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パルティア王朝&ササン朝ぺルシア

2017年04月19日 | 歴史
東西交易で栄えたササン朝ペルシア帝国

東西文明の十字路に生まれ、最先端の美術と宗教を世界中に流行させた
ササン朝最盛期を迎えたのは、6世紀ホスローー世の時代
 ☆中央アジアのエフタルを減ぼして最大領土を獲得
 ☆ローマ、インド、中国などと活発に交流した
マニ教(ゾロアスター教、キリスト教、仏教が融合)は、ササン朝の国教
 ☆中央アジアや中国などへ広まった
ガラス器や銀製品、織物など当時最先端のササン朝美術も世界中に伝わった
ササン朝は、イスラーム教アラブ人に破れ減亡した
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
記述に誤り不明点あると思います、詳細、出典記事・番組・画像等で確認ください
出典、『世界史(成美堂出版)』
 ☆本には、綺麗な絵画が記載されています


ササン朝ペルシア帝国(世界史(成美堂出版)記事画像引用)

ササン朝は、東西交通路を支配し栄えた
ササン朝ぺルシアは、西アジアで前6~4世紀に栄えた
北インドからメツポタミアを支配する大帝国を築きあげた
2代目の王シャープールー世は、ローマ帝国と争ってエデッサの戦いでは大勝利
ローマ帝国との抗争はササン朝の減亡まで続いた

日本にも伝わったササン朝美術
奈良東大寺正倉院の漆胡瓶や、法隆寺の獅子狩文錦
 ☆ササン朝が生んだインダストリアルデザイン
宮廷貴族のために簡潔で象徴的なデザインが大きく発達した
金属工芸は、高度な技術が発達して杯や皿、水差しなどに精密な文様デザインが施された
工芸品は、シルクロードにのって西のローマや東の中国・日本にまでほぼ同時代で伝わる
後世ではイスラーム美術などに影響を与えている

パルティア王国
強大な軍事力を誇り絹の取引で豊かなパルティア王国
ペルンア系遊牧民が、パルテイア王国(中国では安息)を建国
メソポタミァからインダス川までを支配する大帝国へ成長
シルクロードの要所を支配し、絹の交易を押さえることで栄えていた
信仰されていた太陽神ミトラ
 ☆西のローマではミトラ教
 ☆東では仏教と融合し、弥勒信仰として日本にまで伝えられた
シリアやアルメニアなどをめぐってローマ帝国と長い抗争を続けたが
ササン朝ペルシアのアルデシールー世によって減ぼされた

ジャンル:
学習
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