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HOW・WHAT'S THE SHRINE ?

2013年02月15日 | 知識取得

富士山(神体である霊峰富士)

神社の知らない点(????)散策
何故神社には、種々の名称有るのだろう?
何故明治政府、明治維新で『廃仏毀釈(神仏分離)』令発布したのか?
日光東照宮・全国各地の東照宮が、明治維新で取り壊されなかったのだろう?
神社が、国家の宗教として、支援された時代・期間は?

神社信仰
神道の信仰に基づき、祭祀施設、鳥居の内の神霊が鎮まる区域です
社殿がなくとも、神聖な山、滝、岩、森、巨木等神が宿る場所を敬いました
現在の社殿を伴う「神社」は、神々が御神体から移し祀られた祭殿です
教会や寺院といった礼拝堂や説法・布教する場所とは異なります
明治時代~第二次大戦終了まで、「国家神道」を「神社」と称しました


豊臣神社(豊臣秀吉)

熊野那智神社(熊野三山の熊野夫須美大神を主祭神)

日光東照宮(徳川家康)

京都伏見稲荷(秦氏)

伊勢神宮(皇室の氏神である天照坐皇大御神)

明治神宮(明治天皇)

熊野大社(「伊邪那伎日真名子(いざなぎのひまなご)」古事記)

天満宮(菅原道真)
主な信仰
多くの神社は、有名な神社から祭神を分霊しています
分霊とは、祭神の分霊を他の神社で祀ることで、神道の神は無限に分霊することができます
分霊した神社は、その祭神に応じた名称がつけられています

神社の起源
創建が古い神社には、現在でも本殿がないものも有ります
神社には常に神がいるようになったのは、社殿が建てられてからです
7世紀頃から、自然から人格神へと信仰の対象が変り社殿を構えるように成りました


神社境内図
神社の周りには鎮守の杜という森林があります
神社の入口には、境内と俗界の境界を示す鳥居があり、社殿まで参道が通じています
社殿までの参道には、身を清める手水舎、神池や神橋も有ります
社殿は本殿と拝殿からなり、人々が参拝するのは拝殿で、神体がある本殿は拝殿の奥にあります
明治初期の神仏分離令で、神社と寺院は分離され、神社の仏堂は撤去され、僧侶・神官も区別されました

祭祀対象
祭祀対象は、神道の神、民俗神、実在の人物・伝説上の人物・道教の神です
明治時代に、神仏分離を免れた仏教の仏神などの外来の神も含まれています

神社の名称は、地名によるものが多いです
「〜明神」・「〜権現」神名、「〜稲荷」「〜八幡」「〜社」神社を省略したものも有りました
全ての神社を「〜神社」と称するようになったのは戦後です
明治以降、第二次大戦終戦まで神社は、国家の施設で、「神社」には国家の認可が必要でした

社号
大社は江戸時代までは、現出雲大社・熊野大社の二社が名乗りました
明治時代迄は、「神社」「大社」「宮」の社号に基準は有りませんでした
明治時代に、神社が国家の管理下に入りました
 *公認された施設が「神社」と名乗れました
 *大社・神宮などを名乗るには更に許可が必要でした
 *「神宮」といえば伊勢神宮を指しました
 *天皇を祀るものを神宮、皇族を祀るものを宮、功臣等を祀るものは神社と区分しました
終戦後、国家、皇室が神社に直接関与しなくなり、許可がなくても、大社、神宮を名乗れます
戦後は、旧官幣大社・国幣大社・官幣中社の神社のうち26社が大社を名乗っています

上社、下社他
上社と下社はその位置関係から、上手のものを上社、低地のものを下社と呼びます
本宮から見て、奥にある社を奥社、奥宮、元宮に対し新たに建てられ施設を新宮と呼びます
祭神が異なる場合もありますが、本宮の同じ配偶神を祀るケースも有ります


ジャンル:
学習
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