狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

20世紀のモンスター毛沢東

2006-09-10 16:10:24 | 歴史

毎日更新を続けているブログが無断で数日更新無しが続くと,

死んだことになるらしい。

初めての4日間にわたる無更新。

体調を崩したわけでも、旅行をしたわけでもない。

勿論死んだわけではない。

水曜日(5日)のエントリーを終えたところでPCのハードが壊れてしまい木金土日と今日までネット無しの生活を経験した次第。

その間PCに詳しい友人のT君が三日がかりの悪戦苦闘でやっと昨日の復活させてくれた。

狼魔人日記は今年の2月開設以来、原則として毎日更新を目指していたので4日も更新無しは初めての経験。

偶然電話で話した友人のF君などは「病気で伏せてでもいるのか」と思ったらしい。

くたばってしまったかと思った人がいたかもしれないが、くたばったのは本人ではなくPCの方。

 懲りずに又駄文を書き続けますのでよろしくお願いします。

                   ◇

◆西日本新聞朝刊= 2006年09月09日00時03分

毛沢東死去30年揺れる評価 偉大な指導者? 横暴な独裁者? 体制批判を警戒 

【北京8日傍示文昭】中国の毛沢東主席が死去してから9日で30年になる。中国共産党と政府は8日、北京・人民大会堂で、毛主席をたたえる歌などを演奏する音楽会を開催。12日には国家指導者や毛主席の遺族が出席する記念行事も予定しているが、大規模なキャンペーンはなく、「偉大な指導者か、横暴な独裁者か」をめぐって、なお評価が揺れている中国の内情を浮き彫りにしている。

 ■毛時代への郷愁  

北京・天安門広場にある毛沢東主席記念堂。死去1周年の1977年9月に落成した。毛主席の遺体が水晶のひつぎに納められており、今も連日、中国各地や海外から訪れる観光客が長蛇の列をつくっている。  「あの時代は貧しくても平等だった」「毛主席はまだ心の中に生きている」−。今月上旬、四川省から観光で訪れたという初老の男性はこう語り、農村を中心に毛主席の人気は依然として高いと解説した。  毛主席に続くトウ小平、江沢民時代に経済至上主義が鮮明になり、目覚ましい発展を遂げる一方で、貧富の格差は拡大。拝金主義や官僚腐敗も横行し、社会不安が深刻化する中で、毛時代を懐かしむ声が強まっている側面は否定できない。

 ■未解明の「文革」  

だが、依然として毛主席の評価は2分されている。49年に新中国を建国した「指導者」の顔と、66年に文化大革命を発動し、10年にわたり国内を大混乱に陥れた「独裁者」の顔があるためだ。  文革による死者は数百万人に上り、毛主席が指揮した鉄鋼・穀物増産計画「大躍進」(58−60年)でも3000万人前後が餓死したとされる。  中国国内での評価は一応、「功績第一、誤り第二」で政治的な決着がつけられているが、人権活動家などは「文革による民衆の被害の実態は今もほとんど分かっていない」と批判。毛主席の罪悪の全面的な解明を求める声も強く残っている。

 ■関連報道を規制  

今年は毛主席死去30年であると同時に、文革発動40年・終結30年も重なる「敏感な年」に当たる。このため、胡錦濤指導部は文革の回顧を厳しく制限。主要メディアがほとんど関連記事の掲載や番組の放送をしていないのは、共産党中央宣伝部が通達で報道を禁止したためといわれている。  12日に開く記念行事でも、現状に不満を抱き毛主席の時代を懐かしむ社会的弱者や、毛主席の「負の遺産」の検証を求める知識人の動きを警戒。毛主席の功罪の評価は避けながら、来年秋の第17回共産党大会に向けて胡指導部が目指す「調和社会」の構築を大々的にアピールする催しになるとみられている。  西日本新聞朝刊= 2006年09月09日00時03分

 「日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。 皆さんの皇軍なしに、我々が権力を奪取するのは不可能だったのです。」

この言葉を中国の最高指導者がの日本の政治家に述べたとしたら、
現在なら動天ものだろう。

 ところが実際に述べられていた。

今から42年前の1964(昭和39)年7月、
中国を訪問した当時の日本社会党・佐々木委員長に対して毛沢東が、
日本軍国主義に感謝の意を表した言葉である。 (東大近代中国史研究会訳「毛沢東思想万歳」)

