Taff's Around the World

山崎達矢、世界一人旅。世界の友は "TAFF" と彼を呼ぶ。1994年7月19日、彼はたった一人、車に乗りこんだ。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

合掌

2008-08-28 04:26:28 | Weblog
一昨日の8/26にアフガニスタンで誘拐され、昨日遺体で発見された伊藤和也さんのニュースに、なんともやりきれない思いです。
強い憤りをおぼえます。
なんとも悲しい、残念なことになってしまった。

私のような旅をしていた人間は、現地で人々に世話になり、家族のように親しくしてもらった経験より、自分に何かできることがあればほんの少しのことでもしてお返しがしたい。と考えるのはとうぜんのことで、たとえ世話になったその人たちにではなくとも、例えば、大阪駅で何か困っている外国人をみたなら、何か手助けをしてあげようと思う。もちろんその人が日本人であっても、国籍に関係なくですが。
それは、かつて自分が知らない地で知らない人にとても親切にして頂いたそんな好意を私もしたいからです。


伊藤和也さんは、そんな経験もなしに純粋にアフガニスタンの人たちのために大きな決心をし、大いなる志と共に現地で農業支援の活動をし、その人柄ゆえに現地の人たちと溶け込み、愛され、親しまれ、信頼され、家族のようにされたのでしょう。
彼の誘拐後、現地の人たちが700〜800人も捜索に加わった。ということからも彼の人望が計り知れます。
ただ私のおもうのに、彼は与えるだけでなく、彼もまた多くのことを現地の人々から与えられたことでしょう。
大変だったのでしょうが、その活動の日々は彼にとって幸せであったことでしょう。

私は行ったことはないのですが、アフガニスタンの人々はとても人がいい。と聞きます。
私の友人で世界206カ国をバックパッカーでまわった、松本和人さん(現在彼は奥さんと共に、また世界一周の旅をしています。http://tabisite.com/)が、
「最も心ひかれた国のひとつ。あの難民キャンプを見て、アフガンの為に何かしたい。」と言っていた。
また、今年2月にアフガニスタンを舞台にした、カーレド・ホッセイニ 著の「 君のためなら千回でも(上・下巻)」 (ハヤカワepi文庫)を読み、その映画も見て、以前より行きたいと考えていたアフガンへの思いが増し、そして、知人がこの7月にアフガニスタンの日本大使館に赴任したので、彼とアフガニスタンのことについていろいろとメールでのやりとりをしていた。
こんなことより、なおさらアフガニスタンへの感心があったところへこのニュース。


なんとも残念です。
彼の尊い志を、我々もまねしようではありませんか。
ただただ毎日の忙しさに流されて歳をとってゆくのではなく、自分がこの世に生きた証を何かの形で、人の役にたてるような活動を、ほんの少しでも。
世界の人々が共に生きていくために。

伊藤和也さんのご冥福を心より祈ります。
合掌。


コメント (24)   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

母のその後

2008-07-20 17:02:31 | Weblog
精神病になってしまった母のその後は、薬により少しずつよくなっています。
幻聴やひとり言はほとんどなくなり、奇行はなくなりました。
精神的には落ち着いてきました。
ですので、現在は介護施設のデイサービスに通っています。
これはよかったのですが、ただ、ずっと寝たきりの生活が続いていますので、本人の筋力が落ちてしまい現在では歩行どころかベッドから起き上がるのにも私の手助けが必要。
以前とはちがった意味で困っています。
また、物忘れがひどいというか、いまさっき言ったことも記憶出来ない時があり、複雑なことはもちろん、テレビで話していることも理解出来ない。よってテレビも見ないで一日中ベッドで横になっている。
そして、私は家を空けることができない。つまり長時間の外出や遠出は無理。
しかし、以前の精神的な問題の時よりもずっとましです。

