく消化できないと下痢になることから G(ゲリ)P(ピー)S(システム)という。


「ひんやりハット」
夏場特に暑い時期に使用する。使用方法は,冷凍庫に一昼夜放り込み,よく冷えた状態で頭に被る。ただ,外では1時間は持たないから注意。アウトドアショップでも買えるが,最近は通信販売でもよく売れているという。割高になるが虫除けのネットが張られているのが人気だそうだ。労災事故を未然に防止するための,300-29-1の法則である「ヒヤリハット」からヒント得ているとは真っ赤なUSO。因みに300の小さい事故が重なれば,29の中規模の災害が発生し,1の重大事故(死亡等)が起きるというのが「ヒヤリハット」の法則。語源はヒヤリ,ハッ!と,である。これはホント。労働災害を未然に防止するため,小さな事故も見逃すなという労災防止教育方法の定番である。敢えてひんやりハットとヒヤリハットの共通点を探せば,防止と帽子,同じハットであった。

「テブラ」
何も荷物を持たず,殿様登山をすることをいう。ひ弱な旦那を庇って,ザックを持ってあげる力持ちの奥さんがいるが,やはり自分の弁当や飲み物くらいは持ってあがろう。オフィスの定番であるノートの背表紙やタイトルを効率的に作成することができる事務機「テプラ」とは似ても似つかぬもの。

「パソコン」
最近では,GPSにカシミール3D地図,これがないと登山はできないと言われるほど,パソコンでバーチャル登山をする人が増えているが,ここでは,パーソナリティ・コンプレックスの略。大まかに言えば,人間不信。心理学的に分析すれば,対人恐怖症の意。「おスズと里子」「がんばれ中高年」などの落書きを山口県のみならず中国山地から九州山地まであちこちの山に残し,善良な登山者の不信感をかっているココロない人間のこと。聞けば,恋する女性に振られた腹いせからこのような落書きをするように至ったとか。この病気を治すには,本人を拉致して素っ裸にし,その体に赤いペンキで「パソコン」という落書きをして反省を促すしかない。それでも治らないようであれば,裸寒山にでも追放して,山岳修験をさせるか。

K隊長殿,裸寒山と言う山迷を使用して申し訳ありません。




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周南山の会アーカイブス<2005.右田ヶ岳(山城山~Cコース) >

2012-05-03 09:39:53 | 山登り
12.5 右田ヶ岳(山城山~Cコース)
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周南山の会アーカイブス<2005.投稿編>

2012-04-30 10:39:28 | 山登り

 

 

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周南山の会アーカイブス<2005.右田ヶ岳、山城山~Cコース>

2012-04-30 10:32:59 | 山登り
12.5 右田ヶ岳(山城山~Cコース)

ネパール準備完了

 

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周南山の会アーカイブス番外編<2005忘年会>

2012-04-30 10:21:53 | 山登り

 

 

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周南山の会アーカイブス<2005.▲ 古処山 859.5m ~ 屏山 926.6m ) >

2012-04-29 21:22:03 | 山登り

▲ 古処山 859.5m ~ 屏山 926.6m ) <2005.11.27> ■ 天候:霧・曇り ■ 福岡県 参加者 sumann,やまんば,さくらばば,泰山 アプローチ 11月27日(土):徳山西IC→小倉南IC→国道322号線→古処林道→林道終点広場

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周南山の会アーカイブス<2005.11.20 安蔵寺山 >

2012-04-29 21:14:30 | 山登り
11.20 安蔵寺山
































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