現在の日中のいざこざを考えると中国建国の父とも言える毛沢東が、
このような言葉を発していたとは信じられない話だ。

さらにその13年後の1977(昭和52)年、自衛隊の三岡健次郎・元陸将が中国を訪問したとき、小平は、

 「日本が蒋介石を重慶まで押し下げてくれたので、日本軍の占領地域の後方に広がり、八年の間に八路軍は120万に増え、更に数百万の民兵を作ることが出来た。」と毛沢東と同じく日本に感謝の意を表している。

これら中国建国時の大物達の「対日歴史認識」は後に江沢民によって作れれた「歴史認識」とは大きく異なっていた。

その毛沢東の評価は中国建国の聖人の座からヒットラー、スターリンと並ぶ、・・いや、二人を足した以上に凶暴な20世紀のモンスターへと変わりつつある。

 昨日の新聞報道で毛沢東没後30年を大きく伝えた西日本新聞は「(毛没後30年の)大規模なキャンペーンはなく、『偉大な指導者か、横暴な独裁者か』をめぐって、なお評価が揺れている中国の内情を浮き彫りにしている。」と報じているが、評価の揺れは「モンスター」の方へ傾きつつあるのが実情。

 エドガー・スノーは毛を英雄視し、“痩せたリンカーン”に譬えたが、日本の毛沢東主義者達がバイブルのようにして読んだエドガー・スノーの「中国の赤い星」に書かれた内容は嘘っぱちだったことが『マオ 誰も知らなかった毛沢東』(ユン・チアン、ジョン・ハリデイ 講談社)で白日の下に晒された。

『マオ 誰も知らなかった毛沢東』は、毛沢東のことを
『高潔・無謬の指導者で中国建国の父』では無く、
『自己中心的な考え方と恐怖で中国を統治した中国史上最悪の暴君』
と指摘する。

日本軍や国民党軍との戦い中でも、自分の権力争いを優先し、味方である共産党軍に無理な行軍をさせ壊滅に追いやった。

「(農民らの)大量死に実用的な利点まで見出し」

「死はけっこうなことだ。土地が肥える」(1958年12月9日)と語った。

「農民は死人を埋葬した上に作物を植えるよう命じられた。これは農民に大きな精神的苦痛をもたらした」。  

自分の側近達を誰も信じず、恐怖を植え付けるため、
文化大革命にて大粛正を行った。
 
週刊朝日(2005年12月16日)のユン・チアン来日の折の対談でも、
『毛沢東は始皇帝より暴君だった』というタイトルになっている。

対談でもチアンさんは、
「秦の始皇帝に比べても、毛沢東のほうが断然ひどかった。
始皇帝も『焚書坑儒』をしたが、毛沢東は何千万人という一般市民を犠牲にした。
始皇帝は万里の長城をつないだり、良い面も残したが、
毛沢東は中国文化を破壊しただけです」と手厳しい。

中国文化の破壊はともかく、
『毛沢東時代に中国人7000万人が死に追いやられた』、
これだけで明らかに『中国史上最悪の暴君』と言える。

これは三国志や水滸伝の時代の話ではない。

近代史、・・・いや、戦後にこれらの虐殺のほとんどが行われた、
ということに毛沢東が20世紀のモンスターと言われるゆえんだろう。

現在の中国は勿論、
日本にさえ毛沢東主義者はいる。

テレビ朝日「サンデープロジェクト」のレギュラーコメンテーター高野 孟氏のようにテレビで毛沢東を尊敬すると公言する人もいる。

日本は思想信条の自由を認める国だから、
個人が誰を尊敬しょうがかまわないが、
少なくとも公共の電波を使うテレビのコメンテーターが、
ヒットラーよりも凶悪だったモンスター毛沢東を尊敬する、
と公言してはばからないのは如何なものか。

少なくともテレビコメンテーターがヒットラーを尊敬しているといったら、
即その職を奪われるだろうに。

 