介護施設でのショートステイといって最大4週間くらいまで施設に泊り、継続の介護もあるが、たとえ一泊二日でもどこの施設も満杯のところが多く、予約は二ヶ月前くらいにしないといけないとか。
つまりいつも介護をしている人が外泊するならば、それくらい前から予定し必ずその計画どうりに家に戻ってこないと遠出困難。
急な外出や遠出の話があがっても対応出来ない。というか、二ヶ月以上も前からそんな予定の確定しているほうが例外ではないのか。
介護している人がそれから開放されるため常習的に使用する為に(もちろん、それも必要なことではあるが、、、)予約で一杯になり、本当に必要とする人が、必要な時には使えない。
また、ショートステイしてもらうには、本人の健康診断書(割と事細かな検査結果)も必要でまったくのお役所仕事。
これらの介護施設はどこもわりと混んでいて、これらの費用は介護保険でまかなわれている。
15年くらい前にはこのような介護施設はまれに見る程度であったが、今では街のあちらこちらで見ることができる。
今後ますます高齢化社会が進むのだから、医療や年金も含めて社会保険がパンクするのが目に見えている気がするのだが、、、、
話が脱線しました。

まだまだ、私の介護は続きます。

皆さん、どうぞご両親を大切にしてください。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

健康第一!

2008-01-27 04:02:01 | Weblog
76歳の母が昨年9月より急に体調を悪くし、現在一人ではほとんど何も出来ない状態になってしまった。
以前よりうつ病が出たり引っ込んだりしていたが、その薬の副作用が顕著だったため、薬を少なくしたところから体調が急に悪くなった。
当初あまりにひどい状態だったために、アルツハイマーとか、痴呆症ではないかと心配していろいろと検査をしたが、そうではなく精神的な問題とのこと。
現在治療薬による経過をみているが、大きな変化はない。医者にも言われたが、治療には時間がかかる。とのこと。

私が長い間家をあけて、世界一周という夢にいどんでいたそのすべての時間を母はただ一人、いつも私を応援してくれていた。
帰国したら親孝行をしよう。何処か海外旅行にでも連れて行ってあげよう。
そんなことを考えていたが、それも叶わぬうちにこんな状態になってしまった。
まだ、私の帰国後でよかった。
そう考えると、旅の終わりまで家族皆元気でいてくれたことに、今さらながらに感謝。
今はその恩返しではないが、私の出来る限りのことをしてあげたい。
母の介護に追われる日々で毎日苦戦している。
つくづく健康が一番!と考えさせられた。

痴呆症の人などの介護のことは話には聞いていたが、これほど大変なこととは考えてはいなかった。
食事を取ることと、排便は自分でしていたのでまだましだったが、このごろは薬の副作用のためか各所の締りがなくなってきて、よだれや便のもれに困っている。風呂も一人では入れずに必ず私の助けがいる。
すべてのことに対して消極的で何をする意思もなく、ひとり言や破滅的なことを言って、一日中ベッドで寝たきりの母を見ているのも辛いものだ。
以前はおしゃべりや新聞を読むのが好きで、わりと物知りの母だったが、現在はテレビや本など理解出来ないようで、つまり面白くなくテレビを見ることもなしに、ただただベッドで寝ているだけ。
医師から入院ということも勧められたが、もうしばらくは私の出来る限り自宅での介護をしようと考えている。

こんなわけで、文筆活動は停滞中でした。
長い間、更新せずにすみませんでした。

もう少し母の状態が落ち着けば、また出版にむけての活動も再開したく考えています。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

旅のスタイル

2007-09-05 02:13:21 | Weblog
私の友人で自転車で世界一周をしている日本人サイクリスト、中西大輔さんがいます。
彼はもう9年以上95カ国116500キロも世界を自転車で走っています。
彼の旅のスタイルは私がしていたものと同じ。
彼のホームページ : http://www.daisukebike.be
彼は現在トルコにいて、東に向けて走っています。

彼のベルギー人の友人(私も知っている)から彼あてにあることを尋ねるメールが届いた。
それは、「ホリデイ(休暇旅行)の人とトラベラー(旅人)の人とどう違うとおもうか?」というもの。
彼もこのことに対して関心が高いらしく、それを尋ねるメールを私に送ってきた。
私は、こう答えた。

私は旅行すると言う意味では大きな違いはない。と思います。
確かにそのスタイルや見ようとしているものに大きな差はあります。
前者はその旅行休暇のために働き貯蓄し、この時とばかりに金を使う。
後者は日々いかに金を使わぬようにして旅を進めるか。そして、一カ国でも多くの国を見て、一人でも多くの人と出会い、一日でも長く旅していたい。

