狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

続・歴博「集団自決」展示文の変更の顛末

2011-01-07 07:27:36 | ★集団自決

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北海道は、沖縄から見れば北の大地だが、北極から見れば南の島であり、南国沖縄も南極から見れば北の島になる。

自分の立ち位置によって見方が違うのは、なにも地理的立ち位置による違いだけは無い。

今回の国立歴史博物館(以下歴博)の「集団自決」展示の説明文の変更も、立ち位置により考え方が大きく違う好例である。

現在「集団自決」を軍の命令や軍の強制で行ったという証拠・証言はない。 当然のことだが係争中の「集団自決訴訟」の一審、二審でも集団自決の原因としての「軍命あるいは強制」は立証でき無かった。 したがって大阪高裁の判決で、事実上梅沢、赤松(故人)両隊長の名誉回復は確定されたことになる。

2007年3月文科省検定意見により、教科書から「集団自決は軍の命令(強制)」という既述を削除された。 だが、同年9月の「11万人集会」などの左翼勢力の圧力で、政府は「軍の関与」なら認めると、「関与」というあいまいな言葉の使用に妥協点を見出した。

したがって歴博の改定前の展示説明も「軍命」や「強制」といった明確な文言を避けあいまいな表現になっていた。

歴博の「集団自決」をめぐる説明文の変遷を沖縄タイムス(6日)から引用する。(太字強調は引用者)

■原案

「集団自決」
沖縄戦の犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく、「自決」による死者も含まれている。米軍の上陸の後、住民たちのなかにはガマ(自然洞窟)のなかに非難した人々がいた。 そして、米軍からの登校呼びかけを前に、集団自決をはかった人々が数多くいた。 その背景には、住民への軍国主義教育や軍人からの指示や命令など、住民の意思決定を左右する戦時下のさまざまな要員があった。

   ↓

■2010年3月の一般公開時(改定前の説明文)

「戦場の民間人」
沖縄戦では、生活の場が戦場になった。とりわけ米軍の上陸後は、住居や村を追われて非難する人びとが多数おり、
ガマ(自然洞窟)のなかに逃げ込んだ人びとも多かった。 激しい戦闘で多くの」人びとが生命を落としたほか、犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく、「集団自決」に追い込まれた人びとも」いた。 

  ↓

「集団自決」
沖縄戦の犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく「集団自決」による)死者も含まれていた。米軍の上陸後、住民たちはガマ(自然洞窟)などに避難した。 そして投降を促す米軍の呼びかけを前に、「集団自決」を図った人びとが数多くいた。 その背景には、米軍に対する住民の恐怖心のほか、日本軍により軍民の一体化が推し進められるなかで米軍に投降すべきでないとの観念が一般にも浸透していたこと、そして手りゅう弾の配布に示される軍人の指示など、住民の意思決定を左右する沖縄戦特有のさまざまな要因があった。

                                                ☆

では、「軍命はあった」と主張する朝日新聞は今回の既述変更をどのように報じているか。

集団自決、軍の指示明記 強制は触れず 歴史民俗博物館

朝日新聞 2011年1月5日20時33分 
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 国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市、平川南館長)が常設展示している沖縄戦の「集団自決」について、説明文から旧日本軍の指示・命令の記述が削除された問題で、同館は5日から説明文を改め、「集団自決」の背景に手りゅう弾の配布といった「軍人の指示」を明記した。ただ、「命令」といった軍の強制には触れず、これまでの説明にあった「集団自決に追い込まれた人びともいた」との表現もなくなった。

 同館は昨年3月、常設展示室「現代」に沖縄戦のパネルコーナーを設置。説明文の原案では軍人の指示・命令に触れていたとされるが、「慎重な表現」を求める研究者らの意見もあって、「集団自決に追い込まれた人びともいた」との説明文で展示を始めた。これに沖縄県の市民団体などから多くの抗議が寄せられたため、昨夏には軍関与の記述を復活させる方針を固めて表現を検討してきた。

 展示替えされた「集団自決」の背景説明では「日本軍により軍民の一体化が推し進められるなかで米軍に投降すべきでないとの観念が一般にも浸透」「手りゅう弾の配布に示される軍人の指示」などと記述した。

 同館によると、「住民の戦力化」「軍・官・民共生共死の一体化」という沖縄戦特有の性格を示す資料を写真などで新たに展示。来館者用図書室には、閲覧できる証言資料を置いた。その上で、「軍の命令」を裏付ける資料類は得られなかったとし、精査した資料や証言から導くことができる範囲の記述にとどめざるを得なかったという。

 今回の再展示について会場を訪れた高嶋伸欣・琉球大名誉教授は「日本軍による強制という表現が入るどころか、『追い込まれた』の文言もなくなり、後退してしまった印象がある」と話した。

