狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

続・沖縄戦、スパイ虐殺

2017-06-26 01:47:32 | ★集団自決

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続・沖縄住民「スパイ容疑虐殺」の真相 沖縄人スパイはいた! 2008-12-22 から全文引用しました。

               ☆

 

軍統治下の沖縄では、共産主義は禁じられていた。

だが、人民党という地元政党を隠れ蓑に共産主義者は増殖し続けていた。

1950年の朝鮮戦争や、中華人民共和国の成立等、「ドミノ現象」でアジア地域に共産主義が蔓延するのを恐れた米軍情報部は、

CICを中心に沖縄の共産主義勢力の監視に神経を使っていた。

米本国の政府高官だ視察のため沖縄を訪問したとき、空港に出迎えにいったユースカー(在沖統治機関)の幹部が、同行した地元琉球政府の幹部を紹介した。

「こちらが、ミスターセナガです」

遠来の米政府高官に対し、歓迎の意をこめてにこやかに握手を求めて手を出したセナガ氏に対し、高官はアメリカ人らしからぬ奇妙な反応を示した。

「オー、ノー! セナガ」

と叫んだ件の高官、握手の手を引っ込めたのだ。

隠れ共産党の瀬長亀次郎氏の「悪名」は米国本土政府の中にも知れ渡っており、

空港に出迎えた「セナガ」氏に思わず握手の手を引っ込めたのだろう。

米政府高官に握手を拒否された哀れな男は、当時の琉球政府副主席・瀬長浩氏の「瀬長違い」であった。

米政府高官が本気で握手拒否をしたのか、それとも握手を求めた男が「セナガ」と聞いて、

とっさに思いついたアメリカ人特有のジョークだったのか、今となっては確認出来ないが、

とにかく、当時の米軍が共産主義の蔓延に対しいかに神経過敏だったか知る上で、そしてその指導者としての瀬長亀次郎氏を要注意人物とみなしていたかを知る上で、この逸話は実に興味深い。

厳しい監視、家族まで 瀬長氏の長女にもスパイ
2006年5月31日 
<米国の調査機関が1950年代、元沖縄人民党委員長で那覇市長、衆院議員を務めた故・瀬長亀次郎氏の長女・瞳さん(68)=カナダ在住=の周辺にスパイを送り、瀬長氏の健康状態や日常生活を探っていたことが30日までに、米国国立公文書館が保管する資料で明らかになった。同館は瀬長さんが「人民党事件」(54年10月)で逮捕された後、宮古刑務所に収監されていた55年3月7日、獄中から瞳さんに送った手紙の英語訳も保管。手紙は瞳さんに届いていない。米当局が瀬長さんの家族にまで監視を広げ、詳細な身辺情報を逐一探っていたことがうかがえる。

  瞳さんに関する報告資料は2種類。ともに「極東空軍司令部が報告」と記され、情報源は瞳さん、提供者は「極秘の情報提供者」と記される。
 情報収集日が1958年5月20日の報告は「瞳の情報では、父親は深刻な肝臓病で近く入院する」と記載。31日の報告は「瞳が言うには父親(瀬長さん)は退院して家に帰った。政治の本を書く約束をし、本を売って妻のフミさんを8月の原水爆総決起大会に参加させる資金を稼ぎたいと言っている」と記す。米当局は同年8月、東京・横浜でフミさんを撮影している。
 瞳さんは「父から仕事や政治の話を聞いたことはなく、出版計画も当時は知らなかった。なぜ私が情報源なのか理解できない。スパイをした人が父の復帰闘争を弾圧するために無理に作ったのではないか」と話している。
 瞳さんに届かなかった手紙の英訳には米国のCIC(諜報(ちょうほう)機関)の名称を記述。文面は「刑務所からあなたの活躍を期待と希望を込めて見守っている」と娘への思いが切々とつづられている。
 沖縄テレビは同公文書館から収集した資料も盛り込んだ番組を制作。31日午後4時から55分間、逮捕、投獄、市長追放と時代に翻弄(ほんろう)された瀬長さんと支えた家族のきずなを描く「カメさんの背中」を放映する。