短期間で観光地ばかりをまわり、ホテルに泊りレストランで食事する。
現地の人と話をするのがホテル、レストラン、タクシー、はたまた駅か道を尋ねる時だけ。これではその地の本質が見えない。
現地の人と会話せずしてその国が見えるはずない。
パリへ行って、エッフェル塔やルーブル美術館、シャンゼリゼ通りでブランド商品を見て歩いても、その店のゴミ回収にやってくる車に乗っている人のすべてが黒人で、そんな人ばかりが人の嫌う仕事ばかりをしている。そんな光景に気づくだろうか?
そのゴミ回収をしている兄ちゃんと話して、フランスと西アフリカの関係、歴史的背景、彼ら移民者の現状、問題などなどを知ることにより本当のフランスが見えてくる。

我々がしていた旅は、日々問題ごとを解決し大変なことを体験しながら、観光地まわりよりも誰に出会うかが旅の目的。そして、その国の本当の姿を見たい。

前者は、trip(個人旅行やパッケージ旅行)、とか travel(一般的な旅行)。
後者は、journey(陸上の長い旅)。私や、中西さんの旅はまさにJourney. 

飛行機や電車、バスでは決まった所でしか乗り降りが出来ない。
そしてその移動中の多くの時間は、寝ているのではないだろうか?
いわば点から点の旅行。
Journeyは、その旅の軌跡が実線となる。
移動中にも多くの出会いがあり、問題事やハプニングもあり、それこそ旅。

しかし、どちらも旅行している間は毎日が日曜日なことには変わりない。
前者の旅がつまらなくて、後者の旅のほうが価値がある。なんてことを言うつもりはない。
旅に求める見ようとしているものが違うだけ。
そんなふうに思います。


ただ、我々がしているような旅のスタイル(金を使わないJourney)を多くの人が経験することを望みます。たとえ億万長者であろうとも。
きっとそれまでの人生では知りえなかった多くのことを知るはずだから。
そしてその体験したことは、その後のその人の生き方にかかわってくることでしょう。
きっといい方向に。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ソーラーカー世界一周

2007-07-31 01:04:27 | Weblog
先日新聞で次の記事を目にした。
2007/07/22-14:37 ソーラーカーで50カ国走破へ=来年初には日本に−スイスの冒険家 
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%a5%bd%a1%bc%a5%e9%a1%bc%a5%ab%a1%bc%a1%a1%a5%b9%a5%a4%a5%b9%a1%a1%a5%eb%a5%a4%a5%b9&k=200707/2007072200072

誰のことを言っているのか、すぐにわかった。
彼は私の友人で、まさに冒険家。
ハンガリー系スイス人(おじいさんの代に移民としてハンガリーからスイスに来た。)ドイツ語、英語、スペイン語、フランス語などなど話せる。

これまでにも、
自転車でのアフリカサイクリング。
ウルトラライトプレーンでのアメリカ大陸縦断。
ソーラーカーでオーストラリアを走行。
ヨーロッパからインドまで車で走行。
(この時、計画はもう出来ていて車も中古車を買っていたが、運転免許はまだ持っていなかったので私に中古車屋からの車の引き取りを依頼した。こんな計画していて、まだ免許証を持っていないとは、、、驚いた!もちろん後日免許を取得した。)
などいろいろあります。

彼はもう世界一周にソーラーカーで出発していて、今はトルコのイスタンブールにいるようです。
http://solartaxi.divio.ch/


私が2004年に彼と会った時(1999年ごろにも会っている。)には、小学校の臨時教師をやっていました。
もうそのころからこのソーラーカーでの世界一周計画を持っていて、車の設計をしていた。
私はその時彼に尋ねた。「何故に車や自転車ではなくて、ソーラーカーでの世界一周をするのか?」
「誰もやったことがないから。」と答えは明瞭だった。
つまり、環境にやさしいソーラーカーとか、地球温暖化への反骨精神とか、そんなことは二の次。