◆平成17(2005)年12月17日[土] 産経抄  

伝記を読んでこれほど背筋が寒くなることはなかった。世界的なベストセラー『ワイルド・スワン』の著者、ユン・チアンさんが新著で描く毛沢東の冷酷ぶり。『マオ 誰も知らなかった毛沢東』(講談社)の衝撃である。チアンさんが夫で歴史家のジョン・ハリデイ氏と十二年かけて書き上げた労作だ。  ▼毛沢東の残忍性を紹介するのは、清澄な朝にふさわしくない。裏切り、拷問、粛清、女色にふけり、失敗は人になすりつける。「七千万人もの中国人を死に追いやった」とチアンさんは告発する。これを四百八十人のインタビューと、英文の原書で百十三ページの膨大な注釈で立証されてはぐうの音も出ない。  ▼翻訳中も含めると出版は二十五カ国に及ぶ。残念ながら、いまの中国では発禁だそうだ。「建国の英雄」が実は共産党創設メンバーではなかったからだろうか。「抗日の指導者」のはずが、蒋介石政府を打倒するため日本軍の占領を歓迎したと暴かれてはいかにもまずい。  ▼チアンさんがいうように、天安門に毛沢東の肖像画が掲げてある限り出版は無理かもしれない。中国語版は台湾で出版される。消息通は来年三月に香港でも発売予定だという。それが事実なら、香港の「一国二制度」が生きている証明になる。  ▼以前、開園まもない香港ディズニーの奮闘ぶりを小欄で紹介したことがある。その関連で、中国政府が嫌ったディズニー映画「クンドゥン(存在)」が、大陸とは違って香港では上映されたとの指摘を受けた。  ▼「クンドゥン」はチベットの精神的指導者ダライ・ラマ十四世が中国から亡命するまでの悲劇を描いている。映画の上映といい、『マオ』の発売予定といい、香港には大陸と異なる自由が残っているようだ。

 