                   

小林よしのり著『沖縄論』で、著者の小林氏が犯した唯一の過ちは、

元人民党委員長・瀬長亀次郎氏を沖縄の英雄と祭り上げて書いてしまったことである。

沖縄左翼を取り込む意図があったのだろうが、沖縄左翼のカリスマともいえる瀬長氏を沖縄の英雄に祭り上げてしまったことは、沖縄左翼に媚びるあまり、ミイラ取りがミイラになってしまったの感がある。

瀬長氏は米軍政府と自存のために戦っていた姿勢と、方言交じりで演説する語り口で「カメさん」と呼ばれて年寄りには人気があったが、「沖縄の英雄」は沖縄左翼とマスコミが作り上げた神話である。

瀬長氏は共産党が禁じられていた米軍統治下の沖縄で、人民党でカムフラージュした共産党員であり、当時ソ連や日本共産党から密かに資金援助を受けているとの噂があった。

そのため、CICが情報取得の為本人は勿論、長女瞳さんの身辺をかぎまわっていたとらしく、沖縄住民にも共産思想が入り込んでくることに神経質になっていた様子が伺える。

瀬長氏は日本復帰と同時に日本共産党に正式入党し、共産党公認で衆議院議員に当選し、日本共産党副委員長も勤めている。

終戦後の米軍統治下の沖縄でCICが暗躍した様子は、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』2005年文芸春秋社 奥野修司著)に、

自らCIC要員として働いていた金城良安氏が赤裸々に語っている。 

米軍統治下の沖縄でCICの代理人になった者は、教員、財界人、政治家と多士済々であったという。

CICの活動が目立たなかったのは、MPが制服であったのに対し、CICは私服で活動し、当時の合言葉であった「琉米親善」を口にする善良な民間アメリカ人を演じていたからだという。

沖縄のCICはライカム(Rycom=琉球軍司令部)の管理下にあった。八重山民政府からCICに移った金城良安によれば、「八重山には3人ぐらいしかいませんでした。その下に協力者はたくさんいました。つまり情報提供者です。CICは密貿易そのものには関心がなかったのです。関心があったのは外からはいってくる人物です。スパイは密貿易船を使って移動したりしますからね。たとえば中国大陸から誰が来ているとか、そういうことには神経質になっていました」  ちなみにどんな情報提供者がいたのか、当時の軍政府に勤務したことのある人物に尋ねると、「当時の八重山には30人ぐらいおりましたかな。トップは学校の先生で次は財界人と政治家。なぜ協力したのかって? そりゃ、いろいろ便宜を図ってもらえるからだよ。あの頃の米軍は神様よ。もうほとんど死んだが、あのときCICに協力した者はみな大物になっているよ」  自らすすんで協力する人もすくなくなかったという。 CICは諜報活動はするが、基本的に密貿易の取り締まりはしない。 米兵がからんだ場合はCID(陸軍憲兵隊犯罪捜査部)が民警と一緒に動く。 CICもCIDも基本的には私服である。>(『ナツコ 沖縄密貿易の女王』2005年奥野修司)

終戦後、CICに勧誘されて情報提供者になった住民のことは、よく聞く話だが戦時中に勧誘されてスパイになることは一か八かの大きな賭けであった。 もし、日本軍が勝利をしていたら間違いなくスパイ罪で死刑は免れないからだ。

一方、アメリカの勝利の場合は将来の豊かな生活を保障されていた。

事実南方帰りを自称して住民の中に混じって生活していた者が、戦後米軍服を着用して米軍ジープを乗り回している姿を目撃し、その男はその後ハワイで裕福な生活をしていたといった伝聞談は多い。

