過疎地域の村からの無責任な世捨て人の呟き

限界集落の村でクラシックギターを勉強しながら日頃感じている疑問を発信します。賛否両論あると思いますが議論しましょう。

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何故だろう

2016-11-08 08:53:04 | 日記


何故だろう

我々は土と緑と光の中で生かされてきた

お天道様は平等に光を与えてくれた

それなのに生命の根源である土と緑を

我々はいつからか粗末にし過ぎて来た

世の移ろいの中で共存してきた別の命が

敵になったり邪魔になったりしてきた

知恵の限りを尽くして自然に対して

我々は戦いを挑み 見かけ上勝った

結果土は痩せ緑が消え光は意味をなくした

意識的な また巻き添えとして

この大切なこの星の仲間を失った

子供のころ普通に居た生命が

今は取り返せない環境を作ってしまった

我々は生への営みの為に新しい場所へ移った

我々が居なくなって帰ってこれた生命も居る

でも我々がむしろ無意識に奪った生命は戻らない

何故我々は愚かだったんだろう

幻想的な豊かさを求めてした行為なら心底悲しい

取り返す努力をしよう

また彼らと会おう

豊かさとは土と緑と光の中にこそあるのだ

間に合わないかも知れないが

我々はしっかり前を向いて彼らに帰ってきて貰おう

 

 

今年は蝉が殆ど泣きませんでした。ブログを読んで頂いている方から頂いた言葉であり、自然のあり方であろうと思います。我々が前を向かなければこの星は無くなるのではないかと真剣に考えて、詩と言うより散文を書いてみました。教えの心が高すぎて、上手く表現できませんが、精一杯の気持ちです。興味のある方はご笑読下さい。

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