頭のいいヤツで、車の設計はチューリッヒの国立大学の研究所にやらせていた。もちろん無料で。
つまり、研究所にとっては学生へのいい研究題材となり、おまけにソーラーカーはこれからの車。研究材料にはとっておき。
また、必ず彼はスポンサーを取ってくる。エライ!
今回の世界一周にもドイツ最大手の太陽電池、ソーラーメーカーの''Q-cells''をつけている。
とにかく彼は、奇想天外なおもしろいヤツ。
来年はじめごろに日本にも来るらしいので、その時彼を見かけたら応援(寝床の提供、地元のいいとこ案内、車両整備など。)してやってください。

ソーラーカー世界一周について
http://www.solartaxi.com/?link=start.htm

http://www.greencarcongress.com/2006/12/around_the_worl.html#more
 

彼の冒険について
http://www.geocities.com/wavetour/
http://www.louispalmer.ch/
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

関西と関東

2007-07-16 19:28:12 | Weblog
先日ラジオ出演をして、関西と関東の違いを感じた。

6/21に四国の西日本放送ラジオに電話出演した。
初めてのことなので、何をどう話していいのやら、どんな質問にどう答えていいのやら。
こんな不安があったので、事前にスタッフとの打ち合わせをお願いしたが考えていたよりもずいぶんと簡単なものであった。
本番15分くらい前に電話があり、電話の確認。そして本番3分前にまた電話があり出演を待つ。
本番が始まるも、ラジオパーソナリティの声が遠く何を話しているのかよく聞こえない。
事前にラジオが聞こえるか試みたが家ではその放送が聞こえないので、電話の受話器のみでの受け答え。しかし、聞こえない。
困ったもんだ。
質問がよく聞こえないので話の途中に二、三回「え〜」とか「ハァ〜」とか言ってしまった。
話したいと考えていたことの半分も話せずに、あっという間に12分が終わった。

6/28に東京のTBSラジオに電話出演した。
こちらはやはり東京。
事前に打ち合わせがしっかりとあり、わずか7分の出演だが担当者が私のホームページやブログを見たうえで、その質疑応答の台本を作って渡してくれた。
本番15分くらい前の電話の確認。そして本番3分前にまた電話があり出演を待つのは同じだが、電話の確認の時にちゃんと音声のチェックがあり、ラジオの放送の聞こえ方を事前に確認したので本番中にラジオパーソナリティの生島ヒロシさんの声がはっきりと聞こえた。あたりまえのことか。
わずかな時間であったが台本があったので、西日本放送ラジオの時よりもいろいろと話せた。つまり内容の濃い話。
さすが、スマートな東京流?などと思った。

しかし、生島さんとのやりとりは、もう事前につくられた台本どうりで私は生島さんが何を聞いてくるのかを知っており、彼もまた私の答えを知っていて、まるで電話をはさんでの台本の読みあい。というような感じだった。
聴取者にとっては、内容の濃い話を聞けていいと思うが、、、
それに比べて西日本放送ラジオではおおまかなことしか決まっておらず、あとはおまかせ。なので、話は自然でいかにも会話。私にとってはこちらの方が話していて楽しかった。
やっぱり大阪流。

西日本放送ラジオのラジオパーソナリティの一人の笑福亭 学光さんが、会話の途中で私がこの旅についての出版を希望していることで、「今度出版会社の人と会うので一緒に行きますか?」と尋ねてくれ、即答でお願いします。と言った。
もちろん、事前には考えもしない展開。
けれども、相手は忙しいタレントさん。社交辞令と思っていたので、本当に出版会社の人と会わせてもらえる確立は半分もないのではと考えていた。
しかし、その日に笑福亭 学光さんから直接電話連絡があり、本日出版社の人と会うので一緒にどうですか?と言われて驚きと共にとても嬉しかった。
その日、ラジオ大阪の人に紹介してもらい、出版社の人にも紹介して頂き、出版について話をさせてもらった。

