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泉八橋環状線

2016-12-07 23:46:14 | 秋田の地理
泉山王環状線の続き。
この10月から、泉山王環状線と堂ノ沢が廃止された代替として運行されている「泉八橋環状線」について。
※以下、泉山王環状線を「旧環状線」、泉八橋環状線を「新環状線」と表記する場合がありますが、公式な呼称ではありません。

旧環状線や堂ノ沢線では狭い道路を通っていた八橋地区内は、新環状線では近年新しく開通した道路を運行するようになり、時間短縮や新規需要の開拓になるかと期待したものの、運行本数はわずか1日1本。
これでは、旧2路線を必要最低限にまとめて経路を変えただけでがっかり。かえって不便になったと感じる人もいるだろう。
官庁街の通勤・帰宅でそれなりの利用があるようだが、もうちょっとなんとかできるのではないだろうか。


路線名の「泉八橋環状線」は妥当だと思うが、旧環状線もむしろその名称のほうが適切だったかも。今さらですが。
旧環状線にならって先に回る地名を取って、「泉回り」「八橋回り」と呼ばれる。

経路(ここでは泉回りで)は、
秋田駅西口から千秋トンネルをくぐり、神田線と合流して、保戸野八丁までは旧環状線と同じ。
八丁通過後、神田線・旧経路と分かれて、左折して西へ。
県庁経由臨海営業所発着の神田線が使っている「泉ななかまど通り(旧・国鉄官舎前→JR社宅前)」へ。
次の信号で右折して北へ。泉ハイタウン線の経路に合流。泉南三丁目から泉ハイタウン団地前まで同経路。(新川向経由旧環状線も泉南三丁目から秋操近隣公園入口まで通っていた)
泉ハイタウン線は、泉ハイタウン団地前通過後、環状運行となり、押しボタン信号を左折してコメリとジェイマルエーの間の泉北二丁目、ぐるりと回って大通りへ戻って、秋田貨物駅入口、そして向かい側の泉ハイタウン団地前から秋田駅へ戻る。

泉八橋環状線は、泉ハイタウン団地前通過後、直進し、そのまま秋田貨物駅入口へ。
泉ハイタウン線は環状運行区間なので片側にしかバス停がなかった。したがって、八橋回りではそのバス停を共用するが、泉回り用には新たにポールが設置された。
新設された泉回り用秋田貨物駅入口
その先は、まったく新たに路線バスが走る区間。「泉北一丁目」バス停が新設。(市営バス時代の大昔は堂ノ沢線が外旭川線まで行っていて、ここを通っていたようだが、バス停はなかったはず【9日訂正・ここは通っていなかったようです】)

「操車場入口」交差点で新国道を越えて、秋田運輸支局前の狭い道へ。
そこからは旧・堂ノ沢線のルートとなり、同路線の起終点だった「自動車会館前」。
奥が新国道
まもなく、草生津川東岸沿いに新規開通した道路との交差点。
堂ノ沢線は、狭い道をそのまま直進していたが、新環状線はここを左折して新しい道路を南進。再び新規区間となる。
奥が自動車会館前方向、右がイサノ二丁目方向
堂ノ沢線には、この交差点付近に「イサノ二丁目」というバス停がもともとはあったようだが、いつの間にかなくなっていた。それが新しい道路側に復活。
イサノ二丁目
さらに進めば「イサノ一丁目」。
イサノ一丁目
旧環状線が走っていた狭い道との交差点も直進して「八橋田五郎」。
八橋田五郎
「八橋田五郎」は旧環状線にあったバス停だが、狭い道からこちらへ移動。

面影橋のたもとまで直進すれば、以降は県庁経由寺内土崎線および将軍野サンパーク線と同じ経路で、サンライフ秋田前、県立体育館前を左折して山王大通りへ出て、あとは県庁市役所前、秋田駅西口と至る。


各バス停のポールに注目。
既存または旧路線と同名のバス停では、従来のものを引き続き使用。
上記の通り、泉ハイタウン線と共用する八橋回り側の「秋田貨物駅入口」は、市営バス時代に設置されたポール(この記事後半参照)。

ローソンの前から裏へ、直線で100メートル弱移動した「八橋田五郎」は、旧環状線用のものがえっちらおっちら運ばれた(トラックでしょうけど)。
旧環状線の多くのバス停では、市営バス時代に設置(または更新)された表示板が最後までそのまま使われていたが、カッティングシール文字(1999年頃?)のものと、透明シールにパソコンのレーザープリンターで印字したもの(2002年頃?)の2タイプがあった。
基本的に、同名バス停では両側とも同タイプなのだが、八橋田五郎は珍しく異なっており、山王回り側がカットシール、泉回り側が透明シールだった。
 
