隊長のブログ

中国上海に2003年12月から2008年1月まで駐在。趣味はヒップホップダンス、ジャズダンス、旅行、映画、スポーツ観戦。

旅行記 第14回 『三重・和歌山・奈良・静岡 4日間』 (その4)

2016年10月19日 | 旅行記

『三重・和歌山・奈良・静岡 4日間』 (その3)⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/354ec286229c7a7e2243e8fc404db86b


「大会堂(だいえどう)」、「三昧堂(さんまいどう)」の前を通り、蛇腹路を「金剛峯寺(こんごうぶじ)」の方に境内を進みます。


時間は既に午後1時を過ぎていたので、「金剛峯寺」の参観は後にして、先に食事を取ることにしました。


「金剛峯寺」から「奥の院」に続く参道には、宿坊、仏具店、食堂、土産物屋などが連なります。


平日にも関わらず、どの食堂にも、日本人だけでなく外国人の観光客で満杯です。


店を覗きながら、大分歩いた先にあった「中本(なかもと)名宝堂」という仏具店の2Fに併設されている食堂には空席がありました。


席に座ると、時刻は既に13:30。名物の精進料理もありましたが、あえて “カツ丼” 760円(税込)をオーダーします。


関東のカツ丼に比べて、若干甘味が足りない気がしましたが、ボリュームたっぷりのカツ丼を美味しく頂きました。


食事を終えたのが、14:10。「金剛峯寺」に向かいます。拝観料は、500円。


「金剛峯寺」は、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が修禅の道場として開創した高野山真言宗総本山の寺院です。


主殿の中は、撮影禁止でしたが、中庭は撮影出来ました。


歴史的な建造物や襖絵などを堪能した後に訪れた別殿では、茶菓の接待をして頂きました。


特に外国人観光客には、この日本のおもてなしの心は好評の様です。


「大師教会」の前を通り、「高野山霊宝館」に到着したのは15:20。


「霊宝館」は、高野山内の貴重な文化遺産を保存展観する施設として大正10年(1921)に有志者の寄付と金剛峯寺によって開設されました。


館内では、丁度“真田丸の時代と高野山”と題した企画展が開かれていました。拝観料は、600円。


霊宝館を出たのが16:10、「金堂(こんどう)」前の駐車場に戻ります。


車で約5分の「奥の院中の橋」前の駐車場に着いたのが、16:20。


「奥の院」は、壇上伽藍とともに高野山の二大聖地。寺院群の東端にある一の橋から中の橋を経て「御廟(ごびょう)橋」まで約2kmの参道には、約20万基を超える諸大名の墓石や、記念碑、慰霊碑が立ち並んでいます。


御廟橋を渡ると空海入定の地とされる奥の院があり、撮影禁止です。そこで、橋の手前で一枚。奥の院は、厳かな場所でした。


駐車場に戻ったのが、17:20。陽が沈み、だんだんと暗くなって来ましたが、「大門」を見てから帰ることにしました。


重有文化財の「大門」は、高野山の総門であり結界のシンボル。左右には金剛力士像が安置されています。


ライトアップされた「大門」の廻りには、午後5時半を過ぎているので、観光客も殆ど訪れず、静寂な佇まいを見せていました。


道路脇の電光温度計は、15.7℃を示していましたが、体感温度はひんやりとしています。


秋の高野山を満喫したので、今夜の宿のある和歌山県橋本市に向かい、車は曲がりくねった路を下ります。


唯一残念だったのは、紅葉が始まったばかりで、色づく木々がほんの少ししか見ることが出来なかったことです。


「ルートイン橋本」に到着したのは、18:30。宿泊料は、朝食付きで6,400円(税込)。尚、写真は翌朝に撮りました。


この日は疲れて外に食事に行く気力がなく、ホテル駐車場内にある、海鮮ダイニング「美蔵(びくら)」に行くことにしました。


高野山で肌寒い思いをしたので、熱燗を頂きます。ツマミには、イカの刺身があいますね。


こうして旅の二日目が終わりました。


★ 続きは、『三重・和歌山・奈良・静岡 4日間』 (その5)で ★

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