笑福亭 学光さんは、自前で中国の過疎村に学校を建てる活動をされており、そのことについての本がすでに出版されています。
『學光・学校―中国への学校支援から学ぶ心の豊かさ』 (2002年7月、浪速社、ISBN 4888544174)
現在は『お笑い福祉士』という人をつくる活動をもされており、今回はこの件での出版のため出版社の方との打ち合わせの場に私を連れて行ってくれました。
名前だけは知っていて、お会いするのは初めてでしたがとても感じのいいかたで、私みたいな者にも気を使っていただき、いっぺんにファンになりました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

孤児院でのボランティア募集

2007-06-22 01:46:13 | Weblog
私のネパール人の友人ANILさんが、首都カトマンズで自費で経営している孤児院があります。
そこでスタッフを募集しているので、日本の人にも来てもらい、見て、体験してもらえたらいいし、孤児院も助かる。と連絡があり、この場でその孤児院で手助けをしてもらえる人の募集をします。
なにせ経営が苦しいために、人的、経済的援助を期待されています。
寄付金も受け付けています。下記の孤児院のホームページのHelp usのところに送金先銀行口座の案内があります。

現在孤児院には、4歳から11歳までの男子7人、女子5人の計12人の子供たちがいます。
彼は、その人柄より身寄りのない子供たちを見て見ぬふりが出来ず、彼の自費で彼らの生活を世話しています。
頭では理解できても実際に行動に移すことは、真似の出来ることではありません。

現地でのヘルプ期間(ボランティア)がいつから、どのくらいの期間なのか、などの細かいことは決まってはいませんが、

*現地までの往復交通費は、応募者本人負担。
*入国ビザも応募者本人で用意のこと。
確か、空港および国境で入国時申請し、60日シングルエントリービザを写真1枚とUS$30で即時発給されるはずです。しかし、パスポートの残存期間などの条件もありますので、本人で在日ネパール大使館に問い合わせてください。
*活動は、子供たちの世話に関するすべてになると思われます。
*ヘルプ期間は決まってはいません。出来る限りでかまわないでしょう。
ただし、まったくのボランティアですので活動に対する対価は支払われません。
*活動期間中の食事(ネパール食)とベッド(寝床)の提供は無料であります。

上記のような条件になると思います。

アニール氏は英語を話します。奥さんと、10歳くらいの娘さんがいます。
彼はネパールが乾季の旅行シーズンには、イギリスの旅行代理店の専属の現地ツアーコンダクターとして働いています。

興味のあるかた、ネパールの孤児院で活動してみたいかたは、次の私のメールアドレスまで連絡をください。
taff38@hotmail.com

*孤児院のホームページ(英文のみ)http://narayansewa.50webs.com
narayansewa.50webs.com
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ラジオ出演:6/21と6/28

2007-05-29 01:53:26 | Weblog
6月21日の西日本放送ラジオに電話インタビューでの出演をすることになりました。

西日本放送ラジオ(周波数は1449)は、四国香川県高松市にあります。
瀬戸内海沿いなら聞こえるかも?

毎週月曜から金曜まで毎日生放送している【情報てんこもりラジオでドン】の番組です。
出演は、13:40ごろから約12分間で、「なんでもタイム」のコーナーです。


私が、福山自動車博物館に愛車を寄贈した時の新聞記事を見た、西日本放送ラジオの人から出演依頼がきました。


そして、もうひとつ。


6月28日のTBSラジオに電話インタビューでの出演をすることになりました。

月曜日から金曜日の朝5:30より6:30まで毎日放送で「生島ヒロシのおはよう一直線」という番組。
出演はなんと早朝の5:45から約7分の「生島ヒロシのいきいき生活」というコーナーの中です。

あの夕刊フジの私の記事を見たそのラジオ番組制作会社の人から出演依頼がきました。

東京を中心とした関東地域での放送とのことです。
ただ、RSK(山陽放送)とCBCでは提携番組として同時刻に放送されているそうです。


以上ふたつ、機会があれば聞いてみてください。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

新聞記事 その2

2007-05-13 00:56:16 | Weblog

5月2日付け(5月1日発刊)の夕刊フジに私の旅のことが掲載されました。
また、4月14日の山陽新聞の34面と、4月4日の大陽新聞の1面に愛車カリーナの福山自動車時計博物館への寄贈の記事が掲載されました。