櫻井よしこブログ: 「『マオ』が伝える中国の巨悪」(2006/4/20) 『週刊新潮』 '06年4月20日号日本ルネッサンス 第211回

 『マオ 誰も知らなかった毛沢東』(ユン・チアン、ジョン・ハリデイ 講談社)を読めば、中国共産党と中国のおぞましさが一段と明確に見えてくる。 著者のユン・チアン氏は15年前『ワイルド・スワン』で文化大革命の背後にあった毛沢東、周恩来らの冷酷な権力闘争を丁寧に描いた。日本の中国専門家や大手メディアが賛美した文革が、実は血塗られた内戦にすぎなかったことを彼女は実証した。 『マオ』は歴史の一コマである文革の検証にとどまらず、毛沢東の生い立ち、貧者や農民への無関心、中国共産党の設立にかかわることなく、実は遅れて入党していた可能性、にもかかわらず、なぜ力をつけたか、国民党、日本、ソ連をいかに利用し操ったかを含めて描いている。 毛は7,000万人以上を死に追いやったとされるが、このおぞましい人物は農民らの「大量死に実用的な利点まで見出し」「死はけっこうなことだ。土地が肥える」(1958年12月9日)と語った。その結果「農民は死人を埋葬した上に作物を植えるよう命じられた。これは農民に大きな精神的苦痛をもたらした」(下巻191ページ)。 かつてエドガー・スノーは毛を英雄視し、“痩せたリンカーン”に譬えたが、毛の仮面はこれまでにも李志綏(リチスイ)氏の『毛沢東の私生活』〈上下 文藝春秋)、北海閑人氏の『中国がひた隠す毛沢東の真実』(草思社)などによって剥がされてきた。他方、中国政府は躍起になって中国共産党のイメージを損ねるこうした書物の影響を打ち消そうとした。 毛と中国共産党の真の姿は、波間に浮かぶ漂流物のように、上部の一部のみ姿を見せるのだが、それも波に洗われ、見えたと思うと私たちの視界から遮られてきた。しかしチアン氏はそれらを統合した全体像を描き出し、わかり易い形で私たちの眼前に置いた。十余年の歳月と数百人への取材、膨大な資料の収集と分析の結果として、『マオ』は強い説得力を持つ。 要職にいた“スパイ” 同書のなかで、しかし、日本は必ずしも好意的に扱われているわけではない。にもかかわらず、同書は日本と日本人にとって、一方的に日本を加害者と断じた戦後歴史観を根底から変える貴重な一冊となる。その柱は二つと考えてよいだろう。 第一点は1928年6月の張作霖爆殺事件である。日本軍の犯行とされてきた同事件は、実はロシアが日本軍の犯行に見せかけて行った謀略作戦だというのだ。第二点は1937年7月の盧溝橋事件以後の動きである。中国側がおこした盧溝橋事件が日本政府の「事件不拡大」方針及び蔣介石国民党政権の慎重姿勢にもかかわらず、短期間に日中全面戦争に拡大した背景に、中国共産党のスパイの働きがあったという。 指摘が正しいとすれば、日中戦争の歴史は全面的に書き直さなければならない。この驚くべき指摘が、日本に必ずしも好意的ではないと思われるチアン氏によってなされたことも、また、驚きである。 『マオ』の中で氏は、日本を悪者とするステレオタイプの視点から脱けきれていない。たとえば南京事件について、“30万人虐殺”説が検証済みの事実であるかのような前提で書いている。その冷たい視線で日本を見る著者が、十余年間の調査と取材の果てに得た結論であるからこそ、張作霖爆殺はロシアの仕業、日中全面戦争は日本軍の暴走よりも中国共産党の策略だったとの指摘は、より重要な意味を持つのである。 詳細は『マオ』を読んで下さればいいと思うが、同書上巻19章は特に圧巻である。日中を全面戦争に誘い込み、追いこむための中国共産党のスパイ、張治中の動きが時系列で具体的に描かれている。 同書はまた、張の回想録から次のように引用した。国民党の南京上海防衛隊の司令官だった1925年当時、張は「中国共産党に心から共鳴し(中略)入党したいと考え、周恩来氏に申し出た」。だが、周恩来は張に、国民党内にとどまり、ひそかに中国共産党と共闘するよう要請したそうだ。こうして中国共産党のスパイとなった張治中は、敵将、蔣介石の懐刀としての地位を占め続けた。 張こそが盧溝橋事件を利用して上海事変をおこし、日中対立を激化させたとし、チアン氏は彼を「史上最も重要な働きをしたスパイ」「事実上たった一人で歴史の方向を変えた可能性が大きい」と形容する。 そして毛は日本軍進撃を大歓迎した。「抗日戦争は日本の力を利用して蔣介石を滅ぼすチャンスだった」からだとチアン氏は書く。訪中し過去を謝罪した日本の政治家らへの毛のこんな言葉も氏は引用している。「いや、日本軍閥にむしろ感謝したいくらいですよ」「(日本軍が中国を広く占領してくれなかったら、国民党に勝てないために)われわれは現在もまだ山の中にいたでしょう」 祖国への裏切りは暴かれる 北村稔氏の『「南京事件」の探究』や鈴木明氏の『新「南京大虐殺」のまぼろし』などを紹介しつつ、日本軍による大虐殺は実は存在しなかったのだと言っても、多くの人は信じない。頭のなかに、日本こそが日中戦争をひきおこし拡大した張本人で、ひたすら日本が悪いという歴史観に染っているからだ。『マオ』はそんな戦後の日本人、そして全世界の人々に、上のような既成の歴史観を一度取り払い、新しく発見された多くの事実に基づいて歴史を見直す必要性を突きつけている。 『マオ』のもたらしたもうひとつの衝撃は、祖国を売るスパイ行為は、必ず、いつか、白日の下に晒されるということだ。張治中はスパイだったことを誇りとしているため、正体が明らかにされるのは本望だろう。が、その他の人々はどうか。中国のために働く日本人はどうか。見返りゆえか、握られた弱味ゆえか。祖国を裏切った人々は、未来永劫その事実を伏せておきたいことだろう。 しかし、チアン氏の著書からも明白なように、国家の秘密が永遠に保たれる時代ではなくなったのだ。 氏の著書に強い説得力を与えているのは、丁寧な取材に加えて、彼女が使用した膨大なロシア側の資料である。決して出てくるとは思えなかった旧ソ連時代の機密情報が、ソ連崩壊以降大量に放出されたのは周知のとおりだ。また、西側諸国は情報公開によって、機密書類でさえも30年、50年という時間を置いて公開し始めた。人類の歴史上、今私たちははじめて、この種の機密情報の開示を体験しているのだ。中国もいつか必ずロシアのように崩壊し、大量の中国共産党資料と機密情報が出てくるだろう。そのときには、中国に心を売り、中国のために働くような人々がいるとすれば、その実態も自ずと暴かれるだろう。祖国を裏切り他国を利する行為は、歴史が見逃さない時代に、私たちは立っているのだ。

櫻井よしこブログ: 「『マオ』が伝える中国の巨悪」(2006/4/20)

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