移設後も、引き続き、八橋回りがカットシール、泉回り側が透明シール。


あとは新たに置かれたポール。
泉回り側の「秋田貨物駅入口」
背が高く光沢のある棒で、表示板も新しそうだけど、台座は新品ではなさそう。

次の「泉北一丁目」。両側とも、これも新品ではない台座に新しい棒を差し込んだみたいだが、こちらは棒がつや消しになっている(銀色を塗装したと思われる)など、貨物駅入口と同一ではない。
泉回り側の表示板 ※明るさを調整しています
泉回り側は、表示板の下に「警察学校前」の文字が透けている。例によって、よその使い回し。
「警察学校前」は、商業高校経由川尻割山線。両方向にバスが走り乗降できるにも関わらず、片側にしかポールが立っていないという、秋田市内では珍しいバス停(以前の弘南バスではよくあった)。
現在の警察学校前は、秋田駅へ向かう上り側にだけポールが立っているが、今も以前と同じ表示板だった。以前は下り側にもポールがあって、それが撤去されて回り回って泉北一丁目になったのだろうか。
八橋回り側は、下に浮き出た文字はないが、社名の文字が薄れていることから、やはり使い回しだと思われる。
あとローマ字表記でお気づきのことがあるかと思いますが、ちょっとお待ちください。

残るは「イサノ一丁目」「イサノ二丁目」。
上の現地の写真でも分かるかと思うが、最近新規設置されるバス停では主流の、頭でっかちの背が低いタイプだ。
いまだに、アンバランスに見えてしょうがない
経路変更された卸町経由新屋線の新設バス停にも、このタイプが設置されている。秋田貨物駅入口と泉北一丁目だけ、なぜか中古品があてがわれた形になるようだ。
  
こちらは「1丁目」「2丁目」と、数字はアラビア数字。
秋田市の町名としても、中央交通のバス停の表記としても、本来は漢数字で表記するべきもの。現に泉北一丁目はそうなっている。同タイプが新設された卸町でも漢数字。なぜかイサノだけ違う。
さらに、泉北一丁目でもそうだが「一丁目」のローマ字がオカシイ。
「ITCHOME」だってよ!(二丁目は「NICHOME」だから、「1」と「I(アイ)」を誤植したものではない)
「イッツチョメ」? この表記で「一丁目」を連想できる人などいるだろうか。
「IT革命」を「イット革命」と読んでしまった元総理大臣(現・某大会組織委員会会長)もいましたが…

【2017年6月11日追記】上記新規区間では、転用ポールと頭でっかちの新品ポールの2種が設置されたわけだが、支柱の反射シールの配置が異なっている。転用は上部2本・下部1本で、頭でっかちでは逆になっている。


以上、泉八橋環状線の概要。
利用状況はよく知らないけれど、見聞きした限りでは、夕方の八橋回りは、八橋付近への帰宅の足として重宝されているようで、一定の乗車はあるようだ。
しかし、泉から千秋トンネルを通って駅までは、乗客はほぼ皆無。
これでは、堂ノ沢線時代のように自動車会館前止まりにしたほうがいいのでは…

需要がないのかもしれないが、ダイヤ設定の下手さも原因だと考える。【8日追記】ここを工夫すれば、泉・保戸野一帯から駅方面への利用は見こめる可能性がある。
秋田貨物駅入口以降では、泉ハイタウン線と重複するわけだが、秋田貨物駅入口の時刻は、環状線が17時33分、ハイタウン線が17時34分と、わずか1分違いで続行している。(ハイタウン線の直前は17時14分、次が最終で18時09分)

しかも、どちらも遅延が著しいようで、1度見た時はハイタウン線が10分近く遅れて来た時点で環状線は未到着。別の機会では、17時41分通過予定の鷹匠橋を約15分遅れて走っていた。※両日とも、悪天候やいつもより激しい渋滞が発生していたわけではない。
ダイヤ上では、秋田駅西口到着は千秋トンネル経由の環状線が17時48分、通町経由のハイタウン線が17時52分となってるが、これではアテにならない。保戸野八丁と原の町からは神田線と添川線の間にうまく収まっている(前後が10分ほど空いている)が、それもこれではアテにならない。
ダイヤ、時刻表とは、交通状況等を考慮して極力実現可能な運行時間を示すものであるべきだ。バス会社の理想の運行時間を示すものではない。これでは、乗客(当該路線だけでなく、この後に入る路線の客も含めて)はもちろん、現場の社員にも負担をかけることになる。この路線・区間以外も含めて、安全性、信頼性確保のためにも、中央交通の秋田市内のバスダイヤは再検討すべきだと思う。


朝の泉回りは見たことがないので不明。
附属小中学校の通学や、泉ハイタウン線の始発便より30分先行するので、それなりの利用があるのかもしれない。

山王方面と「泉ななかまど通り」の間では、泉八橋環状線のほか、臨海営業所着発の神田旭野団地線(かつての千代田町経由)も利用できる。朝夕ともダイヤは近接しており、朝は泉ななかまど通りを同時刻に通過する(アテにならなさそうですが)。
県庁市役所前との間では、環状線が20分弱350円、神田線が10分弱230円で、環状線を選ぶ理由は見当たらない。