下記のURLで、夕刊フジに掲載された私の記事を読むことが出来ます。
http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20070502_01.htm

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

旅のまとめ 10

2007-05-09 18:27:25 | Weblog

10. 永住の地へ
 東南アジアは、物価が安く、人が良く、居心地がいいが、蒸し暑いのと、蚊には参った。
タイ、インドネシア、は気に入った。
インドネシアは考えていた以上にいいところだった。人々は親切で友好的、物価は安く、気候は暑いが乾燥しているので日陰は涼しい。
食事は何を食べてもおいしい。こんなことはロシアかモロッコ以来。
文化(伝統舞踊や音楽に魅了された)、海(沖縄にはかなわないが、、、)、どれも私にはとてもよかった。治安もわりとよく問題なかった。
まだ、インドネシアにいるのに、"また来よう。また来よう。"と何度も口ずさんでいた。
こんな国は久しぶり。アフリカのレソト以来。  

それに対してオーストラリアは期待外れだった。
オージーは大らかで友好的と考えていたが、そうでもなかった。高圧的な警察官と、飲んだくれだが人のいいアボリジニの人たちが印象に残った。
エアーズロックには、エジプトのギザのピラミッドを見た時のような感動があった。  

ニュージーランドまで世界103カ国を訪問し、旅の目的のひとつであった我が永住の地探しは結局のところ、旅の出発までは嫌いだった国、日本という答えとなった。
日本に住みたくなかったので世界を回って永住の地を探しに出たのに、、、
世界を見て、知って、日本の良さが解った。
旅の日数を重ねるごとに、我が母国への愛国心は強くなった。
温暖な気候、美しい四季、治安、医療、豊富な物資、先進の技術、安全性の高い最高品質の商品、いたれりつくせりのサービス、打てば響く反応(仕事や用件についての。人の表情や反応は、残念ながらその正反対で実に貧弱。)、責任ある仕事、福祉の充実、温和な人々。
そして、日本の食文化、風呂文化は世界に誇る素晴らしいもので、日本人の骨の髄まで浸透している。長く日本を離れているとやっぱり、日本食が恋しくなり、風呂に入りたくなる。
日本に居るとどれもがあたりまえのこと。国外に出てそれらが用意に真似の出来ることではないと知る。
国政やシステムに、そして社会的な問題点も多くあるが、それは日本人がその内容に精通しているからであり、つまり海外にいたならそこまではなかなか知りえないから見逃しているだけ。その国をよく知れば日本よりもおそまつなことが多くあると気づくだろう。
こんな素晴らしい我が日本を人々はもっと愛すべきであると思う。皆が愛国心を持ち、もっともっと良い国にしていこう。

 世界の様々な道を26万2600キロ走破し、様々な経験をし、様々な人に出会い、世界一周の旅を初めてから3082日、無事にゴールを迎え、目標を達成し、夢をかなえられたことに対して、すべての人にありがとう。を言いたい。
貴重な経験をさせてもらった。
これが私の財産だ。
これからの第三の人生にこの財産を活かし、胸を張って、前を向いて歩いて行く。

 山崎達矢


旅行日数 3082日目
走行距離 262600km(愛車と共に)+8000km以上(他車で)
訪問国数 103ヵ国
旅のホームページ:http://taff38.hp.infoseek.co.jp
ブログ:http://blog.goo.ne.jp/taff38


 後援:(株)伸生(http://www.shinsei-ltd.co.jp/)  


 私と12年間半旅を共にした愛車、トヨタカリーナは、おそらく世界で初めての世界一周をした自家用箱型乗用車(セダンカー)であろうと思われる。
この車が広島県の福山自動車時計博物館(http://www.facm.net/)で展示保存されることになりました。 


追伸: 私は、この世界一周の旅のことを出版したく希望しています。
ただ、現在日本で無名の人が出版するには、ほぼそのすべての人が自費出版(300万円くらい必要とか?) となります。私にはそんな経済的余力はないので、出版会社もしくはその関係者で、このブログを見て興味を持たれたかたは、(自費払いなしでの製本をしていただける可能性があれば)私までメールで連絡をください。待っております。
taff38@hotmail.com

コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加