狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

普天間移設で 揺れる沖縄

2006-04-09 09:36:43 | 普天間移設

今日は日曜日でこれからシーミーに墓参りに行く予定だ。今のところ晴れてるが降らなきゃよいが。

                    *

今朝の琉球新報は一面トップを初め「普天間移設」関連の大見出しが各ページで躍っている。

地元に深く関わる問題だから当然といえば当然だろう。

 新聞は見出しと記事の取り扱いの大小、それに編集のサジ加減で読者の印象を自分が狙う方向にリードできる。

活字離れにより、記事本文を細かく読むのはよほどの暇人か一部の変人に限られつつある昨今ならなおさらの事。

沖縄では琉球新報、沖縄タイムスの二紙と関連放送局も左翼に偏向した報道をすることで知られている。

「一握りの民意」を「島ぐるみの総意」と針小棒大に報道するのはお得意の技だ。

 今朝の新報を見る限り、又地元テレビ局のローカル報道を見る限り「県民ぐるみ」で「普天間移設案合意」に反対しているかの印象を与える。(「それぞれの民意」参照)

                  *

先月6日、普天間基地のある宜野湾市で「県民相決起大会」が開かれた。

それを、琉球新報2006年3月6日朝刊は「沿岸案移設阻止35000人終結 普天間移設で」の見出しで写真入記事を掲載した。 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-11683-storytopic-3.htm

 同じ日の沖縄タイムスも上記の「阻止」が「反対」に変わっただけの見出しで同じような記事を掲載した。http://www.okinawatimes.co.jp/edi/20060306.html#no_1 

沖縄には新聞は上記の二紙しかなく、両者で実に93㌫の占有率を誇る。

本土全国紙は配送時間、輸送経費の関係上一般には殆ど読まれていない。

これらの報道からは35000人の県民が集結して「沿岸案阻止」のシュプレッヒコールで気勢ををあげた印象を誰もが受ける。

ところが実際に参加した人や警察発表によると、当日の参加者は6000人だったという。 (『諸君』2006年5月号記事・192ページ)

6000人が35000人になったからそれがどうしたと言うかも知れない。

が、二つしかない地元新聞が申し合わせたように35000人の数字を掲げ、県民は他に情報を得る為の新聞選択の自由がないというのが問題なのだ。

それに警察発表の6000人と二紙の35000人では一寸数字の違いが多すぎる。

二割三割増しでもなく、・・・二倍三倍でもなく、実に六倍近くの差があるなんて。

 地元メディアよ、地元県警よ、君達の目は一体何処に付いているの!

                    *

今朝の全国五紙では読売を除いて、四紙が「普天間移設合意」を社説で取り上げた。

 読売新聞社説は一足先の8日に「普天間合意沿い記移設へ 着手に作業を進めよ」http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060407ig90.htmと主張している。

 読まなくても論旨がわかるのが朝日の社説だが、相も変わらず沖縄ニ紙の師匠といった論調。

その中で地元県民でも比較的わかり易いという事で日経の社説を下記に貼り付ける。          

             ◇         ◇         ◇

◆日本経済新聞 2006年4月9日  社説1 

稲嶺知事は額賀・島袋合意に協力を(4/9)  

額賀福志郎防衛庁長官と島袋吉和名護市長は、米軍普天間基地の名護移設をめぐる新たな建設案で合意した。合意は滑走路を2本建設し、離着陸のルートを分散して集落への騒音被害を軽くする狙いがある。  額賀長官との会談で説明を受けた稲嶺恵一知事は反対を表明した。普天間の危険な現状を1日も早く終わらせるのが沖縄全体に責任を持つ知事の立場であるべきであり、メンツを捨てて協力してほしい。  名護移設をめぐっては昨年10月に日米間で在日米軍基地再編の中間報告をまとめる段階で防衛庁が陸上案、名護市と米軍が浅瀬案を主張した。妨害運動を排除しやすい陸上案は「つくりやすさ」を重視し、浅瀬案は騒音の少なさなど「使いやすさ」を重視した。浅瀬案は地元への経済効果が大きいともされた。  中間報告の日米合意は一部陸上、一部海上の折衷案だった。1月の名護市長選で島袋氏は、この案に賛成せず「政府から地元が納得する案がでれば協議に応じる」との姿勢をとって当選した。額賀・島袋協議はこの延長線上にあり、日米合意に地元の要請をいれて修正した。  これに対し沖縄では「小手先の回避対策」(琉球新報社説8日付)とする批判もある。普天間基地の代替施設の県外移転を求める立場からすれば当然だが、重要なのは市街地に囲まれた普天間の危険を1日も早く取り除く現実的な努力だろう。このために額賀、島袋両氏は話し合いを重ねた。東京と沖縄の間のこれまでの不信感を考えれば、両氏が並んで記者会見する姿は画期的だった。  15年の使用期限付きの軍民共用空港案を掲げて1998年に当選した稲嶺氏の立場は今度の合意で厳しくなる。15年問題は米側の壁が厚く、普天間移設を遅らせる要因となっている。那覇から車で1時間程度の名護に民間機が就航しても赤字ローカル空港が増えるだけとされるのが現実でもある。  沖縄県内の自民党関係者の間でも今回の合意を支持する声もあるとされる。合意に協力することは新たな事態への対応であって公約違反ではない。メンツにこだわって抵抗すれば、現状の固定化に手を貸すだけの結果になる。5―7年以内に普天間を返還するとの日米合意がなされたのは96年であり、10年たつこれ以上の先延ばしはできない。  今回の合意は地元に巨大な公共事業をもたらす。担当するのは現在の防衛施設庁にあたる組織であり、談合などによる税金の無駄遣いがないか、監視を強める必要がある。

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