 同館は展示について来館者の意見を踏まえ、今後も改善を検討していくとしている。(米原範彦)

                                                                       ☆

「軍の指示明記」と「しながらも、「軍の命令」はおろか「軍の強制」さえ記述がないのが不満のようだし、高嶋伸欣・琉球大名誉教授の言葉を借りて「(変更後の説明が)後退してしまった」と報じている。

一方、「軍命や強制はなかった」と主張する産経はどうか。

国立歴史民俗博物館が偏向展示、沖縄戦集団自決「軍人の指示」明記 市民団体が圧力?
産経新聞 2011.1.5 23:36
 沖縄戦の集団自決に関する展示内容の見直しを進めていた国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は5日、集団自決について「軍人の指示」があったとする見解をまとめ、公表した。展示は同日付で始まった。集団自決の背景に「軍の関与があった」という表現がないとして沖縄の市民団体などから抗議が相次いでいた。「関与」よりも一歩進んだ「指示」という表現で決着したことに識者からは批判が出そうだ。

 問題の展示は第6展示室の「大量殺戮(さつりく)の時代~沖縄戦と原爆投下」のコーナー。「犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく『集団自決』による死者が含まれていた」とし、集団自決の背景として「米軍に対する住民の恐怖心のほか、日本軍により軍民一体化が推し進められるなかで、米軍に投降すべきでないとの観念が一般にも浸透したこと、そして手りゅう弾の配布に示される軍人の指示など、住民の意思決定を左右する沖縄戦特有のさまざまな要因があった」などと記述した。同館ではこれまでは「激しい戦闘で多くの人びとが生命を落としたほか、犠牲者の中には戦闘ばかりでなく『集団自決』に追い込まれた人びともいた」と解説。これに沖縄の市民団体などが「集団自決が軍命令だったことは歴史的事実」と反発、「軍の関与」という表現を展示に盛り込むよう求めていた。

 同館は「軍人の指示」という表現について「不測の事態の際、自決を促す意図で配布されたという証言が膨大にあり、研究者間でもそう理解されている」と説明。「軍」「関与」ではなく「軍人」「指示」という表現を用いた点にも「明確に軍が自決を命令した資料は見つかっておらず、『関与』という言葉は不正確で誤解を招きやすい」などと述べた。

 新しい歴史教科書をつくる会の藤岡信勝会長は「軍が自決を命じたととられ、これでは偏向展示だ。私たちの調査では手(しゅ)榴(りゅう)弾(だん)配布は、むしろ住民側の要求と分かってきており自決を踏みとどまらせた例もある。史実として未確定の部分も多く公正な歴史記述とは言い難い」と批判している。(田中佐和)

                                                         ☆

たとえ軍人といえども他人に「指示」されただけで自決をするとは考えにくいが、「指示」の根拠が手りゅう弾の配布となっている点には異論がある。

そもそも手りゅう弾で集団自決した人はわずかな人数であり、座間味島の例では誤爆によるたった一名に過ぎず、ほとんどは鎌、鋤、鍬等の農具や殺鼠剤等による自決であった。

不測の事態の際、自決を促す意図で配布されたという証言が膨大にあり、研究者間でもそう理解されている」と説明。「軍」「関与」ではなく「軍人」「指示」という表現を用いた点にも「明確に軍が自決を命令した資料は見つかっておらず、『関与』という言葉は不正確で誤解を招きやすい」などと述べた。

農具で自決することが困難なことは皆承知のことなので、「不足の事態」には手りゅう弾で一思いに死ねたら楽だと当時の住民は考えていた。

したがって手りゅう弾の配布は「善意の関与」であり「自決命令」を意味する「悪意の関与」でないことは多くの詳言で明らかである。

隊長命令説を否定!沖縄タイムスが

つづく
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1 コメント

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今は、亡き父は、、、。 (義挙人)
2011-01-07 10:19:49
おはようございます。
他県にある国立歴史民俗博物館にまで、抗議する沖縄県の市民団体は、どこまで、府っているのでしょうか、、、、?。

>>沖縄戦の犠牲者のなかには、戦闘ばかりでなく「集団自決」による)死者も含まれていた。<<

この事実で十分だと私は思いますが、、、
必ず、、「命令、強制、あるいは、関与、指示」を表現しろと言う、、、市民団体は、どこの、何様でしょうか?

「手りゅう弾の配布は「善意の関与」」です。

亡き父が、私が幼い時に、私にそのように言っていた記憶があります。善意の関与と言う表現ではなく、、「いざという時は、これで、、(死のう)」と、、。

しかし、父は、、手榴弾は、逃げる途中で捨てたと話しました。

この話が、私は事実だと、今でも思っています。

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