沿線の泉や八橋は、40年ほど昔の新興住宅地だから、住民の高齢化が進んでいる。そんな人たちが日常生活を送る上で、ダイヤを工夫すれば泉八橋環状線が役に立つ場面もあるはず。なんとかできないものか。

【8日追記】車両正面の行き先表示は「泉・八橋環状線」と1行で表示。経由地表記はなし。行き先表示に「線」が入ったのは異例。
旧環状線の山王回りでは「山王・泉環状」と通過する順番に合わせて表示していたが、新環状線の八橋回りでは「泉・八橋環状線」と表示されている(はず)。
これでは、正面の表示でどちら回りかが判断しにくい。系統番号(旧環状線でも同じ番号だったが、LEDでなく幕だったので表示されなかった)があるし、そもそも運行時間帯が違うとはいえ、不親切になってしまった。「線」を入れることで、あくまでも「路線名」を表示しているということなのだろうか。

ちなみに、秋から実質的に経路変更された茨島環状線では、やはり行き先表示が「茨島環状」から「茨島環状線」に変わったものの、従来と同じく上段にどちら回りかが表示されている。この点でも、やっぱり統一感がないバス会社である。

【9日追記】コメントでご指摘いただいたように、草生津川沿いの新規区間のバス停の数が少なく、間隔が広いのが気になった。(初回アップ時に書き漏らしました。)
面影橋と自動車会館前の間は約1.7キロで、その間に3つの停留所が設けられた。平均して500メートル以上離れていることになり、市街地としてはバス停の間隔が長いと思う。
旧路線時代と比べて、草生津川を渡らないとバスを利用できなくなった人もいるのに、新しいバス停の位置は必ずしもそれを考慮していないようにも感じられる。制約もあるとは思うが、バス停の位置と数をもう少し検討することができかもしれない。
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昔の堂ノ沢線 (沿線住民)
2016-12-08 21:45:00
開通は市営バス時代の昭和60年前後と記憶しています。住民の要望もあって開通しました。秋操駅の近くのトンネルをくぐった先の八幡田発で神田線の経路を通って、外旭川野村(肉のわかばマイスターの通り)寺内三千刈を通って、1回新国道に出てから運輸支局の交差点を曲がって、現在の自動車会館のところから最近までの堂ノ沢線と同じ経路になっていました。渋滞が激しく、遅れが多く、いつの日か自動車会館発になりました。
寺内地区は通勤に便利だったので朝の雨天時などは結構乗っていたのですが、新しい路線になってまた遅れが目立ち、以前より乗っていない感じです。なお、町名は堂ノ沢ではなく、堂の沢です。
Unknown (秋田の4227ファン)
2016-12-08 22:36:49
泉八橋環状線の夕方のバスに2回乗りましたが、人数は堂の沢線の時と変わらないような感じがします。朝のバスとは一度すれ違いましたが立って居る人も多かったです。
あと気になる事が一点。それは小刻みに料金が上がる事です。堂の沢線の時は面影橋を過ぎて堂の沢までの料金でしたが、環状線では面影橋・八橋田五郎・イサノ一丁目・イサノ二丁目と小刻みに料金が上がります。自分は自宅が遠くなったのに加え高くなったので…。長文失礼しました。
コメントありがとうございます (taic02)
2016-12-09 00:11:04
>沿線住民さん
1988年の時刻表には掲載されていましたが、当時は運行開始間もない頃だったのですね。ずいぶん複雑そうな経路だと思っていましたが、いったん新国道に出ていたとは知らなかったです。
千代田町経由神田線もその頃には運行されていましたが、山王~外旭川の移動は千代田町経由のほうに譲って、区間短縮したということでしょうか。

通勤帰宅時間帯の運行で、遅れてしまうのはやむを得ない面もありますが、だったらそれを見込んだダイヤにしては…と思ってしまいます。
現在の地名(住居表示前後とも)は「堂ノ沢」だと思っていましたが、本来は「堂の沢」なのでしょうか。旧・ト一屋の店舗名は「堂の沢店」、この路線名も市営バス時代は「堂の沢線」と表記されたこともあったようです。

>秋田の4227ファンさん
新国道以西では、需要が多いようですね。
本文に書き忘れましたが、新規区間ではバス停の間隔が長い(=数が少ない)と感じました。だから、運賃が1つごとに上がるのでしょう。
橋を渡らないと利用できなくなった人もいるでしょうし、バス停の位置と数ももっと検討すべきだったかもしれません。
訂正 (沿線住民)
2016-12-09 01:53:51
失礼しました。確かに現在の住居表示は「ノ」ですね。店名などに「の」が残っているようです。
のかノか (taic02)
2016-12-12 00:10:37
かつての泉の金ノ町、銀ノ町、上ノ町、下ノ町は「ノ」が公式だったようですが、地元の人でも「の」派がいました。
一方、南通亀の町は「の」が公式。あいまいなところなのでしょう。

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