わいんとともに:一日の終わりにコップ一杯のワインを飲みながら、つぶやくあれこれ。

人生最後の5年かな、と思いつつ、それでも何気なく過ぎてゆく72歳の日々のあれこれ。

白内障の手術をした

2017-03-21 15:34:00 | 日記
 見え方がおかしいと思っていたら、左目は裸眼で視力0.6なのに、右目は0.02ということで、右目だけ白内障の手術をした。
手術をしたら、良く見えるようになった。これまで、歪んでいたりはしても、読むことは何とかなっていたが、文字を書くことがなんともたよりなった。
 手術をした日は一泊したのだが、なんとも永い夜だった。個室だったせいもあるかもしれないが、物音も殆んどなく、モノトーンの部屋は静まり返っていた。
テレビは見ないことにし、俳句の結社誌を一冊持って、俳句でも考えようと思ったのだが、右目がガーゼに覆われていると、思考回路も覆われてしまうらしい。
俳句をたくさん作るという期待は、見事に裏切られた。

 それにしても、先日亡くなった姉は、どんなにたくさんの時間をこのような病院で過ごしたことだったろう。
 最後の入院の時は「もう、家に帰ることは出来ないだろう。」と、言っていたという。
考えだしたら、きりがない。あとからあとから、自分のふがいなさばかりが思われ、どんどん、後退してしまう。
七七忌も済んだ。もう、ここにはいない。そして、確実に私自身の時間が過ぎてゆく。
そして、親がどう生きたかということは、子供たち、孫たちにも多大な影響を与えることだろう。
 これからは、確実に迫る自分の終焉に向かって、見苦しくない、それの為に努力をしなくてならない。七週間という日は、人が癒えるのに、必要な時間なのだった。そして、充分な時間と、思わなければならないのかもしれない。私の場合、七七忌4日前に、11年飼った犬があっという間に昇天してしまったということが、更に、時間を必要とした。
近所の人が「お姉さんが寂しくて連れて行ったのかも知れないね。それなら、それでいいじゃない。一緒にいるわよ。」と、なんの屈託もなく言ってくれたことが、私を救ってくれた。世間で、よく言われることだという。それにしても、元気をなくしてしまった犬に、子守唄を歌っていた私は、すでに、そのことを知っていたのかもしれない。
 今日、東京に桜の開花が発表された。あと、何回見られるかしれない桜。今年はしっかり見ておこう。なんちゃって!!  飽きるほど見られるかもしれない。
     春の雨の昼下がりに
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