だが、自他共に認めるスパイで、戦後も「琉球王」とよばれたスパイの親玉の記事が本人の顔写真付きで、古い「月刊沖縄ダイジェスト」の記事になっている。

米軍のスパイといわれ臨時琉球王

沖縄戦の、4月3日、美里村で捕虜になって以来、米軍に積極的に協力、降伏勧告放送もやり、沖縄本島の東西分断も進言、志喜屋孝信らの諮詢委員会ができるまでは「臨時琉球王」で、日本が勝てばスパイとして処刑確実という男がいた。 その名は首里生まれの多嘉良朝朋(当時70歳)。 米軍はそのお礼として昭和24年、米軍政府のセーファ大佐から、コカコーラの民間への一手販売権を与えるーと口約束されたが、中城公園売店でのコーラ横流し事件が摘発されて、おあずけのまま、不遇のうちに死んだ。>(「沖縄事始・世相史事典」月刊沖縄社)

                   ◇

この「臨時琉球王」は、コカコーラの一手販売権をという美味しい果実を手にする前に悪事が露見して哀れな結末を迎えたが、終戦直後には、通常では考えられないようなアメリカの大会社の製品の一手販売権手にした人が多くいた。

それは戦時中彼らがスパイとして米軍に協力した報酬だという噂を良く聞いたが、それが「火の無いところに煙は立たぬ」だったのか、それとも単なる噂に過ぎなかったのか、今では事情を知る者のほとんどが墓場で眠っており真実を知る術はない。

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5 コメント

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Unknown (東子)
2017-06-26 10:23:16
>瀬長氏は共産党が禁じられていた米軍統治下の沖縄で、人民党でカムフラージュした共産党員であり、当時ソ連や日本共産党から密かに資金援助を受けているとの噂があった。
>そのため、CICが情報取得の為本人は勿論、長女瞳さんの身辺をかぎまわっていたとらしく、沖縄住民にも共産思想が入り込んでくることに神経質になっていた様子が伺える。

CIC。
2年前の新報の元旦の記事に挙がっていて、元旦の記事にしては違和感があったことを覚えている。
元旦に出て、その後1週間して社説に登場し、そして消えた。
あれは、何だったの?


「60年代、親米派も監視 米陸軍CIC、琉球の共産化警戒 2015年1月1日」
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-236712-storytopic-1.html

>沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)が結成されるなど復帰運動が高揚した1960年代の沖縄で、反米的な活動を防ぐため、政治活動や大衆運動に関わる住民を監視対象にして諜報活動(防諜(ぼうちょう))などをしていた米陸軍対敵諜報隊(CIC)の実態について、元所属兵らが琉球新報の取材に応じ、当時の詳細な活動を初めて証言した。
>諜報員は政治や経済、労働組合など情報収集の対象で各班に分かれた。
>西岡さんも諜報員として政治、経済を担当。
>「(国場組創業者の)国場幸太郎さんや当時の那覇市長だった西銘順治さんと親交を持った」と証言した。
>監視対象者の尋問もしたという。
>政党の資金源を確認するため政党の収支、政治資金も調べた。
>「表向きは親米的でも、裏で人民党の協力者であることも想定し、銀行口座や税務署などで調べた。公的資金が共産主義へ流れることも警戒し、公共事業の受注企業も対象だった」と明かした。
>西岡さんは「任務は治安を守るためだ。住民をいたずらに処罰することはなかった」と語った。


<社説>元CIC初証言 沖縄戦後史検証する契機に 2015年1月7日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-236930-storytopic-11.html

>CICは反米活動家や共産主義者などに監視を強めていた。
>米軍が共産主義とみなした沖縄人民党の元委員長で那覇市長などを務めた瀬長亀次郎氏の動向を探るため、瀬長氏が投獄されていた宮古刑務所から娘に宛てた手紙が回収され、CICによって英訳されていたことが米公文書で分かっている。
>今回の証言で特筆されるのは、CICの調査対象が反米主義者にとどまっていないことだ。
>親米派の資金源なども調べており、監視は沖縄住民全体に向けられていたことが明らかになった。
Unknown (東子)
2017-06-26 10:24:04
赤旗「沖縄戦 日本兵の住民虐殺 不戦願って初記載 無実の9人を「スパイ容疑」で 国頭村史 2017年6月25日」
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-06-25/2017062514_01_1.html

