Poem&Poem

自分の詩作品および好きな詩の紹介をします。

姉妹

2016年10月18日 14時28分20秒 | My poem


姉妹   高田昭子

六歳。五歳。二歳。
三姉妹の満洲からの引揚時の年齢である。
おとなしい長女は肋膜炎の治りきらない体で小学校に入学した。下校すると微熱に苦しんでいたらしい。
活発な次女は皮膚炎の治りつつある体で、その翌年小学校へ入学したらしい。
三女は三歳まで歩くことができず、皮膚炎は頭髪にも及び、髪の毛が育たず、いざりのように家のなかを移動していたらしい。この記憶はないから、普通の小学生だと思っていた。髪の三つ編みが細いのが気になったけれど。

それから七十年、次女は亡くなり、長女と三女が語り合う夜。

「あなたは小さい時から自分を可愛いと思っていたでしょ?」
妹は思いもよらぬ姉の問いかけに驚きながら
「不美人とは思わなかったけれど、可愛いとも思ったこともないわ。」
続いて「あなたはどうだったの?」と尋ねる。
「いつか、年頃になったら、綺麗になれるのかしら?と思っていたけれど……。」
美人とはかくも切実な願いだったのか?
ちなみに姉妹とも、世間的基準に照らせば、世間が思わず振り向いてくれる要素などなにもないのだ。昔から。

「あなたの手はきれいね。」姉は妹の手をさする。
それからおもむろに、姉は幼い長女と次女がお揃いの上等なワンピースを着せられて、哈爾浜の写真館で撮った写真を、ニコニコと妹に見せながら「あなたの写真はないわね。」と言う。当たり前のことだけれど。

翌日の八月十一日、百歳で亡くなった伯母のお葬式に行く。(美人薄命とはいうものの。)
そういえば、叔母とか伯母とか沢山いたわ。(生めよ。増やせよ。)
小さくて、歩けない三女は皆様の同情をかって、可愛がられたらしい。祖父母にも。
そこが問題点だったとしたら、戦争とはなんと長い間、人間の心を犯し続けていたのだろう。記憶にない時間まで、どうしたらいいのやら……。

それなら三女だけが学校の成績が悪かったのは、第一次成長期の栄養失調のせいではないか?と戦争のせいにしておく。いや、証人はいる。中学時代の教師が言っていた。「十九年生れのこの学年は、出来が悪いのだ!」と。教師の出来も悪うございましたが……。
それぞれみんな不出来な時代でございました。あしからず。

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