間違えられた気の毒な人達はいたかもしれないが、それを語ることが「不戦」に繋がるという発想が、分からない。
「軍」を置かないと「スパイ」に間違えられない?
確かにそうだが、「軍」がいないことが不戦?
抵抗せず(戦わず)して、征服されないか?
Unknown (東子)
2017-06-26 10:33:22
沖縄に基地を置かない「反基地」は、沖縄の基地が目障りな中国の差し金でないかという噂の払拭に出てきましたね。

「山城博治氏、外国特派員協会で講演「反日や反米、反中国の感情ない」 2017年6月25日 10:10」
山城博治 沖縄戦 辺野古新基地・普天間移設問題と沖縄の民意
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/105441

>山城議長は「政府は台頭する中国に対抗するために沖縄にたくさんの基地を造ろうとしている」と説明。
>「私たちは反日や反米、反中国という感情で動いていない。沖縄の地域社会を中心とする極東アジアが平和であることを望んでいる。政府から抑圧され続ける沖縄の思いを理解してほしい。国際社会の力が必要だ」と訴えた。

 政府は台頭する中国に対抗するために
 沖縄にたくさんの基地を造ろうとしている
  ↓
 日本政府は侵略戦争を計画している
  ↓
 中国に脅威を与えている
  ↓
 中国の敵基地攻撃を誘う
  ↓
 基地のある沖縄が狙われる
  ↓
 平和を愛する沖縄は基地を置くことを拒否する
  ↓
 だから、反米、反日、反中国ではなく、反基地なんだ


「日本政府は再び侵略を計画している」「中国は侵略しない国」
↑が、成り立たないと、
「反米、反日、反中国ではなく、反基地なんだ」
は、成り立たないと思うのだが。
Unknown (東子)
2017-06-26 10:38:34
「「野党はボロボロ、自民はマシ…この国に絶望している」18歳の”本音”にジャーナリスト田原総一朗はどう答えたか? 2017年06月21日 08:04」
http://blogos.com/article/229870/


「自民支持・若者「野党はボロボロ。強い日本が欲しい」田原「彼の言うことはよくわかる。誰も日本の安全保障について考えてこなかった」 2017年06月22日」
http://ksmworld.blog.jp/archives/1066408118.html


「強い日本=中国や韓国に侵略」と田原は言う。
初め、これは話の腰を折ろうとしたのかと思たが。
本気で、そう思っているのかも??

「戦争反対」は大前提で、「戦争」か「平和」かなぞ、悩むまでもないと考えているのだが。
「基地=抑止力」と考える者は、基地があることの方が平和維持に繋がると考える。
だが、「基地=悪」と考えている者はひょっとして「戦争」か「平和」かで悩んでいるのかも??

平和前提で、平和とどう維持していくかを討論しているかと考えていたが、未だに「戦争」か「平和」かを討論していると思っているのかも??
米軍協力者は出世する (安仁屋正昭)
2017-06-26 16:15:05
髭の怪人こと、上原正稔氏のパンドラの箱が開く時の連載にタイムス社の初代社長となった高嶺朝光氏や琉球政府主席になった當間重剛氏が米軍に投降する際に、「俺たちは日本軍に協力したことがバレれば何をされるかわからないから・・」と身分を偽ったが地元住民だったCIC協力者に投降の直後に面がバレたという記述がありましたが、お咎めどころか出世しましたね
渡嘉敷の赤松隊長の軍命を太田良博氏に偽証しという山城氏も大変な出世ぶりです
本土でも、GHQの検閲を手伝った人たちの給与は、戦中の東條英機首相の給与額と同等だったということですね
現在では、チャイナスクールの方々や反基地運動を飯の種にしている方々が、生産的な仕事もせずに贅沢な生活をしているとのことですが
そういえば、先日亡くなられた大田元知事にも似た噂が幾つもありましたね

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